複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.114 )
日時: 2017/10/10 23:54
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 砂漠が赤々と燃えている。柱のように聳え立ったと思えば、その炎は四方に裂けて倒れ、蛇の様に砂漠を駆けずり回る。あの炎には生きとし生ける者の一切を屠り、喰らい尽くそうという意思が働いているのだろう。その炎を躱し、自分の髪や皮膚が薄っすらと焼けているというのに、立ち止まる事なく赤く染まった砂漠を駆け抜ける翁は音も無い。その息遣いを微塵も感じさせる事もない。兵と兵の間を抜け、首を裂く。その翁はアゥルトゥラの陣中を駆ける。暗闇は彼の姿を隠し、覆い、血の生臭さだけを闇の中から漂わせるのだ。 
 暗闇を抜け、兵を屠り、その者は息一つ乱さず、魔術師の眼前へと立ちはだかる。全身に負った熱傷、所々黒く焦げた身体、それを返り血で赤く濡らしながらせせら笑うばかり。手に持った短刀は月明かりに照らされ、青く光る。それを視界に納めるなり、魔術師は小声で何かを唱え始めた。それと同時に砂漠の翁は駆け、魔術師の胸元へと冷たい刃を突き立てるのだ。流れ出た赤は血か、炎か。誰にも分からず砂漠の翁はさぞ嬉しげな笑みを湛えながら、魔術師と共に炎へと呑まれていく。肉は焼け、焦げ少しずつ削げていく。白骨が顔を覗かせ、魔術師と翁の身は炎の中で崩れ、遂に形を失うのであった。


 また妙で恐ろしげな夢を見たと、ソーニアは最悪の寝覚めに悪態をつくように、はぁと溜息を吐いた。厭に乱れた髪を整えながらソファから上体を起こす。自身の髪は夢で見た炎の様に赤く、また夢で見た血を彷彿とさせる赤を帯びた物である。夢で変なものを見たせいだろう。炎と血とは随分と幸先が悪いと自嘲しながらも、夢で炎に飲まれた魔術師も赤毛だったな、と思えば妙な感覚を覚えた。
 今日からカンクェノへと入り、何時もの生活へと戻る。傍らにミュラの姿はある物のやる事、成す事は一つの増減もない。壁に立てかけられた小銃。それは自分の身を守るために必要な物である。そして、小銃が小銃たる機能を成すために使う弾を一つ、一つまた組み立てていく。セノールの銃弾はセノールの物と比べて先進的な構造をしているようであった。信頼性を重視しているのだろう、全てが鉄で覆われている。それで居ながら軽量さを確保しつつ、殺傷能力を最大限に上げようとしたのだろう。厭に被甲は薄く、弾芯は硬い。中に詰められた装薬は満杯で、雷管を入れるのに一苦労だった。
 弾を二十発ばかり組み立て、布のベルトに詰め込む。既に二十発ばかりがそこに在ったが備えあれば憂い無し、弾は多いに越した事はない。ジャリルファハドに研ぎ直して貰った鉈に刃毀れは無く、錆びては悪いと塗られた油が功を奏したのだろう錆び一つ浮かんでいない。これが今自分の持つ剣である、身を守るものはこれだけだ。砂漠から来た侵略者の姿は何処にもなく、当然の事ながら彼の振るう比類なき暴力もない。
 弾を作り終えて、一息付こうとまだ消費し切れずにいた紅茶をいつもの手順で淹れ、ソファに腰を下ろした。ミュラは未だベッドの上で寝息を立てている。時間が来たら起こそうとすぐに視線を外して、紅茶に口を付けるのだった。一息ついたら軽く朝食でも用意しておこうと自分に言い聞かせた。
 鎧戸に覆われた窓の隙間からは、朝日が差し込み、人々の声が聞こえている。恐らくは商人達だろう。彼等の朝は早い。だがしかし、それが人々の営みは既に始まりつつあると実感させてくれるのであった。自分もそろそろ日常の生活に戻らねばならない。そう、廓が呼んでいるのだ。


 無限の廓は相も変わらず、大欲を持つ者達で溢れていた。ある者は得物を携えた兵で身辺を固め、またある者は盗掘を目的としているのだろうか、厭にぎらぎらとした目で彼方此方を見回している。欲を持つ者というのは、その眼光がぎらついていて、そこに居るだけで邪まな感情、思考という物を無意識の内に発してしまうものだとソーニアは考える。幼子が物珍しさに目を輝かすのと、全く以って意味は異なる。大欲に溺した者が手の届かない岸辺に手を伸ばし、足掻く姿は見苦しく、俗悪たる物であるのだ。
「少し前と比べてさぁ、やたらと人多くね?」
 傍らを歩くミュラの疑問は最たる物であった。採掘の邪魔をする者も存在せず、レゥノーラを殺す者達が増えた結果である。恐らくは人が増えた事よりも、それに伴うひり付いた空気に不快感を覚えたのだろう。皆が一様に銃を持ち、凝り固まった空気は威圧感に姿を変える。学者の雇う傭兵やジャッバールの兵が人間相手に攻撃する可能性はないのは確実であるが、それでもこの狭苦しく、仄暗い廓にそういった者達が集えばそういった空気を醸すのは仕方ない事であるのだ。
「まぁ、人だって増えるよ。入り口は開きっぱなしだからね。誰も戸締りしようとしないんだもの」
 何者も活動は阻害出来ない。自称管理者が一掃された事により廓への立ち入りは容易くなり、守衛所が存在しなくなった。廓の中で目を光らせているのは七十六階のジャッバール、それと廓の守護者たるレゥノーラのみであるのだ。どちらも刺激すべき相手ではないだろうが、前者は直接的な危害を加えなければ問題なく、後者は人間の力で駆逐出来るであろう。
「ふーん、夜も入れんだろ?」
「夜も入れるけど、お薦めはしないわ。レゥノーラが活発になるからね、特にケェーレフって呼ばれている個体がちょーっとね」
 ソーニアの言う「ケェーレフ」という聞き覚えのある言葉にミュラは首を傾げていた。それはセノールの古語であるのだ。本来では単純に「犬」という意味を持つ古語ではあるが、武門の人間達が伝令に使う手紙を持たせた犬を指す言葉として使っている。余談であるが時折、それに噛まれて大怪我をする行商人が居るらしい。
「犬?」
「まぁ、犬ね。三年くらい前にジャッバールが遭遇して、そのまま倒したんだけどね、どうも複数居るみたいで……。物凄く大きくて四つん這いで走り回るの、そういうのが居るわ。……後はランツェールね、あれは廓の発掘が始まった三十年前から居るんだけど、全然倒せないの、人間は負けてばかりよ、群れで動くからね。ランツェールは」
 ミュラの中のレゥノーラというのは、最初に辛うじて倒した個体の印象が強い。知恵もなく、恐ろしげな風貌からなる暴虐の化身でしかない。ソーニアの説明にレゥノーラって色々居るんだなという漠然とした感想しか抱かなかったがソーニアが苦々しげに語る事から、恐らくは相当厄介だという事は察し取っていた。出来る事なら遭遇したくはない、今自分達が上層を歩む内にそのレゥノーラは駆逐されないだろうか、と願うばかりである。
