コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい
日時: 2019/09/15 17:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-99


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

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Re: あなたの剣になりたい ( No.95 )
日時: 2019/09/13 19:59
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.92 芸

 渋みはなく、香りは良い。そして、微かに甘ささえ感じられるようなアイスティー。

 これだけハイクオリティな紅茶なら、エトーリアがいつも頼むというのもよく分かる。実際、私も機会があればまた頼もうと思ったくらいの、良い味だったから。


 こうして『ミンカフェ』で飲み物を楽しんだ私たちは、体が休まったところで、別の場所へ行ってみることになった。

 再びクレアの街を歩き出し、最初に立ち寄ったのはガラス細工の店。透明なガラス越しに色とりどりのガラス細工が見えるという、幻想的でとても素敵な店構えだった。

「どう? エアリ。素敵なところでしょう?」
「綺麗だわ!」

 人はいない。

 けれども、とても華やかな店内だ。

 赤、黄、緑、青、紫。
 もちろんそれだけではないが、本当に様々な色のガラスが、棚に並べられている。

 触れたら壊れてしまいそう。
 けれど、それゆえ美しい。

 私は店内を見て回りながら、そんなことを思ったりした。


「ようこそ! ここはビーズアクセサリーのお店なの!」

 美しいが寂れたガラス細工の店を出て、次に入ったのは、一軒家の一階を改造したような店。人の頭くらいの大きさのハートが一個彫り込まれた扉を開け、中へ入ると、二十歳少し手前ぐらいと思われる少女が元気に迎えてくれた。

「素敵なお店ですね」

 エトーリアが軽く褒めると、少女は自慢げに胸を張る。

「あたしの作品がたくさんあるの! ぜひ見ていってほしいの! 全部売ってるの!」

 店内にはテーブルや棚があり、そこにビーズアクセサリーが飾られている。陳列の仕方自体は、先ほどのガラス細工店とよく似ている。

 ただ、ガラス細工店と違うところもあり。
 それは、店内に私たち以外にも人がいることである。

「見て、エアリ。これなんて素敵じゃない?」
「何これ……蛇の正面?」
「ふくろうよ。値札にフクロウって書いてあるもの」

 そんな話をしながら、エトーリアと店内を見て回る。

 ビーズアクセサリーと聞くと可愛い系のイメージが強かったのだが、この店に陳列されているビーズアクセサリーは可愛い物ばかりではなかった。

 暖色系の花やリボン、ハート、小型犬など愛らしいモチーフも多い。が、それとは対照的に、骨付き肉やサソリなど可愛くはないモチーフの物もある。

 ただ、そういったセンスも嫌いではない。
 可愛いのは良いけれど、やや渋い物もある方が幅が感じられて、私は好きだ。

「エアリ、何がいい?」
「……私?」
「そうよ。気に入った物があったら言ってちょうだい。プレゼントとして買うわ」

 買うことを前提に見ていなかった。

「見るだけで大丈夫よ、母さん」
「気に入るのがなかった?」
「いいえ。素敵な物はたくさんあるの。けど、買ってもらうなんて申し訳なくて」

 するとエトーリアは、ぷっ、と吹き出す。

「エアリったら、おかしいわね」

 笑われてしまった。

「リゴール王子に似てきたんじゃない?」
「そうかしら」
「だって、エアリそんなに遠慮がちだった?」

 言われてみれば、そうかもしれない。
 傍にいる人の影響を受けるというのは、よくあることだ。それを考えると、私がリゴールの影響を受けているという可能性もないことはない。

「それもそうね。母さんの言う通りかもしれない」

 静かにそう言うと、エトーリアは控えめに笑みをこぼす。それから、小さな声で「じゃ、わたしが選んでプレゼントするわね!」と言った。

 私たちには思い出が少ない。
 けれど、思い出は今から作っていけばいい。

 母と娘であるという事実が変わることはないのだから。


「もうすぐ始まるって!」
「ええっ! 行く行く!」

 エトーリアが選んだビーズアクセサリーの入った紙袋を受け取り、二人並んで歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。話し声の主たちの方へ視線を向けると、走っていく少年少女の背中が見える。

