ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

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Re: 2006年8月16日 ( No.43 )
日時: 2017/11/20 17:15
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「さっき、ゆーたさんが言ってた」
 ん? と二人は聞き返す。数分間、えんさんと水音さんは二人で会話していて、僕は、んーとかあーとか小さく相づちを繰り返すばかりでなんとなくその会話に入れずにいた。
 空気が自分の一言で静まるのを感じる。主観が固まっていない状態で話し始めたので、何を言うか少し考える。
「想いは絶対伝えたほうがいいって言葉、正直、僕には分からないです」
 僕は自分が早紀のことをどう思ってるのかははっきりと分からない。でも、多分好きなんだろうと思う。彼女と話してるときだけ心拍数が上がり、普段は目を合わせられないくせに彼女があちらを向いてるときだけ彼女に見とれてしまうのはきっとそのせいだ。
「あれはただのゆーたの意見であって、人に押しつけるのは違う」
「私もそう思う。しかもネットでちょっと関わったぐらいの人間があれこれ言うのもおかしいし、コウセイくんにはコウセイくんなりの意見があって想いを伝えてないならそれで充分だよ」
 二人の言うことはやけに説得力をもって聞こえ、自ずと納得してしまう。
 画面をずっと凝視していた僕は、その内Skypeの通話画面からゆーたさんのアイコンが消えたことを見逃さなかった。おそらくどういう条件で消えるのかは分からないがもう彼は戻ってこないような気がした。
 ゆーたさんは莉乃さんともう会うことはできないが、今の僕と早紀も似たような状況だと少し思う。しかしそれを言ったら流石の二人も怒りそうなのは容易に想像できたので言わないことにした。

「そうだ、受験お疲れさま」
「あ、ありがとうございます」
 いきなりそれを言われるとは思わなかったので、少し言葉に詰まる。
「ウチの県も今の時期ニュースでよく見るよ。公立入試が近々あるらしいね。コウセイくんの県ではもう終わったんだ?」
「はい、昨日試験があって、今日面接でした」
「懐かしいね」二人の声が被るが、えんさんは気にせず喋る。「高校受験なんてもうおれたちは十年以上前の話だからさ。どんなだったかもう全然覚えてないし、何しろ皆と出会ってゲームを作り始めたのも高校に入ってからだからそれよりも前だからなー」
「楽しかったなー。あの頃に戻れるなら戻りたい」まあそんなの無理だけどね、と水音さんは笑う。
 僕は高校が楽しい場所だと初めて聞かされた。今まで僕は、高校は冷たくて暗い場所だとばかり思っていた。
「高校って……、楽しいんですかね」
「あー今の歳じゃ不安だよね、無理もないわ。おれのときもそうだった。さっき高校受験のことをもう全然覚えてないって言ったけど、このとき将来に対して漠然とした不安をもってて、暗いイメージしかなかったのは何故かはっきりと覚えてる」
 えんさんもそういうことがあったんだと、少し驚く。
「高校ホント楽しいよー。そういう不安は最初のほうだけだから気にしないでいいよ」水音さんはそう笑ってくれるが、未だ疑惧の念は拭えなかった。
「で、さっき言ってた好きな子とは別々の高校に行くんだ?」
 僕は、好きな子がいる、とは一言も言っていないのだが、さっきはそれを前提に自分も話していたので認めているようなものだった。
 素直に、はい、と答えると二人は残念そうに相づちをうった。少しして今、自分が間違いを言ったことに気がついた僕は慌てて訂正した。
「あ、違います。私立は同じ学校で既に合格が決まってますけど、公立は別の高校でした」
「一番複雑なパターンだな……」
 パソコンのディスプレイは未だSkypeの画面を映している。他の人と普段通話するときは動画を見たりネットサーフィンをしながらのことが多いが、えんさん達とやると緊張からかいつも何もできない。

