ダーク・ファンタジー小説

ショタくんの反撃!【完結】
日時: 2019/01/05 23:01
名前: 立花 ◆FaxflHSkao




 可愛くて、可愛すぎて、あの頃天使だったショタくんは、
 成長した姿で言うのです。「もう、俺は子供じゃない!」と。










「 お客様 」


 すーぱーうるとらすぺしゃるさんくす!!!!!!!!!!!!!!(意味不明)
 コメントありがとうございます。励みになります。
 読んでくださる皆様もありがとうございます。もしよろしければ、もう暫くお付き合いくださいませ。

■電波 様
□小夜 鳴子 様






藍色の宝石 【中編集】/5作品目

(1作品目)優しい蝉が死んだ夏 >>003
(2作品目) 深青ちゃんは憂鬱だ。 >>029

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008 ( No.47 )
日時: 2017/12/06 11:54
名前: 立花 ◆FaxflHSkao




「――真尋!」

 真尋が落ちたのと、俺が真尋の手を掴んだのが同じタイミングだった。ぐらーんとぶら下がった状態の真尋は何事もなかったかのように一つあくびをして、そして俺はどくんどくんと喧しく鳴り響く心臓の音を聞いていた。
 真尋は宙に浮かんでいる状態だというのに、俺が手を離せば確実に死ぬという状態のはずなのに、何とも呑気なご様子だ。

「な、なんでこんなことするんだよ」

 やっとのことで絞り出した俺の声は震えていた。
 真尋はきっとこの状態でも平気で言うんだろう。その手を放しても構わないと。だからその言葉を言わさないように、俺は精一杯の力で彼女を引き上げて抱きしめた。びっくりする様子もなく、かといって怒るわけでも泣くわけでもない真尋は、代わりにただ俺の腕の中で笑っていた。
 真尋はゆっくりとスカートのポッケの中から何かを取り出した。それを俺に向けて彼女はまたさっきのように笑って見せた。
 それはカッターだった。彼女は何も言わなかったが、俺に与えられた選択肢はこのカッターで自分の身体を傷つけるか、それが嫌なら真尋の身体を傷つける。この二つだと俺は知っている。
 真尋は呼吸をするように、当然のように口に出す。

「さっき、敬語抜けてたね、浩輔」

 それは、どうでもいい話だった。
 俺は渡されたカッターを空中に投げ捨て、また彼女を抱きしめた。
 
「心配したから、って言えば満足ですか」
「そうかもしれないね。けど、私がほしいのはそんな言葉じゃない。浩輔の本音だよ。浩輔はきっと私に早く死んでほしいって思ているでしょう」

 俺の腕からゆっくりと離れていく。真尋は足に力を入れるように立ち上がって俺を見下ろした。

「私が心中したいって言い出すのが、怖くて怖くて仕方がないくせに」

 真尋は、あの日のように無感情なままそう告げた。
 足元に落ちていたカッターを踏みつけて、彼女は無言で屋上から出て行った。何も言えなかったのは事実だったからだ。彼女の目的が、最初から俺を殺したいという感情だったことを、ちゃんとわかっていたのだ。



     □ □ □

 家に帰ると、そこには和幸さんがいた。玄関に入ったすぐに、俺を待っているかのように彼は立っていたのだ。時計の針がちょうど三時になって鳩時計が音を立てていた。彼は朗らかな表情で俺におかえり、と告げる。

「今日は真尋ちゃんがご乱心だったけど、どうしたのかな?」
「真尋様がご乱心なのはいつものことです」

 和幸さんは声を上げて笑いながら、リビングへ向かった。何も言わずともわかる。俺に話があるみたいだ。
 いつも真尋はイライラしているが、今日の真尋はいつも以上にイライラしていた。そうでないと、屋上から飛び降りるなんていったバカなことはしない。それに和幸さんも気づいたのだろう。
 俺が着替えてリビングに行くまでの間に、彼は俺の分までのコーヒーを入れて待っていてくれた。

「で、真尋ちゃんはどうしたの? とうとう彼氏に振られた?」
「いや、それはないと思います。今日も城谷先輩は真尋を溺愛していましたし」
「……スバルくんが真尋ちゃんを溺愛ねぇ。いや、本当に笑える冗談だよ」

