複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.46 )
日時: 2016/11/02 21:49
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe


 微か振える手でコッキングレバーを引き排莢。次弾を込め、コッキングレバーを押し込む。死神の大口は眼前に迫りつつある。引き金を引けば、鉄の筒より炎が立ち上がり死神を穿てるのだろうか。
 血の気すらなく白い肌。皮膚に覆われた眼窩とのっぺらとした顔。本能的な恐怖が引き金を引こうとする指を縛り付ける。撃っても死ぬかも知れない。しかし、撃たなければ死ぬ。自分自身に火を放つように、自分の命をベットするような賭け事をする。一発の銃弾を見舞い、命永らえるか、一発の銃弾を見舞い、死ぬか。何もせずに死ぬか。結果は三つに一つ。
「――――ぁ、当たれッ!!」
視界に飛び込み、死神から己を庇おうとするミュラを銃身で押し退け、引き金を引く。耳元で火を噴いたそれに一瞬慄きながらも、眼前に赤い花が咲き、その飛沫を浴びる。空気に触れた賢者の石は赤い結晶と化し、散らばった破片がミュラへと降り注いでいく。彼女は忌むように目を細めた。
 銃弾はレゥノーラの左肩を穿ち、体内を転がり回ったようで、貫通こそしていないが体外へと流れ出る賢者の石の量は夥しい。その様子にソーニアは人間と同じようにレゥノーラにも血流の多い箇所があるのだろうかと思い至る。
 彼女は矢継ぎ早に排莢し次弾を込めようとするも、手が震えコッキングレバーが思うように引けない。その様子にはっと気付いたようなミュラがソーニアを押し退け、リボルバーの引き金を引く。一発、二発と矢継ぎ早に銃口が火を噴く。一発は外れ、もう一発はソーニアの放った銃弾が作った射入口近くへと命中し、その近辺の肉が爆ぜ飛び、石壁に生々しい音立て張り付くのだった。絶叫したレゥノーラが踵を返し、残った手でその爆ぜた肉を押え付けながら、喚きジャリルファハドへと向かっていく。ジャリルファハドを殺めようというのではない。逃げているのだ。

 薄暗がりの中、その様子を見ていたジャリルファハドの歩みは止まっていた。ミュラが放った銃弾の内の一発がジャリルファハドの足元を抉り取り、思わずふと足を止めてしまったのだ。あれが自分に当たったならば、今頃は赤い命を零しながら苦痛に苛まれ、そう時間が掛からない内にこの遺跡の中で物言わぬ躯と成り果てていた事だろう。己の中で殺したはずの恐怖心に似た何かが足を止める。それを忌むと謂わんばかりに、左手、人差し指の指先で刀の根元をなぞり、己へと正気を呼び戻す。半固形化しつつある賢者の石と、己の血が混じり合いより強くなった赤と共に彪は駆け出す! 彪の軽い足音は僅かな音のみを立て、手負いの死神を屠ろうとする新たな死神の如く。抵抗せんとレゥノーラは吼え、残った手を繰り出していく。それは宛ら地へと人を縫い付けんとする一矢。しかし、全く見当違いな所に繰り出されたそれは石壁を穿ち、彪を穿つ事はなかった。伸びきった白い腕に刀身が走り、二つに割っていく。骨もなく、手応えも異様に軽い。斬っている実感がないと思いながら、途中で刀を離し、引き抜いたのは鎧通しであった。刀と比べ鈍く光るそれを手に取り、レゥノーラの右膝を穿てば、骨をも打ち砕いたかのような手応えと、右手に激痛に苛まれる。生温かい何かが、レゥノーラのものか、己のものか判別がつかない。レゥノーラの身体のバランスは崩れ、吼えながらも右側へと横転していく。構造的に立てないはずだと小さく溜息を付きながら、ジャリルファハドは壁へ凭れ掛かるようにして倒れ込み、手を見やれば大きな傷が一つ。裂けているようだった。
「頭、頭を撃って来い。さっさとしろ……」
 ミュラへそう指示を飛ばす彼の顔色はどこか青白く、生きた心地がしないと肩で息をしている。
 ジャリルファハド自身に体力的な消耗は殆どない。しかし、精神が磨り減っているのだ。死に対する根源的な恐怖を未だ殺しきれない己の未熟に腹立たしそうに、石壁を殴り付ける。その様子を見て、ソーニアはまだジャリルファハドは人だと当然のような事を思いながらライフルを構え直し、弾を再び込めた。
「ミュラ! もう一発撃っておく? 足!」
 恐る恐る近付いていったミュラはソーニアの声に驚いたように肩を震わせる。レゥノーラの身体は跳ねるように醜く蠢く。ミュラを殺めようとするその意思に反し、動かず無力化された身体にソーニアから放たれた銃弾が三発ばかり命中していた。一発どころではないと非難するような視線を向け、レゥノーラの頭目掛け銃弾を見舞えば、赤い液体が滔々と沸き出で、それはすぐに結晶化していった。
「うぉー……、すっげー」
 篝火の明かりを受け、暖かな色合いで光り輝くそれを見てミュラは思わず感嘆の声を挙げた。またかと謂うようなジャリルファハドの視線があったが、綺麗なものは素直に綺麗であり、それ以外の感想は持ち得ない。また当然の感性である。
「立てる?」
「あぁ」
 自分の額を押さえながら、ゆっくりとジャリルファハドは立ち上がった。既に普段通りに戻っているミュラやソーニアを羨ましく思えて仕方がない。味方からの銃弾から齎される恐怖が、レゥノーラと対峙し死を招きかねないという恐怖を呼び起こした。まだ幼かった己に、人を壊す技術を叩き込んだ師に半殺しにされた記憶が蘇り、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「手切れてるけど?」
「……あぁ」
 恐怖を殺そうとして無理矢理斬った己の左手の人差し指と、鎧通しでレゥノーラを穿った時に負ったであろう裂傷。付着し、結晶化した賢者の石が血の赤の中に点々と存在していた。傷口の中に混入しているものすらあった。人差し指の傷は浅いが、右手の裂傷は思ったよりも深い。鍔のない鎧通し故の怪我であった。ソーニアに言われるまで気づかないとあれば、どれだけ自分が平常を保てなかったという証のように思えて仕方が無く、口惜しやと悪態をつく。