「勘弁して欲しいな、そういう化物には会いたくないぜ、全く……」
「えぇ、そうね」
 そうソーニアは穏やかに笑いながら、相槌を打つがそれ等のレゥノーラに遭遇した者の選択肢は二つしかない。倒すか、死ぬかしかないのだ。多くは無念を抱きながら斃れ、倒せた者は化物を越える化物として名を馳せるばかり。三年前ケェーレフを殺したのはルーイット・フォグナーだった、と思い返せば彼もまた化物だった、とソーニアは苦笑いを浮かべるしかなかったのであった。
 暫く言葉を交わす事なく、歩み続ける内に昇降機を三度ばかり乗り継ぎ地下六十階まで行き着く。広間に簡易的な拠点が築かれており、ジャッバールの作成した銃火器が大量に置かれていた。その中には多銃身の機関銃なども有り、宛ら戦争の準備でもしているかのようだ。此処まで下層になると学者や彼等の率いる傭兵の姿も疎らとなり、ジャッバールの私兵であるセノールやレヴェリが目立つ。
「メイ・リエリスか」
 昇降機の脇に居たセノールの兵がぼそりと呟くように言い放つ。腰に差した曲刀はジャリルファハドの持つ物と同じである事から、彼がガリプの兵であるという事は容易く分かる。そのガリプの兵はジャリルファハドと比べて、落ち着いた感じは見られず厭にぎらついて見え、少しばかりの居心地の悪さを感じた。これがセノールの兵、その本質なのだろうかと思い至れば少しばかり複雑な思いである。
「えぇ、そうですが」
 そう肯定をすると彼の表情は幾分和らぎ、姿を現していた刺々しさは姿を隠してしまった。本当にセノールはこういう人間が多いと、ソーニアは内心苦笑しながらも、柔らいだ空気に内心胸を撫で下ろし、安心を覚えるのであった。
「……ファハドが世話になったようだ、ありがとう」
 礼を言われるとは予想しておらず、一瞬ソーニアは呆気に取られて身動ぎをするのであったが礼をされたならば、言葉を返すのがせめてもの礼節という物であろう。
「いいえ、彼には世話になりましたから。……下で何かありました?」
「レゥノーラの掃討。下にはまだ行くな。暫く此処に居た方が良い、流れ弾で死んだならお前達の自己責任って奴になるからな」
 ガリプの兵は張り付いたような笑みを薄っすらと浮かべながら、腕組みをしてそう言い放つ。半分は冗談、半分は本気といったところだろうか。余り良い気分はせず、その笑みから逃げるようにしてミュラの腕を掴んで踵を返す。何やらミュラは突然、腕を引かれた事に戸惑いつつ抗議をしているのだが、耳を向ける事もない。そしてミュラを無理矢理椅子に座らせてソーニアは彼女と視線を交わす。
「もう少し待ちましょ、下危ないってさ」
 そう語るとミュラの顔色は僅かに変わっていく。ケェーレフやランツェールの事で脅かしたのが原因であろう。そんなレゥノーラはそう頻繁に見られる物ではない。だがミュラに伝える理由はないだろう。この廓において慢心は死を招く原因となる。恐怖を抱いている位の方が良いのだ。現にあのガリプの兵が言ったように階下からは銃声が響いており、時折じゃらじゃらと軽い金属音が鳴っている。恐らくは多銃身の機関銃を使用しているのだろう。動いていない状況の姿を見る事は多々あるが、実際にそれが動いている姿を見た事はない。ミュラを置いてソーニアは階下へと歩みを進めていく。階段を一段、また一段と降りていく。ついに降りきった先には防護柵が築かれ、小銃を構えたセノールの兵とそれがあったのだ。耳を劈く咆哮と共に、目にも止まらぬ速さで火を吐き出し、レゥノーラの身体を穿ち、砕き、削り取っていく。赤い液体が通路一面に散らばり、それが少しずつ固まっては賢者の石へと姿を変える。拉げた身体は力なく、ふらりふらりと身を揺らして赤の上へと斃れ込んで行く。どこからどこまで胴体で、どこからどこまでが頭なのか見分けが付かない程に欠損したそれにうそ恐ろしさを覚え、ソーニアは口を閉ざすばかりであった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.115 )
日時: 2017/10/26 21:57
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 レア・バシュラールが廓の様子が気になると言い出したのは昨夜のことである。エドガーお手製のシチューを食べる手を止めて、そう切り出した彼女の声は真剣であった。普段ならば、焼き立てのパンのように柔らかい声は鉄のように固く無機質な声に代わり、パンを千切ろうとしていたエドガーの手が止まる。ちらりと顔を上げれば口を真一文字に閉じた少女の顔が映り、スプーンを置いてわざとらしくフゥと溜息をついた。 
 ガウェスの負傷というアクシデントに見舞われてから中断されたカンクェノの探索。そこから再開される事無く、当主は息絶え、ハイドナーは滅んだ。五百年以上住まう大貴族の滅亡はアゥルトゥラに住まう人々にとっては大事件なのだが、一ヵ月経てば人々の記憶から薄れ、二ヶ月以上が経った今では、噂をすることもハイドナーの名前を出すこともない。現在、人々の話題の中心となっているのは、どこの娼館の娘がいいだのどこの息子が結婚したといった下世話なものだ。あるべき姿を取り戻したのだろう。町もそこに住む人々も。
「ベケトフからの連絡を待つべきじゃあないのか」
「一週間以上も音沙汰ないじゃないですかぁ」 
 普段より強い口調とそのように切り返されれば思わず口を噤む。しばらくはパンを千切る音とスプーンと皿とが擦れる音のみが響く。彼女をそこまで執着させるのはカンクェノに純粋な好奇心というよりは溢れんばかりのレゥノーラに対する憎悪だろう。両親を殺されたレアにとって全てのレゥノーラが親の仇なのだろう。彼らを駆逐し尽さない限りレアの心に燃えている怨憎を消し去ることは出来ない。
「俺達がわざわざ行かなくても別の人がカンクェノを調べてくれるだろ?」
「私はレゥノーラを殺しに行くんです」
「それならジャッバールの人達がいるだろ。俺達が出る幕じゃない。専門家に任せた方が良い」
「なら見に行くだけにします! 暴れませんから」
 エドガーは答えない。ただ星と月を抜き取った夜空のような瞳で凝視するのみである。レアは口を開きかけたが声をあげることはなく、苦々しく顔を歪ませただけだった。
「今回だけ、お願いしますよ親方ぁ。後生です今日行けばもう我が儘言いません。嫌いなニンジンも食べますし二十二時には寝ます。部屋の掃除も自分でやって洗濯もします。食材の買い出しを頼んでもいいですよ! ね、ね、だからぁ」
