シリアス・ダーク小説

6ペンスの唄と死神の囁き【完結】
日時: 2020/07/19 21:45
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 こんばんは!そして、初めまして!シェルミィと申します(*^_^*)
友人から小説カキコを勧められ、このサイトを訪れる事となりました。
小説は書き始めたばかりの素人ですが、皆さんに追いつけるよう努力を尽くします。
主にシリアスや猟奇サスペンスをテーマにしております。
と言う事で、どうぞよろしく!


 ※本編を投稿する前に注意をいくつか


 ※私のジャンルは異質であり、違和感を感じる事が多いかも知れませんが、温かく受け入れて下されば幸いです。

 ※誹謗中傷や荒らしは絶対にやめて下さい。

 ※この作品はフィクションですが、現実の世界が舞台となっております。
 不謹慎な内容があるものの、その国や国民性、及び文化を侮辱している事などは一切ありません。


 それでは、物語の幕を開けようと思います・・・・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あなただけの美味しい特性のパイはいかが・・・・・・?

 1903年のロンドン。
人々が行き交う路上で、お菓子を売る1人の男の子。
彼は恩人が営むパイの店で住み込みで毎日働く、内気な少年。
おや?お菓子を欲しがる人間が、また1人やって来たようだ。
6ペンスを貰い、チョコやラスクを配る。

 ・・・・・・でも、お菓子だけじゃ物足りないでしょ?
僕が住んでるお店で売ってるパイは格別に美味しいんだ。
きっと、気に入ると思うよ?だからおいで?
君だけのとっておきのパイを作ってあげるから・・・・・・




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Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.7 )
日時: 2020/06/13 22:16
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 1933年 8月12日 午前10時44分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート

 あの悲劇から10年の時が立ち、時代が流れ人も街も変わっていく。
今日も雨が降りそうな雲行きの怪しい空だった。
光の裂け目がない灰色の雲の真下にあるロンドンの商店街は活気がなく、虚しい殺風景が広がる。
かつては大勢が行き交う歩道も賑やかとはお世辞にも言えず、貧相な場と化していた。
人々は笑顔が消え、元気のない首を垂れながら歩道を歩く。

 商店街の十字路の角に一軒のお菓子売りの店があった。
少年が店員を務め、彼の手前にはどれも甘くて美味しそうなケーキがずらりと並ぶ。
少年は短いボサボサの髪を生やし、晴れやかな笑顔を繕う。
大きな目と精悍な顔は、いつかの誰かに似ている顔つきをしていた。

 ケーキは1個も売れていなかった。
客が店内に足を踏み入れる事なく、店内の前を過ぎていく。
狭い空間の中で時間だけが過ぎていき、甘い香りが漂うだけだ。

「はぁ〜・・・・・・」

 少年はわざと浮かべていた笑顔を崩す。
やる気のないため息を吐き出すと、気紛れに背伸びをした。

「1個も売れないなぁ・・・・・・お陰で商売あがったりだ。今月、食べていけるかな・・・・・・?」

 と不満げに愚痴を零していると、ふいに店の扉がベルの音を鳴らして開く。1人の人間が店内へと訪れた。

「いらっしゃいま・・・・・・!・・・・・・なんだ、デズモンドか・・・・・・」

 少年は知人の顔を見て、嬉しそうな、そうでもなさそうな複雑な表情を作った。
デズモンドはボロボロの服装を整え、少年の名を呼ぶ。

「儲かってるか?ジェームズ?」

「見ての通り、少しも売れてない。毎日の生活が苦しいよ。よかったら、ケーキでも買っていってくれない?」

「悪いな。いつも甘い物が食べたい気分だが、こっちの予算にも余裕がない。いつ、職を終われるんじゃないかと心配だ・・・・・・」

「そうなんだ。そっちも大変だね」

 ジェームズとデズモンドは落ち込んだ顔を見合わせ、互いに同情する。

「お前のおふくろさんの事は本当に残念だった。あんなに元気だったのに・・・・・・まさか、"結核"で命を落としてしまうとは・・・・・・」

「仕方ないよ。きっと、それが母さんの運命だったんだ。孤独な生活は寂しいけど、もう慣れた・・・・・・ところで、君がここに来たって事は・・・・・・」

 デズモンドは"あ、ああ"と思い出したかのように肯定し、コートの懐から1通の封筒を取り出した。
それをレジの横に置き、ジェームズに差し出す。

「お前の父親を殺した例の女の居所が掴めた。ホワイトチャペルの33番地でパイ屋を経営してるらしい。未だに人肉のパイを作っているのかまでは知らんが」

「そうなんだ。やっと・・・・・・やっと、見つかったか・・・・・・!あの日の悲しみはまだ、昨日の事のようだ・・・・・・!それはそうと、わざわざ僕の頼みを付き合ってくれてありがとう。こっちもお礼をしなくちゃね」

