ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15



Re: 2006年8月16日 ( No.32 )
日時: 2017/03/22 16:20
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「香征、なんか最近お洒落になったよね」
 何故だか、その言葉を素直に喜べなかった。彼女の声色が悲しげなニュアンスのようにも聞こえた。
 石階段を下り終えると、流石に水面は近くなる。僕はすぐ左に岡山城が見えるのに今気がついた。

「でね、さっきの件だけど」
「ん」早紀はその場に腰を下ろして僕の言葉の続きを待った。
「歩いたまま話さない?」確か、この河川敷はかなり向こうまで続いているはずだから、ここをひたすら歩けば商店街の前まで行けたはずだ。
「それもそうだね。もういい時間だし」


「……まぁ、香征の言うことも分かるけどね」

 河川敷の幅はだんだん狭くなっていく。景色がほとんど変わらないまま、僕達は幾ばくか歩いた。
 気づけば河の近くを歩いているというのに全然寒くないのが心地よかった。
「あのとき、香征……」言いかけたところで、彼女のバッグの中から少し音がした。ここでなければ気づかないぐらいの小さな音で、それはiPhone特有の着信音だった。彼女はバッグからすぐにスマホを取り出し、電話に出た。取り出したとき、バッグの中に入っているときより数倍は大きな音がしたので、僕は少し驚いた。この怖いほどひっそりとした空間を歩いているとどうしても音に敏感になってしまう。

「もしもし……。うん、今帰ってるとこ。……うんうん、ごめんこんなに遅くなっちゃって……。はい、すぐ帰る」
 そろそろ終わる頃合いかなと思ったが、その通話は意外と長く続いた。
「……本当に大丈夫だって! そんなに心配? うんうん、今香征といる。さっき雄輔と三人で会ってきた。……代われって? 分かった」
 全く……、自分の娘を全然信用してないんだから! と彼女は怒りながらスマホを僕に渡してくる。渡されて、そういえば前にも見たことがある国際的ネズミのスマホカバーだと分かった。
「もしもし……」言うと、真っ先に「あらー! 本当だったのね。久しぶりじゃない香征くん!」とかなり強いトーンで返された。
 我ながら力のない返事を返すと、「いやね、早紀がこんなに遅くなるの初めてだったから。雄輔くんと遊んでるのは知ってたけどこんなに遅くなるとは思えなかったし……。今何してるの?」
 少し、言葉に詰まる。川沿いを二人で歩いていたと正直に答えられたらどんなに格好いいことだろうと笑える。
「今帰ってるところです。遅くなっちゃってすみません」
「あぁ、そう……」
 僕は胸を撫で下ろした。賭けにでる気持ちでわざと言葉を濁したが、無事聞き返されずに済んだようだ。

「じゃあ切るわ。また今度家遊びにおいでよ、香征くん」

「娘がそんなに信用できないってひどい……」
 まだ言ってるのかと少し笑った。「仕方ないよ、もう8時だしね。こんな遅くまで遊んでることって珍しいんじゃない?」
 そう言いながら、彼女にスマホを返す。シリコン製のスマホカバーは手から滑りにくい。
 彼女は、いや、と咄嗟に否定する。「塾がある日は帰りが10時ぐらいになるときもあったけど、まあ確かに塾辞めてからは初めてかな」

Re: 2006年8月16日 ( No.33 )
日時: 2017/03/27 16:03
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 会話がふと途切れてから、改めて周囲の静けさに気がつく。
 この世から僕ら二人以外が全て消え去ってしまったような気さえする。その景色があまりにも現実味がなかったからか、不思議な高揚感に包まれていた。まるで夢の中にいるようだと直感的に思った。
 そしてはっとする。この闇は、彼女と久しぶりに会ったあの夜、彼女が僕の部屋のカーテンを開けたあの時に見えた暗闇と酷似していた。

「……すごい」
 隣を歩く彼女が声をあげる。「ん?」
「星が綺麗だ。すごい。こんなに綺麗だったんだ。今気づいた」
 言われて、僕も上を見る。確かに、そういえば上を向くという動作がとても新鮮だった。
「……確かに、綺麗だ」
 僕はその時、まさしく形容の仕方を忘れていた。何も言う必要がないと思えたからかもしれない。言葉など無くても彼女には寸分の狂いもなく伝わると強く感じられ、同時に、横に幼馴染みの早紀という女の子がいて、二人でこの時間、空間を共有できているという事実だけで充分に嬉しかったのだ。

