ダーク・ファンタジー小説

一万六千(改稿版)
日時: 2015/04/12 09:08
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕が殺人鬼だったころ』  36890  2030年 春 晴れ


「――――もう逃げられないぞ!」
 俺はついに奴を追い詰めた。奴はもう何人も殺している。
 しかも、殺すときに不敵な笑みを浮かべるイカれた奴だ。
 最悪の事態は防がなくてはならない。発砲許可もされている。
「それはどうかな」
 そう言いながら、奴は後ろに振り返った。
 ここはビルの屋上だ。奴なら飛び降りてもおかしくはない。
「無駄だ。逃げようとすれば、発砲することも許可されている」
 俺は焦っていることを悟られないよう、速足で奴の首の向いているほうに立って銃を向け、奴の逃走経路を塞(ふさ)いだ。下の階へと続く階段の扉の前には、既に部下たちが駆け付けている。 奴が右手に持っている果物ナイフじゃあ、強行突破は難しいだろう。
 だが、
「どうした? 撃たないのか? まぁ、撃ったところで何の意味もないけどな」
「本気で言ってるのか!?」
「あぁそうさ、俺はいつだって本気だ」
 奴は余裕の笑みを浮かべ、自らの額に俺が奴に向けていた銃口を当てた。
「これ以上近づいたら撃つぞ!!」
 俺がそう叫ぶと、扉の前にいた部下たちが慌てて銃を取り出した。
「撃ってみろよ。そうすれば、俺は死ぬ。少なくとも、今の俺はな」
「どういう意味だ?」
 奴は深く息を吸い込み、宣言した。
「俺は何度でも生まれ変わる!! この世界に、俺がいる限りっ!!」
 奴は俺の目を正面から見据え、問うように言った。
「お前もそうだろう? 16000」

 ――――辺りに銃声が鳴り響いた。

「キャーーーーーーーーーーー!!」



『僕が私だったころ・1』  54  2025年 春 雨


「ほら久美っ!! いい加減起きなさい!」
「うぅーん、もう何お母さん。学校なら明日じゃない!」
 せっかく気持ちよく眠っていたというのに、母に無理やり起こされ、眠たげに目をこすりながら、口を尖らせる。
「何言ってんの、今日はその明日のために通学路歩いてみるって昨日言ってたじゃない」
「えー? あぁ、そういやーそうでしたっけ」
 久美は、頭をボリボリと掻きながら寝がえりをうち、その先にあったカーテンを開けた。
「えぇー? 今日雨降ってるじゃん」
「ダーメ。明日道に迷って遅刻したらどうするのよ? すぐ着替えなさい」
「えぇー」
 しばらくして母が部屋から出て行ったあと、久美は一人で物々言いながらも渋々起き上がって着替え始め、
「それじゃ行って来るね」
 お気に入りの藍色の傘を手に、家を後にした。

「うわー。土砂降りじゃん。もう最悪」
 外ではまるで霧がかかったように、視界がぼやけるほど雨が降っていた。
 それを見て、久美は速足で歩きだした。
「あぁあ、まだかなー学校」
 しばらく歩き続けてはいるのだが、いっこうに学校は見えてこない。
「おかしいなー。この道であってるはずなんだけど……」
 徐々に不安が募る中、道の先に、人影が見えた。
「あっ、良かった、あの人に聞いてみよ!」
 その人影が、自分より少し下くらいの年齢に見え、安心して、小走りで駆けよった。
「あ、あの……」
 が、その人影が、少年であると確認できる距離まで近づいたところで、久美はあることに気がついた。彼は、ろくに傘もささずに空を見上げていたのだ。
 その左手には、確かに新品と思われるビニール傘が、握られているというのに。
 しかし、そのことに気付いたのは、久美が彼に声を掛けた後だった。
「おぉ、本当に来た。久しぶりだね」
 その少年は、まるで知り合いであるかのような口ぶりで笑みを浮かべるが、久美は彼に覚えはなく、怪訝な顔になる。
「あれ? そっか。やっぱり、僕のこと覚えてないよね。まぁ、そりゃそうだよね」
 少年は、さぞかし残念そうに俯いたが、かなり芝居がかっていたようにも見えた。
「だって、こうして顔を合わせるのは、君にとっては今日が初めてだもんね」
「君にとっては?」
「そ、君にとっては。それより君は、神って、いると思うかい?」
 落ち込んだかと思えばすぐに顔を上げ、脈絡のない話をし始める。
 そんな少年の態度は、どこか自分に似ている気がした。
「神? 何言ってるのよ。そんなのいるわけないじゃない」
 久美は彼を馬鹿にしたが、彼はまるで気にしていないようだった。
「もしホントに神がいるなら、どうして私たちの願いを叶えてくれないのよ」
「もう叶ってるからさ」
「え?」
 一見ふざけているような口振りだが、なぜだかとても嘘を言っているようには見えなかった。
「そして、その願いは、今日まで叶い続けている」
 そう言って少年は、突然上を向き、空に向かって両手を広げた。
「だから、僕らではだめなんだよ。別の誰かでないと……」
 いつの間にか僕らというひとくくりの仲間扱いされている怒りを覚えた久美は、黙って立ち去ろうとする。
「どこに行くんだい礼梅久美」
 が、少年がそう呼んだ途端、足を止め、少年の方に振り返る。
「なんで私の名前知ってるのよ」
 その声は、僅かに熱を帯びていた。久美は、その名字があまり好きではなかった。
 それは霊媒師のような胡散臭さを感じるからでもあり、読みにくい漢字のため、親しくないクラスメイトにも馴れ馴れしく名前で呼ばれることがあるからでもある。
「僕の昔の名前だからさ」
「昔の? 何? 両親が離婚でもしたの? てゆうかあんた、久美って言うの?」
 もはや久美には一切の遠慮も躊躇もなくなっていた。
「違うよ。そうじゃない。僕の名前はムサシだ。礼梅久美は、僕が君だったころの名前だよ」
「は? あんた何言っての? もういい、付き合ってらんない」
 怒りを通り越して呆れてしまった久美は、今度こそ立ち去ることにした。
「いいか、これだけは覚えておけ、神に願って始まったなら、神に願って終わればいいんだ」
 おかしな名前の少年が、また変な事を言っていたが、知ったことかと無視して立ち去った。
 でも、年下のはずの彼は、なぜだか自分よりも、ずっと長く生きている。そんな気がした。

