ダーク・ファンタジー小説

さよなら、アリス。
日時: 2017/03/03 15:29
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg



 ――悪魔が愛した心臓を、踏み潰して生きていく




*八神ひなた
*槙野准

*有栖川浩人

*桐島拓真
*小野寺美亜





□ ご無沙汰しております。見切り発車ですので、更新が止まりましたら、すみません。参照が100を突破してました、ありがとうございます。


■ 目次

 「 0 」その日、きっと幽霊に出会うでしょう。 >>01-05


Page:1



0−1 ( No.1 )
日時: 2017/02/10 15:50
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 同じクラスに気になる人がいる。高校生になればそれも当然のことなのかもしれないが、恋だの愛だのとはまた違った感情。それは嫉妬でも敬愛でもない感情で少年――槙野准にとって初めて抱いた感情だった。
 入学してもう一か月が経つ。もうある程度グループは固まっており、今から友達を作るのはきっと難しいだろうゴールデンウィーク明け。気になるというのは後ろの席の少女だった。
 入学式の時から一度たりとも姿を見せていない。名前を、八神ひなたという。名前は中性的で、たぶん女子なんだろうなと思いつつも断定はできない。クラスメイト誰に聞いても彼女のことを知っている人は誰一人としていなかった。
 青々とした木々に五月晴れ。絶好の昼寝日和の天気。次が移動教室のために移動していたが、ふと窓のカーテンの隙間から一人の少女が見えた。場所別館のは鍵がかかっているだろう第二図書室。最初に友達と学校探検と名付けて色々回ったが、こんな場所あったんだと不思議に思う。
 ちらりと見えた少女の後ろ姿。腰のあたり長く伸びた黒髪を無防備に流している。
 もうすぐ次の授業なのに、と思いつつも准は無視して急いで次の授業に向かう。

「……ってか、あの場所って入っていいの――んぐあ!!」

 突然後ろから何かがぶつかってきた。
 驚いて後ろを向くと、一人の少女がこちらを見ていた。間違いない、さっき図書室の中にいた少女だ。准は地面に散らかった教科書を拾いながら彼女を見上げた。
 整った目鼻立ちに、凛とした表情。美人と言わざるを得ないその綺麗な見た目に息をのんだ。笑ったのか、少しだけゆるめた唇に、胸がきゅんとする。そりゃ年頃の男の子なのだから、かわいい女の子に微笑まれたら瞬殺だ。

「えっと、あのー、え? えっと」

 困惑している様子の准を見て、少女は今度は声をあげて笑った。

「どんくさいね、君」
「……は?」

 何を言われたか理解するまでに数秒かかってしまった。
 見た目はまるでお人形。清楚系のまるでお嬢様みたいな用紙をした少女のはずなのに、口から吐かれたその一言には毒がたんまり注入されていた。

「一年生と思って、つい。ごめんね」
「えっと、あの、こちらこそすみません」

 美人に謝られると困る。頭上にクエスチョンマークを出しながら准も一応謝る。

「あの、俺そろそろ次の授」
「鳴るわ」

 遮られたその一言のすぐあと、チャイムが鳴った。
 焦点は准の瞳から逸れることはなく、彼女はふぅとため息交じりの息をつく。

「遅刻届をわざわざ職員室に書きに行くのは面倒でしょう。一時間くらいさぼっちゃいなさいよ。別にそれくらいで先生は怒ったりしないわ」

 にこやかな表情で悪魔の囁きをしてくる彼女は、准を見下ろすように、やはりまだ見つめている。
 黒いセーラー服に白いリボン。されは一年生の女子がするリボンの色だった。高校では一学年八クラスもあるため、全員の名前と顔なんてわからないのが当然だ。それでも、ここまで美人の少女が騒がれないなんて不思議だと思った。
 少しだけ躊躇って、それでも好奇心が勝ってしまう。
 准は教科書を胸に寄せ、ゆっくり立ち上がって言った。

「あの、あなたのお名前は?」

 見下ろされていたからか大きく感じたその体も、比べてみればやはり女子。小柄だ。
 彼女は今度は准を見上げながら、首を少し傾げて言った。

「同じクラスなのに、私のこと知らない振りするなんて失礼と思わない。八神、私は八神ひなた」

 窓は空いていない。それなのにどこからともなく吹いてきた風で彼女の長い黒髪が揺れた。八神ひなたは変わらず妖艶な笑みを浮かべている。

0−2 ( No.2 )
日時: 2017/03/02 16:48
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 案内されたのは先ほど彼女――八神ひなたがいた第二図書室。机の上には八神が読んでいたのだろう、分厚い書籍が転がっていた。八神は准の背中を押しながら、持ってきたパイプ椅子を渡す。座れということだろう。無言の圧に耐えられなくなって、渋々椅子に腰かける。授業が始まっていることを少しだけ忘れかけていた。

