複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.13 )
日時: 2016/09/18 23:07
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 ミュラはソーニアの姿を見送ると、ジャリルファハドに何て話し掛けようかと頭を悩ませることになった。何故ならば、彼はソーニアの話を聞いてから物思いに耽っているようで、眉間に深い皺を刻み込んだまま、まるで、石の彫り物のように微動だにしないからだ。反対にミュラは、考えるよりも先に行動に移してしまうことが多い。何もせずにそこに留まり、考えるという行為にあまり慣れていない、というより大嫌いだ。せめて頭だけでも動かしてみようかと、ソーニアやジャリルファハドに教えて貰ったことを反芻しようとしても、ほとんどは記憶から既にすっぽ抜けている。精々出来ることと言えば自分の頭の悪さに呆れ、失望するだけだ。

 恐らく今の彼は外の情報に関して、完全にとはいわないものの除外されていることだろう。事実、ミュラのどうでもいい話には全くの無視を決め込んだくせに、再び硬貨の入った袋に手を伸ばした時には、チリッと肌を灼くような視線を飛ばしていた。彼女が袋に触れたとき、宣言通り彼は鞘より刃を抜き、それをミュラを突きつけるだろう。
(分かってるって、全く)
 わざとらしく肩をすくめてその手を引っ込める。

「おい」
「はぇ?」
 突然名前を呼ばれたせいで口から出たのは気が抜けた返事。しかし、ジャリルファハドはそんなちっぽけなこと気にしておらず、今度はちゃんとミュラを見ていた。睨みつけられていないはずなのに、彼に目線を向けられるとどうしても、敗北した夜のことが思い出されて、手が汗でべたつく。

「さっきの話、どこまで理解している」
 さっきの話とはカンクェノについてだろう。全然分からないと答えてしまうのがいいのだろうが、彼に見下される未来が透いて見えるようだ。これ以上馬鹿にされるのは自らの沽券に関わる。盗賊と言えど、人としてのプライドまで捨て去ったつもりはないのだ。
「もっちろん。ほとんど理解したぜ!楽勝だな、うん」
 根拠のない自信に溢れるミュラに色々言いたいことがあったが、あえて黙っておくことにした。カンクェノについての考察を訊かなかったのは彼なりの温情である。
「では、ソーニアの話を聞いて、お前はどう思った」
「あぁ?」
 質問の意味が分からない。ジャリルファハドの方がミュラよりもずっと頭がいい、そのことはミュラも認めていた。それなのに自分に意見を求めるのは何故か。黙ってはいるが、指はしきりに膝を叩いている。遠まわしに早くしろと急かしているのだ。
「どう思ったって、そりゃあそーだいな話だなって。ロマンをかんじるっつーか」
「……そうか」
 またこの顔だ、とミュラは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。どこを見てるわけでもなく、思考という名の海に入る。他者をすっぽかしてだ。そのくせ、実は周りが見えている。悪戯を仕掛けようとしても、すぐに察するのだろう。それこそ、野生の豹のように。

 ミュラが暇を持て余していると、どうするか考えが固まったのだろう。ジャリルファハドは立ち上がった。痛めた右足は少し突っ張っているような違和感はあるが、痛みはない。走ることなら難なくできる。ミュラもようやく動けると馬車から飛び降りる。
「これからどーすんだ」
「カンクェノへ向かう。が、準備が必要だ。先ずは町に行く」
「町……か。人がいっぱいいるな」
「馬鹿な考えを起こすなよ」 
 心を見透かされたような言葉に彼女の肩が大袈裟に跳ねる。
「べ、別に途中で誰かからスろうなんてぜんっぜん考えてねーからな!」
「憲兵に目をつけられたらどうするつもりだ」
「そん時はそん時だろ。つーか、戦うことになっても大丈夫だろ」
「なら、一人で相手をするんだな。俺は先に行く」
 それが冗談で言ったのか、それとも本気なのか、恐らく後者なのだろう。この見知らぬ土地で置いて行かれてはたまらない。ミュラは渋々彼の命令をきくことになる。
「分かったよ」
「ああそれと」
 ジャリルファハドがミュラを見る。そこにはガウェスと戦った時のようなナイフのような鋭さもドス黒い憎悪も殺意もない。むしろ、愉悦を含んでいる瞳。命の危険はないだろうが、何故だろう。そっちの方がミュラにとって嫌な予感がした。
「さっきの古学者の名前を覚えているか」
「と、とーぜんだ!ソーニア・メイ……リスリス!」
 もはや何も言うまい。間違いなど無いと言わんばかりの自信満々な態度が彼の笑いを誘う。何がおかしいと憤慨し、蹴鞠のように飛びかかってきた子猫を彪はするりと避ける。訂正はあの考古学者自身にやってもらうことにして、ジャリルファハドは屋敷の外へ向かって歩き出す。鼻の頭を撫でながらミュラも小走りで彼の後を追った。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.14 )
日時: 2016/08/31 22:14
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU

 ハイルヴィヒ・シュルツにとって、他者の確執など個人的にはどうでもいいものだ。しかし、彼女の仕事上では多少、考慮し覚えおく必要はあるだろう。情報は力、其れは傭兵家業の娘にとっても同じ事。唯でさえ小娘と舐められる事が少なくないのだから、交渉上有利に立つため、必要な物は何もかも手にするべきだろう。人種間の確執ですら、ハイルヴィヒ・シュルツ本人にとってはどうだっていい事なのだ。

 一つ、語るなれば。シュルツの家は彼の日の悲劇、西伐の折も傭兵として、アゥルトゥラ側へ付いていた。其れ関して、ハイルヴィヒはセノールの民へ一切の悔悟の念など抱いていないし、かと言って敗れたセノール側への哀れみすら抱いていない。たとえその件をセノール人から責め立てられたのだとしても、ハイルヴィヒは涼しい顔をして、その鋭い瞳で相手を射抜くばかりであろう。シュルツ家を貶す言葉を吐かれた所で、激昂せずにただ静かに息をするだけだろう。民族皆兵を掲げ、傭兵を雇わなかったのはセノールだ。銃器の重要性に目をつけた傭兵を、金を出して雇ったのはアゥルトゥラの貴族か何かだ。ただ、それだけのこと。傭兵にとって雇い主の思惑などどうだっていい事。彼らは主義主張、時には利益の為に、バラバラの目的のために戦うが、己等傭兵の目的は、一つだけ。――金の為。ひどく簡潔な一言、たったひとつ簡単な理由。命を懸けるに事足りるのはほんの僅かな“お給金”でいい。例えばあの日、セノールの民が先にシュルツの傭兵と契約を結んでいれば、銃口はアゥルトゥラへと向いただろう。昨日の友は今日の敵、明日の敵は今日の友、そんなこと、普通も普通だ。日常茶飯事。小難しい事など何一つ無い、ただひとつの簡単な方程式で、少なくともシュルツの傭兵は成り立っていた。其れに、たとえそうした家でなくとも、ある程度の力を持つ家ともなれば利害関係の一致で動くのは当たり前ではなかろうか。そうとも思うハイルヴィヒにとって、彼の高潔な青年が、家の汚点とばかりに思い悩み、苦悩する理由を真の意味で理解などできないのだ。

「――馬鹿な奴」

 小さな呟きに、意味など無い。意味を成そうとした所で件の騎士が居ないのだからどうしようもない。彼が罪悪感に押しつぶされ様と、誇る家の償いの為に身を張ろうと、ハイルヴィヒにとってはどうだっていい事だ。彼の事は契約の範囲外、仕事<オーダー>の範疇になど無いのだから。けれど一つ、ハイルヴィヒ・シュルツ“個人”としても“仕事”としても懸念する事がある。彼がいなくなれば、“お嬢様”のお茶の相手が一人減る、という事。――一時前のハイルヴィヒであったならば気にも留めなかった事。けれど今では彼に対して唯一懸念する、一つの事柄。
 さて、改めて。ついぞ先ほどの呟きは、果たして誰へと向けられたものであったのか――らしくもない、ぼんやりと考え事をしつつ歩む折であった。ハイルヴィヒ、と鈴の音の様な声が娘の名を呼ぶ。平素、鋭さを宿す青い瞳は剣呑さを何処かへ取り落とし、驚きを孕み声の主を見つめるばかり。娘が聞き違えるはずのない少女の声、甘く優しい、穏やかな夢の様な声。

「お、お嬢様……! 嗚呼、何故、こちらに」

 ハイルヴィヒの声が震える。青い瞳もまた然り。この近辺は彼女の家が治める領地なれど、ベケトフ家の息女たる彼女が、スヴェトラーナ・ユスチノヴナ・ベケトヴァが屋敷の敷地外へ出ることなど滅多に無いのだから。己の代わりの護衛として遣わせた男(名はヨハンという)も、彼女と共に居るのを確認すれば息を吐く。睨め付けるかの様な視線を男へ向ければ、スヴェトラーナが諌めるかの様にハイルヴィヒへと手を伸ばす。

「無理を言って此処まで連れて来て頂いたの。……ちゃんとお父様には伝えたから、大丈夫。なぁんにも、ハイルヴィヒが心配することなんて無いわ。ヨハンさんだって私の我が儘に付き合ってくれてるだけだもの」
「…………お嬢様がそう仰るなら」

