複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.200 )
日時: 2019/02/17 00:00
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 話し込んでいる内にすっかり日は暮れ、再びクルツェスカは凍て付いた夜の姿を現した。青褪めた月は、その死顔を暗い雲に呑まれ、輩である星とてまた然り。暗い都だと、アースラは嗤っている。酷く闇の多い都だと。一寸先は闇、五分は愚か、一分先とて見えないのだ。クルツェスカの貴族とて、いつ掌を返すかも分からず、また彼等とて自分達を訝しげに見ている。ジャッバールの趨勢次第によっては、アゥルトゥラと敵対する旨を伝えている故、仕方ない事なのだろうが。
 先んじて聖堂を立ち去ったのは、シャーヒンとラシェッドであった。ジャッバールの者達に見られては拙い、と気を回してくれたのだ。
 暫くの時間をずらすため、二人は聖堂に居た。彼等が立ち去っても、アースラは何やかんやとカシールヴェナでの話をしてくる。家門を別った後の彼女は口数が少なく、やや塞ぎ込みがちだったが、肉親と顔を合わせた事で気が緩んだのだろう。そこにラシェッドという道化が居た、彼もまたナッサルの兄弟達特有の軽さと、柔和さを持ち合わせた人物である。アースラの陰鬱とした思い、緊張を解すのに丁度良かったのだろう。
 遅れる事の四半刻ばかり。漸く二人は聖堂から出た。アースラは寝所を手配、用意しているらしく、その場まで送る事とした。脛の辺りまである長い外套を纏い、顔を風避けの布で覆っているため、道すがら擦れ違うセノールも、それがアースラだとは思っていない様だ。ただ、擦れ違うアゥルトゥラは彼女を訝しげに見ている。何か仕出かすと思っているのだろうか? 恐らくはミュラと体付きが違う事に気付き、疑問を持つ者も居ただろう。
「顔出してて平気なの?」
「……慣れた」
 少しくぐもった声でアースラは問うて来る。確かに冷えるが、風が無ければ気にするまでもない程度の気温である。それなりの期間で身体は慣れるというものだ。
「ふぅん、そう……酷い寒さだと思うんだけどね」
 隣を歩む彼女はただただ、寒さを訴え続けていた。その言葉から思い浮かぶのはミュラであった。声色や、語気は違うのだが、彼女も確かにそうで、秋が去ろうとしている廓で、身を震わせていた。遂には金を握らせ、厚手の外套を買いに走らせたのも記憶に新しい。
 ふと、ジャリルファハドは立ち止まり小路を睨む。あの愚か者は何処に行ったか、と思案しているのだった。外見はセノールそのもの、現在の様な緊張状態で一人で出歩くのは得策ではない。差別感情は未だ拭えず、燻り続けて来た目に見えない怨嗟、それを晴らす対象となる可能性すらもあるのだから。
「どうしたの?」
「……気にするな、自分の身だけ案じていろ」
 自分の身は余り案じないくせに、と布の下でアースラは笑っていた。内偵に行った先で斬り合い、傷を負うなど言語道断である。彼はセノールの戦士としての矜持を示したが、工作員としては失格である。敵はアゥルトゥラ、疑わしきはジャッバール。一つの暴力の末、血が流れたならば、均衡は破られ、引き金ともなる。
「そうそう、聞いて。ベケトフって知ってる?」
「名前だけ」
「そこの娘。人形みたいでね。従者は腹が減った番犬」
「そうか」
 だからどうしたと言うのだ、とジャリルファハドの視線がアースラを突き刺す。特に身動ぎをする様子もなければ、顔を多い隠している布の下で静かに笑っている。言葉が足りないから、身の動き、目の動きで彼は語り、問う。それが誤解を与える事もあるが、昔から親しく、長い時間で出来上がった関係が誤解を跳ね返してくれる。
「その"番犬"はね。"人形"のために死ねるそうよ。私とよく似てるわ」
 仕えるべき者、命を擲つべき者に対し、簡単に命を差し出せる。身を砕き、骨を粉としてもだ。その言葉にジャリルファハドが僅か、目を見開いた様に見えた。何を言っていると、言葉無くして彼は問うも、その答えを求めている訳ではない。次の言葉を言い放てば、彼は表情もなく愚かだと嗤う事だろう。錆び付いた鉄面皮はゆっくり、正面へと向き直る。
「人を犬だの、人形だのと、褒められた物ではないな。……それにお前まで、誰かのために命を掛ける必要はない。元を正せば、若く弱かった俺がアサドを引き止められなかったのが悪い」
 ──尻拭いをするな、と彼は続けた。
 未だ脇腹に残る傷跡。龍蛇の悪魔の手により、肉を抉り取られ、瀕死の重傷を負ったが故にバシラアサドを引き止められなかった。その負の証、未熟の証が今の状況となった一つである。
「無理。それにね、彼女は……あなたにも似てるわ。民族の為なら死ねるんだもの」
 番犬は主が為、亡霊は友が為、彪は民族の為。三者三様、簡単に命を擲つ。どうしようもない、愚者がこのクルツェスカには群れを成す。死は身近であり、先はない。であるからこそ、この都は暗いのだ。
「そうあれかし、と育てられたからな。……お前は違う、ハカンの小父貴はそうして来なかっただろう?」
 自分の子には、ね。とアースラは食い気味に答えて見せた。兄を、友を歪めた要因の一人。愛すべき肉親でありながら、憎み恨むべき業人。"導く者"という名の通りの彼の顔が脳裏に思い浮かぶ。それは幼子を甚振り、流れた血にたじろぐ様子もない。そこにあったのは暗く、冷え切った瞳であった。



 漸く宿へ辿り着き、アースラと別れる。別れ際、彼女は相変わらず笑いながら、ひらひらと手を振っていた。何かあったら、身を守れる様にと持たせた鎧通しに擦れ違ったアゥルトゥラの男が、ぎょっとした様子で彼女を見ている。臆病過ぎると、ジャリルファハドは彼を嘲笑う。彼女が今の状況で、凶行に及ぶ事はない。危害を加えようとて、するりするりと煙の様にすり抜けては、夜を歩くのみ。
