ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

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Re: 2006年8月16日 ( No.2 )
日時: 2015/05/10 22:34
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

ありがとう!
実は、この日がなにを意味してるのか、俺もよく分かってないw

Re: 2006年8月16日 ( No.3 )
日時: 2015/05/17 04:21
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 学校からの帰り道、ふと目に入ったのは、河川敷で小学生ぐらいの子供達がサッカーをしている光景だった。

 その傍らには野球のグローブが二つずつ、合計四つ放置されている。
 恐らくゴール代わりなのだろう。少年の一人がグローブとグローブの間に向かってシュートを放った。惜しくもゴールキーパーに止められてしまったが、その少年の表情はシュートを止められてもなお晴れやかだった。

 笑い声や叫び声が、何度もこちらまで聞こえてくる。その純粋なまでの活力に、しだいに目も当てられなくなり、すぐに視線を落とした。

 そこには一際大きい水たまりがあった。
 昨日の夜降っていた雨でできたそれは、他でもない空の青さを映し出していた。

 2013年12月23日、僕の通っている中学校では二学期の終業式が行われた。
 厳しい寒波はこれからやってくる。空は青く澄み渡っていた。

 そんな中、受験生に対する周囲の期待や関心はピークに達していた。
 誰もが皆、僕が中三だと分かった途端、志望校や勉強の進捗状況を事細かに聞いてくる。
 正直、それがこの上なく不快だ。

 僕は、重い足取りで帰路につく。
 ……相変わらず、こういうことにイライラしている自分に、いい加減嫌気がさす。今まで怠けて過ごしてきたのは、ここにいる僕自身だろう。

 さっきは前方から聞こえたサッカー少年達の歓声も、今では後方から聞こえ、僕が前に進むにつれ少しずつ小さくなっていく。
 でき得ることなら、僕もあの輪の中に入ってもう一度遊びたいとさえ思ったが、無理だとすぐに分かった。
 ……現実では、僕は彼らとは背丈も声色もまるで違う、中学三年生だった。


 今僕が歩いている河川敷沿いの道をまっすぐ行くと、右手に商店街が見える。
 その商店街をまっすぐ進んで抜けると、住宅街があり、そこに僕の家がある。
 雄輔や早紀の家も近くにあり、僕らはよく商店街で遊んでいた。

 ……前まで三人で通っていたこの通学路を、当たり前のように、今日も僕一人で歩いている。

 あれは確か、中学に入って半年ほど経った頃だったので、もう二年は前になる。
 二人が突然塾に通いだした、とだけ聞いても、別にそこまで深刻なようには思えないが、僕との間に距離ができるのに、そう時間はかからなかった。
 二人が塾に行くようになってからは、僕と遊ぶ回数がしだいに減っていき、クラスも別だったので、話すことすら無くなっていった。

 右手に商店街が見えてきたので、道路を横切ろうとした。
 その時、後ろから声をかけられた。


「久しぶり」


 言葉が出なかった。

 その声は、過去の雄輔の声とは似ても似つかなかった。

 だが、それは確かに雄輔だった。こちらを見てにやにや笑う仕草に、何故か強い違和感を感じた。
「あ、あぁ……。久しぶり」

「っていうかさ」

 突然、彼は話を切り出してきた。

「香征、お前勉強とかはちゃんとやってんの?」

 一瞬、背筋が凍った。
「ん……、どうだろーなー」
 その動揺をなるべく彼に悟られないように、できるだけ普段通りに声に出すよう心がける。
 だが、そんな慣れない甲冑はすぐに剥がされてしまった。

「そういえば、俺、早紀と同じ塾に入ってんだ。俺らは勉強で忙しいけど、香征はヒマなんだろうなー」

 明らかに悪意を感じる言い方だった。……もう、反抗する力さえ残っていなかった。
 このまま雄輔と殴りあっても、どうせ僕は負けるに決まっているだろう。

 今まで、いや、二年前まで繋がっていた何かが、今、完全に切れた気がした。

Re: 2006年8月16日 ( No.4 )
日時: 2017/04/07 15:26
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 しばらく、何も言う気になれなかった。

