コメディ・ライト小説(新)

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君の夢を見ていたい
日時: 2018/04/16 19:42
名前: 美青




夢を見ていた。
誰かとキャッチボールする夢。
見覚えがあるひどく懐かしい顔のような気がするのに、どんなに目を凝らしてもその姿はぼやけていてよく見えない。
暗闇の中、そいつと特に何かを喋るわけでもなく、ただキャッチボールをしている、それだけなのに自分の胸は高鳴っていて、俺は夢中になってキャッチボールをしていた。



***


目が覚めた。時計を見ると、朝の7時。
今日から学校が始まることを思い出し、私はゆっくりとベッドから起き上がった。

「おはよう、瑞生」
居間に下りるとお母さんが朝ご飯を作っていた。卵のいい匂いがする。
「おはよ、お母さん。今日の朝はスクランブルエッグ?」
私とお母さんの二人暮らしが始まって、もう数年が経つ。
プロ野球選手だったお父さんは、私が5歳の頃に他界した。
年の離れたお兄ちゃんは、数年前に結婚しすでに家庭を持っている。
それ以来、この家は私とお母さんの二人暮らしだ。
「ううん、これはお弁当。今日から瑞生は高校でしょ?」

高校は地元の公立校を選んだ。理由を言えば、ちょっと邪に思われるかもしれないが他に行きたいところもなかったし、私立に行って高い授業料でまたお母さんに苦労をかけるわけにはいかなかった。
「食べたら早く準備しなさいよ。近いからって油断したら遅刻しちゃうんだから」
お母さんの忠告に、はいはいと適当な返事をしながら真新しい制服に袖を通す。
中学の時のとさほど変わらないデザイン。対した期待も抱いていなかったので、特に感慨も湧かない。
「よかったー、似合ってるじゃない」
お母さんは嬉しそうだけど。
「行ってきまーす」
慣れないローファーを履きながら流れるように家を出た。
家から徒歩15分。走れば10分。
最高の立地条件と、あの人がいるという理由だけで選んだ学校の門が見えてきた。
私はさらにスピードを上げ、吸い込まれるように校舎に入っていった。

Page:1



Re: 君の夢を見ていたい ( No.1 )
日時: 2018/04/16 20:40
名前: 美青




キーンコーンカーンコーン

放課後の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
まだ新しい関係を築き上げている最中のクラスメイトたちは、旧友のクラスに行ったり新しい友達に声をかけたりと忙しそうだ。
私は特にやることもないので帰ろうかと思っていた矢先、
「みーずき」
入り口から聞き覚えのある声で呼ばれた。
振り返ると、
「庄司先輩!」
自分の声にも嬉しさが滲んでいることに気づく。
庄司佳斗先輩。中学校のときの部活の2個上の先輩で、私は中1の終わり頃からこの人とお付き合いをしている。
私がこの学校へ来たのも、先輩がいるからというのが理由のほとんどだった。
「本当うれしいよ、またお前と同じ学校で」
勉強頑張ったなあ
うれしそうに、照れくさそうにそう言いながら、先輩は笑いながら私の頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。その手の下で、先輩と同じ学校に行きたかったから、なんて可愛いことが言えたらなあと思っていた。
そのあと、他愛もない世間話をして、お互いなかなか会えなかった分のおしゃべりに興じていると先輩が思い出したように時計を見た。
「あ、俺そろそろ部活行かなきゃ」
「…はい」
もうそんな時間か…と俯いているとまた頭を撫でられた。
「そんな寂しそうな顔からすんなって。俺まで行きたくなくなるだろ」
先輩の言葉に恥ずかしさを感じながら、この人は昔から何かあるとよく私の頭を撫でてくれていたなあと懐かしさも感じていた。
「寂しいけど大丈夫です。先輩も部活頑張って来てください」
そう言うと、ありがとうって微笑みながらも先輩はまだ何か言いたげな顔をしていた。
「どうかしたんですか」
「あのさ、瑞生。そのことなんだけどーーーーー」