Page:1 2



Re: 一万六千(改稿版) ( No.4 )
日時: 2015/04/10 18:01
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕がもう一人の僕と出会うころ』  15  2027年 夏 曇り


 ・・・・僕には、他人にはない、特別な力がある。要するに僕は、普通じゃない。
 僕はあの日以来、死ぬと別の誰かに生まれ変わる、いわゆる、輪廻転生みたいなことができるようになった。初めて転生した時は入れ替わったとばかり思っていたけど、そんな単純なものではないって、最近、なんとなくわかってきた。
 もう一度言う。
 僕は生まれ変わることができる。しかも、記憶を持ったまま。
 そして今僕の右手には、今日の朝刊が握られている。
 その中の広告の一つに、一際目を引くものが、あったからだ。


 〜特別な力があるあなたへ〜
 あなたがこの広告に目を止めたということは、
 あなたには、他の人にはない、特別な力があるということですね。
 そんなあなたにお話したい大切なお話があります。
 ○○公園のベンチで、空が赤いまだら模様になるころに、いつでもお待ちしております。
                                     ムサシより

 ・・・・あぁ、言いたいことはわかるよ。だけど、行ってみる価値はあると思うんだ。
 それに『いつでもお待ちしております』って書いてあるし。この公園、かなり近いし。

「・・・・とりあえず来てみたのはいいものの、赤いまだら模様の空ってゆうのは、夕暮れのことで良かったのかな?」
 今まさに公園に入ろうというときに、本当に今更だけど、不安になってきた。
 もし誘拐の類だったら、生きて帰ってこられるだろうか。
 ――――とも思ったけれど、どうやら杞憂だったらしい。
 公園のベンチに僕と同い年くらいの男の人が座ってるじゃないか。
 僕は少々ためらいながらも、その人の隣に座った。
「あの、あなたもあの広告を見て、ここに来たんですか?」
「・・・・ランダム」
「え? 何のことですか?」
「・・・・いい答えだ」
 僕の隣の人は、そう呟くと、不敵な笑みを浮かべた。
「俺が君を来させるためにあの胡散臭い広告を送りつけたムサシだ」
「でもあれは、新聞の求人広告に載ってましたよね? いくらあんな文面でも、来る人は来るんじゃないですか?」
「その来る人が、君になるように仕向けたんだよ」
 そう説明されても、あまりしっくりこなかった。
 そんな僕の表情を察したのか、ムサシさんは具体的に説明してくれた。
「簡単な話さ、極端に抽象的な文面にすればいいんだよ。例えば具体的な待ち合わせ日時を書かなかったり、公園の名前を、○○公園と書いたりとかね。読んでて気付かなかったか?」
「まぁ、確かに」
 その説明を聞いて、やっと僕は納得がいった。
 確かにあの公園の名前は、○○公園と書かれていたのだ。
 それはモザイクとかそうゆうのじゃなくて、本当に、○○公園とだけ書かれていたのだ。
「俺にも一つ教えてくれ、君はいったいどうして○○公園がここだと思ったんだい?」
「この公園、淵がまん丸で、その中心に丸い形の砂場があって、上から見ると、ちょうど二重丸みたいな形だったので、ここかなーと」
「やっぱりそうか。そんな『見方』をするのは君だけだ。だから俺は君だけをここに呼び出すことができたのさ」
「・・・・やっぱり僕って、変わってますかね?」
「そんなことはないさ。よくいるよ、そんな奴」
 言いながら、ムサシさんは腕時計を見た。
「おっと、もうあまり時間がないな。よく聞いてくれ。俺は未来のお前だ」
「え? いきなり何を・・・・」
「正確にいえば、俺はお前がこの後何度か生まれ変わると俺になる」
「もしそれが本当なら、あなたはタイムマシンか何かで僕に会いに来たってことですか?」
「違う。俺はタイムマシンなんか持ってない」
「じゃあ、なんで僕はもう一人の僕に会えるんですか?」
「そうだな、確かにおかしい。転生と言うのは時間が地続きで、自分が死んだ次の瞬間に生まれ変わるから、前世の自分と出くわしたりすることはあり得ない。本当に、転生ならな」
「・・・・というと?」
「まだ分からないのか? まぁいい、そのうち分かるさ。そんなことより、もっと重要な事を話そう。今現在、俺以外にも様々なお前がいる。彼らのほとんどは未来の俺たちだ」
「俺はそいつらと連絡を取り合ってるんだが、そのときに話しやすいよう、合言葉を決めているんだ。記憶が有りそうな奴に会ったら、『ランダム』と言え、それで相手が『タイムリープ』と答えれば、少なくともそいつは俺に会った後のお前だとわかる」
「ランダム、タイムリープ? なんでそんな合言葉なんですか?」
