ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

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Re: 2006年8月16日 ( No.12 )
日時: 2016/04/05 22:56
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「ごめん……」

 早紀を家に誘導するときにつぶやいたその言葉が、この空間で反響した。
 それに彼女は返答してこなかった。大方返す言葉に詰まったのだろう。

「っていうか、懐かしいなぁ、香征の家。」
 玄関のドアが閉まって、外の風景が一切消えた。辺りでは早紀が靴を脱ぐだけで、他は全て止まっていた。
 考えてみると、彼女が一人で僕の家にくるのは初めてだ。父さんや母さんはなんて思うのだろう。

 多少ドキドキしながら、リビングのドアを開けてみる。
 やはり二人は驚いた顔でこちらを見ていた。その凍りついたような表情に、逆にこちらが驚き返す。なんだろう、強盗でも入ってきたのだろうか。
 早紀が僕の後ろからやってくる。恐らく全員の注目を浴びているであろう彼女は、いたって平然としていた。

 ただそんな彼女も、幼なじみの男の子の両親二人に凝視されていることに気がつくと、怪訝そうな表情に変わった。
「あ……お久しぶりです。早紀です」
 母さん達は、まんざらでもない表情で、お互いの顔を見合わせる。

「早紀ちゃん、美人になったねえ」
 またそれかよ、と僕は思ったが、そんなこと初耳の彼女は顔を赤らめて言葉を詰まらせる。
 反応としては百点満点だ。あまりにも綺麗なその姿に、純粋に家族全員で見とれていた。

「香征のお母さんとお父さん、昔と全く変わってないね……」
 階段を上っているとき、後ろで早紀の声がした。

 その通りだと僕は思った。
 あの頃から時間が止まったままの僕から見ると、二年前と違っていたのは、早紀以外の何者でもなかった。

 本当に、その通りだ。
 二年前なら、たとえ早紀が一人で家に来たとしても、普通に他の人が来たのと同じように接することができたはずで、母さんもあんな表情はしなかった。
 知らず知らずの内に、僕達が会っていなかったこの二年間で、取り返しのつかないほど深い溝が生まれていたことに、二人の顔を見て改めて思った。

「そういえば、昨日駅の近くのスーパー行った?」
 すぐ後ろで彼女が聞く。行ってなかった、とは絶対言えない雰囲気だった。
「……行ってたよ。親と」
 そう言うと、彼女は、やっぱり! と即答した。「私もいたんだけど気づかなかった?」
「えっ?」
「目が合ったから、気づいてたと思うんだけど……」

 前を向くと、彼女の目がまっすぐと僕を見ていた。
 もちろん早紀には気づいていたし、目が合ったことも鮮明に覚えている。無視したのも事実だ。
 だが、二年ぶりに会った早紀が綺麗すぎて話せなかったと言える度胸が僕にはなかった。
「気づいてたけど、親が急げって言ってきたから。……ゴメン」
「いいよいいよ! こちらこそなんか問い詰めてるみたいになってごめんね」
 僕は自分の無力さを呪った。

「……あと一ついい?」
 あまりの暗い声のトーンに、思わず足が止まる。階段はあと一段だけだ。「ん?」
「なんでそんなに辛そうに笑ってるの?」

Re: 2006年8月16日 ( No.13 )
日時: 2016/07/01 19:46
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 階段を上がると、右手に僕の部屋がある。
「うわー、懐かしーい!」
 早紀は、ゆっくり歩く僕なんてとっくに追い抜いて僕の部屋に駆け込む。そういえば彼女はこんな活発な子だったなと、今更ながらに思い出した。
 僕もついていくと、ちょうど彼女が僕の勉強机の引き出しに手をかけていた。
 そして、おそらくそれを開けようとしていた手が止まった。

「ごめん。……開けていい?」
 いいよ、と答えた。引き出しの中に、やましいものは何もない。
 そもそもこの部屋自体にそういうものはないのだが。

「うわっ、懐かし!」
 早紀は突然大声を上げた。
 びっくりしてそちらを向くと、彼女の目は引き出しの中のある一点を見ていた。
 僕もつられてその先を見たが、中は小物でゴチャゴチャしていて、彼女がどれを見て驚いているのか分からなかった。
 早紀の手が、とある単語カードを拾い上げるまでは。