「同じクラスなのに、名前も知られていないなんて、本当不憫ね、私」

 八神は一度本棚の奥に隠れていたが、少し経って出てきた。両手に湯気の立つマグカップを持って。
 本がある場所は大抵、というか絶対飲食なんて禁止だ。というか、普通は図書室に湯沸かし器なんてあるわけがない。平然と准の前の椅子に座り、彼女は彼の前にマグカップを置く。茶色い飲み物。臭いで分かった、ココアだ。

「えっと、ほんと、あの。俺に何の用なんですか」
「そんないやそうな顔しないでよ、せっかくクラスメイトを見つけたのよ? お話ししてみたいと思うじゃない」
「はぁ……」

 答えにため息が混じる。
 出されたココアを一口飲む。やさしい甘さが口の中に広がった。
 「美味しいです」とココアの感想を述べると彼女はくすりと笑って「ありがとう」と言った。

「なんで俺のことを知っているんですか?」

 純粋な疑問だった。准はいたって普通の見た目をしていた。別に不良で目立っているわけでもないのに、一度もクラスに来たことのない八神が自分のことを「同じクラスの人間」と判断するのはありえない。

「あら、当然知っているわ。クラス全員の顔と名前を把握しているに決まってるでしょう」

 ごく自然と八神はそう返答した。
 一か月。高校に入って一か月しかまだ経っていない。准でもクラス全員の名前と顔の一致なんて不可能だ。きっと他のクラスメイトも同様だろう。それなのに、彼女は「教室」に来たこともないのに軽くそんなことをしてみせるというのだ。

「クラス写真撮ったでしょう。それを担任から貰ったのよ。早く教室に来なさいって。みんなが待ってるってそんなお決まりのテンプレートを彼は私にくれたの」

 八神の声は少しだけくぐもったような音だった。人に詮索されたくないという意思がこもっているのか、彼女はすぐに視線をそらす。
 同じように彼女も自分のほうに置いたマグカップを手に取りココアを飲む。

「不登校だと思ってた。けど、普通に学校来てるんだね」

 彼女も「普通」の女の子なのだと先ほどの言葉でそう思えた。だからなのか、いつのまにか准の言葉はタメ口になっていた。
 些細なことだったため、八神は気にすることなく少しだけはにかむように笑う。
 最初に会ったあの雰囲気とは違う。ギャップというやつなのだろうか。そんな彼女も可愛く見えた。

「まぁね。二年前はちゃんと教室に入れてたんだけど。最近はなんだか授業も面倒くさくて、眠くて、話聞いてないと先生は怒るし、そのループで面倒くさいなーってあー、もう教室いかなくてもいっかって。そしたらいつのまにか同じクラスに二歳も年下の子供たちがいるようになって、本当面白いでしょう」

 聞いている内は違和感には気づきにくかった。それは八神が何ともあっさりとした滑舌で話したからもある。別に理由があるとしたら、それは「信じたくない」ことだったからかもしれない。
 八神は言い終えると、持っていたココアのマグカップをまるでおっさんが一気飲みするかのように豪快に飲み干して、あーと小さく声を上げた。

「あ、の……」

 もちろん声は震えていた。遠慮することはない、彼女は同じクラスのただの少女なのだ。少し踏み込んだ話をしてもきっと彼女は怒ったりしない。分かってはいるものの、准の焦点は彼女の瞳から離れて行ってしまう。

「もしかして、留年してる、とかですか、ね?」

 やはり自然と。自覚してしまえば言葉は敬語になる。
 最後の八神の言葉。二歳も年下の子供たち、つまり彼女は准よりも二歳年上ということになる。
 
「あら、やっぱり知らなかったのね。この話は三年と二年の間では有名よ。第二図書室の幽霊として私の名前を挙げる人も少なくないんだから」

 パイプ椅子から勢いよく立ち上がる。幽霊、という言葉にぞっとしたわけではない。さも当然のように彼女が笑うからだ。
 准のクラス、一年三組に彼女の名前がある。ことからすると、彼女は幽霊でもなんでもない。生きている、ただ授業を受けに来ないだけの空けなだけだ。それでも、准の頭で警告音は鳴り響いていた。
 二、三年から「幽霊」として祭り上げられ、そして罵られている八神ひなた。