 今晩は冷え込んでこそ居たが、風がなく厳冬という雰囲気ではなかった。冬将軍が一休みしている。それが何処か不気味かつ、不吉な予兆の様に思えた。大路だというのに人気は少ない。早朝、斬殺された死体が見つかったのが関係しているのだろうか。
 暫く歩き続ける内、漸く人が姿を現した。色街の辺りだ。大勢が死に、多くの血が流れた。物陰から亡者が生ける者を羨み、見据えているやも知れない。仄暗い瞳でただただ立ち尽くしては、此方を見据えているかも知れない。そんな近寄る事すら憚られる場所を、一人の男が立ち尽くす様にして見つめていた。その者には見覚えがあり、近付くにつれジャリルファハドの歩調が大きくなる。
「……ハイドナー。こんな場所で呆けて、何をしている」
 不意に話し掛けられ、彼は跳ね上がる様にして身じろぐ。四寸近く身長の高い彼を目を睨んでいるが、口元は笑っている様にも見えた。咎める様な口調も、唸る様な声色も、恐らくは生来の物。悪気はないのが分かり、不思議とガウェスは不快感を覚える事はなかった。
「いえ……少し用を足しにですね。通りがかった物ですから」
「そうか。……顔は隠しておけ、見られたともなれば厄介な事にもなろう」
 まさか、もうバッヒアナミルに見られたとは言えない。ともすれば、恐らく彼は落胆するだろう。迂闊に動き回るな、と釘まで刺してくるに違いない。何故ならジャリルファハドは、今ガウェスの身がどうあるかという事を知らないからだ。
「……夜ですから、そう見えませんよ。それにしても、此処随分と人が居なくなってしまいました」
「何人も死んだ、斬られて皆殺しだ。……丁度夏だったな、蝿が集り、蛆が湧き、閉じられる事なく開いたままの眼は白く濁っていた」
 この世の地獄がそこにあった──と、ジャリルファハドは続ける。
「此処の惨状を見たんですか?」
「見たも何も俺が発見した。……通報はソーニアにしてもらったがな、俺だと碌な事にならんだろう。何せ"セノール"だからな」
 惨劇を作り上げた訳でなくとも、肌、瞳の色、抑揚のない訛りだけで嫌疑を掛けられる。ややもすれば血が流れる。敵地に居るという事はそういう事なのだ。周囲は敵のみ、同胞とて怪しくあり、心休まる時などない。
「ジャリルファハド。……貴方にアゥルトゥラへの敵対心はありますか?」
「無いと言えば嘘になる。斬ったとて何の罪悪感もない。……しかし、今は戦の時ではない。であるから、アサドと袂を別ったのだ」
「……難儀しますね」
「あぁ、全くな」
 互いに苦笑いを浮かべていた。ジャリルファハドの笑みには肯定と、お前もなという意味合いが含まれているのだろう。斬り合った時の尋常成らざる雰囲気は消え、人の皮と被った獣だなどと語られるセノールには思えなかった。彼もまた人であり、ふと人である事を忘れられるだけに過ぎないのだ。カルヴィンの仄暗さとはまた違う。
「……ハイドナー。お前も随分と"連れて歩いている"な。生きている者も、死んだ者も」
「どういう意味です?」
「重荷を預けられているとな。……お前も俺も同じさ、同じ」
 ふと、激しい風が吹く。ジャリルファハドをそれ以上、語るなと戒める様にも思えるそれに彼は目を細めた。建物の陰に隠れ、風を遣り過ごす。
 ガウェスの方が幾分背は高く、彼はいつもやや見上げがちになるのだが、その視線が向かう先はガウェスの右腕の後ろ。何かを見ている。人成らざる者でも見えているのか、それとも大路を誰かが歩んでいるのだろうか。
「何か?」
「何でもないさ。……何処まで行く?」
 キールの屋敷まで、と返したなら「そうか」と短く頷いた。まさか言えまい、イザベラが後ろに居るだなどと。恐らくは彼女がこの色街へと導いたに違いない。これから起こる事を必死に伝えようとしているのだ。
「……ハイドナー、俺も行こう」
 僅かに首を傾げ、ガウェスは訝しげな表情を浮かべていた。食い下がれ、と彼女は背後で動いている。死んだにも関わらず、随分と騒がしい。
「アースラから聞いただろう。俺達はジャッバールと敵対すると。……キールの者達に攻撃されては敵わん、話だけ済ませておきたい」
 アースラ、という名を聞いた途端にガウェスは目を見開き、小さく頷いて見せた。
 刹那、ジャリルファハドの背後、廃屋にぽつんと灯が灯り、丁度アースラと同じ様な背丈のシルエットが横切ったのだ。それは一瞬灯り、一瞬で消え、宛ら導けと言っている様にも思えた。それと同時に、彼女と同じ顔をした"彼女"がふと思い浮かぶ。あぁ、そういう事か、とジャリルファハドの言葉に一人納得するのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.201 )
日時: 2019/02/07 20:29
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

「どこまで知ってるんだ」
 訝しむミュラにランバートは表情を崩さず涼しい顔をしていた。それが彼女の癪に障った。
「全く何も。だから今聞いた」
 ランバートの言葉に嘘はない。息苦しい屋敷を抜け出して街をふらついていたらミュラ・ベルバトーレとすれ違ったのだ。普段ならばそこまで気にも留めないが、彼女の頬を涙が濡らしいたのを目敏く見つけたこと、彼女の近くにいるはずのジャリルファハドとソーニアが見当たらないことが気にかかった。同時にチャンスであるとも感じた。何も知らぬまま業の深い血を継ぐことになった少女がどのような女性であるか、そしてその身に今、何が起こりその心に傷を負わせたのか。そしてあわよくば……。好奇心と色欲を抱いて、彼女を追った。そしてさきの場面へと繋がる。最も、色欲はミュラが先程ごろつき二人にとった行動によって消え失せてしまったが、その代わりに好奇心はより大きく成長した。
「お前には関係ないだろ」
「いんや大ありだ。さっきみたいなことをまたやられたらこっちの身がもたないんだよ」