「ま、塾入らないなら入らないでいーやー。そういう人生だってことだし。まぁ、精々頑張れよ」

 彼は笑って去っていった。

 大丈夫だと、自分を励ました。
 雄輔がいなくても、今まで通り生きていけばいいだけだ。
 彼が僕を必要としないように、僕も彼を必要とせずこの二年間を過ごしてきたじゃないか。

 別に、悲しいなどという感情は沸き起こらなかった。
 これは、悲しみや、強がりでもなく、変わり果ててしまった彼に向けた、諦めだった。

 彼が歩いていったのは、僕がさっきまで歩いていた方角だ。
 あのサッカーをしている少年達を見ても、彼なら多分、すぐ目を逸らす。


 雄輔と別れてから、僕は歩くスピードを一切落とさないまま商店街へ向かった。
 商店街に向かう際に横切るこの道路は、信号機が付いていないぐらいに、車がほとんど通らない。

「あら、コウちゃんじゃない」

 その声は、商店街に入って少し進んだ頃、後ろから聞こえた。
 僕はすぐに振り返った。

「ほらほら、みんなで食べてね。お母さんによろしく」
 彼女はそう言って紙袋を渡してくる。中にはフルーツが沢山入っていた。
 僕はそれを受け取り、ありがとうございます、といつも通りの礼をする。

「そういえば、コウちゃんってあと少しで受験だよね」
 紙袋を持つ僕の手が震えるのに時間はかからなかった。

「そうですね……」
「高校は、どこ受けるの?」
 彼女は依然としてニコニコして訊いてくる。

「えっと……、私立が京成高校で、公立が紅葉学園です」
 我ながら、このレベルしか狙えない自分の偏差値の低さが、恥ずかしい。

 おばさんの返事を待たずして、逃げるように僕はその場を去った。

 商店街を抜け、住宅街が見えてくる。そこを通り、家が見えてくる。
 その間、一歩、一歩と踏み出す度に、寂しさ、雄輔との埋められない差を噛み締めた。

 一歩、一歩と踏み出す度に、二年前の僕が、今の僕を問い詰める。
 一歩一歩が、とてつもなく長く感じられた。

 少しすると、横に雄輔と早紀の家が見えた。
 僕はそれを直視できなかった。



「あ、お帰りー」

 僕はさっきおばさんからもらった紙袋をそこのテーブルに置いた。
「これ、おばさんから」
 僕はすぐさま上に上がった。早く僕の部屋に行ってゆっくりしたい。そう思った。

 階段を上るのも面倒だった。急ぎすぎて、走って危うくつまずきそうになる。

 自分の部屋に入ると、窓を閉めきっていたせいで、換気されていない嫌な空気が漂っていた。この臭いが、僕をいつも憂鬱にさせる。

 はぁ、と大きくため息をつき、僕は机の上にあるPCの電源を付けた。

 PCが起動すると、初めて見るサイトを適当に回っていった。……なんとなく、こうしていたい気分だった。
 誰とも会話を交わさず、そもそも誰とも会うことなく、こんなにも楽しむことができるというのは、本当にすごいことだといつもながらに感心する。
 そのほとんど悪魔的と言っても過言ではない装置をカタカタと動かしていると、とあるサイトに行き着いた。


 "雑談掲示板"

 その掲示板は、最終更新が2006年8月16日だった。

Re: 2006年8月16日 ( No.5 )
日時: 2016/01/27 21:11
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 なんだか、背中がゾクゾクした。
 通常、掲示板を作ってみても、いつかは風化していく場合がほとんどだ。
 いくら利用者が多い掲示板でも、いずれは少しずつ利用者が減っていき、やがては書き込みが途絶えてしまうこともよくある。僕はこれを、今まで何度も見てきた。

 僕はひどくいたたまれない気持ちで、色んなスレに入ったり、画面をスクロールしたりしていくと、この掲示板は2006年の8月16日以前、最低でも一日に一回はどこかのスレで更新があった、ということに気がついた。
 これが示すのは、以前は毎日誰かが必ず書き込んでいたのに、ある日突然それが止まったということだ。

「普通じゃないな」
 普通なら、書き込みが完全に途絶えるにしても、徐々に減っていき、やがてゼロになる、というのが当たり前だ。それが、この掲示板は突然途絶えた。
 横隔膜が震える。これは、普通じゃないな、だけで済ますべき問題なのだろうか。

 さらに調べていくと、メンバー表、というものを見つけた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


     Member


 えん

  この掲示板の管理人。ノベルゲーム製作企画人で、総監督でもある。CG色彩も担当。


 樹雨

  音楽担当。特技は、どこででも寝れること。


 ゆーた

  原画・背景担当。大阪生まれ。やっぱお好み焼きっしょ!