 無論、エドガーは拒否することも十分可能である。しかし、このまま拒否を続けていたら一人で行くとも言いかねない。夜にこっそりと抜け出すようなこともあるかもしれない。猪のような女を一人、行かせるわけにはいかなかった。自分は彼女の目になると誓ったのだから。だからエドガーは半ばヤケクソになって「分かったよ」と返してしまったのだ。愚かしいものである。その一言が聞けたとき、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ、その時ばかりは年相応の純真無垢な笑顔が見られたことに喜びと安堵を覚えたものの、今となってはレアに根負けした昨日の自分を恨む。
 此処がアゥルトゥラであるのを忘れてしまいそうほど廓内は冷えている。冬風が持つ凍えるような寒さではない軽く身震いする程度の寒さである。しかし、外との寒暖の差が激しく、宮内に入った多くの者は手で前腕や二の腕をさすることになるだろう。額に浮かんでいた生暖かい汗が急激に冷やされ体温を奪われていく。時折吹く頬を撫でる風には室内同じ冷気を含んでいる。長袖を着込み、ローブを羽織っているエドガーですら大きなクシャミをするほどだ。肌を焦がす日光も雨雲よりも厚い石の屋根に阻まれて熱がこちらまで降り注ぐことはなく、外では鬱陶しく思っていた光が今は恋しく感じられた。
「石は熱伝導率が低いって知っていますか?」廓に向かっている途中にレアがそんなことを話していたのを思い出す。(もっとも、熱に浮かされた頭では話の殆どは頭に入ってこなかったが……)彼女が教えてくれた知識が正しければ、この肌寒さにもある程度の納得と諦めがつくはずであった。だが、エドガーの顔は未だ晴れず、レアと比べて足取りも重い。
 確かに廓の中は外に比べて肉体的には過ごしやすい空間ではあるだろう。だが、だからこそ此処は異常な場所であると、人が入るべきでは無いと侵入者に警鐘を鳴らしているように聞こえてならないのだ。故に、エドガーは涼しさとは別の意味で薄ら寒さを感じずにはいられない。ローブの裾に皺が出来るほど強く握っていることに気がつくと、レアは「恐いのかと」揶揄い笑った。
「恐いに決まってるだろ」
 仏頂面をして答えるエドガー。死が恐くないわけがない。もしもそのような者がいたら人ではない。鬼畜生である。
 「私が命をかけて守りますからダイジョーブですよ、親方」
 振り向かずに答えたのでレアがどんな顔をしているかは分からない。ただ、彼女の言葉は姦しい雑踏の中でもしっかりとした響きを持って彼の耳に届いていた。
 もっとも、エドガーが求めているのはそんな曖昧なものではなく、確乎たる証拠なのである。レゥノーラの掃討が完了した階ならばある程度の安全は確保されているものの、錯乱した人間に襲われた者がいるという噂も聞く。そのような厄災を退けるほどの力が自分達にはない。視線を斜め下に落とすとレアの右手が映る。いつからだったか、出会ったときは傷一つなかった腕に痣と生傷が目立つようになったのは。腕は少し太くなったか。それでも力を込めれば折れてしまいそうなほどの細い腕。その腕の何処に自分の身長以上の槍を振るう力が秘められているのか。
「ガウェス卿がいてくれたら良かったのだけどなぁ……」
 思わず漏れた本音はレアにもしっかりと届いており、躍るように軽い足取りをぴたりと止めた。レアの放つ雰囲気が変わった。キリキリと満月のように引き絞られた弓を向けられているような緊張感が生まれ
、総毛立つ感覚に襲われる。
「死んだ人間のことをくよくよ言ったってしょうがないですよぉ。私達は前を向いてガウェスさんの分まで生きていかなきゃダメなんです」
「俺が死んでも、同じようなことを言えるのかよ?」
 両親についても訊こうか迷ったが、グッと飲み込んだ。今問うべき事柄ではない。何よりもそこまで踏み込んでいい訳がない。
「それは……、その時になってみたいと分かりません。でもそうですね。もしも先輩が誰かに殺されちゃったら、その時は」
 右足を軸にして半回転してレアがこちらを向く。こげ茶色した薄いジャケットが風を孕んでフワリと浮いた。
「何年、何十年かかってもその人を殺します、必ず」
 一晩泣き腫らした瞳とは違う純粋な赤い瞳がエドガーを捉える。そこに吸い込まれてしまいそうだと思うのは爛々と輝く瞳の奥に揺るぎない意志を灯しているからか。何という目をするのだとエドガーの胸が痛む。
「そうか」
 エドガーの口から出たのは取り繕われた言の葉。それでもレアにとっては満足のいく一言であったらしい。にっこりと笑い、再び前を向くと鼻歌を歌いながら少し早足で昇降機へと向かう。その後ろをゆっくりとエドガーが追う。追い抜いていく人々殆どには剣や銃をぶら下げており、歩くたびにガシャガシャと耳障りな音を立てて横を通し過ぎていく。
「死にたくないなぁ……」
 無意識に転がり出た一言が彼の胸中を表した一言だ。前を歩くレアには聞こえておらず、彼を探す声と頭上で白い手が大きく揺れている。「今行くよ」と大きな声で答え、白い手の持ち主の場所へ急ぐ。足取りは未だ重いままだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.116 )
日時: 2017/10/17 00:40
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU

「……いやぁ、弱ったな」
 ヨハンは鈍い金の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら独りごちる。握られた手紙は、行く宛を無くしてしまった。郵便受けへ入れてしまうのも一手ではあるが、叶うならば仔細を告げるためにも直接手渡したかったというのに。入れ違いになってしまうのも些か問題と言うものだろう。かと言ってこのまま帰るわけにもいかない。暫し逡巡の後、ヨハンが手にしていた白い封筒は、ポストへと滑り込んでいった。手土産に、と当主より渡されていたどこぞのパティシエ手製の菓子は、持ち帰ることとしよう。思えばこの店の菓子は、スヴェトラーナの好むものであった、等と思い返しながらヨハンは踵を返す。曇天の空に、けれども思い返すのは星の色をした柔い髪を持つ少女と、その隣に立つであろう黒髪の同僚の事だった。ベケトフの家として、此度廓へ向かわせるのは2人のみ、と決めたのは他でもない当主、ユスチンだ。そも、多くの兵力を持たぬ家である、という事もあるが、そうだとしても外部から雇い入れれば多少の人数は稼げよう。其れを是としなかったのは第一に提案者が誰一人居なかった事、ユスチンと、それからスヴェトラーナの両名の反対がはじめにあった事からである。スヴェトラーナの方は何やら自分の我儘に他人を巻き込みたくない、という感情の方が大きかったというだけらしいが、ユスチンとしては事を大きくするのは避けたかったのだろう。掃討が目的ではない以上、其処まで多くの兵力は不要である。ベケトフは武力をもって治める者に非ず。