 ジェームスは拳を強く握り、声を憎悪に震えさせる。
しかし、すぐに語尾の台詞を優しくし、厳しい面持ちを緩めた。
見返りとして1枚のソブリン金貨を手渡す。

「いいのか?お前、生活が苦しいんだろ?俺はあくまでも興味本位で調べたつもりだったんだが・・・・・・」

 デズモンドは気を遣うが

「いいんだ。君に報酬を渡すのは、これが最初で最後だから・・・・・・後は僕が全て終わらせる」

「そうか・・・・・・探偵は報酬を受け取った時点で依頼人とは無関係だ。お前がこれから先、何をしようが俺は止めはしない」

 彼は金貨を大事そうに懐にしまい込んだ。
ジェームズに礼を述べると彼に背を向け店の扉を開けた。
彼はすぐには立ち去らず、一旦足を止めると後ろを振り返り

「ジェームス・・・・・・気をつけろよ?30年もの歳を重ね、今は老いていると思うが・・・・・・あの女は理性の欠片もない猟奇的な連続殺人犯だ。頼むから、殺されないでくれ」

 と忠告を言い残し、今度こそ店を後にした。
ジェームズは早速、受け取った封筒の中身を取り出し、デズモンドが調べ上げた調査資料を読んだ。
所々頷きながら、得られた情報の一部始終の内容に目を通し、書類を片付けレジの傍に置く。

 彼はより真剣な顔で奥の部屋に走り、数分後に服装を変えて戻って来た。
白いシャツの上に茶色のコートを羽織り、古いショルダーテープをかけ、腰にぶら下げた古い鞄。
街にいけばどこにでもいそうな、ごく普通の私服姿だ。
店を留守にし、扉に鍵をかけると『open』のかけ札を『closed』に切り替える。

「あら、ジェームズくん。どこかにお出かけ・・・・・・?」

 不意に後ろから細い声をかけられたので背中を反対に翻すと、1人の老婦人がいた。
杖を頼っても立っていられるのがやっとで、しわだらけの老いた顔が僅かな余命を感じさせる。
その表情はどこか切なく寂しい。

「あ、こんにちは。オリビアさん」

 ジェームズは 普段の面持ちになって軽く一礼する。
そして、質問に答えず質問を返した。

「オリビアさんこそ、どこかへお出かけですか?」

「私?これから墓地に向かう所・・・・・・今日は亡くなった主人の命日なの・・・・・・」

「そうですか・・・・・・」

 暗い事情を聞き、ジェームズも物静かな囁きを零した。

「年は取りたくないものね・・・・・・体が言う事を聞かないし、目もろくに見えないわ・・・・・・孫達も軍に入ると言って家を出て行ったきり、帰って来ない・・・・・・私もあと何年、生きられるかしらね・・・・・・」

 オリビアは愚痴を言いたいだけ吐き出し、最初の質問を改める。

「ジェームズくんはどこに行くつもりなの・・・・・・?」

「僕は・・・・・・これから、ホワイトチャペルに行きます。大事な用事がありまして・・・・・・」

「あらそう、あんな所まで・・・・・・でも、気をつけるのよ?近頃、あの辺は色々と物騒だから・・・・・・絶対に娼婦の誘いに乗ってはだめよ?」

「勿論です・・・・・・あの、1人で大丈夫ですか?もしよかったら、僕が墓地まで一緒に付き添いますが?」

「私1人でも大丈夫よ。優しい子ね・・・・・・あなたのお父さんを思い出すわ。優しい性格も面影も本当にそっくり・・・・・・あら、お邪魔が過ぎたようね。じゃあ、私はこれで失礼するわ。ジェームズくんも気をつけて行くのよ・・・・・・?」

 オリビアは相好を崩しながら好意を否定し、別れを告げる。   
杖をつき、ふらふらと少しずつ距離を開けていく。
ジェームズはしばらく老婦人の背中を見送り、自身もその場を後にした。