 莉乃

  脚本担当。アニメや漫画が大好き。


 水音

  スクリプト担当。ゆーたと同じ大阪生まれで、中学生の頃からの友達。やっぱたこ焼きっしょ!


 高校の同級生五人でノベルゲームを制作していきます(・∀・)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 どうやら、この掲示板は、どこかで打ち出されたノベルゲーム製作企画の情報交換も兼ねた掲示板らしい。
 僕はここで画面を戻し、もう一度、色んなスレに入ったり、画面をスクロールしていった。

 スレッド一覧の上には、「ノベルゲーム"Sign"、現在製作中!」と書かれた青色の文字が、右から左へと永続的にスクロールしていく。
 文字が左へと完全に飲み込まれていったはずなのに、また右から同じ文が出てくる。その文字はまるで、自らが立たされている状況を理解できていないようだった。

 2006年というと、もう7,8年も前の話だ。その頃高校生だとすると、もう今は全員大人になっている。
 今はもう、皆それぞれの人生を生きているはずだ。高校生活、そしてこのノベルゲーム製作企画で楽しんでいた頃は二度と戻ってこない。
 8月16日といえば夏休みのはずだが、この企画全員では会わなかったのだろうか。会えない事情があったのだろうか。

 この掲示板は、僕を惹きつけさせる何かがあった。
 何年も前のここでの出来事を、もう五人は忘れてしまっているのだろうか。

 この掲示板は、当時の五人の息づかいを、鮮明に映し出している。
 その姿は、まるで真空パックされているようだった。

 ページの下のほうに、メールアドレスが表示されているのに気がつく。
 これは……、まだ生きているアドレスなのだろうか。
 迷ったが、とりあえずメールを送ることにした。何より、この五人のメンバーの誰かと連絡を取れなければ、話にならない。

 僕は、彼らのことをもっと知りたいと思った。2006年の夏の日に、何があったのかを知りたかった。
 何にしろ、最終更新を2006年8月16日のままにしておくのは、僕には耐えきれないほど悲しい。


「香征、リンゴ切ったけど食べるー?」

 下から、母さんの声がした。一旦、僕は下に降りることにした。
 あのサイトのことが忘れられないでいた。

 彼らのようなゲーム製作企画は頻繁にネットに浮上するが、その中の半分以上はたった一つすらゲームを作れず空中分解していく。
 僕はそれを今まで何度も見てきたし、経験している。

 リビングのドアを開けると、母さんは椅子に座って、テレビを見ていた。リンゴは大きく切り分けられて、皿に並べられていた。
 僕は無言のまま歩いていき、目の前のテーブルにあるリンゴを手にとり、椅子に腰掛けた。母さんはテーブルをはさんだ僕の向かい側にいる。

「それにしても……、最近いいニュースが少ないわねぇ」
 母さんは、コーヒーを飲み干してつぶやいた。つられてテレビを見ると、とある殺人事件が報道されていた。

 確かに、と思った。最近、目を覆いたくなるニュースが昔よりずっと多い気がする。
 連日のように、凄惨な事件が当たり前のように起き、当たり前のようにそれが報道される。僕達は当たり前のようにその事件を聞き流し、当たり前のように毎日が過ぎていく。

 聞き流す、と言ったが、それも仕方がないのかもしれない。
 この世のどこかで起こる様々な事象に一喜一憂していても、余計に悲しむだけだと、僕達はひょっとしたら心のどこかで悟っているのかもしれない。

 ……僕達は、良いことも悪いことも、すぐに忘れてしまう。このどうしようもない時の流れは、全てを洗い流していく。
 今ここでこうやってリンゴを食べていることも、二年前に僕と雄輔と早紀の三人で遊んでいたことも、2006年8月16日に彼らがあの雑談掲示板に集っていたことも、全て記憶の墓場へと向かっていく。

Re: 2006年8月16日 ( No.6 )
日時: 2016/01/27 21:13
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 カーテンの向こうでは、いつの間にか雨が降っていた。