 真尋の恋人である城谷先輩は、何回かこの家に訪れたことがある。とても紳士的な彼はにこやかに和幸さんに対応したのだが、和幸さんも相当な目の持ち主ですぐに彼の本性を見破ってしまった。猫かぶりは真尋と同じだね、と城谷先輩から挨拶された後に彼がつぶやいた言葉を俺はまだ忘れられない。
 
「仲がいいことは、よいことではないのですか」
「そうだけど、少なくともスバルくんは真尋ちゃんのことを利用しているし、きっと真尋ちゃんもそれに気づいているからね。偽恋ってこういうことだと思うんだ、僕は」

 コーヒーカップに口をつけて、彼はそういった。机に上にあった資料は、すべて英語で俺には何が書いてあるか全くわからなかった。
 真尋は今どこに、と聞くと和幸さんは人差し指を一本立てた。上の階。つまり自分の部屋に閉じこもっているということみたいだ。俺はお辞儀をして、席をたった。

「真尋ちゃんが迷惑かけてごめんね」

 代わりに謝る和幸さんの声のトーンはいつもより高かったように感じた。

009 ( No.48 )
日時: 2017/12/11 20:02
名前: 立花 ◆FaxflHSkao
参照: 視点が変わります。真尋です。


 今日も最悪な日だった。
 私の一日はそんな一言から始まる。


「あーあーあーあー」

 声にならないその言葉に何の意味もなかった。制服のままベッドにダイブした私は近くにあった抱き枕にギュッと抱き着いて大きなため息をつく。幸せが逃げますよ、と笑いもせずに私に言った浩輔のあの言葉を思い出す。浩輔の顔が脳裏に浮かぶたびにイライラするのは、きっと今日のことがあったからだ。

 久しぶりにあの女を見た。宮森かずさ。私はその言葉を譫言のようにぼそりと言ってあとで後悔した。宮森かずさは私の恋人の妹だ。セミロングの髪の毛は日に当たると少しだけ明るい茶髪になって、顔の薄いそばかすも笑うとなんだかかわいく見える。浩輔が昔彼女のことをそういっていたのを思い出して無性にまたいらっとした。よく浩輔に「可愛い」といわれる女子。私は彼女のことをそう認識している。浩輔に可愛がられていい気になっている女子。ただのクラスメイトのくせに調子にのるな……今日そんな話を恋人のスバルにすると彼はいつものように笑って「そうなんだ」と相槌をうった。自分の妹の悪口を彼女が言おうとも、スバルにとっては関係ない。スバルはかずさとは仲が悪かった。



     □ □ □


 高校に入ってすぐ、五月のゴールデンウイークに入る前だっただろうか。一人の男子が告白してきた。よく見てみると入学式の時に代表で挨拶をしていた男だった。生徒会長イケメンだよね、と周りの中学よりすこしスカートの短くなった女子たちが言っていた。

「こんなところで一人ですか、お嬢さん」

 その日は浩輔に振られた日だった。お弁当を一緒に食べようと彼に登校中に言ったら「ただでさえあなたと一緒にいると目立つのに、そんな自分からまずい飯を食いに行くようなことはしたくありません」とやんわり断られた。いま思えばっさり断られていたようだ。
 浩輔に弁当を振られて私は中庭のベンチで一人弁当を広げていた。四月のいい天気、広がった青空に花壇に咲いている色とりどりの花たちは、私の傷心を少しだけ励ましてくれているようだった。
 浩輔に作ってもらったお弁当の中から唐揚げを口に運んでいると彼は私のもとにやってきた。お嬢さん、なんてお前は大正の人間かタイムスリップかよ。と心の中でツッコんでにっこり笑ってそれに応えた。

「そうですけど。どうかしましたか」

 生徒会長のその少年はとても綺麗な顔立ちの男だった。
 すらっと身長が高く、髪を少しだけ赤く染めている彼は私を怖がらせないようにか笑顔を絶やすことはなかった。だから余計に怖かった。