Re: 2006年8月16日 ( No.44 )
日時: 2018/01/02 18:26
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 通話が終わってから、冷静に考えてみる。彼女は僕にとって恩人ともいえる存在だった。簡単なことのはずなのに、どうして今まで思考を巡らすことがなかったのだろうと不思議に感じつつ、思い出してみる。
 彼女が、ある日突然僕の家まで押しかけてきて、あたかもずっと大親友だったみたいな感じを醸し出されたときは、正直少し苛立ちを覚えたかもしれない。二年ぶりに会った彼女の「特になにもないよ。久しぶりに会ってみよっかなーって思っただけ」という言葉は、今でも鮮明に、怒りと共に思い出される。
 彼女の目的は未だによく分からない。今思い返しても意味不明だ。何のために二年以上も会っていなかった人間に、突然勉強を教えたり、急に距離を縮めてきたのか。
 間違いなく言えるのは、彼女がああやって僕の家に突然押しかけてくれなければ、僕は受験勉強を始めることもできなかったし、勉強そのものの楽しさに気づくこともきっとできなかったということだった。
 だから彼女に僕は感謝すべきだし、実際にも感謝しているのだが、自分の先程の行動は、そんな人間にとるべき態度ではなかったと思えて仕方なかった。そんなことは分かっていたのだが、考えれば考えるほど自分が酷い人間に思えてくる思考にいい加減嫌気がさした。

 いくら考えても無駄だと思った僕は、久しぶりに何かやろう、と思い椅子を立った。十年近く前に買った安物の椅子がギシギシ鳴る。クローゼットのほうまで歩く。開けると目の前に段ボールがぽつんと床に置かれていて、持ち上げようとすると非常に重かったのでほとんど引きずるようにして取り出した。クローゼットの中には、他にハンガーに掛けられた四、五着の洋服ほどしか入っていない。
 段ボールは非常に丁寧に梱包されていて、一瞬誰がやったのか忘れそうになる。こんなことをするのは自分しかいないと変に納得する。
 中身はゲーム機やソフトがほとんどで、これはかつて自分が勉強に集中するためにまとめて封印していた物たちだった。
 時間で言うと数ヶ月だが、自分では、まるで何十年も屋根裏部屋に放置していた古い書物を見つけたような感覚に近い。あの日早紀に勉強を教えてもらってから、自分は恐るべきスピードで今までを生きてきたのだと悟った。
 その中の一つ、3DSを手に取ってみる。少し冷たい。電源を付けてみる。なんだか新品のゲーム機を買って初めて起動するような新鮮味があった。ソフトは何も入っていない。場所は分かっているが取ってきて挿入する気になれなかった。次これらのゲームをやるのがいつになるのか分からないが、このまま売りに行ってもいいとさえ思えた。今更、数ヶ月前の生活に戻ることはできないらしい。
 自分でも、よくこれを断ち切ることができたな、と感心した。一番やったモンハンのプレイ時間は確か1000時間を軽く超えていたはずだ。酷いときは一日中やってたぐらいなのに、急にやめてしまった上に勉強漬けの毎日をよく送れたな、と率直に凄いと思えた。
 人間はいくらでも変われる。それは数時間前、早紀と最後にその前の道で話していたときに思ったことと同じである。

 無造作に少し開いたカーテンから星空が見えたのに気づいた僕は、すぐ近くまで歩み寄る。カーテンを全開し、窓を開ける。3月中旬の夜はまだまだ寒い。僕はさっき二人で見た星空を思い出した。彼女に渡したチョコを思い出して、一人で少し照れくさくなる。
 あの光景はまだ空気や風の音と共に記憶している。まるで映画のワンシーンのようだと思った。きっと僕は今一人で、その光景を少し離れたフレームの外から眺めている。

Re: 2006年8月16日 ( No.45 )
日時: 2018/03/11 22:13
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 朝、僕は母親の大声で起こされた。
 びっくりして飛び起きた僕は、急いで体を起こす。目の前で母親が何か言っているが、頭に入ってこない。
 とりあえず、ベッドから降りてパジャマを脱ぐ。カレンダーを見るとおそらく今日の日付のところに赤い丸で印がされていた。少しして、ぼんやりと「卒業式」と小さく書かれていたことに気づいた途端、まだ何か言い続けている彼女の言うことがだんだんと理解できるようになってきた。

「卒業式には間に合うんでしょうね?!」
 なんだか、怒っているのかただ質問をしているのか分からないトーンだったので、何て言えばいいのか一瞬迷った。きっと、こういうときは言い返してはダメだと本能的に感じ、押し黙る。
 すると、彼女はすぐに部屋を出ていった。案外簡単にどこかに行ってもらえたので、少し安堵する。
 一息つくが、しかし今は全く落ち着くべき状況ではないと気づいた。ここでやっと時計を見ると八時二十分近かったので僕は大至急制服を着て下に降りた。八時二十分というと、いつも自分が家を出ている時間だった。