「あっちは広場の方ね。広場で何かやってるのかしら」

 エトーリアが呟いた。
 そんな彼女に、私は問う。

「見に行ってみる? 母さん」

 その問いに、エトーリアは強く頷く。一回だけではあったが、はっきりした動きだった。
 意見が一致した私とエトーリアは、早速、広場へと足を進める。


 広場には人だかりができていた。

 人だかりは、少年少女が主だが、中には成人男性やバッサくらいのおばさんも交ざっている。また、日向ぼっこ中の老人かなというようなおじいさんも、一人二人紛れていた。

「何なのかしら? よく見えないわね」

 エトーリアが先に足を進め、人だかりへ接近していく。
 私はその背を追う。

 やがて、人だかりの向こう側にいる人物の姿が隙間から見え——衝撃を受ける。

 人だかりの中心いたのが、グラネイトとウェスタだったから。

「……ぎっくり腰」
「はぅあ!」
「……腰痛」
「ふ、ふふふふふぅ」
「……健康的なポーズ」
「ふははははーっ!」

 ウェスタがキーワードを呟き、グラネイトがそれに合った芸を疲労するという奇妙な会が、堂々と開催されていた。

 グラネイトの振る舞いはかなり珍妙なものだが、少年少女は爆笑している。私からしてみればただの変な会。ただ、若い世代には意外と人気があるみたいだ。

「……美男子」
「ふっ」
「……ナルシスト」
「ぐはは! 見よ! 我がかっこよさを!」

 グラネイトの奇妙過ぎる芸を目にしてしまったエトーリアは、完全に固まっていた。

「……卵」
「つるんっ。つるっ。つるつるつつつつつるるんっ」
「……こむら返り」
「あだっ!! あたっ、あた、あたっ、あだだだだァッ!!」

 わはは、と、人だかりが笑う。
 何が笑いを起こしているのかよく分からない。ただ一つ分かるのは、グラネイトの体を張った芸が人気だということ。

「……散歩」
「のしのし、のしのし、のしのしのし」
「……つまづいた人」
「あっ、ぶばっ!」

 グラネイトは身を引くと言ってくれていたし、ウェスタはリゴール奪還に協力してくれた。だから、ブラックスターへは戻っていないのだろうなとは思っていた。

 が、まさか二人揃ってこんなことをしているとは。

Re: あなたの剣になりたい ( No.96 )
日時: 2019/09/13 20:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.93 かつての刺客二人組

 少し前までブラックスターからの刺客だったグラネイトとウェスタ。二人が道端で芸を披露しているなんて、微塵も想像してみなかった。これはかなりの衝撃である。

「あの人って……」

 ウェスタを凝視しつつ、不安げに漏らすエトーリア。

「大丈夫よ、母さん。二人はもう敵ではないの」

 不安にさせてはいけないと思い、言葉をかける。するとエトーリアは、怪訝な顔をしながら、視線をこちらへ向けてきた。

「……そうなの?」
「今はもう敵じゃないの。まぁ、まさかあんなことをしているとは思わなかったけどね」

 苦笑いしつつ述べる。
 するとようやく、エトーリアの表情が柔らかくなった。

 僅かに、だが。

「ならどうする? 話しかけてみる?」

 エトーリアにそう問われたが、すぐには返せなかった。なぜなら、話しかけるべきなのかどうかすぐには判断できなかったから。知り合いだから、話しかけてはいけないということはないのだろうけど。でも、話しかけないでおいた方が良いのかなと思う心もあって。