「それじゃ、ここで問題だ」
「あるところにタイムリープ(記憶を持ったまま過去の自分に戻る)ができる少年がいました。
 しかし、そいつはどうしても十五年前より昔に行くことができませんでした」
「・・・・それはなーぜだ?」ムサシはわざとらしく首をかしげた。
 僕はしばらく考え込むふりをした。
「・・・・わかんないです」
「正解は、そいつが十五歳だからさ。十五年前はまだその少年が生まれてないからな。
 つまり俺たちは、初めてこの転生モドキみたいな力を手に入れた奴より前には―――」
 ムサシさんの言葉を遮るように、電子音のアラームが鳴り響いた。
 どうやらこの音は、ムサシさんの腕時計から出ているようだ。
「あぁ悪い、時間だ。それじゃ」
 ムサシさんはおもむろに立ち上がり、公園を後にしようとする。
「ちょっと、待って下さいよ。まだ・・・・」
 僕の言葉は、謎の発砲音によってかき消された。


『僕がサラリーマンだったころ』  777  2030年 春 晴れ


 今日は、実にいい天気だと思う。
 今日も余裕で会社に間に合いそうだし、差ほど急ぐこともないだろう。
 とある大通りに、実に軽快な足取りでのんびりと歩く、一人のサラリーマンがいた。
 彼の人生は、まさに理想そのものといった様子で、不幸過ぎず幸福過ぎずな平凡な毎日で、収入も安定しており、また、へまでもしない限り職を失うことはなく、妻と息子もおり、特にこれといった悩みもなかった。
 が、この世界で、そんな幸せな生活が、いつまでも続くわけがなかった。

 ―――辺りに銃声が鳴り響いた。

「うっ!!」
 突如、彼の腹部に激痛が走った。彼は腹に何かが入り込んでくるような奇妙な感覚に陥る。
「キャーーーーーーーーーー!!」
 彼のすぐ近くにいた女性が、つんざくような甲高い悲鳴を上げた。
 彼の腹には、いつの間にか大きな包丁が突き刺さっていた。
 どうやら銃で撃たれたわけではないようだ。
 彼が包丁を抜こうとする前に、彼に包丁を刺した男が引き抜き、その先にいた通行人を次々と切りつけながら、走り去って行った。
 自殺と殺人が死因の五割以上を占めるこの世界でも、通り魔に襲われることは珍しい。
 その死に方はまるで、今まで幸せな人生を送ってきた、つけが回ってきたかのようだった。

Re: 一万六千(改稿版) ( No.5 )
日時: 2015/04/12 13:15
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕が建設会社の現場監督だったころ』  4  2015年 秋 晴天


「――――安心しろ。責任は全て、俺が取る」
 それが俺の口癖だった。
 俺はこの一言で、どれだけ不安そうな奴も、安心させてきた。
 俺はとある建設会社の現場監督だったりする。
 以前俺は芸術家をやっていたのだが、ある時、『誰もが一度は足を止めるようなものすごいタワーをデザインしてくれ』と市長に頼まれたのだ。
 その市長は俺の住んでいる市の市長だったこともあり、断るわけにもいかず、急きょ現場監督に抜擢された。そして、都合のいいことに、その俺のデザインしたタワーが話題になったため、そのとき協力してもらった建設会社に才能を買われ、今に至るというわけだ。
「で、今回はどんなのを作ってくれって?」
「えーっとですねー、それが、どうやら今回は建設ではなく設置のようです」
「設置? うちは建設が専門だろ?」
「いえ、その……」
「――――なんでも、以前タワーを作ったときに設置したあの螺旋状のエスカレーター(実在する)を是非うちのビルにも設置してほしいとのことでして……」
「おいおい、あのときはタワーだったからさほど難しくはなかったが長方形の建物にあれを設置するのは相当無謀じゃあないか?」
「そこを何とか設置してほしいとのことでして、それにこの会社、相当な大手ですから、謝礼金もかなり弾みそうですし、うちの会社のいい宣伝になると思いますよ」
「うーん。それは言えてるな、……どうしたものか」
 確かに彼の言うとおりだと思う。だが、そもそもあのエスカレーターは外の景色を一望できるように設計されてるタワー専用であり、我が社が一年以上かけて、一から作った相当特別なエスカレーターだからなー。そんな簡単に作れるものじゃない。となると……。
「よし! 分かった」俺は事務所の机に両手をついて勢いよく立ち上がった。
「幸いその会社はここからさほど遠くないみたいだし、俺が交渉して何とかしてくる」
「えー!! 本気なんですか!? ……分かりました、監督がそう言うなら、お願いします」
 どうでもいいけど、コイツ、さっきから失礼だな。これでも俺は割と高い地位にいるんだが。
 まぁ別にいいけどさ。

