コメディ・ライト小説(新)

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Banka
日時: 2019/08/18 15:16
名前: をうさま ◆qEUaErayeY
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3918

>>1-3 >>6-22 >>26-33
2018冬大会 銅賞

君の声を思い出してから夏は始まる。

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Re: Banka ( No.14 )
日時: 2018/11/22 04:52
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「せんぱーい!」
「あ、おはよう」
 当日、空は青く澄み渡っていた。……将棋は室内でやるから関係ないが。
 県予選は、慣例的に県内のとある新聞社にて行われる。今日、僕達三人は別れて会場まで向かってきていた。茅野が顧問の小林先生の車でここまで来て、僕は一人で電車に乗ってそこから歩いてきた、といった次第である。
 昨夜、実はほとんど眠れていない。何故か睡魔がこなかったのもあるし、ネット将棋を延々と指していて気づけば朝になっていたという訳だった。……認めたくはないが、もしかしたら緊張もあるのかもしれない。
 遅れて駐車場の所から小林先生がやってくる。先生は僕達に気づかなかったみたいでそのまま入口に入っていった。顔を見合わせた後、僕らもついていく。
「クマ凄いですよ? やっぱり深夜にエロ動画ばっかり見ちゃったせいで全然眠れなかったですか?」
 オイ。確かに少し見たけど。
 というか、そこまで目立つのなら対戦相手とかに知られたら地味に損かもしれない。まあ実力で勝てばいいのでよしとしよう。

 会場内は熱気で包まれていた。学校の体育館ぐらいの広さの会場に、延々と机と椅子が等間隔に並んでいる。一つの机につき将棋盤が二セットずつ置かれていて、かなりの量の対局をここでしていくのだろう。
 もう既に大会は始まっていて、先に団体戦をやっていた。向こうで小林先生が受付登録みたいなことをしていた。
 団体戦は佳境に入っているみたいで、ホワイトボードに書かれたトーナメント表では四強が出揃ったことが確認できる。三十校ほどが参加しているだけに、トーナメントが準決勝まで進んだ様はどこか壮観だ。
 団体戦は県大会の上位二校が全国大会に進めるので、この準決勝で決まる。
「凄い。団体戦ってこんなに盛り上がるんですね。来年は是非新入生をたくさん勧誘して出たいですね」
「新入生は何人か来るかもしれないけどどうせ僕みたいな冴えない野郎しかこないよ」
「がーん。キモオタ童貞は一人で充分なのに何人も入ってきたら嫌ですね……」
 確かに、僕が彼女の立場でも嫌かもしれないのでそれは少し同情してしまいそうだ。それよりキモオタ童貞が定着してしまったみたいで怖いのだが。

「あ、あそこ、強いらしいですね。明征高校ってとこ」
 ついに準決勝が始まったみたいで、その明征高校とどこかの高校が対局をしていた。
 団体戦のルールはかなり単純である。両校五名ずつの星取り戦で、三勝した高校の勝ちだ。その際、五人の部員が誰と対局するかは始まるまで分からない。五つある盤にそれぞれ番号が割り振られていて、両チームの顧問が誰を一から五番の椅子に座らせるかを紙に書き、そこから対戦がスタートする。
「明征。あそこは去年全国まで行ったけど初戦とかその辺で負けた所だね」
「えっ」彼女は驚いたように僕の顔を見て、今行われているその明征高校の団体戦にすぐに目線を移した。確かに県内じゃトップクラスだが、東京とか大阪などにはもっと強い高校が山のように存在する。
 それは個人戦でも同様であり、こんな県大会で優勝するだけで喜ぶなんていうのは井の中の蛙ではある。

「連覇、ですね。凄い」
 当の明征高校は二連覇をしていた。彼女は褒めるが、僕はどうだか、と思いながら彼らを見つめる。
「じゃあ、次から個人戦始まるから、すぐに移動して」
 小林先生がいつの間にか横まで来ていて、離れた位置で観戦していただけの僕らを誘導する。
「先輩は去年もこの大会に出たんですよね?」
 歩きながら、横の彼女は僕に訊く。それは前にいる先生にもきっと聞こえていただろう。先生は、あの事情を知っている。
 僕らが盤の近くまで来ると、周りが突如ざわつきだす。それに彼女も気づいたようで、助けを求めるように僕をじっと見つめる。確かに、彼女にとっては気味が悪いのも無理ない。
 前回の団体戦準優勝校が今年は部員数が足りず個人戦一本なんて恥ずかしい話、彼女にそうそうできるものではないが、気づかれるのは時間の問題だろう。
「さっき周りがざわざわしてたのは何だったんですかね……。なんか色んな人からの視線が痛かったんですけど」
「さあ? というより早速始まるみたいだね」
 言うと、彼女は一転して真面目な顔に戻っていく。それは集中しだしたというより、緊張のほうが近いだろう。何より、彼女はこの会場の真剣な空気に呑まれていた。