「……懐かしいな」
 ふと口からこぼれた。このカードは、僕と雄輔が喧嘩をするずっと前に、三人でつくったものだった。
「familyとか、bookって書いてある」
 どうやら、中一の時のものらしい。いかにも手作り感満載の、そのゴチャゴチャした絵と、読みにくい汚い字が何よりそれを裏付けていた。
 雄輔とああいうことがあった今では、絶対に同じものはつくれないだろう。


「ごめんね。雄輔と色々あったみたいで」
「……えっ?」彼女の溌剌とした笑顔が急に見えなくなった。

「塾で一緒に勉強してる最中にね、彼、香征と喧嘩したって話してたんだ。キツいこと言ってると思ったから私責めたんだけど、あの人全く反省する気がなくて」

 声を低くして言った彼女に、別にいいよ、と僕は返した。
「だって、雄輔の言うことは全部正しいじゃん。二人は勉強忙しいけど俺は全然だし、そういうこと言われたって構わないよ」
 こう話を続けると、早紀は手に持っていたそのカードを引き出しにしまった。
「……それでも、あんなのずっと仲よかった人間に言う言葉じゃないよ」
 引き出しを閉じたときの、ドン、という音が、静かな部屋に響いた。

 彼女は、どこか悲しそうだった。
 そんなの、言うまでもないことだった。

 早紀は床に腰を下ろし、肩にかけていたバッグを横に置いた。
 僕も、無意識に彼女が座っている向かい側に座る。ちょうどこたつをはさんで向き合う態勢になる。
 その間も何も言えない僕に、彼女はさらに続けた。
「彼、実は塾ではトップの成績で、遠野高校志望なの。雄輔のお母さんが特に遠野への受験を勧めているらしくて、それでこんなに勉強してるんだよ」

 遠野高校といえば、偏差値七十を超える県内トップクラスの公立高校だ。
「……あいつも頑張ってるんだね」
 そう思ったのは、本心だった気がした。

「うん。だから一応、雄輔も勉強ばっかで疲れてるってこと忘れないであげてね。……まぁ別に、それが香征に悪口を言っていい理由にはならないけどね!」
 あわてたように早紀は付け足した。
 それは言うまでもないことだったが、彼女も一応僕に気を遣ったのだろう。

「あ、そういえば!」
「ん?」

 早紀は突然驚いた表情でこちらを向いた。
 何事かと思って、僕もそちらを見返す。すると彼女はそこに置いてあるバッグの中から小さな直方体の物体を取り出した。
 ……見た感じ、アレだな。あの、スマホとかいう機械。

「香征って、スマホ持ってる?」
 彼女は、手に持っているスマホを左右に振って、僕に示した。
 スマホカバーには、もれなく国際的ネズミが腹を抱えて大笑いしている様が描かれていた。

 スマホといえば、確か何ヶ月か前に親に買ってもらった気がする。
 疎いのでどこの機種かは忘れたが、解約さえされてなければまだ何かできるだろう。

「持ってるよ。ちょっと待って」
 僕はそう言って、引き出しの中やベッドの下など色んな所を捜索した。
「どこに投げたっけな」つぶやきながら探していると、後ろから笑い声が聞こえた。思わず声のほうを向くと、早紀が口を手で押さえる、というか、隠していた。

「目が笑ってるよ」
 そう指摘すると、彼女は口から手を離してさらに笑った。白い歯が見えている。

「じゃあ、携帯鳴らしてみたらどう?」
 早紀が何に笑ったのか具体的に問いただそうとしたが、その考えは、彼女の提案の前に無に帰した。
「いや、ダメだ。何ヶ月も放置してるから多分もう充電切れてる」
 こう返すと、彼女は一瞬驚いた表情を見せた後に、また笑った。

「……探すしかないか」
「いや、本当に見つからなかったらもういいよ! 大した用じゃないし」
「そういえば、どんな用なの?」
「LINE交換したくて」

 ……スマホを絶対に見つけ出してみせる。僕はそう心に誓った。

Re: 2006年8月16日 ( No.14 )
日時: 2018/09/07 04:57
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「なあ、二人とも俺のスマホ知ってる?」

 スマホ捜索は難航を極め、ついに僕の部屋以外へと捜索の範囲を拡大した。
 そして、こうして今母さんと父さんに在処を訊いてみた次第だ。

「どこだったっけなぁ……、結構前のことだし忘れたよ。それより早紀ちゃん何の用だったの?」
 代表して、母さんが答えた。が、結局情報が何一つ得られなかったのですぐにリビングから出ていった。早紀のことが気になるのも分かるが、ここはスルーしておいた。