「えーっと、ここをまっすぐ行って、ここで曲がると………」
 直接交渉しに行くと言ったのはいいものの。
 俺は地図を読むのがそんなに得意なわけじゃない。
「……なにか、工事でもしてんのかな?」
 交差点を右に曲がると、何やら建物を建設しているのがうかがえた。この建設会社には見覚えがある。確か、かなりいい加減で、この前もうっかり道路にレンチを落としちまって、道路がえらいことになった。だがこの先をまっすぐ行けば目的地に着くので、この横を通らないわけにもいかない。かなり嫌な予感がするが、まぁ、仕方ないか。
 工事現場の横を半ばほど通ったところで、頭上から、何か、金属のぶつかり合うような音がかすかに聞こえた。この音には、聞き覚えがある。
うちの会社も、一度だけやっちまったことがある、この音は……………鉄パイプを落としちまったときの音だ。


『僕が私だったころ・2』  49083419  2030年 春 晴れ


 私は今日、あの時の一本道を通学路として歩いている。
 昨日のこともあるし、正直不安だ。
 あの後、結局道が聞けなかったせいで迷ってしまい……なんかまぁ、大変なことになってしまったのも、不安な原因の一つだったりする。
 具体的にどうなったかというと、両親が警察に捜索願を出し、危うくニュースになりかけた。
 ――――と言う事があったのだ。
 全く、余計な事をしてくれる。と、言いたいところだけど、出さない方がおかしいのだ。
 なぜなら現在、全世界の人間の死因の五割以上が、殺人と自殺によるものだからである。
 一体いつからこんな治安の悪い世の中になってしまったんだろうか。
 最初は誰もがそう思った。
 でも違った。治安なんか、ちっとも悪くなかった。
 だってもう、三十年も前から、人を殺す目的のものと自殺以外、事件なんて、何一つ起きていないのだから。
 確かに、殺人事件や自殺が日常的におこるのは、治安が悪い証拠だと思う。
 でも、だったらなぜ、それ以外の犯罪、例えば、薬物所持や器物破損、著作権侵害、万引きすら、三十年も起きていないのだろうか。
 なぜ、不良やヤクザを、最近見かけなくなったのだろう。
 事実私は、今まで一度も不良やヤクザというものをアニメやドラマ以外で見たことがない。
 それだけじゃない。
 実は、自殺した人のほとんどが、なぜ自ら命を絶ったのか分からないことが多いし、殺人犯は皆、かたくなに殺害した動機を語らないらしい。だから、改善のしようがない。
 まとめると、現在この世界には、殺人犯と自殺願望者と善良な一般市民以外存在しない。
 しかも、殺人事件のほとんどが無差別殺人で、私がちょっと家に帰るのが遅れただけでも、『死んだ』と思われても無理はない、ということだ。
 だから私の両親は捜索願を出した私のことが心配になったからだ。
 だから両親を責めるわけにもいかず、二度と遅れるわけにもいかず、不安でいっぱいな―――
「キャーーーーーーーーーーー!!」
 すぐ近くで、耳をつんざくような甲高い悲鳴が上がった。
 次の瞬間、さっきまで人通りのあまり多くなかった通学路が、人々であふれ返った。
 皆私の後ろから走ってきて、私のすぐ横をすごいスピードで駆け抜けていく。
 私は立ち止り、恐る恐る後ろを振り返った。その瞬間、私は自分の目を疑った。
 赤色の、ヌメリと光る……なにか、刃物のようなものを持った男が、逃げ遅れた人々を次々に、次々に……何? どうしてあの男の後ろには、誰もいないの?
 あの、赤い塊は、何? …………頭が真っ白になった。
「危ない!!」
「逃げて!!」
 あちこちから声が聞こえる。なんとなく、私に向かって言っている気がする。
 それでも私の体は動かない。
 どうして? なんで? 殺人事件なんて、毎日ニュースで耳にするのに、私の家の、すぐ近くで起こった時も、ちっとも怖く何かなかったのに……なんで? どうして動けないの?
 あの男が、もう目の前まで迫ってきている。でも私は動かない。
 やっぱり私は、…動け……な―――
 ――――体中に激痛が走る。
 やっと動いた私の体は、そのまま地面に倒れこんだ。