「ほら」
 レゥノーラから引き抜いたであろう刀と鎧通しをジャリルファハドの足元に投げ付けて来たミュラを睨み付ける気分にもなれず、ジャリルファハドは静かにそれを拾い上げた。刀は刀身を蹴り上げれば、結晶化した賢者の石が音を立て散らばって行く。しかし鎧通しはそうもいかず、己の血と賢者の石が交じり合った赤い液体で汚れていた。腕を折り曲げ、鎧通しの背をそこに走らせて液体を拭う。一瞥した限りでは刃毀れはしておらず、まだまだ使えるようだった。
「行こうか」
 どうにかこうにか己を奮い立たせ、ミュラとソーニアの前に立ち、静かに問い掛けたジャリルファハド。それを見て何かが違うとミュラは感付き、首を傾げる。宛ら牙を抜かれたよう。今なら不意を突けば倒せるのではないだろうか等と邪まな考えが脳裏を過ぎる。尤もスイッチが切り替わる可能性があるが。

 進もうと提案したジャリルファハドを、ソーニアは穴が空くのではないかと謂う程に見つめ続けていた。彼女の瞳に写るジャリルファハドは外面を取り繕うばかりで、内面はどこか萎縮しているように感じられた。自分が言える立場ではないが、臆した人間と共に歩むというのは不安だった。根底の恐怖を思い出した輩、戦の空気に慣れない己、そして最後に残った恐怖を押し殺せる輩。一人だけ勇敢であったとしても意味はなく、全員の死を招きかねないような気がしてならないというのが本音だった。故に地下に巣食う死の天使と遭うのは避けなければならない。無理矢理に押し込められ、家畜のように逃げ、生きる権利を擲つなど愚か者のする事だろう。
「手当てするから一旦上に帰ろう。それに――物凄く怖いわ」
 心情を吐露し、地下から立ち去る。これが懸命だと感じられた。自分の命を守るため、皆の命を守るため。ソーニアの言葉に真意を量られたかと、ジャリルファハドの表情が一瞬曇り、彪は牙を抜かれ老いたような雰囲気を醸し出す。情けなしと彼は壁を手で打つ。溢れ出た血液が壁を走り、サウィスの袖口を汚す。ミュラは何故というような表情を浮かべていたが、血の滴る音を聞いて合点が行ったように納得した表情を浮かべ、小さく頷いた。聞き分けが良い等と思いながら、ソーニアは彼女に小さく笑みを返すのだった。ミュラからは何処と無く緊張が抜けつつあるが、黙したままで立ち尽くすジャリルファハドは口を開く様子もない。彼も小さく頷くのみで、血の滲む手を強く握り締め、その滴を廓へ滴らせるのだった。



 六十階層の拠点の一角、そこに三人の姿があった。
 鎧通しを握った事で、裂けてしまった手をソーニアの前に曝しながらジャリルファハドは物思いに耽る。都度都度、手当ての最中に鈍痛が走るのか、顔を顰めるが抗議の声一つ挙げる様子はなかった。
 五十年前、銃弾の雨に曝された先人達は戦場において、恐れを抱いたのだろうか。己の至近に銃弾が減り込み、戦友、親、兄弟の命をいとも容易く奪い去ったそれに対して恐れを抱いたのだろうか。――その答えは否と考える。彼等は撃たれながらも創意工夫を成し、アゥルトゥラ兵を斬って斬って死体の山を築いたはずだ。命を奪われながらも命を奪い取りに奔走したはずだ。それがどうだ、己は味方の銃弾に恐れをなし、それを呼び水に化物にまで恐れをなした。先人達に顔向け出来ず、己を恥じる思いである。
「……その銃はセノールの」
 ソーニアの膝に寝かせるように置かれたライフルを見て、ジャリルファハドは答えるまでもなく、己で回答を導き出せるような問いをする。
「えぇ。ハヤが作った奴。人を傷つけるのに特化してるって。――痛むからね」
 問いに律儀な答えながら、傷口に減り込んだ賢者の石の結晶を鉗子で引き抜き、血で汚れたそれを隣で手当ての様をまじまじと見据えるミュラへと手渡した。血を清水で流し、それを火で炙る。傷に使うべく消毒液を節約しようと、余り褒められた事ではないが焼いて消毒しようというソーニアの指示だった。
「かなり深くいってんな。刀握れんのかよ?」
「握らねばなるまい。両の手が使えねば……、まともに戦えぬ」
 また無理なことをいうとソーニアは苦笑いを浮かべながら、止血用の粉末をジャリルファハドの手にふりかける。彫られたタトゥーの上に白い粉末がふりかかり、その血が滲んで赤黒く変色していく。
「暫く手動かさないでね。血が止まったらもう一回、消毒して固定するから」
「縫えんのか」
「縫える訳ないでしょ。ちょっと飲み物買ってくるね」
 そう彼女は鞄から財布を引っ張り出し立ち去っていく。疲れたのだろう。
 ソーニアが出来るのは応急手当のみに限り、一応鉗子などは持っているが、外科的な事は一切出来ない。そもそも武門の人間は体が資本であり、手は宝である。出来たとしても手出ししたくないのが、本音であろう。
「痛むのか?」
「多少はな」
 火で炙った鉗子を水に浸し、熱を取り去りながらミュラはジャリルファハドの手に視線をくべる。鎧通しなんて使わなければ良かっただろうと思いながらも、彼のレゥノーラに対する攻撃の有用性を考える。人の形をしているならば、とにかく足を削げば行動は出来なくなる。ともすれば長物、引いては銃などで足を壊すのも選択肢に入る。尤も銃弾で頭を飛ばすのが一番手っ取り早いのだろうが、そもそも足に当てる腕もなく、足に当てれるならば頭に当てると思い至り、ジャリルファハドへは言わなかった。
「銃持ったら良いんじゃねーの?」
「……俺は余り銃の教育を受けていない。大方、斬り方と殴り方、射掛け方しか知らん」
 それだけ知っていれば充分だとミュラは薄ら笑いを浮かべつつ、濡れた鉗子を拭き取り清潔なガーゼでそれを覆った。斬り方はいつもどおりの代物だろう。射掛け方はともかく殴り方に感心がある、ミュラは疑問として口を開く。
「殴り方ってどうやんだよ?」
「簡単だ、当てる時だけ拳を握り締め、脇を締めて振り抜く。顔だ、顔を狙え」
「それだけで全然違うのか?」
「不意を突けば一撃で意識を奪える」