「えっ、香征、何泣いてんの」
 気づけば、涙が出ていた。「ちょっと! 本当にどうしたの?」
 彼女はひどく取り乱していた。当たり前だろう、僕ですら何故自分が涙を流しているのか不思議でしょうがないのだから。
「ごめん……、あまりにも、……星が綺麗だったから」言った後、どんな理由だと自分で突っ込みを入れる。
「……あはっ、星が綺麗だから泣くの? 初めて聞く理由だ」
 彼女が笑う中、僕は何も考えず背負っていたバッグを下ろし、中を探っていた。渡すタイミングは今しかないと思った。
 それは最初から手に取っていたが、わざと色々と探す素振りを見せた。
「これ、今日渡さなきゃって思って」
 そう言ってそれを見せた途端、彼女の表情はすぐ変わった。いや、きっと変わっていることだろう。僕は目をつぶっていた。
「これ、チョコ? あ、バレンタインのお返し? いいのにあんなの」
 僕は消えてしまいたいと思いながら恥ずかしさに耐えていた。「チョコなんて……、意外だな、ちゃんと返してくれるんだ、香征って」
「え、普通は返さないの?」ふと正気に戻る。涙はもう止まっていた。
「返さない人も多いかな。今日だって雄輔に返してもらってないし」彼女は笑う。「でも、ありがとう。嬉しいな」
 僕は、構わずその綺麗な頬にキスがしたいと思った。抱き合いたいと思った。その他にも、彼女と二人で色んなことがしたいと思った。
 ただ、それは叶わぬ願いだとすぐに分かった。彼女には雄輔がいて、僕なんかよりずっとお互いがお互いのことを好きだろうし、ずっとお互いがお互いのことを必要としているはずだと気づいていたからだ。僕がさっきあれほど感動した星空も、彼女はとっくに雄輔と先に見ているかもしれない。それに、僕は早紀に尊敬されるような何かを持っているわけでも、雄輔のように容姿に優れている訳でもない。何より、僕は雄輔のようにはなれないと自分で分かってしまっていたのが、一番悲しかった。

Re: 2006年8月16日 ( No.34 )
日時: 2017/04/11 02:05
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「私、あの時、香征の家に行ってよかった」
 再び歩き出した僕の後ろで天を仰ぐ彼女はまだ歩き出そうとしない。「感謝すべきなのはこっちの方だよ、むしろ」
「そういえばさ、高校生になるって不安じゃない?」
 やっと歩み寄ってきた彼女は僕に質問する。不意打ちだった僕はすぐに答えられない。
 足がわなわなと震える。僕は今まですっかり忘れてしまっていた感情が、確かに蘇ってくるのを感じた。それと同時に、何故今まで忘れてしまっていたのだろうと強い疑問を抱かざるを得なかった。早紀と再会する前の僕は、明日のことすらよく分からなかったじゃないかと。

「あっ、なんか見たことある景色だ」
 早紀は河の向こう岸を見ていた。それは登下校のときに幾度となく見ていた景色だった。普段は河川敷じゃなくこの上の道を歩いているから、少しだけ雰囲気が違う。
「もうちょっとで家に着いちゃうね」
 彼女は言う。それはとても悲しいことだと思った。なんだか、一つの物語が終わってしまったような気がした。そもそも、あの道をまっすぐ行くとこんな家の近所まで来られてしまうということ自体がもう充分に悲しかった。僕は夢を見ているように、早紀と二人でこの夜道をいつまででも歩いていたいと思っていたのだから。

「なんか、ちょっと悲しいね」
 何が、と聞くより先に彼女は続ける。「いや、もう香征とお別れかって……」
「私たちってこの河と一緒に生きていくのかな」
 突然の彼女の質問に、はは、と僕は思わず声を出して笑う。「それは嫌だな」
「だよね」彼女も笑う。ある程度予想していた返答だったのかもしれない。

「そういえば、もうカメラ持ち歩いてないんだ? さっき星空とかあったから撮ればよかったのに」
 言いながら、そういえば前にもここでカメラの話をしていたと思い出した。商店街の前の石階段を上がる。もうここまで来てしまった。
「あー、今も持ってるけど」彼女は僕の後ろでバッグの中を探していた。「写真に撮る必要もないかなって」
 変わった理由だな、と笑っていると、彼女が後ろでカメラを見せてきた。「なんかカメラをバッグから出す気が起きなかった」ははは、とやはり彼女も笑っていた。
「綺麗だったのに?」
「うん。綺麗だったのに」