Re: Banka ( No.15 )
日時: 2018/12/17 00:49
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「よう。今年は団体戦出なかったのか」
 突然、話しかけられる。僕のほうは初戦の相手を即行で葬ったところだった。中盤からリードを奪い、そのまま完封勝ちを収めていた。
 話しかけられたはいいものの、この人が誰なのか分からないので黙っていた。恐らく……、去年にこの会場で少し話したことがあるかもしれないが、あまり記憶にない。
「忘れたか? 去年に団体決勝で戦った清水だよ。今は明征高校将棋部の部長をしてる」
「ああ、あのときの……」
 とりあえず言ってはみるが、マジで全然覚えていない。僕は記憶障害にでもなったのだろうか。
「さっき君も見てただろうけど、連覇することができて八月に全国大会に行けるようになった。まあ君も上がってこいよ。そこでまた会おうな」
 そう言って肩を叩かれる。嫌味でも言われるのかと思っていたのでほっとする。そういえばと思い盤の向こう側を見てみると、さっきまで指していた相手は既にいなくなっていた。

 二戦目、三戦目も危なげなく勝ち進む。たまに向こうで誰かと対局している茅野を見るたびに、あっちもまだ勝ち進んでるか、と少し嬉しくなり、自分も頑張ろうと励まされた。
 女子のほうは参加者が男子の半分以下なので、本当に彼女は可能性がかなりある。
 というか、センスだけで言えば彼女は僕なんかを遥かに凌いでいるので、それがこの大会で上手く開花すれば優勝は間違いないと思われる。僕の茅野に対する評価は日に日に高まっている。

「よろしくお願いします」
 お願いします、と返すと相手は静かに初手を指した。気づけば周りにギャラリーが何十人もいて、対局する僕達二人を取り囲んでいた。そうだ。いつの間にか僕は決勝まで来ていた。
 ……面倒だし、端っから手合い違いなのだから、すぐ終わらせよう。そう思ったこちらの横歩取りの提案を相手は受け入れてくれ、角道を開けてくれる。僕はすかさず歩を交換し、相手も交換した瞬間に横歩を取った。
 居飛車の花形、横歩取りである。定跡があるとはいえ複雑で手も超手数に及ぶ上、ほとんど力戦なので一度ミスしたらそのまま詰まされて負けることも多々あるので、プロの戦法と言われていることが多い。最低でもアマチュア高段者はないと指しこなせないというのが大体の人の見解である。
 しかし僕はこの戦法で将棋を覚えた。指し始めた頃はまだ級位者ぐらいで、毎回のように短手数で負けていたが、指す度に成長を感じられて単純に嬉しいし楽しかった。
 一瞬のミスが命取りになる展開がずっと続くので、将棋に必要な力を全て鍛えられるというか、この戦法の理解度がそのまま将棋というゲームの理解度に繋がっている気がして、指しているといつも不思議な感覚になる。あの頃は色んな物に手を出してみたが、こんな戦法は横歩取りだけだ。
 辺りには駒を指す音とチェスクロックの音だけが響く。この広い会場は常にざわついているが、僕達を取り囲むギャラリーは一様に無言なので、ここだけ静かだ。しだいに、手が進んでいくにつれ、僕が指す度に対局相手が声を漏らしたり頭を捻ったりすることが増えていった。
 中盤で相手の角を殺す。相手は角を成り捨て、桂馬を跳ねる。しかしそれでは攻めが遅い。僕は既に相手の玉頭を制圧していて、歩の切れた五筋に歩を打つ。相手は玉を一瞬持とうとして、すぐに駒から手を離した。
 ……もう、終わっている。相手も既に気づいているのだろう。まだ玉が詰んだ訳ではないが、ここから相手側を持って勝つのは相当至難である。
 それでもまだ相手は指し続ける。負けたくない、負けたくない、と一手一手からその気持ちばかりが伝わってくる。しかし、その様はどこか悲しい。
 将棋は気持ちで勝てるゲームではない。それは自明で、指す者達は皆それを分かった上でこのゲームを続けている。しかしどうしても悔しかったりして、そんな当たり前のことを忘れてしまうときはきっと来る。実際に僕もかつてそういう経験をしたことがあったが、そのときに厳しく思い出させてくれた人は、一体誰だっただろう。いずれにしろ、それはもう遠い昔なのだろうが。
 ……パチ、パチ、と似た二つの音が延々と響き渡る。結局、彼は一手詰みの状態まで指し続けた。

