コメディ・ライト小説(新)

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Banka
日時: 2019/01/29 23:49
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 君の声を思い出してから夏は始まる。遥か昔、僕は初めて恋をした。君の匂いは則ち夏の匂いだった。
 ようやく溜まっていた仕事が一段落したので、ふと伸びをしてみる。パソコンから目線を逸らすとカーテンが風で揺れていて、強烈なようで少しばかりの既視感を感じる。
 あれからどれほどの時が経ったのだろう。狂おしいほど、もう何が起きても絶対に取り戻せないほどの時が流れているのに、毎年夏が来る度に君を思い出してしまうことに未だに不思議になる。
 どこか物悲しく思えるのは、君という存在と、今の自分の生活とがあまりにもかけ離れていることだった。その差が単純に時間によるものなのか、それとももっと別の何かなのか、いつ分かるときがくるのか不明で地獄のようだ。
 君の存在そのものに現実味が日に日に消え失せていくのが切なく、今ではドラマなどの作り話と何ら変わらないようにすら思えてくる。……こんなことを言うときっと君は茶化して笑うだろう。僕のこの腐ったような日常に、君がいてくれたらどれだけ幸せなことか。

 僕らの青春は一瞬だった。光の速さで駆け抜けた日々は抜け落ちた記憶で溢れていて、そこだけが未だに心残りだった。もっと長く、もっと深く君という人間を感じておけばと、今でも後悔する。
 来年もまた夏が来る。その次もきっと来るし、それは死ぬまで毎年繰り返される。その度に僕は同じ追憶をするだろう。もはや償いに似た何かを。


>>1-3 >>6-17

イメージソング:夏の幻(GARNET CROW)

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Re: Banka ( No.3 )
日時: 2018/09/21 05:13
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「椅子、座りますね」
 机に座るのに飽きたのか、そこら辺に折りたたんで立てかけてあったパイプ椅子を手に取って、机を挟んだ僕とちょうど真向かいに座る。そして、机にパソコンと共に広げられていた将棋盤をまじまじと見つめる。
「どうして将棋部なんだ?」
「えっ。それは、……一身上の都合です」
 何かを言おうとしていた彼女だったが、聞かれたくないことだったのか、話す言葉に力がなくなる。ただの動機がそんなに聞いてはいけないことには到底思えないが、踏み込むのはやめておいた。

「この桂馬って駒、変な動きしますよね。一個進んで左右のどっちかか」
「ん?」
 彼女は初心者向けのルールブックのようなものを持っていた。当然ながら、そんなものはこの将棋部には置いていない。必要とすらしていないだろう。サッカーや野球などと違って、本当にやったことのない初心者が高校の将棋部なんてものに入部することは極めて稀だからだ。
「あ、これ、家から持ってきたんです」
「へえ」この子は随分変わったことをするな、と素直に感心する。
 彼女はおもむろにルールブックを閉じ、将棋盤に並べられた駒達を初期配置に並べていく。「よし、じゃあ駒の動き覚えたんで、早速対戦しませんか? 先輩」
 マジで? と言いかけた口をつぐむ。
「いいけど……、駒落ちとかはどうする? いわゆるハンデみたいなやつ。八枚落ちぐらいがいい?」
「八枚落ちってそっち王様と金だけじゃないですか! それは流石に私のプライドが許しません。平手で指しましょう」
 言うと思った。プライドが高そうな彼女のことだから、なんとなく予想はできる。
「本当に私勝っちゃいますよ? 先輩が負けたら部長は私ってことで。働けゴミ共って感じでこき使いますからね」
「部長にそんな権限は断じてないけど、まあ、振り駒で先後決めようか」
 彼女がわざわざ並べてくれたこちらの陣地の駒を、僕は指で一つずつ並べ直す。彼女には少し申し訳ないが、僕はこうしないと集中できない。
 対局中は、流石の彼女も黙り続けていた。安物の卓上将棋盤とプラスチックの駒を、僕たち二人は共に見つめる。

