コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

Banka.
日時: 2019/04/12 18:28
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 君の声を思い出してから夏は始まる。遥か昔、僕は初めて恋をした。君の匂いは則ち夏の匂いだった。
 ようやく溜まっていた仕事が一段落したので、ふと伸びをしてみる。パソコンから目線を逸らすとカーテンが風で揺れていて、強烈なようで少しばかりの既視感を感じる。
 あれからどれほどの時が経ったのだろう。狂おしいほど、もう何が起きても絶対に取り戻せないほどの時が流れているのに、毎年夏が来る度に君を思い出してしまうことに未だに不思議になる。
 どこか物悲しく思えるのは、君という存在と、今の自分の生活とがあまりにもかけ離れていることだった。その差が単純に時間によるものなのか、それとももっと別の何かなのか、いつ分かるときがくるのか不明で地獄のようだ。
 君の存在そのものに現実味が日に日に消え失せていくのが切なく、今ではドラマなどの作り話と何ら変わらないようにすら思えてくる。……こんなことを言うときっと君は茶化して笑うだろう。僕のこの腐ったような日常に、君がいてくれたらどれだけ幸せなことか。

 僕らの青春は一瞬だった。光の速さで駆け抜けた日々は抜け落ちた記憶で溢れていて、そこだけが未だに心残りだった。もっと長く、もっと深く君という人間を感じておけばと、今でも後悔する。
 来年もまた夏が来る。その次もきっと来るし、それは死ぬまで毎年繰り返される。その度に僕は同じ追憶をするだろう。もはや償いに似た何かを。


>>1-3 >>6-18

イメージソング:夏の幻(GARNET CROW)

Page:1 2 3 4



Re: Banka ( No.4 )
日時: 2018/09/16 18:44
名前: 鷹ファン

文章が綺麗で読みやすく、ストーリーも面白いです。投稿頑張ってください!!

Re: Banka ( No.5 )
日時: 2018/09/17 22:51
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

ありがとうございます! 3年ぶりに小説にコメント書いてもらえたので今泣いてます!!

Re: Banka ( No.6 )
日時: 2018/09/21 06:38
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「せんぱーい」
 六時限目の授業が終わり、早速部室に向かおうとしていたとき、その声は飛んできた。
「は?」まだ授業が終わって五分ぐらいしか経っていないので、教室にはまだほとんどの生徒が残っている。それらの視線は間違いなく僕と彼女――茅野都美に集中していることだろう。
「早く部室、行きましょうよ」
 初めは教室の外で喋っているだけだったが、いつの間にか中まで入ってきていた。やはり、彼女の独特な雰囲気は、こういう多くの生徒がいる中だと露骨に分かりやすく見える。
「ま、待ってくれ。職員室に部室の鍵取ってこなくちゃ……」
「もう取ってきてますよー」遮るように言う。待ってましたと言わんばかりに、得意げに部室の鍵を指で回していた。

「……じゃあ、行くか」
 先を進む彼女を追うように、教室から出る。その間、誰も何も言ってこなかった。普通クラスで目立つような生徒なら、こういうときクラスメイトに何か言われたりするのだろうな、と考えてみる。
 まあ、自己嫌悪している訳ではない。自分はクラスではそういう役割なのだと割りきっているから、悲しくもなんともない。

 将棋部の部室は、第二多目的室、という文字通りこの学校の最果てにある。特別教室棟三階の端っこにあり、生物準備室の横だ。
 授業中などは生物室に生徒が集まるのでまだマシだが、放課後になると誰も寄りつかなくなるので、少し雰囲気が怖くなる。あと、隣が生物室というのがなんか嫌、という三重苦に悩まされた全く損な部室だといつも思う。
「開けますよ、先輩」
 そう、茅野が扉を開ける。教室の中は締め切っていて不快な匂いで充満していた。
「昨日のままじゃないですか。この教室って使わないんですか?」
「使わない。第一多目的室ですら、今建設中のあの新校舎ができたら使わなくなっていくしね」
 言うと、彼女は窓の外のあの校舎を見つめた。窓を開けると、グラウンドを挟んだ向こう側なのに工事の音がここまで響いてくる。来年の十一月に完成予定とのことなので、実質僕があそこで過ごす期間は数ヶ月ということになる。
「ふーん、なんか、悲しいですね」
 そう、彼女は窓から目を離す。なんだか少し儚げだなと思っていると、彼女は机の所まで移動していた。確かに、情緒がないといえばないのかもしれない。