Re: Banka ( No.16 )
日時: 2019/01/11 02:54
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「負けました」
 そう相手が頭を下げた瞬間、周囲が沸いた。急に近くで何人もの人達が声をあげ出すので普通にびっくりする。彼らは僕の勝利を喜んでくれているようで、何故なのか疑問に思いつつも、とりあえず一度礼をしてみる。目の前に相手がいるのにガッツポーズはマナー違反である。
「ありがとうございました」
 言うと、彼は笑顔で応えた。……悔しくないのだろうか。ここは決勝だ。ここまで来たら優勝したいと思うだろう、普通は。
「ここまで来て負けたのは悔しいけど、実力差が物凄かったから仕方ないね。全国でも頑張って」
 彼は椅子を立ち上がり、出口付近まで歩いていった。そこには親御さんらしき人が立っていて、その人は泣いていた。そしてそのまま抱き合う。周りの会話を盗み聞きして知ったのだが、彼は高校三年生らしい。これが彼にとって最後の大会なのだろうか。
 僕は間違っていない、とその光景を前にしても尚思えた。しかし、これがネット将棋だったらどんなに心が楽か。顔が見えるか見えないかだけでどうしてここまで変わるのか。

 そして、そのとき向こうで茅野が指しているのが目に映った。気づいたと同時に辺りのギャラリーが沸いていて、対局が終わったのだろうと分かる。僕は走っていた。ここまで本気で走ったのはいつぶりだろう。決勝戦と書かれたボードが机に貼られていることに気づいたのは、近くまで来てからだった。
「あ、先輩……」
 茅野は涙目だった。そして、ひどく消耗したように下を向いていた。これは、まさか。
 対戦相手の女子は真顔のままその場を後にしていった。僕は拍手するギャラリーの人達の間をかき分け、彼女の側まで歩み寄る。
「先輩、私、勝ちました」
 彼女はいかにも信じられないといった表情だった。自分が置かれている状況が理解できず、とりあえず平静を装っているように見える。
「おめでとう。あの対局相手の女子知ってる。去年二段とかだった気がする」
 僕はそう言いながら、投了図を見ていた。対局相手の駒台に乗る駒はぐちゃぐちゃに置かれていた。本来は対局終了後の感想戦が終わった後、駒を片付けるまでが所作なのだが、この大会に於いてそういうルールは特に無いようだった。
 投了図からは、両者の様々な感情が読み取れる。例えばさっきの対局でいえば、一方的に攻めきられ一手詰みの状態まで指してしまうほど「負けました」の言葉が言い出せないといった具合の分かりやすいものから、対局している二人にしか到底分からないような世界の話まで。
「この盤面、どう思います? 先輩」
 僕は口を押さえていた。茅野の玉は安全で、その上相手には綺麗に必至をかけているという、普通に見てみると茅野が勝っていそうに思える盤面である。しかし茅野の玉は詰んでいる。
 ……なんと残酷なのだろう。きっちり十七手である。飛車切りからの猛攻という、三十秒将棋の中では見つけるのが難しい順で、手数も長い。こんな詰みはこのレベルでは見える訳もないので当然といえば当然であるが、とにかくこの詰みを一目で読み切った自分が怖かった。



「かんぱーい!」
 いえーい、と茅野は僕の持つコップに自分のそれをぶつけてきて、中のオレンジジュースを飲み干す勢いでぐびぐび飲んでいく。その謎のテンションは一体何なんだ。
 ローテーブルに向かい合うように座っている僕らは、さっきその辺のコンビニで買ってきたお菓子とジュースをつまんでいる。
「僕の部屋来たはいいけど何もないでしょ」
「そうですねー。エロ本の一つぐらいあると思ったんですけど、意外となくて……」
 自分はいつからエロキャラになったんだ? と疑問に思いつつ、コップのコーラを飲む。
 まあ、それはそれとして、自分の部屋は本当に何もない。趣味といえるものは将棋くらいしかなく、ゲームも本も全く知らない。自分でもたまにこの部屋でやることがなさ過ぎて嫌になるくらいだから、他の人はもっとだろう。
「……でも、まあ私の家なんてもっと何もないですよ」
「えっ?」
 嘘だろ、と思った。流石にそのお世辞は無理があるだろう。