 ジャリルファハドに受けたレクチャー通りにミュラは何度か彼の顔面目掛けて殴るような素振りを見せるがジャリルファハドは苦笑いを浮かべるばかりで、首を縦に振るような事はしなかった。何が違うんだとミュラは首を傾げている。両手が使えれば身体が硬すぎると教えられるのだが、と内心一人ごちる。
「肩の力を抜け。それにまだ振りが大きい。もう少し小振りにやれ。力も関係なく意識を奪える」
 遠目から見れば何やら妙な動きをしているミュラが、ジャリルファハドにからかわれているようにしか見えなかったが当人達は案外真剣らしく、どれだけやっても何かが違うミュラが可笑しくて仕方が無いのだろう。ジャリルファハドから思いつめたような雰囲気は消えていた。
「そういやセノールの攻撃は全部小振りだよな」
「よく気がついたな。……お前の筆架叉は突く代物。即ち腕が伸びきる。小振りにはならない。俺が死んだら俺の刀を譲ろう。世界が変わる」
「縁起悪い事言うんじゃねーよ――」
 そもそもセノールじゃないし、と言葉を続けそうになったがミュラは口を噤み、ジャリルファハドを戒めるような口を利く。それがおかしかったのか、彼は小さく肩を揺らし笑っていた。死は怖い、故に死なぬように立ち振る舞う。ならば死なない。即ちミュラに刀を譲る事は万に一つもない。だが、それは人間だけを相手にしている場合のみだ。
 此処カンクェノでは人間相手での理屈が通じないように思えた。相手は人間ではなく化物である。矜持を以ってして迎え討ち、己の命を損耗する理由は存在しえない。斬り合い、殺し合うような茶番に興じていられないのだ。ともすれば、ミュラが言うように銃を手にするのも一つの手である。レゥノーラ相手には体内を傷つけるよりも行動不能に如何に貶めるかが重要だろう。であるならば、口径が大きい代物を選ぶのが先決だろう。何時までも刀などに拘っていられない。拘りに命を捨てるなど愚か者のする事だ。
「誰でも死に得るのだ。人で在る限り。人で在れる限り、な」
 それを忌憚するのが人の務め、忌憚し手段を増やすのが武人の務め。血が止まり掛けている手の平を見て、ジャリルファハドは小さく鼻で笑う。痕は残るだろう。平静を保てなかった己の恥の証。良い物を授かった。故にその恥を払拭すべく、地上に戻ったら銃を買おう。何者をも恐れずに居られる強い銃を手中に収めようと思い描くのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.47 )
日時: 2016/11/08 23:03
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 屋敷を見て回る気はないかとガウェスが提案してきたのは、昼食を終えたエドガーとレアが午睡に身を委ねようかとしている時であった。暇を持て余していた彼らにとっては願ってもいない誘いである。相談するまでもなく二つ返事で承知すれば、ガウェスは大きく頷きソファーから立ち上がった。
 ハイドナーの屋敷は人が住むための屋敷というよりはある種、美術館のようであったとのちに二人は語る。彼の祖先が500年ほど前に此処、この場所に居を構えてから一度たりとも住まいを変えることはなかった。最近は改築や補修工事が度々行われた為に現代の流行りを取り入れた造りになっているが、柱や窓など随所に昔からの趣を残しているのが窺える。また、骨董品や美術品の収集が趣味であるロトスの影響であろう。室内にはクルツェスカだけではない、様々な国から取り寄せた絢爛豪華な調度品が屋敷のあちこちに配置、鎮座している。それらがどのような品で、いつ造られたなどを説明するガウェスはこの上なく楽し気で、また、饒舌でもあった。そう言えば、色々な国や人種の文化や歴史を勉強するのが好きだと話していたことをエドガーはぼんやりと思い出していた。

 やがて一行がたどり着いたのは屋敷の隅にある部屋である。豪奢な雰囲気に似合わぬ鉄で出来た扉を前にエドガーとレアは互いに目配せをする。そんな二人の様子を知ってか知らぬのか、ガウェスは黙ったまま扉につけられた南京錠を取り外しにかかる。先ほどの饒舌さは何処へ消えてしまったのだろうか、この扉の先にあるのは何なのか。不安の中に僅かばかりの期待を込めて広い背を見て待ってみれば、カチャリとこの場に相応しくない軽い音がガウェスの手元から聞こえてくる。鍵が外れたのだ。扉は微妙に歪んでいるらしく、動かすと僅かばかり床に擦れてしまい、開けるのに苦労しているようだ。それでも思わず耳を塞ぎたくなるような音を立てて開いた扉の先、広がっていたのは光差さない深淵のみ。一瞬腰が引けたエドガーとは対照的に、真っ先に飛び込んでいったのはレアである。恐怖よりも好奇心が勝ったのだろう。暗闇の中身が気になるらしい。次にエドガーも彼女の背中を追いかけるように入り、最後にガウェスが明かりを灯し、扉を閉める。
 太陽を連想させる暖かなオレンジに照らされた部屋を埋め尽くすのは冷たく無機質な武器の山。棚に置かれた剣や槍は幾度も戦場で振るわれてきたのだろう、錆はないものの細かい傷が刻まれている。
「武器、なのか……」
「早いうちに明日の準備をしてしまおうと思いまして……。屋敷を案内するついでにここに立ち寄ることにしました」
 お好きなモノをどうぞ。と笑顔で言われてもエドガーは武器を手にすることは出来なかった。彼自身武人でなければ、鍛冶屋でもない。故に武器の構造、扱い方など知る由もなければ、何よりも武器というものに嫌悪感を持っていた。自分の身を守る為に必要な物だと頭で理解していたとしても、目の前で鈍い光を放つ兇器がどれほどの人を殺め、血を吸ってきたのだろうかと考えてしまい、手にすることを拒むのだ。
 この時ばかりはレアの図太さが羨ましい。彼女は短剣を一つ手に取り、慣れた様子で刀身を指で弾いたり、光に翳し傷がどこについているか入念に確かめている。武器を持てない自分はどうするべきかとガウェスに助けを求めてみればガウェスと目が合った。
「エドガー、少しいいですか」