 仕方なく、僕の部屋まで戻ることにした。
 スマホの場所なんて本気で覚えていない。使ってすらないのだから今までそれで不自由なく過ごしてきたが、まさか今日使う理由ができるとは思いもしなかった。

「あ、スマホあったよ」
 部屋に着くなりあっさり彼女に言われ、唖然とした。
 どこにあったのか訊くと、クローゼットの中に眠っていたと返された。……早紀、そんなところまで見てたのか。

「香征ってLINEのアプリ持ってないんだね。ダウンロードしといたよ」
 どうやら、スマホは元から電源が切れた状態だったらしく、充電はギリギリ残っていたという。

 持っている僕のスマホを渡そうとしてきたので、受け取ると、ほのかに暖かかった。見ると、画面にはLINEのユーザー登録の表示がされていた。
 座るのも面倒なので、立ったまますることにした。
 僕がそれを登録している間、彼女がずっと微笑んでいたのを肌で感じていた。
 登録し終わった後に、ずっと気になっていたそちらを向くと、目が合った。なぜか目を逸らすことができなくて、ドキドキしながら、何秒間、何分間でも見つめ合っていたい気分になった。

「と、登録、終わったよ」
 振り絞ってなんとか出た声は、震えていた。
 登録完了のメッセージが映し出されたスマホを、彼女に手渡しする。一度、汗でベタベタなスマホを服で拭いてから、彼女に渡そうとした。
 目を逸らすことができたのはその瞬間だけで、すぐに、また早紀の瞳を求めた。彼女も僕のスマホを受け取ろうとして、こちらに手をやる。

 早紀と見つめ合ったまま、スマホを彼女のほうへ更に近づけると、彼女の手とぶつかり、驚いてその部分の力がふっと抜ける。
 正気に戻った頃には、痛みが全身を包んでいた。

「痛!!」
 僕の足に落ちたスマホは、早紀と手がぶつかって落下したもの以外の何物でもない。
 早紀は、これ以上ないくらいに大笑いした。

 僕の足から全身に痛みが伝わるのは、一瞬だった。時速400キロの速さで伝わるそれは、簡単に僕の視界から彼女の瞳をシャットアウトさせた。
 あまりの痛さに、その場にしゃがみ込む。……残念ながら、僕のスマホは角が丸いiPhone製ではなかった。そして、狙ったように角の部分が足に落ちた。

 早紀は痛みに悶える僕の横から、スマホを拾い上げる。
「じゃあ、私と連絡先交換しとくね!」
 その言葉で痛みが完全に吹き飛んだのは、言わないことにした。


「ねえ、香征」

 スマホをいじっていると、正面から早紀の声がした。思わず目線を彼女のほうに移す。

「商店街抜けたところにさ、河あるじゃん? あれ見に行かない?」
「ん……行けるけど」
 そう言うと、彼女は準備を済ませ、足早に僕の部屋から去っていった。
 突然、どうしたのだろうか。

 疑問に思ってもしょうがないので、僕もすぐに準備を済ませ、彼女に続いて部屋を出た。
 早紀はもう階段を降りていってしまっているようで、気配を感じなかった。階段を急ぎ足で降りると、リビングのドアが開けっ放しだった。
 リビングに入ると、早紀が二人と話していた。あちらも僕の存在に気づいたようで、全員こちらを向いた。三人全員、なぜかニコニコしていて、気味が悪かった。

 ちょっと外出てくるよ、とだけ僕は言い、両親とできるだけ目を合わせないように早紀の方まで歩み寄った。
 はい、とワンテンポ遅れて母さんの声がする。その声を遮るようにリビングのドアを閉め、早紀と共に玄関へ向かった。

「そういえば、香征って、高校どこ受けるの?」
 そう彼女に訊かれたのは、ちょうど家から出た辺りだった。玄関のドアがガタンと音をたてて、内と外の空気を二分する。
 僕はもちろん、公立が紅葉で、私立が京成だよ、といつも通りの返事をする。

「あ、私も京成受けるよ!」
 そう言った早紀以上に驚いたのは、紛れもない僕だった。
 おそらく塾にも行って勉強漬けの毎日を過ごしているであろう彼女には、京成なんて滑り止めにせよ少し偏差値が低いと思うが、そんなことはないのだろうか。