***


『もしよかったら、部活見るだけでも来てくれないか。お前が嫌だって言うなら無理強いはしないけどーー。今、マネージャーを募集してるんだ。少しでも興味があったら見るだけでもいいから、一度来てくれないか』
そう言われて断れなかったのは、恋人の頼みだったからなのか、それとも野球への未練がまだ自分の中に残っているからなのか。どちらかは定かではないが、気がつけば私はグラウンドまで来ていた。
「適当に見て、好きな時間に帰っていいから」
先輩はそれだけ言うと古い部室棟の中に消えた。
きっと私に気を遣っているんだろう。つくづく面倒見が良くて、優しい先輩だと思った。
ほどなくして先輩の号令がグラウンドに響き渡り、続いて部員たちも号令をして練習が始まった。
キャプテンなんだ、言ってくれればいいのに、とも思ったがそういうことをわざわざ言う人ではなかったことを思い出す。

砂埃の舞う中、めいいっぱい声を出しながら白球を追いかける球児たちの姿を見ていると嫌でも懐かしさが胸に広がって何とも言えない気持ちになった。


Re: 君の夢を見ていたい ( No.2 )
日時: 2018/04/16 21:28
名前: 美青



私が野球と出逢ったのは4歳の時で、プロ野球選手だった父の試合を家族で観に行った時だ。マウンドに立つ父を見て、私は幼心に、私もいつかあそこに立ちたい、とそう思ったのを覚えている。
幸い、兄と違って父の血を色濃く受け継いだらしい私は野球の才能に恵まれていて、父に野球を教えてもらうとめきめき上達した。
「ははっ!みずきはお父さん似だなあ!」
と言って、私の頭を撫でる父が大好きだった。

しかし、その一年後、父は他界した。交通事故だった。当時幼かった私には到底受け入れ難い事実だったが、それ以上に母の傷ついている姿は痛々しくて見ていられなかった。

小学校に上がった私は母の勧めで、近所のリトルリーグのチームに入団した。なんでも、そこの監督が父の幼馴染だったらしく私の入団を快く受け入れてくれた。私が野球をすることに母が反対したことは一度もなかった。「きっと、お父さんも喜んでるよ」
って、練習の帰り道に私の手を握っていつも決まってこう言うのだった。
野球を始めてから私の父への憧れはいっそう強くなって、ポジションももちろんピッチャーを選んだ。父のDNAをはっきり受け継いでいた私は、小学五年生で試合に出させてもらっていた。うちのチームは全国でも有名な名門チームでレギュラーのメンバーは大抵六年生だったから、五年生でレギュラーになれたことを私は心の底から嬉しく思っていた。これで私がチームのエースなったんだ。これで父に、あのマウンドに一歩近づけたんだ。そう思っていた。

「お前、今日かなりちょーしよかったよな!」
練習試合の帰り道、私はバッテリーを組んでいた高橋といつものように反省会をしていた。
「でしょ!今日は速いストレートが決まってたよね!!」
「うんうん!このままいったら、来年はお前がエースだな!」

…ん??来年??
「何言ってんの高橋!今もエースは私でしょ!!」
「…お前知らねーの?今のエースはキャプテンで4番の水島さんだよ!」
「…は?」

だれ!!!?

その日の夜は一睡もできなかった。
嘘だ、絶対嘘だ!!あのチームに私よりも多くマウンドに立って投げてる人がいたなんて嘘だ!!!だって今日の試合は最初から最後まで私が投げて…。でも確か今日はすごい点差が開いてて…、だから?だから今日は私が投げられたの?自分たちよりも弱いチームだったから?じゃあ強いチームの時は…?
私は……投げられないの!!?
「がーーーーーん!!!」
ショックだった。ショックすぎて自分でがーーーーーんって叫んだほどだ。二段ベッドの上で寝ている兄がびっくりして起き上がったのがわかった。

確かによく考えてみたら、私は投げる日と投げない日があった。でもそれはチームには私以外にもピッチャーがいるから、ただ他の人が投げてるだけで、本当の真のピッチャーは私なんだってずっとそう勘違いしてた。自分の試合しか興味がなくて、その中に自分よりも上手い人がいたなんて思ったこともなかった。情けなくて、悔しかった。
「くそくそくそくそくそ!」
絶対にその水島ってやつをエースの座から引きずり下ろして、私が真のエースになってやる!!私が一番マウンドに立って、一番多く投げてやる!!!
私はその夜、打倒水島を誓った。