「お弁当、おいしそうだね」
「そうですか。私の兄が作ってるんです。おいしいですよ」

 歯切れが悪いしゃべり方になった。私は先輩に話しかけられているのにも関わらず箸を止めることはしなかった。

「へぇ、お兄さんが……すごいね。自分で作ったりはしないの?」
「しないですね。兄が今まで作っていたのに便乗してるだけなので」
「お兄さん、学生?」
「この学校にいますよ。朝比奈浩輔といいます」

 私がその名前を告げた時の、彼の表情といったら何とも言えないほどの喜びようで。まるでツチノコでも発見したかのような顔だ。腹立たしい。
 兄のことを知っている人だとすぐに分かった。それでも生徒会長のことなんて浩輔は今まで何も言わなかったし、そもそも浩輔と彼は学年が違うはずだ。

「そっかー浩輔くんのいもうと、さん」

 にやにやした顔がとてもムカついた。
 浩輔を今すぐに殴ってやりたい衝動にかられた。

010 ( No.49 )
日時: 2017/12/15 08:57
名前: 立花 ◆FaxflHSkao




 今更ながら、お互いに名乗りあってないことに気付いた生徒会長は微笑むように唇を横に広げて自己紹介した。初めまして、城谷スバルです、と。
 正直な話をすると、私は他人にわざわざ個人情報を渡したくはなかったのだが、相手が名乗ったから一応私も名前を名乗った。初めまして、朝比奈真尋、です。名乗らずとも兄の名前を言ったのだから私の苗字が「朝比奈」であることは分かっているだろうし、生徒会長とでもなれば、苗字さえわかればクラスや出席番号もすぐに見つかるだろうに。
 私が「朝比奈浩輔」の妹と知った瞬間に態度を大きく変えてきたこの男に、私は嫌悪感を抱いていた。

「そっかー、浩輔くんに妹さんいるなんて知らなかったぁ。あれぇ、でも彼は一人っ子だったはずなんだけど」
「はぁ。間違った情報でも入手されていたようですね」
「ううん。違うよ、事実だよ」

 城谷スバルは私の目をじっと見つめて、ゆっくりを息を吸った。

「だって、浩輔くんが言ったんだもん。一人っ子だって」

 


     □ □ □

 あのおしゃべりが、と浩輔の失言にとうとう堪忍袋の緒が切れた。私が妹という事実は戸籍上だけ。私は浩輔の本当の妹ではないし、浩輔だって私を妹なんて思っていない。そもそも私が浩輔と同じ高校に入ると話した時に妹という設定でいきたいと彼に命令したのだ。仲のいい兄妹。私のあこがれていたシチュエーション。
 浩輔は私に逆らうことはなかった。嫌な顔をしながらも、学校では私のことを妹として扱ってくれていた。
 口外はするなとあれほど言ったのに――。満面の笑みでこちらを覗く城谷スバルの顔はやっぱりうざかった。

「知ってる? 浩輔くんのお父さんは殺人事件の加害者なんだよ。彼は最初は施設に入っていたけれど、あるとき一人の男性に引き取られた。彼の名前が朝比奈、だから浩輔くんの今の苗字が朝比奈なんだよ。
 で、その朝比奈って男、実は事件の被害者の知り合いで。浩輔くんが加害者の息子だからって不憫に思って引き取った風に見せかけている。けど、本当は違うんだ」

 べらべらと話し続けるその口は腹が立つぐらいに饒舌だった。
 誰の知るはずのない私たちの話を語る彼の表情はとても楽しそうで。私の背筋が凍った。

「ねぇ、待って……それ浩輔から聞いたわけじゃないっ」
「で! その本当の理由っていうのが!」
「だから待ってよ」

 いわれるのが怖くて私は彼の口を手のひらで覆った。
 城谷スバルはまばたきを一つして、ふーとひとつ深呼吸をした。私を見る目は変わっていない。とても冷たい瞳。

「朝比奈真尋、本名、宮下真尋さん。俺は君の秘密をすべて知っている。ばらされたくなかったら、俺のウソに付き合ってくれないかい」

 今思えば、城谷スバルの愛の告白は何ともくだらないものだったのか。キザな台詞ひとつくらい言ってくれてもよかったのに。そんなまたくだらないことを考えてしまう私もきっと彼の同類だと思った。
 五月のゴールデンウイークが近づいてくる。偽恋しようぜ、と私を脅してきた城谷スバルは結局何をしたかったのか、どうして私たちの秘密を知っていたのか。付き合って二か月たった今でも彼は教えてはくれない。