 語気を強めた彼に思わず肩が震える。柔和な雰囲気を醸し出していた男とは思えない。こちらが彼の素であるかもしれないともミュラは考えていた。長い人差し指がトントントンとテーブルにリズムが不安を煽ってくるようで居心地が悪い。
「私が問題を起こして何が困るんだよ」
「俺達が今度こそ死ぬ」
 手を出した相手の中枢にミュラの出生が知られていた場合、尻ぬぐいをさせられる可能性が大いにある。多くの親類はハイドナーの本家が潰れると同時に名を変え、職を変え家を変え、住む土地を変え、関係を断ち切った。しかし、ランバートはそれを良しとせずにアゥルトゥラに残った。もっとも、彼の場合は逃げられなかったの方が正しいのだが。ともかく、ハイドナーの血縁者は彼らしかいないのだ。
「なんで?」
「そこは言えないな」 
 ガウェスは彼女に出生を教えるタイミングなんて幾らでもあった。それを言わなかったということはハイドナーとして迎える気がないのだろうと判断した。彼の意思に反することはしたくない。
「じゃあ帰る」
 口尖らせて席を立とうした矢先、手首を掴まれる。「いつの間に」と思う前に、遠慮など一切ない肉を締めあげる様な痛みが襲う。奥歯を噛み声を上げるのは寸でのところで抑えてランバートにギンッと睨む。そして抗議しようとしたが、それよりも先にランバートが口を開いた。
「いつまでも同じ手が通じると思うなよ?」
 砂漠の夜にも勝る寒さを感じさせる声で、そしてその目もその声に違わず冷淡な光を宿しミュラを射抜いている。先程、軽口をたたいて人物と同じだとは信じられず思わず唾をのむ。猫に睨まれた蛙のように動かなくなった。身じろぎ一つしない少女に、手首の拘束を緩めてため息をついた。
「そこら辺のごろつき相手に剣を振って死ぬのは勝手だがな、噛みつく相手を間違えて揉め事起こされたら溜まったもんじゃない。お前の保護者がいなくなったんなら、俺がお前を連れ帰る。馬鹿な事をしない様に俺の家にお前を閉じ込めてやるよ」
 もちろんハッタリである。今のランバートにそれができるだけの財も蓄えもない。だが、それを見抜くには経験も知識も足りなかった。青い顔を更に青くして「ふざけんな」と叫んだ。散ったはずの視線がまた集まる。舌打ちしたい気持ちになったのはランバートだ。あらぬ噂が立っては女性が寄り付かなくなってしまう。誤解を解きたいが手首を離すわけにもいかない。
「馬鹿やって死ぬのは私だけだ。あんたには関係ない!」
 観衆にぶつけるようにミュラは吼えた。手を振り払いランバートと対峙する。右手が武器に伸びるが、ランバートの視線が右手に集中しているのを知るとその手を止めて忌々ししく睨みつけた。
「一人で済めばいい方だろう。近しい人間も一緒に抹消されることが殆どだ。エルネッタはいない、から、ソーニアやジャリルファハドか? あと、とりあえず落ち着け」
「そんなわけない、だって、無関係の人間を殺すなんて。やってもそれは一部の人間で……」
「人物と繋がりがあるだけで立派な関係者なんだよ。ハイドナー邸の悲劇を忘れたのか。君の連れのジャリルファハドだってそうだろうさ。関係があれば口封じの為に殺すんじゃないか」
「あいつは、あいつはそんなんじゃない」
 言い返したくても言葉が浮かばない。それでも最後の事柄だけは否定しなくてはならないと思った末の言葉だった。感情論であることは百も承知だったが、質実剛健
またランバートは冷たかった。唇をかむ少女を見下し、更に問う。
「君はセノールの、彼の、何を知っているんだ」
 そう訊かれた時、黒い瞳が僅かに開かれ、長い睫が震えた。半年以上共にいる彼のことを堂々と知っていると言いたかった。だが、彼の何を知っていると自問すれば途端に言葉がでなくなる。
「……私だって知りたいよ。長く居るのにあいつが何を考えてるのか分かんない」
 声に僅かに痰が絡み掠れる。よろよろと椅子に座ると顔が俯いた。艶のある黒い髪が肩口から落ちて垂れ幕のようになり顔を隠す。
「追いつきたいんだ。あいつの見ている景色を私も見たい。それなのに、あいつはずっとずっと前を行くんだ。見えないんだよ。あいつぐらい強くはなりたい。でも、なりたくは……ない。ただ、私は二人にとって足手まといになってんじゃないかって不安なんだ。私なんて居なくてもあの二人でどうにか出来るんじゃないかって思っちまうんだよ。私なんて要らないんじゃないかって。さっきだって……」
 ここまで言って口を噤んだ。これ以上は彼に漏らしてはいけないと察したのだ。追及されるかと思ったが、ランバートは複雑な表情をしたまま手を顎に当てて何やら考え事をしているようだった。ミュラは言葉を続ける。
「馬鹿やって呆れらてさ。何やってんだろうな、私。砂漠にいるときはそんなこと思わなかったのに。……こんな思いするんだったら、あいつに会わなきゃ良かったよ」
 ここでランバートは全て理解した。劣等感からくる焦りと捨てられる不安。エルネッタに置いて行かれたことが一種のトラウマになっているのだろう。それが爆発して何らかの行動をやらかした。そして彼の失望を買ったのだろう。何かの正体を突き止める気はなかった。ただこれは子供のワガママのようなもので、ミュラの自業自得であるとランバートは結論付けた。見捨てるという選択肢もあったが、それを選ばなかったのは親類同士だからというよりは女性だからという側面が大きかっただろう。ランバートはミュラがどうしたいかを分かっていた。そして、その解決策を探しあぐねていることも。
「ミュラちゃん、俺は仕事がら色んな人間に会ってきた。人種や性別、容姿や年齢って括りじゃ縛れないほど大量の人間に。辛いことも悲しいこともあったけどな、俺はそいつらに会ったことに後悔してない。むしろ、会って良かったって思ってるよ。何故なら、出会いは必ず何かを残しているからだ。君もジャリルファハドとそれにソーニアから何か学んだことがあるんじゃあないか?」
 俯いていた顔が挙げられてランバートに向けられる。薄く涙の膜が張っているように見えるのは気のせいか否か。固く震えている手に武人らしい指の皮が厚くゴツゴツした手が重ねられた。