「……どこにも動ける場所がないですね」
 ええっと。
「こういうときは、自分で“負けました”って言うんだよ」
「……ま、負けました」
 そう言う彼女の顔を僕は見続けていた。気持ちは痛いほど分かる。誰もが通る道だ。
「く、悔しい、ですね。……よりによってクズの先輩なんかに負けるなんて」
 いつの間にかクズ認定されていたことは置いといて、彼女の表情は本当に悔しがっているように見えた。
 しかし、僕が勝つのは当然でもある。僕は三段だ。恐らく今のままじゃ百回戦って一度も負けないだろう。僕らの間にはそれほどの力の差があり、将棋というゲームは実力差がハッキリと出る。そして、負けの責任を誰かに押しつけることもできない。

「また……リベンジしますからね。そのときまで首を洗って待っといて下さい」
 彼女はふて腐れたようにそう吐き捨てた。口が悪すぎる。そんな言葉アニメとかでしか聞いたことがないのだが。
「じゃあ、次回もまた来てくれるんだね?」
「来ますよ、こんな部室にまた来てしまうなんて癪ですが。私がこの部の部長になることも時間の問題でしょうし、我慢します」
 彼女は立ち上がり、律儀にパイプ椅子を元あった場所に立てかける。そのときに見せたにっこりとした笑顔がふと印象に残った。
「というか自己紹介がまだでしたね。私は一年の茅野 都美みやびと申します。友達はみんな都美って呼んでくれてますけど、先輩は普通に上の名前で呼んで下さいね。先輩の名前は顧問の先生から聞いてます。確か杉本とかですよね。じゃあまた明日」
 オイ。
 僕が文句を言うより先に、彼女は部室のドアを開け去っていった。
 突然一人になった部屋で、ふう、とため息をついてみる。茅野都美。口は確かに悪いのだが、これもこれで彼女なりの感情表現なんだろうと思うと、少し納得できる気はする。ただ、何故この部に入部してきたのかはよく分からないままだった。単純に将棋に興味が湧いたというのも多少はあるのだろうが、もっと別の何かが関係しているように思えてならない。
 もう空は暗くなりそうな気配があった。時機的にももう撤収するのがいいだろう、とノートパソコンをその辺に放り投げてあったスクールバッグに入れる。
 彼女がまた来てくれるらしいというのは、単純に嬉しいことだった。動機は何にしろ、将棋に興味を持ってくれて、これからも指し続けたいと言ってくれたことだけで嬉しいし、幸せだ。
 ただ、強くなればなるほど負けたとき悔しいというのを、あの子はきっとまだ知らないのだろう。

Re: Banka ( No.4 )
日時: 2018/09/16 18:44
名前: 鷹ファン

文章が綺麗で読みやすく、ストーリーも面白いです。投稿頑張ってください!!

Re: Banka ( No.5 )
日時: 2018/09/17 22:51
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

ありがとうございます! 3年ぶりに小説にコメント書いてもらえたので今泣いてます!!

Re: Banka ( No.6 )
日時: 2018/09/21 06:38
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「せんぱーい」
 六時限目の授業が終わり、早速部室に向かおうとしていたとき、その声は飛んできた。
「は?」まだ授業が終わって五分ぐらいしか経っていないので、教室にはまだほとんどの生徒が残っている。それらの視線は間違いなく僕と彼女――茅野都美に集中していることだろう。
「早く部室、行きましょうよ」
 初めは教室の外で喋っているだけだったが、いつの間にか中まで入ってきていた。やはり、彼女の独特な雰囲気は、こういう多くの生徒がいる中だと露骨に分かりやすく見える。
「ま、待ってくれ。職員室に部室の鍵取ってこなくちゃ……」
「もう取ってきてますよー」遮るように言う。待ってましたと言わんばかりに、得意げに部室の鍵を指で回していた。

