BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)

妖と人の子
日時: 2019/01/03 08:23
名前: 大寒波

[夏目友人帳]二次創作話
先生:斑と夏目の ほのぼのBLです

現在、短編[2話]中編[2話]長編[2話]があります
これらは全て原作に準拠した内容で完結しております

 現在更新中の
「長編(3)」
※[レス61が第1話〜]は
平安時代を舞台として
夏目は盲目で在野の鍼医 (当時の漢方医)、
先生(斑)は斑の読替えの 『むら』と呼ばれている設定で展開しております



失礼ながら書込みは遠慮します

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Re: 妖と人の子  ( No.255 )
日時: 2020/05/15 22:23
名前: 大寒波


夏目長編(3)195.「平安編195」初出
'20.5/7

 本当に話を訊いてくれるのか、と不安げな童は眉根を寄せて口早に症状を告げる


瀉下(しゃか)や嘔吐を繰返し、寝込んで数日してやや良くなり立ち働き出すと 再び同じ症状を呈し 今では殆ど起き上がれない 意識はある 熱は上がる時もある 食が細い等々


説明する童に鍼医が訊き返しては問答を繰返している


傍らの従者は、勿論はらはらしながらそれを見ていた。
辺りに人気は無いが しかしいつ少将の配下が忍び寄るかも分からぬのだ。
吹き放ちの透き渡殿の上での立ち話なので通りすがりの誰にでも見られてしまうではないか


鍼医が余人から見えぬ様にと、然り気無く(さりげなく)己の躯で庇いつつ眼を配る従者をよそに、鍼医は問診を続けていた



「そなたの母は此の中(このじゅう)に 変わったものを食したりはしなかったか」

「そう言いましたら 母は予て(かねて)より 知合いから貰うた 精がつく葷(くん/大蒜,辣韮,葱類)の物を特に食べておりますが、家人は臭いを嫌うて誰も口にはしませぬ 」



「それは好んで食しているのか 」


「…それは、あの… 」


 それまで明瞭な受答えをしていた童が口籠った
辺りを睨み据えている屈強な男を見上げて何事か言い掛けては口を閉じ、を繰返している。


従者はそれを横目で見て、何故さっさと話をせぬのかと 眼を瞋らせ(いからせ)ている。
これを見て取った敏い童はどうも困っているようであった。



黙ってこの様子を窺っていた盲目の鍼医は意外なことを言い出した


「ここは風があり 私にはお前の声が聞き取り難いのだ 近くに寄って話をしてくれぬか 」



欄干に手を掛け身を低くした鍼医が耳を向けると、ほっとした様に側に走り寄った童が 小さな手を添えて耳打ちをする。

 鍼医からは常に衣類に焚き染めた白檀の香が漂っているが しかし身を寄せるとまた違う、桜葉や菖蒲の葉のような清涼な芳香がする
驚いた童は 思わずその貌を見た。


 色の淡い眼に光が射し込み黄玉めいた色あいに変じていた

それを覆う睫(まつげ)は白い貌に影を作る程に長い 歩いて来た為か頬には血の気が差し、口唇はいつもに増して赤い。人とも思えぬ美貌であった。


「如何(いかが)した 食の話を」


凝然と見入っていた童は当の鍼医に促されて、ぎこちなく小声で話を再開した



Re: 妖と人の子  ( No.256 )
日時: 2020/05/18 14:26
名前: 大寒波


夏目長編(3)196「平安編196」初出
'20.5/15

話を耳語(じご)して たちまち終えた童は後ろに下がった


「ではお前の母は 元来 月の障りが大変重かったが故に、知人より貰った葷の菜(にんにく,らっきょう,韮,のびる等)を数年来 食していたのだな」


「は、はい…… 働き者の母ですが
私が物心つく前には、月ごとに臥すほど酷かったらしいのですが、心配した人が精がつくからと葷の物など下さってからというもの見違える様に丈夫になったのです
母は 臭いがきつい菜故に いつも無理をして口にしておりました」


