複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.58 )
日時: 2016/12/17 00:34
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 キラ・メイ・リエリス。彼女が今生きていれば今年で齢にして29歳。3年前、奇しくも今のソーニアと同じ26歳でこの世を去った。帰ってきたのは左上腕部から指先までの僅かな部分だけであった。厭に軽く、小さな棺の感触。それは今でも鮮明に思い出す事が出来る。
 彼女の墓前にはアキレアの花が一輪。赤い花は生前の彼女の髪色のよう。自分はここまで赤くはないと、髪を指で摘まみ、小さく笑みを湛えた。傍らのミュラは訝し気にソーニアを見据えている。視線に気付いたのか、はとした様子であった。
「ごめんなさいね、付き合わせちゃって」
 短く一言詫びるとミュラは「別にいいよ」と、短く返答するのであった。今この場にジャリルファハドの姿はなく、彼女も何処となく穏やかで落ち着き払った様子である。彼はこの墓所に西伐におけるアゥルトゥラの戦死者が眠っている。彼等の命を奪った血筋の者が此処を訪れるのは憚れると、彼は先にカンクェノへと向かってしまった。80階層の拠点で待つとの事ある……、といっても墓地までは付いてきていたのだが。
 恐らくはジャリルファハドの発言は偽りであろう。己の祖先であり血族、輩そういった者の命を直接的に奪った者達の死を悼む事は、祖先に対する非礼に値するからだ。昨晩、酒を飲みながら「メイ・リエリスも西伐に参加し、カヴェン・テテスルクの城塞攻略時に右翼側で外壁への工作に従事していた」と伝えれば彼は顔を顰めながらポツポツと聞き及んだであろうナッサルとラシードの奮戦を語っていた。一矢たりとも外さない弓兵や、銃泥棒を働いたラシード、地形を変える程の苛烈な反撃など、アゥルトゥラが被った被害報告通りの戦勲が挙がってくる事から、真実であったのだろう。故に過去の敵を悼むなど、彼からすれば先人達を蔑ろにする如く行為となり得るのだ。
「墓の場所は、あ――、ハイドナーに聞こっか」
 数多くの墓が整然並ぶ中で、一個人の墓を見つけるのは困難の極みであろう。こういった共同墓地には区画毎に墓守が居るのだが、彼等の主な役割は美観の維持に限り、墓の位置を委細記憶している訳ではない。となれば、ミュラの師の最期を知るであろうハイドナーに確認を取るのが手っ取り早い。尤もあの廓の中から回収されず、葬られていない可能性もあるが、それはそれで致し方ない事であろう。ミュラとてそれを理解してくれるはずだ。
 しかし、ソーニアには一抹の不安があった。ガウェスならば問題はないが、彼の父であるロトスにミュラを見られた時、どういった言葉が飛んでくるか想像に容易いからである。ミュラの腰の辺りには、弾が込められているであろう銃が在る。彼女が彼の言葉に激怒し、銃を抜いたならばどうなる事だろうか。血を見る事となろう。即ちジャリルファハドが忌諱する結果へと繋がってしまう事となる。
 どう彼女を導き、リスクを回避するかソーニアは張り付いた笑みの裏側でひたすらにそれを思考する。家の名を出すか、彼はメイ・リエリスの現当主の事は知りえているだろうが、その娘の事など知るまい。しかし、言論は至上の武器となり、ナッサルの矢の如し早さで伝播する。没落した家を言葉だけで守り抜いてきた祖父や父を見てそれは厭という程に実感したのだから。故に先人がそうしたように言葉だけで立ち回ろう。しかし、どう立ち回る。ミュラを抑えつつ、ロトスを制する。頭を回し、思考しようとするも回るための潤滑油が足りない。
「なに難しい顔してんだよ」
「何でもないけど?」
 ミュラの察しが悪いようでソーニアは内心、胸を撫で下ろす。彼女に余計な不安や心配その類を持たせる訳にはいかないと、静かにミュラの傍らを歩み抜け、事は起きなければ良いのだが、と一人ごちなながらハイドナーの屋敷を目指すのであった。
 


 廓に並べられた死体の数は総数にして20余り。顎から上を穿たれたり、四肢を削がれたり。ある者は腹に風穴を開け事切れている。彼等はハイドナーの騎士であった者達だ。その死体から血を拭き取り、壮絶な死に顔を整える者はセノールの男である。彼等が身にまとう民族衣装の袖を捲くり、淡々と作業を進める。彼の後ろには腹を穿たれ、肩で息をするガウェスの姿があった。傍らにはレアや、エドガー。少し離れた所にはハイルヴィヒの姿があるが、彼女はセノールが持ち込んでいるガトリング砲や、見慣れないライフルを眺めている。
「全く、ハイドナーの騎士さんよぉ。俺等があんたらを殺す前に死なれちゃ困るんだぜ。俺等は誰をぶっ殺せば良いんだ。俺等はよぉ、アンタの持ってる犬の餌以下の騎士の誇りって奴を踏み躙りたくてたまらねぇんだ。お前等に苦痛を味あわせてぶっ殺さなきゃ気がすまねぇんだ。だのに、こんな所で死に掛けるなんてふざけんなよ、クソ野郎が」
 死体の血で汚れた布を投げ捨てながら悪態を吐く彼に食って掛かる余裕もなく、ガウェスは彼の畳み掛けるような敵意を一身に受け続ける。レアが彼の発言に腹を立てたのか、槍の柄を握り締めていたがエドガーがそれを制していた。もし逆上して彼に手を出せば、回りの武装されたセノールの手によって皆殺しにされるのが目に見えているからだ。
「それ程までに恨めしいですか」
「応さ。ハイドナーの直系は愚か、騎士団から使用人、領民の首を全て斬り落としたとしても足りねぇよ。所謂根斬りって奴だ」
 そう声高に語るセノールの男は見開かれた死体の顔を覗きこみ、口元を伝う赤い一筋を拭き取り、見開かれた瞳を閉じさせた。次の死体へと目を遣る前に、そのセノールはガウェスを見据えた。強く抑えるように指示した脇腹の傷をまじまじと見ている。
「おい、ハイドナー。腹の血は止まったか」
「……此処で我々を手当てしたりしなかったら、それで貴方達の望みは叶うのでは?」
 ガウェスの言うとおりではある。殺したいなら、態々今のように手当てを施す理由はない。寧ろ追撃を加えて密かに消すだろう。怨敵を屠るのならば、そうするのが定石だ。尤もそれは騎士が行うべき事ではなく、こういった言葉を吐いた事でガウェスは一瞬、己を侮蔑した。
「……てめぇ、俺等セノールをなんだと思ってる。お前等ハイドナーのクソみてぇな行いを真似する程、落ちぶれちゃいねぇんだよ。俺等は死んだ奴は死んだ奴だし、怪我人は怪我人としてしか見ちゃいねぇ。そこにセノールも、サチもハイドナーも関係ねぇんだ。侮るなよ当主サマ」