Re: 一万六千(改稿版) ( No.6 )
日時: 2015/04/12 19:06
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕以外がいなくなるころ』  763467291  2098年 春 曇り


「お願いです! 見逃してください!! 一人娘が、私たちの帰りを待ってるんです!!」
「うるさい!!」
 黒ずくめの男は容赦なく銃を乱射し、必死の抵抗も空しく、二人の夫婦は殺された。
 あちこちで火の手があがり、あたりは熱気に包まれている。
 この建物が全焼するのも時間の問題だろう。
 この黒ずくめの男は、とあるテロリストの一員である。
 彼は今、人の集まる建物を丸ごと燃やし、大勢の人間を一気に殺す計画の真っ最中である。計画は今のところすべて予定通りで、この建物から逃げ出したものは誰もいない。
 彼らの手口はこうだ。
 まず建物の中にたくさんの人がいることを確認する。
 次に五、六十人のテロリストが出入り口を占拠し、逃げ道を塞ぐ。
 そして燃えやすいものや、燃えると有害なガスを発生させるものを建物の出入り口に置き、火をつける。そして彼は、この建物から逃げ出そうとするものを中で見張る役で、最終的にこの建物とともに燃え、焼き死ぬ運命にある。
 しかし彼は、殺した人間の死体を見るたび思う。絶対に、こんな風にはなりたくないと。
 やがては腐り朽ち果て、ありふれた塵の一つになるのが、彼には耐えがたかった。
 この建物から逃げ出さない限り、それを避ける手はないだろう。
 だが、ここで逃げだせば裏切りがバレ、もっとひどい死に様になるかもしれない。
 こんな世界はもうたくさんだ。でも死ぬのも嫌だ。
 彼の頭の中で、二つの感情が錯綜(さくそう)する。
 炎はその勢いをとどめることはなく、彼の周りを取り囲むように広がる。
 このままでは、やがて彼もこの炎に飲まれ、無様に死んでゆくだろう。
 死は避けられない。ならばこの銃で自殺しよう。そのほうがいくらか楽に死ねるだろう。
 そう思った彼は、自分のひたいに銃を当てがい、引き金を引いた。
 だが、多くの命を一瞬で奪ってきたその銃が、彼の命を奪うことはなかった。
 さっきの連射で弾が切れたのだ。
 炎はもう目の前まで迫って来ている。
 彼はもう一度引き金を引く。だが、その銃口からはもう、弾が発射されることはない。
 それでも彼は、引き金を引く。何度も何度も何度も何度も……………
 彼は震える手で引き金を引きながら、うわ言のように呟いた。
「…ない。……くない。………にたくない。……………死にたくない」
 やがてそれは、叫びになった。
「俺は、死にたくないんだあああぁぁーーーーーーーーーーーー!!」

 男は勢いよく体を起こす。体中から湧き出るように汗が流れ出た。
「…………夢か」
 ベッドの上で目覚めた男は、動悸が激しく、目の下にくまができていて、誰が見ても分かるほどに疲れ切っていた。彼は毎日のように悪夢を見るのだから、無理もない。
 彼の見る夢はいつも、最後に自分が死んで目が覚める。
 銃で撃たれたり、刃物で刺されたり、高いところから飛び降りたりと、その死に方はいつも普通ではなかった。
 それはまるで、今まで自分がやったことの報いを受けているようだった。
 彼は昔、テロリストの一員だったのだ。建物に火を放ち、通りがかった人を無差別に殺し、ひどい時は、核爆弾を落とす計画に参加したりもした。
 でもそれは全て、一秒でも早く、この連鎖を終わらせるために仕方がないことだと、いつも自分に言い聞かせていた。

 ……前にも、似たようなことをしていた気がする。
 終わらないはずの何かを、終わらせたくもないのに終わらせる。
 そんな事を、前にもしたことがある。そんな気がする。
 でもそれもまた、仕方がなかったのだろう。
 どうしても終わらせる必要があったのだろうから。
 でも、今の自分は、本当に必要だと思ってやっているのだろうか。
 何かまだ、やり残したことがあったから、こうなったんじゃないのか?
 何か、どうしても知りたいことと、どうしてもやりたいことがあったから、また別の人の人生を送るはめになってるんじゃないのか?
 本当にやりたいことは、殺人や自殺じゃないはずだ。何か、別のものがあったはずだ。
 そんな結論に至った彼は、旅に出ることにした。
 自分以外誰もいない家に、誰も見るはずのない置手紙を残して。

