複雑・ファジー小説

銀の十字架を掲げて
日時: 2016/01/20 23:56
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 悪魔がどこに棲むか知っているか?
 街角に、ああそうさ。奴らは機会を伺っている。足裏が地面を叩く音を耳にしながら、今か今かと獲物が通るのを待ち構える。その目は羊を狙う狼よりもずっとギラギラと輝いている。当然さ、奴らは欲望が意思を持ったものなんだから。
 下水管に、イメージは悪くない。奴らは薄汚いところが大好きだからな。ただしそこは下水管と違って臭くはない、ただしより一層汚れてはいるがな。
 上空から見下ろしている。そうだな、姿を持った悪鬼は上空を徘徊し、災厄という形で現れる。ハリケーンで出た行方不明者は、実は悪鬼に食われてる。そいつは討魔の者しか知らん話だがね。
 本当はどこに棲むのか――――それに答える前に一つ問おう。諸君、鮭を知っているかね? あれと同じさ、生まれた地に帰ろうとするのさ。あるものは本能的に、あるものは意図的に。
 じゃあ、どこで悪魔は生まれるのかって? そいつは簡単だ。



 人の心の中だ。


【出典『最古のエクソシスト』新暦三百五十二年発行】



________

お久しぶりです……で合っているのでしょうか。
そろそろ顔を見せず一年くらいになると思います。
それでは、よろしくお願いします。


* story
第一話 麻の苗木を跳び越えるように
>>1

Page:1



Re: 銀の十字架を掲げて ( No.1 )
日時: 2016/01/21 00:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 かつて著名な学者でもあるオハネ卿はこう述べた。『悪魔とは、それそのものが獣であり、人を獣たらしめるものだ』と。しかし私はこう考える。悪魔とは獣――――動物的なものというよりも植物的なものなのではないかと。
 悪魔が人の心から生まれるのは誰もが知るところだろう。しかし、どうしてそこで生まれるのだろうか。それは人が生まれながらに、悪魔の種の自らの内に秘めているからだ。悪魔の種が植えられた大きな庭、それこそが人の心を心たらしめる。
 そしてそれらは外的なストレスという日光を受け、その者の中に怒りや憎しみといった形で湧き出る栄養や水を元手に、悪魔という芽を出すのだ。一たび芽を出してしまったらたまったものではない。見る間に育ち、根を広げ、枝を伸ばして巨木となる。
 巨木となってしまうと本当に厄介だ。その人自身が悪魔に侵され残虐非道な人間になるだけでおさまらない。彼が為す害こそが、次の悪魔を生む栄養となるのだ。一つの苗木から種子がこぼれ、だんだんと周囲に林が広がっていく――――悪魔が世にはびこるのはそのような姿によく似ている。

 そして植物的な性質を持っているからこそ、今のような対処が可能となる。巨木の影響で新たな種子が芽を出さぬように、苗木が巨木とならぬようにする最善策はとてもシンプルだ。その幹を切り倒してしまえばいい。
 そしてそのためのノコギリこそが、誰もがよく知る退魔師と討魔師、合わせて祓魔師(エクソシスト)である。

【出典『悪魔の植物的側面』新暦五百五十三年発行】




〆第1話 麻の苗木を跳び越えるように


 ミスト市は夜になると、名前の通り霧に囲まれる幻想的な街だ。夜の闇の中、家という家の窓から漏れる明かりが外の空気を埋め尽くす霧により反射を繰り返し、うすぼんやりと明るい美しい光景を作り出す。
 夜の闇の中でその霧はなぜだか紫に煌く。毒々しい紫ではない、思わず手を伸ばしたくなるようなアメジストのような透き通った紫だ。毎晩のように窓ガラス越しに見えるその光景は、何カラットのダイヤよりもずっと美しい。きっとこの中でデートが『できるとしたら』その記憶は宝物となってずっと覚えていられるだろう。
 しかし、その夢は叶わずあくまでも夢のままで終わってしまう。その理由はこの町の住人であるならば誰でも知っている。物心ついた頃からずっと、両親に厳しく言い聞かされる。太陽が見えなくなったら、外に出てはいけないのだと。外に出るどころか、ドアに触ろうと、窓を開けようとするだけで彼らは途端に顔色を変える。
 夜の街には、悪魔が歩いているからだ。それも、一匹や二匹ではない。数えきれないたくさんの悪魔が、街路をびっしりと覆いつくしている。たとえ悪魔が家屋の中に入る気が無くても、開いたドアがあったならばそこから入り込んでしまうほどぎゅうぎゅうに、町中の道に詰め込まれている、そういう伝承だ。
 この伝承が真実を一部の間違いもなく正確に記しているかどうかはわからない。しかし、毎日顔を合わせる近隣の住民全員が、日没後に家を解放したことが無いとは誰しもが知っている。そして、奇怪な死を迎えた人間は全て、その不注意や油断で家屋を開け広げてしまった人間だということも。