「よぉく胸に手を当てて考えてみなよ。そんで思い出せ。彼ら何を学んだかを、言葉でもいい。それを思い出して考えてみろ。そうすればきっと、少しは理解できるんじゃねえか。あと、君は二人の傍にいていいと俺はいいと思うけどな。むしろ丁度いいんじゃないか。あの二人の見た目、無駄に生真面目そうな二人だろ。お前のバカっぽさと騒々しさに支えられてる部分もあるだろ。お前もあの二人に必ず何かを残してやってるだろうさ。だからさ、出会わなきゃ良かったなんて悲しいこと言うなよ」
 さっきと同じように彼は笑顔だった。違ったのは、先ほどは相手を小馬鹿にしたようなニヒルな笑顔だったのに対して、慈しむような優しく寂し気な笑顔でミュラを見つめていたことである。「いきなりかっこいいこと言うなよな」と悪態をつくが、その声色は柔らかい。目元をごしごしと擦り、思い切り立ち上がった。勿論、外套を着こむのも忘れない。
「まだ飯が残ってるぜ」
「もう腹いっぱいなんだよ」
「俺はまだここにいたいんだが?」
「一人でいればいいだろ」
「冷たいこと言うなよ、ミュラちゃん」
 ミュラを本気で引き留めはせずに彼女の後姿を見送る形になった。最後、思い出したかのように振り返ると口の形だけで「ありがとう」と礼を言うと店から出て行った。一人になった色男は「あーあ」と言いながら椅子に凭れかかる。「フラれちゃったね」と笑う店員の声は聞えなかった振りをする。女性など星の数ほどいる。彼は気にしない。
「頑張れよ、ミュラちゃん」
 男は笑みを浮かべて運ばれてきた酒を一口飲んだ。アルコールの匂いが強い安酒。没落するまではあまり飲んだことすらなかったが、慣れるとそこまで強いと感じることはなくなった。人間の適応力には頭が下がるばかりである。そして、その酒を隣を通り過ぎた女性のスカートにかけた。「あっ」とランバートの声、それにかぶせるように女性が短い悲鳴を上げる。すぐにズボンが汚れることを構わず膝をついて汚れをハンカチでふき取る。
「申し訳ない、君の服を汚してしまうなんて! 君に何て詫びたらいいんだ。……このあと時間が空いているかい。もしよかったら君に似合う服を探しに行こう。私の懇意にしている服屋でこの時間でもまだやっているんだ」
 口説きの常套手段。古典的と揶揄されることもあるが、ランバートがこの方法が一番好きだった。甘いマスクと低く掠れた声で囁き、手の甲に一つ接吻を落とせば彼女もまた頬を赤らめる。驚いた顔がすぐに蕩けるあの瞬間がたまらない。そして彼らもまた沈淫蕩な夜に沈むのだ。    

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.202 )
日時: 2019/02/16 23:38
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 どうにもジャリルファハドという人物は、必要な事柄に対しては饒舌らしい。アースラが語らなかった事柄を、事細かく伝えてくる。彼女の兄であるシャーヒンや、バッヒアナミルの兄であるラシェッドがジャッバールを裏切り、内通しているとの事にサチはやはり、一枚岩ではないと知る。相反し余計な雑談は好まないらしく、自分から多くは語りたがらない。軽口を叩く事は全くなく、これから訪れるキールのランバートとは正反対にも思えた。昨晩のアースラは割と口数が多く、ハイルヴィヒやスヴェトラーナと談笑する声が聞こえていた事から、全てのセノールがジャリルファハドの様ではないと推測出来る。ただ、それでも共に歩くからには、この沈黙がどうにも居心地が悪く、ガウェスは口を開く。
「アースラは何処に?」
「北門の手前、ルジード通りの宿に」
「……あぁ、あの三階建ての」
「あぁ、そうだ」
 砂漠からやってくる交易商や、傭兵達が贔屓にしている宿である。お世辞ではないが、あまり治安が良いとは言えず、女の身一人でそんなところに泊まるのは、どうかとガウェスは内心思っていた。幾ら武門の兵と言えど、力では敵わないだろう。
「大丈夫なんですか?」
「逃げ足は誰よりも速い、その上に人の壊し方を熟知している」
 人の壊し方、という物騒な言葉にガウェスは苦笑いをせざる得なかった。どうやって壊すのだろうか。打撃か、斬撃か。それらしい得物を持っていなかった為、その手法が気になって仕方がない。ただ、聞いたところでジャリルファハドは教えて呉れそうにない。
「何事もなければ良いのですが」
「お前は知らんだろうが、アイツの靴には刃物が仕込んである……余計な事をしようと、近寄り、悪さを働いたならそれで股間を一蹴りさ。踵にバネが入っていて──」
 ランバートの様な男は近寄るべきではないだろう。ソーニアの姉である、キラの武勇伝は未だに語り草だ。蹴るのではなく、刺すのだからキラどころでは済まないだろう。下手をすれば一生不能である。痛みばかりを想像して、仕組みを説明しているジャリルファハドの言葉は全く耳に入らなかった。
 小路の雪は凍て付かず、柔らかく踏み潰せば足に纏わり付く。何者かに行くなと、足を掴まれているかの様だった。故に一歩、一歩と歩むのが苦であったが、大路に出た途端、踏み潰され、昼の間に融けた雪が凍て付き、歩き易くなっている。人がそこに息衝くだけで、道の様相は違う。あの道は宛ら死んだ道である。
「……夜半ともなれば、やはり人気は減るな。幾らクルツェスカと言えどもだ」
 西部の首都であるクルツェスカを、アゥルトゥラという国の中で見たならば、三番目に巨大な都市である。西部の防衛拠点でありながら、中央と北部の交易の中継地、人と物に溢れた巨大な城塞都市。夜も更け、もう時期に人の時間ではなくなる。亡者、化物、その類の時間へと移り変わっていく。魔力が大気中に存在した頃なら、魑魅魍魎が跋扈していた事だろう。既に"寒さ"という化物が激しく責め立てて来ているが、それは昼も夜も関係はない。少し夜になれば強さを増すというだけの物。