「おい、廣瀬やめとけって…」
翌日、必死に止める高橋を振り切り、私は宣戦布告すべく水島のもとへ向かった。
正直、その時も水島とやらが誰なのかすらわかっていなかったが、燃え盛る闘争心を止めることはできなかった。
「おい!水島!!」
確かにエース番号を背中につけていたそいつは、私の声で振り返った。
私の何倍も背が高くて、大きな六年生の男子だった。
「お前をエースの座から引きずり下ろしてやるからな!!見とけよ!!!」
ビシっとそいつを指差して完璧に決めたはずだったのに、そいつが真顔だったからなんだか恥ずかしかった。
「なんとか言えよ!!!!」
「…だれお前」
がーーーーーん!!
今回のは自分で言ったんじゃない本物のガーンだった。頭の上に鉄タライを落とされた気分だ。私はエースに名前すら知られていない存在だったのだ。
「こら水島、女の子に向かってお前はないだろ。広瀬さんでしょ」
隣にいた掛本さんが宥めてくれた。掛本さんはチームの正捕手で3番バッターの穏やかで優しい人だった。私にもよく声をかけてくれていたからこの人がキャプテンなんだとばかり思っていた。
「…興味ない」
「な!」
なんて嫌味な奴!私だってお前なんかエースじゃなかったら何の興味もないんだよ!!
「はん!余裕ぶっこいてるのも今のうちだからな!!そのうちお前からエースの座を奪って…」
言い終わる前にヤツは去っていった。
私がわめいたところで、あいつには虫けらが鳴いているくらいにしか見えていないようだった。
そんなわけで私の人生初の宣戦布告は、相手に一蹴するどころか逆にデコピンされてあっけなく死んだ蚊のような情けない形で終わった。今までに味わったことのないような屈辱感だ。私は悔しくてしかたなかったが、一方で疑問も持った。
私は水島の試合を見たことがなかった。
「あいつってば、ほんと強いの?」
口だけなんじゃ?そうだ、ああいう奴に限って口だけが達者だったりするんだ。どーせ、たいしたことないのよ!
そうそう、口だけ口だけ!
そう思っていた私にさらなる屈辱を与えることとなった試合は、私が前に先発してバカスカ打ち込まれた相手との練習試合だった。

そういえば、前の試合の時、私はヒットを十数本も打たれたのにチームは勝ったっけ。
私は3回で降ろされて、その後のピッチャーがことごとく三振を奪ってうちの打線も活気づいてきて、それで逆転したんだっけ。
あの時、私のあとを投げていたのはーー

記憶とマウンドの姿が一致して見えた。
伸びのある130前後のストレートにキレのある変化球。本格派の左腕。

その日の記憶を忘れないように、私は猛練習をした。強くなりたい。もっともっと。絶対エースになりたい。あの人よりも強く、あの人よりも速い球をーー、
あの人みたいに投げたい
いつのまにか、私の憧れは父とは違う人になっていた。

打倒水島の目標を掲げた猛練習が功を奏したのか、その日の試合は私が先発だった。
嬉しかった。してやった気分だった。
なのに、いざ試合が始まってマウンドに立つと今までに無かった緊張感が私を襲った。
なんで?投げられない?いつもみたいに。
いや、あんなに練習したんだから。
絶対大丈夫。
そう思っても体は萎縮したままで、結局二者連続フォアボールで押し出しで相手に2点も与えてしまった私は降板させられた。
「女のくせに野球なんかやってんじゃねえよ」
マウンドを降りてベンチに向かっている際、相手バッターからの野次が聞こえた。
「てめえ…!」
食ってかかろうとした時、
「おい」
上から頭を押さえ込まれた。
誰だと思ったら、水島だった。
「喧嘩なら外でしろ」
その口調とは裏腹に、頭に置かれた手は優しく私の頭を撫でた気がして、私は悔しいんだか恥ずかしいんだかよくわからない感情のまま振り返ると、そこにはマウンドに向かう大きな背中があった。
エースナンバーを背負った、大きな背中だった。

結局その日の試合も、水島がその後を0点に抑えチームは勝った。
私は悔しくて悔しくてたまらなくて、他の人が帰る支度をしている時も、みんなが帰った後もずっと泣きながらベンチに座っていた。
悔しい、悲しい、情けないーーーー
羨ましい