「……じゃあ、行くか」
 先を進む彼女を追うように、教室から出る。その間、誰も何も言ってこなかった。普通クラスで目立つような生徒なら、こういうときクラスメイトに何か言われたりするのだろうな、と考えてみる。
 まあ、自己嫌悪している訳ではない。自分はクラスではそういう役割なのだと割りきっているから、悲しくもなんともない。

 将棋部の部室は、第二多目的室、という文字通りこの学校の最果てにある。特別教室棟三階の端っこにあり、生物準備室の横だ。
 授業中などは生物室に生徒が集まるのでまだマシだが、放課後になると誰も寄りつかなくなるので、少し雰囲気が怖くなる。あと、隣が生物室というのがなんか嫌、という三重苦に悩まされた全く損な部室だといつも思う。
「開けますよ、先輩」
 そう、茅野が扉を開ける。教室の中は締め切っていて不快な匂いで充満していた。
「昨日のままじゃないですか。この教室って使わないんですか?」
「使わない。第一多目的室ですら、今建設中のあの新校舎ができたら使わなくなっていくしね」
 言うと、彼女は窓の外のあの校舎を見つめた。窓を開けると、グラウンドを挟んだ向こう側なのに工事の音がここまで響いてくる。来年の十一月に完成予定とのことなので、実質僕があそこで過ごす期間は数ヶ月ということになる。
「ふーん、なんか、悲しいですね」
 そう、彼女は窓から目を離す。なんだか少し儚げだなと思っていると、彼女は机の所まで移動していた。確かに、情緒がないといえばないのかもしれない。

「そういえば、なんでここって部員が二人なのに部として認められてるんですか? 私がここに来る前は一人でしたし」
「将棋部はこの学校の創立当初からある伝統だからそう簡単に廃部させたくないんだとよ」
 説明していて全くいい加減な理由だと辟易するが、それはそれで筋が通っているのかもしれない。地味に将棋部が学校から消えたらちょっと切ないという気持ちは分からなくもない。実際に彼女もそこそこ納得したみたいで机の将棋盤の駒を並べ始めている。
 自分も窓側の椅子に座り、バッグから取り出したノートパソコンを机に置く。
「今日も対戦する?」
 再戦を望んでそうだったので、ふと聞いてみる。この部は今年度に入ってからずっと一人で活動していたので特にやることなど決まっていない。
「いや、今日はいいです。先輩はいつも何してたんですか?」
「僕はそうだなー、この将棋倶楽部42っていうサイトでいつもネット将棋指してるくらいかな、寂しいことに」
 すると、教室の扉側に座っていた彼女は立ち上がってこちら側に進んでくる。
「へー、それでそのパソコンなんですね。てっきりエロ画像でも見てるのかと思ってました」
「見ねえよ……」

Re: Banka ( No.7 )
日時: 2018/09/26 00:29
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 画面をのぞき込む彼女は、ちょっといいですか、と横にある無線マウスをいじる。そして、デスクトップにある将棋倶楽部42のショートカットをクリックする。
「やるの? でもおれのアカウントだよ」
「いえ、ちょっと先輩の名前と棋力を……。私もこれやってるので知っとこうと思いまして」
 そう言って、マイページを開く。僕の名前と段位が出てくる。別段隠したい訳ではないが、こういうのを人に見せたのは初めてだった。
「四段ですか、やっぱり強いんですね」
「三段と四段を行ったり来たりしてる感じかな。今が四段なだけ」
「ふーん」そう興味なさそうに呟いた後、彼女はおもむろにスマホを取り出した。「じゃあこのIDの人が部屋立ててたら別の人の部屋行くようにします」
 なんだそれ、と思っていると、彼女から思わぬ言葉が飛んでくる。「先輩と対局するのはもうちょっと後にしたいです。強くなった私を見てほしいですから」
 言いながら向こうの椅子に戻っていく彼女の後ろ姿はとても可憐で、美しかった。もしかしたら、茅野都美という人間は、僕が最初思っていたよりずっと純粋な子なのかもしれない。
「じゃあ六月の大会がちょうどいいかな。それまでお互い頑張ろう」
「はい! そうと決まったら練習ですね」
 彼女は、無駄に広い部室の端のほうにある畳に寝転び、スマホをいじる。畳は十枚以上あるが、別になくてもいいということでほとんど外していた。
 この角度からでは本当に将棋をやっているのか見えないが、いずれにしろここまで緊張感のない練習風景はかなり稀だろう。
「パンツ見ないで下さいよ?」
 悪戯めいて笑う彼女はうつむせに寝転びながら、短いスカートから伸びるすらっとした足をばたばたさせた。僕は、見ねえよ、とやはり返す。