 気付けば彼は、山奥へと迷い込んでいた。
 前に見た、悪夢の影響かもしれない。
どのように帰ればいいのか、もはやまるで見当もつかず、とりあえずこのまま突き進むことにした。しばらくすると、開けた場所に出た。
 この場所だけ、円を描くようにして木が生えておらず、雑草も、足元までしかない。
 そして何より目の前に、木でできた、小さな家があった。

 彼はためらいながらもドアの前に立ち、ノックしようと手を伸ばすと、まるで待っていたかのようにドアが開き、一人の少女が元気よく出てきた。
「お父さん、お母さん、お帰り‼ わたし、ずーーーっと待ってたんだよ」
 だが少女は、彼を見ると、急に気分が落ち込み、がっくりと肩を落とした。
「……なんだ、お父さんたちじゃないのか」
「お父さんとお母さんが、どこかに出かけているのかい?」
「うん。一週間くらい前に、デパートに買い物に行ってから、まだ帰ってきてないの。
お兄さん、知らない?」
 彼の脳裏に、あの時の悪夢が甦(よみがえ)る。
 あの夢の中で燃やした建物も、デパートだった。
 そして、その中で彼は、娘が帰りを待っていると言う、夫婦を殺したのだ。
 ……気のせいだろうと自分にいい聞かせ、それ以上は考えないことにした。
「……あぁ、見てないな」
 やっとのことで出たその声は、微かに震えていた。
「そっか……」
 少女は涙目をごまかすように俯いたが、すぐに顔を上げた。
「ところで、お兄さんはどうしてこんな山奥にいるの?」
「それは……旅をしていたら、いつの間にか、ここに迷い込んで来ちゃったからだよ」
「そっか、お兄さんは旅人さんなんだ」
「うん。まぁ、そんなところかな」
「わたし、今から夕飯を食べるんだけど、お兄さんも一緒に食べない?」

 誘いを断りきれなかった彼は、少女と一緒に夕食を食べた。
 誰かと一緒に食べる夕食は、いつもとは比べ物にならないほどに、旨い気がした。

 ―――やがて、夜になった。

「ねぇ旅人さん」少女が布団から顔を出した。
「なんだい?」
 旅人は、体を少女の方に向け、聞いた。
「ねぇ、旅人さん。眠れないから何かお話して?」
「お話? どんなお話がいいんだい?」
「うーんとねぇ、昔話がいいな」
「うーん、昔話か。それじゃあ、昔の話をしてあげようか。

 ―――昔あるところに、若いお父さんとお母さんがいました。
 お母さんのお腹の中には子供がいて、二人は、とても幸せそうに暮らしていました。
 でも、その生活は、長くは続きませんでした。
 ある日、勤めていた会社が倒産して、お父さんが、職を失ってしまったのです。
 生活に困ったお父さんは、家にあった貯金を全て下ろし、一人で逃げて行ってしまいました。
 残されたお母さんは、なんとか働いてお金を稼ごうとしましたが、お腹に子供がこともあり、なかなか働くことはできず。自分一人の生活がやっとでした。
 でも、もうすぐ子供が産まれます。
 子供はもう中絶できないほどに成長していました。
 ただでさえぎりぎりの生活なのに、子供を育てる余裕など、お母さんにはありませんでした。
 お母さんは悩みました。
 しかしどれだけ悩んでも、いい答えは、何一つ出てきませんでした。
 そしてついに、その時が来ました。
 それは、いつものように水道代を節約するため、公衆トイレで手を洗っているときでした。
 洗面器からはほとんど水がこぼれ出ていないのに、いつの間にか、足元が水浸しになっていました。破水でした。
 その時、周りには、誰もいませんでした。

 ――――だからお母さんは……」
 気付けば少女は、静かに寝息をたてていた。
「……続きはまた明日。お休み」
 話の一番大切な部分を聞き逃されては困るので、旅人も寝ることにした。

 ―――そして、朝になった。

 旅人が、眠そうに目をこすり、体を起こすと、少女はすでに起きていて、窓の外を悲しげに見つめていた。
「……どうした?」
「ねぇ、旅人さん」
 少女は、窓の外を見ながら、旅人に問いかける。
「なんだい?」
「わたし最近、怖い夢を見るの。とっても怖い夢を」
「どんな夢?」
「人が死ぬ夢。夢の中のわたしは、いつも他の誰かで、昨日は知らない男の人だった。
 夢の中のわたしは、とっても幸せな生活を送ってて、その日も幸せそうに大通りを歩いていたの。
 そしたらいきなりお腹に何かが刺さって、となりにいた女の人が悲鳴を上げて、わたしはお腹がとっても痛くなって、苦しくて、倒れて……そんな夢だった」
「嫌な夢だね」
「でもわたし、思うの、あれは夢なんかじゃないって」
「どうして?」
「だってわたし、山から一度も出たことないのに、わたしの歩いてた道がセタガヤ大通りだって知ってたもん」
 確かにそうだ。
 本当に一度も山から出たことがないのなら、その大通りの名前を知っているはずがない。
 それにその大通りはここからかなり離れた場所にある。
 この子の両親が知っていて教えたとしても、その場合、この子の両親はわざわざこんな山奥に引っ越してきたことになるからその線はなさそうだ。
 こうゆう人気(ひとけ)のない場所ほど、殺人事件が起きやすいからな。
 と言うことは、この子が見た夢は、まさか……
「わたし、怖いの。殺されたくない」
「大丈夫だよ、お兄さんがついてるから」
「でも、そのうちお兄さんも、知らない人に殺されちゃうんでしょ? お母さんたちみたいに」
「大丈夫。もう、知らない人には殺されたりしないよ」
「そんなの嘘よ。きっと、きっと皆、殺されるの。顔も名前も知らないような、誰かに」
「そんなことない。大丈夫だよ」
「だって、この世界に残っているのはもう、――――君だけだから」