「雨降ってるね」
「ふーん」
 いかにも無関心そうに答え、母さんは携帯を開いた。一度スマホに変えたことがあったのだが、どうもしっくりこなかったらしい。

 ……ほんと、どうでもいい。
 いつの間にかたいらげてしまっていたリンゴの皿の横を素通り、僕はリビングから出た。

 頭が痛くなってきた。
 部屋に着いてすぐにベッドに倒れこむ。
 あぁ、そういえば明日から冬休みなんだ、と一瞬嬉しい気持ちになったが、あと一ヶ月半で受験が始まってしまうという事実がすぐに押し寄せてきて、結果、後味が悪くなるだけだった。
 けれども押し寄せてくる睡魔にどうしても立ち上がることができず、僕の意識は深い闇に沈んでいった。



「香征」


 僕は、母さんのその言葉で起こされた。

「…………んあ?」
「お父さんが駅で待ってる。外土砂降りの雨だから、傘渡してきてあげて」
 ザー、ザー、と、窓の外で雨の音が聞こえる。いつの間にか雨がかなり強くなっていた。

「母さんはご飯作ってるから、香征しかいないの。じゃ、行ってきてねー」
 母はそう言ってそそくさと部屋から出ていった。あまりに一方的で、面倒だなぁ、と言える余地すらなかったので、代わりに母が部屋から出ていった後につぶやいた。

 リビングは、美味しそうな匂いで充満していた。そういえばお腹が空いていたので何か食べたかったが、父さんが駅で待っているとなるとそんなことをしている場合ではなかった。

「んじゃ、行ってくる」
 リビングを出た後そう言って、傘を二つ持って玄関のドアを開けた。今までは若干まだ眠かったが、外の冷たい空気を吸った瞬間眠気が覚めた。
 そして、片方の傘をすぐに開いた。横殴りの雨は、このちっぽけな屋根ではとても防ぎきれない。

 外は路灯が少ないのであまり明るくない。見えるか見えないかギリギリの水たまりを何度もかわす。
 家を出て少し歩くと、道が二手に分かれていた。一瞬右に曲がろうとしたが、左に曲がった。
 商店街や学校に行く時は右でいいのだが、駅に行くには、左に曲がらないといけない。

 進んでいくにつれ、少しずつ明るくなってくる。大型スーパー、信号機、自動車のライト。目の悪い僕には、いつも光はまとまってではなく、花火みたいに広がって、きらめいて見える。

 通気口の近くに美味しそうな匂いを漂わせる焼肉チェーン店の横を抜け、信号を待つ。雨なので、いつもより車の数が多い気がした。
 駅は横断歩道を挟んだ向こう側に見える。雨は一向に強く降り続いている。救急車のサイレン音が向こうから聞こえてくると、曲がろうとしていた車が止まった。

 サイレンの鳴る救急車が僕の前を通り過ぎた瞬間、サイレンの音が変わった。それと同時に、止まっていた車が動き、曲がりだした。
 ――その瞬間、2006年8月16日という日付を、僕は思い出した。
 そして感じた。きっと、僕があの掲示板に惹きつけられたのは、そういう些細な、日常の取るに足らない出来事に隠された切なさを感じたからであるし、あの五人の生々しい息づかいを感じたからであると、ふと諒解した。

 青信号になり、僕は歩きだす。傘をさす自転車が僕の横を抜ける。
 駅に近くなり、人が多く見えてきた。噴水をよけると、すぐそこに雨宿りをしている大群が見えた。
 皆、スマホや携帯を手に持っていた。誰もが、人間より小さくずっと賢いその機械に依存して暮らしている。
 誰もが下を向いていて、上を見ていない。皆同じ姿勢で機械をいじるその姿には、個性というものがまるで感じられなかった。

「香征」
 声のした方を向くと、父さんが立っていた。仕事の時の正装だった。僕が彼を探していたのに、逆にあちらに先に気づかれてしまった。

「はい、これ傘」
 歩み寄ってくる父さんに渡すと、ありがとう、と言われた。

「帰るついでに、スーパー寄ってくか」立て続けに彼はそう言い、傘を開いた。
 平凡な土地に生まれ、平凡な生活をしているのにも関わらず、この人ごみの中で、何故か僕と父さんだけが際立って見えた。

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