 きっと後悔しても後の祭りだ。

 変人と関わっていいことなんて起きない。そんなの、とっくの昔からわかってるよ。

0−3 ( No.3 )
日時: 2017/02/20 15:52
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

「明日も来なさいね。約束よ」

 結局、八神ひなたに次のチャイムが鳴るまで部屋から出してもらえなかった。監禁じゃないか、と思ったけれどそれは口にはしない。
 彼女は面白い玩具でも見つけた子供ような笑みをこぼしながら言った。頷くしか選択肢がもらえなかった准は、苦い顔をしつつ「わかりました」と答えた。

 教室に戻ると、先に移動教室から戻っていた友達に不思議そうに見られた。どうした、と聞かれたが「八神ひなたに監禁されていた」という事実を彼らに伝えることはできない。
 ちょうど、先ほどの授業が七限目で次からは掃除が始まる。担任のつっちーが、がらりとドアを開けて教室に入ってくる。同時に掃除の放送がかかり始めた。リズミカルな音楽とともに「掃除しろよー」とやる気のないつっちーの声が教室に響く。抱えていた教科書を机の中に適当に入れて、道具入れから箒を取り出した。何事もなかったかのように准は日常を取り戻していった。







 通っている高校から自転車で十分。そんな距離に准の家はあった。正式に言えば准の家ではないのだが、准にとってはそこが家なのだ。

「あーーーー!!! 准くんおかえりー!!!」

 自転車置き場に自転車を置く。もう何人も帰ってきているようだ、自転車の入れ方はいつも通り汚い。鍵を抜いてとことこ歩いていくと小さなアスレチックでたくさんの幼稚園児が遊んでいた。
 幼稚園児は准を見つけると大声で叫びながら駆け寄ってくる。中には抱きついてくる子供もいた。
 近くでそんなやんちゃな子供たちを見守る若い女の人は准に向かって微笑みかけた。

「おかえり」
「……ただいま」

 彼女は母ではない。この子供たちももちろん准の弟や妹ではない。
 それでも准にとって彼女は母だったし、子供たちは弟や妹のように大事な存在だった。

「准くんね、今日ね、おやつね、アイスだったよ!!!」
「そうか。おいしかったんだね」
「うん!!!」

 小さな男の子が脈絡もない言葉を連ねる。満面の笑みで、准に聞いてもらえることが余程嬉しいのだろう。
 准はいつものように彼らの話をひとつひとつ大事に聞いてあげる。そんな時に彼はまた後ろからの攻撃を受ける。

「……うん、うん……んぐぁ」

 また、八神ひなたの攻撃か、今度は許さんぞと心は怒りを表したが、脳が「こんなとこまで奴が来るわけなかろう、ストーカーかよ」と諭した。正論だ、八神がこんな場所まで准にくっついてくるわけがない。准はただの学校にいる間の遊び道具として今日任命されたにすぎないのだ。

「また准はあれだろ、こんなガキの話をいっちょいっちょ大事に聞いてやってるんだろ、ほんとお前ってお人よしだよなー」
「そういうことを言っちゃいけないんですよ、光。准くんは優しい人なんです。私たちにも優しいでしょう、誰にでも優しいんですよ。だから、女の人を簡単にたぶらかして泣かせてるんですよ、酷いですよね」

 後ろにいたのは二人の少年少女だった。
 格好はこの近くの中学校の制服で、二人とも帰ってきたばかりなのだろう。
 男の子の方はじとーっとした視線を送りながら、准の優しさを異常だと言い、女の子の方は優しさから何の根拠もない架空の物語を語りだし准を否定する。
 ぶつけられたのは男の子の手に持っている体操服入れだろう。どうしてそんなに固くなるのかは分からなかったが、きっと丸めて体操服入れに詰め込んだんだろう。ぐちゃぐちゃに入れるのはやめろとあれほど言ったのに、聞く気はないのだろう。

「光に花音、お前らは俺をお人よしと思ってるんだろう。いや、それは本当のことだからいいとして、それでもやっぱり年上には言い方ってものがあるというか、そもそも俺は女をたぶらかせて泣かせたことなんて一度もない」

 准も最終的には脈絡無視の発言になってしまった。
 げふん、咳払いを一つして「帰るぞ」と二人に言った。彼らは黙って頷いて准についてくる。
 玄関に入ると、また大人の人が「おかえり」と挨拶をくれる。今度は三人で「ただいま」と答え、階段を駆け上がる。