嘗て廓の建造に携わり、時代を重ね、今ではカルウェノに名を連ねる一族としての責務は負うが、其所を訪れる人々へ圧力を与える気は毛頭ない。叶うならば協力を、その裏にはどうしたとしても打算もあれど、互いに利を得られるならば上々というものだろう。そもそも大して何かをしてきた訳では無い故に、学者らのベケトフへの信用回復、等という大仰なものを語るつもりはないが、少なからず良好な関係でありたい、というのが現当主の望みである。恐らく、次期当主も同じ事を語るだろう。今代に叶わずとも次代には、と願う気持ちもあるらしかった。善良なばかりではやっていけやしないが、外敵ならざる人々と敵対し、互いに疎み合うのも馬鹿らしいというものだろう。――ヨハンは深いため息を一つ。手にしていた紙袋の中を覗き込み、少しばかり考え込んでから、つま先をまた別の方向へと向けた。ベケトフ邸ではなく、その令嬢と同僚の過ごす家へ向けて。……結局、そちらとも入れ違いになって、どうしたものかと頭を悩ませる金髪の青年の姿が見られるのは、後の事である。

 少女の持つアイス・ブルーがぱちり、と瞬いた。少女が小首を傾げれば星色の柔らかな髪が揺れる。煌めく色は、けれども廓の内では鈍く光るのみ。スヴェトラーナには何時かに、文字通り“遊びに”来た折と、この場の空気が変わった様に思えてならなかった。銃を携えた人は確かに多くあったけれど、誰も彼もが瞳に紫の色を宿してはいなかったはずだ。ぱちん、ぱちん、と薄氷色は瞬いて、少女の首は傾いたまま固定されてしまった。昇降機の中、スヴェトラーナの隣にいた男はやや怪訝な表情で、場違いな少女を一瞥したものの、特別何か語るでも無く静かに息を吐くのみであった。
「お嬢様、どうかなさいましたか」
 件の男の反対側、スヴェトラーナの左隣に経っていたハイルヴィヒは秘め事の様に言葉を囁く。瞬いていた薄氷の色はハイルヴィヒの青をまっすぐ見つめてまた一つばかりぱちり、と瞬いた。
「いえ……いいえ、ハイルヴィヒなんでも…………いえ、後で……お話するわ」
 逡巡の後、其れだけ紡げばややあってから、少女は口を閉ざした純粋な疑問ではあるが、この場、他方に人がいる中でぶつける質問ではないだろうと判断したまでの事。スヴェトラーナ<主人>が今語らぬというならば、ハイルヴィヒ<従者>がそれ以上追求する事でもない。了承の意を首肯のみで示せば、ハイルヴィヒも口を閉ざした。昇降機の揺れによる金属音と、機械的な音、時折聞こえる咳払いの音のみが空間に満ち満ちている。やや暗色に偏った昇降機内で、清らかに、純潔の色のまま、黒に染まらぬ少女の存在はある種異様であるのやも知れぬ。ハイルヴィヒもまた、瞳に宿す色の表層は暗くとも、其の深くにある色は淡く、鈍く輝いている。何よりも、黒髪に一筋垂れる白いシルクは、変わらず真白いままであった。2人の耳に輝く赤は、艶やかに。昇降機を降り、また次に乗るまでに歩みを進める折、ハイルヴィヒの黒髪と白いリボン、スヴェトラーナの星色の髪と真紅のワンピースの裾はふわり、場違いな色で揺れていた。靴音は音楽を奏でない。
「ハイルヴィヒ……此処はこんなに、寒々しい場所でしたか?」
 歩む中、少女がつい先程に抱いた疑問を零す。凍える程に寒いわけではない、決して真冬の白の中に立ち竦む様な感覚ではない。けれども確かに此処は、冷え切っている様に思えてならない、と少女の瞳は、否相貌は訴えていた。ハイルヴィヒはと言えば少しばかり口篭り、難しい顔をしながらも咳払いを一つ。傍を歩いていたらしい男が訝しげに二人を見るが、すぐに離れていった。その姿を横目に、ハイルヴィヒは眉間に薄らと皺を寄せて考え込む事暫し。少女スヴェトラーナの淡い瞳はゆらゆらと揺れている。見つからぬ答えを求めて、無意識に盲信するその人の答えを待って。――次の昇降機の前にたどり着くまで、二人の沈黙は続いていた。
「…………ご不安ですか」
 昇降機に乗り込む前に、ハイルヴィヒが絞り出せた言葉はそれだけだ。青い瞳はただ蒼穹の色をしてそこに鎮座している。廓を闊歩する人々を映すでもなく、目の前の少女すら映さず。ただそこに在るだけだ。揺らぐ瞳は少女に同じく、けれども淡く輝く事はない。
「いいえ、けっして……不安では。貴女が、ハイルヴィヒが一緒に居てくれるなら、何も、不安は……」
 少女の白いレースに包まれた手が、黒に覆われた手へと伸びた。けれどもその二つの色が重なる事は無い。ふるりと首を横へと振った少女の、柔らかな金の色がたおやかに揺れるだけであった。不安はない、けれどもスヴェトラーナの胸はざわめいている。不可思議な感覚は、今回ばかりはどこが不快な感覚へと昇華していく。原因など少女にわかるわけもない。かといって首を捻った所で、答えが出てくるものでもないだろう。そう結論づけた少女はただ、その双眸にある種の疑念を宿す。平穏は偽りとして、一見すれば全て一段落したような状況に対しても、取り繕われる様に一種の統治下にある、この場所に対しても。心に突き刺さる矢の様な“何か”の答えを探す事は、広い海の中にたった一粒の真珠を探す様な感覚だろうか。――けれど、令嬢たる少女は海を知らない。
 輝く夢はもはや潰えて、本来ならば明日も見えぬのだろうか。否、そも、明日など誰にも見えやしない。千里を見通す目を以てしても、明日の夢を映す事は出来ても起こる全てを口には出来まい。予言はあくまでも予言だ、予想もまた然り。全てを把握する事が出来ぬからこそ、少女は夢を見続ける、見続けていた。知らずとも、知ろうと手を伸ばす事は出来たというのに。遅すぎるという事は無い、と人は言うけれど、さて。悴むでもなく、けれども凍える手を握り、開き、また握る。吐き出す息に色はなかった。
 ――昇降機を併せて3つ乗り継ぎ、降り立った地下60階は何やら物々しい雰囲気に包まれている。ハイルヴィヒは一瞬、眉間に深く皺を寄せた後、令嬢の手を取った。驚きに、アイス・ブルーの双眸が満月の様に丸くなる。ぱちり、瞬くその後に、令嬢の口は引き結ばれた。地下に満ちる鋭い空気を、今更肌で感じたからである。安らぎは此処にはない、そも此の廓に、そんなものは存在しないのかもしれないが。少女は傭兵へ身を寄せる。その手を強く握りしめる。漸く重なる白と黒は、けれども先程の様な意味合いを、何一つ持たなかった。ただはぐれないように、その目的のためだけに結ばれた故に、混ざり合う事はない。ハイルヴィヒが歩めば、スヴェトラーナも其れに続く。黒髪の半歩後ろ、金の髪は柔らかに揺れて、淡く輝き舞うばかり。やや早足のハイルヴィヒの手が伸びてしまわないように、出来る限り離れない様に。手からだけではない、熱量を全てで感じられるように、令嬢もまた足早に歩む。
「…………ミュラ・ベルバトーレ?」