 リビングでは母さんがソファに座ってテレビを見ていた。父さんはすでに家を出たみたいだった。大体いつも僕と父さんは同じタイミングで家を出るのでやはり自分は今、遅刻しているのだと再認識する。
「最後の最後に寝坊ってあんた……」
 母親は呆れたような声で言う、というより、確実に呆れている。正論すぎて言い返せないので僕は無言のまま顔を洗いに行った。
 戻ると「間に合う? 車で送ろうか」と不意打ちに言われてしまった。勝手ながらとてもいい案だと思えたし、なにぶん手段を選んでいる余裕はないので従うことにした。家から学校は歩いて十五分ほどの位置なので、今まで車で送ってもらったことはなかった。

 そうと決まってから話は早かった。
「じゃ、車出してくるから」と、母さんはそう言ってそそくさと家から出ていく。モコモコが暑苦しい部屋着のままだった。
 遅れて家を出るとちょうど家の前に車が停止していて、かまわず後部座席に乗り込む。なんだか初めてのことなので自然と優越感に浸ってしまう。
 しかし、車内にはイライラするほど嫌な匂いが充満していた。この匂いのせいで車はあまり好きではないし、ここまで車酔いしやすい体質なのが家族で僕だけなのも不快である。
 車はすぐさま走り出し、すぐに学校が見えてくる。

「早いわねえ。もう卒業か」
 反射的に母さんのほうを見るが、角度的に顔はほとんど見えなかった。確かに、今日はもうこれから卒業式なのだ。今まで、卒業だとか高校だとかを早いだなんて思ったことはなかったが、今ばかりはどうしても納得してしまう。
「まあ、もう私立のほうは受かってるし、とりあえずは一安心ってところね」
 冗談じゃないと一瞬思ったが、言う気にはなれなかった。

「一時間後に体育館で合ってるよね? 父さんと一緒に行くから」
「二人とも、見に来るんだ」
「当たり前じゃない。息子の卒業式なんだから……」
 父さんはさっき会社に行ったはずだが、また戻ってくるということらしい。
 車が停車する。着いたか、と思い窓外を見ると正門が目の前に見える。行くのが早すぎると思ったがすぐに車から降りたかった。
「じゃあ、また後でね」
 僕は素っ気なく返事をし、車を出る。
 後ろで母さんの運転する車が過ぎ去る音がする。正門前には生徒が大勢いたが、どうやら三年生しかいないようだった。
 学校に来るのは少し久しぶりだった。もう、この学校に来るのも今日が最後だと気づくと少し悲しい気持ちになる。

Re: 2006年8月16日 ( No.46 )
日時: 2018/03/18 23:05
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「おっ、香征じゃん」
「……おはよう」
 下駄箱で、同じクラスの男子に話しかけられる。学校では少しだけ話すが、学校が終わった後二人で遊んだりはしないような人だった。
「私立は京成だっけ? 公立はどうだった?」
 周りには同学年の生徒が何人かいて、一斉に教室を目指している。彼らは一様に何か話しているが、やはり話題の中心は受験のことだった。
「京成は受かった。紅葉はどうだろう。多分受かってると思うんだけどな」
 三年生の教室は校舎の二階に固まっているので、会話でもしていればあっという間に着く。

「待って。そういえばF組の藤原さんも京成だったな。滑り止めか何か知らんけどな」
 藤原。ああ、早紀か。
「藤原さん本当可愛いよなー。最近坂本と別れたらしいからおれ狙っちゃおっかな」
 ぐへへ、と笑う様を見て、こいつこんなにガツガツしたタイプだったんだ、と素直に驚く。もちろん坂本とは雄輔の名字である。
「学年で一番可愛いかもね」
 特に何も考えず発した言葉だったが、思いがけず彼は一転して真面目な顔に戻ってしまう。どうしたのだろう。