「じゃあ、私はここで」

 花音は准と光に会釈をして二階の自分の部屋に入っていった。
 三階に上がる光はさっき別れた花音と同じ中学三年生で准よりも背は少し低いが、サッカー部で活躍するストライカー。ちょうどいい具合に日焼けをしており、准よりも筋肉のある男らしい体。
 白く細い、よく「もやし」と揶揄される准にとって羨ましいと思える存在だった。

「ん? 何見てんの、准」
「いや、なんでも」

 すぐに目をそらす。筋肉大好きな女子でもないのに、何やってんだ自分と心でツッコみを入れ、ふぅと息をつく。
 三階で准と光は止まる。

「おかえり」

 やっぱり、何度も何度も彼らは言うのである。
 にこやかな笑顔で、まるで母や父のように。

 ここは准の家だった。准の帰ってくる家だった、
 児童養護施設「ユエン」。親のいない准の、たった一つの帰る場所。

0−4 ( No.4 )
日時: 2017/02/22 15:32
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 槙野准は、咲かない蕾の開花を待ち続けていた。何度水やりをしたって、咲くはずのない一輪の花を、ただ両親に見てもらいたくて、その両親だってもういないのに、それでも彼は如雨露に水をたっぷり入れてその蕾の根の部分に水を撒く。

 生まれてすぐ、もちろん准の記憶が安定しない頃、父であった男が姿を消した。まだ一歳にもならない息子と、若く体の弱い母である女を置いて蒸発した。何の連絡もなしに居なくなった父を母は探したが、彼はどこにもいなかった。でも、母はそれでもいいと笑った。そういう人だから、と。准が三歳になったころには「父がいない」というのが当たり前になっていた。
 母は持病としてよく発作を起こしていた。死ぬ半年前には血を吐き出し、意識不明になることも多々あった。
 けれど駆け落ちしてまで結婚し、子供を産んだ母には頼れる家族もなく、たった一人残される准のことを可哀そうだと思わずにはいられなかった。

 最後に頼ったのは、児童養護施設だった。五歳になったばかりの彼を預け、それで安心したのかそれから一か月も経たないうちに母は息を引き取った。その事実を告げられても准はただ泣くことしかできなかった。






「ねぇ、アリス」

 少女が名前を呼ぶ。
 キッチンからこちらを見るのは不思議の国のアリスのイメージを崩す若い男だった。片手にフライパンを持って、何、と一言。

「今日ね、新しいおもちゃに出会ったの」

 少女は楽しそうに言葉を紡ぐ。
 まるで一言一言にスタッカートがついているみたいだ。
 鼻歌交じりに今日の報告をしながら少女はアリスに近づく。アリスは面倒臭そうに顔をしかめながら、小さなため息を一つついて、フライパンの上のソーセージをお皿に盛りつけた。

「そのおもちゃ、壊さないように気を付けるんだよ。ひなた」
「わかってる。気を付ける、ちゃあんと気を付けるから」

 ね、アリス。後ろからアリスをぎゅっと抱きしめて少女はつぶやく。
 少女の表情はとても柔らかく、名前の通り太陽のような笑顔。
 見えないアリスの表情を、知らずにこれからも笑っていく。





 次の日の昼休み、不意に第二図書室に足を運ぶと、やはりそこには教室に来ない八神ひなたの姿があった。腰の位置くらいまである艶やかな黒髪に、切れ長の瞳。整ったその顔はきっと自分だけでなくほかの男だって見惚れるだろう。窓ガラス越しに彼女を見ていると、すぐに目があった八神に連行された。

「やっぱり、来てくれると思ったの。さすが、私の見込んだ通りの人ね」
「……ええと、あの。俺じゃなくてもいいんじゃないんですか」

 ぎゅっと准の右腕をつかんでまるで恋人のようにぴたりとくっつく八神を引き離して准は叫ぶように大声で言った。
 八神はきょとんとした顔のまま答える。

「どうして? 准くんじゃなきゃダメよ」
「どうして俺なんですか。クラスメイトだからって引き留めたんでしょう。それなら俺じゃなくても……」
「いやよ、准くんとお話ししたいんだもの」

 准の言葉を遮るように八神が叫ぶ。
 瞳はまるで准を射殺しそうなほど強い意志を秘めているように見えた。ゆっくりと彼女は席に着き、やはり准をその前の席に座らせた。

「准くんは選ばれたのよ。准くんじゃなきゃダメ。――運命に逆らっちゃいけないのよ、常識」

 にこりと八神は口元を緩めた。机から落ちている本はどれも分厚い本ばかり。小説や漫画の類ではない、全部辞書のようなものばかりだ。
 その中に、一つだけ違和を感じずにはいられない本があった。