 霧に満ちた美しい幻想的な街、にも関わらずこの町は治安が悪く、土地も非常に安い。ここでしか暮らせないような人間だけが住んでいる。悪魔と共に暮らせる街、そのような蔑称がついてしまうくらいだ。
 人のいない街をゴーストタウンと言ったりもするが、市外の人は口をそろえてこのミスト市をこのように形容する、『デビルズタウン』と。安直で捻りのない、さらには飾り気もない名前。だからだろうか、より一層ミスト市は一般的な人民からは遠ざけられ、墓場のようにも見られていた。
 そしてそんな街を訪れるようなもの好きは、今日も変わらず当然のようにいない。
 はずだった。

 ミスト市の中央に存在する丘の上には、一軒だけ大きな邸宅が立っていた。このミスト市が最低限生活を送れるだけの物資を調達している商家、レイン家である。西の空が真っ赤に燃え上がり、戸締りをしっかりとしようとしたその時の事だった、玄関の門に備え付けられたベルが鳴り響いたのは。
 何事かと思った使用人の一人が、日が落ちる前にと急いで扉を開けた。するとそこには、見知らぬ少年が一人立っていた。

「どなたですか?」

 使用人の少女が、早口にそう尋ねた。早くしなければ、悪魔が出る時間になってしまう。

「旅の者です。泊まるところがないと聞いて、そういう時はここの方に相談するといいと言われたのですが」
「そうでしたか。日が落ちてしまうとこの町では危ないので、ひとまず上げるようにと旦那様から言われておりますので、どうぞお上がりください」

 この少年が異例なだけで、この町に旅人など訪れない。訪れたとしても数年に一人、といった程度の数字だ。そんな中で宿泊業が成り立つわけがなく、何十年も前にこの町の宿泊施設は全て廃業になってしまった。そのため、唯一広い家を持つレイン家の人間が、来訪者を一晩泊めて翌朝に送り出すこととなっている。その旅人が宿をとれず、外にいたために悪魔に憑りつかれて暴れられてはたまらない。

「さあ、ご遠慮なさらず。訳は後にお話ししますので急いでお入りください」
「すみません、それではお邪魔させていただきます」

 柔和な笑顔を見せて、青年は礼儀正しく腰を折ってお辞儀をした。そのまま使用人に導かれるように、邸宅に足を踏み入れる。内装は少年が思っていたよりも質素で、落ち着いた雰囲気になっていた。真っ白な無地の壁紙に、一枚だけ小さな小さな絵がかかっている程度だ。
 彼を家へと招き入れた少女は扉のすぐ内側に置かれていた小さい鈴を鳴らして、奥の者へと呼びかけた。

「旅の方が一名いらっしゃいました」

 指でつまんだ紐には、美しく加工された銀の鈴が結ばれていた。銀が高価になったこの世界でこのような代物が置いてあるとは、随分立派な家なのだと少年は認識を改めた。
 鈴を元の場所に戻した少女はすぐさま施錠を始めた。もう太陽はほんの少し頭のてっぺんをわずかに水平線の上に出している程度になってしまっていたからだ。扉を閉めて、五つある鍵を全て閉ざした。
 何もそんなに閉めなくても、少年はその光景に驚き、そんな独り言をもらした。

「ダメですよ。鍵の隙間から悪魔は入り込んでくる、この町の子供は皆そう教わります。私もそうでした」

 そう言って彼女は、この町の悪魔について端的に彼に説明した。夜、霧に包まれたこの町は同時に、悪魔にも包まれてしまうことを。

「そうなんですか。せっかく綺麗だというなら、それはそれは残念でしょう」
「……どうでしょうか。私の場合、この霧の景色は綺麗すぎて……逆に気持ち悪く感じることもあります」

 悪魔が原因ならばそれは不気味でしょうねと、少年は相槌を打った。
 確かにそうですね。そう言って少女は小さく笑って見せた。

「そう言えばあなたは、どうしてこの町に?」
「セイヴァーという町の出身なのですが、銀聖教会を目指しています。その途中なんです」

 銀聖教会、その言葉を聞いた少女は驚きを顔に浮かべた。

「もしかして、祓魔師の方ですか?」

 少年には、彼女の声がほんの少し明るくなったような気がした。

Re: 銀の十字架を掲げて ( No.2 )
日時: 2016/01/22 17:28
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


「水を差すようで申し訳ないのですが……」

 所在なさげに少年は頬を掻いた。少女の表情が希望に満ちていればいるほど、居たたまれなさが彼の中に生じる。

「僕はまだ見習いなんです。セイヴァーに祓魔師の学校があって、そこの教育課程がつい先日終わりました。一応実地演習もしたことはあるのですが、それでもまだ見習い以前の祓魔師でしかないんです」

 装備もこの程度しか持ち合わせていなくて……。消え入りそうな声と共に彼の視線が地面に落ちた。彼が見習いだと知った少女よりも、彼自身の方がよっぽど残念そうにしている。彼が取り出した装備とは、小さな小瓶に入った透明な液体と、袋に詰められた白い粉末。三枚程度の小さな紙と小さなナイフ程度だった。