ふと隣に人の気配を感じた。
高橋かなと思って見上げたら、水島だった。
そのまま私の横に腰を下ろした彼は、何を言うわけでもなく、ずっと黙ったままずっと隣に座っていた。
情けないのに、悔しいのに、隣に誰かが居てくれるだけで私の心は落ち着きを取り戻した。そのことがまた悔しかった。

「お前の憧れは、お前の父親なのか」

突然、黙ったままだった水島が口を開いた。
何でいまそんなこと、と思いながらも頷いた。

「俺もそうなんだ」

一瞬どういう意味かわからなくて、水島も私と同じように自分の父親に憧れているのか、それともーー
問いただそうとする前に、水島が再び口を開いた。

「エースを好きになる人が多かったけど、俺はお前の親父さんが一番の憧れだった。今でも、そうだ」

驚いて顔を上げると、水島は真っ直ぐマウンドを、私たちの場所を見据えたままだった。
水島が、お父さんに憧れてた?そして、それは今も?
じゃあ、水島の目標は私と同じところにあったのーー?
聞きたいことはいっぱいあるのに、水島はそれっきり口を開かなかった。
涙はすっかり引っ込んで、頬が乾いていく。

そして、次の練習の終わり。みんなが帰る中、私がいつも通り残って投球練習をしていると、足元にボールが転がってきた。
転がってきた方向を見ると、そこには水島が立っていた。
「お前の自主練、俺が付き合ってやるよ」
「なんで!?別に頼んでないし」
ていうかお前を抜かすためにこっそりやってるんだからお前に見つかったら意味ないだろうが!
心の中で思いっきり叫んでやったのにあいつは気付くどころか、バッグからグローブを取り出して準備をし始めた。
「遠慮すんなよ。どうせ俺を抜かすためにやってんだろ」
「うぐっ」
図星だ。
「じゃあ近くに目標がいた方が練習しやすいだろ」
たしかに、それはそうかもしれないがーー
腑に落ちない悔しさを感じていると、
「いいからやるぞ。それとも俺の球が取れないのか?」
「そんなわけないだろ!!」
こうして、私と水島の秘密の特訓が始まった。


Re: 君の夢を見ていたい ( No.3 )
日時: 2018/04/16 21:44
名前: 美青


6年生の最後の試合は、関東予選の準決勝だった。相手は神奈川の強豪で、結果を言うと私たちは惜敗した。
試合が終わった後なミーティングはみんなでわんわん泣いて悔しがった。悔しかった、勝ちたかった、もっともっと野球がしたかった、みんなと、水島とーー
水島の方を見ると涙なんか流してなくて、それがまた悔しくて涙がいよいよ止まらない
悔しいのは私だけ、まだ一緒に野球がしたいのも私だけ
そう思うと今度は悲しくて拳を握り締めるしかこの気持ちを抑える方法がなかった。
砂の上に落ちた雫が砂の色を変えていく。
その上に影が落ちているのがわかってぼやけた視界のまま見上げると、そこには見たことない顔をした水島が立っていた。
そっか、悔しくないわけなんじゃん
水島が、一番悔しいんじゃん
「来年はお前がエースだから」

「全国行けよ」


水島や高橋の予言通り、私は次のエースになった。女子のエースは、チーム創立以来初だそうで監督の指導にも熱が入った。私とバッテリーを組んでいた高橋も念願の正捕手となった。
春の大会、夏の大会と順調な成績を残していた私たちは、次の大会はさらなる高みへ勝ち進むべく練習を重ねていた秋のある日。
高橋と投球練習をしていた私は、グラウンドの中央でノック練習をしていた連中が急に騒がしくなったのに気づいた。
グラウンドの方を振り返ると何やら人だかりができていた。
なんだ、練習中に
客か?
迷惑な客だな
投球練習を中断し、高橋と様子を伺っていると人だかりの中の声が聞こえた
「水島さん!お久しぶりです!」