 唐突にハイルヴィヒの歩みが止まる。かと思えば驚愕混じりに、ハイルヴィヒは前方に座る少女の名を呼んだ。背後を歩いていたスヴェトラーナがハイルヴィヒに軽く衝突したものだから慌てて傭兵は謝罪を紡ぎ、令嬢は気にしないでと首を横へと振る。そうして再びミュラへと向いた蒼玉の瞳は僅かに見開かれていた。其の名を聞いたのはやや前のことではあるが、確かに、明確に覚えている。クセのある黒髪、小麦の色をした肌に何処か動物じみた空気の少女。子供の様で、纏う空気は独りを知る大人のものに相違なく。見紛うはずもない、名乗るか悩んだ事も、なんやかんやで協力してもらった事も、全て。思えばあの折より、全ては決まっていたのかもしれないが、さる家の興亡など、今はハイルヴィヒの思考の端にしかない。なにせ此処で彼女に出会う等と、予想外も良いところだ。
「あ……えーっと……ハイル…………ハイル、ヴィヒ……シュ、ルツ?」
 ハイルヴィヒをその瞳に映す少女もまた、驚愕に暗褐色の双眸を丸く見開いている。記憶を手繰りながら、黒髪の傭兵の名を呼んだ。思索の間に、傭兵も、令嬢も、口を挟む事はない。けれども名を呼ばれればハイルヴィヒは小さく頷く。ミュラは安堵からか、短く息を吐いている。そうしてから、ハイルヴィヒの後ろに控えるスヴェトラーナを見て、小首をかしげた。やや呆けていたスヴェトラーナではあったが、ミュラと視線が交わればハ、として柔らかな笑みを浮かべる。そうしてハイルヴィヒの手をやや名残惜しさを憶えつつも離し、半歩前へ。右足を斜め後ろ内側へ、スカートをつまみ上げて、膝を折る。そうしてから頭を下げれば金糸はさらりと流れ落ちる。流れる様なカーテシーはスヴェトラーナにとってはもはや慣れたもの。バランス一つ崩さず、乱れ一つなく頭を上げて、再び元の姿勢へ戻るまでの一瞬、暗がりの中でけれども少女は月明かりを纏うていた。
「ごきげんよう、ベルバトーレ様。……いつかの折に、ハイルヴィヒがお世話になりました。……私、スヴェトラーナ・ユスチノヴナ・ベケトヴァと申します。その……ハイルヴィヒの主、の様なものではございますけれど……どうか気軽に、スヴェータとでもお呼びください」
 少女は傭兵より、彼女の話を少しばかり聞いていた。其の全てではないけれど、彼女のような人が居たと。其の折に、少女の淡い色をした瞳は好奇心と興味に輝いていた。知らない人、見知らぬ世界を、遠い地の夢を知る人。其の人に焦がれずして、何を思えというのか。憧れよりも憧れ以上の夢を抱いていた人だ。同じ時を過ごす事など出来ぬと思っていた人が今、目の前に居る。其れだけでスヴェトラーナの胸はときめき、弾む。場違いな思いと知れど、柔らかに抱く期待を抑える事が出来ぬのは、まだ少女が子供のままである故、だろうか。さて、ベルバトーレ様、等と呼ばれ慣れぬ呼称に擽ったさでも憶えたのか、ミュラはその柔らかな頬を掻いている。其の様子を変わらず見つめるアイス・ブルーから目を逸らすのは偏に、気恥ずかしさがすべての理由だ。ハイルヴィヒは何を咎めるでも無く、再び令嬢の手を取った。さも其れが当然と言わんばかりに、何一つの違和感を抱かせぬまでに自然に。スヴェトラーナもまた、傭兵の手を握る事に抵抗は無い。
「あー……スヴェータ? うん、その、なんだ……ミュラでいいよ。様って、なんか慣れないし」
 視線をやや下方で彷徨わせてから再び薄氷色を見やって、ミュラはそう告げる。スヴェトラーナの顔ばせにはやはり、柔らかな笑みが宿るのみ。白百合の様に、けれど淡雪の様に融ける様な笑みを、令嬢は少女へ向けていた。
「まあ……ふふ、お優しいのですね。ミュラお姉様は…………ぁ」
 “お姉様”と続けたのもまた、さも、自然な流れと言わんばかりに。けれども令嬢はすぐにハ、として其の瞳を見開き、声を漏らして、すぐに伏せた。お姉様と呼ばれたミュラもまた再び、驚きと戸惑いに其の瞳を見開いている。言葉に詰まる令嬢は口ごもる。何かを言いかけては口を噤む。本当に、自然なことだった、無意識にお姉様と呼んでいた。兄と慕う人を前にした時と同じく、さも自然にそう口から溢れていたのだ。理由なんてわからない、わかるわけもない。ただ無意識に、そう呼ぶ事が自然だと言わんばかりに音となっていた。
「……お姉様も、なんか……こっ恥ずかしいな!」
 暫しの沈黙に、ハイルヴィヒも口を挟む事ができず、困惑混じりに蒼玉をミュラへと向けていた。けれども照れ隠しか、ケラケラと笑いながらミュラがそう言い放った事が幸いしたか、スヴェトラーナの戸惑いはふわり、飛んでいってしまったらしかった。ぱちり、とアイス・ブルーが瞬いて、次いで再び柔らかな笑みが相貌に宿る。安堵の色に瞳は輝き、吐き出す息はまた、柔らかに。
「……ふ、ふふっ……ごめんなさいね、ミュラさん。……なんだか、不思議。自然と溢れてしまって……嗚呼、本当に……不思議だわ。貴女様を前にするとね、なんだか、暖かな気持ちになってしまうの」
 再びハイルヴィヒの手を離したスヴェトラーナは一歩、また一歩、ミュラの方へと近寄って、そうして、其の手をそっと取った。白いレースに包まれていても、其の手の体温は感じられる。少しばかり顔を近づけて、穏やかな笑みのままで少女は感謝を告げる。淡い氷の色の中でまろぶ光は、今はミュラへだけ向けられる。触れ合うよりもずっと遠い距離、けれども語らうには些か近い距離で、令嬢の瞳は少女をいっぱいにうつしたまま瞬いている。天上に輝く太陽を思わせる少女を前に、令嬢の頭をふと過る人を、けれども今は振り落とす。他人の前で誰かを重ねる等、できそうにもなかったから。
「ただいま…………ミュラ、何やってるの?」
 ハイルヴィヒが咳払いをするのと、ソーニアが戻るのはほぼ同時の事であった。さて、学者の目に2人の少女がどう映ったかは定かではないが、少なくとも困惑があった事は違いない。戸惑った様に緑玉をハイルヴィヒへ向けるが、返ってくるのは無言のみ。羞恥を感じたのはミュラだけらしかった。目をパチクリと瞬かせてきょとん、としているスヴェトラーナを軽く押して己から離せば、碧玉の色は鋭く細められる……が、かと言って何があるわけでもない。変わらず何事か、とわからない顔をしているスヴェトラーナは決して不快に思うでもなく、寧ろ己の行動がミュラにとって不愉快だったかと不安をいだいたらしく「ごめんなさい」等と謝罪を紡ぐばかり。気にしないで、とも悪い、とも言いたげなミュラの視線に安堵感を取り戻すのはすぐの事ではあるのだが。
「お、おう、なんだ、その、おかえりソーニア。……うん、別に何もしてない!」
「……そう?」
 何でもない、と告げてもソーニアは何処か訝しげなままだ。当然といえば当然なのやも知れないが。かといって突く話題でもないだろう。ハイルヴィヒの咳払いが再び響く。そうしてからソーニアの澄んだ瞳はハイルヴィヒへ向き、次いでミュラの傍に立つスヴェトラーナへと向いた。