垂髪(すいはつ)姿の童は口籠りながら答えた

「それがいけなかったのでしょうか」



「そんな事はない
知人は智者(ちしゃ)なのだろう
女人の血の道が酷く重い時に葷(くん)の物は良く効くものなのだ 言い難い事だがよく話せた」


「姉が… 高価な本物の御薬を分けて貰うからには、病者の身体のことは包み隠さず申し上げる様にと言うておりました」


でも、と呟いた童は貌を歪ませた

「どうしてだか この半月前から覚えの無いほど母の加減が悪いのです 既に祈祷を頼んだのですが、良くなる気振りも無いのです」


そうか、 といったきり鍼医は黙考している。



 このやり取りを端から見ていた妻帯者の従者は、成程そういう事かと得心が入ったものである
やや短気ながらも根は親切者のこの従者が、当然の考えを口にした



「しかしお前 この方は京(みやこ)に名の知られた鍼医でいらっしゃるのだ
当家同様 富家(ふうか)の患家が数多あるし宮中へも召されなさる
その様な鍼医様が処方する薬を、お前代価は如何するつもりなのだ 」


少々気遣わしげに従者が言う。尤もな事である。



「はい 私どもの家では葉物と根菜を作っていますのでそれを籠三杯分と、
私が手伝いに出ている指物(さしもの)の師の家から貰う生きた鮒を手桶に入る分、などでお頼みしようと心積もりしておりますが……
如何 でしょう、か」


従者の話すのを聞いて 急に心配にな
った童の声が 尻窄み(しりすぼみ)に小さくなった。


当の従者は、気の毒そうな面持ちになる。






当時の京には 80以上の市が立ち物品の流通が大変盛んであった
薬を商う薬廛(やくてん)も賑わっており、取扱い薬は国産の和薬と共に中国や遠くインドからの薬剤も相当あったと考えられ産地種類は多岐にわたる

遣唐使の廃止は894年だが唐商はその後も海路を往復し貿易は盛んに行われていた。その中でも舶来品たる漢方薬は非常に高価だった
実際 奈良時代には薬剤は宝物庫に収められていた時期さえあった。

そして多様の品々が市に並んでいるといっても、当時市に出入りできたのは官吏や寺院関係者、土地の有力者等の上流階級に限定されていて庶民には手が届かない。

また当時の貨幣は、いわゆる物品貨幣(ぶっぴんかへい)であり米、塩や布地等を貨幣として経済活動の決済を行っていた。
そう言うと原始的に聞こえるが、余談ながら江戸時代の武士階級は、結局幕末まで俸禄の大半が米の現物支給だった



宮廷に仕える人々にも米塩布など価値の高い現物で給料が支払われていたが、在野の庶民の給料は衣類や生活用品等が主だった。


桑門(仏教僧)であった鍼医 夏目は市に出入りする権利を持っているが、それら市で本物の漢方薬を仕入れるにはやはり相当な代価を必要とする


童が用意した品では購える(あがなえる)筈もなかった。


Re: 妖と人の子  ( No.257 )
日時: 2020/05/20 18:11
名前: 大寒波


夏目長編(3)197「平安編197」初出'20.5/20



考え込んでいた鍼医の夏目が口を開いた

「今方(いまがた)の話だけでは仔細がよく分からぬのだ
お前が もし明日 この邸の仕事に暇(いとま)を貰えるのであれば、母を診に家に行くが都合はつきそうか」



男の童(おのわらわ)と従者は 思わず鍼医を見た。 高額な薬の代価を払えるかどうか、という話の最中なのだ ましてや、である



「はい 宴の後始末は 今日の内には済ませられそうですので お頼みすれば明日には暇(休日)が貰えるかも知れませんが…
ええっ家? 私どもの家に母を診に来てくださるのですか 」



下働きの童とはいえ この邸の私有民ではなく雇用されている身ゆえ、差障りあれば 休みを貰う事もできた。
あまりに待遇が悪い家は、使用人に逃げられてしまう事がよくあった