「ああ、はい。レア、俺はちょっと行くけどお前は」
 武器を吟味しているレアに声をかけたが、返答はなく代わりに後ろから再びエドガーと呼ばれた。彼女は夢中になると周りが見えなくなるきらいがある。仕方がないとレアをそこに置いて、自分はガウェスの元へ。そして、少し場所を変えましょうと背を向けてスタスタと歩き出した彼の背中を追いかける。この時、彼はガウェスに対して今まで感じていなかった余所余所しさを感じていた。いつもなら隣を歩いてくれるはずの友人に一歩前を歩かれるような寂寥が胸をしめつけるのだ。
 歩いていくうちにレアの姿は棚の影に隠れ、見えなくなってしまった。彼女の存在を知らせるのが、時折聞こえる刀身を弾く音と足音だけになった時、ガウェスは足を止めた。
「エドガー・ニコルソン。貴方は何を為すためにカンクェノへと往くのですか」
 振り返り、問いを投げつけた彼は一度も笑ったことがないのかと思うほど真顔だった。彼はこんな表情も出来るのかと驚きつつも、いつになく真剣な眼差しで睨まれれば、エドガーの喉が僅かばかり跳ねる。
「それは……カンクェノの内部を冒険したいって思ったからで」
「戦えもしないのに、ですか?」
 彼に珍しく情けのない一言だった。言葉が詰まったエドガーが思わず顔を逸らしてしまう。それでもガウェスの突き刺さるような視線は消えない。むしろもっときつくなったような気さえしてくる。
「常に誰かが守ってくれるとは限りませんよ。あそこはお行儀のいい地獄だ。何が起こるか分からない、一種の狂気を孕んでいる。敵もレゥノーラだけではありません。人間でさえもカンクェノ内では敵になりうる。貴方に人を殺す覚悟はおありですか。もしかしたら貴方自身、誰かに殺められることになるかもしれない。殺す覚悟、殺される覚悟を持って、そこへ往けますか」
 ガウェスの口調には武器を扱えぬエドガーへの嘲りは一切なかった。代わりに研ぎ澄まされたナイフのような冷たさを持って彼に問うたのだ。言葉のナイフでは殺せはしないが、心を傷つけたり、揺さぶることが出来る。
 突然浴びせられた脅し文句に、エドガーは動揺しつつも問いかけの意味を考えていた。いつもならば「聞いていなかった」と流すところであったが、ガウェスの鬼気迫るとも呼べる表情の前でそんな軽口を叩けるはずもなかった。一般人の彼に真意を汲み取る高度な技術を持ち合わせているはずもなく、彼の望む答えを手探りで当てなければならない。
 暫しの無言。そして、エドガーはゆっくりとため息を吐いた。湖に張った薄氷を割るように静かに、沈黙が打ち破られた。
「殺す勇気も殺される勇気も無いよ、俺には。でもさ、あんたに何を言われようが行くしかないだろう。俺は決めたんだ。そのためにここに来たんだ。俺はカンクェノを思う存分探検する。するんだよ。それにレアを一人にしておけないだろ。何しでかすか分からないし……」 
「……そうですか」
「俺がカンクェノに往くの、止めないんですか」
「止めて往くでしょう貴方は」
「まぁ、はい」
 曖昧な受け答えは彼の性分のようなもの。ガウェスは特に咎めもせずに近くの棚から一丁の銃をとり、エドガーに差し出した。初めて間近に目にした武器は手入れが行き届いている。素人目でも分かった。黒光りする銃身をまじまじと見つめ、ゆっくりと、しかし、確実にその手に収めていく。初めて持った銃は見た目以上に重かった。
「人ならばともかく、一発でレゥノーラを殺すほどの威力はありません。しかし、足止め程度にはなるでしょう」
 殺す勇気が無いのならば、殺さずに生き残る方法を授けるしかあるまい。それがガウェスが導き出した答えだった。もしもあの問いの答えを出さなかったら、ガウェスはエドガーをカンクェノに連れて行くことはなかった。そもそも今回の主目的はレゥノーラ討伐である。故に、武器を持てない人間を連れていくことに彼は否定的だった。しかし目的がある人間ならば別だ。どんなに無茶な願いでも、叶えたいと当人が強く願うのならばそれを拒む理由はどこにもない。むしろその手助けをする。それがハイドナーの、ひいてはガウェスの信条でもあった。
「銃、使ったことないんだ、俺」
「後で外で教えます。慣れてしまえば簡単だそうで」
「ガウェス卿は使わないのですか?」
 至極当然の疑問だった。しかし、彼がその問いに答えることはない。聞こえなかっただけかもしれない。しかし、エドガーもそれ以上は追及しなかった。
「とりあえず戻ってお茶にしましょう」と振り返った彼は柔らかな笑顔をしている。二人を探すレアの声が聞こえた。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.48 )
日時: 2016/11/15 11:47
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 ジャリルファハド達が立ち去った後の暗闇、そこには人成らざるが息衝き、それらは既に斃れた輩の赤い結晶を貪りながら、新たな獲物を待ち受けるのだった。
 厭に人からかけ離れた白い肌、それは体内の賢者の石を投下し、手指が赤く微か光る。穿たれた壁を指先でなぞりながら、人成らざりながら人の形をした化生は、まるで遺跡を慈しむかのような表情を浮かべる。眼窩は皮膚に覆われておらず、目鼻がきちんと存在し、人を真似るかのよう、衣服のような物を見に纏っている。尤も襤褸ぎれに近い代物ではあるが。
 小さな唸り声を上げたそれは、輩の屍から賢者の石を引きちぎり忌々しげに天井を睨み付けた。階上には廓を侵す人の群れ、ともすればそれの一切を屠り、討たなければならないだろう。我等は廓を守れと作られた、魔と化生の合いの子である。
 一匹のレゥノーラ、それの人らしい双眸の端々には確かな宿命のような物が存在していた。殺さなければならない。廓を侵す人々の一切を。
「レンクラクンアデアウレデシウシラレンユン――、トデオデクンレウユントデククオンビユラ。レラオデアデオククウオクトウオデバレコユコクンオデトク――!」