 不愉快だと言わんばかりの彼の口から出てきたのは、何処かで聞いた説法に似た文句。ジャリルファハドのそれに良く似た言葉をぶつけられ、ガウェスは溜息を吐く。彼等は騎士ではないが、彼等の言葉はよっぽど自分よりも高潔に感じられた。騎士の誇りなんてのは犬の餌みたいなもんだ、と言い放たれた事には腹を立てざる得ないが、セノールの価値観には関心を覚える。
「腹を見せろ。――腹膜は逸れてんな。ま、腹筋少し切れてっけど。鎧様々って所か。かーっ、重い物着てご苦労なこったぁ」
 鎧を投げ飛ばし、その男は腹の傷を見て感想を述べる。感想というよりも思った事を包み隠さず、独り言のようにぼやいているだけであるのだが。止血用の布をガウェスの手から引ったくり、それを投げ捨てるなり新しい代物を押し付けた。痛みでガウェスの顔が歪む。
「おい、黒小僧。ぼーっと突っ立ってんじゃねぇよ。新しい水持って来い」
 エドガーを妙なあだ名で呼び、顎で使う。蹴り飛ばされた桶がエドガーの足元に転がり、血混じりの水が廓に染み込んで行く。
「何ですか、その黒小僧って。ちゃんとした名前が――――」
「うるせぇ! 興味ねぇんだ。さっさと水持って来い。水。てめぇの名前の何万倍も価値があるんだよ、水にな!」
 そう叫び倒されエドガーは思わず身じろぐ。すっかり気圧されてしまい、彼はむっとした様子で桶片手に踵を返してしまった。レアもその後を追い、何やらエドガーと話している。間違いなくこのセノールに対する批判だろう。治療は手早いが手荒く、更には口も悪い。批判されて当然だろう。しかし、彼はエドガー達が離れていくのを見届けるなり、何も語らず手当てを進めて行く。
「お前さん、こいつらの事はきちんと葬ってやれよ。葬るってのはな、そいつ等にお前は死んだんだって教えてやる事なんだ。そして生前遣り残した事への未練を断ち切るための儀式なんだぜ。だから、ちゃんとやってやれ。おっし。――てめぇ等! ハイドナーの騎士共を上まで運んでやれ! アサドには俺が説明すっから!」
 そのセノールの男が一声掛けるなり、別のセノール達が仕方ないといった様子で死体に手を掛けた。とはいえども彼等の表情に嫌悪感の類はなく、宛ら死に悼んでいるよう。何故、敵の死を悼むか。ガウェスという個人には理解し得ず、セノールの価値観に更に疑問を抱くのであった。
「……すみません」
「あぁ?」
「何から何まで本当」
 彼等は敵意を押し殺している、そうしてセノールの価値観を構成するに至る宗教による教えを成しているのではないか。己を偽っているのではないかと思い至り、思わずガウェスは詫びるような言葉を呟く。
「あー、いいんだよ。気にすんな、戦う時はてめぇをぶっ殺してやるけど、今はその時じゃねぇんだ。お互い様だ。――一本吸え、楽になるぜ」
 ジャリルファハドが吸っていた煙草と同じ物を咥えながら、そのセノールの男はしみじみと語る。火がつけられ、煙が立ち込めるとバニラエッセンスのような微かに甘い匂いが漂い始めた。
 ジャリルファハドから薦められた時は拒んだが、ガウェスは手を伸ばし、その煙草を咥えた。間髪入れずに目の前を火が走り、煙草に火が付けられる。
「鎮痛作用があるんですよね」
 思いの他、咽るような事もなく煙草らしい味もしない。これを常用するセノールは間違いなく多いだろう。害はないのだろうかと一抹、思案する。
「応さ。さて、お前さん。俺等からの施しを受けたって事は平時は兄弟みたいなもんだろう? いつか俺等からの殺意を一身に受けて、殺し合う時を愉しみに待っててくれよ。それまで俺等に敵意を向けるんじゃねぇぜ。多分殺しちまうからよ。殺意は溜めておけ。その方が思いっきりやれるからさぁ」
 大声を挙げてゲラゲラと笑うセノールの男は、首から提げたスキットルに口を付けた。そこには「ムミート・ハザレ」とセノールの文字で刻印されており、彼が氏族に属するセノールだという事が読み取れるのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.59 )
日時: 2016/12/17 00:36
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 昇降機に乗りながら、耳障りで神経に触る金切り音を一身に受け、ジャリルファハドは顔を顰めた。彼のみならず共に昇降機に乗った傭兵や学者と思しき者達も一様に等しく、ジャリルファハドに視線をやって肩を竦めた。手の甲に彫られた幾何学模様の紋様から恐らくはカルウェノだと思われる。彼は余りセノールに対して敵対意識を持っている様子もなく、ニヤついた笑みを浮かべて何やら言いたげにしている。
「なんだ」
 低く唸るような声は昇降機のそれとあまりにも掛け離れた音域、周波数であるためか、はっきりと彼等の耳に届く。
「アンタ、セノールかい」
「あぁ」
 その傭兵の男は名乗ろうとも、名を問おうともしなかった。それは傭兵の流儀であった。名を知れば縁が生まれ、縁が生まれれば情が生まれれば、金で買われた忠義に皹が生じ、己の名に傷がつく。ならば名は知らせないのが傭兵の常である。尤も最近の傭兵には同業者に名を知らせてしまったり、雇い主と必要以上の交友、縁を結ぶ者もいる。それは傭兵の美徳に反する行為ではあったが、これも時代の流れの一つであろうと表立って批判したりという者はいない。好きなように生きて、好きなように死ね。勝手に後悔していろというだけの話である。
「……メイ・リエリスと歩いてたな」
「あぁ、成り行きで奴の護衛をな」
 へぇ、と傭兵の男は小さく頷く。恐らくソーニアの状況を知っているのだろう。彼女は金がなく、傭兵を雇う余裕もない。故にこのセノールとソーニアは利害が一致した、雇う側と雇われる側の関係ではなく、謂わば「共犯者」のような存在だと、合点が行ったのか張り付くような笑みを浮かべていた。そして、ジャリルファハドの爪先から頭の天辺まで見回し、腰にある刀とソードオフ・ショットガンのあたりで一旦止まる。セノール全員が持つ刀はともかく、それよりも遥かに物騒な物を持っている事に気が付いたのだろう。
「セノールにそんなの売ってくれる店があるのか?」
「……ある。妻がセノールの商人だ」
「あぁ、あのオッサンね。良いもの売ってただろ? 見てくれよ。俺のこれもあそこから買ったんだ」