「2人は、ミュラの知り合い?」
「んー……知り合いっていうか……そっちのハイルヴィヒは前にちょっと会った事ある。ソーニアもみた事あるかも。こっちのスヴェータは、さっきはじめて会ったばっかりだぜ」
 さて、近くに居る方と前々から既知であるならばまだしも、ついぞ先程随分と親しげにしていた方が初対面とは此れ如何に。また一瞬、訝しげな視線を向けられたミュラはなにやら抗議したげであったが良い言葉が浮かばなかったのか、口籠るばかりだ。そうしてすぐに聞こえた足音は、スヴェトラーナの響かせるもの。ソーニアの方へ近寄って、再びカーテシーにて敬礼を。
「ごきげんよう……ええと、ソーニア、様? 申し遅れました。私スヴェトラーナと……スヴェトラーナ・ユスチノヴナ・ベケトヴァ申します。……此方は護衛のハイルヴィヒ、何卒、お見知りおきを」
 スヴェトラーナの表情はミュラへ名を告げた折と変わらず、蕩ける様な微笑みである。名を告げる事に抵抗はない。家名もまた然り。視察等と銘打ちつつも決して高圧的なものにするつもりはない。彼女らもまた、此処へ探索、乃至は調査に来た面々であるのならば、尚更に。少女の柔らかな色の瞳は只、慈しむように目の前の人を見つめていた。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.117 )
日時: 2017/10/22 22:59
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 そう名乗る少女に相対し、ソーニアは深緑の瞳を向けるばかりであった。随分と珍しい人間が廓の中に来ている、と妙な関心を抱いた為である。日和見、様子見ばかりのベケトフが……、珍しい事もある事だ、と。
 何時までも口を噤み、返答のないソーニアを怪訝そうにスヴェトラーナは見つめ、小首を傾げている。清涼とした青を宿し、まるで世の悪や穢れという物を微塵も知らず、隔絶された世界で生きてきた人形のようだ。そういった物に一切染められていない瞳に見続けられるのはどうにも居心地が悪く、ソーニアは遂に口を開く。
「えぇ、宜しく。……この先に何かあって? そもそも何をしにきたの?」
 少し意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ソーニアは地下へと口を開けた階段を見据えた。視線の先、朱の差した暗闇がそこにあるばかり。人の息遣いなどそこにはなく、影の一片すら見当たらない。だというのに何かが叫び、吠え、来るなと威嚇しているかの如く、聞きなれない音が響き渡っている。それが何なのかスヴェトラーナには分からず、彼女の瞳には不安を覚えたように一抹の翳りが宿ったようである。しかし、彼女の護衛である傭兵はそうではなく、真っ黒な瞳を細めながらソーニアへと向かってくる。
「誰か撃ってるのか」
「えぇ、ジャッバールがレゥノーラの掃討にね。人的被害なし、レゥノーラは多数撃破って所ね。あれが蹂躙っていう事よ、見て来る?」
「……危うい物に近寄る必要はないだろう」
 賢明な判断だとソーニアは穏やかに笑いながら「そうね」とハイルヴィヒへ返事をするなり、石壁に身を預けてその場に座り込んだ。暫くは此処に居続ける必要がある、最悪時間を見て地上に戻るべきであるためだ。階下では撃ち砕かれた死骸が斃れ臥し、辺りに力なく転がっているのだ。途切れる事のない銃声、火を噴く数々の銃口が化生の肉と壁を穿った結果、赤く染まった闇が広がっている。
「えぇ、賢明ね。……二人とも此処から先は暫く行けないし、少し休んでいったら? 回りは……まぁ、傭兵だらけだけど」
 そう語り掛けるソーニアは膝に銃を置いて、静かに笑っている。その姿が学者も傭兵も一瞥した程度では見分けが付かない。自分とてその内の一人だという自嘲であるようにハイルヴィヒの目には写るのだ。
 彼女の膝の上には見慣れない小銃があり、それがハイルヴィヒの目を引く。アゥルトゥラで使用されている物よりも短く、やや小振り。口径もやや小さい。恐らくセノールで使われている物だろう、何故彼女がそれを持っているのかという疑問を抱くも口に出す事はない。
「何時まで進めないんだよー」
「さぁね、まぁよくある事よ。……二人ともどうするの?」
 ミュラの野次を往なし、ソーニアは再び二人を見遣る。どうするも何も危うきに近寄るべきではない、一旦引き返すか、此処でジャッバールが引き上げてくるのを待つべきだろう。しかし、その判断はあくまで自身の物でしかなく、主であるスヴェトラーナの物ではない。彼女へ判断を促すよう、伏せ目がちにハイルヴィヒは視線を投げ掛けるのだった。
「……別の通路はないのでしょうか?」
 スヴェトラーナの口から出た問い、それに対しソーニアは思わず呆気に取られるのであった。レゥノーラの掃討、それは謂わばレゥノーラの巣へ火を突き回しているのと変わらない。スヴェトラーナの疑問に答えるならば「通路はある」となるが、刺激されたレゥノーラが此方へと向かってくる可能性があるのだ。
「スヴェトラーナ、良い? 今はレゥノーラの巣を突いてるのと同じ状況よ、無理に進むのは最大の悪手。命綱を首に掛けて綱渡りしてるのと変わらないわ」
 少しばかり脅かす説教の様になってしまうが、これで先に進もう等という考えは消える事だろう。恐らくスヴェトラーナはレゥノーラの恐ろしさを知らないだろう。あれは人間が太刀打ちするには頑強かつ凶悪過ぎる相手である。一度相対したが銃弾を何発見舞っても死せず、セノールの武門の者すら恐れをなした異形の怪物なのだ。
「……下に居る方々はそんなものと戦っているのですか?」
 己の身を案ずるでなく、掃討に従事している者達の身を案ずるような発言にソーニアは妙な違和感を抱くのだ。何がと問われれば形容に困る違和感ではあるが。敢えて謂うならば自己が希薄なのだ。周囲へ同調を原動力とし、辛うじて動いているように見えてしまう。良家の令嬢ともなれば、こんなもんかと思い至る。
「えぇ。前任者の怠慢につけこんで、此処の利権を全て掌握した。故に此処に出入りする面々の守護も受け持つようになった。……彼等程、レゥノーラとの戦いに長ける者達は居ないわ」
 怠慢、その言葉に彼女の瞳は僅か見開かれ、それと共に護衛であるハイルヴィヒの顔付きが険しくなったのが見て取れる。彼女達もハイドナーに組していたとなれば結果を出せずに居た事実を「怠慢」と謗られるのは気分の良い物ではないだろう。だが、それは事実だ。結果的にハイドナーの手勢が死んだだけ、クルツェスカの雲行きが怪しくなったならばそそくさと出て行ってしまった、謗られようとも反論の余地などないのだ。
「だからこそ聞いているの。何をしにきたの、って」