「……あ、やっぱり。香征って」
 彼の、何かを疑うような眼差しが少し怖かった。「何?」
「とぼけるなよ。藤原さんと付き合ってるんだろ? クラスのグループLINEで噂してたぜ。いつか、香征と二人っきりで歩いてるところを見てたやつがいたんだよ」
「……」
 早紀と二人っきりで歩くなど最近では日常茶飯事だった。だから全然意識していなかったが、どうやら普通はそれを付き合ってると見做すらしい。しかし実態は全然違っていて少し笑える。
 とりあえず言いたいことは色々あるが、付き合っていないということだけは単純且つ確かだったので、それだけ主張することにした。
「付き合ってるわけないじゃん。ただ二人で勉強したり初詣に行ったぐらいだよ」
 同時に、初詣で早紀と買ったお守りを彼に見せびらかす。あのときは、早紀の提案で二人がそれぞれのお守りを買ったので、僕が持っているこれは早紀が選んだものである。
「そうだよな。やっぱり香征ってあんな美人と付き合ったりするタイプじゃないよな……、ってえ?! 二人でそんなことを!?」
 ちょうどB組の教室に入ったぐらいのタイミングで彼が驚きだすので、まばらにいたクラスメイトの視線を一斉に集めた。
 言いながら自分でも、確かに付き合ってるっぽいなとは多少思ったが……。
「やっぱり怪しいなぁーー」
 言い返せなかったので、僕は軽く会釈して自分の席へ向かう。

「ねえねえ。香征くんってスマホ持ってるんだって?」
「ん?」席に着いた途端、クラスの女子のグループに話しかけられる。初めてのことだったので少し動揺する。ほとんど誰からも話しかけられなかった今までが嘘のようだった。
「早紀から聞いたよー。LINEのID教えてくれる? 私ら今まで岩崎がスマホ持ってると思ってなくて色々と誘ってなかったんだけど、持ってるなら別ね!」
 ああ分かった、とスクールバッグからスマホを取り出そうとした手が止まった。それは校則でスマホの使用が禁止されているからではない。
 僕は初めてLINEの友達登録をしたのが早紀だった。あのときは全部彼女がやってくれていたので、僕にスマホを返されたときには既に友達登録が完了していた。二回目はえんさん達とだったが、あのときはQRコードをスクリーンショットしてSkypeのコメント欄にアップロードしてたのを彼らが読み取ってくれたから友達登録ができたのだ。他に色々な登録の方法があることは知っていたが、IDで登録する方法は聞いたことがない。

「……どした?」
 とりあえず、スマホを彼女たちに見せる。「あの、やり方分かんないからやってくれるかな……」
「あ、いいよ。まだスマホ買ってもらったばっかりだから仕方ないね」スマホを渡すと、彼女は意外と優しく対応してくれる。

「あ、これ、本当の年齢で登録しちゃってるからIDで登録できないや。QRコードでいっかー」
「あー、18歳未満はIDとかできないんだっけー?」
「このヤンキー達は年齢偽って登録してる人ばっかりなんだよね」後ろから、別の男子が話しに入ってくる。「ヤンキーじゃないし!」

「それにしても、スマホ持ってたなら早く言ってよ岩崎……」
「最近買ってもらったんだ」段々と僕の周りに話したこともないような人たちが近づいてくるので少し緊張する。全員同じクラスとはいえ、比較的明るいグループの人たちと話すことは皆無だった。
「ホントだよね、早紀とかともLINEしてるみたいだし」
 え、マジ? と近づいてきた人に、ほら、と彼女は僕のスマホを見せる。「へー。意外」
 恐らく、友達一覧画面かトーク画面だろう。あまり見られたくないのだが。「あーごめん岩崎。登録できたから返すね」スマホを受け取る。香水のような香りがかすかにした。
「何繋がり? 明らかに関わってなさそうなのに」
「友達? みたいな……、あ、幼なじみ! 幼なじみだ」
 最初はいい表現が思い浮かばなかったが、ようやくそれっぽいのが出てきたので一安心する。
 同時にタイミングよくチャイムが鳴り、少し思い上がる。

Re: 2006年8月16日 ( No.47 )
日時: 2018/04/03 13:21
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「いや、なにその取って付けたような表現」
 チャイムが鳴り終わったとき、どっと彼らは大笑いした。
「幼なじみってホントかよー。マジウケるな岩崎」
 自分としては、受けを狙ったつもりもないし何が面白いのか分からなかったが、とりあえずは盛り上がってくれたのでよしとする。
「じゃ、LINEグループ追加しとくから、よろしくね岩崎」
 先生が少し遅れて入ってきたので、じきに彼らも席に戻っていく。
「あ、うん!」と去り際の彼女に空元気の返事をする。今までヤンキーみたいな少し怖そうな人たちに見えたが、意外と話しやすくてびっくりする。……同時に、全く、自分で自分が嫌になる。気づくのがなんて遅いのだろうと腹が立つ。今日は卒業式だろう。