 人のそれとは違う言葉。人には理解できない言葉。その言葉を呼び水とし、レゥノーラの唸りが暗闇を木霊する。人を害し、人を屠る輩。己等は廓の守り人。人を食らい、人を殺める。そうして廓の静謐と、人の手中に渡すは愚か、人の目に触れさせてはならない聖櫃を守る。そうせよと今は無き主に命ぜられたのだ。
 人の残した得物を手にそれは牙を剥いて、闘志に似たそれを露にする。人間よ来るが良い、暗闇の中で何も分からない内に殺してやる。全ての希望すら潰え、絶望に苛まれ自死を選ぶしかない程に追い詰めて、追い詰めて殺してやる。大凡全てのレゥノーラがそう思考し、それぞれ咆哮する。それにより空気が揺らぎ、足元の小さな瓦礫はかたかたと音を立てて、跳ね上がる。漸く土足で己を踏み躙る人間から守って貰えると、歓喜に打ちひしがれた廓が震えているようだった。



 ソーニアから手当てを受けながら、ジャリルファハドは言い様の無い胸騒ぎを覚えつつあった。傍らのミュラも同様、平静を装いながらも何処となく落ち着かない様子で、そわそわしている。
 二人は共通の感覚を持っていた。地下で何かが蠢き、息衝くような感覚。目に捉えられない存在から向けられた真っ直ぐすぎる殺意。しかし、それに慄く事はない。もう既に一度浴びた殺意故にだ。
「レゥノーラも分かりやすい事だ」
 手当てを受けながら呟くジャリルファハドにミュラは小さく頷く。何のことだと言わんばかりのソーニアの視線など知った所ではない。向けられた殺意は鉛の弾で返上するだけの事。ジャッバールの私兵であるセノールや、レヴェリもそれを感じ取っていたのか、薄ら笑いを浮かべながら階下へと続く暗闇を一点に見据えていた。ジャリルファハドの脳裏に思い浮かぶのはセノールの陣中。これから戦に望むという空気によく似た何かを感じ取り、その空気を作り出す一員となる事を是と思う。
「……なんて顔してんのよ」
 呆れたようなソーニアの声色に我に返る。このままではジャッバールに焚き付けられた武門の者と同じだと小さく苦笑いを浮かべ、手の傷を見ればすっかり処置され、傷はバンデージですっかり固定されていた。痛みは残るが、直接物を触る事もないだけマシだろう。
「帰りましょ。私達、なるべく戦わない方が良いから。それに……明日からハイドナー、ベケトフ連合がカンクェノに入る。多分、ジャッバールも態と予定を被せて来るだろうから。それに彼等は七十六階層を意地でも守るだろうしね」
 つまり、ソーニアはリスクを避けるために、敵対しあう勢力をも利用するというのだ。――強かだ、それと同時に賢しい。強き者達を利用し、悪手は侵さず、隙間を潜り抜け、生き永らえる。彼女のような器用さをセノールも持たねば成るまいと自らに言い聞かせながら、ジャリルファハドは小さく頷いた。ソーニアの提案には彼も同意である。
「ミュラも何か食べに上がろっか。疲れたでしょ?」
 心なしかミュラの表情が和らぐ。何かを強請るような視線をソーニアに向け、言葉を放っている。随分とミュラの扱いが上手いなどと思いながら、ジャリルファハドはソーニアが担いできた鞄とライフルを担ぎ上げた。手当ての礼だ。
「あら気が利く」
「普段からそうやってろよなー」
 ジャリルファハドの小脇を抜けて、先を急ぐソーニアとミュラはそうジャリルファハドを揶揄する。ソーニアが言うならばまだ分かる。らしくないと揶揄いながらも、彼女なりの間接的な礼の言葉として解釈出来た。しかし、ミュラの便乗したとも捉えられる発言は、特に何の考えも伴っていない単なる軽口の類でしかない。
「……ミュラよ、お前をやはり砂漠で殺しておくべきだったか」
 背後から心なしか物騒な言葉が聞こえ、ミュラは肩を竦めソーニアに助けを求めるかのように縋る。その様子がどこか可笑しく、笑い声を上げずジャリルファハドは肩で小さく笑っていた。年に不相応な幼さ、それをソーニアが包括、導いているように見えるからだ。
 砂に埋もれ、孤独に生きる等、人間には到底不可能。姿を消した師の変わりにと出来た縁を頼り生きていけば良い。一人立つまでは今しばし、時間が掛かる事のは間違いない。ともすれば己はミュラが一人立つまで、彼女をソーニアとは違う方向性で導き、守らなければなるまい。鞄とライフル、そしてもう一つの目に見えない荷物。一番最後の物だけは、この廓にくれてやる訳にはいかない。未だ、足元から感じる不愉快な殺意を忌々しげに一瞥し、彼も歩みを急ぐのだった。



 既に時は夕暮れ、影は足元から長く伸び、平静に生ける者達は夜の帳から逃げるように家路を急ぐ。時間はあっという間に過ぎ去っていく。心なしか、荷物を持っていないソーニアの表情には疲れの色が見える。傍らのミュラは相変わらずであるが。
「早く上がってきて正解だったでしょ」
 そう語るソーニアであったが、まさか誰も昇降機の故障に巻き込まれるとは思うまい。なんでも四十階層の昇降機が電気的な故障を起こしたらしく、階段を上って帰るはめになったのだ。未だカンクェノの中に取り残され、帰るに帰れなくなった学者や、傭兵も多々居る事だろう。
 これが廓の意思なのだろうか。来る者を拒み、去る者は帰さない。ソーニア曰く「都度都度昇降機が突然壊れる」らしい。そこに超自然的な意思が働いているだとか、ただ単にカンクェノの多湿が原因だとか、彼女は階段を上りながら憶測を宛らガトリング砲のように放ち続けていた。途中からミュラの頭から湯気が出ていたのは気のせいではないだろう。
 しかし、ソーニアのカンクェノに対しての推論は興味が沸く代物であった。妄想のような発言ばかりであったが。以前から語る魔力を糧に無尽蔵に成長する化物だというオカルトチックな推論に加え、カンクェノは何かを隠すために作られた代物であり、その何かに近付いているからレゥノーラの反撃が激化しているのだとも語る。ともすればハイドナー、ベケトフの連合がレゥノーラ討伐を行うのも合点が行く。
「……真面目に腹減ったんだけど?」
「じゃ、ミュラ。少し私に付き合ってよ。その後、なにか食べに行こうか」