一興を終えた連中たちはノック練習に戻った。それと行き違いになるようにして投球練習を終えた私はベンチに戻った。
自分でも嫌になるほど鼓動が速くなっていくのがわかった。
なるべく姿を視界に入れないようにしてベンチに座る。
なにをそんなに緊張しているのか、自分でもさっぱりわからない。たかだか何ヶ月会わなかっただけで人はこんなに会うのを恥じらうのか?混乱した頭のままで休息は取れるはずもなく、私は全神経を背中に集中させていた。
「ー広瀬」
だから名前を呼ばれた時には肩が跳ね上がってしまった。その恥ずかしさで振り向けないでいると相手が隣に座ってきた。
余計に鼓動が速くなった。
「久しぶりだな」
「…そうですね」
あまりの緊張から、前は使ってなかった敬語までもが口からついて出た。自分でもびっくりだ。
「お前いつから敬語なんかつかえるようになったんだ」
「…知らない」
戻ってるし、と水島が苦笑する。
しばらく二人で無言のまま、練習をながめた。
「今年はどうだ?」
「…今年は打撃があんまりだったからバッティングを中心に練習したからチームの打率もだいぶ上がりました。守備は本当にみんな上手で私もすごい安心して投げれます。あと、4年生に上手いのが一人入って来て、態度はすこぶる悪いですが、バッティングや守備力は文句のつけようがないです。ピッチャーもできるし」
「…なんか、そいつお前みたいだな」
バカにしてんのか、と思って睨みつけたら、びっくりするくらい穏やかな顔で笑ってて、あれ、この人ってこんな顔だったっけ。
もっとクールな感じだったような。
「それにしても、お前は野球のことになるとよく喋るよな」
そうかな、そうかも。
でもそれは、
「…野球が、好きだから」
きっとさっきみたいな顔で笑ってくれて、俺もって言わなくても言ってるような顔でーー、そう思ったのにその時のあの人の顔は、泣いてるような笑ってるような顔で。
私がひどく驚いた顔になったのを悟ってすぐにそれを掻き消すように、水島は質問を重ねた。
「そういや、お前中学上がったらどうすんの」
まだ戸惑いを隠しきれない私に、野球続けんのか、と聞いた。
「…野球部に混ぜてもらいます」
見上げたら、またあの泣きそうな顔をして笑っていそうで、俯いたまま返事をした。
そしたら、お前らしいなって笑って言う声がちょっとだけ震えているのがわかって、私はいよいよ顔を上げられなかった。


あとから聞いた話によると、水島はあの時既にもう一生投げられないような肩になっていたらしい。原因は投球による怪我でも疲労でもなく、上級生からの暴力だった。
リトルリーグを卒業して多くの6年生がシニアチームに上がる中、水島一人だけが都会の有名私立中学の寮に入っていた。そこでも水島の能力は一人ずば抜けていたらしく、一年生にして既にレギュラーを勝ち取り、時には先発で投げることもあったらしい。そのことをよく思わない上級生たちが水島に対して相当きつくあたっていたそうだ。最初はグローブや練習着を隠される程度だったのがどんどんエスカレートしていって、暴力にまで発展するようになってーー。押し付けられた衝撃でロッカーの上に置いてあったものが水島の肩を直撃した。有名私立の運動部にはよくある話らしく、学校は内情を明かして評判が下がるのを嫌い、事実は揉み消された。
わたしはその話を聞いた後、自分が最後に水島に放った言葉が、呪文のように頭の中で繰り返されているのがわかった。否、水島にはもっともっと酷く、呪文のようにのしかかったのだろうと思うと、胸がつぶれる様な思いだった。

中学校に上がったわたしは、希望通り野球部に混ざって練習を行った。最初は部員との距離を測りかねていた私だったが、当時の3年生が親切で心優しい人が多かったおかげで、徐々にチームに馴染めるようになっていった。特に、私が1年のときの部長が別段私によくしてくれて、いつも気にかけては声を掛けてくれていた。庄司先輩という人だった。
「広瀬ー、今日の当番お前だからなー」
わかってるのに、きっと私がわかってることもわかってるはずなのに、いつも声を掛けてくれた。きっと本当に当番を知らせたいわけではない。
「わかってますって」
「夜は暗いからなー、気をつけて帰れよ。
なんなら、俺も一緒に手伝ってやろう か!」
「いいから!部長は早く帰ってください」
でもその優しさが時折、気恥ずかしくて心の中では感謝していても、態度には全然表せそうになかった。
「そうか?」
じゃあなと言っていつも決まって私の頭を撫でて帰る。その手の優しさが、いつかの記憶と重なって私はいつも泣きたいような衝動に駆られるのだった。