 僕たちが体育館に入場したときは、既に保護者や在校生が僕たちを待っていた。
 体育館に一歩足を踏み入れたときの感触が廊下と違いすぎて狼狽える。鳴り止まない拍手の中歩くのは流石に照れくさい。僕の一つ前を歩く、さっきまで友達と話していた人たちも緊張したのか黙り込んでしまう。どこを見ればいいのか分からないのでステージ上に視線を移すと、卒業証書授与式、と書かれた横断幕や国旗と校旗が見慣れた位置に吊されていた。
 ステージから一番近い位置に卒業生が固まって座っていて、その後ろが保護者席となっている。椅子に座ってからは、カメラのシャッター音がそれに置き換わった。

 ふと我に返ると、式次第は終わりに近づいていた。
 つまらないはずの卒業式がなぜか途轍もないスピードで流れていくことに自分でも怖くなる。
 僕たちは今、何か歌っている。これは予行練習でも練習したあの曲だった。小学校の卒業式と同じ曲だったのでメロディーだけやけに頭に残る。全国の学校で近年非常に良く歌われている曲らしく、この時期になるとテレビなどでもたまに紹介される。
 正直、理解ができなかった。なぜこんな曲がそこまで人々の心を打つのか分からなかった。なぜ人を鳥に喩えるのだろう。なぜ毎回大空に飛び立とうとするのだろう。
 大空とは何を指しているのだろう。高校? だとしたらなんて狭い大空なのだろうと思う。辺りではすすり泣く声がときどき聞こえたが、自分には到底感動できない。
 自分はこの場に於いて一体どういう存在なのだろうと切実に思った。

「なんかアッサリ終わっちゃったね、卒業式」
 教室での最後のホームルームが終わってから、僕は校庭に向かっていた。正直気が進まなかったが皆そうしているので仕方なく従った。どこにいればいいのか分からず校庭の隅のほうで座っている僕に、後ろから聞き慣れない声が届いたので振り向く。
「あ」
 そうだね、と続ける。さっき教室で僕とLINEを交換したあの女子だった。
「やっと髪染めれる。今から楽しみ」
 彼女はとても嬉しそうだった。辺りを見回すが彼女の友達らしき人は一人もいない。わざわざ僕に話しかけにきてくれたのだろうか。

「横座っていい?」
 なんとなく何を話せばいいのか分からなかったので黙っていると、そう言うより先に横に座ってこようとする。
「汚いよ」
 確かに僕の座っている場所は汚かった。運動部が練習するときに使っている防球ネットのキャスターの上に座っているのだから。
 彼女は本当に座ろうと思っていたのか、かがんだまま後ろから両手でスカートを押さえている。ギャルみたいな見かけによらず、意外と清楚なところもあるらしい。
「あ……ははは。結構土とか付いてるけど座るときちゃんとはらった?」
「はらってない……かも」
「それ大丈夫かな」
 そう笑う彼女はとても可愛い。でも好きとは思わない。

「友達は?」
「あー、後で話しかけにいく。今は岩崎が見えたからちょっと話しかけにいくかーってノリで……」
「ん?」何か続けて言いたそうだったので、促す。
「岩崎……、早紀となんかあった? なんか早紀と話してて明らかに元気ないんよね。岩崎と付き合ってるって噂も流れてるから、ひょっとしたら何か知ってるかなって思って」
 僕は思わず失笑する。すぐに彼女に気づかれないように笑いを押し殺す。
「いや、何も知らない。雄輔とか知ってそうじゃない?」
 というか、そもそもおれ付き合ってないから、と付け加える。
「そうなんだ……」
 ここで、彼女が言葉を続けようとしたであろう瞬間に、遠くから声がした。

「あー香征、ここにいたのか!」
 父さんの声だとすぐに気づく。
「探したぞ。なんでこんな端のほうにいるんだ」
 それは怒るというより、どちらかといえば呆れるような物言いに近い。見ると、母さんも後ろに付いてきていて、その後ろには、……早紀がいた。
「さっき早紀ちゃんとそこで会ったから、一緒に香征を探してたのよ」
 絶句していると、僕の思っていることを察したのか母さんが答える。早紀はこの中の誰よりも遠くにいて、目を伏せて一人だけばつが悪そうにしていた。その姿を見ると少しだけ笑ってしまう。

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