驚いた童が訊き返すと、鍼医が答えた


「内服の薬を二日分出し、 後は病者を診てからだ 少し気にかかる事があるのだ

代価は草片(くさびら/野菜)を籠に二杯と、塩漬けの鮒を五、六枚頼みたい 」


「そ、れだけでしょうか 私どもはもう少し用意が御座いますが…」

「今のでよいのだ」


これを耳にして童はどうしたものか
さっと顔色を変え 後ずさった


「それでは 御薬の代価に足りぬ分は 借銭を負うことになりましょうか 」


童は 全く慮外のことを言い出したものである
寝耳に水の鍼医は、首を傾げて問うた


「借銭(しゃくせん)とは一体何の話なのだ」



「今がた 鍼医様の富家の患家のことを教えてもらいましたが、私どもには その様な代価などとても有りませぬ

代価に届かぬ分は 私の借銭として、
私は鍼医様の所有の奴となるのでしょうか 」

不安げに危惧を口にする童の声が震えている

鍼医 夏目はこれを黙って聞いていた







当時 奴隷(主の所有とされ売買譲渡寄進も可能)である奴婢は、既に廃止令が出されており 解放、姿を消していた


しかし前借金(ぜんしゃくきん)を身内が借入れして、その返済方法として子供を年季奉公先に渡して労働に従事させるという実質的な人身売買は公然と行われていた

国法で禁止はされていても、いわば黙認されていたのである



また 人商人(ひとあきびと)と呼ばれる人身売買事業者や、人勾引(ひとかどい/誘拐)が 旅行者や子供を誘拐しては辺境の農奴として、買い求める富者や農村部に売って強制労働させる業者や仲買い人が後を絶たなかった

こちらは取締まりが酷しく刑罰も苛烈だったがなかなか根絶とはいかなかった


特に子供は、都市部であってもこの農奴目的の勾引(こういん/誘拐)で、ある日突然 行方不明となる事があった

過酷な労働で若くして落命するのが普通であったので、生きて再び故郷の土を踏む事も、親兄弟に再会する望みも無いのだった。


国風文化が爛熟する大都市 平安京の持つ一面であった。




Re: 妖と人の子  ( No.258 )
日時: 2020/05/31 06:41
名前: 大寒波

夏目長編(3)198「平安編198」
初出'20.5/22


童は渡殿からやや離れ警戒も露わに鍼医を見上げていた

よく判らぬままに他者に騙され多額の借財を背負わされた挙げ句の果てに、借銭の形(かた)として自身が何方(いずかた)とも知れぬ荘園や山間に労働力として売られかねないことを危(あや)ぶんでいる


巷間(こうかん)に幾らでもある話であるから恐れるのも無理はなかった
不法に売買される農奴で一番価値ある者は、丈夫な男の子供なのだ。



貌を青くした童は今にも逃げ出しそうに見えたが そわそわと身動ぎはするものの立ち去りはしなかった
やはり薬を諦めきれぬものと思われた


この様子を見かねた従者が 声を掛けてやろう と口を開いた時、鍼医がそれと察して片手を上げて押し止めた


「お前の父は健在か 」


久方振りに口を利いた鍼医に びくりとした童はおずおずと答えた

「 私が物心つく前に 失せて(死んで)おります」

「身内はいるのか」


「私をこの邸に連れてきてくれた父代わりの伯父がおりましたが この二年行き方知れずに」


男の童が 他家に働きに出る場合、大抵は幼い内に父親についてやって来てその仕事を手伝いながら一人前になってゆく事が多い。世襲の職種もあった



従者は貌を曇らせている 童の身内を見知っていたのだった

一体 この鍼医殿は どうした思惑あってこの様な話を訊くのか。
不可解に思えた。
薬など高額な代物が下働きの小童に購えるわけがない それならそうと、直ぐ様断ればよい事ではないか


再度 険しい貌つきになった従者をよそに 鍼医が更に慮外の話を続けた



「では 何らかの相談事には姉を頼るのであろうが、今ここには居らぬ故 それは叶わぬ
私はこの邸の仕事を終えたので
今より辞去(じきょ)する事となるが、
午前の内にここを出るゆえ
それ迄に お前は薬を求めるかどうかを決めるとよい」