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.8 )
日時: 2020/06/23 21:14
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 1933年 8月12日 午前11時39分 ホワイトチャペル ブレイディ・ストリート33番地

 ホワイトチャペルの路地裏付近に探していた店は存在した。
その1階建ての建物は、空き家を粗末に改築したような随分と荒廃した外見だ。
窓越しから中を覗けば、3日前に焼いた作り置きにしか見えないパイの列が商品として並ぶ。
上の屋根に『Happy table(幸せの食卓)』と書かれた看板が飾られているが、文字の一部は剥がれ落ちている。
店内は薄暗く、客がいる様子もない。

「ここが・・・・・・父さんを殺したフローレンスが経営している店・・・・・・」

 ジェームズは父を殺害した張本人がいるであろう1軒のパイ屋を凝視し、静かに囁く。
今からここに入ろうとする緊張に心臓の鼓動が勢いを増し、汗が頬を伝る。
頭を過る想像はどれも恐ろしく、残酷な妄想ばかり。
決意が揺らぎそうになるが、強がりを自分の心に言い聞かせ、一歩、また一歩と足を進めた。
震えた手でドアの取っ手を回し、店内へと入り込む。

 人の居住を疑ってしまう不気味な空間。
部屋は静寂に包まれ、古い時計の音だけが一定のリズムで聞こえていた。
ジェームズは店内を見渡すと、一旦は足を止めて沈黙した。
後ろに誰かが立ってる感覚に苛まれ、背中がムズムズする。

「このパイにも人肉が使われているのかな・・・・・・?」

 ジェームズは独り言を零し、ながら恐ろしい想像を巡らせながら商品に手を伸ばした時


「あら、いらっしゃいませ」


「・・・・・・っ!!」

 静寂な空間に突如として聞こえた女性の声。
ジェームズは一瞬、全身を震わせ、無意識にその手は引っ込む。
おそるおそる、声がした方へ視線を送るとレジを手前にして、1人の女性が立っていた。
子供の来客は珍しいのか、彼女も物珍しそうに少年を見つめる。

(・・・・・・この女がフローレンス・・・・・・!)

 背が高く、サイドテールに髪を結った一見すると、ロンドンのどこにでもいそうな女。
しかし、30年もの年齢を重ねているにしては、肌にツヤがあり顔立ちにも老いは感じられない。
実は人違いではないのかと疑いの感情が少しだけ芽生えるも、不安は継続する。

「そのミートパイがお望みですか?当店でもお勧めの品ですよ」

「え、え・・・・・・いや・・・・・・あ、あの・・・・・・」

 優しく問いかけられても、ジェームズは言葉が出なかった。
現実感は乱れ、生きた心地すらも崩れて去っていく。
しかし、動揺すれば怪しまれると思ったので必死に頭を回転させ、とりあえず頭に浮かんだ質問を返す。

「ええっと・・・・・・あ、あの・・・・・・あなたがこの店の経営者であるフローレンスさんですか・・・・・・?」

 女は呆れてしまったのか眉にしわを寄せたが、すぐに顔をほころばせ

「ええ、私がこの店の主人であるフローレンスです」

 紛れもない確証に束の間の安心は、一気に恐怖の奥底へと陥った。
同時に計り知れない憎しみが胸の中から込み上げてくる。

「そ、そうですか・・・・・・あなたが・・・・・・」

「私をご存じなんですか?」

 ジェームズは肯定の返事を返すと、父を殺した張本人と間近に対面し、友好的な振る舞いを演じながら

「実は僕、色々なお店の本を書いているんです。この店は知り合いの紹介で知りました。フローレンスさんの事もその時に・・・・・・」

 と淡々と偽証を述べる。

「あなた、本を書いているの?」

「はい。色々なお店の特徴や詳細を書き込んで、雑誌に載せて販売するんです。前々からこの店には興味がありました。あの・・・・・・もし、迷惑じゃなかったら取材にご協力して頂けませんか?」

 すると、フローレンスは感激のあまり両手で口を覆い、目を潤わせた。

「まあ、嬉しいわ。この不況の中、私の店を選んでくれるなんて・・・・・・!迷惑だなんてとんでもない。そう言う事なら喜んで要望にお応えするわ。ここじゃなんだから、部屋を変えましょう。どうぞ、こちらにお入りになって」