011 ( No.50 )
日時: 2017/12/20 19:06
名前: 立花 ◆FaxflHSkao


 城谷スバルには一人、妹がいた。浩輔と同じクラスらしい。だから自分は朝比奈浩輔を知っていたと彼は言ったけれど、それは多分嘘だった。
 スバルに妹がいるのは事実だったけれど、その妹が浩輔と同じクラスだったのも本当だったけれど、それでも浩輔はスバルのことは知らなかった。嘘つき。けれど、やっぱり彼がどうして私たちの秘密を知っているのかが不思議で不思議で仕方がなかった。漏れるはずのない私たちのたった一つの秘密――。


 ふと気が付いたら、窓の外はもう真っ暗だった。電気をつけて時計にめをやるともう十九時を回っていた。いつもなら起こしに来る浩輔も姿を見せず、きっと今は私に会いたくないんだろうなぁと自己解決した。
 服を着替えて下に降りる。リビングではパソコンとにらめっこしている和幸さんと、課題を広げてうなっている浩輔の姿があった。

「起きましたか、真尋様」

 私の姿に気づいた浩輔は教科書を閉じ、立ち上がった。

「おなかすいた」

 私がぼそりとつぶやくと、浩輔は「ごはん、できてますよ」と笑った。ほんの数時間前に私が浩輔を殺そうとしたの、ちゃんと覚えているのだろうか。様子を何一つ変えない浩輔は私の横をするっと通り抜けるようにキッチンに向かった。作っていたカレーをあたためつつ、炊飯器からご飯をよそう。主夫みたいだ、なんて思ってしまって私は大きくため息をついた。
 こうやって幸せな日常は、私が望めばあたりまえになるのに。



 ――わたしはね、あなたをころしたいの
  たったひとつ。わたしのねがいは、あなたのふこうなかおをみること


 幼いころの自分の考えは、今でも変わっていない。あの日の約束に囚われているのは、きっと私のほうだ。椅子に座った私の前に浩輔がカレーを置く。私の大好きな中辛のそのカレーは、きっと今日も美味しいのだろう。でも、私は彼に美味しいなんていってあげない。浩輔に優しくなんてしてあげない。
 浩輔の苦しむ顔が見たいんだ。浩輔のことは大好きだけど、私が彼を殺したい。私が朝比奈浩輔を、柿谷浩輔を殺したいのだ。私以外が浩輔を殺すなんて許せない。浩輔にはうんと苦しんで死んでもらいたい。私の大切だった家族を奪ったアイツの息子、たった一人の大切な息子。その命さえ奪えれば私はきっと死ねるんだ。



     □ □ □

 一緒に死にたかった。お父さんとお母さんと一緒に死にたかった。けれど、アイツは私を殺してはくれなかった。私を見て、ごめんねといったアイツのあの表情はいまだって思い出すたび吐き気がする。浩輔の父親は最低だった。私を殺してくれなかった。私を不憫に思ったのだろうか。私がかわいそうに思えたのだろうか。自分の息子よりも年下の、そんな子供の命を奪うことは自分には出来ないなんて、そんな偽善だ。一人殺すも二人殺すも一緒だっただろうに。それなのにアイツは私を置いて刑務所に入った。ひとりぼっちはいやなのに。あぁ、思い出したくないな。

 カレーはやっぱり美味しかった。さすが浩輔だ。将来はシェフにでもなればいいのにって思いながらも口にすることはなかった。隣で作業している和幸さんは私が食べ終わったのを見て「美味しかったね」と笑った。「別に」とそっけなく返すけれどきっと和幸さんには気づかれているだろう。
 私を救ってくれた和幸さん。感謝してもしきれないのに、それなのに未だにあなたのことを好きにはなれない。食べ終わってから口の中がピリピリしてきて私は水を飲んだ。福神漬けのあの味と、辛いスパイスの味が口の中に広がって気持ちが悪かった。