 スヴェトラーナの手は、ハイルヴィヒへ触れることはなく再び下へと落とされる。スヴェトラーナが父、ユスチンへ外出を伝えたのは事実だ。ただしすんなり許可を貰ったわけではなく無理やりもぎ取って来たものである事実は伏せられていたが、ハイルヴィヒは薄々其れを察する程度に、かの家とは長い付き合いだ。控えていたヨハンが困り顔で肩を竦めたのも、おそらくその証拠だろう。彼へと視線を向けるハイルヴィヒがどこか申し訳なさそうであったのはまあ、後の話として。ハイルヴィヒ・シュルツは小さく、息を吐く。スヴェトラーナを傍に寄せたまま、ヨハンの元へと歩み寄れば、悪いな、と小声で告げて、視線を僅かに空へと逸らす。

「ヨハン、ご苦労だった。以降は私が護衛に戻る。……先に屋敷へ帰っていて構わないぞ。添えて、ユスチン殿へ私がお嬢様と共に居る旨の報告を。後日の任務の為に必要な買い物を済ませてから、すぐに帰る、とも」
「はいはい、了解しましたよっと。残る手はずはこちらにお任せ、ハイルヴィヒさんは折角ですからお休み楽しんでくださいよ」
「…………馬鹿言え、お嬢様と共の道だ、休息がてらなどと手を抜けるか、馬鹿め」
「……二回も馬鹿って言わないでくださいよぉ」

 ヨハンが小さく舌を出す。其れを見るハイルヴィヒの瞳は、すっかり平素の剣呑さを取り戻していたものだから、ヨハンは慌ててそれじゃまた、と去っていく。響く小さな笑声は、スヴェトラーナの零すもの。

「ふふ、やっぱりヨハンさんは面白い人ね。私、好きよ。ハイルヴィヒがどうしても私のそばにいられない時の代わりは、ヨハンさんじゃなきゃ嫌なくらい。……なんてね」

 少女は至極楽しげに言葉を紡ぐ。白い指のうち人差し指をす、と立てて、己の口元へ寄せる。さも秘め事を楽しげに語る乙女が如く。スヴェトラーナが少女らしい笑みを振りまき、歳相応か其れより幼気な言葉を紡げるのは、身内を除けばハイルヴィヒ・シュルツの前である事が圧倒的に多い。その事実は、ハイルヴィヒの心に無意識下であれど優越感を生み出し、同時に親愛の情も抱かせるに十分なもの。そして、ハイルヴィヒが瞳の剣呑さを収め穏やかな笑みを見せ、柔らかで穏やかな言葉を紡げるのは、居ない身内を除けばスヴェトラーナ・ユスチノヴナ・ベケトヴァの前である事が圧倒的に多い。お互い様、と言えばそうなのやも知れぬ。少女2人、歩んできた道は違えど其処にあるのは確かな一つの感情である。
 さてはて、かく或りき2人は向かうべき場所へと歩みを進める。“何処へ行くの?”という少女の問いに“買い物です”と少女は簡素に告げるのみ。本来であればスヴェトラーナを連れ行くにはふさわしくない場所である。彼女は知らずして良い世界の一端である。けれど過日、無垢な少女はかく語った。“私、広い世界が見てみたい”と。それとこれとが繋がるかと問われればさて、其れは微妙なものだろう。広い世界を見たいと語る箱庭の少女、けれどそれでも知らずして良い場所もある。しかし、だ。荒れ果てた荒野を知る少女が知る世界など限られている。重ねあわせれば此れこの通り、向かう場所はひとつだけ。

「ねえハイルヴィヒ、何を買うの?」

 其れは当然の問いであろう。ハイルヴィヒは黙す事なく語り出す。簡素に、簡潔に。

「……戦うために必要な物を。あらかた揃えはしましたが、弾薬の補充に向かいます」

 偽る必要などありはしない、偽った所ですぐバレる嘘など必要ない。その言葉に「まあ」と零したスヴェトラーナは、けれどもすぐに笑顔を浮かべてハイルヴィヒの手を取った。驚きに黒髪が揺れる。青い瞳はぐらりと揺れて、澄んだ海の色を、見つめる。

「ふふふ、いいでしょハイルヴィヒ。折角一緒にお出かけするんだから、この位、いいでしょ?」

 その手を振り払う事など出来まい。そもそうする気など毛頭ない。では、と告げてハイルヴィヒは歩み出す。スヴェトラーナの歩幅に合わせて平素よりゆっくりと足を前へと出していく。道中語るのは、他愛無い話だ。今日のお茶の話、ヨハンが失敗した話、明日のお茶菓子の話、今日の朝に小鳥と戯れた話、ユスチンがスヴェトラーナの外出を心配する姿が少し可愛かった話、ハイドナーの当主と語らった話、スヴェトラーナと似た瞳の輝きを持つ娘の話、今日の買い物の話、箱庭の中の話、外の話、いつかへの希望の話。全て全て、他愛無いもの、二人の少女が語らい金糸の彼女が笑い、黒髪の少女が瞳を細めるそれだけのこと。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す(No14続) ( No.15 )
日時: 2016/08/31 22:15
名前: 霧島 ◆FJjoZBA4mU