「どうも、お邪魔させて頂きます」

 恐縮するふりをして歓迎の姿勢を取ったフローレンスの前を通る。
しかし、奥の入り口に差しかかった途端、肩を掴まれ強い力が食い込んだ。

「・・・・・・ひぅっ!!」

 自分の意思とは関係なく、女々しい声を漏らすジェームズ。
背後に翻せないその表情は凍る。

「・・・・・・待って・・・・・・」

 フローレンスは口調を鋭く、ジェームズの横顔に自身の顔を近づけ

「・・・・・・あなた、どこかで会わなかったかしら?」

「え?いえ・・・・・・は、初めてだと思いますよ?・・・・・・僕みたいな顔をした子供は・・・・・・ロンドンにいっぱいいますから・・・・・・あは、あはは・・・・・・」

 下手な作り笑いをして、素性を誤魔化した。視線だけを隣にやり顔色を窺う。

「そう・・・・・・」

 納得したフローレンスは再び面持ちを緩ませ、客人を招いた。

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.9 )
日時: 2020/07/05 21:00
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 ジェームズが案内されたのは、商品を加工するための厨房だった。
調理用の台がいくつも点在しており、象られた作りかけのパイがずらりと並ぶ。
アルミトレーに乗せられ、焼かれたパイと焼く前のパイが綺麗に分けられていたのだ。
しかし、そこに食欲を誘う香りはなく、放置された生肉が膿の臭いを漂わせる。

「ここが厨房よ。店で売られてる商品は全部ここで作っているの・・・・・・昔は"手伝ってくれる人"がいたのけど、ちゃんと働いてくれないから追い出したわ。1人でこれだけの仕事を続けるには年を取り過ぎたわ」

「・・・・・・これ全部、1人で作っているんですか?凄い・・・・・・!」

「よかったら、もうちょっと近くで見てもいいわよ」

 ジェームズは否定したがったが、少しでも怪しまれそうな振る舞いを避けるため、その親切心に従った。
台に手を乗せ、異臭を放った焼かれる前のミートパイをじっくりと見物する。

「(これ、絶対人間の肉だ・・・・・・生肉のまま時間が経って、腐敗が進んでる・・・・・・うぇっ!ここにいたら吐いてしまい・・・・・・)うわっ・・・・・・!?」

 突如、フローレンスはジェームズに被さるように背中を包み込む。
驚く少年の胸部と腹部を撫で、首筋を指でなぞった。
そして、彼女は耳元に口を寄せ

「子供を料理できるなんて久しぶり・・・・・・大人のお肉は硬くて、美味しくないのよね・・・・・・数十年ぶりのご馳走だわ・・・・・・」

 ジェームズは接触を振り払い、その場から離れ去る。
直後に肉切り包丁が叩きつけられ 獲物を外した刀身は代わりにテーブルに深い亀裂を作った。

 後ろを向くと、目の前の人間を狩ろうとする鋭い眼光。
人を殺す際に繕っていたであろう狂気の形相を浮かべ、猟奇的な本性を剥き出しにしたフローレンスがいた。
ジェームズは逃げようと後退りするも足を躓かせ横転してしまう。
獲物を追い込んだ食人鬼はじりじりと間合いを詰めてくる。

「大人しくしなさい。なるべく、苦しまないように殺してあげるわ」

「う、うあああ!!」

 ジェームズの悲鳴が命乞いの代わりとして厨房に木霊する。
手元にあったアルミトレーを掴んでは投げつけ、必死に抗う。
何度も体にぶつけるが、大した足止めにはならなかった。
フローレンスはジェームズに触れられる範囲まで接近すると彼を張り倒し、馬乗りになって逃げる術を奪う。
首を鷲掴み、頭部を強引に床に押さえつけ掲げた肉切り包丁を・・・・・・振り下ろさなかった。

 突如として鳴り響いた乾いた破裂音。
視界が一瞬、眩しく遮られ、焦げた臭いが嗅覚に伝わる。

「あ、ああ・・・・・・」

 フローレンスは肉切り包丁を手放し、口の内側から血を溢れさせた。
激痛が走った自身お腹部を見下ろすと白い服は真っ赤に染まり広がっていく。
おそるおそる視線をずらすと、煙が上る銃口を向け、こちらを睨むジェームズがいた。
撃たれた実感が湧いた頃、その顔は歪む。