ある日の練習の帰り、私は懐かしい声に呼び止められた。
「広瀬?」
振り返ると掛本さんだった。

「へぇー、そっか。じゃあ公立中の練習に混ぜてもらってるんだね」
近くの公園のブランコに揺られながら、他愛もない近況報告をした。
「はい。先輩はシニアでしたっけ」
ごく普通に聞いたつもりだったのに、なぜか掛本さんが笑い出した。
「あはははは!」
「何がおかしいんですか!」
「お前、いつから敬語使えるようになったの!」
あんなに生意気だったくせに!
掛本さんは可笑しくてたまらないというようにお腹を抑えて笑っていた。
そんなに馬鹿にしなくてもいいのに。その上、どこかの誰かさんと同じようなことを言われてちょっと腹が立った。
「それ、全くおんなじこと水島さんにも言われました」
私が不満丸出しという風な顔で言った途端、掛本さんの顔が曇った。
私は気付かず続けた。
「そういえばあの人、今どうしてるんですか?有名私立に行ったのは聞きましたけど」
そう聞いて掛本さんの顔を見て初めて気づいた。
掛本さんは表情をいっさい無くした、死んだような顔をしていた。
私がびっくりして何も言えないでいると、ゆっくりと口を開いた。
「お前、聞いてないのか、あいつもうーーー」

そこからの話は正直全く覚えていない。
ただその時の掛本さんの言葉だけが頭にこびりついて、何も考えられなかった。

ーーーあいつ、もう野球やめたんだ

次の日がきても、私には生きている心地がしなかった。ただ機械的に日常をこなしていく。
何も考えたくなかった。

放課後の部活終わり、庄司先輩がいつものように私に声をかけて来た。
「お疲れ様、広瀬。今日なんかお前おかしかったけど大丈夫か?風邪なら早く帰って休めよー。まあ馬鹿は風邪引かないからお前は大丈夫だろうけど」
いつもみたいにくちごたえをしない私の態度を不審に思ったのか、庄司先輩が戸惑ったように様子を伺った。
今、あまり顔を見られたくなかった。
俯いていた私の顔を覗き込んだ庄司先輩がひどく驚いた顔になる。
「なんでお前、泣いて…」
自分でもわからなかった。見ないように、封じ込めていた感情が、涙と一緒になって溢れ出た。
ずっとただただ泣きじゃくる私を、庄司先輩は何も聞かず優しく抱きしめた。

卒業式の日、私は庄司先輩に告白された。
驚いて立ちすくんでいる私に、先輩はさらに言葉を重ねた。
「最初はお前のこと、妹みたいにしか思ってなかったんだけど、お前が泣いてるの見て、お前のこと守りたいって思った。抱きしめたらびっくりするくらい細くて小さくて、女の子なんだなぁって思ったよ」
少し照れながら話す先輩を見て、私の方が照れくさくなった。そんなことを言われたのは初めてだった。
「俺と付き合ってください」
私は自分の気持ちを考えた。庄司先輩のことは私ももちろん好きだけど、この場合の好きとはどうなんだろう。一緒なのかな、違うのかな。違う好きってどういうこと?友情ってこと?でも庄司先輩への気持ちは友情の好きではないだろう。じゃあ、恋愛対象ってことなの?それなら、私も庄司先輩のことがーーそう言いかけた時、
「広瀬」
なぜか一瞬、あの人の記憶が脳裏をよぎった。
なんで、いま
私は混乱したまま、いつの間にか庄司先輩の手を握っていた。
先輩は顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