 語らい歩み、たどり着いたのは火薬やらなんやらを扱う場所。表向きは小規模な店であるが実質、それだけではない事をしる人間はさて、如何ほど居るのだろう。何にせよ、育ちの良さそうな少女を引き連れた少女が2人で入店するというのは些か目立つ。とは言えハイルヴィヒがベケトフ家に雇われてからも其れ以前も、幾度も入り用であった店だから、話は早い。

「店主、弾薬と火薬を此処に書いただけ。後は……爆薬も少々」

相も変わらず愛想の欠片もない娘に、けれども店主は静かに頷く。チラリ、とスヴェトラーナへ男の視線が向くが、其れもすぐに逸らされた。すぐに準備をする、と告げて店の奥へと歩いて行く店主の背を見て、息を吐いてから、ハイルヴィヒはスヴェトラーナへ視線の先を向ける。

「此処は、それなりに信用できます。金さえ払えば。……お嬢様とは無縁でしょうがもしも、もしもです。いつか“そうしたもの”が入り用ならば、此処へ。私の名を出せば多少は……ああ、お父上の……いえ、お嬢様、すみません。…………なんでも、ありませんから。忘れてくださいね」

 告げる言葉が暗に示すものを、スヴェトラーナが理解するのは早かった。けれども少女は其れを追求しない、糾弾しない。笑顔で「そうね」と告げるだけだった。そうだからこそハイルヴィヒは眉尻を下げる。カウンターの奥へと視線を向けて、小さく息を吐きだした。醜い欲望など、今はまだスヴェトラーナが知らずしても良い事だろう。そう、ハイルヴィヒ・シュルツは考えている。そして同時に、それが甘い考えであることも理解しているし、彼女もいつか其れを知る時は来るのならば早いほうが良いだろうとも思っている。けれど。――ぼんやりと思索に耽っていれば奥から店主が戻ってきた。用意されたものを確認すれば、ハイルヴィヒは小さく頷く。

「仕事が早くて助かる。……いつも悪いな」

 寡黙な店主は特に大きな反応を見せやしない。けれどいつもの事と知るハイルヴィヒは淡々と代金を彼へと渡す。彼の確認が済めば用事もこれで終いだ。スヴェトラーナを引き連れてさっさと帰ろうと、ハイルヴィヒは踵を返す。数歩、歩いた所で傍とスヴェトラーナの歩みが止まる。何事かとハイルヴィヒが尋ねるより早く、スヴェトラーナ「少し待っていて」とカウンターの方へと小走り。お嬢様、と紡がれかけた言葉はけれども飲み込まれ、その場でただじ、と少女を見つめるにとどまった。

「ご店主様、此度はご協力、感謝致します。……どうぞ今後もハイルヴィヒを宜しくお願いいたしますね」

 スカートをつまみ膝を折り、紡がれる穏やかな挨拶は、全くこの店内に似つかわしくないものだった。相も変わらず寡黙な店主はスヴェトラーナをちらりと見やって、少しばかり頭を下げるだけだ。その光景に何やら気が抜けてしまったのは他でもない、ハイルヴィヒである。一瞬その光景に面食らった様に目を丸くしたけれど、すぐに小さく短く息を吐く。嗚呼全く、あれでこそ“彼女”だと、思うばかり。早足に戻ってくるスヴェトラーナは相も変わらずいつもどおり、穏やかな笑みを湛えて、おまたせと小さな声で紡いだ。その言葉に、ハイルヴィヒは小さく首を横へふる。柔い色を瞳に宿して。共に店を出ようとした時であった。狭い店内で、少女とはいえど2人が固まって動いていれば、うっかり誰かしらにぶつかる事とてあるだろう、現に今、ハイルヴィヒの身体は小さく揺れたわけである。そうして振り返り、衝突した相手を視界へとおさめる。黒いローブの、男性だろう。反射的に、彼へと手を伸ばす。

「っと……すまない、大丈夫か」
「ってて……ああ、問題は、ない。……一応」

 よもや相手が転ぶとは思っていなかった。彼を立ち上がらせれば、ハイルヴィヒの傍に居たスヴェトラーナが、彼を見て暫し考えこむ。じぃ、と己へ向く視線に気づいた青年、エドガーは、ゆったりと瞬きを、数度。