 その問いにスヴェトラーナの口は開かれず、その代わりに淡く青い瞳だけがソーニアの深緑の瞳を見るばかりであった。交わされた視線を互いに外す事はない。言いたい事があるならば言えば良い、何故口を閉ざし続けるのか、それがソーニアからしてみれば疑問であるのだ。
「此処に出入りする人間に付け入る隙なんてないわよ。発掘用の拠点だってジャッバールが用意したし、昇降機だってそう。あなた達が出来るのは邪魔にならないようにするだけ……、下にジャッバールの人間居るけど少し待った方が良い」
 階下へ繋がる暗闇を見て、ソーニアは静かに笑いながらそうスヴェトラーナに問い掛ける。結果は言うまでもない、ベケトフの人間に出来る事はないだろう。このタイミングで廓へ訪れたという事は打算を孕んでいると容易く察し取れる。現実を突きつけられたならば廓から立ち去る事も有り得るだろう。余計な犠牲者候補を増やさずに済む。
「……止んだか」
 ふと、ハイルヴィヒが呟く。階下から響く銃声は静まり、平静を取り戻したように感じられる。スヴェトラーナが何も言えずに居る以上、誰も言葉を発する事なく静まるのであった。
 階下へ至る階段は全くの暗闇、篝火の朱が僅かばかり差してはいるがそれは足元を辛うじて照らすだけの物に過ぎない。間を持たせるにも何か話す訳にも行かず、ミュラがそこへ視線を送った刹那、再び銃声が鳴り響くのだ。それも厭に近い場所でだ。反射的にソーニアは抱えた小銃を階段へと向けながら、少しずつ後ろに下がってくる。出遅れながらもハイルヴィヒはスヴェトラーナと庇うように銃を携え、ソーニアと隣り合う。
「近いわね」
「あぁ、近い。……ソイツを撃てるのか」
「一応ね、当たるかどうかは別の話」
 何時の間にかミュラが傍らで拳銃を構えて居るが、彼女の顔色には緊張が見え隠れしている。恐らくこの状況、レゥノーラが寄って来たとしても銃をまともに扱えるのはハイルヴィヒだけだろう。足手まといを三人抱えた状況でこの傭兵がどこまで立ち回れるかは甚だ疑問だが、それでも抵抗しなければただただ死ぬだけである。
 三人が一様に銃を構えたまま、暗闇を睨む。階下の銃声は途切れ途切れとなり、途切れる事のない銃声は全く聞こえず異常事態が起きているのは明らかであるのだ。
「何か……、来てるぜ」
 ミュラの声は少しだけ震えているように感じられたが、恐らく今自分も彼女に返事をしたならば同じような声を出してしまう事だろう。そんな情けない姿を見せるべきではない。今は口を閉ざしたまま、構えた小銃の銃床を頬に強く押し付ける事しか出来ないのだ。
「セタキル……ロシセルエ」
 暗闇から聞こえる声、それは人間の物ではなく、厭に冷たく、厭に重苦しい代物であった。暗闇に差す朱色、そこに姿を現したのは小柄ではあるが手に棒状の得物を持ったレゥノーラである。青く光る瞳、薄っすらと開かれた口元からは賢者の石と思わしき、赤い結晶がこびり付いている。ソーニアとミュラにはそれが何であるか、正体を察するに容易い。
 そのレゥノーラはランツェールであった。銃弾を浴びた白い肌を曝し、返り血を滴らせながらそれはゆっくりと歩む。カンクェノ発掘が開始された時から人間の前に立ちはだかり、人間は一度の勝利すら得られない。そんな存在が眼前に居る。それはとても恐ろしく、姿を見ただけで敵愾心を挫かれてしまいそうだ。だが、そんな事は許されないのだ。ソーニアの小銃が火を噴くなり、矢継ぎ早にハイルヴィヒ、そしてミュラが引き金を引く。ソーニアの一発はランツェールの右肩を穿ち、ハイルヴィヒの銃弾は首元を穿つ。ランツェールの上体は大きく反るも、全く効いている様子はない。傷口を真っ赤な液体が覆い、凝固していく。
「ナァ……トミムョクテレツ」
 何かを呟き、ランツェールは一気に駆け出す。次弾の装填は間に合わず、ミュラの持つ拳銃だけが一発、また一発と火を噴くもその銃声も五度で鳴り止み、二発しかランツェールに当たる事はない。その白い肌の上を滑った赤い液体は凝固し、それが辺りに散らばって行く。ソーニアが小銃を投げ捨て、鉈を抜いた刹那、ランツェールの槍の穂先はソーニアの肩の上を超え、石畳に突き刺さる。それを軸にソーニアの身を超え、ランツェールはただ駆け抜けていく。
「……えぇ?」
 レゥノーラの本能に反する行為に戸惑いを覚えながら、ソーニアは震える手で鉈をシースに戻そうとするも上手く収まらず切っ先が右腿に触れ、僅かに血が滴った。ふと視線を下げるとすっかり青褪めた顔をしたスヴェトラーナの姿があった、彼女は尻餅を付き、僅かに身を震わせている様である。
「お嬢様、手を」
 ハイルヴィヒが差し伸べた手、それをスヴェトラーナは中々握れずに居た。すっかり強張った身体は言う事を聞かず、ただ恐れ戦くだけ。心すら圧し折られてしまいそうである。ハイルヴィヒはスヴェトラーナを案じ、ソーニアはミュラを傍らにランツェールの妙な行動に疑問を抱くのであった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.118 )
日時: 2017/11/14 13:51
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

「なんか騒がしいですねー」とどこか他人事の様に呟いたのはレアである。抑揚のない口調とは裏腹にその目はキラキラとした期待に満ちており、暇があると槍の調子を確かめるように槍杆の中段をしきり撫でている。そんなレアの様子を横目でチラチラと確認しつつも、エドガーはどこか落ち着かない様子で昇降機の中を歩き回っていた。彼女の目になると覚悟を決めてここまで付いてきたものの、やはり後悔は拭えず、無力な自分がどこまでレゥノーラに通じるのか、どこまで彼女に守られ、そして守っていけるのか不安があった。いっそのこと機械トラブル等が起きて動きが止まってくれはしないかと願ってしまうのだが、彼の思いとは裏腹に相変わらず昇降機はゴウンゴウンと音を立てて二人を地下へと誘っていく。
 昇降機が止まり、僅かな衝撃がここが終点であると知らせてくれる。一度ここで降りて別の昇降機に乗り換えるのだ。アゥルトゥラの気候とは異なる地下特有の纏わり付くような湿っぽさが不快であった。故、空気を散らすよう足の爪先を上に向けて蹴り上げるようにして二人は歩く。
「なぁんか嫌な感じですね。こうべっとりくっついてくるって言うんですかね。あんまり好きじゃないです」
「あぁ、そうだな。それに」