 ――不思議の国のアリス


 ルイス・キャロルの児童文学、今や誰もが知っている有名な物語だ。
 八神のような自己顕示欲の強そうな人間でも、こんな可愛らしい物語を好んで読んだりするなんて意外だった。どちらかというと、誰かを馬鹿にする道具として「知恵」のつくものを好んで読むような人間だと思っていた。

「運命って、それ、すごく下らない言葉だと思うんですが」
「あら、運命を馬鹿にしちゃいけないのよ、私と准くんが出会ったのは運命だった。間違いないわ、絶対に」

 言い切れるところ、やはり八神は変わっている。
 運命なんてロマンチストな発言をする人間を正常だなんて言いたくなかった。准は散らかった本を整頓し、八神に渡す。もちろん一番上に不思議の国のアリスを置いて。


「あら、こんな本が紛れていたのね」

 八神の目に不思議の国のアリスが映ると、瞬間すぐに手に取り彼女は立ち上がった。
 すたすたと、一言もしゃべらず八神はごみ箱の前に立ってそれを落とした。


 本を、捨てたのだ。


 学校の本のはずなのに、八神ひなたはいともあっさりとごみ箱へ捨てた。二度と手元に却ってこなくてもいいんだよ、そんな鳥肌が立つような言葉をつぶやきながら、彼女は一冊の本をこの世から削除しようとした。

0−5(end) ( No.5 )
日時: 2017/02/24 15:47
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

「――ぬ、ぬわああああああっ!!!」

 准にとっては本を捨てるという行為は衝撃的なものだった。もちろん准以外の人間だって、公共のものである学校の図書を捨てる光景を見て平然としてはいられないだろう。それが本好きであれば、もっとだ。
 変な奇声を発してしまった自分を恥じながらも、准は急いで八神が捨てた図書を拾った。

 日本語に訳された不思議の国のアリス。准だって小学生のころに読んだことがある本だ。そんな本をもういらなんだ、と一言添えて捨てる人間なんて初めて見た。
 なにしてるんですか、と思わず声を上げて怒りをぶつけるが、八神は真顔で背を向ける。

「第二図書室で本ばっかよんであるあなたが、図書をあっさり捨てるなんて異常だ! おかしい!」
「おかしくはないわ。あるじゃない、たまに無性に本を捨てたくなるって気持ち」

 ないわ、と叫んでやりたい気持ちを抑えて、准は不思議の国のアリスの図書に汚れがないか確認して、本棚に返した。
 准が落ち着いた頃にはもう予冷がなっていた。出て行こうとする准を今度は止めることなく、八神はコーヒーを飲んでいる。
 教室には来ないんですか。と尋ねようと思って口をふさぐ。わかりきった答えを聞くために質問なんてする意味はない。

 准が第二図書室を出ようとしたとき、ゆっくり彼女はマグカップから口を離して「またね」と手を振った。
 一礼して逃げるように教室に戻る。平穏な自分のクラスには居場所があり、あの第二図書室にはもう行きたくないと、昨日と同じことを考えた。それでも准はわかっていた。明日もきっと自分はあの場所に向かう。八神ひなたに会いに行く。

「どうしたんだろう、俺」

 まるで初恋のときみたく、自分の感情のコントロールがうまくできない。八神ひなたにどんな感情を抱いているのか。一つ分かるのは、この感情が恋じゃないこと。好奇心でも、罪悪感でもなんでもない。ただの「使命」のようなものだと。何の根拠もないのにそう感じ取っていた。


「不思議の国のアリス、か」

 あの本のタイトルをもう一度つぶやいてみた。
 有名な児童文学。アリスが白ウサギを追っかけて、大きくなったり小さくなったり、アニメや映画になって全世界の老若男女に好まれ読み続けられてきた名作。
 八神はこの本を一度も「嫌い」とは言わなかった。ただ捨てたかったから捨てただけだ、と。逃げるように目線をそらして急に黙りこくったのもきっと詮索されたくなかったからだ。それがわざとなのか、素なのかはわからないけれど、准にそれを尋ねる勇気はなかった。