 階段を上り終えた時、流石にここからはゆっくり歩こうと思った。
 商店街はひっそりとしていた。ところどころ明かりが付いていて、僕らが通り過ぎると皆一様に僕らを不思議そうに見つめる。確かに、この時間にここを歩いたことはないのでそれもそのはずだった。
 僕ら二人、並んで歩く商店街は、いつもより少し短く感じた。

「今日は、ありがとね」
 横で彼女が笑っている。僕は何故礼を言われなければならないのかと思った。
 街灯が一定間隔で並んで立っている。目の前に家がある。早紀の家も少し離れて建っている。歩きたくないと思いつつ足は全く歩みを止めない。
「高校受かってたら、すぐ教えて」
 家の前まで来たとき、ついに僕は彼女の顔を直視した。それは本当に悲しそうな表情で、なんだかこれが永遠のお別れになってしまいそうだと思えた。
「分かった。どうしたのその表情」僕は軽く茶化すように言った。彼女を笑わせて励ましたいと少し思った。
「いや……、なんか、もう香征私と会ってくれないのかなってちょっと思って」
 僕は衝撃でしばらく動けなかった。図星だったのかもしれない。
「だってもう雄輔と会わないんでしょ? それなら私とも会わないはずじゃん」
 そのとき、僕は彼女を少し怖く感じた。僕は何も言い返せなかった。それは彼女の言うことが紛うことなき正論だったという以外に、今まで自分が心の奥底で考えていたことを言い当てられ、驚いてしまったという意味もあった。

Re: 2006年8月16日 ( No.35 )
日時: 2017/11/15 05:23
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「……そうかもしれない。ごめん」
 僕はあくまで正直に言った。この、自分の正直さが嫌いだ。
「まぁ私が嫌いって訳じゃないのは分かってるから、まだマシだけどさ」
 彼女がひどく落ち込んでいるのは顔を見る前から明らかだった。僕はこの光景が何かに似ていると感じ、いつかのSkype通話を思い出していた。あのとき、画面にはそれぞれのプロフィール画像しか見えなかったが、あのときの水音さんもきっと多分こんな表情をしていた。
 僕は、自分の勝手で人を傷つけてばかりだと思った。このちっぽけな存在が何様のつもりなんだろうとも思った。ここ数ヶ月間、僕が感じ、そして勝手に行う行動で、周りの人達をどれだけ苦しめてきたのだろう。僕が最初から何も感じず、何も行動に移さなかったら、きっと不幸になる人もいないはずだった。
「香征は勝手だよ」彼女はいつになく怒った表情だった。「私は会いたい。私たちが高校生になっても、大学生になっても」
 嘘に決まっていると思った。こんなことは過ごす前から分かっている。ここからの数ヶ月・数年間は、おそらく物凄いスピードで流れることだろう。実際、高校に入って数ヶ月もすれば、彼女は今言った言葉などきっと忘れているはずだ。それは僕にとってもそうだ。今ここで僕が彼女のその言葉に賛同したとしても、これから目まぐるしく変わっていく景色の中で、彼女という存在を忘れ去らないように生きていける自信が僕にはなかった。
 そうしてそれがここ数ヶ月の僕にとって一番不安なことだった。雄輔と会った日の夜、雨が降る中、僕はスーパーの帰りに父さんに訊いた。将来の不安感、という漠然とした感情だったが、あれはまさしくこの感情だった。

「早紀が高校生になっても、大学生になっても、僕のことを覚えていてくれるのかな」
 僕は今更ながら不思議に思った。どうして早紀はこんなに僕に会いたいと言ってくれるのだろう。早紀とは、去年のクリスマスイブに会ったのがそもそも二年以上ぶりだったというのに。
「ねぇ、香征」急に肩を掴まれる。小さな手だ。「こっち向いて」
 目を逸らしたままの僕に彼女は顔を近づける。「ちょ、ちょっと……」
 彼女のほうを向いた瞬間、彼女の向こうにさっき見た星空が見えた。「大丈夫。この目が香征を忘れるような目に見える?」
 僕の両肩を掴んだ彼女は涙目だった。彼女はときどき声を漏らしながら、少しずつ目に涙が溜まっていた。確かに言われてみればその通りだった。未来は信じるしかないのだと。
 岡山県の公立高校入試は今日、全ての日程が終わった。数日後に合格発表が待っていて、三週間ほどある春休みを過ぎると、僕達はすぐに高校生になる。もう未来はすぐそばまでやってきている。さっき思い出したスーパーの帰り道で、僕は一寸先は闇だと感じた。思えば、今がその表現に一番適切な状況なのかもしれない。

