ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

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Re: 2006年8月16日 ( No.63 )
日時: 2018/08/22 11:20
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 それから数分後、車は霊園の駐車場に停車した。
 辺りには車を止めるスペースがいくらでもあるが、止めているのは僕たちだけである。彼らは一様に降車し始めるが、僕はその場に座ったままでいた。
「どうしたの? 早く降りようよ」
 先に降りていた水音さんが手を差し出してくれる。
 いつまでも座ったままの僕に気づき、水音さん以外の皆も「?」という表情で僕を見つめる中、僕はやがて自己解決していた。少し遅れて、水音さんの手を取り降りる。全員降りたことを確認すると樹雨さんはドアをロックして一行は奥に進む。
 例によって、男三人の集団に、数メートル後ろの僕と水音さんがついていく構図になる。

「よかった。初めて手取ってくれたね」
「……一瞬、僕は自分だけ部外者かなって思ってたんですけど、よくよく考えてみたら元からそうでした」
 ははは、と彼女は笑う。「そんなこと考えてるんだろうなーと思った。今更そんなこと気にしなくていいのに」
 元からそう、というのは、僕があの掲示板を見つけて、えんさんにメールを送ったときから既に始まっていたという意味だった。今更にもほどがあると自分でも少し笑えてくる。
 だだっ広い駐車場を抜け、石階段を数十段上ると、すぐに墓所が見えてくる。いくつもある墓の中の一つの前に、えんさん達が既に立っていた。僕らは少し小走りで近づく。奥に行けば行くほど驚くほど多くの墓が並んでいることに気づく。まるで棚田のように、段差ごとに百ほどの墓が集積していて、僕は今四方八方全て墓に囲まれているといっても過言ではない。

「ここが、莉乃の墓か」
 隣の水音さんが、目の前の墓所を見る。莉乃さんの墓、と口に出されてみると一層現実味が増す気がする。
「じゃ、掃除してくぞ」
 ゆーたさんは初めに合掌し、墓石に水をかけ、持っていた袋から取り出した雑巾で汚れを落とす。きちんと裏まで汚れを拭き取った後、小さなブラシで今度は線香台や水鉢などを擦る。
 慣れている、と思った。少なくとも僕や水音さんはここに来るのが初めてだが、ゆーたさんは既に来たことがあるのかもしれない。あまりの手際の良さに誰も手を出すことができず、彼だけが世話をしてしまっている。
「……半年に一回ぐらいここには来てる」
 ゆーたさんはさらに墓石に打ち水をし、花立にお花を、水鉢に水を入れ、お供え物を置く。
 僕は息が詰まる思いのまま、彼を見つめる。高校時代に亡くなった女の子の墓に、十年経った今でも定期的に墓参りをするという彼に対し、この中の一体誰が何か言えるのだろうかと思った。
 お線香の束に火を付けた直後に振って消火し、彼は香炉にそっと寝かせた。炊けるお線香の独特の匂いが鼻まで届く。
 そして、全員ばらばらに合掌する。このタイミングなのか、と反応が遅れた僕一人だけ最後になる。目を瞑ってみるが、何を言えばいいのか、何を想えばいいのか、分からなかった。
 目を開けるとすぐに眩しさを感じる。夕日はピークに達していた。僕は、いつまでもその燃えゆくお線香を眺めていた。

「莉乃。久しぶり」
 語りかけたのはえんさんだった。
「今日はゲーム制作企画のみんなと、あと一人、スペシャルゲストに来てもらってる。コウセイくんっていって、ずっと連絡とってなかった俺らを仲介してくれたみたいな感じ」
 紹介されたので、とりあえず何か言ってみる。「香征っていいます。岡山から来ました」
「そう岡山! そんな遠い所から来てもらったのに加え、莉乃の部屋とか色々見てからここに来たからちょっと遅い時間になっちゃってごめん。……今日は、とある理由で全員集まってもらった。普通のオフ会とは違って、他の理由で」
 ……僕は、普通のオフ会だとしか伝えられていないのだが。確かに今日はずっと湿っぽいことばかりしているから、ただの普通のオフ会ではないと思うが。
「今日は、このゲーム製作企画を終わらせる日として集まってもらった」