春休みが明けて2年生になるとクラスが替わり、小学校一年生のときからずっとクラスが一緒だった高橋と離れてしまった。
高橋は小6になってから一気に上達し始めて、最初のうちはバッテリーを組んでいたわたしも高橋の成長に刺激され、練習に気合いが入ったり、いい関係を築けていた。
しかし、中学に入ってからはずっとギクシャクしっぱなしだった。高橋は成長期を迎え、身長も伸びて体格もなんだかしっかりしてきた感じだった。パワーもついてきてますます打力や肩の強さにも磨きがかかってきていた。一方わたしは、身体つきはよくなるどころかどんどん丸みを帯びていくだけで、いっこうにパワーだってつかないし、それどころか邪魔なものばかりが増えて、高橋に置いてけぼりにされていくような気分だった。
わたしは高橋に嫉妬していたのだ。
高橋が充分シニアに進む力があるのにそれを蹴って、普通の中学の野球部に入ったのも理由の一つだった。わたしが欲しくて欲しくてでも手に入らないものを持ってて、それをさらに存分に伸ばせる環境に行けるのにそれを高橋は選ばなかった。そのことが無性に腹立たしかった。
そんな黒い感情がわたしのなかで渦巻いていたから、わたしは高橋との距離の取り方がわからなくなっていた。その頃は話せばすぐに喧嘩になっていたほどだ。高橋にこんな感情を抱くことになるとは思ってもみなかった。わたしは自分に戸惑っていた。どうすればいいのかわからなくて、あまり高橋とは関わりたくないなと思うようになった。
高橋も高橋で、わたしとは距離を置いているように見えた。もともとそんなにお喋りなやつではなかったが、中学に上がると女子のイメージを気にしているのか、格別に寡黙な男になった。というか、それを演じていた。
「高橋くんってクールだよね~」
そんな言葉が耳に入った日なんかは、いよいよわたしはその場にいないもののような態度だった。
そういうわけだったから、2年生で高橋とクラスが離れたことはある意味ラッキーとも言えた。同じクラスだと一緒に部活に行く羽目になるし、行かなかったら行かなかったであとで気まずいし、いいことなしだったから。
これで高橋を自然に避けることができる。
そう思っていたのに、部活が始まる前、いきなり高橋から呼び止められた。
振り返ると、見たことない顔の高橋が立っていた。怒っているみたいなのに、あまりそれを素直に表情に出せていない感じの顔だった。
「広瀬、お前庄司さんと付き合ってんのか」
久しぶりの会話で聞くことがそれなのか。
わたしは、なんでそのことを高橋が知ってるのかとか、なんで怒ってるのかとか、内心首を傾げながら頷いた。
「そうだけど」
すると高橋は一瞬ひどく驚いたような顔をした後、砂を噛んだように苦しげな表情になった。
「……なんで」
「え?」
「……なんで…、お前、お前は、、お前は水島さんがずっと好きだったんじゃないのか」
その名前を聞いた瞬間、自分でも驚くほど心臓が跳ねたのがわかった。動悸は治らないまま、熱が身体の中心に集まっていくのを感じた。
汗が止まらない。
「は……なにが、何いってんの高橋」
自分の唇から乾いた笑いが漏れる。
すると今度は怒りをあらわにした高橋が、わたしの肩を勢いよく掴んだ。
「お前は!お前はずっと水島さんが好きだったんじゃないのか!?水島さんには敵わないから、だから俺はずっと…!!」
わたしたちの様子がおかしいことに気づいた仲間が止めに入ったことで、高橋の言葉は途中で遮られた。でももし、誰かが止めに入らなくても、高橋はあの言葉の続きは言わなかっただろう。そんな気がした。
仲間に抑えられる高橋を見ながら、そういえば高橋はずっと水島に憧れていたことをぼんやりと思い出していた。

Re: 君の夢を見ていたい ( No.4 )
日時: 2018/04/20 19:24
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o
参照: http://From iPad@

こんばんは! はじめましてm(*_ _)m
てるてる522と申します( ᐛ )و

題名が気になって読んでみたら、すごく素敵なお話だったので思わずコメントしてます←

最初は学園ものかなぁと思っていたのですが、だんだん野球の話になっていって。
私自身野球にはけして詳しくありませんが、瑞生ちゃんや高橋くん、水島くんや庄司先輩などそれぞれすごく魅力的なキャラクターが出てきて読んでいてとても夢中になりました。

個人的には水島くんが野球をやめてしまったことがとにかく悲しくて、すごく嫌がらせが陰湿で読んでて感情移入してしまいました笑

まだそんなに話数は多くないのに、いきなりの展開にドキドキです!
高橋くんもめちゃくちゃ気になりますᕕ( ᐛ )ᕗ

本当に美青さんの描写はリアルで変なわざとらしさもなく、繊細でとても読みやすかったです。
これからも楽しみです!!!


更新頑張ってください!
陰ながら応援してます♡...*゜

byてるてる522


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