012 ( No.51 )
日時: 2017/12/26 22:07
名前: 立花 ◆FaxflHSkao



「ねぇ、浩輔。ごめんね」
「……あ、の、俺はカレーには毒は仕込んでないはずだったんですけど」

 浩輔の作るチキンカレーは絶品だ。浩輔の家ではずっとビーフカレーだったらしいのだが、私のお母さんの得意料理がチキンカレーだったために浩輔もチキンカレーを作るようになった。辛いのは私の好みの味覚に合わせてくれている。だから、いつも和幸さんは浩輔の作ったカレーを食べるたびに口の周りを真っ赤にさせる。その顔が見たくて、私は時々それ目当てで浩輔に激辛カレーを作らせる。よく酷いと和幸さんに言われるけれど、酷いのは和幸さんも一緒なのに。

 私の平謝りに浩輔は予想以上に驚いた態度を見せた。何について誤っているのかはきっと浩輔にはわからないだろうなぁと私はそっと読んでいた本を閉じた。

「浩輔はいつか私の料理に毒を入れようとしていたの?」

 笑って訪ねると、浩輔も笑った。それはイエスということなのだろうか。そんなこと考えても意味ないのに。今閉じた本の栞が私の腕につんと当たる。そういやページを閉じるときに栞をするのを忘れた。そんなこと、どうでもいいか。

「毒なら、簡単に死ねますよ」

 微笑むその顔は私の大嫌いな表情だ。浩輔は笑った顔は似合わない。私のことを蔑むように睨み付けるあの軽蔑した目が私は大好きだ。けれど私にその表情は見せてくれない。
 入れるなら媚薬にしてほしいな。浩輔に溺れてそのまま何も考えられないようになってそのまま死んでいきたい。きっとそれが本当になったら浩輔は私のことを捨てるだろうに。それでもいいと思ってしまうほどマゾな自分に嫌気がさした。踏みつけられてゴミ捨て場に置き去りにされたい。浩輔の視界に入れるなら何でもするのに。
 きっとこの先も私はこの気持ちを誰にも言わない。このマゾい自分の本性を誰にも明かさずに高飛車なお嬢様としてのキャラを突き通していくのだろう。
 スバルにだって気づかせない。私だけの、たった一つの秘密。


     □ □ □

 夜も遅く、深夜のアニメが始まる時間帯。二時過ぎごろに私は自分の部屋を出て階段を下りた。まだ明かりが点いているのはリビングだけだ。ラジオのDJの声が響くそのリビングで、彼はいつも一人パソコンと対峙している。
 話しかける勇気、とかはどうでもいい。声が出るかの問題だ。
 本当の私は酷く臆病で、偽りの自分がとてつもなく嫌な奴だという事実には申し訳なさだって感じてる。それでもその人だけは私の正体も、私の気持ちもちゃんと分かってくれてる。なんて変な信頼関係が出来上がってる、すこぶる気持ち悪い関係だ。

「和幸さん、まだ寝ないんですか」

 声を絞り出す。震えた声は和幸さんの耳に無事届き、彼は私の方に振り返った。パソコンから手を離した瞬間に彼の手元にあった資料が落ちていき、私もあわててそれを拾いに和幸さんのもとに向かった。

「あぁぁぁぁぁぁ、ご、ごめんね。真尋ちゃん!」
「いや、別にいいけど」

 何枚かまとめて和幸さんに「はい」っと渡した。にっこり笑って受け取った和幸さんは本当ごめんねーとすぐに椅子に戻りパソコンを閉じた。
 見られたくなかった内容だったのか、仕事で他人に見せることのできない内容だったのか。それとも和幸さんの場合なら「真尋に見せることはできない」という選択肢もあるのかも。気になるからといって私が立ち入っていいこととは限らない。だから私たちはいつだって一定の距離を保っている。

「こんな遅くまで、仕事ですか」
「いや……まぁね。あれだよ、もうすぐ命日だし。その日に休めるように仕事を前倒し中、って感じ、かな」

 ぶきっちょなその笑顔が本当は嫌いだ。
 初めて朝比奈和幸と会った日から、私は彼のことが嫌いだった。それでも私に手を差し伸べてくれたのは朝比奈和幸という人間だけだったのだ。
 どうしようもない人生のレールを、外れることは絶対に許されない。

 お父さんの知り合いだという彼を、私はずっと否定し続けるんだ。

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