「ねぇ、本当にやるの?」

 体育倉庫からは女の声が聞こえてくる。
 時間は昼休みの真っ最中。誰もいない密室で、頬を赤めた女が手に持ったものを天井に向けた。

「大丈夫、ばれないから。きっと、大丈夫」

 囁くように繰り返し言葉を重ねるのは男の声だった。
 女ににこりと微笑んで、彼女の腕をゆっくりと引っ張る。

 落ちたのは刃物だった。うめく声が倉庫に響いたが、外には漏れない。ぽたりぽたりと血が落ちて、男も女も一緒に笑った。


「これで、正解だよね」

 女の声は震えていた。瞳に鮮やかに映るその血の赤に、今さらながら恐怖を抱いたのだ。目のふちにたまった涙がぽろぽろと零れて落ちる。

「正解、だよ」

 男も笑った。震える手で殺した実感を得る。
 彼の目にも映るその鮮烈な血の赤さ。どくんどくんと脈が速くなっていく気がした。呼吸を整えるだけでも大変だった。わんわん泣く彼女に声をかけながら、ただ悲鳴を聞いていた。


 その日、体育倉庫で一人の少年が死んだ。
 桐島拓真という、三年生の男子生徒だ。密室の体育倉庫で亡くなったため、最初は自殺としか見えなかったが、すぐに違和感に気づく。

 腹部に刺されたあと。それでも刺したと思われるナイフは見つからない。刺し傷からわかるのは「誰かに刺されたあと」であること。

 今日、学校で男子生徒が死んだ。男子生徒は、誰かに殺された。

1−1 ( No.6 )
日時: 2017/03/02 16:55
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 ひなたは玄関の前で一度深呼吸をして、ゆっくりとドアに手をやった。手が微妙に震えるのは静電気が怖いわけではない。断じて違う。
 「ただいま」と声をかけると、一人の男が出迎えてくれた。二十代後半から三十代前半くらいだろう、若い男は帰ってきたひなたに向かって優しい声音で尋ねる。

「おもちゃ、壊れたみたいだね」

 どくん、脈が自分を裏切り悲鳴を上げる。
 自分が動揺していることを、この男にばれたくない。
 ひなたは引きつった表情で笑ってみせる。うまく笑えている自信なんかない、それでも嘘をつく必要があった。

「知らないわ、アリス」

 アリスと呼ばれた男は、ひなたの頭を軽くなで、先ほどまでの緊張感を壊すように「ごはん、食べるかい?」と笑顔で尋ねた。
 ひなたは、どうしようもなく「うん」とうなづいた。




「なんだ……これ」

 翌日、学校の前に行くと人だかりでなかなか門をくぐることが出来なかった。大空の下、ごみのような人だかりの中心で動きを止められる。自転車を隣に、准は近くにいた同級生に何があったか尋ねてみる。
 
「これ、何があったんだ?」
「ごめん、あたしも全然わからない。――けど、あれ見て」

 指差されたのは校舎の奥にある体育倉庫。

「ここからじゃあんまりよく見えないけど、あの黄色のテープ、keep outって書いてるように見える。あれじゃない、警察とかの立ち入り禁止ってあんな感じ」
「じゃあ、あの奥にとまってる車がパトカーってことか」
「たぶんね。もしかしたら、あの体育倉庫のあたりで事件か事故があったんじゃないかな」
「……事件」

 お互い話し合うたびに表情が曇っていく。
 同級生は少しだけ怯えたような表情をしていたが、すぐに切り替えて自転車をおしながら進んでいく。
 准もその後ろをついていった。


 人だかりのほとんどは野次馬だった。准の通っている学校は、駅や大型ショッピングモールから離れた場所にあるため、どちらかというと田舎という自虐がぴったりな地域だ。そもそも人口が小さいために事件や事故もなかなか起きず、こういった大きな「イベント」のようなものにはたとえ無関係だろうと気になり近づきたいという欲が出るのだろう。厄介な野次馬どもを押しぬけて同級生とともに駐輪場にやっとのことでたどり着いた。

「ああああああ゛づかれだあああああ」
「あはは、そうだね、あの人だかり抜けるの結構大変だったね」

 あっけらかんと笑う同級生に、先ほどの恐怖に怯えていた表情を照らし合わせても同一人物には見えなかった。
 きりっとした表情に、准は安心感さえ覚える。

「あ。なんか普通に話してたけどさ、俺たち二人で話すの初めてだった気がする」
「ふふ、そうだよ。実は初めましてに近いんだよ。一回、君のクラスの議長がらみで少しだけ会話したことあるけど、私は君の名前すら知らなかった」
「え、そうなの?」