「そういえば、なんでここって部員が二人なのに部として認められてるんですか? 私がここに来る前は一人でしたし」
「将棋部はこの学校の創立当初からある伝統だからそう簡単に廃部させたくないんだとよ」
 説明していて全くいい加減な理由だと辟易するが、それはそれで筋が通っているのかもしれない。地味に将棋部が学校から消えたらちょっと切ないという気持ちは分からなくもない。実際に彼女もそこそこ納得したみたいで机の将棋盤の駒を並べ始めている。
 自分も窓側の椅子に座り、バッグから取り出したノートパソコンを机に置く。
「今日も対戦する?」
 再戦を望んでそうだったので、ふと聞いてみる。この部は今年度に入ってからずっと一人で活動していたので特にやることなど決まっていない。
「いや、今日はいいです。先輩はいつも何してたんですか?」
「僕はそうだなー、この将棋倶楽部42っていうサイトでいつもネット将棋指してるくらいかな、寂しいことに」
 すると、教室の扉側に座っていた彼女は立ち上がってこちら側に進んでくる。
「へー、それでそのパソコンなんですね。てっきりエロ画像でも見てるのかと思ってました」
「見ねえよ……」

Re: Banka ( No.7 )
日時: 2018/09/26 00:29
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 画面をのぞき込む彼女は、ちょっといいですか、と横にある無線マウスをいじる。そして、デスクトップにある将棋倶楽部42のショートカットをクリックする。
「やるの? でもおれのアカウントだよ」
「いえ、ちょっと先輩の名前と棋力を……。私もこれやってるので知っとこうと思いまして」
 そう言って、マイページを開く。僕の名前と段位が出てくる。別段隠したい訳ではないが、こういうのを人に見せたのは初めてだった。
「四段ですか、やっぱり強いんですね」
「三段と四段を行ったり来たりしてる感じかな。今が四段なだけ」
「ふーん」そう興味なさそうに呟いた後、彼女はおもむろにスマホを取り出した。「じゃあこのIDの人が部屋立ててたら別の人の部屋行くようにします」
 なんだそれ、と思っていると、彼女から思わぬ言葉が飛んでくる。「先輩と対局するのはもうちょっと後にしたいです。強くなった私を見てほしいですから」
 言いながら向こうの椅子に戻っていく彼女の後ろ姿はとても可憐で、美しかった。もしかしたら、茅野都美という人間は、僕が最初思っていたよりずっと純粋な子なのかもしれない。
「じゃあ六月の大会がちょうどいいかな。それまでお互い頑張ろう」
「はい! そうと決まったら練習ですね」
 彼女は、無駄に広い部室の端のほうにある畳に寝転び、スマホをいじる。畳は十枚以上あるが、別になくてもいいということでほとんど外していた。
 この角度からでは本当に将棋をやっているのか見えないが、いずれにしろここまで緊張感のない練習風景はかなり稀だろう。
「パンツ見ないで下さいよ?」
 悪戯めいて笑う彼女はうつむせに寝転びながら、短いスカートから伸びるすらっとした足をばたばたさせた。僕は、見ねえよ、とやはり返す。