「……エアリ?」
「ま、べつに、話しかけなくてもいいかもしれないわね」

 二人が話しかけてほしいと思っている可能性は低いはずだ。話しかけないでほしいと思っているかどうかは別として。

 だから私は、そっとしておくことに決めた。

「じゃ、行きましょっか」

 エトーリアの言葉に、私は頷く。

 そして歩き出した——刹那。

「エアリ・フィールド!」

 背後から、声が飛んできた。

 声の主はグラネイト。
 彼は人だかりを押し退け、私に駆け寄ってきていた。

「なぜ見なかったかのように流すッ!?」
「え、えっと……」

 手首を掴まれてしまった。これはもう、見なかったことにはできない。面倒臭さも若干あるが、話すしかなさそうだ。

「声をかけないのはなぜだ!?」
「え、いや……邪魔しちゃ悪いかと……」
「ふはは! 寂しいぞ!」

 それまでは芸を続けていたグラネイトが、急に私のところまで駆けたのを見て、観客たちは不思議そうな顔をしている。

「暇なら、グラネイト様の芸を見ていってくれ!」

 ……もう見た。

 けれど、そんなことは言えなくて。

「そ、そうね。分かったわ」

 私はそう答えた。


 グラネイトに発見され捕まってしまった私は、結局、彼らの演技をまたしても見ることになってしまった。心優しいエトーリアは付き合ってくれたので、一人にはならず、そこは良かった。だが、グラネイトの芸はやはり何ともいえない雰囲気で。笑えないし、感動もしなかった。

 芸が終わると、人だかりはみるみるうちに散っていく。
 一部の人たちは、ウェスタが持っている箱にお金を放り込んでいた。あの妙な芸に金を出す人がいるとは、驚きである。