 傭兵の手に持たれているのはソリッドフレームのリボルバー。装弾数は5発。使い込まれた様子でシリンダーには焼けた煤のような物が付着している。そして何より、その長大な銃身に目を引かれる。取り回しが悪そうだ、と思いながら己のソードオフ・ショットガンに手を掛ける。
「それ人に向けるの止めてくれよ。撃たれたら死んだ事も気付かない。10番だろ? それ。粉になっちまうよ」
「今、弾は入ってない」
「そういう問題じゃねーの!」
 目の前のセノールが面白いのか、傭兵はケラケラと笑っている。銃口はむやみやたらに人に向ける物ではない。進んだ技術、進んだ思想に基づき銃の開発こそしているが、多くの者は銃との縁が遠いが故に、そのような文化を持ち合わせない。常識が通用しない事が面白くあるのだ。相反し何が面白いんだとジャリルファハドは小首を傾げながら、己が持つ銃の恐ろしさを知る。それ程までの威力を持つならば、人間は愚かレゥノーラすら一撃で倒しうるのではないだろうか、とそんな思いが過ぎり
「しっかし、アンタらセノールは銃器の選択が実用性しか考えてないよなぁ。軽量で堅牢な後装式。取り回しを考えた4銃身ガトリングと、冷却効率を考慮した8銃身ガトリング。噂じゃ連射出来るライフルも作ろうとしてるらしいじゃないか。相手したくないぜ」
「ほう……、知らなんだ」
「あぁ、もしかしてアンタ。砂漠から出てきたばかり?」
「然り」
「あぁ、そう」
 ジャッバールで作っている銃器の話が終わったと思いきや、娼館の誰々が良いだの、あそこの飲み屋が安いから行ってみろだの、どうにも下世話かつ節介を焼くような言葉をジャリルファハドに浴びていた。彼が守っているであろう学者が苦笑いを浮かべながら、いい加減黙れと、彼の尻を蹴り飛ばすまで話続けた。それは奇しくも昇降機が60階層に辿り着くのと同時であった。
 先行していた仲間の姿が見えたのか、彼等は足早に昇降機から去ってゆく。傭兵達は彼方此方の戦地を駆けずり回り、事の真実、その土地の真実、民の真実を見てきた。故に彼等は偏見などといった概念を持ち合わせていないのだろう。皮肉にも金次第で人をも殺す者達が、人を殺めるなどしない正道を往く者よりも、優れている面はあるようだ。尤も彼等からすると人種なんて些事はどうでも良いというだけかも知れないが。



 傭兵達と別れ、昇降機を乗り換え80階層の拠点まで降りると厭に血の匂いが立ち込め、人の声は聞き取れず、人の気配らしい物は感じ取れない。よく見れば廓への入口となるゲートが破壊され、レゥノーラの攻勢に対し無防備な状況となっている。人間同士で殺し合ったのではなく、レゥノーラに襲撃されたのだろう。
 息を殺しながらソードオフ・ショットガンに手を掛け、木造の建物の中へと入り込む。出来るだけ足音は立てず、己がそこにあると悟られぬように進んでゆく。足元には壁に凭れ掛かるように斃れた女の死体があり、見開かれた瞳を哀れと閉じさせた。致命傷は首の穴だろう。まさか誰も己の血で溺死するとは思うまい。
 テーブルと椅子を立てかけただけの、如何にも脆そうな簡易バリケードの隙間から、ジャリルファハドは外を覗けばレゥノーラの死体があった。その下からは人間の手が覗く。既に事切れているらしく、ぴくりと動く事もない。レゥノーラと相討ちとなったのだろうか。この狭い区画の中、そういった状況が多数存在している。斃れたレゥノーラ、斃れた人間。赤い結晶が散らばり、赤い血が水溜まりの如く広がり、点在していた。ともすれば、此処はすでに死者の園となっている。
 酷な物だと思わず悪態を吐く。これ程までに人間が容易く死ぬ。バリケードを破壊され強襲されたのだろう。これが奇襲でなかった事が幸いである。恐らくは上階まで被害が広がった事だろう。一部は昇降機ではなく階段を使って上がったかも知れないが、それらは確実に駆逐される事だろう。この場所で戦い死した者達に敬服の意を示さざる得なかった。
 ジャリルファハドは上で大勢、ハイドナー方が死んだ事を知らない。彼等が死に至った原因をその目に収めたのだ。此処には居られないとバリケードから離れた、その時妙な事に気が付いた。傍らの女の死体、投げ出されて開かれていた手が握りしめられているのだ。死者が動くはずなどない。一抹の不気味さに思わずソードオフ・ショットガンを抜いて、その銃口を向ける。動こう物なら死体とて撃つ。死者への侮蔑となるが動いたならば、それは死者ではなく化物だ。なにを遠慮する事などあろうか。ゆっくり、ゆっくりと一歩一歩後退りながら距離を離していく。背を向ければ何が起きるか分からない。何か起きれば即座に撃つ。5歩後退ったその時であった。
「化物めが……」
 女の死体の首から白く細長い、触手のような物が顔を覗かせながら蠢いている。死体の腹は脈打つように膨れ上がり、脇腹からも同様のそれが肉と皮を裂きながら飛び出で、まるで昆虫の脚のようだった。躊躇う事もせず引き金を引くなり、10ゲージのスラグ弾が黒煙を上げながら放たれ穿たれた死体は右上半身を大きく欠損させながら、赤い血液と赤い賢者の石、人間なのかレゥノーラなのか判別が付かない肉の塊を巻き散らす。甲高い断末魔のような鳴き声を、更に銃声で掻き消せば眼前のそれは漸く動かなくなり、大きく欠損した身体の中から白く醜いレゥノーラが流れ出るように姿を現す。既に事切れているようで全く動かないそれをジャリルファハドは見下ろしていた。レゥノーラに死んだふりとするような理知はないだろう。だが、もしあればどうなるか。判断を誤り死ぬ事となる。故に黙したまま刀を引き抜き、そのまま2度、3度突き刺す。完全に死んでいると判断したのか、刀を鞘に納めるのだった。
 今の銃声や鳴き声で恐らく、付近のレゥノーラが寄ってくる事だろう。ショット・シェルを装填しながらバリケードになった椅子を降し、それに腰を下ろした。どうやって奴等を妨害するか。どう一挙に寄せ集めて屠れば良いだろうか。奴等は人間のように理知は持ち合わせていない。ともすれば複数を相手取り、真っ向から戦えば勝ち目はない。死を恐れない輩は最も忌みすべき敵である。50年前の己等がアゥルトゥラからすればそうだったようにだ。
「……帰るか」
 昇降機へ歩みを進めながら、どう多数のレゥノーラを一挙に屠るか思案する。装備も人員も限られている現状、決定的な攻撃手段はない。ジャッバールのようにガトリング砲などを持っている訳ではないのだ。となれば、先人の手法を真似るのが最上であろう。