Re: 一万六千(改稿版) ( No.7 )
日時: 2015/04/14 17:02
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕が刑事になるころ』  5692  2023年 冬 曇り


「何か言ったらどうなんだ!! お前には、仲間がいるんだろう!?」
 岡本刑事は勢いよく机を叩いた。
「…………」
 向かいに座る殺人犯は、身じろぎ一つしない。
「どうですか? 岡本刑事?」
 様子を見にきた一人の警官が、岡本刑事に話しかけた。
「全然ダメだ。防犯カメラにもはっきり映ってたし、コイツが犯人なのは間違いないからいいが、被害者が、もう一人仲間がいたって言ってるからな……」
「まだ続けますか?」
「あぁ、あたりまえだ。コイツは一家を娘だけ残して皆殺しにした奴だからな。簡単にあきらめたら、その子に示しがつかねぇ」
「……わかりました」
 そう言うと、警官は取調室から出て行った。

 ――――しばらくして

 取調室の前で、二人の刑事が話し込んでいた。
「なぁ、いくら粘るとはいえ、ちょっと長すぎやしないか?」
「……確かに。もうかれこれ三十分以上経ってるし、さっきから物音一つ聞こえないしな」
「中の様子を確かめといた方がいいんじゃないか?」
「あぁ、そうだな」
 片方の警官が取調室のドアノブに手をかけ、怪訝な顔をする。
「……あれ? この扉、開かないぞ。鍵でもかけてあるのか?」
「そんなはずないだろ? そもそもこのドアに鍵なんてついてないはずだ」
 もう片方の警官は、ドアノブを回し、ドアを開けようとする。
「おかしいな。ドアノブは回るけど、開かない。……何か引っかかってるみたいだ」
「引っかかってる? 仕方ない、蹴破ろう」
 事態を重く見た一人が、そう提案した。
「あぁ」
 もう一人も、中で犯人と岡本刑事が二人きりだということもあり、迷わず頷いた。
『せーの!!』
 二人の警官は、息を合わせてドアを勢いよく蹴った。
 だが、それでもドアが開くことはなく、代わりに中で、棒のようなものが倒れる音がした。
「おい、開くぞ」
 さっき倒れた棒が引っ掛かっていたのか、嘘のようにあっさりとドアが開いた。
「準備はいいか?」
「あぁ」
 二人の警官はベルトの拳銃を手に取り、一斉に中に入った。
「…………!!」
「岡本刑事……」
 二人は腹をくくってはいたものの、中の光景を見て、息を呑んだ。
 取調室の壁は赤く染まり、そのしぶきの中心に、首にボールペンがつき刺さった岡本刑事が横たわっていた。
 そして窓は開け放たれており、事情聴取を受けていた、殺人犯の姿はなかった。