 ミュラを食い物で釣るソーニアであったが、その行いは正解であり正しい。しかし、ソーニアばかりに散財させる訳にはいかない。
「少し待て」
 ソーニアの鞄に突っ込んだ、自分の肩掛け鞄。その中に無造作に突っ込まれた革の袋から銀貨を十五枚ばかり取り出し、それをソーニアの目の前に突き出した。一食分どころか三日分の生活費にも相当するそれを突きつけられ、ソーニアは小首を傾げる。
「足しにしてくれ。余ったら持っていけ。ミュラの小遣いも含んでいる」
「小遣いって何だよ、もう少し言い方があんだろ」
「お前は路銀を一銭も持たず、俺から貰っている。……小遣いだろう、それ以外何者でもない」
 ぐうの音も出ないとミュラは顔を顰めている。その様子をソーニアは一瞥し、口を開いた。
「本当に良いの?」
「構わない」
 ジャリルファハドは多くを語ろうとはしない。そういえばセノールには喜捨の文化があった等と思い出しながら、一体どこから自分が貧乏だと聞いたのだろうかと、ソーニアは苦笑いを浮かべながらジャリルファハドから銀貨を受け取った。無くすなと念を込められたかのように、無骨な手がソーニアの両手を包み、確かにソーニアの手中に収まったとすれば、彼は再び鞄とライフルを担ぎ上げた。
「一旦、荷物を置きたい。……家まで案内されたし。俺にもやる事がある、荷物を置いたら一時解散だ」
 鞄とライフルと共にカンクェノを階段で上ってきたジャリルファハドに何処と無く申し訳なさを感じながら、ソーニアは頷いて人の群れの中へと身を投じる。彼方此方に視線を奪われるミュラを庇うように、その腕を引いて家路を行くのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.49 )
日時: 2016/11/20 13:34
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 その店は市場の喧騒とは離れたところにある。人の行き来が多い大通りの途中にある路地裏へと続く細い道、それが店へ辿り着くための第一歩だ。帰る場所の無い哀れな浮浪者、ラベルが剥げた空き瓶や酔っ払いが吐き出した吐瀉物を踏まないように細心の注意を払いひたすら真っ直ぐ進む。すると道の行き止まり、少し開けた場所にその店は佇んでいる。カーテンの隙間から明かりが漏れていることから、店が今も営業していること、人がいることには変わりないのだが、入るには中々勇気がいるものであった。先ず、傾いている古ぼけた看板、いつから塗り直しされていないのか、文字が掠れていて店名が解読できない。また、留め具が外れかけており、右に傾いている。風が少しでも吹けばギィギィと不穏な音をたてて揺れるのだ。看板の下で大きなクシャミでもしたら、辛うじて支えている留め具が外れ、落ちてくるのではないかと要らぬ不安さえ掻き立ててくる。また、外壁は蔦で一面を覆われており、緑一色に染まっているのだ。店の中と外を仕切るドアの取っ手も黒く錆びつき、軽く捻るだけで、尻尾を踏まれた犬のような悲鳴をあげる始末である。
 扉を引くのを躊躇ったミュラの代わり、ソーニアが扉を引けば、無精髭の大男が、鼻歌を歌いながら銃を磨いている最中であった。ここはガンショップである。
 正直なところ、ソーニアがこのような店を知っているのは意外だった。顔が広いのは知っていたが学者という職業故、武器とは縁遠い所にいると思っていたが、その考えも改めねばならないだろう。

「これに合う弾を探して欲しい」と、ミュラから銃を受け取った店員兼店主の男は「ほぉ」と小さく感嘆の声をあげた。グリップ部分の大きな一本線の傷とシリンダーにカーボンがこびりついてはいるが、それ以外に目立った傷や汚れはない。リボルバーは殆どクリーニングを必要としないが、整備が必要ないわけではない。特に、機関部や薬室など外に触れる部品が多い。故に落下させたり圧力を強く加えてしまうと、破損や歪んでしまう場合がある。こまめに確認しなければ、いざという時に動作不良を起こしてしまう。事実、レゥノーラとの戦闘時に整備を怠ったばかりに銃が故障し、無抵抗に近い形で彼らの腹に収まった傭兵がいたはずだ。その話を聞かされた時は、何ともやり切れない気持ちになったのを男は今でも覚えていた。
「悪いが、これに合う弾はうちじゃ扱ってねぇなぁ。ちと古いんだこいつは」
「これとか大きさ一緒なんじゃねーの」
「駄目だ。大きさは一緒でもダブルチャージしてるのよ。発射したらシリンダーが圧に耐え切れなくて壊れちまうぜ。最悪、お前さんの手が吹っ飛ぶぞ。それでもいいなら止めはしねぇが……」
 嘘か真か、思わず顔を強張らせ閉口したミュラに「冗談に決まってるだろ」と背中を遠慮無く叩く。予想以上の衝撃に咳き込むミュラ。「悪い悪い」と言っておきながら全く悪びれていない熊のような男をキッと睨みつける。もしも彼がミュラの隣に立っていたら足を踏まれていたことだろう。仔猫の恨みの籠った視線など痛くもないようで、上機嫌のままカウンターに転がっていたペンを手に取った。
「少し歩くがな、路地を出たら右に曲がってひたすら真っ直ぐ行った所にもう一件、俺の弟がやってる店がある。そっちに行きな。寡黙な奴で、少々とっつきにくい所はあるが、悪い奴じゃねぇ。きっとお前さんが望む物が見つかるはずだ」
 お喋りな店主は口を動かしながら、そこまでの地図を書きミュラに手渡した。
「似たような店なのに、どうして品揃えが違うんだよ」
「俺の専門は銃。あいつは弾。それだけで全然違うじゃねえか」
「兄弟一緒にやればいいじゃない」
 ソーニアの意見はご最も。隣にいるミュラも首を縦に振って賛成の意を示す。
「ソーニアさんも嬢ちゃんも分かっちゃいねぇなぁ。男ってもんはな、一回でいいから自分の店を持ってみたいって思うもんなの。あんたらが結婚して家族を持ちたいって思うと一緒よ、一緒。三十にもなって独り身なんて悲しいだろ」