 いきなり話しかけられてびっくりした。と同級生はカラカラ笑いながら教えてくれる。准は決まり悪げに謝罪して、ぽりぽりと頭をかいた。

「あたし、ミヤ。宮、ゆかりっていうの。君の名前も聞いていいかな?」

 明るい声音で彼女は問いかける。
 准は右手を出して答えた。「槙野准です」と。

 ミヤは准の隣のクラスの少女だった。准のクラスの議長の幼馴染ということで、少しだけ話したことがあったため、准は彼女のことを覚えていたが、彼女には「ただの幼馴染の友達」くらいにしか認識されなかったのだろう。名前を憶えられていなかったのも、今後関わらない人というレッテルを貼られたからだと勝手に思った。

 ミヤとともに靴箱に向かう。人はぽつぽつ見えるが、やはり先ほどの門のところで大多数の人間が足止めされているのだろう。この時間のわりには、人が少なく思えた。
 ミヤは背の高い少女だった。准よりは低かったが、百六十はゆうに越える背の高さ。ポニーテールにした髪は、日に焼けたせいなのか、少しだけ赤みがかった茶髪に見える。

「あたしさ、今すっごく気になることがあるんだー」
「……ん?」

 靴を履きかえている最中、唐突にミヤが話を振った。

「第二図書室の幽霊の噂、まっきーは聞いたことない?」

 ぎくり、とした。
 まっきーと呼ばれたこと自体気づかないほど、准の思考は「第二図書室の幽霊」に向かっていた。
 一度本人から――幽霊の彼女から聞いた言葉。
「第二図書室の幽霊として私の名前を挙げる人も少なくないんだから」
 自信満々にとびっきりの笑顔で彼女が言った一言を、ミヤの言葉で准は思い出すはめになった。

 准は深いため息をつくのを我慢して手に持っていたスリッパを乱暴に下に落とした。

「なに、その第二図書室の幽霊って」

1−2 ( No.7 )
日時: 2017/03/03 15:26
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 第二図書室の幽霊。正体はもちろん、准の後ろの席の少女――八神ひなたのことだ。教室に訪れることなく、図書室に引きこもった彼女はどこかで「幽霊」とまで祭り上げられている。
 ほんの最近、八神と知り合ったが、それをほかの人間に話したことはなかった。別に彼女と秘密の関係を持ちたかったわけじゃない。あの変人と知人であることを、誰にも知られたくなかっただけだ。
 おどけたように笑うと、ミヤもにっこりと笑った。

「あー、やっぱ知らないんだ。ってか、彼女まっきーのクラスじゃない?」
「え、何が」

 何も知らないふりをする准を信じ切って、自信満々にミヤは語りだす。

「八神ひなたっていう女子生徒がまっきーのクラスにいるでしょう? 会ったことあるかな、でも教室には来ないっていうから、どうだろう。うん、それでその八神っていう女子生徒さ、実は今の高三と元同級生なんだって、そう部活の先輩が言ってた」
「同じクラスの八神のことかな、っていうか、え! じゃあ俺たちよりも二歳も上なのかよ」
「そうそう。で、その子が学校には来てるのに、ずっと第二図書室に引きこもっているから、幽霊って言われるようになったんだって」
「へぇ、初めて知ったー」

 案外自分は演技上手なのではないか、とこっそり心の中で思い、准は窓から綺麗な雲一つない青空を見た。
 ミヤの「ひとつ友達と秘密を共有できた」という喜びは、表情で見て取れるくらいのものだった。ぱぁっと咲いた彼女の笑顔は、とても愛くるしい。胸がどくんと軽く鳴ったのは、彼女には秘密にしておこう。

「じゃあ、あたしはここで」
「うん。また」

 満面の笑みでミヤは教室に入っていった。おっはよーという甲高い挨拶が聞こえてくる。ミヤの後ろ姿を見送って、准は少し歩いた先にある自分の教室に入った。
 そして、目を見張った。

 教室には数人の生徒が、まばらに席に座っている。
 朝早くに来て勉強する生徒、友達と駄弁る生徒、スマートフォンをいじる生徒。
 けれど、全員の視点がひとつの場所にとどまっていた。
 准も、「それ」を見た瞬間は、息をのんだ。

 「……八神」


 そこにいた少女は、それはとても美しい少女だった。
 長い漆黒の黒髪。どんなお手入れをすればそうなるんだよ、と女子たちは怒りをぶつけたい。男子たちはその美しさにきっと見惚れ、恋に落ちる。
 華奢な体に、整った顔のパーツ。美しい、そうとしか表現ができないほどに綺麗な女子生徒が、そこにいた。
 名前を准はもちろん知っていた。声が自然と落ちた。
 来るはずのない少女。教室には絶対に来ないといわれた少女。
 