Re: 2006年8月16日 ( No.64 )
日時: 2018/08/14 23:29
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 周りの木々がざわざわと揺れ、風を感じる。
 えんさんは既に燃え尽きたお線香を片付ける。お供え物を拾い上げると、別の袋に入れる。
 僕らは何も話さなかった。えんさんも、莉乃さんへの語りかけが終わった途端無言で片付けを始めている。それをただ見つめるだけの僕たちは棒立ちだった。別に話したくなかったわけではないだろうが、そういう気分だったのだろう。
 片付けを終えたえんさんは、最後にもう一度合掌し、ゆっくりと引き返す。僕たちも同じことをし先に進む彼に続いた。気づけば日没していて、辺りが薄明に包まれていた。
 石階段を降りると、50メートルほど離れた向こうに樹雨さんのミニバンが見える。それに向かっていると、駐車場の中腹辺りで、僕たちを待っていたのかえんさんがこちらを見ていた。
「……よし、じゃあご飯食べに行くか! お腹空いたでしょ?」
 やっと口を開いたかと思えば、意外と軽い話題で少し驚く。
「あの予約したとか言ってた所?」
 確かに、そういえばお腹が空いている。今日は朝か昼かよく分からない時間に新幹線の中で食べた弁当が最後だった。色んなことがありすぎて、忘れてしまっていた。
「今日はえんの奢りだからみんなたくさん食おうぜー! コウセイくんも」
「なんで俺奢らされんの……」
 笑いが起こる。彼らはやけに元気だが、無理やりテンションを上げている感は否めない。きっと彼らはまだそういう気分じゃないのだろうが、今気持ちを切り替えないとだめだと思ったのかもしれない。
 車に乗り込むとき、ふと後ろを振り返った。莉乃さんの墓所は奥の方にあるのでここからでは見えない。
 ここには莉乃さんの他に名前も何も知らない多くの魂が眠っている。僕は少し切ない気持ちを隠せずにいたが、きっともう二度とここに来ることはないのだから、と割りきった。


「乾杯!」
 ガゴッ、とジョッキがぶつかって音がする。彼らはすぐに飲み干す勢いでグビグビ飲んでいく。
 辺りを見渡してみる。ここは個室の居酒屋のようなところで、テーブルには唐揚げや枝豆などのおつまみの他に、……ノートパソコンが置かれてあった。
「それよりさー、コウセイくん以外全員アルコールだけど大丈夫? ホテルまでは近いの?」
 実際に二口目で飲み干してしまったゆーたさんは、すぐに二杯目に手を付ける。どうやら最初から二つ頼んでいたみたいだった。
「まあなんとかなるでしょ」
 樹雨さんは枝豆をバクバク喰いながら返す。
「え? 大丈夫じゃないじゃんそれ……」
「嘘嘘。ホテルの駐車場に止めたってちゃんと。俺が遅れた理由それだから」
 ははは、と彼は笑う。というか今日ホテルに泊まるなんて初めて聞いた。
 そもそも自分が居酒屋なんかにいるという事実だけで緊張してしまうのだが、本来なら中学生は入っていいのだろうか、とふと疑問に思うがオレンジジュースと一緒に飲み込む。果汁100パーセントらしく、濃厚でとても美味しい。

「じゃ、おれのパソコンに既に入ってるから、やってみてよ」
 つい一週間前できたばっかりだよ、と樹雨さんは僕の前にノートパソコンを移動させる。それは小さめのMacbook Airで、彼は片手で楽々持ち上げていた。
 そのゲームはデスクトップ画面にすぐ見えたので、そこをクリックしてみる。マウスがないので指での操作になる。そのSignという名前になんとなく既視感があると思っていると、あの掲示板のスレッド一覧の上に「ノベルゲーム"Sign"、現在製作中!」という文言がスクロールされていたからだとすぐに思い出す。
「じゃあ、やってみます」
 そのとき、グラスの氷がカランと音を立てる。

Re: 2006年8月16日 ( No.65 )
日時: 2018/08/16 22:14
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「ふう」
 ずっと画面だけを見ていた目が、ついに逸らされる。自然と伸びをし、その場に仰向けに倒れるような姿勢になる。ずっと前のめりでやっていたので流石に疲れる。
「終わった?」
 僕の真隣に座るゆーたさんは枝豆をつまんでいる。起き上がり、ふと目に付いたテーブルの上を見てみると、その既に身を食べたであろう枝豆の皮の山盛りが皿に高く積まれていた。流石に失笑を漏らすと、彼にバレてしまう。
「なんだよ枝豆美味しいぞ! 最高のつまみだわ」
「コウセイくんはまだおつまみなんて概念分かんないでしょ」
 ちょうど向かい側にいる水音さんは少し顔が赤くなっていた。なんだかこの部屋自体がお酒臭い。あとの二人は? と思い見てみると二人とも眠っていた。僕がゲームを始めてからいくつもの時が流れれば一体ここまで変わるのかと不安になる。
 時間が見たいなと思いスマホを探すが、テーブルの上を探しても見つからない。間もなくポケットに入っていることに気づき、時間を確認する。大体僕がゲームを始めてから一時間ほど経っていた。