「此処は少し外れになりますからね。……西、北、南とその門から伸びる大路を主とし、そこからは枝葉の如く小路が。……東に行けば行く程、この有様です」
「アレナルでは都市計画、という物を作り都市を作っていく。……そういう意味でクルツェスカは無秩序だ」
 空いている土地には建物を、大路から離れているなら捨て置く。結果として色街の出入り口に突然として、カンクェノの様な遺構が口を開けて待ち構えていたり、西門の前に敵性分子が拠点を築いたりと、おかしな状況になっている。
「防衛上良くないですし、民の動線も煩雑としていますからね」
「それを戒める者も居ない。半世紀で随分と牙を抜かれたな、アゥルトゥラは」
 誹るジャリルファハドであったが、実のところ零落れたのは西部だけである。東部は断続的な掠奪、侵略に対応する為、ルフェンスを盟主とし、戦いに臨み続けている。既にその時間は一世紀にも及ぶ。セーム自身も、その父も、そのまた父も血を流し続けているのだ。それがどうだ、西部はセノールを国際的に殺した心算になり、胡坐を掻き、ただ座して呆けている。十の貴族の内、その一つや二つが備えた所で何にもならない。だからこそ、この体たらくなのだ。
 彼の言葉がガウェスへと突き刺さる。自分は愚かに正義感を振り翳す事しかしなかった。ただただ、高潔にあろうとしたのみだ。お伽話で読んだ騎士に自身を重ね、物語の中だけの彼等の様に生きようとしただけに過ぎない。であるからこそ、貴族でも何でもないカランツェンや、新興貴族であるナヴァロや、シューミットが泥臭く、血腥くも敵愾心を燃やし、戦備を整えているなど知らなかった。誇りだけでは飯は食えない、誇りだけでは戦えない。名や歴史など獅子の前に意味を成さず、直向に走り、牙を研ぎ続けた獣達が獅子と対峙している。
「我々と相対すなら、お前達もまた獣である必要があるだろう。……好きに生きて、好きに死ぬなど許されん。人の形をした獣の様に、猛り狂い、理不尽に生き、理不尽に死ぬ事しか許されん。……持つべき者だったのだ、分かるだろう?」
 アゥルトゥラの言葉に言い換えるなら、ジャリルファハドもまた貴族の一員であろう。サチの氏族に属し、戦の為に在り続ける武門。それをアゥルトゥラの者達は"獣"と誹り、恐れる。獣に抗う事が出来るのは、血と暴力を好む獣でしかない。品性など後から付いて来る。人間の皮を捨てず、人間を演じる獣となるしかないのだ。
「……そういう時代ではなかったのですよ。父も周りも皆、金と欲に目が眩んでいた。大欲に溺れていたんです」
 ハイドナーは先の西伐に於いて、直接的な戦闘には関与していなかった。やった事といえば兵站の輸送、手配ばかり。セノールに遭遇したならば、逃げ出し、戦勝を祝う席ではまるで自分達も立派に戦い、勝利をもぎ取ったかの様に振舞ったのだ。更には有事で得られた金に舞い上がり、その金で欲を満たしては、商いに重きを傾けた。蔑西論に伴い、砂漠を商圏から外し、困窮する一翼まで担ったのだ。それはセノールが聞き及ぶ、アゥルトゥラ貴族の姿ではない。
「間違っているぞ、今のアゥルトゥラ貴族は。俺達が聞き及んでいたお前達は馬や兵と寝食を共にし、地平線の向こうから突然やって来ては、臆する事なく戦うと聞いていた。それが何だ、今の腑抜け共は」
「……だからこそ、セノールは強くなったと?」
「あぁ、そうだ。お前達が居たから、俺達は強くなった。理不尽と戦った。お前達に負けたから俺達は人間性を歪めてでも、強くなったのだ。……俺達を作ったのはお前達さ」
 衝撃的な言葉に、思わずガウェスは返す言葉もなく、息を呑む。今の自分達を作ったのは、お前達だとジャリルファハドは語るのだ。セノールを初めて攻めたのはアゥルトゥラだ、それは度重なる事の三度。報復と言わんばかりにセノールも攻め寄って来た。築き上げられてきたのは、流血の歴史だ。その歴史に終止符を打とうと、セノールを蔑ろとし甚振ったなら、それを勝利と勘違いしたアゥルトゥラがただただ一方的に愚者だったのだ。
「我々の代で、その連鎖は終わるのでしょうか」
「無理だろうな。どちらかが滅びぬ限り。血の歴史は連綿と続く。……殺し、殺されを何度も、何度も繰り返すのだ」
 腰に差した刀の柄を握りながら、ジャリルファハドはにぃっと笑っていた。どうしようもないと自嘲する様に見えながら、別の意味を孕んでいる様にも思える。彼もまた、アースラと同じ様に危うい立ち居地に居るのだろう。否、彼は彼女よりも危うい。彼女は本質的に戦を忌諱している、しかしジャリルファハドは違う、勝てる算段があるなら、優位に戦争を運べるなら、アゥルトゥラとの戦争を望んでいるのだ。
 ふと、この男を斬ったならどうなるか、という考えが過ぎる。恐らく、この男は無事にセノールを滅ぼさずに済んだなら、十年、二十年後にはアゥルトゥラに牙を向くだろう。ジャッバールの遺産を拾い上げ、何処よりも洗練された装備と、何処よりも錬度の高い兵を率いて、宛ら雷の如く攻め寄るだろう。
 であるからこそ、今此処で真意を問うべきと思えたのだ。
 剣の柄へと、手が伸びそれを引き抜く。雲の切れ間、顔を覗かせた月光を浴び、刀身は鈍く輝いていた。踵を返し、切っ先が彪へと向く。笑みは何処へやら。帰って来た鉄面皮は、じいっと切っ先を睨んでいた。いつの間にか引き抜かれた刀はガウェスへと向く。
「何を血迷ったのかね」
「……聞いておく事があります」
「何だ」
 答え次第では、斬らねばならない。此処で斬り合ったならば、死ぬ事もあるだろう。心臓が早鐘を打ち、昨晩の襲撃の際に負ってしまった、掌の擦過傷がひりひりと痛む。柄を握り、力の篭る右手は震えている。それは寒さか、武者震いか。
「……貴方は"復讐者"ですか?」