 50年前、セノールは数的不利、物資的不利、技術的不利をどう凌いだか。それは絶え間ない攻撃と地の理を生かした待ち伏せであった。特に樽で作った即席の爆弾は効果を示したものだ。ならば、それに似た物を作ればいい。一区画、人間を完全に退去させ、そこに爆轟を発生させるために爆弾を仕掛けるのだ。尤も廓を壊すような物ではなく、生体を標的とするため鉄片や鏃、薬莢、石といった硬い物質を大量に仕込むのだ。レゥノーラは幸いにも硬くはない。爆発の圧力と飛来物で一挙に殺める事も可能だろう。なんだ人を相手取るのとそう変わらないではないかと、彪はほくそ笑みながら昇降機へ乗り込むのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.60 )
日時: 2016/12/28 09:34
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 長い長い列の先頭で仲間の死を惜しむ傍ら、新種のレゥノーラ出現の報は廓内に伝達しきっているのだろうかとガウェスは考える。人にごく近い形をしたレゥノーラ。廓に巣くう化物。どこから来て、どのように造られたのか、彼は知らない。ただ分かることは彼奴らはより効率的に、確実に、命を摘み取る為に進化をしている。それも奥へ行けば行くほどだ。そう思うと末恐ろしいものを感じてならない。
 幼い頃からガウェスにとって死とは身近にあるものであった。幼少期の母の死から始まり、パブリック・スクールで出会った友達、母親代わりに愛情を注いでくれた妾、軽口を叩き合えるほど信頼関係を築いた傭兵、そして騎士団の仲間達。時にひっそりと、時に大胆に彼らはその命を散らしていった。
 そして昨日もまた多くの命が潰えたのだ、自分の知らないところで。ガウェスは周りにバレないように小さく息を吐いた。彼らの無念が如何ほどの物だったか、想像するのは容易い。死に顔を整えてもらったので多少は安らかな表情をしているものの、首から下は致命傷となった傷が未だ生々しく残っている。
 彼らの遺体は教会に持っていかれ灼かれたあと、ハイドナーが所有する共同墓地に埋葬される。墓地の隅の方にある物悲しい場所だ。ガウェスだけは月初めになると花束を供えにやってくるが、そもそもが他者との馴れ合いを好まない傭兵の寄せ集め。彼らの死に対して悼む者など殆ど居やしない。

 来客が来たとの報があったのは、着替えようとしているときだ。昨日の今日ということもあり面会は断ろうと思っていたが、客人は「ソーニア・メイ・リエリス」と「ミュラ・ベルバトーレ」とだと聞き、気が変わった。ハンガーにかけたジャケットはそのままにネクタイのみを結び直す。喪服ということで驚かしてしまうだろうが、時間が惜しい。父が帰ってくる前に、二人の要件を訊かねばならない。
 ガウェスが部屋に入れば、ソーニアは軽く会釈を、ミュラは一瞥をするとすぐに顔を横に背けてしまった。その態度をソーニアが肘で小突き窘めている。
「ごめんなさい。こんな時にお邪魔してしまって」
「構いません。既に終わっていますから」
「でも」
 屋敷全体の雰囲気から今まで何が行われていたか大体察しはついていた。悼むように目を伏せたソーニアに「気にしないでくれ」と苦笑を洩らし空になりつつあったティーカップに紅茶を注ぐ。ダージリンの良い香りが部屋の中に広がる。
「して、御用とは?」
「実は」
「師匠……、死んでたんだな」
 会話を遮ったのは機械のような温度を感じさせないミュラの声であった。ソーニアはギョッとして彼女を見つめ同時に解せないとも思う。何故、ハイドナーにここまで冷たく当たるのかが理解できなかったのだ。ハイドナーが師を殺したなら納得できるが、あくまで雇う側と雇われていた側、ガウェスに怒りをぶつけるのはお門違いである。
 一方、知らせなかったはずの真実をどうして彼女が知っているのかと驚いた。ティーカップを持ったまま、驚愕するガウェスにミュラはようやく顔を向けた。怨敵に向けるような強い憎悪と怒りが篭った瞳がギラギラと光り、今にも唸りださんとばかりに歯を剥き出しにしている。
「お前、あたしのこと馬鹿にしてたのか。師匠が生きてるって嘘言われて喜んだあたしを、心の中で見下してたのかよ」
「っ、違います! ただ、このことを伝えたら貴女が悲しむと思って」
「嘘言ってんじゃねえよ!」
「ミュラやめて!」
 ソーニアの制止を振り切り、目の前に座るガウェス目掛けて飛び掛かる。カップが倒れ中身がテーブルへと零れれば、踏み心地の良い絨毯まで濡らす。ミュラの膝が右の脇腹を押し、思わず呻き声が出る。しかし、頭に血が上りきったミュラにとってはそんなモノは些細なことでしかなかった。
「そう思うならどうして、正直に教えてくれなったんだよ」
 痛みに顔を歪めつつも妹の顔を見遣れば、目尻から頬を伝い、顎の下まで透明の線が出来ているのに気が付いた。彼はようやく自分の過ちに気が付き、針を飲むような阿責が襲ってくる。
「私は、なんてことを……」
「そうだよ、だから」
 一発殴らせろ、と彼女は言いたいのだ。腕を引き、ガウェスの端正な顔に狙いを定める。その鼻っ柱をへし折ってやろうと考えたのだ。その様子に肝を冷やしたのはソーニアである。セノール人がハイドナーの当主に怪我を負わせたとなれば彼の父――ロトス・ハイドナーが黙ってはいない。これは好機とばかりにセノールを潰しにかかるはずだ。
 しかし止めようにもソーニアにはそんな力はない。戦いを上手く避けてきたゆえの弊害。ミュラをどこをどのように押さえればいいか、どうやって引っぺがせば良いか分からない。自分がもう少し武術に詳しかったら結果は変わったのだろうが、今さら嘆いても仕方がない。
 ミュラは拳を握ったままに動かない。彼女が自分の理性をギリギリ保つことが出来たのは微かな血の匂いを嗅ぎとったからだった。顔を向けた先、腹部に乗っかる形で置いてあった足をどかすと白いシャツに赤い染みが浮き出ている。塞がりかけの傷があったのだ。自分が抉ってしまったのだと、気づいたとき、沸騰寸前だった血液がスッと降りていく。そして、未だに震える手を離し、ストンと落ちるようにソファーへと座り直した。
「どういうことなの、ちゃんと説明を」
「こいつが嘘つきやがったんだ! 師匠は、師匠はとっくに死んでた、のに、生きてるって、嘘、ついて……」
 語気が荒かったのは最初だけだ。最後の方は途切れ途切れになり、言い切る前に言葉は空気に溶けていく。嗚咽を噛み殺すと、顔を隠すように両手で顔を包んでしまった。
 ソーニアがミュラの背中をさする。ようやく理解が出来た。ハイドナーの、ひいてはガウェスの過ちを。彼は優しすぎた。故に、ヒドい嘘をついてしまったのだ。悪意があったわけではない。しかし、そう簡単に許してもらえないだろう。