「それにしてもコウセイくんの集中力凄いねー、私たちの会話全然聞こえてなかったでしょ」
「一時間ぐらいずっとパソコンの画面に張り付いたまま動かなかったからちょっと怖かったよ」
 二人はそう談笑するが、僕はふと考えていた。
 莉乃さんは何を思って、僕たちに何を伝えたくてこんな脚本を書いたのか。
 もちろんゲームはとても面白い。原画や背景は単純に上手く、相当時間をかけたことが伝わってくる。SEやBGMも種類が豊富なのに一つ一つが覚えやすく、こうしている今も頭の中で曲が流れっぱなしだ。そしてどうやら一からプログラムを組んだみたいで、クレジットタイトルには「スクリプト担当:水音」とでかでかと載せられていた。全体としてまるで商業作品のようなクオリティーで、それを自分がプレイできているのはとても嬉しいことなのだが、それは問題ではない。というより、それはそれとして、どこだか少し引っかかる。
 絵でも、BGMでも、このゲームのどこかに懐かしさすら感じてしまう自分がよく分からなかった。このゲームをプレイしたのは今が初めてに決まっているし、似たようなものをプレイした記憶もない。そもそも自分はゲーム自体を最近まともにやっていない。
 そういえばと飲んだオレンジジュースはとっくに氷が溶けていて薄まっていた。勿論、莉乃さんが書いた脚本だけ浮いていることなど分かりきっている。ここにいる彼らは大人で、全員それらに関連した職に就いているのだから、一人だけ高校生、あと全員プロなのだ。

「考えすぎちゃいけないよ」
 それは右側に座るえんさんの声だった。いつの間にか起き上がっていて、こちらをまっすぐと見つめている。
「自分が亡くなることなんて莉乃が予測してる訳ないから、彼女が何を考えたかとかいくら俺たちが勘ぐっても無意味でしかない」
「その辺はもうある程度諦めるしかないねー」と水音さんは笑う。確かに、一理あるどころかそれが正解なのだろう。
 これは、過去にメンバーの一人を亡くした企画が、十年経ってまた制作を始めるというだけの事実に過ぎず、きっとそれ以上でもそれ以下でもない。

「よし、じゃあそろそろホテル行くか。ここで寝てても仕方ないし」
 なあ樹雨、とえんさんは彼の尻を叩く。「……ふぁい」と弱々しい返事をする樹雨さんはゆっくりと起き上がり伸びをする。畳の床だから寝転がりたくなる気持ちは分かるが。
 僕は彼らのコメディに笑いながら、ノートパソコンを返そうとした瞬間、ふとデスクトップ画面の一点が気になる。それは今プレイしたゲームのちょうど上にあったフォルダだった。なんだろう、この既視感は。
 無意識にマウスで追っていたらしく、水音さんに言われる。「あー、それは前回の十年以上前に作ったゲームかな。よくダウンロードしてたね樹雨」
「一応何かに使うかなって思ってたけど全く使わなかった。開いてすらないわ」
 彼らが笑い合う中、僕はそのフォルダをクリックしてゲームを始めていた。そして思い出す。このゲームは、去年のクリスマスイブ、早紀と久しぶりに再会したあの日の朝プレイしたノベルゲームだった。
 早紀と出会い勉強なんかを始め出す前にプレイしたこのゲームを、僕は途中までやった後、つまらないと一蹴したのを覚えている。……彼らに言えるわけないが。

Re: 2006年8月16日 ( No.66 )
日時: 2018/08/19 03:14
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「僕、これやったことあります」
「……え、マジ?」
 彼らはきょとんとして黙ってしまった。悪いことを言ったわけではないと思うが、少し不安になる。
「これプレイされたのはちょっと恥ずかしいわ、普通に……」
 彼らは立ち尽くしたまま動こうとしない。自分もとりあえず立ってみるが、足が痺れてきたのですぐに座る。
「面白くないでしょ、これ。作ってすぐネットで公開してみたけど全然誰もプレイしてくれなかったから結構しょげちゃったのを覚えてる」
 面白くないとハッキリと自分の口で言うえんさんが少し意外だった。
 しばらくして、伝票を手にしたえんさんは「払ってくるわ」とその場を後にした。俺も払うぞ、とゆーたさんはすぐに追いかける。