「公立は?」
「遠野U類だよ」
 彼女は恐ろしいまでにサラッと言ったが、遠野高校は難関大学への進学者が岡山で一番多いような学校で、U類というとその中でも一際レベルが高いコースだ。
 なおさら京成とは偏差値が違うと思うのだが、なぜその両校を受けるのか、いまいち意図がはっきりしない。

「……私立と公立で、すごい差あるって思ったでしょ?」
 言われて、びくっとした。一瞬心の中を読まれたのかと思った。

「実はね、私、京成高校に入りたいんだ。」

Re: 2006年8月16日 ( No.15 )
日時: 2016/09/25 00:08
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 河の水が流れている。

 僕は不意に河川敷まで降りていき、そこの草むらに腰を下ろした。少し肌寒かった。
 彼女が、少し遅れて僕の隣に座る。
 向こう岸はだいたい百メートルほど離れていて、その先にもこちら側と同じように住宅が立ち並んでいる。

 あの先には何があるのだろうと思った。
 ここからでは住宅街ばかりが見えるだけだが、果たしてその先をずっと突き進むとどんな景色が見えるのだろう。
 この川の向こう岸に行くには、向こうにあるあの大きな橋を渡る他ないが、どうしてか今の僕にはその橋を渡る気になれなかった。

 この河は名を旭川といい、岡山県最大級の大きさを誇る一級河川だ。
 長さは真庭市蒜山から岡山市の中心部まで続くほどで、端から端を車で移動してもかなりの時間がかかる。

 学校の登下校でいつもこの河を見ているので、ただいつもと同じ風景というだけの存在で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 だが、今日だけ河川敷から見ているせいか、それとも僕の隣に再会した幼なじみの女子が座っているせいか、いつもとどこか違っていた。

「さっき私、京成に入りたいって言ったじゃん。」
 彼女は、この川の向こう岸よりも遠く、ずっと遠くの空を向いたままだった。僕は頷く。
 風がなびいてきた。

「お父さんは好きにしろって言ってくれてるんだけど、お母さんや雄輔は許してくれないの、絶対遠野行けって。そりゃ遠野行ったほうが将来楽なのかもしれないけど、もう勉強ばっかり耐えられないの、私。」
 どうしよう、最近ね、生きるのが楽しくないんだ。ちっとも。
 朝から晩までずっとずーっと勉強だし。それが毎日続くんだよ?

 彼女は僕の数メートル先にいて、河のほうを向いている。だから、ここからでは彼女の表情は見えない。
 その声はとても小さかったが、本当は大きな、激しい心の叫びのように聞こえた。

「そんなに遠野行きたくないの?」
 彼女は答える。「うん、今の生活をあと何年も続けるなんてきっとできない。」
「……じゃあ、遠野の受験受けてわざと落ちれば?」
 彼女は面食らったように驚く。彼女でも流石に即答できないみたいだ。
 僕は、落ち着いて自分が言った言葉の意味をもう一度考えてみる。

「あ……ハハ、それもいいかもね。私も香征と京成行きたいな」
 早紀はそうはにかむ。
 それは僕に紅葉学園落ちてほしいということなのかと、僕はワンテンポ遅れて気がつく。

 早紀は僕の横でふっと立ち上がり、河に向かって歩いた。数メートル進んで、大きく伸びをする。
 向こう岸ではたまに車が通るくらいで、それ以外はまるで写真のように止まって見える。

「早紀って、河とか見るの好きだったっけ」
 ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみる。すると彼女はすぐに何か言おうとしてためらった。
 僕はそれに多少の違和感を感じながら、流れる冬の河をぼんやりと見ていた。

 パシャ。

 その音はすぐ近くで聞こえた。
 見ると、彼女が河にカメラを向けていた。「カメラ?」
「この風景、綺麗だなーって思って」そう笑いながら、彼女はもう一枚を写真に収める。パシャ、という気持ちのよい音がもう一度聞こえた。

 ……その趣味は、最近できたものだと思った。
 二年前にはカメラの趣味などなかったはずだ、きっと。

「早紀って、色々と変わったよね」
 彼女は、確かにそうかも、と笑った。「香征は変わらないね」
 その言葉を悪い意味でしか捉えられなかった僕に、彼女が慌てて付け足す。
「あっもちろんいい意味だよ。確かに背は高くなったし声も低くなったけど、二年前と同じ、優しくて面白い香征のまま。」彼女はカメラを目から離して、撮った写真を確かめる。それは、僕が今まで生きてきて初めて言われた言葉だった。