 しばらくして人だかりが完全に去ると、グラネイトとウェスタは私たちのところへ歩いてきた。

「……こんなところで何をしている」

 一番に口を開いたのはウェスタ。

 長い睫毛に彩られた赤い瞳に、感情的でない顔つき、そして銀色に輝く髪。
 金属のような冷ややかささえ、彼女の魅力となっている。

「何をしている、って……私はただ、街を色々見て回っていただけよ」
「……そうか」
「ウェスタさんこそ、何をしているの?」
「……生活費が必要」

 こうして近くで見ると、彼女は本当に、デスタンによく似ている。彼女は鏡に映るデスタンのようだ。髪や瞳の色はまったく異なっているにもかかわらず、である。

 聡明さの表れた目鼻立ちの奥に潜む、複雑な色。
 仮面のような顔から見え隠れする、燃え上がる心。

 多分、そこが似ているのだ。

「そうだったの」
「……そう」
「けど、良かったわ。グラネイトさんと合流できたみたいで、安心した」

 グラネイトとウェスタ。二人はブラックスターにいた頃からの友人だから、きっと、上手くやっているのだろう。

「……ありがとう」
「元気だった?」

 そう問うと、ウェスタは怪訝な顔をする。

「なぜ……そこまで気にかける」

 ウェスタの口から出た言葉は、私にとっては意外なものだった。

「我々はブラックスターの人間だ。お前たちを傷つけた。にもかかわらず、なぜ……そんな風に接するのか、理解できない」

 真剣な表情で発するウェスタに、グラネイトはいきなり肩を組にいく。

「ふはは! ウェスタは考えすぎだ!」
「……グラネイトには聞いていない」
「ふはは! 大概のことは気にしたら負——ぐはぁ!」

 妙なノリで絡むグラネイトの腹に、ウェスタの肘が突き刺さる。

 肘での一撃は、静かだが、かなり威力がありそうだ。

 しかも、それだけでは終わらない。ウェスタは自身の腕を握ろうとしていたグラネイトの片手を掴み、指を逸らせる。

「あだだだだ!」
「……余計なことをするな」
「ごっ、ごめ、ごめっ、ごめんて!」

 ウェスタは容赦なかった。
 痛みにジタバタするグラネイトを見ていたら可哀想になり、余計な発言と分かりながらも言ってしまう。

「あ、あの、ウェスタさん……止めて差し上げては……」

 それに対しウェスタは、淡々と返してくる。

「理解力のない人間は、物理でいかねば止まらない」

 それ以上は何も言わなかった。

 これが二人の関わり方なのだとしたら、第三者が勝手な感覚で口出しするのは良くない——そんな風に思ったからだ。

 傍にいるエトーリアは、戸惑いつつ苦笑していた。

「……ところで。兄さんはどう?」

 答えづらい質問が来てしまった。
 私は思わず言葉を詰まらせる。

「えっと……」

 ウェスタの眉間にしわが現れる。

「言えないような様子?」

 怪しまれている!
 勘違いをされては困るので、ここは、はっきりと返さなくてはならないところだ。

「い、いいえ! 意識はしっかりしているし、元気そうではあるの! ……ただ、体が」

 私が言い終わるのを待たず、ウェスタとグラネイトが同時に発する。

「「体が!?」」

 少し空け、答える。

「……斬られた傷のせいかどうか分からないけれど、すぐには戻らないみたいなの」

 打ち明けるのは怖かった。特に、ウェスタの存在は恐ろしかった。彼女の憎しみが私に向くのではなどと考えてしまって。

 ウェスタは物分かりのいい人。だから、理不尽に憎しみを向けてきたりなんかはしない。
 そう信じている。

 けれど、信じていても、不安があることに変わりはない。

「……生きては、いるの」

 やがて口を開いたのはウェスタ。

「え」
「兄さんは生きている。それは事実なんだね」

 確認に、私は強く頷いた。
 するとウェスタの表情がほんの僅かに柔らかくなる。

「……なら、良かった」

Re: あなたの剣になりたい ( No.97 )
日時: 2019/09/13 20:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.94 いくつもの遭遇

 グラネイトとウェスタ、ブラックスターを脱退した二人と別れ、私はエトーリアと共に歩き始める。

 舗装された道に入ると歩きやすくなってきて、どんどん足を前へ進めることができた。

 エトーリアは歩くのが早い。
 けれど、舗装された道であれば私も遅れはしない。

 私たちは進む。

 クレアの街並みを眺めながら。


 やがて、分岐点に差し掛かった。
 二つの方向に分かれる直前で足を止めたエトーリアが、振り返り、尋ねてくる。

「どっちへ行く?」

 唐突に問われ答えられるほど簡単な二択ではない。

 そもそも、私はクレアのことはよく知らないのだ。だから、分岐点が来たからといってどちらへ進むか聞かれても、答えようがない。どちらへ進めば何が待っているのか、それを知らないのにどちらかを選べなんて、難易度が高過ぎだ。

「答えられないわ。だって、どっちに何があるか知らないもの」
「確か……右が商店街で左が飲食店街だった気がするわ」

 それを先に言ってほしかった。

「じゃあ、左にしようかしら」
「さすがエアリ! 素敵な選択ね!」

 左が素敵な選択ということは、右は何なのだろう。もし右を選んでいたら、注意でもされたのだろうか。


 分岐点を左を選んだ。

 選んだ方向へ歩み出してから数分も経たないうちに、飲食店が並ぶ通りに突入。
 パーラーから本格的なレストランまで、幅広い飲食店がずらりと並んでいるその様は、もはや壮観としか言い様がない。

「こんなところがあるなんて。知らなかった」

 賑わっているのも、案外悪くない。

「エアリはあまり出掛けられなかったものね」
「えぇ。……けど、おかげで無事大きくなれたわ。酷い怪我も事故もなかったし」

 隣を歩くエトーリアと話しながら、ゆったり足を動かしていた時——ふと、見覚えのある顔が視界に入った気がした。

「ちょっと待って、母さん」

 見覚えのある顔を探し、首を回す。暫し周囲を眺めた後、私はついに、その見覚えのある顔を発見した。
 ある一軒のカフェ。その店外にあるパラソル付きの席に、彼女は一人座っていた。