「あら、今来たの。遅かったわね、准くん」

 妖艶な笑みに、また違う意味でどきっと胸が高鳴った。
 八神ひなたはいつも不思議な登場をする。
 






「何でいるんだよ」

 思わずぼろっと零れた。
 先ほどからずっとクラスメイトの視点を奪っていた彼女は、きょとんとした顔で答える。

「あら、自分のクラスに入っちゃいけないなんて、おかしな話ね」
「ああ、そりゃそうだ。うん、だけど、あなたの場合は教室に訪れることが「ありえないこと」として俺たちは認識してるんですよ。もう、何しに来たんですか」

 言葉には怒りの感情が紛れていた。
 八神は准の問いかけに少しだけ頬をふくらませて言った。
 「殺人事件が、起きたのよ」さらり、と八神の口から告げられたその衝撃的な事実に准は息をのんだ。もともと静かだった教室の空気がざわざわと騒ぎ始める。

 殺人事件って。え、あれじゃない、今朝学校に屯っていた連中。え、うちの学校で事件ってこわーい。何言ってんの、ありえないじゃない。
 ぼそぼそとクラスメイトたちが八神の言葉からまた新たな幻想を作り出す。
 そもそもあの美人は誰だよ、とどこからともなく聞こえてきた声。心の中で「お前らのクラスメイトだよ」と返して、准は彼女の腕を掴んで教室を出て行った。

「あら、王子様みたいなことするのね、准くん」
「俺が王子様なら、あなたはお姫様ってことですか」
「まぁ、ロミオとジュリエットなら、こういうのもありって思うけれど」

 にこりと八神の口は弧を描く。
 ロミオがジュリエットの手を引くシーンでもあるというのだろうか。彼女の発言はやっぱり意味不明だ。
 廊下を通り抜けていく。手を引き合う状態がカップルにでも見えるのだろうか、廊下を通る生徒にじとっとした視線を浴びながら、准はただひたすらにあの場所を目指した。
 がん、と勢いよくドアを開ける。もちろん鍵が閉まっているから、八神に開けさせた。部屋から独特のいいにおいがするのは、彼女自身のにおいだと、今日初めて知った。

 第二図書室の幽霊は、その場所を離れることができる。
 地縛霊じゃなかったんだな、と、ちょっとだけ笑った。

「で。殺人事件って、なに」

 どうしても、その一言が気になって。
 あの体育倉庫で起こった「何か」について、どうして八神が知っているのか。そのことだって、やっぱり気になる。
 そういう、お年頃なのだ。

1−3 ( No.8 )
日時: 2017/03/22 13:43
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg

 八神は妖艶な笑みで一冊の本を准に渡す。
 タイトルは、不思議の国のアリス。彼女が前に捨てようとしたあの本だった。

「質問と答えが全く違うんだけど」

 不服そうな准の表情に、八神はただその本を押し付ける。

「この本は、私からのプレゼントよ。ありがたく受け取って」
「いや、要らないんですけど。っていうか、俺が気になってるのは殺人事件の話であって、不思議の国のアリスのお話じゃないっていうか。てか、そもそもこの本、学校の備品でしょう? ちゃんと返してくださいよ」

 手に持った一冊の本をじっと見ながら、准は言う。
 それにしても、きれいな本だ。
 第二図書室は旧の図書室らしい。新しく校舎が建って、そちらに新しい図書室を作ったものだから、古くなった本はすべてこの部屋に置いている。だから、傷んだ本が多い。だが、それにしてはこの不思議の国のアリスは綺麗に保管されていたのだろうか。新品といても過言ではないくらいに綺麗だった。

「その本は、私の本よ」

 ぼそっと零した彼女の言葉は、准の耳には聞こえなかった。


 ふぅとため息を一つついて、彼女は語りだす。
 元、クラスメイトの少年が死んだ話を。
 三年生の、桐島拓真が死んだ話を。殺された話を。







 桐島拓真は順風満帆な人生を送っていた。
 友達も多く、彼女もいて、勉強も運動も得意な完璧人間だった。
 まぁ、多少口は悪かったから、喧嘩を時々していたけれど、彼が何か特に問題を起こすこともなかった。
 優等生、そういうレッテルが貼られていた。

 彼には恋人がいた。同じクラスの小野寺美亜という少女だ。
 拓真とは真逆で大人しめの女の子。

 

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