複雑・ファジー小説

魔術師の自傷症候群
日時: 2015/11/27 01:13
名前: マイルドストライク (ID: xJyEGrK2)

 鏡面の世界には、今日も自分の罪に耐え兼ねた魔術師たちの涙が零れ届く。嘆きの粒たちは表面で限界水準を保ち続けていた張力の一線を決壊させる。
 溢れ、零れ出した絶望の黒水たちは下界へと滴り落ちる。結果、人の世には浄化された分の罪が生まれ落ちることになる。
 この物語は、ある魔術師が負の連鎖を止めるために立ち上がる――かもしれない。そんなお話である。

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プロローグ「神罰に縋る男の独り言」 ( No.1 )
日時: 2015/11/27 01:15
名前: マイルドストライク (ID: xJyEGrK2)

 大体のことは察していた――と、思い込んでしまったのがそもそもの誤りだった。
 失ったモノの多くは代替えの効かない唯一無二の代物ばかり。
 人命、身体――そして心。
 抽象に秀でている心については俺の主観が多分に混じった所感ではあるが、恐らくは間違いのない事柄である。
 そもそも、心を失った人間とは俺だ。自分の胸の内が空っぽになったんだ。自覚を持てない訳がない。
 今に至って俺のこの空虚さは罪となったのだろう。
 多くを奪い去った罪人がよりにもよって、傷める心を持ち合わさないんだ。許される筈がない――いや、許されてはいけないのだ、と自分ごとながら思う。
 贖いの目処も当てもない。
 連日連夜、昼夜も問わずに禊に従事すれば許されるのか。無い胸の内を傷める素振りを振る舞いて生き永らえれば良いのか。
 いったいに、俺はどうすれば良いというのか。
 神――今さら、と笑えてくることではあるが、乞うてもみるさ。そうして、この難題の答えを与えてくれるのなら、どんな無様も呈する覚悟はできている。
 だから――だからどうか、この俺に罰を与えて欲しい。神様でも何でもいい。俺に贖っている、という実感を与えてくれ。
 願わくは――俺の一生を不意にするような、永劫に続く罰を与えてくれることを祈るのみ、だ。

第一章「奇婦人」 ( No.2 )
日時: 2015/11/27 23:40
名前: マイルドストライク (ID: xJyEGrK2)

  奇婦人

 されど――彼女の食欲は底を知らなかった。
 尽き果てることのない欲求の行く末は凄惨であるのが常。我を無くし、夢心地の中へと溺れ沈む様は滑稽の二文字に伏すのである。
 しかしながら、古豪の家柄とも称えられる庭敷(にわしき)に嫁いで早くも十年来となる彼女――香奈恵(かなえ)の変調が著しい物となったのは、ここ数年の内のこと。
 以前の彼女を良く知る者から言わせたら、昨今の彼女は別人も別人。良く似た風貌の女性とすり替わっている、という種明かしをされても一驚するのみ。すぐに嗚呼、と安堵を起因とした微笑みを浮かべることに違いない。
 庭敷邸の絢爛豪華な出で立ちを助長させる広大な面積を誇る庭先は青々と茂った芝生が地表を埋め尽くし、西洋造りの濃色を醸す木目調が仰々しい館の壁に備わる大きな窓からその庭を覗き見る男が一人、芝生の青を醜悪な色調によって上塗りする無粋な輩を眺め見守る。
 輩の様相はまるで餌に群がる獣も同然。生々しく鮮度の良さをアピールしてくる水々しい咀嚼音を窓越しではあるものの確かにその耳に入れると、男は彫りの深い目元を剛健な指先で覆い隠す。

「嗚呼、いったい――いったい彼女に何があったというのだ」

 男――改め、庭敷家の四代目当主である千蔵(せんぞう)は胸中を苛む憂いを惜しげも無く吐露させて項垂れる。視界を覆った暗がりに縋るようにして焦点をさ迷わすのは単に、目に映った光景を現の出来事である、と誤認したかった訳ではない。
 文字も意味も言い得て妙なくらいに当て嵌まった『現実逃避』なる愚行に走る程、彼の精神は脆くも稚拙でもないのだ。
 戦乱恐慌な学生時分を送り至った彼にとって、妻として妾とった相手の奇行に未だ衰えることを知らない怖い程に力強い眼光を背ける選択肢こそ、自分がこれまでに築いてきた全てのものを不意に帰す行いであることを彼は誰よりも理解していたのだ。
 後方に広がる大理石造りのリビングの中央に敷かれたワインレッドの絨毯が視野に蘇った際、彼は落とした視線を上げるよりも先に思い至る。

「そうだ……彼女なら、妻のこの豹変ぶりについて何か知恵を授けてくれるはずだ」

 一縷の望みを見出した千蔵は足早に使用人兼秘書として雇用している一番の理解者へ、嬉々としているようでその実、どこか高揚の具合が薄ら寒い声音で言付ける。

「魔術師を――今すぐに三草(みつくさ)のところの魔術師を手配しろっ」




 少々の荒事では恐らく彼女の閉眼をこじ開けることは叶わないのであろう。故に、三草子子(ねこ)は強硬手段に打って出たのである。

「千草(ちぐさ)さん――覚悟っ」

 頭蓋が粉砕したかのような、わざわざと聞き耳を立てずとも周辺住民の耳へと這い寄って行きそうな程に物騒な殴打音が六畳間の一室に鈍い響きをもたらす。
 子子は目尻に大粒の涙を浮かべて頭を摩りながら驚嘆の表情を向けてくる赤茶げた革張りのソファ上の女性を前に、痩身な両腕を腰元へ据え置きながら仁王立つ。
 手元で鈍色を煌めかせるのはややサビの目立つフライパン。

「子子っ――いくら私でもね、そんなんで殴られたら死んじゃうじゃないっ」
「……そういう文句は実際に亡くなってから言って下さい。それよりですね、先程から千草さん宛の電話が引っ切り無しに掛かって来てるんです。全くもって煩くて敵いません。早急に何とかして下さい」

 ピシャリ、とそんな擬音でも拵えようか。
 茶色いミドルヘアを仕切りに摩ってはその手に血が付着していないか、と確認を繰り返す女性は子子の我関せずと言い切った言葉に歪んだ表情をさらに崩す。
 端的に物を言えば千草という女性は麗人と讃えて間違いはない。が、彼女と一度でも会話を交えた者は総じて外観と内観との差異に落胆を表することになる。
 彼女たちが棲息する界隈での千草の呼び名は不名誉なことに『表裏の魔術師』である。表が意味するところはつまり外観、裏とは内観のこと。
 しかし、この二つ名にはもうひとつの意味が潜んでいるのであるが、それはまた別の話である。

「電話……誰からなの?」
「庭敷様のところの、あの美人秘書からですよ」
「嗚呼――あの趣味メイド」
「他人の仕事をそんな風に揶揄するのは良くないですよ」
「あいつの場合、本当に趣味でメイドの方を勤めてんだから、これは揶揄じゃなくて的確な指摘よ」
「はあ――どっちでもいいんで、早く電話に出て下さい」

 癖毛の金色をしたショートヘアを隠すようにしてカブった地味色のハンチング帽のツバを据えて整え直すと、白と黒のチェック柄が映えるオーバーオール姿の子子は、十七にしては小柄な部類の身体を半身にして千草を電話口の方へ促す。
 すると、リンと小気味好いが同時に小煩い電話の呼び鈴が再動したのだった。

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