 黒い瞳が月光を受け、剣の切っ先と同じくして鈍く光る。何処か黄身掛かった瞳が、宛ら本物の彪の様に思える。抜かれた刀は下げられる事なく、ほんの少し腕を伸ばしたなら、そのまま切っ先は肉を穿つ事だろう。嫌な緊張感が漂い、ガウェスの視線は何時の間にかジャリルファハドではなく、刀の切っ先へと向けられていた。そして、ぽつりと答えが帰って来る。それはただ「分からん」という一言だった。
 刀の切っ先は下げられ、鞘へと納められた。未来の事など知った事ではない。明日の事すら分からないというのに、そんな事を問われても答えようがないのだ。馬鹿馬鹿しいとまた張り付いた様に笑っている。
「剣を収めろ、もう屋敷だぞ」
 相変わらず切っ先を向けられているというのに、ジャリルファハドは随分と余裕を見せた素振りをしていた。彼が指を差した先、確かにキールの屋敷が見える。明かりが灯り、人が居るのは確かなのだろう。
「……そうじゃない事を祈ってます」
「知らんな、全ては時と運だ。せざる得ないならするまで。しなくて良いならしないまで。それは杞憂だ」
 剣を鞘に収めながら、ガウェスは歩み出した。何を血迷ってしまったのだろう、と取り繕う様に吐いた言葉に、生真面目に言い返してくるジャリルファハドに少し申し訳なさを感じながら、凍て付いた道を歩む。新雪でもない、というのに何故だか少し足取りが重く感じられるのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.203 )
日時: 2019/02/16 23:25
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

sage body
深々と積もりゆく雪の中、ミュラはドアノブを握っては離しまた、握っては離しを繰り返している。白い息を吐いて、手先は赤く悴み、鼻を啜る。早急に家内へと入りたいと考えてはいるが、行き先も告げずに飛び出してしまった手前、何とも言えぬ気まずさと気恥ずかしさがあったのだ。何度も入ろうと思ったが、最初の一歩が踏み出せない。いっそドアを開けてしまえばと考えたがすぐに頭を横に振った。生真面目なソーニアが鍵をかけ忘れるわけがない。そんな考えを持っていた。だが、今回に限り閉じられていると思っていた鍵は開いていたのだ。恐らくは帰ってくる者のための配慮。こんな状況でなければ気立てが良いと褒めていたが、今のミュラからは「嘘だろ……」と言った呆然たる気持ちが胸に広がっただけだった。人影が見える。何て声をかけるべきか、皺の少ない脳味噌で考えるが答えがはじき出される前に扉が開き、オレンジがかった光に思わず目を細めた。
「ソーニア、無用心だぜ。鍵はかけないと」
「バカッ!」
 ミュラの軽口に被せるようにソーニアの大喝が飛んできた。真綿で締められるようにジワジワと詰られると考えていたミュラにとっては嬉しい誤算だったのかもしれない。だが、普段、怒りを露わにしない者が感情を発露させる様は何と迫力があるものか。
「ごめ……ん、なさい」
 少女の口から出たのは今にも消え入りそうなほど小さな謝罪の言葉であった。口答えする気は毛頭起きず、ただ、肩を窄めて謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
「馬鹿よ。本当に大馬鹿者」
「その、悪かったよ。本当に、ごめん」
 大きい子どもはソーニアと目を合わせられず、床の木目だけを視界に映していた。暫し間をとったあと、「分かったなら、今回は赦してあげる」と普段よりも低めの声で答えた。
 ホッとしたのも束の間、家の中に入り、ある男の姿を探す。だが、姿はおろか気配すらない。
「ジャリルファハドはまだ帰ってきてないのか」
「今日は帰ってこないわよ。帰ってきても深夜になるんじゃあないかしら」
 椅子に座るとソーニアが温かい珈琲を出す。こくりと飲むと香ばしい豆の香りと、独特の苦みが強く舌に残った。砂糖を要求しようと思ったが、財布のヒモが鋼のように固いことを思い出して、諦める。
「そっかぁ」
「喧嘩でもしたの?」
「いんや、こっちが一方的に怒って、足を踏んだりした。ジャリルファハドはただ、受け止めてたよ」
 カップを置くと、茶色い水面が揺れて波紋を作り、ミュラの顔が消えてしまう。
「だから謝りたかった」
 あの時のことを考えるとジャリルファハドへの罪悪感で胸がいっぱいになり、目元が熱くなる。
「ご飯は?」
「んー、あー……」
 断ろうと思った矢先、ふと目に入れた台所に鍋が一つあった。恐らく夕飯として作ったのだ。ミュラやジャリルファハドの分も含めて。
「もらうよ、折角だし」
「無理なら良いんだけど」
「いや、小腹が減ってたから丁度良い」
 ランバートと共に食べた店スープと比べてしまうとえらく薄味で質素な味付けだったが、とても安心できる味だった。ミュラはこっちの方が好きだと思った。
 お皿の底が見え始めた頃、ミュラは食べる手を止めた。
「私の師匠はエルネッタって言うらしいんだ」
 天井を見上げながら、ミュラが零した言葉。文字を読むのに集中していたソーニアがミュラを見る。
「真っ黒い髪で紫の瞳を持ってたあの人は凄い人でさ、剣捌きも銃捌きもなんでも出来たし、上手かった。私の憧れでさ、戦ったらジャリルファハドだってぶっ飛ばすぜ、きっと!! あーでもあれだな、料理の腕だけは本当にダメ。塩漬けされた肉ですらまともに作れない。そこだけは私の方が上手かったと思う」
 ここでようやくソーニアをしっかりと見た。
「ソーニアの姉ちゃんの話、ちゃんと聞きたいんだ」
 驚き、目を丸くするソーニアにミュラは悪戯っ子のようにニヤリと笑ってみせた。
「特にランバートとの関係についてさ」
 ランバートの名前を口にした途端、苦虫を噛み潰したように顔を歪めたことに思わず笑いそうになった。そして、ランバートの言っていた因縁が本当にあるのだと思った。
「今日、そいつと話をしたんだ」
「口説かれたの?」
「いや、一人でいたところを助けてもらったんだ。それで色々話して、その時にキラと何があったのか話してくれたんだ。その時に思ったんだよ、私はソーニアにとってキラがどんくらい大切な人だったのか知らないなって」