「ええと、何か……?」
「……あ、いえ、いえ……ジロジロと、申し訳ございません。……ただどこかでお会いした気が……あっニコルソン様、ニコルソン様ですね!」

 パン、と手を叩き、思い出したことが相当うれしかったか、弾む声で彼の名を紡ぐ。彼を訝しげに見つめるのはいつもどおりのハイルヴィヒだが、はしゃぐスヴェトラーナは其れに気がつかない。青年は、何処か戸惑ったように金糸の髪の少女を見た。一拍、二拍、空白。

「あ、申し訳ございません。私、ユスチン・ヴェニアミノヴィチ・ベケトフの一人娘、スヴェトラーナ・ユスチノヴナ・ベケトヴァでございます。ニコルソン様は、覚えがないかもしれませんけれど……昔、私の家のパーティーにおいでくださったでしょう? カルウェノの者としての集まりの折に」

 はしゃぐ声はやや早口に、急くように言葉を紡いでいく。少女の言葉に納得したのか、今度は青年が成る程、と手を打つ番であった。

「ベケトフの家の、覚えている。確か料理を作ってくれと頼まれたんだったかな。それでその時……」
「そう、その時! あまりにもお料理が美味しかったから私、直接貴方にお礼を言いたくて、探しまわって追い掛け回してお礼を言ったのです! ……あ、う、思い返すとその、あの折は無理やり捕まえてしまって、申し訳ございませんでしたわ」

 場に似つかわしくない穏やかな談笑は続く、それに釘を刺すのはいつもどおり、ハイルヴィヒ・シュルツである。剣呑とした光を視線に宿したまま、ギロリ、睨め付けるようにエドガーを見た。――言い訳程度に添えるなら、別段彼に敵対心を抱いてやいない、苛立っているわけでもない、いつもどおりの其れなのだが、さて。

「で、そのニコルソン殿が、こんな場所に何のご用で」
「あ、えと、火薬を、買いに」

 言うならば、ハイルヴィヒがあまりにも険しい視線を投げつけているものだから、エドガーは何やら糾弾されるかと身構えたわけであるが、嘘を吐いてもしかたがないだろうと素直に目的を告げる。何とも言えぬ空気の中、ただ無言で青い瞳は黒曜を捉え、数秒。

「……わかった、深く目的は聞かん。だが……いい、ついて来い」

 それだけ告げれば振り返り、再びカウンターの方へと早足で歩み行く。戸惑う青年を一瞥して、いいいから来いとばかりに、少女は彼を見つめ続け、青年も観念したか、納得したか、少女とともにカウンターへ。奥から顔を出した店主は2人を見比べて、相変わらず無言であった。青年は戸惑い気味に、困惑の視線を店主へ向けて、少女へ向ける。そんな事を気にも留めぬ少女、ハイルヴィヒは、サクリと口を開くのだけれど。

「度々すまないな店主。彼の目的にあった、尤も使いやすいやつを売ってやってほしい。……何、今の雇い主の知り合いらしいからな、多少の義理もあるし、それだけだ。……悪いが頼んだ」
「は? え、ちょっと、そんな事……」

 頼んでない、と言いかけたが、黙っていろとばかりの視線が飛んできたものだから大人しく口を噤んだ。無言で頷き、青年の目的を聞こうと待つ店主は相変わらず其処に居る。やり取りを見つめるスヴェトラーナの笑顔の意味はさて、如何なるものかなど。そうしてからは青年が目的を口にするより早く、ハイルヴィヒはスヴェトラーナに「行きましょう」と告げて踵を返そう。何か言いたげな青年を振り返り見て、小さく首を横へと振った。