「亡くなった方々はどこへ」
「ハイドナーが所有する共同墓地に。ですが、彼女の師が埋葬されているかは分かりません。こればかりは、本当に」
 この状況で嘘をつけるほど、ガウェスは大胆でもなければ図太くない。むしろ繊細な方だ。当事者と同じ痛みを感じ、心を痛めてしまう。
「じゃあ、じゃあさ、せめて形見だけでも返せよ。何かあんだろ、武器とかさ」
 ミュラが今出来る最大限の譲歩。命令に近い懇願。師匠の安らぎを祈れないのならば、せめて彼女の形見だけでも、それを彼女の墓標としようとミュラは思ったのだろう。しかし、ガウェスは首を横に振る。
「無いんです。何も。彼女の物は、あなたに渡した、あの銃以外は、何も。彼女の武器はその、値打ち物だからと父が。だから」
「売ったのか。高く売れるからって。そんな理由で、それだけの理由で、お前達はっ!!」
「仕方がなかった! 父が決めたことだ。私は」
「父、父って! 自分の意思がねーのかよ」
 ミュラの一言がガウェスの心を穿つ。過去にも似たようなことを言われたことがあった、とある龍蛇の武人に。「お前は父親の侍従なのか」と。その時は軽く受け流せた。何も感じなかったわけではない。考えなかったわけではない。しかし、自分の信ずる考えがあり、それに基づいて相手に意見を述べることが出来た。それはある種の自己であったとすらいえる。しかし、それを赤の他人ではなく身内に否定されたらどうなるか。半分しか血が繋がっておらず、かつ、相手がその真実に気が付いていないとしても、ガウェスからすれば彼女は守るべき、そして愛すべき妹である。信念を否定するということは彼自身の否定に他ならない。「なんで、なぁ。なんでさ。あたしは自分の師匠を悼むことさえもしちゃいけねえのかよ」
  普段のガウェスならば部屋に扉の前どころか屋敷に誰かが入ってくる気配にすら反応する。しかし今の彼は茫然自失。周りに気を配る余裕は一切なく、故にあの男の帰宅に気付けなかった。
 突如として開かれた扉。その先に立っていた人物にガウェスだけではない、ソーニアでさえも思わず息をのんだ。
「騒がしい。騒がしいなぁ、ガウェスよ」 
 その男が部屋に響いた声はこの殺伐とした場所に不釣り合いな悦を含んでいる。コツリ、コツリとゆっくりと確実に部屋に入って来た男は部屋をグルリと見渡す。そして、ソーニアとミュラを見つけると一層笑みを深くして彼女達の座るソファーへと向かっていった。
「何故、あなたがここに。商談に行っていたはずでは」
「思ったよりも早く纏まった。何もおかしなことはないだろう」
 そう言うと猛禽類のような鋭い瞳でただガウェスを捉える。彼の表情どころか体中の筋肉が強張った。金縛りにあったかのように動けず、ただ、歩くこの男を目で追うだけで、止めることも諫めることも出来ない。
 ソーニアはミュラを庇うように後ろに回し、ミュラは彼女の肩越しにその男を見た。高そうなスーツに身を包んだ、鋭い目つきをした男性。ふと彼と目が合うと彼はその鷹のような目を細め、そして彼女に問うたのだ。
「セノールのお嬢さん。この世で一番安っぽい誇りは何だと思う?……そう、民族的な誇りだ。私は思うのだよ。民族的な誇りのこびりついた人間には、誇るに足る個人の特性が不足していると。個人の特性が不足していなければ、何もわざわざ自分を含めた幾百万の人間が共通に具えている要素に頼る必要なんてないとね。全くセノール人とは何とも不完全な人種ではないかね、ん?」
 くくっと嗤ったその男はハイドナーの前当主、ガウェスの実父であるロトス・ハイドナー、その人であった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.61 )
日時: 2016/12/25 21:20
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 射貫かれるような視線、不愉快で的外れな言葉に思わずソーニアは吹き出しそうになりがら、ロトスを見返す。ミュラにセノールがどうこうという罵詈は通用しない。何故ならば彼女はセノールではないからだ。そもそもミュラの名はセノールの命名法に乗っ取っていない。名と姓、氏族これらが全て揃わなければセノールである証は立たない。現にソーニアの後ろからロトスを見つめるミュラは「何を言っているんだ」というような表情をしながら、ソーニアの服を握りしめていた。
「前当主と言えども名族の端くれ。そのような方が外見、見かけでしか判断出来ないとあればハイドナーも世も末といった所かしら。商人というのは随分と狭い世界で生きているようね。それに……、蔑西の教え通りセノールを忌諱するのは貴方こそ個が欠落しているのでは? まぁ――"親子"ですものねぇ」
 普段の柔らかなトーンの声色ではなく、毅然とし、突き刺すようなそれにミュラは一抹、不安を覚えソーニアの背張り付くように身を寄せた。何故か自分が怒られているかのような気分であった。大丈夫と、後ろに回されたソーニアの手がミュラの腕を掴む。売り言葉に買い言葉とはこの事であろう。ガウェスは目を伏せ、ロトスの眉根がピクリと動き、ソーニアに視線が向かう。微かな灯りに照らされた赤毛には見覚えがある。
「あぁ、お前は……。メイ・リエリスの。傾いた愚か者の娘か。そうか、ついにセノールを擁護する程、余裕がなくなったのかね。50年前の西伐で全てを失い、跡継ぎが死んで何もかも狂ったかね」
「生憎ね。貴方たちは西伐で財を成してセノールを敵に回して、跡継ぎは自分の意思すら口に出せない暗愚じゃない。お互い狂ったわね。それに金も武力も何もなくても身は守れるのよ、理知がある相手ならね」
 都度都度ガウェスに対する攻撃を繰り出して、ソーニアは様子を伺っていた。彼女も思惑はガウェスの怒りを引き出す事にあった。ロトスには何を言っても無駄であり、言い合っても何の効果も出ない。ともすればガウェスの手により、屋敷から追い出されるように仕向けるのだ。彼は自尊心だけは高い。それはジャリルファハドとの一件で既に露呈している。しかし、騎士がどうだとかと青臭い矜持をひけらかそうとする以上、此方に剣を向けてくる事はないだろう。そう踏んでの博打であった。悪手だとしてもミュラなら逃げきれるはずだ。自身はどうするか、それはその時考えればいい。
「お前はジャッバールのような者達にそれが通用するとでも思っているのかね、セノールはどうあっても血と争いを求める未成熟な土人でしかない。人の形をした獣だ」
