コメディ・ライト小説(新)

Re: 透明な愛を吐く【短編集】 ( No.12 )
日時: 2018/05/23 00:33
名前: あんず

#7 『向日葵の揺れる』
 
 
 透明に生きたいのだ。清らかなままに息をして、何も知らずに瞼を閉じて、そうして涙を流したい。考えるのは空のことだけでいい。宇宙を透かす柔らかな青色を、体いっぱいに詰め込んで息を止める。
 
 きっと感情もいらないだろう。僕に色をつけてしまう何もかもを捨てて、透き通っていたいのだ。だから愛もいらない。愛こそ、いらない。情欲に塗れていなくても、純粋に誰かを思うだけでも。僕の胸は触れられない青色で埋め尽くしておこう。
 
──空は宇宙を映すから、あれは透明なんだ。
 
 擦り切れた記憶に相槌を打つ。僕を満たす幸せな色は空の色、だからそれも透明なのだ。僕は溶けてしまう。何も知らないで涙を流して、いつしか僕は空になりたいのだ。そこに星はいらない。まっさらな空。ただ、美しいクリスタルのようなそれに。
 
 *
 
 目を閉じる。例えば、遠い日の窓辺を想像する。たっぷりとした日の光と、眩しいほどの向日葵に憧れた日のこと。息を吸う。記憶の中の、むわりとした張り付く暑さが僕を包んでいく。何遍も何遍も繰り返した、僕の想像の中に浮かぶ夏空。
 
 太陽の下、青白く透き通るような君の肌が、柔らかく照らされている。普段来ているものと同じ色なのに、まっさらなワンピースはふわふわとして綺麗だ。少し大きすぎる麦わら帽子が、君を優しく守っている。揺れる帽子が形作る、足元の大きくまあるい影。覚束ない足取りで、それでもこれ以上ないくらいに楽しそうな君が歩いてゆく。
 
 
 たった一度だけ見た光景だ。もう二度と目にしないだろう夏の日。今でも思い出す、一回きりの蝉の声。君もそう思うだろう。僕らはまるで、蝉のようだね。
 
 *
 
 透明に生きよう。
 
 あの日の君と同じ色の入院着を握りしめる。ひらひらも、ふわふわも、まるでないこの服を、僕は愛おしく思う。白こそ、僕らの夏の色だ。あの日の麦わら帽子の影と、鬱陶しい湿った風に揺らされた透明な白。
 
 感情は、いらないだろう。僕に色を付けてしまう。白でいよう。透明な、あの日の白色のままで。
 
──君も、私も、透明だ。宇宙の一つだ。夏の日の、哀れな蝉だ。
 
 遠い記憶へ頷いておく。微かな吐息。目まぐるしい色彩の洪水。透き通った窓の向こうに、きっと今年も向日葵が見えるだろう。そこには多分、あの日のようで少し違う、湿った夏の風が泳いでいるのだ。
 
 ああでも。今の僕に、こんなにも美しく力強い夏は、
 
 
「……眩しすぎるね」
 
 
 透明な僕は、ほら、溶けてしまいそう。