「これが角換わりで、こっちが横歩取り」

 放課後、僕らはまた部室に集まっていた。僕も茅野も、あのときと違いもう夏服を着ている。
「ふーん、なんか難しそうですね……、角交換いつでもできそうで」
「難しい。だから初心者にはお勧めしないかな。やっぱり振り飛車のほうが」
 彼女とはあの日以来指していない。だから直接的に彼女の実力を計れてはいないのだが、毎日詰め将棋をしているらしいのできっと強くなっているのだとなんとなく察する。何より、彼女の取り組み方や姿勢に熱意を感じた。
 将棋はまず、居飛車と振り飛車という二つの戦型に大別され、そこから枝葉に別れていくつもの戦法が存在している。簡単に言うと飛車を動かすのが振り飛車で、初期位置のまま動かさず飛車先の歩を突いたりして攻めていくのが居飛車である。僕は居飛車を主に指しているが、覚えたての頃は振り飛車の四間飛車という戦法しか指していなかった。
 将棋の二大戦型。どちらがいいかは一概には言えないが、共通することは、とりあえず強くなるまでは指す戦法をできるだけ絞ったほうがいいということだった。これは将棋に限った話ではない。単純に指す形を絞ったほうが、得られる経験値が増えて強くなりやすいというのは多くのプロが言うことでもある。

「やっぱり振り飛車で正解なんですね。私は中飛車指してますけど、ネット将棋とかでも割と勝てるから多分戦型がいいのかなって思ってました」
 そう彼女が嬉しそうに見せてくるスマホの画面には「2級」と書かれていた。
「マジ? 強くなったなあ」
「ふふふ」笑いながら、彼女は自慢するように続ける。「ほら見て下さいよ。ここ、初段の人に勝ったんですよ!」
 そう言いながら、棋譜を見せてくれる。盤が表示され、手を進めたり戻したりできるらしい。彼女は先手中飛車を上手く指しこなし、後手の居飛車を粉砕していた。
 彼女も言うとおり、先手中飛車は覚えればかなり勝ちやすい戦法である。中飛車自体を咎める作戦は今現在ないので、単純に強制的に自分の土俵に引きずり込めるという大きなメリットがある。初段レベルだと対策できてない人もかなり多いだろうし、実際四段の僕もあまり自信がない。
「いや、でもマジで一ヶ月半ぐらいで二級はかなり早い部類かもね」
 僕なんて将棋を覚えてから初段になるのに二年ぐらいかかったので尚更である。まあ彼女とは動機も当時の年齢も違うのだが。
「ありがとうございます。でも、私にはもっと目指す場所があるのでこんなことで喜んでちゃダメなんですよね」
「目標とかあるの?」
 ふと、気になったので訊いてみる。前に訊いた将棋部への入部動機と近いところがあるかもしれないと、口に出してから気がついた。
 彼女はやはり言葉に詰まったようで、スマホをいじる手も止まる。
「……いずれ分かると思います。まだ先輩には言えません。すいません」
 そういう彼女は相変わらず真剣な面持ちだった。彼女が言うと、なんだか想像を絶するほどの深い意味を持った言葉に聞こえてしょうがない。
 いずれ分かる、というのは、一体いつ、どこでだろう。

Re: Banka ( No.8 )
日時: 2018/09/26 22:55
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「先輩は居飛車なんですっけ?」
「そうだね。三、四段ぐらいまでは振り飛車党もまあまあ多いけど、そこから上に行けば行くほど居飛車党のほうが多くなってくる。突き詰めれば居飛車のほうが勝ちやすいっていうのはあるかな」
「そうなんですね……、なんかちょっと損した気分」
 彼女の目線はいじっているスマホに終始向けられている。
 そういえば、最近の彼女はスマホをいじる姿が目立つ気がする。大方LINEやTwitterで誰かと話しているのだろう。友達か彼氏か知らないが。