「お嬢様に美味しい料理を、何時かに食べさせてくれたんだろ、ならその礼だと思っておけばいい」

 端的にそれだけ告げて、二人の少女は去っていく。全く、スヴェトラーナと出会い親交を深める以前のハイルヴィヒであれば、こんな世話を焼いたりなどしやしないくせに。人とはわからぬものである。上機嫌なスヴェトラーナがハイルヴィヒは優しいのね、などとコロコロ笑いながら告げれば、困ったような表情とともに、そんなことはと告げるハイルヴィヒの姿は帰り道に、確かにあったものである。
 さっさと帰ってお茶にしよう、と思いつつ、ハイルヴィヒ・シュルツは小さく息を吐きだすだけ。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.16 )
日時: 2016/09/03 22:03
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 ソーニアから受け取った冷たい布を懐にミュラは意気揚々と歩む。人々の喧騒が心地好く、砂漠にないものの全てが新しく心が跳ね踊る。相反し、その後ろを歩むジャリルファハドは表情を歪め、腰に差した刀の柄を握りしめていた。原因はジャリルファハドの五m程、後ろの人垣の中にあった。帯刀したセノールが入り込んでいるとでも憲兵に通報があったのだろう。更にはミュラも遠目にはセノールに見える。二人セノールがいるようにしか見えない。
 セノールは西伐に負けた後、大きく衰退した。それは何故か。それはアゥルトゥラが行ったら戦後政策、蔑西政策の影響が大きかったからだ。西伐ではセノールに銃器の力を以てして勝利を納めたが、緒戦では地の利、気候、セノール兵の屈強さに苦戦し、二十万人程の兵士の内、七万人が戦死。重篤な負傷を負った者を含めると十四万人も人的被害を被り、兵役従事者への戦後補償が莫大となった。セノールからは賠償金と鉱山資源の四十年に渡る租借権、彼等が管理していた西方交易路の開放、更には二十年間に及ぶ武器生産の制限、指導者の処刑などのペナルティを科した。それでも国民感情は鎮まらなかった。故にアゥルトゥラはセノールの勇名の裏にある血塗られた歴史、血塗られた慣習を各国、各地域、各民族へと流布したのだ。二度とセノールが社会に出られぬよう、孤立を深め砂漠で滅びるようにと。故に今もなおセノールに差別意識を持つ者達は少なくない、流した血、奪った命の量だけ恨みを抱かれているのだ。血塗れの勇名は、血腥い汚名にされてしまった。
 ここまで剥き出しにされた差別意識は逆にアゥルトゥラの徹底した姿勢を感じた。ハイドナーの軟派で誇りを持たない姿勢よりも、好感が持てる。恐らく彼等はもう一度、あの戦いを持ち掛ければ乗ってくる事だろう。これはガリプへと持ち帰り、伝搬するしかあるまい。何れの大願のために。
 
「おい、さっさと歩けよ。つーか、こっちで合ってんのか?」
「あぁ、もうじき市場に着く」
 新たな得物と食料が必用となる。単なる刀ではなく、鎧通しの類いが必用だ。取り回しの良さや、携帯性を加味したならば持つべきだった。恐らくアゥルトゥラが作った粗悪で使い物にならない物を使わざる得ないだろうが、ないよりマシだ。
 短く言葉を発したジャリルファハドとはそれ以上、言葉を交わすことは無かった。長く話し合えるような状況に感じなかったからだ。何かを企んでいるような印象、雰囲気が恐ろしげに感じられた。斬り合いを演じた殺意に溢れた雰囲気とは異なる。とてもではないが、伝えたい事一つ言える状況になかった。ミュラがジャリルファハドに伝えたい事、それは己の空腹であった。砂漠では飢え、渇いたとしても目の前にない以上は耐えるしかなく、我慢が出来る。しかし、この街は水も、食料もあり溢れている。そうなれば本能的に自制が利かなくなってくるのだ。察してくれとミュラは幾度となくジャリルファハドに目配せしていた。それにジャリルファハドは気付いていたが、監視に来ている憲兵にミュラも気付いたかと、感心するに過ぎず彼女の真意は図り取れず、幾度となく視線が合うものの互いに言葉を交わすこともなく、遂に市場へ着いてしまった。
 人種の垣根もなく、やたらと広い広場に街商、露店が所狭しと並んでいた。その中にはミュラが求める食料が並ぶ露店もある。中にはライフルやブランダーバス、リボルバーを置いた店舗もある。あねような武器、銃器は露店に出すものではない。物々しさに空気が害される。
 
「此処ならば憲兵も撒ける」
「へ?」
 憲兵の存在など、ミュラは知る由も無かった。尾行されていたとあれば、自身の立ち振舞いに不安を覚えた。憲兵に顔を覚えられたのでは? 今後もマークされるのでは? といった恐怖もある。
 
「気付いてなかったか……、何故こっちを見た? 俺はお前を見失う事はないが……」
 割と真面目にジャリルファハドは戸惑いを見せた。何故こっちを見ていたのだ、と。もしや、スリの算段でもしていたのだろうかと、ジャリルファハドは邪推に及び、それ次第でらミュラを放逐しなければならないと考え至る。
 
「いや、あのさ。……腹減ったなー、なんて」
 ミュラの一言にジャリルファハドは薄ら笑いを浮かべた。それは人を小馬鹿にするような物ではなく、穏やかな物。表情に乏しいジャリルファハドの本当の表情はどれなのかとミュラは疑問を抱く。
 
「そんな事ならすぐ言え、お前を連れてきたのは俺だ。食い物だろうが、水だろうが、なんだってくれてやる」
「だったら、金寄越せよー。たんまりあるんだろ?」
「それとこれとは話が違う。馬鹿者め」
「また馬鹿って言ったな!!」
「一度目だ、馬鹿者」
 ミュラはジャリルファハドの傍らでキーキーと騒ぎ立て、飛び掛かるも簡単に往なされる。その様子は砂漠に住まう小柄な猿によく似ているように、ジャリルファハドは感じた。そういえば幼い頃、三人の友とその猿に爆竹を投げたなどと思いながら、ミュラを見据えた。荒ぶる彼女は、見透かされているかのようなジャリルファハドの視線に鎮まり、まるで自分の行いを恥じているかのようにジャリルファハドから視線を逸らしてしまった。
 