 ここでエドガーは言葉を切り、基地を全体を見回した。右往左往と慌ただしく動く学者連中は研究の忙しさに追われているよりは、予期せぬアクシデントに見舞われて焦っているようだった。顔のどこかに不安が陰り、学者ですら武器を片手に同じ学者仲間と話をしている者が多くいる。どっしりと構えているように見える傭兵連中も武器を手放そうとせず、必要があればすぐにでも戦うことができるだろう。敵のいない安全地帯であるはずなのに肌を刺すような緊張感は何なのか。エドガーは手汗をズボンで拭い、普段は楽観的なレアもヒリついた雰囲気に呑まれ、居心地の悪そうに顔を顰めていた。
「なぁ、本当に何かあったんじゃないのか」
「下の方で大きなレゥノーラ狩りをしているって言ってたじゃないですか。きっとそれのせいですよ。私達も早く混ぜて貰いましょう、親方」
 六十階以降でレゥノーラの大規模な掃討作戦が行われているのは知っていた。昇降機を使った際に偶然乗り合わせた学者と彼が雇ったであろう傭兵が教えてくれたのだ。あまりじろじろとは見ていないが、いやに身長が高い傭兵であったことは覚えている。(肝心の顔はフードを被っていたために見えなかった)
 戦場に赴くことを良しとしないエドガーは乗り気がせず、遠回しにここで待機しようと提案したものの、要らぬ気遣いはレアに察せられることはなく終わる。足取りの重いエドガーを引っ張り昇降機に押し込むと地下に向かうためのスイッチに手をかける。指に力を込める前に、一緒に乗る人はいないかとレアが問うたが応えた者はいなかった。一瞬波打ったように静かになったと思うと、二人のほうを瞥見しコソコソと耳打ちをするのみ。「言いたいことがあるならはっきり言え」と立腹するレアを宥めエドガーがスイッチを押す。足が地から離れた浮遊感を一瞬味わったのち、昇降機が動く。地下に降りていくにつれて頬に当たる風は冷たく鋭利なモノになっていく。平均体温が三十七度と高く比較的寒さに強いレアも堪えるらしい、腕を軽くさすっている。だから厚着してこいと言ったのにと非難めいた視線を向けているとレアと目があった。
「親方の外套ください」
「俺が死ぬから無理」
「親方は長袖着てるからいいじゃないですか」
「俺は寒いの苦手なんだよ」
 冷たく突っぱねればレアはむくれながらも渋々マントの袖を離す。聞き分けの良い子供のような仕草にエドガーの顔には苦笑いが漏れるが、その顔も耳を貫くような発砲音に思わず強張ってしまう。ワイヤーが擦れる音には慣れたが、小気味よくタァーンタァーンと廓内に響く発砲音には未だ慣れず肩が揺れてしまう。生き物の命を奪うソレはエドガーにとっては死神の声と変わらない。だからとてつもなく恐ろしい。
 二人が五十階まで到達した時、多くの人がごった返していた。確かにここにも前哨基地があるので上下の階と比べると人は多い。だが、座る場所が確保出来ないほど人が集まることは滅多にあることではない。昇降機の到着すると、無数の視線が一気に二人に突き刺さるが、すぐに興味が失せたようで皆、先ほどの会話の続きや武器の手入れの続きを始める。状況が掴めず惚けた二人の耳に飛び込んできたのは一体のレゥノーラが階下から徐々に階上へと上がってきているという報である。ようやくエドガーは先ほど鳴っていた発砲音の意味を理解し、戦いた。今現在は多くの傭兵や兵士が駆り出され足止めしてくれているおかげでレゥノーラの影はまだここにはない。だが、彼の山登りは順調らしい。六十階を超えたと聞いた時は周りがざわめき立ち、幾人もが昇降機へと乗り込み地上へと帰って行く姿が目立つ。誰も咎めはしない。それが生き残る上で最良だと理解しているから。ただソレをせずに死地へと飛び込む愚者もいる。
「先輩はここにいてください」
 レアも斯様な輩であった。槍に巻いた包帯を解きながらエドガーの方を一切合切振り向かずに答える。彼女の意識はエドガーのことよりもこれからやってくるであろうレゥノーラへと移っていた。包帯が全て外れ相棒が姿を現すと彼の返事を待たずに少女は廓の奥へと走り出す。
「行っちゃ駄目だ」とエドガーの制止は輻輳した人々の前では消され、レアの耳には届かなかった。カルウェノ人と大差ない小柄なレヴェリは直ぐに人並みに飲まれ見失ってしまう。水仕事で荒れた指先はレアの金糸を絡め取ることは叶わず手元に残ったのは彼女の残り香だけであった。後悔をすることさえも忘れ、呆然と立つ男の耳に「あいつ、終わったな」と見知らぬ誰かがせせら嗤う声が聞こえた。思わず声のした方をキッと睨みつけるが、自分の身長を優に超える男に見下されれば、体中の筋肉が緊張し委縮してしまう。切れ味の良いナイフを喉笛に突きつけられているような感覚に反射的に目線が下に向いてしまう。男はエドガーを見下ろし鼻で笑うと、小銃片手にレアの後を追うように人を掻き分け廓の奥へと消えていった。自分の無力さに涙が零れそうだったが、グッと堪え、これから自分が成すべき事を考える。手元にある武器は折りたたみ式のナイフが一本とリボルバー拳銃が一丁。それと替えの弾が5発。あまりに心許ない装備だ。新しく武器を買おうにもそんな大金を用意できない。そもそもこの状況下で売ってくれるかさえ分からない。頼る人すらいない絶望的な状況で、立っていることしか出来ない自分がもどかしかった。

 避難してきた人の波に押し流されそうになりながらもレアの爪先は廓の奥に向いていた。今の彼女はレゥノーラに対する憎悪と彼らを屠れるという歪んだ愉楽のみを糧に動いている。彼女の身を案じた言葉はただの雑音として片付けられ、赤い瞳を持つ少女は同じく血のように赤い瞳をもつ化け物を殺すために奥へと向かうのだ。腕を引っ張れば多少は止まるのだろうが、燃える炎の中に落ちた栗を素手で拾う者はいない。レアに向けられたのは嘲りと哀れみの視線だけだった。
 さて、人々の雑踏が遠のき視界が開けると廓の奥で何が起きているのか手に取るように分かる。絶え間なく聞こえる発砲音が止み、見知らぬ誰かの劈くような声が響く。それがレゥノーラか人間のモノなのか。恐らく後者であろう。硝煙の臭いに混じり微かに血の臭いがここまで漂い、多くの者は先の見えぬ暗闇で起きた出来事を頭の中に思い描く。ゴクリと誰かが息をのみ、多くはその足を止めた。何が来てもいいように先の見えぬ暗闇にジッと目を凝らす。無論レアもその足を止めたが、その実、親の仇と殺せる喜びに打ち震えていた。前回はガウェスに邪魔をされたが今回は違う。自分の手で憎き化け物を闇に葬り去ることができる。鼻がなくのっぺりとした顔に槍の刃先を突き立て何度も嬲り尽くし、その白い四肢を抉り、穿つ。そいつが息をたっぷり含んだ声を上げ許しを請うても内蔵をかき混ぜてやるのだ。そして赤い結晶を垂れ流し、宝石の運河を作ってやる。想像するだけで笑い出してしまいそうだった。もやは彼女に敗北の文字はない。これからやってくる仇敵の惨たらしい最期を思い浮かべ少女はうっそりと微笑み自分の背丈以上の槍に手をかけたのだった。

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