「ミセさん!」

 名を呼ぶと、彼女は面を上げる。
 そして数秒後、私の存在に気づく。

「あーら」
「お久しぶりです、ミセさん」

 私は彼女のもとへ駆け寄る。
 エトーリアは待ってくれていた。

「久々ねぇ」
「ミセさん、なぜこんなところに?」
「なぜ、ですって? 暇だったから遊びに来ていた、ただそれだけよ」

 ほんのり色づいた厚みのある唇が、甘い雰囲気を漂わせている。

「そういえば、アタシのデスタンはどう? 元気かしらー?」

 問われてから、しまった、と焦る。

 こんなことを言ってはいけないかもしれないが、ミセに声をかけてしまったことを後悔した。

 彼女と話せばデスタンの話が出てくるのは当然のこと。それゆえ、迂闊に彼女に話しかけてはならなかった。

 話しかけるなら、それなりの覚悟を決めて。
 そうでなければならなかったのだ。

「……は、はい」

 どう言葉を返すべきか分からず、しかし黙っているのも不自然だと思い、結果、私は小さな声で答えた。

 するとミセは訝しむような顔をする。
 今日はそんな顔をされてばかりだ。

「あーら。何かしら、その自信なさげな言い方は」
「お元気です……心は」
「心は? それはつまり、体は元気でないということ?」

 ミセを心配させたくはないが、嘘をつくわけにもいかず。

「はい……」

 私は首を縦に動かした。
 刹那、ミセは私の肩を掴んでくる。

「ならこうしてはいられないわ! アタシが元気をあげなくちゃ。彼に会わせてちょうだい!」
「え……」
「今の家、ここからそう遠くはないのでしょう!?」
「ま、まぁ……」

 徒歩だと結構な距離があるが、馬車に乗ればあっという間だ。

「少し待って下さいね」

 私はそう言って、背後にいるエトーリアの方へ顔を向ける。そして、彼女に向かって問いを放つ。

「母さん。ミセさんを家へ連れていっても構わない?」

 エトーリアは穏やかに返してくる。

「構わないわよ。エアリがそうしたいならね」

 エトーリアなら許してくれると信じていた。だが絶対的な自信があるわけではなかったため、彼女の口から発された答えを聞いて安堵した。

 こうして、私たちはミセと合流。
 それからは三人でクレアを歩き、馬車に乗って家へ帰った。


 屋敷に戻り、エトーリアと別れてから、私はミセをデスタンの部屋まで案内する。
 その間、私の心臓の拍動は加速するばかり。言葉を発することもできず、黙って歩くことしかできなくて。

 ただ唯一の救いは、ミセが何も言ってこなかったこと。

 緊張で脳が埋め尽くされている状態で、さらに話しかけられるとなれば、私はきっと、とんでもないことになっていただろう。


 静寂の中、歩くことしばらく。デスタンの部屋の前へ到着した。

「ここなのー?」
「はい」

 私は扉を数回ノックする。
 そして、扉を開けた。

 向こう側に人がいる可能性もあるため、事故が起こらないよう気をつけながら。

「失礼します」

 ゆっくり扉を開けると、ベッドの脇に座っているリゴールがこちらを向いた。

「エアリ!」

 それから彼は、ベッドに仰向けに寝ているデスタンに向かって言葉を発する。

「デスタン、エアリが帰ってきましたよ」
「良かったですね王子」
「デスタンも喜んで下さ——あ」

 言いかけて、リゴールは唇を閉ざす。彼の瞳には、私の背後にいるミセの姿が映っていた。

「あーら、リゴールくん! こんにちはー!」

 リゴールは戸惑った顔をしつつも立ち上がる。そんな彼に、ミセは屈託のない笑みを浮かべながら歩み寄っていく。

「こ、こんにちは」
「久々ねぇー!」

 ミセは立ち上がったリゴールの華奢な体をぎゅっと抱き締める。今の彼女は、まるで、息子との再会を喜ぶ母親のよう。ただならぬ包容力を漂わせている。

「それでー……」

 リゴールを抱き締め終えると、ベッドで寝ているデスタンへ視線を移す。

「アタシのデスタン、何をしているの?」

 ミセの問いに、ベッド上のデスタンの表情が固くなった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.98 )
日時: 2019/09/14 17:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.95 愛を囁いてくれる日まで