 彼に悪意があってそう言ったかは分からない。ただミュラはソーニアの方を一目みると、ニヤリと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。彼女が何が言いたいか、何を思っているのか大体理解出来る。しかし、先と変わらず笑顔のまま、纏う気配もそのまま、だから油断した。ニヤニヤと揶揄するように笑うミュラの片方の頬を一切の遠慮も容赦なく思いっきり抓ったのだ。
「ミュラ。言いたいことがあったら、はっきり言っていいのよ?」
 その痛み筆舌し難き!頬が千切れるかと思うほどの力に白旗を上げるミュラ。不自由な口で「ごめんなさい」と謝罪を口にすれば、ようやく解放され痛みが消えた。赤くなった頬を慈しむように撫でる。これはある意味でジャリルファハドよりも恐ろしい。彼の場合は纏う空気や声色に微細とはいえ変化するはずなのに、彼女の場合はそれが一切無い。もっともミュラに馬鹿にされた時、ソーニアの額には確かに青筋が浮かんでいたのだが彼女が気が付くことはなかった。

 ミュラに銃を返そうとした時、彼の目に再びグリップにある一本の傷が視界に映った。そう言えば、昔よく顔を出しに来てくれた女性が持っていた銃にも同じ傷がついていたと思い出す。なるほど、目の前にいる女性は何となく雰囲気が似ている。一度意識してしまうと、その人のことばかりが頭に浮かんでは消えていく。決して多いモノではないが、彼女との他愛ない話は楽しいものであった。悦のある情景とは中々に消し難いものがあり、一瞬の満足感の後にノスタルジックに襲われる。そんな懐かしい気持ちを吐露するように、ミュラに向かって話しかけていた。
「二、三年前まではこれと同じ銃を使う女性がよく話を聞かせに来てくれたよ。砂漠の方から来た人でさ、ハイドナー様の所に雇われた傭兵とか何とか言ってたなあ」
 店主からすれば何気の無い一言。ミュラからすれば探し人の大きな手掛かり。「詳しく話を聞かせてくれ」と身を乗り出してきた女に目を丸くしたものの、すぐにその人の知り合いと判断し、なによりも話に乗ってきたことに気を良くした様子であった。ソーニアからすれば、早くミュラの用事を終わらせたいのだが、こうなってしまった手前、ミュラは意地でもここを動かないだろう。それに彼女の師匠の話には興味がないわけでもない。太陽は完全に沈んでしまったのだろうか、遠くにあった喧騒さえも今は聞こえない。しかし、話を聞くには都合がいい、邪魔をするものが何もないのだ。
「彼女はよく俺の所に来てくれてね、そりゃあも話をたくさんしてくれたのよ。砂漠での暮らしやら、カンクェノ内部での話、彼女が所属していた騎士団での珍事。弟子の話をする時は特に楽しそうだったなぁ。その話をするときはいつも笑顔だったぜ」  
 その弟子とはあたしのことだ。思わず、飛び出しそうになった言葉を飲み込む。弟子と言ってしまえば、師匠ではなく、こちらに話が飛んできそうな気がした。知り合いのフリをして色々聞き出して、そして最後の最後にそのことを暴露して驚かしてやろうと、そんな些細な悪戯心が彼女の心に芽生えたのだ。
「それに中々腕が立ったとか。何でもレゥノーラ1体くらいなら造作もなかったって聞くよ」
 師匠が褒められて嬉しくない弟子なんていやしない。声が出そうになるのを必死に堪える。しかし止まらない。笑いを噛み殺しても噛み殺しても、胸の内からむくむくと沸き上がる感情を誰が抑えることが出来ようか。師匠の武勇伝を語るとともに全て暴露してしまおうと口を開いたが、それよりも先に店主が言葉を発する方が早かった。
「だからこそ意外だったんだよ」
 さっきとは打って変わって表情を曇らせた男に、ミュラは言いようのない不安を覚えた。心のどこかでこれ以上は聞かない方がいいんじゃないかと頭を過ったが、今さら後戻りが出来るはずがない。
「意外って何がだよ」
「何がって、お前さん知らないのかい。その人なぁ、噂だと新種のレゥノーラを前にして逃げ出したらしいぜ。そんで、その途中に別のレゥノーラに食い殺されたんだってよ」

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.50 )
日時: 2016/11/20 19:02
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU
参照: https://twitter.com/Avatar_Alone

 あくまでも例えばの話なのだけれど、と男は笑う。湖面に薄く張った氷の様な、けれどもその実、存外柔らかな色をした瞳を細めてゆるり、と音を紡いでいく。現世に置いて、魔力は枯渇し魔術は既に廃れている。されど嘗て、500余年も昔のその日。何時かの未来の為にと残されたものがあるなればそれは、如何なるものとなり得るか。静かに問うてくる言葉に、ヨハンは答えを持ちえてなど、いなかった。穏やかに差し込む日差しも、こちらへと向く穏やかな眼差しも、けれどもなぜかひどく、冷ややかに感じる。――とある日の、午後の話であった。

 ハイルヴィヒ・シュルツは変わらず、顔ばせへ表情を浮かべぬままに歩んでいく。長い黒髪、其れに添えられた白いリボンを靡かせて、只々、黒衣の娘は歩む。軽装とはいえぬ荷物の量に、振り向く者もあれど、彼女は何一つ気にもとめぬままに歩むだけ。目的地へ辿り着くまではあと少し、約束の刻限よりは早いが、早く向かって損はあるまい。些か、予定より早すぎる可能性は否めないが、遅くなるよりはずっといいだろう。地面を踏みしめる足取りに、緊張の色は無い。もとより、そのようなものなど持ち合わせていない、と言わんばかりに。平素と何一つ変わらぬままに、向かうのはカンクェノ遺跡へと続く通門所の手前。守衛に訝しげな視線を投げつけられた所で、ハイルヴィヒの表情は相も変わらず色を孕まない。無言でベケトフ家から持ち寄った書状を押し付け、守衛を黙らせるのみであった。柔い風が頬を撫で、髪が靡く。麗らかな陽気の下、けれども娘は其れを楽しむ事はない。ただふと、こんな暖かな日には、かの令嬢を日差しの下へと連れ出して、茶会を楽しむのも悪くないやも知れぬ、とふと思うだけ。耳元の赤が揺れる。ああ、早く帰らねば、薄らとそう思いながら、短く息を吐きだすばかり。――と、向こうより行軍の足音が聞こえれば、意識を現実へと浮上させる。風にふわりと靡く淡い金糸の髪、輝く白銀の装いは己と実に対比的であると思えてならない。そして其れ以外にも見覚えのある影は二つ。過日、気まぐれにお節介を焼いた相手と、その連れ。連れの方は何時ぞのパーティーの折に見かけたのみであるが、その姿を忘れてなど居なかった。彼らへと向き直れば、ただ青い瞳を真っ直ぐに彼らへ向けて、口を開く。