 人の形をした獣。確かにジャリルファハドはそういうった側面もあるが、理知的な人物である。ミュラはその言葉が心底、気に入らなかったのか、顔を顰めてロトスを睨み付けるようにして視線を向けてしまった。皮肉にもその瞳は厭にぎらついてしまっている。砂漠で生きてきたが故、常人よりも獣らしく、まるでそれは怒り、猛り狂ったセノールのようであった。
「ほら、見ろ。やはりセノールだろうが。人間らしさすらない。獣だろうが」
「……言葉を慎みなさい。恥を知りなさない。理知を持ち合わせず、ただ悪言を吐くだけの獣は貴方でしょう!」
 矢継ぎ早にミュラを捲し立てるようにロトスは言葉を浴びせる。それはソーニアという矛であり盾があったとしてもミュラが聞き入れてしまう代物。宛ら西伐で北の山道を迂回して、首都を攻めたアゥルトゥラの如く。守りも攻めも意味を成さない。平静を保とうとする裏側では焦りが募る。此処でミュラが凶行に出たら、ジャリルファハドが事を起こすまいと己を殺し続けていた意味がなくなってしまう。彼に向ける顔がない。ややもすればセノールに危機を齎す。どうするか、此処でミュラを止めるか、彼女の凶行に加担するか、はたまた傍観に徹するか。選択肢は三つある、しかし悠長に選ぶだけの間はない。どうするべきか――。あぁ、何故ここにジャリルファハドが居ないのだろうか。何故父のように弁舌で圧倒できないのか。
「――もう帰ってもらえますか」
 閉じ続けていた口を漸く開いたガウェスはドアノブを片手に二人を見据えている。脇腹の血と共に彼の表情には苦心が見え隠れしていた。
 毅然と表情を変えずロトスから視線を逸らそうとしないソーニアであったが、内心はガウェスに対して後ろめたさを感じざるを得なかった。締め付けられるような胃の痛みは気のせいではないだろう。それでも辛辣な言葉を吐き続けなければならない現状に嫌気が差す。
「言われずとも。これ程ハイドナーが愚かだとは思わなかったわ」
「……頭を低くして生きる事だな、メイ・リエリス」
「貴方方の自称"騎士"なんて恐れるに足りないわ。私には獅子がついてるもの。貴方方の鎧――いえ、"錆びかけの誇り"なんて軽く噛むだけで瓦解させられる。そちらこそ頭を低く、首を隠して生きるべきね。近い内に下種の血が絶えるよう願っているわ」
 一蹴し、嘘とも誠とも取れる牽制を放てば、ややロトスの顔が引き攣ったように感じられた。既得権益の上に胡坐をかいている商人からすれば忌諱したい存在であり、逆鱗に触れてはならない存在を指す"獅子"という単語。やはり効き目があると実感しながら、ソーニアは怒りを隠しきれないミュラを引っ張っていく。
「ごめんなさいね。また後で――」
 ガウェスの前を通り過ぎながら、小さく消え入るように詫びれば、彼は目を丸くしてその背を見送るばかり。ソーニアはそれを知る事はなく、最後の最後まで敵意を剥き出し、ロトスやガウェスを睨みつけていたミュラだけがそれを知り得たのだった。


 朱色の斜陽が厭に眩しく、ソーニアは目を細めながら傍らを歩むミュラを視界の端に留める。彼女の足取りは重く、悲壮に打ちひしがれているかのよう。しかし、表情には僅かばかりの怒気が宿り、得も知れない思いに苦闘しているかのように歪むのであった。何に怒るか、何に猛るか想像は容易であるが、自分にはどうにもジャリルファハドのようにミュラの毒気を抜く事が難しく感じ、溜息を一つ零す。
「こっちが溜息吐きたいって」
 耳聡く彼女はそれを聞き留めていたのだろう。怒気を和らげようとしたぎこちなく、不自然な表情を浮かべながらソーニアを見つめていた。まさかロトスが来るとは思いもしなかった、口から出てしまった言葉を思い出せば、胃が締め付けられるように疼き、心は安寧を求める。逃げたい、逃げたくて仕方がない。ガウェスにぶつけた言葉はもう二度と無かったことには出来ない。ロトスに切った啖呵とてそう。さっさと飲んで忘れたい。
「ミュラ、今晩飲まない?」
「はぁ?」
「昨日はジャリル付き合わせちゃってね。明け方まで……。二日連続は都合悪いから」
 ただ単に飲みたいだけなのを適当な理由を付けている、というのは察しの悪いミュラでも気付く程にあからさまであった。「考えとく」と一蹴し、歩みを進め続けるのだった。ミュラの脳裏に過ぎったのはジャリルファハドの「学者は朝から次の日の朝まで語る」というフレーズ。アルコールが入ったならば手が付けられなくなるのではないのだろうかという不安もあった。断られたソーニアの顔は見えない。否、見ていない。
「あら、そう……」
 ソーニアの声色は残念そうで、それと同時に少し物思いに耽るような静かな代物であった。何に思いを馳せているかは分からない。
 暫く歩き続け、二人の間に存在した沈黙が少し心痛く思えてきた。斜陽は顔を半分ばかり沈ませ、月とその取り巻きと交代しようとしている。もうじき夜の帳が下りる事だろう。ソーニアの家まであと四町ばかりといった距離でミュラは独り言のように口を開く。
「あんな奴が父親だなんて最悪だぜ。何か嫌なんだよな、雰囲気? っていうのか……」
 嫌味ったらしく、あの男からは何処となく色街の腐ったような匂いが感じられた。、本当にそんな匂いがしている訳ではなく、人の息衝く雰囲気というべきか、存在感というべきか、そんな不快な代物だ。恐らくはそれが強欲で業罪に塗れている故の事なのだろう。不愉快で仕方がない、あんな男が親、親類にありその血を己も引いていると想像するだけで、何処となく空寒く感じられた。
「そうね、ハイドナーは敵が多いから。敵が多いのも大体ロトスや先々代のせいよ」
 セノールの大凡全てを敵に回し、クルツェスカにおいてはジャッバールと睨み合い、いつぞやは撃ち殺された手勢も居た。商売敵も多いであろう。ソーニアは実家に居た頃、父がハイドナーはクルツェスカに滅びを呼び込むなどと忌憚していたのを思い出しながら語る。それを思い出していくにつれて、現当主であるガウェスがやや不憫に思えた。彼は騎士を名乗るが故、苦悩も多い事だろう。彼も商人であれば良かったのだ。そうすればジャリルファハドのような人物に直接、殺意をぶつけられたり怪我を負わされたりする事はない。その内、彼は死んでしまうのではないだろうかという不安すら過ぎる。そうなれば次はどこの名族、貴族、その類が滅ぼされる事だろうか。
 ハイドナーを滅ぼすのは砂漠の化身やその輩であろう、それは恐らくジャッバールとなる。ややもすれば彼女達は全てを滅ぼしたとしても満足はしないのかも知れない。獅子はいつも飢えているのだから、仕方がない。