「"そこまでドライになることないじゃん"って顔だね?」
 置きっぱなしのノートパソコンを片付けながら樹雨さんが言う。随分ピンポイントだな、と思いながら肯定の意を示すが、彼の言うことはその通りだ。
「ま、とりあえず出るか」と彼らは部屋を出ていく。自分も続く。振り返りはしなかった。
 時刻は21時頃だろうか。居酒屋はどこを見てもまさにこれからといった盛り上がりで、中学生の僕なんかには場違いを感じざるを得ない。
「私たちは確かに高校の頃ゲームを作ってたけど、別にクオリティにそこまでこだわってたわけじゃない」
 え、と思いながら僕は水音さんを見る。彼女はこちらを見つめたままにっこりと笑っていた。僕は意味が分からず、言葉を待ったが、彼女は少し躊躇った。
 曲がり角を曲がるとレジで精算する二人が見える。
「ご馳走様」
「ありがとう」
「いいって。俺普段職場と家をずっと往復してるだけで全然お金使わないから」
 どうやらえんさんが全て払ったみたいで、先に行っていたゆーたさんも礼を言っている。「ご馳走様です」
「ああ」彼は素っ気なく返事しながら、さあ行こう、と先導した。


「さっき言ってたことの続きだけど」
 そのとき僕たちはホテルのロビーにいた。えんさん達が受付でチェックインを済ませている間、少し離れたソファの所でくつろいでいた。
 辺りには何も響いていないほど静かな空間だったので、水音さんは呟くような声量で僕に語りかける。
「クオリティにこだわってないっていうのは意外でした」
「……うん、まあこだわってないっていうか、気にしすぎてもよくないからっていうニュアンスかな。だから、楽しめればそれでいいじゃんって感じ」
 僕が何か言うより先に、彼女は続ける。
「意識が低いだなんて思わないでくれたら嬉しいな。何を作ろうが、どう活動しようが、自分たちが楽しめるってことを優先させてたから。それはそれで別に悪いことでも何でもないって思ってたし」
 言葉だけ聞くと少しムキになっているように聞こえるが、口調はそれと相反して柔らかだった。
 チェックインを済ませたらしく、向こうにいるえんさん達がこっちに向かってくる。エレベーターは僕らのいる側にあるので、必然的にここを通る。
「みんなで一つのものを作って、できたって万歳することが目的だったというか」
「……そういうものなんですね」
 うん、と彼女はソファから立ち上がり、こちらにやってくる彼らを待った。初めから立っていた僕の近くに顔が来るので、気持ち少しだけ離れる。

「今私はプログラマーみたいなことをやっててそれでお給料もらってるけど、正直あんまり楽しくない。私頭悪いからミスばっかして色んな人に迷惑かけるし、この仕事向いてないなって思うことばっかり」
 彼女は目を伏せていて、少し笑っていた。「でも、莉乃の脚本でゲーム作ったとき、何かを作るっていうことの単純な喜びを久しぶりに感じた気がした。高校のときは毎日のように感じられてたことを、いつの間に忘れちゃってたんだろ、私」
「だから、きっかけを作ってくれたコウセイ君には感謝してもしきれない。莉乃のことに関しても色々と自分の中でけじめ付いたと思うし、これからは今の仕事とかも前よりもっともっと頑張れる気がする。ありがとう。さっきも言ったけど今日これだけを言いに来たようなものだから」
 僕はその内あふれ出る何かを抑えることで必死だった。何か口にすると、目から何か別のものが出てきそうで、ついに僕は言葉のないまま彼女を見つめていた。

Re: 2006年8月16日 ( No.67 )
日時: 2018/08/22 11:16
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 彼らはすぐ近くまで来ていて、その中の誰かがエレベーターのスイッチを押す。
 彼女の言葉に勿論感動はするし、単純に嬉しい。その他にも色んな感情が渦巻いていたが、最初にきたのは猛烈な恥ずかしさだった。僕は今日、彼らに何度かお礼を言ってもらえたが、その度に少しでも申し訳なさを感じてしまっていた自分がとても情けなく思えた。