「ああ・・・・・・あ・・・・・・うっ・・・・・・ぐぅ・・・・・・」

 フローレンスは蹲り、自分を撃った少年に覆い被さる。
ジェームズはのしかかる彼女の体を退かし、重みから這い出した。
起き上がって服をはたくと、小型の拳銃を鞄にしまい、代わりに肉切り包丁を拾う。
銃弾を受け、床に腹をつけて座るフローレンスの左腕を手前に引き寄せ、真っ直ぐに伸びた関節に容赦なく刀身を振り下ろした。
骨の軸が切断され、飛び散った血が両者に降りかかる。

「ぎいいいい!!」

 金切り声が厨房一帯に反響する。
関節から先がなくなった腕を押さえ、痛覚に身を縮こませる女を1人の少年が血の滴る刃物を手に呆然と見下ろす。

「あ・・・・・・あああ・・・・・・!手・・・・・・私の、手・・・・・・!」

「お前の僕に対する記憶が浅はかで幸運だったよ。お陰でこうして、復讐の機会に在りつけた」

「あ、あなたは・・・・・・」

「10年前のあの日を忘れたとは言わせないぞ?お前に犯罪の道具として散々利用され、最後は虫けらのように殺されたユリシーズの息子だっ!!」

 憎悪が込められた告白にフローレンスは、はっとあの日の事を思い出した。
彼女の目に映るのは、ジェームズと重なったユリシーズの姿。
そして、初めて殺される者としての立場に回った事で自身への罪の報いと深い後悔を実感した。

「家族を奪い、人生を狂わせた奴への復讐を僕は何年も待ちわびていた・・・・・・お前にも理不尽に殺される苦しみを存分に味わわせてやる!」

 今度はジェームズが殺意に表情を強張らせ、フローレンスに跨る。
馬乗りになった状態で、もう1本残った手を強引に伸ばし、床に押さえつけた。

「あ、いや・・・・・・やめてぇ・・・・・・!」

「・・・・・・これが、父さんを殺した手か・・・・・・!」

 許しを乞おうとも、ジェームズは無視した。
振り上げた二度目の刀身を叩き落とし、躊躇なくもう片方の腕を綺麗に切断した。

「あああああああ!!」

 再び絶叫が響き、輪切りにされた傷口から心臓の鼓動に合わせ、血がどくどくと噴き出した。

「許して・・・・・・殺さないで・・・・・・」

 三度目の刀身が振り上げられる。

「・・・・・・お願いっ!殺さないでぇ・・・・・・!!」

 フローレンスは衰えつつある力を振り絞り、死を拒んだ思いを強く訴えかけた。
人間狩りを生業としていた鬼畜の面影はなく、女々しさだけが剥き出る。
殺気を失い、無抵抗の女と化した女にジェームズの手は止まる。
捨てていたはずの理性が呼び起こされ、硬くなった表情が微かに緩む。

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【短編小説】 ( No.10 )
日時: 2020/07/19 21:41
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

「殺さないで・・・・・・死にたくない・・・・・・」

「・・・・・・」

 ジェームズは肉切り包丁を下ろし、沈黙する。そして、色々な想像をした。
自分が人を殺してしまった際の後先の人生・・・・・・フローレンスの末路・・・・・・死んだ家族・・・・・・大勢の被害者・・・・・・
しかし、いくら悩んだところで正しい答えなんて見い出せなかった。1つの決断を除いては・・・・・・

「え・・・・・・?そんな、い・・・・・・いやっ・・・・・・!」

 ジェームズは再び、肉切り包丁を天井に掲げた。
赦しの選択が断たれ、フローレンスの願望は絶望に染まる。生きたいという願望は少年の心には届かない。

「ごめんなさい・・・・・・僕は悪い子だから・・・・・・どんなに謝られても、幸せを殺された憎しみは消えない・・・・・・!」

 風を切る鋭い音、無慈悲の刀身が喉を抉る。しかし、首の骨は硬く、なかなか砕けない。

「うげっ・・・・・・!がっ!・・・・・・げぇっ!」

 声帯を潰され、フローレンスは枯れたうめき声を血の泡と一緒に吐き出した。
それでもギロチンは容赦なく叩きつけられる。

「僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だ僕は悪い子だっ!!」

 もう、どれくらい太い刃を振り落としたのだろう?
気がつけば、肉切り包丁は持ち主の首を粗末に胴体から切り離していた。
極限の苦痛を表した青ざめた泣いた顔が真っ赤な水溜りに浸かっている。