 ベッドに寝ているデスタンを目にしたミセは、一瞬、その顔に戸惑いの色を浮かべた。が、すぐに微笑み、デスタンの手を握る。

 ——直後、困惑したような顔に変わった。

「デスタン……?」

 ミセに困惑したような顔をされたデスタンは、少々気まずそうに目を細めながら、返す。

「お久しぶりです、ミセさん」
「これは一体どうなっているのぉ……?」
「斬られて、それから動けなくなりました」
「えぇ!? 一体何なのぉっ!?」

 派手に驚くミセ。
 状況が理解できない、というような顔をしていた。

 だが、それも無理はない。前まで活発に動いていた人間が静かにベッドに横たわっていれば、動揺もするだろう。

「治るの……よねぇ?」
「訓練すれば多少は機能が回復するかもしれないですが、完治はないだろうと言われています」

 デスタンの口から放たれた言葉に、ミセはへたり込む。
 信じられない、というような顔つきで。

「そん……な……」

 ミセの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 彼女はデスタンを心から愛していた。だからこそ、デスタンがこんなことになってしまったショックは大きいだろう。そこまで親しいわけではない私でさえかなりの衝撃を受けたのだから、今ミセが受けているショックは凄まじいもののはずだ。

 それからしばらく、室内はしんとした空気に包まれた。

 ミセは力なく床に座って泣き出すし。デスタンは申し訳なさそうな顔をしつつ黙っているし。何とも言えない静寂の中、リゴールと私はさりげなく目を合わせることしかできなかった。言葉をかけるなんて不可能だった。

 重苦しい沈黙を、やがて、デスタンが破る。

「泣かないで下さい、ミセさん。貴女が泣いても、私の体が治るわけではありません」

 デスタンの発言に、私は驚いた。
 良く見せようと飾り立てていない、彼らしい発言だったからだ。

 ミセの家にいた頃、デスタンは彼女にだけは優しく振る舞っていた。微笑み、愛を囁き。彼女にだけは、デスタンとは思えないような穏やかで柔らかな言葉遣いで、紳士的に接していた。

 それだけに、デスタンがミセの前でデスタンらしい発言をしたことに、内心かなり驚いたのである。

「え……。その言い方、何なのぉ……?」

 涙に濡れた顔を持ち上げ、戸惑いの色を滲ませるミセ。
 デスタンの振る舞いの異変に気がついたのは私だけではなかったようだ。

「この際、真実を話させていただきますが」

 デスタンは首だけを僅かに動かし、顔をミセの方へ向ける。
 そして、淡々とした調子で告げる。

「これが本来の私です」

 ミセはまだ涙の粒の残る目を大きく開き、デスタンを見つめながら、瞳を震わせている。また、眉は奇妙な形に歪み、口はぽかんと空いて、情けない顔つきだ。

「私は貴女を騙しました」
「デス、タン……?」
「かつて私が貴女を愛していると言ったのは、嘘偽りです。私は貴女を愛してなどいませんでした」

 真実を明かすデスタンの表情に躊躇いはなかった。

「私はただ、王子のために住む場所を確保できればそれで良かった」

 ミセの目の前で躊躇なく真実を明かすデスタンを見守るリゴールは、かなり緊迫したような顔をしていた。
 顔全体の筋肉が固くなってしまっている。

 恐らく、今この部屋の中で一番緊張しているのはリゴールだろう。私にはそう思えてならない。

「そのために貴女を利用してきました。貴女は愛を囁きさえすればいくらでも力を貸して下さる。それは、私にとっては、とても都合が良かったのです」

 リゴールがちらちら視線を送ってくる。まるで助けを求めるかのように。しかし私は、視線を返すこと以外何もできない。今の状況で声を出す勇気は私にはない。

 ベッドの脇に座り込んでいるミセは、力なく俯いていた。

 愛していた者に、愛してくれているのだと思っていた者に、想いなど欠片もなかったのだと、真実を告げられる。それはあまりに残酷で。ミセが顔を上げることすらままならないのも、理解できる。