 歴史的な背景を知らないミュラは小首を傾げながら、「ふーん」と納得したのかしてないのか分からないような声を挙げていた。ジャリルファハドに簡単に教えるように言うべきであろう。これからは何も知らずに生きていける訳はない。彼女を取り巻く環境、社会はそれを許してはくれないのだから。
「そういえばアイツ、帰ってくるのか?」
「ジャリル?」
「そうだけど」
「多分帰って来てるんじゃない? 思ったより時間掛かっちゃってこんな時間だし、少し謝らないとね」
 恐らく彼は気にするなと仏頂面で突っ返してくる事だろうが、筋は通すべきだろう。そうでもしなければ、ミュラに道を示せない。言うならば人としての道理である。はたまたその辺りは彼女の親であり、師である人物がしっかりと教育したであろうか。どちらにせよ、ミュラの前ではしっかりしなければ示しが付かない。
「別にアイツは気にしねーだろ」
 何となくそんな気がしたミュラが吐いた言葉にソーニアは思わず苦笑いをしてしまう。何も知らずに生きていたからなのだろうか、人を見る目のような物を持っているようだと感心しているのだった。ともすれば、彼女はロトスに抱いた言いようのない不快感は筆舌得がたい物だっただろう。不愉快だっただろう。連れて行くべきではなかったかと笑みを打ち消し、ぼんやりと前だけ見据えてミュラの背を追うのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.62 )
日時: 2016/12/31 14:33
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

「仕方が無いじゃない。だって、愛しているんですもの」
 そう言ってイザベラは寂しげに笑った。目元を彩る黒く長い睫毛は、建物と建物の隙間から入り込んでくる夕焼けを浴びて艶やかに光り、彼女の憂い顔をより美しく魅せる。どこか人間らしからぬ神々しさを放ちながらも、ノスタルジーを感じさせる彼女は名の知れた画家が描いた油絵のようであり、日常がどこか遠いところにあるような錯覚に陥る。そんな彼女の傍らに佇む金髪の男は呆れたと言わんばかりに肩をすくめ、ため息をついた。
「これは忠告ですがねおばさん。今回の件、あまり首を突っ込まない方がいいと思いますよ、僕は」
 そうは言うものの大して心配はしていない。ヨハン・クリューゲルは一度大きく欠伸をしたあと、目尻に溜まった涙を拭い目を開くと、目の前の娼婦がこちらを睨んでいる。全く迫力がない其れよりも、自分と同じ主人に仕える少女の方が明らかに怒っていると思われるだろうという考えにいきつき、損していると思わず苦笑を洩れる。
 ヨハンとイザベラは親交がある。客と娼婦などという安い間柄ではなく、あくまでもビジネスライクな関係。互いが持っている情報を交換し合うだけの冷え切った仲。……のはずなのだが、この二人の相性はどうにもこうにも合わないらしい。顔を合わせる度に(下品な)罵り合いを繰り広げ、最後は全く関係のない第三者に囃し立てられて、終止符を打つ。それが一回や二回ならまだしも、毎回とくれば、娯楽に飢えている人々は邪推するのも無理はない。
「ヨハン、私はまだ二十三よ。おばさんというには少し早いんじゃなくって?」
「ならおばさんっしょ。結婚適齢期過ぎているんですから、ね、おばさん。あぁ〜ねぇ、生き遅れてしまってかわいそーだなぁ!」
「それは貴族なら、でしょ。私達小市民を一緒にしないでくださらない?あと、次におばさんって言ったら二度とここに来れないように噂流してやるんだからね、本気よ?」
 この時代の女性の結婚適齢期は二十五歳までとされている。しかし、それが貴族の女性となれば、結婚適齢は一八歳から二十歳と一気に若くなる。ヨハンは決して貴族階級ではないが、仕えている家はクルツェスカでも有数の貴族の屋敷。このような世界を見てきたのなら、確かに二十三歳は生き遅れのババアだと揶揄するのは至極当然といえる。
 だが、仮にそうだとしても「おばさん」と連呼されるのは気にいらない。慣れない脅してみるものの、彼はヘラヘラと笑うだけ。本当に気にくわない。
「あのね私にはこれしかないの。こうやることでしか彼と話せないし、瞳にだって映してはくれないのよ」
 情報を集める理由は決して他者が知り得ない情報を聞き、優越感に浸るためではない。全てがあの人のため。自分を雇っている主に褒めてもらうため、笑顔を見るため、そんなささやかな願いのため。
 そう考えると自分の欲深さと馬鹿馬鹿しさに嫌悪が湧いてくる。金の為に身を汚している女が、何を今更純情な乙女を演じているのか。ヨハンも同じことを思ったはずだ。ちゃらけていた瞳の奥に、僅かに侮蔑が入ったのを彼女はしっかりと捉えた。
「大好きなあの人のためにその彼にも黙って情報を集める。決して報われはしないのに。チョコレートよりも甘ったるい夢を見ているおばさん。ああ嫌だねぇ。いい加減夢から覚めるべきなのでは?」
「それはお互い様でしょ。貴方だって、振り向いてもらえないって知っているくせに、愛しのお嬢様に必死こいてお仕事お仕事尻尾フリフリ。ねえ、お嬢様には気持ち分かってもらえそう?」
 互いに互いを小馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべる。
「ふーん。まっ、どうでもいいんですけどね。あなたがどこで死のうが、どうやって死のうが、僕には関係ありませんから」
「えぇ。放っておいて頂戴。貴方には関係ないんだから」
「何をされても何があっても、僕の名前、出さないでくださいよ」
「ホホホ、分かってるわよ坊や。この月に誓ってあげる」
 イザベラが指さした方向を見上げれば、確かに日は沈み白い月が顔を出していた。月は毎日形を変える。満月から段々と欠けていき三日月へ、更に欠けていき最後は消えてを永遠と繰り返す。彼女が誓うにはぴったりな代物だろう。
「信用出来ませんねぇ、ちょっと」 
「あら残念。まあ今度うちにいらっしゃいな。金髪で青い目をした可愛らしい子、紹介してあげる」
「ああ、さいですか。参ったな、こりゃあ」
 どこかで訊いたことがあるフレーズは、少し前にとある娼婦に言った言葉。一体どこでその言葉を聞いたのだろうか。いや、彼女の場合は流れてきた、の方が正しいのだろう。ヨハンは困ったような、それでいて気恥ずかしいような心持になって、無意識にポリポリと鼻の頭を掻く。その様子を見て「してやったり」と満足げに笑い、イザベラは軽く足取りで一歩二歩と彼の横をすり抜けた。