「これが角換わりで、こっちが横歩取り」

 放課後、僕らはまた部室に集まっていた。僕も茅野も、あのときと違いもう夏服を着ている。
「ふーん、なんか難しそうですね……、角交換いつでもできそうで」
「難しい。だから初心者にはお勧めしないかな。やっぱり振り飛車のほうが」
 彼女とはあの日以来指していない。だから直接的に彼女の実力を計れてはいないのだが、毎日詰め将棋をしているらしいのできっと強くなっているのだとなんとなく察する。何より、彼女の取り組み方や姿勢に熱意を感じた。
 将棋はまず、居飛車と振り飛車という二つの戦型に大別され、そこから枝葉に別れていくつもの戦法が存在している。簡単に言うと飛車を動かすのが振り飛車で、初期位置のまま動かさず飛車先の歩を突いたりして攻めていくのが居飛車である。僕は居飛車を主に指しているが、覚えたての頃は振り飛車の四間飛車という戦法しか指していなかった。
 将棋の二大戦型。どちらがいいかは一概には言えないが、共通することは、とりあえず強くなるまでは指す戦法をできるだけ絞ったほうがいいということだった。これは将棋に限った話ではない。単純に指す形を絞ったほうが、得られる経験値が増えて強くなりやすいというのは多くのプロが言うことでもある。

「やっぱり振り飛車で正解なんですね。私は中飛車指してますけど、ネット将棋とかでも割と勝てるから多分戦型がいいのかなって思ってました」
 そう彼女が嬉しそうに見せてくるスマホの画面には「2級」と書かれていた。
「マジ? 強くなったなあ」
「ふふふ」笑いながら、彼女は自慢するように続ける。「ほら見て下さいよ。ここ、初段の人に勝ったんですよ!」
 そう言いながら、棋譜を見せてくれる。盤が表示され、手を進めたり戻したりできるらしい。彼女は先手中飛車を上手く指しこなし、後手の居飛車を粉砕していた。
 彼女も言うとおり、先手中飛車は覚えればかなり勝ちやすい戦法である。中飛車自体を咎める作戦は今現在ないので、単純に強制的に自分の土俵に引きずり込めるという大きなメリットがある。初段レベルだと対策できてない人もかなり多いだろうし、実際四段の僕もあまり自信がない。
「いや、でもマジで一ヶ月半ぐらいで二級はかなり早い部類かもね」
 僕なんて将棋を覚えてから初段になるのに二年ぐらいかかったので尚更である。まあ彼女とは動機も当時の年齢も違うのだが。
「ありがとうございます。でも、私にはもっと目指す場所があるのでこんなことで喜んでちゃダメなんですよね」
「目標とかあるの?」
 ふと、気になったので訊いてみる。前に訊いた将棋部への入部動機と近いところがあるかもしれないと、口に出してから気がついた。
 彼女はやはり言葉に詰まったようで、スマホをいじる手も止まる。
「……いずれ分かると思います。まだ先輩には言えません。すいません」
 そういう彼女は相変わらず真剣な面持ちだった。彼女が言うと、なんだか想像を絶するほどの深い意味を持った言葉に聞こえてしょうがない。
 いずれ分かる、というのは、一体いつ、どこでだろう。


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