 キラについて興味がなかったわけではない。むしろ、ソーニアの大切な人として、興味があった。だが、非常に繊細なことでも理解していたから訊いて良いものかと躊躇していた。だが、ランバートの話聞いて、ソーニアやジャリルファハドにとって、かけがえのない人達が彼らに何を残してきたのか、気になった。否、知りたいと強く思ったのだ。
「一方的に教えて貰うのも、その、あれだからさ、私から言ったんだ。思い出したくないならいいんだけどさ、本だけじゃ得られない物をもっとたくさん知りたくなったんだよ」
 一気に照れ臭くなって、最後の方は囁くような小声になってしまったが、ソーニアにはしっかり聞こえていた。
「何を言われたのよ、全く……」
 ミュラに対して呆れている口調ではあったが、嫌悪は感じられなかったことにミュラは見えないところでホッとした。
 珈琲の入ったカップを持ってソーニアはミュラの前に座った。そして言ったのだ。
「じゃあ、何から話そうかしら……」
 満更でもない表情のソーニアを見ていると心が温かくなる。急かすことはせずにミュラはただ嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.204 )
日時: 2019/02/19 23:56
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 彼女はぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。四年前に死んだ事。生きていたなら三十歳を迎えていた事。学者と憲兵、傭兵の橋渡しをしていた事。非常に苛烈ながら、面倒見が良かった事。ソーニアが語るに、キラという女は芯が通い、強い人物だったと思える。言うなれば女傑である。同時にミュラは、何処となくソーニアにもそんな所がある様に思えた。彼女は強かにジャッバールと手を結び、クルツェスカの者達とも良好な関係を築いている。姉妹という事もあり、やはりどこか似通っているのだろう。
 やはりソーニアはぽつぽつと語る。あまり仲は良くなかった事。正反対の性格だった事。そして、最後に語るのは──恨み言であった。本当なら、彼女がメイ・リエリスの跡を継ぐはずだった、と。現実から逃避するかの如く、暗がりへと突き進み、眩い日の光から彼女は逃げた、と。遂には死し、地上へとも戻って来なかった、と。
 死人を蹴り、誹るような発言が暫く続いたが、次第に言葉は覇気を失い、刺々しさや、気勢を欠き始めた。彼女は言い得がたい感情を吐き出して、呑み込み、再び噛み砕き、吐き出す様な、のろのとした言葉にミュラは息を呑む。そこには妄執の類が感じられるからだ。
「……なんで死んだんだ?」
 しかし、問わずには居られない。開けてはならない箱だとしても、そこから絶望ばかりが飛び出してきたとしても、中身を確認せずには居られない人の性だ。踏み込んでは成らない領分かも知れない、と問うと同時、ミュラは僅かに後悔を覚えた。
「あなたも見たでしょ、レゥノーラを」
「あぁ……」
 あのおぞましい姿を忘れるものか。人に近しい形をしていながら、人成らざる異形。青白い皮膚と、窪んだ暗い瞳。筋張った肌と、鋭い歯や爪。この世のあらゆる恐怖を具現化した様な姿を忘れられるはずがない。
「奴等の手に掛かって死んだ。……多分、死体を弄ばれたのでしょうね、帰って来たのは左腕だけ」
 やはり静かに笑っているだけで、ソーニアは感情を隠す。奇しくも"鉄面"などと呼ばれる父と同じであった。家を継ぐという事から、逃げた彼女に対する怒りや、それを失った悲しみといった負の感情の行き場を敢えて塞ぎ、腹の中で飼っているかの様だ。迂闊に聞いた己を呪う様に、ミュラは苦々しげに視線を逸らす。直視に耐え難く、聞くに苦しい。同時にソーニアも、自分と同じ残された者であると気付く。
「やっぱりさ……難いよな?」
 少し食い気味にソーニアは頷いて見せた。謂わば仇である。レゥノーラは人でなく、話の通じる相手でもなく、話し合ってどうこうなる訳でもない。そもそも理性的に報復を止められる程、ソーニアは出来た人間ではない。人間であるからには浅ましい。何よりも彼女は善良に、平静に装っているだけの"アゥルトゥラ貴族"の娘である。暴虐、暴力を好む血は鳴りを潜めているだけに過ぎず、未だ脈々と息衝いている。真のアゥルトゥラ貴族であるのだ。
「だから私はアイツ等を一掃する術が欲しい。……仇討ちって奴よ。私が廓に潜る本当の理由は、歴史を顧みようとか、明かそうだなんて思ってない。そんなの学者達に任せればいいじゃない」
 ソーニアの真の目的にミュラは、はと気付き、思い出した事があった。ジャリルファハドがクルツェスカへ来て間もなく、ジャッバールの屋敷の前でガウェスと揉め、彼等に銃口を向けられた事があった。その時分、事が収まるのを、見計らったかの様に接近して来たのはソーニアであった。恐らくはその時点で、ジャリルファハドを選んだのだろう。自身の協力者として。恐怖心を持ちつつも、それに戦き足を止めず、眼前の敵を全て払い除けようとする人物でありながら、撃たれなかった事から、ジャッバールに通じているであろう、と傍目に見て判断したのだ。
 さも善良を装いながら、人の間合いに踏み込んでは、その柔らかで、穏やかな印象で漬け込む。宛ら魔女である。何時の間にかミュラの口元には乾いた笑みが浮かぶ。確かに計算高いと思っては居たが、此処までと思えば、空恐ろしくもあった。
「でも、分かるでしょ。レゥノーラを殺すには、形振り選んでいられないの。だから、ジャッバールにも協力するし、銃だって持つ。……肉親を殺されたんだもの、憎まない方がどうにかしてる。嫌いだったけど、好きだったよ。キラがね」