Re: Banka ( No.17 )
日時: 2019/01/29 23:49
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「とりあえず、お互い優勝おめでとうってことで」
 彼女が言うので、僕は吹き出してしまう。改めて口に出されてみると異常さが際立つ。同じ高校から男女一人ずつ出て、その両方が県大会で優勝するなんて、どう見ても出来すぎている。
 地味に色々と緊張して迎えた県大会だったが、思いの外あっけなく終わってしまって少し笑える。まあ、そのおかげで僕達は今、お祝い会みたいなことをここでやっている訳なのだが。
「先輩のほうの決勝はどうでした? 私のほうは割と競ってましたけど」
 うん、と唾を飲み込んでみる。最後に茅野の玉が詰んでいたことは、言うべきなのだろうか。
 言わないほうがいいに決まっている。そんなことまでして水を差す必要はないだろう。現にお互い優勝できたのだから、その事実だけで充分どころか満点だ。
「僕のほうは横歩取りで普通に勝ったな。上手く噛み合って五、六十手ぐらいで終わった」
「へー、やっぱり強いですね……。アプリとか道場以外にもどこかで指してたんですか?」
 彼女は嬉々として訊いてくるが、僕にとってその質問はタブーだった。
「一応他の所で指してたことはあるけど、あんまり答えたくない……。ごめん」
 彼女は少し驚いたような表情から、しだいに何かを察したような笑顔に変わる。「そりゃそうですよね。私だって隠し事してるんだから、先輩も隠し事の一つや二つぐらいありますよね。こちらこそなんか申し訳ないです」
 少し空気が悪くなる。やめてくれ、と思った。僕が全て悪いのに謝らないでほしい。
 僕のそれは隠し事なんていうレベルのものではない。きっと彼女とは隠す理由が違う。僕と彼女は全く別の人間だ。全てに於いて。
 言ってしまえば将棋の取り組み方からして違う。彼女はまさに完璧というか、誰も口出しできないほど真剣に将棋に打ち込んでいて、実際に結果を出している。それに比べ僕のほうはどうだ。ずるずると将棋を指しているだけだし、詰将棋なども全くやっていないから棋力は下がる一方である。

「先輩、やっぱり……」
「ん?」
 何かを溜めるように言う彼女は、言い切ることを躊躇しているようだった。
「夏祭り行きましょう。全国大会のちょっと前ですよね」
 すると、何かを決心したように彼女は言い切った。急にどうしたと聞こうとしたが、ふと嫌な予感がしてやめる。
 彼女は僕の目をまっすぐと見つめている。こんなこと、絶対何か理由があるだろうが、残念ながら普通に彼女と夏祭りに行ってみたい欲が上回ってしまっている。
 全国高等学校将棋選手権大会。由緒あるその大会は毎年開催地が異なり、今年は大阪で行われる。八月二十五、二十六日開催なので、ここから一番近い所の花火大会の一週間後である。
 女子とそういうものに行くのは、言うまでもなく初めてだった。二ヶ月も前の今から緊張している自分に、単純だな、と笑ってみる。



「こんにちはー、失礼します」
 教室に入り、頭を少し下げてみると、そこにいた人達も一様に挨拶を返してくれる。
 対局中の人達も中にはいて、彼らはすぐ集中モードに戻っていく。僕は静かに教室中央まで歩き、遅れて入ってきた茅野も同様に頭を下げる。
「よろしくー。……って女子いるんだ!」
「……え?」
 奥の椅子に座る顧問の先生から、あまりに意外な返事が来たので、つい反射的に返してしまう。
「あー、ごめんごめん。あまりにも女子部員が珍しくて。ほら、ウチなんて十人以上いるのに全員男子だからさ」
 ははは、と彼は笑いながら、椅子から立ち上がる。まあそれはそうだろう。将棋部なんて男女比率十対一でもまだマシなレベルなはずだから、僕達みたいに、男女半々というのが、いかに稀か。
「もしかして付き合ってるみたいな? いやー、流石高校生! 僕も戻りたいなー」
 テンションどうした、と笑っていると、後ろの彼女が「違います」と即答していて、地味に落ち込む。
 振り返ると彼女は僕を睨みつけていた。いや、そりゃそうなのだが、だからってそんな真顔で嫌そうに否定されて傷つかない男子はいない。