 ……数日後

 あの現場に居合わせた二人の警官のうちの一人が、署長室に呼び出された。
「今日君を呼び出したのは、信用できる君だからこそ、聞いてほしい話があったからだ」
「何でしょうか?」
「……笹本君、今日から君には、刑事になってもらいたいんだ」
「刑事、ですか……」
「そうだ。なるからには、いくつか義務があるがな」
「どんな義務ですか?」
「まず一つ目、肌身離さずこの銃を装備すること」
 そう言って、署長は1丁の拳銃を差し出した。
「リボルバー、ですか……」
「そうだ。この銃には安全装置が付いていない。上のレバーを下ろさずとも、引き金を引くだけで、いつでも弾が発射できる」
「なぜそれを装備する必要があるんですか?」
「それの理由は二つ目の義務だ。殺人犯を現行犯逮捕した場合、即座にこの銃で撃ち殺すこと。例外はない」
「……犯行動機も聞かずに、ですか」
「そうだ。即座に殺さないと、以前のように犠牲者が増える可能性があるからな」
 警官の脳裏にその以前の記憶がよぎる。
「そして最後に、絶対に、殺されないこと。以上の三つの義務を果たせるか?」
「……はい」
 笹本はためらいながらも、はっきりと答えた。
「それでは、今日から君は笹本刑事だ。おめでとう」
 そう言って、署長は笹本にリボルバーを手渡す。
「ありがとうございます」
「……そうだ、もう一つ重要な話があったんだ」
「何でしょうか」
「君は、2000年事件を知っているか?」
「あぁ、名前だけなら、聞いたことがあります」
「まぁ普通は知っていてもそのくらいだろうな。なんせあれほど大規模な事件だったにも関わらず、教科書には載っていないからな」
「――――2000年事件とは、2000年よりも前に生まれた人を中心に多くの人が殺された事件の総称だ。事件と言うよりは、大規模なテロの一種と言ってもいいかもしれない。
 そのころはまだ、自殺と殺人以外の犯罪も起こっていたんだが、不思議な事に、自殺と殺人以外の事件の犯人は皆、2000年より前に生まれた者だけだった。
 このことが公(おおやけ)になれば、間違いなく混乱を招く。よって、政府はこれを隠蔽(いんぺい)した。
 だが、どこからか情報が漏れ、都市伝説として広まった。
そしてついには、2000年より前に生まれた人間を殺せば殺人と自殺以外の犯罪を撲滅できると考えるテロリストが現れた。
 彼らは次々と2000年より前に生まれた人々を殺していった。
 それをきっかけに、今までごく普通の民間人だった人々も同じ事をし始めたり、2000年より前に生まれた多くの人々が、自ら命を絶ったりもした。
 それから数年後、とうとう世界の人々の死因の五割以上が殺人と自殺になった。
 ―――これが、2000年事件の真相だ」
「それと、これを見てくれ」そう言って、署長は資料の束を無造作にデスクの上に投げた。
「この資料によれば、殺人犯のほとんどが2000年より後に生まれた人間らしい」
「……それはつまり、どうゆうことなんですか?」
「つまり、2000年を境に何かが変わったんだ。それが何かはわからないが。
だから君には、それを探ってほしい。なるべく犠牲者を出さずにな。
 ……ちなみに拒否権はない」
「―――了解です」

 こうして僕は、刑事になった。

Re: 一万六千(改稿版) ( No.8 )
日時: 2015/04/16 17:27
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg

『僕が神様に願うころ』  801452378  2015年 曇り


 屋根の上に大きな十字架の生えた教会の前に、彼はいた。
 扉をノックすると、中からシスターと思われる女性が出てきた。
「この教会に、何かご用ですか?」
「はい」
彼は姿勢を正し、シスターの目を真っすぐ見据えて言った。
「どうしても、頼みたいことがあって」
「頼みたいこと、ですか?」
 シスターは首をかしげた。
「はい。この、手紙に書かれていることを、僕の代わりに、神様に頼んでくれませんか?」
 シスターにしてみれば、とくに参拝客でもない彼は、間違いなく招かれざる客である。
 しかし、彼がまだ幼いということもあり、彼女はあまりきっぱりと断れないでいた。
「……仕方ありません。まぁ構いませんよ。お入りください」
 結局シスターは断り切れず、彼を中に入れることにした。
 しかし彼は、それを拒否し、あくまでシスターに願ってほしいのだと言う。
 僕ではだめなんです、と。そして、こう続けた。
「だって僕は、キリスト教徒じゃないから」
 その言葉を聞いて、シスターは納得した。
 彼は、ここがどういう場所なのか、良く知らないのだ、と。
「大丈夫ですよ」
「例えあなたが何教だったとしても、イエス様はきっと、聞き届けてくれますから」
「いいえ、あなたでないと、どうしてもダメなんです。だから・・・・お願いします」
 だがやはり、どうしてもシスターに願ってほしいらしかった。
 そして彼女に、深々と頭を下げた。
「……そうですか、そこまで言うなら―――」
 シスターは彼の熱意に負け、結局彼の言う通りにすることにした。
「ありがとうございます」
 彼は、もう一度、深々と頭を下げた。
「それではイエス様に、祈りを捧げてきます。ここで待っていて下さい」
 そう言って、シスターは、扉を閉めた。
 そして赤いじゅうたんに沿って歩き、中心部の、大きな十字架へと向かった。
 そして膝をつき、胸の前で十字を描いてから、彼に渡された紙を広げ、読み上げた。

「―――神様、僕にチャンスをくれて、ありがとうございます。
 おかげでたくさんの事を学び、たくさんの事を知り、たくさんの人に生(な)れました。
 そして僕は知りました。なぜ自分が、死ななければならなかったのかを。
 僕のせいで、僕のお母さんは、あの後、自殺しました。
僕が生き延びているせいで、何の罪もない、多くの命が奪われました。
本当は僕は、あの日に死ぬべきだった。
生き返ることもなく、静かに、死んでいくべきだったんですよ。
僕にはもう、チャンスはいりません。
 もう僕に、次はいりません。
 だからもし本当に、あなたが神様ならば、僕の願いを、どうか、聞いてください。

 もしも願いが叶うなら、僕の願いが届くなら、どうか僕に、永遠の―――」




『―――結末をください』



 シスターは涙を浮かべ、十字架を握りしめた。

Page:1 2



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。