「……じゃ、ここでとりあえず解散。チェックアウト期限は朝の十一時だけど、コウセイくんの新幹線の都合で九時半ぐらいには出る準備済ませといてくれ。お疲れ様!」
 通路の真ん中でえんさんが言う。どうやら一人一部屋みたいで、皆何か挨拶をした後それぞれ別の部屋に入っていく。
「おやすみ」水音さんに言われ、僕も返す。
 少し重たいドアを開け、中に入る。そこそこ立派な部屋らしく、自分には勿体ないほど部屋が広い。僕はすぐに持っていたキャリーバッグを置き、真っ先にベッドに倒れ込む。何はともあれ、とりあえず寝ていたい。
 ただ部屋が明るいと思い、すぐに起き上がり近くにあったリモコンで消灯する。ベッドメイクされたままのベッドに、掛け布団ごと寝転がる。そこから自分は死んだように眠っていた。
 さっき水音さんに言われた言葉が、何度も頭の中で反響する。今僕はきっと嬉しいのだ。嬉しいから、一人で泣いて眠っているのだ。


 そのとき僕たちは、東京駅の新幹線改札口前にいた。
「……しっかし、いつ来てもバカみたいに人多いなー、ここ」
 樹雨さんは苛つくように言う。確かに、人が多い上に広すぎてどこに何があるのかが全く分からない。
 水音さんは「口悪っ」と笑った後、僕の手首を取る。その暖かい手に感触を奪われ、持っている新幹線の切符が手から少し落ちそうになる。
「あっごめん」と彼女はすぐに謝った後、僕の目をまっすぐと見る。ん? と僕も不思議と見つめ返してしまう。何故かこうしていても彼女の手は僕の手首を掴んだままだ。
「コウセイくん、これでお別れか……」
 彼女は既に泣きそうになっていた。僕ははっとして、周りの三人を見る。彼らの一様な悲しい顔を見てやっと僕も現状が飲み込めてくる。
「えんが昨日言ってたように、この企画はもう解散する。えんは栃木で忙しくしてて、ゆーたは大阪だったっけ……。で私たちは東京なんだけど、結構皆バラバラでもう次いつ会えるか分かんないし、とりあえず今日をもって一応は終わりってことになる」
「まあ、元から期間限定の再結成のようなものだからねー。壊滅状態だったのをコウセイくんに救ってもらえただけだし」

「君が改札を通ったら、私たちもすぐに別れる。だから……、コウセイくんが最後のこのときにいてくれてよかった」
 ぽつん、とふと手に何か感じたので見てみると、涙が落ちていた。僕のではない。右腕を掴んで離さない水音さんは俯いたままこちらを見ようとしない。
「水音……」
 流石の皆も驚いたような表情は隠せない。

「じゃあ、十年後にまた会うっていうのはどうですか」
 何か言わなきゃ、と使命感に駆られて出てきた言葉だったが、どっと笑いが起きる。
「いいね、それ。今回会ったのが自然消滅して十年だからってことか。今から十年後って言ったら俺ら三十中盤だけど」
「で、コウセイくんがちょうど今の俺らぐらいの年齢かー。面白そう」
「ね? 十年後にまた会うとのことだから、そんな落ち込むなって、水音」樹雨さんが、俯いたままの水音さんの肩を叩く。すると彼女はゆっくりと顔を上げ、笑う。涙目なのが分かる。「本気にしちゃうよ? コウセイくん」
 そこで再び笑いが起きると、僕の腕から彼女の手がゆっくりと離れていった。僕の腕に残った乾ききらない涙を彼女は裾で拭く。「ごめんね、汚かったよね」
「いえいえ、全然……」そう言いつつ、ちょうど卒業式の日にも似たようなことを経験したな、と少し笑える。
 端から見ると、僕らの関係はどう考えても異常だろう。僕など、ネットの掲示板で数年前に彼らが話していたのを見ただけという完全な赤の他人で、彼らとは何の共通点もない。それが今、共にいて、別れをこんなに惜しんでくれる存在にまでなったと考えると、流石に感動してしまう。
 新幹線は十時半に出る。もう時間はあまり残されていない。できれば、乗る新幹線を一本や二本遅らせてでももう少し彼らとここで話していたいのだが、それは少し違うのだろう。
「弱ったなあ、何も言う言葉が出てこない……」
 えんさんは少し半笑いで、間が持てない様子で腕時計を確認する。
「まあ、元から共通点がほとんどない関係だから、こういうとき話す言葉に悩むよね。これからの人生頑張ってーとか、月並みなことしか言えない」
 ははは、とゆーたさんは笑う。横にいる水音さんは対照的に落ち込んだ様子だったが、僕たちにはどうすることもできない。

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