「……お帰りになる迄に、決めなくてはならないのでしょうか」

困惑の表れた貌で 童が小さく尋ねた
自分の将来をかけた選択なのだ
判断に足る情報も持っていない


「誰かここの者に、判断の助けになる事を訊くことは出来よう
または己独りで判じるのでも良い 」

「…………」

押し黙った童は 爪先を見つめていた
眼が泳いでいる。 困り果てていた。



ややあって夏目が やおら童に向き直り 声低くゆっくりと語った



「 よいか お前はまだ幼いが 判断のつかぬ事柄でも他者の様に父母の知恵を頼る事ができぬ

お前の言うように、この胡乱な(うろんな)話は 年端もいかぬ者を謀る(たばかる)ものやも知れぬ

だがしかし 今がた この鍼医に聞かされた代価にて薬を購える話やも知れぬ

どちらを選るかでお前と身内の行く末が決まる

いつでも選択を迫られるのが人の世というものだが、より良い方を選ぶのは誰にとっても難しい事だろう
その為に周りの者の言を沢山聞き、そして自身の知恵を絞って考えるのだ

難しくとも 自分が考え抜いて自分で選るしかないのだ」


話を終えると鍼医は立ち上がり 従者に頷いてみせると、足早に主屋へと歩き去った


面を上げて二人の後ろ姿を見送る童に困惑の色はもう窺えなかった
そしてもと来た対の屋へと一目散に駆け戻っていった。



Re: 妖と人の子  ( No.259 )
日時: 2020/05/31 00:19
名前: 大寒波


夏目長編(3)199「平安編199」
初出'20.5/30




次郎君(じろうぎみ/次男)は俯き加減で廊を歩いていた。時折立ち止まっては長息し、歩き出してはまた深い息を吐く




先刻 目覚めも快く弾む足取りで 父に朝の挨拶に行き、そこで寝耳に水の話を聞かされたばかりである

余りの深刻さに真っ直ぐ自室に戻る気にもなれず、庭園をぼんやり見遣っている
流石の 陽気で軽い次男坊といえども
笑っておられぬ由々しさであった


  

平素はマシラ(猿)だの狒々(ひひ/大猿の姿の妖怪)だのと呼んで揶揄っているあの図体の大きな屈託の無い弟が、今を去ること三年も前に死線をさまよっていた事など全く知らずにいたのだ




真摯な恋情の末に ことが不首尾に終わった以上、女盗み(駆落ち)の事は秘して隠し通すしかなかった事は理解ができる

もし事が露見していれば、文官の自分は真っ先に職を追われていたに違いないのだ
無論 御所に出仕する身内の全てが
女君の夫君の意趣返しを受けていただろう事は想像に難くない


この密事を抱え 思う女君の消息を訊ねる事も許されず、痛む躯をひとり隠してきた弟が、次郎君には 酷くかなしく思われた

もはや 居ても立ってもいられず、
今は長兄の私室で休んでいるという
三の弟の、昨夜大暴れしたなどというその間抜け面を見舞って なにかしら声を掛けてやりたい

ともあれ自分も一旦自室に戻りよくよく勘案してからだ、と思い立った次郎君は小走りで自室に向かった






ところで 次郎君が昨夜 就寝したのは件(くだん)の弟 三郎君の部屋であって自室では無い。
宿泊客が皆 帰途に就くまでは今日も 引き続きそこを使うつもりでいた。

しかし気もそぞろの次郎君は その事と、昨夜から我が自室を諸般の事情により、鍼医の夏目が使っている事を完全に失念していたのである。






寝殿造りの家屋では本来 主人のみが
塗籠(ぬりごめ)のある主屋(寝殿)に住まい、妻子は対屋(たいのや/副屋)で起居するものとされているが、この邸では姫君達の不幸の後に 全ての家人の部屋を主屋に移して設えた。
そうすれば連絡が密で速く、
一朝事有る時には すぐに駆けつけられるからである

世上の形式ばった生活様式を もはや手放しているのだった。






いざ自室の前にきた次郎君は、部屋に入る前に 長兄の私室である隣室に居るであろう弟がやはり気になり、御簾の外から内を透かし見てみた


しかし人影は無い。
少なくとも三人は居ると聞いた部屋の不審さに次郎君が内を覗き込むと、果たして無人であったが
成る程 上掛けを掛けた寝床が設えられたままになっていた


これはあれだろうか
三の弟も多少は正気付いて、介添え二人に付き添われて 父の所に此度の事訳(ことわけ)を 自ら話しに行ったのかもしれぬ それならば入れ違いになったか…


呟きながら 隣の自室に入っていった次郎君は ぐう、と息を飲む音を立てたと思うと石に変じた様に固まった


見た事も無いほど奇怪なものが部屋の奥にうずくまっていた。



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