「あ、先輩ってLINEやってますか? 交換しません?」
 突然言われて、少し驚く。もちろん僕の人生でそんなことを女子に訊かれたことはない。
「……まあ女の子と縁がない先輩だからこんなこと言われたことないでしょうけど」
 それは本当のことだったので、何か文句を言おうとしても声にならない。LINE自体一週間に一度ぐらいしか開かない上にほとんど家族としか話さない僕は結構ヤバい部類なのかもしれない。
「じゃあ、読み取って下さい」
 はい、と渡されたスマホにはQRコードが表示されていた。この方法はかろうじて知っていて、確かアプリ内のカメラでこれを読み取るというものだったはずだ。
「あれ」
 友達登録は完了して「みやび」というアカウントは確かに追加された。そこまではいいとして、左手に持つ、彼女のスマホのLINE画面がふと目に入る。
「都美、LINEの友達少ないね」
「えっ!? あ、それは……」
 彼女のLINEの友達は異常なほど少なかった。五人というと、僕より十近く下だった。僕ですらかなり少ない部類だと思っていたが、下には下がいるとは。
「いや……、違います違います。クラスに友達はそれなりにいるんですが、わざわざLINEで話すまでもないというか……。ほら、私とLINE交換できるのって選ばれた人だけですから少なくて当然なんですよ!」
 彼女は僕が持つスマホを奪い取り、まるで宝物を持つように抱きかかえる。分かりやすく慌てていて少し可愛らしい。……いやいや、可愛いというのは人として可愛いという意味で、女としてではない。確かに顔は美人かもしれないが、誰がこんな口の悪い何考えてるか分からない茶髪で遊んでそうな女に……。

「というか、先輩、今“みやび”って……」
「あ! ごめん、LINEの名前がみやびだったからそう呼んじゃった」
「あ、はい……、大丈夫です」
 彼女の様子はどこかおかしかった。見ると下を向いたままモジモジしているようで、当然ながらそんな彼女を見るのは初めてだった。
 僕含めてLINEの友達が五人というと、他は家族と、友達が一人か二人で埋まってしまうところだ。僕もほとんど友達はいないが、彼女の友達が少ないのはなんとなく意外だった。容姿がいいというだけでそういうのには苦労しないイメージがどこかしらある。
「あ、今の、言わないで下さいね。皆に……」
 彼女はひどくか細い声のまま、俯いたまま言う。ここまで弱り切ったような彼女はかなり稀なのではないか、と一瞬思った。
 友達五人、か……。実践できなくはないな。

「ほら」
「ん?」
 僕はスマホの画面を見せた。五人しか友達のいないLINEの画面を。
 僕も本来はそのぐらいまで削れるし、家族とあと何人かの友達だけで充分だ。友達が少ないなら少ないで別に困るようなこともないので、これでいい。
 実際、十人ほどの僕が消した連絡先とは、今はほとんど会話していないので不必要だった。
「……先輩も友達五人にしてくれたんですか」
 彼女の顔に生彩が戻っていくのが分かった。
「うん。僕だって友達いないからこのぐらいまで削れるよ。これで一緒だ」
 自分がとった行動に我ながら驚いてしまう。どうせまた後で悪口でも言われるのだろうが、それでも元気のない彼女を見続けるよりマシな気がしたのだろう。
 彼女の友達が少ないことなんて、僕にはどうでもよかった。僕だって少ないし、そんなこと、この将棋部に於いて何の意味もなさないことは明白だった。
 元気になったと思ったら、一転して彼女は泣きそうな顔をしていた。「おいおい」と茶化すように言うと、彼女はすぐに謝る。
「すいません……、先輩がそんなことをしてくれると思わなくて。嬉しいんです」
「それはよかった」
「キモオタの先輩でもそういうことできるんですね。ちょっと格好よかったですよ、悔しいことに」
 と思ったら、また一転して彼女は笑顔に戻っていた。ただキモオタは中学のときにやめたはずなのでそれはきっと誤りだろう。
 格好いい。それは女子に言われるのは初めての言葉だった。彼女は良くも悪くも表裏がなさそうなので、それが本心である可能性は高い。
「じゃあ、LINEでもよろしくお願いします」
 言われて、手に持つスマホを確かめてみる。そういえばLINEの交換もしていたのだった。彼女のプロフィール画像が猫なのが意外すぎて笑える。そういうものを愛でてそうな印象は全くないのだが。
 そういえば、交換したはいいものの、これからLINEで何を話すのだろうと思った。真っ先に思いついたのが将棋部の活動日の通達だが、逆に言えばそれぐらいしかない。


Page:1 2 3 4



スレッドをトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。