 不意に彼女から目をそらす。僕は今も、今でさえ、別人と話しているような気分でいる。
 だが、彼女のほうは二年前と同じ僕と話している気でいたのだ。さも当然のように。
 それがどれだけ幸せなことか、きっと彼女は分かっていない。

Re: 2006年8月16日 ( No.16 )
日時: 2017/05/26 05:10
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 さてと、と彼女が言った。「そろそろ戻る? 寒くなってきたし」
 僕は頷く。十二月の河沿いは寒かった。

「さっき撮った写真。どっちがいい?」
 河川敷の石階段を上りながら、彼女は手に持っていたカメラを僕に渡す。
 以外と大きい液晶画面には、写真の横に「2013年12月24日 13時32分」と、日付と時間が書かれている。そうだ、今日はクリスマスイブだった。
 僕は写真をまじまじと見つめる。
 右だと思った。本当に、何の根拠もなく、ただ直感的にそう感じた。

「やっぱり右?」そう彼女は体をこちらに寄せてくる。
 頷くと、彼女はいかにも予想通りといった表情でこう続けた。「四分割法っていうの、この構図。」
 四分割法。初めて聞いた言葉だったが、素敵な言葉だと思った。
 写真を横に四等分すると、下半分に水面、そして上半分を向こう岸の建物と空が覆っている。澄んだ冬の空には、平べったい雲が幾つも浮かんでいる。

「今日寒いよねーほんと」
 彼女は持っていたカメラをバッグにしまい、肩に掛けた。
 あのバッグには他に何が入っているのだろうか。二十一世紀からやってきたネコ型ロボットの四次元ポケットみたいに、探ればいくらでも出てきそうだ。

 石階段を上り終えると、すぐ目の前に商店街が見える。

「小学生の頃とか、よくここで遊んでたよね」
 そうだね、と彼女は笑う。「また三人で遊べたらいいね」
 そう言った後、彼女はすぐに自分の言動の過ちに気づいたらしく、慌てて付け足す。「ごめん……、もうダメか」
 僕は何も言えなかった。

 歩いている間、彼女はちょくちょくスマホで誰かと連絡をとっているらしかった。
 LINEの着信音らしき音が鳴るたび、彼女はスマホをいじっている。どうやらかなり集中しているらしく、下しか向いていないので危なくも見えた。

 ……自然と、歩く速度が落ちる。
 それでも彼女は同じ速度で歩き続ける。
 僕の歩みはゆっくりと減速していき、やがて完全に止まった。
 今僕がいくら歩みを止めても、彼女はどんどん先を歩いていく。

 今日はクリスマスイブだ。彼女は今、誰と連絡をとっているんだろう。

 やっと家の前まで着いたと思ったら、早紀は迷いなく僕の家に入ろうとする。
「あ、もうちょっといい?」
 てっきりもう別れると思っていただけに、驚きを隠せなかった。
 あちらがいいなら別に拒む理由はないが、こんな日に僕といていいのか、とは思う。

 玄関に入って靴を脱いだとき、足を痛みが襲った。
 痛っ、と思わず声に出してしまう。すぐに、大丈夫? と後ろから聞こえる。
 そして思わず笑ってしまう。たったこれだけ歩いただけなのに。自分が恥ずかしい。

 リビングのドアを開けると、二人は椅子に座ってテレビを見ていた。

「あ、おかえりー」
 両親の声が一つとなって聞こえた。驚きを隠せない表情が見て取れる。
 対して僕達の声は、ただいま、と、お邪魔します、の二つだった。
 僕が先を歩き、彼女は後ろについてきている。そのまま、何も言えぬまま、僕達は廊下を歩いた。

 先に部屋に入ったのは僕だった。
 僕は、いつもの癖でパソコンの電源ボタンを押してしまう。
 電源ボタンを押すとすぐにデスクトップ画面が出てくる。そういえばシャットダウンしていなかったので、スリープ状態になっていただけだった。
 それを後ろで眺めていた彼女が、あー香征の部屋ってパソコンあるんだね、と口にした。
 だが口にしただけで、何もやってこなかった。流石にパソコンは遠慮するらしい。

「……今日は、ありがとね」
 そう言われたとき、僕のパソコンをシャットダウンしようとした手が止まった。
「いやいや! こっちこそ楽しかったよ」や「またいつでもおいでよ!」などという気の利いた返しが僕には思いつかなかった。
 やっと出てきたのは「……こっちこそ」という小さな声だった。

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