 フローレンスの死を確信したジェームズは凶器を捨て、荒々しい呼吸を繰り返す。
興奮が冷め、落ち着きを取り戻した頃、今度は涙が溢れて止まらなくなった。
少年は泣く。血塗れの格好のまま、泣き続けた。

 しばらくして涙が枯れ、自身が殺人を犯した現実が脳裏に焼き付く。
突然、腹部から何かが込み上げてきた感覚にそれが何なのか理解した。
数時間前に口にし、大分消化され切った朝食を首から上がない死体にぶちまける。

「うっ・・・・・・げほっ、げほぉっ・・・・・・!」

 ジェームズは嘔吐物が混ざった唾液を垂れ流し、咳き込んだ。
幼い子供が味わった残虐な悲劇は、やがて精神の歯車も狂わせていく。


「警察だ!銃を捨てろっ!!」


 駆けつけた警官隊が事件があった店に踏み込み、複数の足音がバタバタとこちらに押し寄せて来る。
しかし、ジェームズは逃げようとはせず、その場に佇む。
彼は自分がこれからどうなろうが、最早どうでもよかったのだ。
償い切れない罪に人生は終わった。唯一、生きる支えであった憎しみは溶け、孤独に沈んだ今、失うものさえ何もない。
壊れた感情は"1つの望み"を残して虚無へと変わっていった。

 警官隊が目撃したのは、抑えきれなかった食人の欲望が仇となり、悲惨な末路を辿った女の亡骸と彼女がもたらした凶行によって、孤独と復讐に人生そのものを毒された憐れな少年だった・・・・・・

「父さん・・・・・・終わったよ・・・・・・」

 ジェームズはそう言って、晴れやかに微笑んだ。そして、銃口を自身のこめかみに当てた。銃声がもう1発、店内に木霊した・・・・・・


                         6ペンスの唄と死神の囁き FIN

Re: 6ペンスの唄と死神の囁き【完結】 ( No.11 )
日時: 2020/08/02 18:22
名前: シェルミィ (ID: FWNZhYRN)

 あとがき

 フローレンス・トッド(1885年7月11日-1933年8月12日)はパイ屋を経営する母親と理髪師の父親との間に生まれる。愛情を持って育てられた彼女は虫も殺せない穏やかな人格者へと成長し、幸せな暮らしを送っていた。しかし、そんな裕福な家庭は突如、崩壊を迎える。

 ある日、父親のアンドリューが窃盗の罪を着せられ逮捕される。数ヶ月後、彼は釈放されたが冤罪は晴れないまま生き甲斐だった職を失ってしまう。人々の軽蔑と社会的制裁により自暴自棄となった男は妻のエレンと娘のフローレンスに暴行を加えるようになった。暴力は治まる事なくエスカレートしていき、特に娘に対しては婦女暴行を働くにまで至ったという。

 そんな日々に耐えかねたエレンは毒を飲んで自殺。フローレンスは性的虐待の魔の手が伸びる寸前、母の形見である肉切り包丁で父親の首を切り裂き、惨殺した。貧しい生活で空腹だった彼女は母親の死体の一部を細かく刻んでパイ生地に挟んで焼いた。その時、初めて食べた人肉パイの味覚が癖になり、フローレンスは人肉食という禁断の習慣が芽生えてしまったのだと推測されている。

 警察の捜査を逃れ、数々の凶行に及んだフローレンスだが、歪んだ生き甲斐が仇となり1人の少年の復讐の凶刃の犠牲になるという最期を遂げたのであった。彼女の犯罪はイギリスの社会に大きな影響を与え、この一連の事件をモチーフとした映画や小説、詩、演劇などが長きに渡り流行する事となる。

 イギリスで有名な怪奇小説の1つもフローレンスの悲劇の人生をモデルとしており、濡れ衣を着せられた理髪師が人を殺し、彼と親しみのある女が死体の肉でパイを作る描写は『スウィーニー・トッド』の物語の原型となった。

 また、スウィーニートッドは19世紀の創作と言われているが、それは誤りであり、実際は20世紀初頭に起きたフローレンスの事件が本当の起源だと言われている・・・・・・

                マザーグース研究家
     -ショーン・エイデン-(1885年12月19日-1958年9月28日)
       ロンドンの都市伝説『6ペンスの唄と死神の囁き』より・・・・・・

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