 復讐の赤い魔女は、ぽつりと情を漏らす。情愛と嫌悪が矛盾し、相反してこそ居たが、その感情は何となくミュラには理解が出来た。エルネッタは飯も不味けりゃ、そこそこ口煩く、時折厭わしく思えた。それでも育ての親であり、長い時間を共に過ごしてきたのだ。居なくなってから、自分の手が届かなくなってしまってから、時間が愛を孕んでいた事に気付かされる。恐らくはソーニアもその類だったのだろう。
「……まぁ、分かるけどさぁ。早い内にそういう事言ってくれよ」
「ジャリルが嫌がるかと思って、あの人に自分を利用してると思われたら、離れて行きそうで」
「そんな薄情じゃないだろ。……相変わらず何考えてるか分からないけど」
「ジャッバールに居る、シャーヒンって人もそうよ。私の知り合いのカルヴィンだってそう」
 ソーニアの周りに居る男には、そういう手合いが多いのだろう。何処か武人然とし、それしか出来ない、それしかやらない様な生き難い者達だ。であるから、ソーニアもまた生き難い人物であると思えた。活動的で、酷く狡猾で、穏やか。二癖も、三癖も持っている癖に、知恵と教養でそれを覆い隠してしまう。これは確かにランバートもメイ・リエリスの女には手を出さない、と言う訳だと内心、ミュラは納得せざる得なかった。
「変な奴ばっか」
「ま、付き合い易いかな。裏表も下心もないから」
「やっぱランバートみたいなのは苦手か?」
「苦手も何も軟派過ぎて大嫌い」
 知らない所で邪険に扱われ、不憫ながらもそれがおかしく、ミュラは声を上げて笑っていた。ミュラはシャーヒンや、カルヴィンといった人物と面識こそなかったが、確実にランバートとは正反対なのだろうと予想出来る。まさか片方はジャリルファハドの様な人物で、もう片方は暴力的で酷く粗野なガウェスの様な人物だとは思うまい。
「……でも、まぁ、本当に残す人間は罪深いわ。人の人生を簡単に狂わせて、自分は冷たい石の下。酷い話よ」
 ぽつんと呟き、ソーニアは視線を下ろした。先の様に怒りや、悲しみの色は瞳に見えず、緑眼だったはずの瞳の赤は、とても穏やかに見えた。今まで口にした事のない思いを漏らしたからなのか、それともまた自分を繕っているのだろうか。何れにせよ、彼女の話には確かにと思える事が多々あり、どこか自分と似ているようにも思えた。
 普段、気丈にしている人間であったとしても、色々とあると改めて思い知りながら、温くなってしまった珈琲に口を付ける。普段は不快な苦味に何故か落ち着きを得て、大きく溜息を吐く。
「どうしたの?」
「いや、まぁ……うん」
 歯切れの悪い返事に、彼女は苦笑いを浮かべていた。余計な事を聞かせてしまっただろうか、と自分を戒めている様にも見える笑みが、どこか心地悪い。ソーニアでこれなのだ、ジャリルファハドには聞くべきではないんじゃないだろうか、と思いながら再び珈琲に口を付けた、その時であった。
 何者かが扉を叩き、尋ねてきたのだ。既に夜は鶏鳴の刻を迎えようとしている。死人の話をしていたから、何時ぞやソーニアが話していた昔の兵士が化けて出る話を思い出し、ミュラは少し退けぞり気味に彼女へと擦り寄っていく。ジャリルファハドが帰って来た、と思わないのは彼が扉を叩く際、かなり控え目に叩き、二度叩いては一拍置くためだ。クルツェスカといえど、治安は良いとは言えない。寧ろ昨今の傭兵流入が原因で、悪化の一途を辿っている。壁に立て掛けられている小銃に手を伸ばし、ソーニアはその銃口を扉へと向けた。
「誰?」
 返答はなく、ノックの音は止んでしまった。不審に思いながらも、小銃を携えたまま扉の方へと歩み寄る。開ける気は毛頭ない。少し遅れながらも、ミュラはソーニアの後を追い、ジャリルファハドが置いていった散弾銃を手に取る。窓際に置かれたソファに膝を立て、カーテンを開けば鎧戸が顔を覗かせ、その隙間から外を見遣るも、雪に阻まれて何も見えなかった。
「誰?」
 再び問い掛けるも、返答はない。しかし、刹那、扉が吼えた。しつこく叩かれ、取っ手はがたがたと音を立てる。開けようとしている様に思えるのだ。心なしかソーニアの顔が青褪め、思わずミュラもカーテンを閉じて、身を縮める。狂った様に震える取っ手を見てか、扉の下側にあるもう一つの内鍵を掛けた後、閂を嵌める。これで扉を破られる様な事はないだろうが、気味が悪いのには変わりない。
「誰なの! いい加減にして!」
 初めて聞くソーニアの怒鳴り声は、厭にきんきんしていて耳に突き刺さる。叩かれ、暴れる扉よりもそれに驚き、ミュラは息を呑む。扉の向こう側の何者か、もそれに驚いたのか、ぴたりと止んでしまった。そして、悪態を付く様にソーニアは扉を銃床で殴り付けた。彼女には意外と気性の荒い一面があるのだろう、キラの妹なら仕方がないのかも知れないが。
 疲れた様に溜息を吐きながら、ソーニアは椅子に腰掛けた。相変わらず扉を睨み、視線を外そうとしない。しかし、銃口は下を向いている事から、何者かがもう居ないと判断したのだろうか。
「……思い出した。昔、キラとカルヴィンにこういう事されたのよね。丁度こんな冬の夜中よ」
 突然扉を叩きに来たの──と続け、再び溜息を吐いて苦笑いをしていた。死人が尋ねてきたとでも、言いたいのだろうか。ソーニアの言葉の真意を問うべきではなく、また問う気にもならずミュラはこくこくと頷くばかり。何だか恐ろしい思いをしてしまった、と散弾銃を膝の上に置いたまま、魂が抜けた様に天井を見据え、ぼそっと呟く。
「なんだ、それ……趣味の悪い奴等だなぁ」
「えぇ、本当にね」
 誹ったなら再び何者かが、扉を叩かないかとソーニアは視線を投げ掛けるも、そんな事は起きなかった。安堵を覚えるも、それが何処か寂しくも思えた。同時に嘗ての共犯者であるカルヴィンは今どうしているだろうか、と疑問が脳裏を過ぎる。彼もまたキラの死で報復と暴力に狂った人物。キラの死を身内を除けば、尤も悼んだ人物だ。哀れで恐ろしい怪物の今を案ずるのだった。

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