「悪魔を浄化するための聖水、悪魔をよけるための清めの塩、魔除けの法をこめるための紙と、単純に護身用のナイフです」

 これだけの装備だと、たった一回悪魔に襲われただけで全てを使い切ってしまうのだと彼はかいつまんで説明した。旅立ちの際にはもっと多くの装備を鞄に詰めていたのだが、ここまで来る間にほとんど使い切ってしまったのだ。邪魔にしかならないのえ、貴重品と小さなポーチだけ残して鞄も捨ててしまったと彼は付け加えた。

「もうすぐ教会には着くので、それだけならこれだけあれば大丈夫なのですが……。話を聞く限り、僕一人でこの町の悪魔全てをどうにかできるとは思えません」
「そう……ですか」

 重たい空気が二人の間に流れる中、それを破るかのように違う足音が奥のほうから聞こえてきた。足音を聞いた少年は咄嗟に男だと判別した。

「お客様ですか、これはまたどういったご用件で?」
「銀聖教会に向かっていまして、その途中でこの町に寄ったのですが、宿が見当たらなかったので、こちらを紹介されました」
「そうでしたか。それでは、奥のほうへどうぞ」

 現れたのは、最初に彼に対応してくれた少女とは違い、年季の入った使用人だった。もう六十は超えているだろうか、白髪の中に黒い髪がちらほらと見える程度になってしまっている。それにも関わらず顔や体は健康そのもので、背筋はぴんと伸びて声も快活である。柔和な笑みはきっと職業上作られたものなのであろうが、それでも自然な笑みであった。
 銀聖教会へ向かうと少年が言っても、その使用人は何も詮索してこなかった。慣れているのだろうか、ふと少年は疑問に思った。

「客人用のお部屋はこちらでございます」
「お代はどうしたらいいですか?」
「旅人を止めた際、後日教会からその分の手当てが出ますのでお気になさらず」

 何度もこの町の悪魔事情は大変なことになっており、事態は火急であるとレイン家は教会へと訴えている。にも関わらず教会は動こうとしない。というのも、祓魔師の人数が足りていないのだということだ。これだけ大規模な悪魔被害をどうにかするには、祓う人間も数多く必要になる。しかし、悪魔被害はミスト市以外でも起こっているため、下手に貴重な人員をこちらに割く訳にはいかない、という訳である。
 今のところ、夜の戸締りをしていれば被害は出ない状況が続いているのも、教会が重い腰を上げようとしない原因の一端となっている。実際、夜に外出できない不便さこそあるが、この町ではもう何年も被害者は出ていない。

「そういえばお客様の名前を聞いていませんでした。わたくしはこの屋敷の執事長をしている、ウィーグというものです」
「僕はカナタと言います」

 セイヴァーからやってきたことを伝えると、ウィーグの表情が少し変わった。はてさてどこかで聞いたような……初老の執事長は首を傾げ、記憶を探る。

「エクソシストの学校があるところです」
「なるほど、そうでしたか。思い出しました、世界で最も厳しい学校だと聞いております。卒業試験が生徒単独での銀聖教会への旅なのだとか。もしやその真っ最中でしたかな?」
「そうです。明日教会にたどり着けば、正式に祓魔師の見習いと認められます」
「願わくばいつか、この町をどうにかして欲しいものですな」

 笑みを絶やさずにウィーグはそうこぼした。はたして冗談で言ったのか、悲痛な欲求を冗談めかして伝えただけなのか、カナタには分からない。ただ、どちらにしてもこれから教会の人間となるカナタに対して八つ当たりをしているような気配はなかった。純粋に、客人と会話を繋げるための話術だったのだろう。
 ただし――――。

「当然です」

 それに対する彼の対応は冗談のような雰囲気などなく、とても真摯で、そして真剣であり、さらには余裕のないものだった。

「それは心強い。いつかミスト市が晩酌に出かけられるような町になるのを期待しております」

 ずっと廊下を歩いていた三人だったが、とある一室の前でふいにウィーグは立ち止った。カナタが振り返ると、さも当然と言わんばかりに、最初に出迎えてくれた少女も立ち止まっている。

「ミリア、部屋を整えておくれ」
「わかりました」

 カナタに一礼をし、彼女は先に部屋の中に入った。客を入れる前に最後にもう一度掃除しておこうということなのだろう。躾が行き届いており、ミスト市の評判に対して、随分とよくできた人ばかりのお屋敷だとカナタは感じた。


________


ちょっと今回の更新は短いです。
そこで少々用語の紹介をしたいと思います。
ただ、書きすぎると冗長になるので全部一行程度です。


【退魔師】儀式により悪魔を払う者。
【討魔師】銀の剣により悪鬼を斬り伏せる者。
【祓魔師】退魔師、討魔師の総称。
【エクソシスト】祓魔師の別名、意味は変わらない。
【銀聖教会】エクソシストの総本山。

今日のところはこのあたりまでで。
今後新しいワードが出てきたらまた紹介します。

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