Re: Banka. ( No.18 )
日時: 2019/04/12 18:28
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「じゃあ、早速対局してみる? 手が空いてる部員も結構いるから対局相手には困らないよ」
 そう。僕達は今日、他校に練習試合をしに来ていた。場所は僕らの高校の最寄り駅から五、六駅ほど離れている場所で、尚且つ高校と駅がそれなりに遠いので、駅からさらにバスに乗ってここまで来ていた。なので、僕らがここに到着したときには既に夕方だった。
 奥の盤前に座る部員の人が手を振るので、茅野はそこまで歩いていった。僕ももう一つの空いた盤まで歩み寄り、靴を脱ぐ。畳だ。部員数から何から、僕らの将棋部とまるで違う。立地最悪な上、畳が外されている第二多目的室とは雲泥の差だ。
「ん? 君は……、もしかして県大会優勝した杉本さんでは?」
 盤の前に正座すると、対局相手の人は僕の顔を見るなり驚愕する。
「それに、彼女も女子部門で優勝した茅野さんだ! ……ってことは君達があの有名な個人戦男女総ナメした伝説の将棋部なの?!」
「えっと……、今気づいたの?」
 顧問の先生が半笑いで訊く。
「顔をよく見てませんでしたから。今日練習試合することは知ってましたけどまさかその高校とするなんて夢にも……」
 彼らは何か話しているが、僕には流石に気になって仕方ないことがある。
「え、僕らって有名なんですか?」
 言うと、話している二人が同時にこちらを向く。
「何言ってんの? 西峰高校将棋部っていったらめちゃくちゃ有名だよ。今や高校将棋界では知らぬ者がいないレベルで」
 マジか、と返そうとして慌てて口をつぐむ。確かに凄いことを成し遂げたとは自分達でも思っていたが、まさかそこまで名が上がってしまっているとは思いもしなかった。
 彼らは未だ嬉々として僕達のことを話し続けている。なんというか、恥ずかしい。
 彼の声はこの十五畳ほどの部室全体に響くほどだったが、彼女は既に対局に集中していて聞こえていないようだった。

「いやー、マジで強すぎて無理だー」
 対局相手は、投了した後天井を仰ぎながら言う。僕と茅野はあれから相手を入れ替えて何回か対局していったが、少なくとも僕のほうは一度も負けていないという状況にいた。
 他の盤で対局している部員の人達も次々に漏らす。
「普通に奨励会とか入れそうなぐらい強いよね」
「いや、そりゃ優勝する訳だわ。アマ三段とか四段の俺達でも歯が立たない」
 そんなに強かったのかと驚く。三段四段の彼らに一度も負けていないということは、必然的に僕はそれ以上ということになる。
 僕は何となく返す言葉に詰まり、茅野の対局を見に行こうと思い少し歩く。対局相手に褒められて、素直に謝意を述べるのならまだしも、謙遜したりお世辞を使うというのは、この場所では逆に失礼にあたる。

「負けました」
 それは茅野の声だった。遅れて対局相手も頭を下げる。
 盤面を見てみると、茅野がかなり圧倒されていて、相手の矢倉が手つかずのまま一方的に攻められていた。玉が詰んでいる訳ではないのだが、ここから勝つ見込みが全くないと思っての投了だろう。
「んー、ここは攻めずに玉を囲ったほうが良かったかもね」
「あ、はい……、本譜だとちょっと無理攻めっぽかったですもんね」
 終わるなり、二人はいきなり話し出す。これは感想戦というもので、開始から終局までの盤面を再現し、二人でそれぞれ感想を述べ合ったり最善手を検討することである。終わってから客観的に見つめ直すことで棋力向上が望めるという意味があり、太古から受け継がれている手法でもある。
「杉本さんはどう思います?」
「窓なんか見てどうしましたー? 先輩」
 二人が話しかけてくる中、僕は窓の外の空を見ていた。雨が降りそうな空だなと思って眺めていた。今日の天気予報では晴れのち雨だったが、今降るとは。
 感想戦は対局した二人でやることがほとんどだが、ときに第三者に意見を仰ぐのも重要である。盤のほうに目を戻してみると、彼らはとある一局面を考察していたようだった。先手中飛車対後手三間飛車という僕の目には奇異に映る将棋が、中盤で膠着状態に陥っているようだった。
「んー、相振り飛車は全然知らないけど、もうちょっと手を進めてみたほうがいいかもしれないですね」
 とりあえず手を進めさせてみる。このレベルだと、アマチュア高段者でもない限りほとんど終盤で勝敗が決まるので、そこを精査したほうが明らかに合理的だ。


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