「……支度が終わったら、飯にしよう。何を食いたいか考えておけ」
「うま――」
「……美味い物などと漠然とした言葉は許さん」
 ジャリルファハドに釘を刺され、ミュラは言葉に詰まる。何処と無くしょぼくれたような表情。今度は猿というよりも、下手を打ち叱られた犬のような印象。それがどうにもおかしく、ジャリルファハドは鼻で笑う。
 
「お前も得物が必要だろう」
「いい加減返せよー」
「すっかり忘れていた」
 懐から取り出した筆架叉には、いつの間にか布が巻かれていた。先端には血の赤が滲む。ジャリルファハドがガウェスの右肩を穿った時についたのだろう。
 
「血くらい払えよな」
 血は武器を痛め、蝕む。鋼は血により腐食し、錆びればしなやかさを失い、ただ硬くなる。そうなれば武器としての荒っぽい運用は難しくなり、命を落としかねない。これからカンクェノに立ち入れば人ではなく、レゥノーラとの争いが生じる。彼等は人より頑強で倒しにくい、武器は消耗品になっていくだろう。そうなれば状態をよく保たなければならない。
 
「すまないな」
 恐らくはガウェスを穿った後、平静を装っていただけなのだろう。事後処理をしなかったのはそういう事だ。彼処で殺すことは出来た、しかしそれを為さなかったのはセノールを守るためだ。西伐ではアゥルトゥラを大勢殺めたガリプの者が、他者を殺めたとあれば再度、西伐が起きかねない。故に自制を選び、怨恨の念を圧し殺したのだろう。
 
「お、おう」
 まさか、謝られるとは思わずミュラは戸惑いを見せた。ジャリルファハドを単なる唐変木だと思っていたからだ。やはり、セノールはよく分からないと首を傾げて、ジャリルファハドの後を追うのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.17 )
日時: 2016/09/05 09:31
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ

 帰ったら少しばかり休憩をとろうと考えていたガウェスだったが、屋敷に帰るとすぐに父親から呼び出しがかかる。疲れた顔をしていたのだろう、言伝を頼まれた使用人の面持ちはガウェスへの申し訳なさが表れており、口調には感じる必要のない罪悪感が滲み出ている。父の命令である故、それをないがしろにすることは許されない。白銀の騎士は嫌な顔一つせず、伝えてきた使用人に礼を言って下がらせる。姿が見えなくなると、玄関ホールにはガウェス以外誰もいなくなった。しかし、窓に目を向ければ庭師が手入れをしており、目が合うと帽子をとって会釈をする。こちらも軽く会釈を返した後は父がいる書斎に足を進める。向かうにつれて、彼の顔から笑顔が消え、別の表情が顕になる。それは父に会いに行く息子の顔ではない。王への謁見を許された一兵卒のように畏怖と畏敬を浮かべ、でも、その中に、ほんの少し……ほんの少し、軽侮の念がこもっている。
 しかし、それも父の部屋に行くまで。ノックをし、返事が返ってくればガウェスには道化が宿る。いつも通りの柔和な笑みを浮かべ、早足だったのが余裕をもった足取りに変わる。元々伸びていた背筋をさらにピンと伸ばせば普段の彼らしい、優雅で高貴な立ち振る舞いが戻ってくる。



 書斎に入れば白髪交じりの黒い髪をオールバックでまとめ、鷹の目のように鋭い眼光を宿した男が座っている。取引先との対談があるのだろう、クロッチ・コートは着ていないが、黒いベストに白いシャツを着用し、蝶ネクタイを着けていた。正装に限りなく近い格好をしている彼はロトス・ハイドナー。ガウェスの父親であり、今は当主の座をガウェスに譲り隠居の身である。とは言っても、家でジッとするのは趣味ではないと貿易商を営んでいる。そんな仕事柄か、ロトスが家に帰ってくるのは稀なことである。事実、仕事が恋人と揶揄される彼が帰ってきた理由は、最近懇意にしている取引相手の挨拶ついでに家の様子を見に来ただけなのだ。
「息災のようだな、ガウェス」
「ええ。父上もお元気そうで何よりです」
 ガウェスの笑顔につられてその瞳に鋭さではなく柔らかさが見えた。しかし、それも彼の鎧――右肩に開けられた穴を見てさきほどよりも冷たく鋭利な鋭さを宿すことになる。ロトスは一切の遠慮なく、鎧の穴へ向ける。
「それは誰にやられた」
 ガウェスがセノールと言う前にロトスが口を挟む。
「よもやセノールとは言うまいな。あんな蛮族に我らが誇りを傷つけられたとあってはハイドナーの名折れであるぞ」 
 