「……来たか。ああ、待ってなどいない。“お待たせしました”の類の言葉は不要だ。さっさと行くぞ」
 ハイドナーの家の当主が言葉を紡ぐより早く、牽制にも似た言葉を投げた。一瞬面食らったかの様な表情を浮かべる彼を気にもとめずに、ハイルヴィヒは歩を進めんとする。一刻でも時間が惜しい。事は早急に済ませ、早急に終えるべきだろう。別段、時間に背中をせっつかれ、追いつかれそうになっている、というわけではないけれど、かと言って悠長に構える程の暇もない。ともすれば、不要に言葉を交わし、思惟を交わらせる事など時間の無駄、と言わんばかりに彼らへ背を向けていたけれど。後方より飛び出す声は、跳ねるような其れであった。
「ちょっと、もーっ! そんな冷たい事言わなくってもいいじゃないですか!」
 そう言いながら顔をだすのは黒衣の青年の連れの娘。前のめる様な形になる折、ふわり、と金の髪が揺れて輝く。太陽光を反射して輝く赤い瞳を真っ直ぐにハイルヴィヒへと向けたまま、小さく唇を尖らせて抗議の言葉を紡ぎゆく。ハイルヴィヒもまた、澄んだ青を、けれどもただ険しい色を織り交ぜて、彼女へと向ける。彼女の紡ぐ言葉の内容は理解できる。されど、“何故そうしなくてはいけないか”“其れを為す必要性”がハイルヴィヒには全く理解できない。それ故に、首を傾げこそしない、表情一つ変えぬものの、紡ぐ言葉には僅かな困惑の意が混ざる。
「……? 何故だ。多く語らう必要性が何処にある。為すべきことがあるなれば、早急に為すべきだろう」
心底、彼女の言葉が理解できない、とばかりにハイルヴィヒは変わらぬ熱量の声で告げる。馴れ合いなど不要と言わんばかりの言葉は、それでも何故を問い、彼女との会話を一方的に断ち切るつもりはないらしいのだから、妙な話であろうか。見据える先の赤が揺れる。彷徨う其れは存外、美しい色だとハイルヴィヒは不意に思う。かと言って其れを口にする必要性すらも理解出来ぬし無意味と断じ、言葉にならぬ思いばかりが消えてゆく。存外に、未だ感じ入る物があるなれば其れで良い、そんな気すらもしているが、さてそれはまた、別件といたそう。
「な、何故って、それは、そのぅ……折角一緒に行く仲間なんっすよ。こう、仲良く行くのも、悪くない、かなー……って」
 少女、バシュラール・レアはそう語る。よもや、何故などと問われるとは思いもしなかった。面倒だの、嫌だの、そうして一蹴されたほうがまだやりやすかっただろう。どこか戸惑い気味である彼女を見ても、ハイルヴィヒは相変わらずだ。成る程、とばかりに短く声を零しはするが、かと言って納得したという顔をしやしない。無言、空白、沈黙。重苦しいとはいえずとも、決して軽やかな空気ではない静寂。
「悪いが、私を貴様らの“お仲間”だと思うのはやめておいた方が懸命だぞ。こっちは仕事で来ているんだ。貴様らとの連携を軽視するつもりはない、だが、だからといって貴様らと仲良しごっこをして、馴れ合うような事をする気はない。あくまでも私と貴様らは“仕事仲間”だろう。ピクニックに行くわけでもないんだ、遊び半分な気持ちで行くならば……ああ、いや、いい。何でもない。私には関係ないことだ」
 穏やかな沈黙を破る言葉は至極、冷淡な響きである。否、冷淡さすら其処には含まれていない。ただ淡々としただけの言葉は、無遠慮に紡がれた。押し出されるように吐き出された息は、それでも存外穏やかなものである。何か言いたげな金糸の髪の彼女を制したのは黒衣の青年、エドガーである。其れを一瞥し黒糸の髪を靡かせ歩みだそうとしたハイルヴィヒに声をかけるは、ハイドナーの当主。彼の騎士に負けずとも劣らぬであろう彼であった。
「ハイルヴィヒ殿、関係ない、まで言い切らずとも良かったのでは? いえ……悪い、と言いたいわけではないのですが……」
 何処と無く歯切れの悪い、煮え切らぬ言葉。けれども彼が言わんとしている事は凡そ予想がつく。けれど、やはりそうだ。ハイルヴィヒ・シュルツにはその理由が“理解できない”そう、正しく、納得も、必要性も、理解も、出来ない。海のように青い瞳は、白銀の騎士を何処か遠目に睨め付けて、不意に逸らされる。向ける先ははるか向こう、遠く、何処か、遠く。短く吐き出された息には、感情らしい感情も乗らぬままだ。
「甘いな、貴様も。親しくしてなんの利がある? 守り守られる云々であるならば笑わせるなと言わせていただこう。連携がどうのというのであるならば、悪いがそんなもの、お互い使う道具なりを申告してもらえれば何一つ問題ないだろう? 違うか、ハイドナーの“お坊ちゃん”? ……必要以上に近い距離は、おいおい面倒を生みかねん。そういうものだろう」
一瞬、眉をひそめた彼の返答を聞く前に、ハイルヴィヒは正面を向いてスタスタと歩み出してしまった。結局のところ現状、論議を始めた所で終わりなど見えず延々と続き、其れこそまさしく時間を無駄にするだけであろう。皆々、それぞれ思うところはあれども時間を無駄にしたいわけでもなし。各々歩み出せば、それぞれ募る話もあるというものだろう。ざわめく背後の声をBGMに、けれども娘は黙して歩む。通行手形の作成はトントン拍子に進むから、特別問題もなく通り越せる。守衛の「宜しく頼んだ」の言葉にも、変わらず娘は淡白にわかっている、と返すだけだったけれど。

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