「……結局……何もかも偽りだったと……」
「そういうことです」
「……どうして、そんな……」

 ミセが絞り出すようにして発する声は、震えていた。

「私はそういう人間だということです」

 デスタンはあまりに無情だった。
 彼には感情などというものが存在しないのではないか——見ていてそう思ったくらい。

「憎いなら気が済むまで殺せば良いのです。素人とて、抵抗しない人間を殺めることくらいならできるでしょう」

 十秒ほどの沈黙の後、ミセは唇を僅かに開く。

「……できないわよぅ」

 ミセは改めてデスタンの片手を握り、涙で濡れ赤く腫れた顔をほんの少しだけ持ち上げる。

「……好き……なんだもの」

 ミセの口から放たれた言葉に、驚きと戸惑いの入り混じったような表情を浮かべるデスタン。

「よく分かりません。馬鹿なのですか、貴女は」

 馬鹿とか使わないで、馬鹿とか。
 そんな言葉が出てきては、せっかくの良さげな空気が台無しだ。

「分かってるわよぅ……アタシが馬鹿だってことくらい……」

 ——認めた!?

「でも好きになってしまったら、仕方ないのよぉ……」

 それは一理あるかもしれない。

 誰かを愛している時、人間は、その人に関して盲目になるものだ。小さなことくらい許してしまえるし、少々のことでは幻滅しないという、普通ならあり得ないようなことが起こり得る。

 だからこそ、冷静さを欠いてはいけないというものなのだが。

 ただ、それは時に、武器ともなるだろう。

 弱点になりうることは、強みにもなりうる。それは、どんな分野においても通じる、世の仕組みの一つ。

 ……もっとも、その仕組みをいかに上手く使うかが難しいわけなのだが。

「だから……デスタン、傍にいさせて……」
「なぜそうなるのでしょうか」
「アタシ、何でもするから……」

 デスタンは戸惑っている。
 一方リゴールはというと、顔を真っ赤にしていた。

「いつか本当に愛を囁いてくれる日まで……アタシ、貴方の傍にいるわ……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.99 )
日時: 2019/09/15 17:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.96 薄暗くても楽しんで

 以降、ミセはちょくちょく、エトーリアの屋敷へやって来るようになった。

 デスタンの世話を任されていた使用人は、ミセが来ている間だけはその職務から解放されることとなったため、それは良かったと言えるかもしれない。

 それに、デスタンにとっても良いことだろう。

 動くことはできないにしても、意識はあるデスタンだから、話し相手くらいはいる方が良いに決まっている。


 それからも、私は訓練に勤しんだ。

「せいっ!」
「え……」
「とりゃ! はいっ!」
「ちょっ……えーっ!?」

 その日も、私は、木製の剣でリョウカと模擬試合を行っていた。

「ま、また負けたっ……」
「えっへん! やっぱりまだあたしの方が強いねっ」

 リョウカの強さは圧倒的だ。

 訓練の成果もあり、私も、徐々に慣れてきてはいると思う。最初の頃に比べれば、反応速度は上がったし、連戦であっても動けなくなることはなくなってきたと感じる。

 だがそれでも、リョウカには敵わない。
 稀に勝てることはあっても、連続で勝利を収めるというのはまだ難しい。

「けど、エアリもやるね! あたしが相手で十戦中三回も勝つなんて、なかなか!」

 リョウカは明るい表情で褒めてくれた。

「ありがとう」
「うんうん!」
「けど……まだまだよね。せめて半分くらいは勝てなくちゃ、まともには戦えないわ……」

 恐らくリョウカは手加減してくれているはずだ。本気のリョウカが相手なら、きっと、私はまだ敵わない。

 戦場では誰も手加減などしてくれない。

 だから、本気のリョウカにも一矢報いることができるくらいにならなければ。
 そんなことを考えていた私に、リョウカは軽やかな口調で声をかけてくる。

「焦らなくて大丈夫だよっ」

 あぁ、なんて善い人。
 心からそう思った。

「腕は確実に上がってるから!」


 ◆


 リゴール処刑目前まで進んでいたにもかかわらず逃がしてしまったあの日以降、ブラックスターには何とも言えない空気が漂っていた。

 また、グラネイトに続いてウェスタまでもがブラックスター陣営から離反したため、リゴールを捉えるための人手が急激に失われてしまい。ブラックスターは人材不足に悩んでいた。