「それじゃあ、さようなら。ヨハン・クリューゲル」
 彼女の声にはさっきまでの刺々しさはなく優しかった。同時に、こんなに穏やかに笑えるのだと初めて知った。止める間もなく、イザベラは踵を返し色街の雑踏の中に消え、残ったのは僅かな薔薇の香りのみ。勿体無いことをしたかもしれないと、本日二度目の溜息が彼の口から洩れる。そしてもう一度空を見上げるれば、白い月は輪郭を曖昧に、しかし確かに輝いていた。



 これが刹那の夢だったら良かったのに、などと途方もないことを考えてしまう。

「ガウェス、何故あの二人を逃がした」
 地鳴りに例えられそうな、腹の底を揺らす低い声に彼は更に表情を固くし身体を動きが止まる。獰猛さと冷酷さを兼ね備えた眼で睨まれれば、暑さとは別の嫌な汗がドッと吹き出る。緊張と不安でいつもより早く脈打つ心臓は、いつか自分の胸を突き破り飛び出てしまうのではないかと思うほど動き、咎めるような彼の視線から逃げるように顔を横に向けた。普段ならば悦を感じさせてくれる息子の行動も、今は苛立ちを加速させるものでしかなく、思わず舌打ちをしてしまう。ロトスからすれば、没落した貴族の、しかも学者風情に好き勝手言われ、自分の玩具である息子に勝手なことがされたのが相当気に食わなかったのだ。そして大人げない八つ当たりをうけるのはいつも息子の役目だ。鷹のように鋭い目を更に鋭く、 冷たくし、睨むようにガウェスを見上げる。
「答えろ、ガウェス」
「……ハイドナーの当主としてこれ以上の誹謗は聞くに堪えず。それ故の行動です」
「馬鹿者め。ならば殺せばよかろうに」
 ガウェスの目が少しばかり見開かれ、そしてすぐに苦悶するように顔を歪めた。その変化を目敏く読みとったロトスは荒んだ心が僅かばかり満たされる。本当にいい息子に育ったものだ。感情に素直で、何より自分の思い通りの反応をしてくれる。
「何を躊躇う。何を驚く。ハイドナーの領地で我々を侮辱し、貶めた。斬る理由には十分すぎるのではないかね」
 これはガウェスを苦しめるために言った冗談の類なのかもしれない。しかし、質の悪い冗談である。騎士の誇りを掲げる彼に、女を、武術の心得を持たぬ者を斬れと言うのは。素足で、割れたガラスの上を歩けというようなものだ。全てが済んだ後には皮膚は裂け、破片は刺さり、動けなくなってしまうだろう。
「女性を斬るなどそんなこと」
「セノールは人ではないと何度言ったら分かる? あいつらは獣だ。不完全な土人だ。それを庇うような者も然り。人に能わず」
 この時、ガウェスの纏う雰囲気が僅かに変わった。不安と恐怖、戸惑いの中に紛れ込んだのはまだ火種にもなり切れていない怒りである。珍しいこともある、とロトスは内心驚く。自らに畏れを抱かせ反抗できないように牙を抜いた、否、そう教育したはずだった。だが、今のガウェスが向けてきた感情はなんだ。僅か焦りと同時に、面白いことになるかもしれんとロトスは持ち上がりそうになる口角を必死に抑えつけ、平静を保つ。
「もう少しであのセノールはキレた。鎖から解き放たれた、飢えた……、獣のようにな。私の首元を狙っただろうよ」
「そうなれば死ぬのは父上ではありませんか」
「構わんよ。仮に私が殺されたら息子であるお前がその仇をとってくれるのだろう?」
「貴方に死んでもらっては困る」
「ガウェスよ、それは本心か?」
 心の底を見透かされているようだった。同時にたった一つの父の問いが僅かに灯っていた怒りの炎がシュンと消え、肯定も否定もせず苦々しい顔のまま閉口すれば、ロトスは興味が失せたと鼻を鳴らす。息子に失望したのだ。
「掠り傷一つで終わる。それだけでセノールを滅ぼす口実となった。あの忌々しい劣等民族の血を一滴残らず滅すことが出来た。それなのに余計な節介をしよってからに」
 唾を道端に吐き捨てるように容赦ない言葉を残し、ロトスは部屋を出た。静寂のみが流れる部屋、ようやく空気が緩んでいくのを感じ、大きくゆっくり息を吐く。しかし、顔つきは穏やかにはほど遠く、眉間には数本の皺が刻まれている。
 部屋を出る際のミュラに向けられた目線が忘れられない。海の底のような深く暗い怒りと憎悪が入り混じった表情。恐らく、何も止める者がいなければ、彼女は一匹の獣と成り果てハイドナー父子の喉笛に牙を突き立てただろう。彼女はそこまで怒り、心に深い傷を負った。
 また、ハイドナーに刻まれた咎。信を売り、富を得た汚れた血族。どんなにその血統を憎み、嫌悪しようともガウェス自身にも流れている。そこに誇りもへったくりもありゃしない。昔はその名に恥じぬ輝きを誇りを持っていたはずなのに! どこで狂った。いつ狂った!! かつてのハイドナーは確かに遺跡の管理者であった。長子は跡を継ぐために商人になる必要があったが、それ以外で彼らの血を引く場合は、例外なく騎士の称号を賜り、自らカンクェノへ赴いた。そして白き異形を屠り、賢者の石をある種の勲として持ち帰ってきた。勿論、賢者の石は大切な商品という意味合いも大いに兼ねていたのだろうが、装飾品以上の価値があった。それが今はなんだ。ハイドナーが直接遺跡に出向くことも殆どなければ、命かながら帰って来た団員に労いの言葉も祝福も無い。それなのに未だ遺跡の管理者を自称する。彼らはただ積み重なった団員の死体の上で胡坐をかいているだけに過ぎないというのに!(そう考えると近年のハイドナーにおいてガウェスは相当な好き者だということが分かるだろう)
 また、カンクェノに入ったハイドナーの先代達は決してクルツェスカ内を迷わなかったという。ガウェスは考える。なぜ自分はそれが出来ないのか、何故偉大なる先代達はそれが出来たのか。理由が分かれば、被害を大幅に減らせるかもしれない。怪我人を迅速に拠点まで運び、無駄に命をとすことが無くなる。
 夜の帳は落ちきっている。微かに開いたカーテンの隙間から庭を瞳に映してみれば、見回りが持っているランタンの明かりが人魂のようにオレンジの光が放ちながら、ふわりふわりと浮いている。浮き世離れした景色をぼんやりと見ていると、屋敷に向かってやってくる一つの光。見回りの者ではない。汚れ一つ無い真白な白衣と大きな鞄を持った初老の男性。恐らくはロトスが呼んだのだろう。変なところで気が回る父だと、ガウェスは傷口が広がらないように押さえつつ、突然の来訪者を出迎えようと部屋を出るのだった。

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