 向けられている指先が銃口の様だとガウェスは思った。もしもここで馬鹿正直にセノール人にやられたと言えば、叱責の言葉がガトリング砲の如く飛んできて彼の心をハチの巣にするだろう。かと言ってそれ以外の人種を言えば父親はハイドナーお抱えの私兵団に加えるために連れて来いと命令するだろう。
 思わず閉口した彼にロトスは先ず「面汚しめ」と吐き捨てた。もしもこれをセノール人以外の者がやったと言えば、彼はその者の武勇を褒め称えただろう。なぜ人種が違うだけでこんな扱いを受けねばならない。セノール人が我々に何をしたというのだ。チクリとガウェスは胸に痛みを覚えた。彼自身、セノールに対しての差別意識など皆無である。むしろ歴史や知識を深めようと文献を幾つか読んだことがある。余計に誤解を生むものも多数あったが、忠実に近い物も僅かながらあった。(尤も忠実に書き過ぎた本の多くは西伐批判にいきつくことが多く、反アゥルトゥラ勢力として著者は首を斬られ、本も燃やされてしまったが……)
 
「父上……。父上は何故セノールを憎み、蔑み、慢侮なさるのですか」
 剣を交えてみて改めて分かったが、セノールはアゥルトゥラがいうような蛮人では決してなかった。確かに彼らには全てを擁護するには難しい血に濡れた歴史、慣習があるかもしれない。しかし、それだけではないのだ。戦い方にも言葉を交わした時もその端々に知性を感じ得ることが出来た。それに市場に売られている繊細かつ華美な模様が描かれている絨毯やストール。それらの多くはセノールのものだ。彼らは彼らなりの歴史を長い時間をかけて刻んできたのだ。それを破壊してしまったのはきっと――。

 ガウェスは吸い込まれそうな、ロトスの――父の瞳が苦手だった。ミュラの瞳も黒かったが、父のとは違う。彼女の瞳が輝きを放つ黒真珠の瞳だとしたら、父のはすべてを飲み込まんとする、終わりのない夜を写し取ったような瞳。思わず目を逸らしたガウェスの様子を見て、愉快だというように喉を鳴らした。ガウェスは小さい頃からロトスの目をあまり見ようとしない。

「愛しい我が息子。私はね、セノールを憎んでなんぞいないのだよ。彼らにはそんな価値さえもありはしないのだから。私はただ彼らに対して正当な扱いをしているだけだ。捕虜には捕虜の、賊徒には賊徒の扱いがあるようにね。仮に私がセノールに対する扱いが蔑み、慢侮に見えたのならば、それがセノールに対する正当な扱いであった。それだけなのだよ」
 逸らされていた青い瞳が父を見る。青空を埋め込んだような美しい青色をしている瞳が何を言っているんだと言うように父親を見る。
(父上がセノール人を見下すのに理由なんてない。それ以前に見下しているという感覚さえない。下に見て当然と無意識に考えている)

 淡い期待を寄せていたのだ。納得できなくてもいい。セノールを蔑む理由があれば多少でも父の考えを理解できるかもしれないと思っていた。でも、理由はないと父は言った。曙光は本当に夢と潰えてしまったのだ。今、彼の心に沸いたのは恐怖。父の気持ちが分からないという未知への恐ろしさ。実父でなかったら価値観の違いのみで済まされることが、家族であれば違う。間違いは正さねばならないだろう。

「父上、恐らくあなたは無意識にセノール人を見下しているのでしょう。それは……よくないことではありませんか。何の理由もなく他者を、特定の人種を下に見るなど、一介の領主が行うことではありません」
 ガウェスは父の忌諱に触れぬように注意を払ったつもりだ。そう、あくまでも彼の中では。無論、多少は父の機嫌を損ねる覚悟はしていた。していたが、まさか、部屋の温度が下がったのでは思うほど空気が張り詰めてしまうなど誰が予想しただろうか。選択を誤ったと彼は後悔した。
「言うようになったな。父にそのような口を利くのが騎士の流儀というやつなのか」
「まさか、そんなわけ」
「忘れるな。本来お前は商人になるべきだった。それを拒み、ハイドナーのためになるからと無理矢理騎士になったのだ。その責任を果たせ」
 ロトスはフロッチ・コートを手に取った。取引先の所に行くためだ。
「ハイドナー当主として誇りを重んじろ。そして忘れるな。お前にはハイドナーに一生を捧げていく使命がある」

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