 そんな状況を打開すべくブラックスター王が考えたのは、優秀な人材を発見するためのイベントだ。

 とはいえ、皆がそれに賛成していたわけではない。

 王直属軍でさえも、ブラックスター王の考えに賛同する一派と、現在の状態を無理に変える必要はないと考える一派とに別れてしまっていた。

 賛同する一派は、主に、ブラックスター王を盲信する者たちで構成されている。また、ブラックスターが築かれるより前からブラックスター王と交流があった家系の者が多い。それに対し、変える必要はないと考えている一派には、ブラックスター王に仕え始めてまだそれほど年が経っていない家の者が多かった。


 世が徐々に乱れ始める中。

 トランはというと、牢へ入れられていた。

 既に失敗を積み重ねていたこと。また、エアリを逃がし、リゴールを奪還されたこと。相次ぐミスを怒ったブラックスター王の命により、トランは囚われることとなってしまったのだ。

 トランが囚われている部屋は、カビの匂いが漂う狭い部屋。古ぼけたテーブルと椅子が一つずつ置かれているだけの、殺風景な部屋だ。穏やかに眠るためのベッドさえ用意されていない。

 トランが、外からの光の入らない薄暗い部屋の中でぼんやりしていると、鋼鉄の扉が開いた。

「入るぞ! 昼食だ!」

 銀色の器を三つ乗せたお盆を持った男が部屋の中へと入ってくるのを、椅子に座ったトランは、やる気のなさそうな瞳でじっと見つめている。

 男は不機嫌そうな顔をしながら、お盆をテーブルに置く。
 バン、と強い音の鳴る、雑な置き方だった。

 トランは男が持ってきたお盆へ視線を注ぎ、顔をしかめる。

「今日も美味しくなさそうだなぁ」

 一番深さのある器には、ほんの僅かに茶色がかった透明な液体。浅い楕円の器には、乾燥したパンが二個。そして、三つの器のうち最も小さな器には、橙色のジャム。

「さっさと食え」
「ふぅん。なかなか偉そうな口を聞くんだねー」

 トランの挑発的な言い方に、男はピクリと眉を動かす。

「……何だと?」

 男は岩のような顔面に不快の色を滲ませる。が、トランは引かない。それどころか、煽るような笑みを浮かべている。

「一介の兵が勘違いしない方がいいよ」
「き、貴様ッ……!」

 怒りを堪えきれなくなった男は、トランが座っている椅子を蹴った。

 椅子は飛んでいく。
 が、トランは一瞬早く椅子から離れていた。

「まったくもう、乱暴だなぁ」
「なっ……」

 トランの反応の早さに、男は目を見開く。

「びっくりしたーって顔だね」
「この部屋では術は使えぬはず……今、一体何をした!」
「えー? 何もしてないよ」
「嘘をつくな!」

 歯茎を剥き出しにして叫ぶ男を目にしたトランは、呆れに満ちた顔をする。

「ついてないよ、嘘なんて」
「そんなわけがない! 何もせずそんな反応速度……あり得ん!」

 喚き散らす男の顔には、トランへのおそれが滲んでいた。

「ま、一介の兵ならそうなのかもしれないねー。けど残念ながら、ボクは一介の兵じゃないんだ。だからボクには、君の常識なんて通用しないんだよー」

 トランは敢えて笑う。
 雲一つない空のように晴れやかな笑みを浮かべる。

 だが、その笑みが不気味さをさらに高めていて。

 最初は威勢よく叫んでいた男だったが、時が経つにつれ、少しずつ威勢のよさを失っていく。畏れの色が濃くなっていっている。

「……む、無能で囚われているくせに!」
「確かにボクは失敗続きだったよ。けど、君より能力が高いことは確かだねー」

 言いながら、トランは蹴飛ばされた椅子を元の位置へ戻す。

「ちょっ……調子に乗るな!」
「乗ってないよ。ボクは事実しか言っていない」

 トランがニヤリと笑うのを見て、男の顔面が石のように強張る。

「じゃ、ボクは昼を食べるよ。そこにいられたら焦るから、外で待っててもらっていいかなぁ」

 怪しげな表情を浮かべ、男の動揺ぶりを密かに楽しんでいるトランだった。


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