Re: 2006年8月16日 ( No.36 )
日時: 2017/08/01 01:47
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「一寸先は闇、か」
 それは僕の声ではなかった。
「高校生になる、ってさ、普通は光だと思うよね。ただ闇にしか思えないな、今は」
 それは僕の心の声を代弁しているように感じた。なんと綺麗な光景なのかとも思った。光のイメージの彼女が、闇を語っている。そのある意味対極的な価値観の対比がとても美しく、それがあろう事か僕の目の前に在るという事実がまるで信じられなかった。
「早紀も、やっぱり不安なんだ」
「そうだね、不安だよ。まぁちょっとネガティブすぎるかな。多分実際は楽しくやれると思う」
 そう笑う彼女に、少し希望が持てた気がした。
「っていうかもう帰らないとね」彼女は笑いつつも、すぐ帰ろうとしなかった。これが最後のお別れだったらどんなに綺麗なことだろうと僕は思う。

「今日はありがとう。足結構疲れた」
「あ、ごめん。歩こうって言ったの私だよね。結局帰りがこんな時間になるとは思ってなかったから……」
 周りには僕ら以外誰もいない。「このチョコも、ありがとう。また今度」
 僕は、さっきカフェで別れた雄輔のことを思い出していた。また会おうと雄輔に言わなかったように、早紀にも言わないのか。
「じゃあ、ね。早紀」
「こ、香征……」
 僕はその場を去ろうとした。早紀の顔は見ないほうがいいと直感的に思った。家の前だったので拍子抜けするほど早く玄関に着く。勢いドアを開け、中に入る。ドアが後ろで閉まり、内と外の空気を完全に二分すると、一瞬にしてさっきまでいた空間から隔絶されてしまったように感じた。想定していた通り、拍子抜けするほど簡単に夢から醒めてしまった。

「あ、香征お帰り」
 二階から降りてきた母さんが、廊下に立ちすくんでいる僕に気づく。「何してるの? 遅かったわね」
 一応、今日のことは親には言ってから家を出ている。ただ、こんなに遅くなるとは思ってもいなかったので、それだけ言えていないのだった。
「あぁ……、ごめん。カフェから歩いて帰ってきたから遅れちゃった」
「別にいいけど……、LINE送ったんだから返事くらい返してよ〜」
 そのままリビングへと消えていく母さんに、あぁ、ごめん、と言いながら僕はスマホを見る。ズボンの左ポケットにいつまでも入っていたスマホは、もう数時間触っていない。
 付けた瞬間、画面にプッシュ通知の一覧が見える。通知は二つ来ていて、一時間前に一回、母さんの僕を心配するLINEメッセージが来ていたのと、あと一つは、早紀からだった。「また会おうね、絶対」とだけ書かれてあったそれには、「今」と右上に小さく表示されていた。振り返ると玄関のドアしか見えない。たった今、ドアを開け数メートル歩いた先で、これほど近い距離で早紀は僕にLINEを送った。
 僕はきっとこれに返信をすることができないと思った。イエスと答えても、ノーと答えても、嘘になるかもしれないと思ったからだ。

 えんさんからLINEが来たのは、自分の部屋に戻ったときだった。僕は風呂もご飯も済ませていて、寝るために部屋に戻っていた。
「暇があったら掲示板覗いてよ。今ゲーム作ってるからさ! 皆仕事の合間にちょっとずつ作ってる感じだから時間かかるけど……」
 そういえば、進捗状況を掲示板で情報交換し合うというのを、Skypeで聞いたまま忘れていた。僕はすぐにノートパソコンを付ける。とはいえ掲示板をブックマークしていたのを忘れていなかった僕は、すぐにたどり着く。
 掲示板が表示されたとき、少しだけ胸の奥が痛くなる気がした。この違和感は何だろうと思ってよく見てみると、あのとき、2006年8月16日だった最終更新が、2014年3月14日になっていた。これは今日の日付だ。そして、20時32分、えんさんの更新だった。
 僕は、これは嬉し泣きだと思った。それなりに覚悟してこのページを開いたが、まるで意味などなかったらしい。涙は頬を伝い、やがて床に落ちた。なんだかよく泣く一日だなと思った。こんな小さな掲示板がおよそ7年半ぶりに更新されたというニュースを一体が喜ぶのだろうと考えると、少し笑える。
 喜ぶ人なんて他にいるわけないと思った。こんな些細な、取るに足らないことで一喜一憂し、涙を流しているのはきっと世界で僕だけだ。僕だけで充分だ。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。