複雑・ファジー小説

[リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2018/11/20 21:30
名前: にっか ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)

参加者一覧
・にっか(文字化けするためNIKKAと名乗ってます)
・ポテト侍
・霧島
 以上3名。敬称略。

設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48



Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.194 )
日時: 2018/12/24 23:22
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 ジャリルファハドが行き先を告げずにどこかへ出かけることは恒例になりつつあった。大抵は早朝、霜が降り始める頃に家を出て日が落ちきった頃に鼻の頭と頬を真っ赤にして戻ってくる。そんなことが今に至るまで度々あった。決して多い頻度ではなかったが、それでもミュラが違和感を覚えるには充分であった。何気なしに聞いたこともあったが、大抵ははぐらかされて終わってしまう。また、教えてくれたとしても旧友と会っていたと聞き飽きた返答が飛んでくる。すると一瞬傷ついたような顔をして、それ以上の詮索を打ち切るのだった。そして、今日も彼は出掛けていった。寒空の下、飾りっ気のない黒い外套を羽織り、多くの人に揉みくちゃにされながら目的地へと早足で向かうのだろう。ただ、今回は珍しく昼前に出かけていった。天気もそれほど悪くはなく、吹雪く風の声ではなく小鳥の囀りが聞こえている。ジャリルファハドの後ろ姿を見送るとソーニアは台所で洗い物を始める。人差し指で机をトントンと叩きながら、扉をジッと睨んでいるのが気になった。
「どうしたの、ミュラ」
「あいつがどこにいったのかと気にならないの?」
「うーん。別に。あんまりそういうこと考えたこともなかったな」
「……あぁ、そうかよ」
ソーニアは彼を信頼してるが故に余計な詮索をしない。それに必要なら教えてくれると彼女は理解しているのだ。だが、ミュラにはその感覚が分からない。だから、苦虫を噛み潰したような顔をしてきまう。
「……ちょっと出てくる」
 ソーニアが止める前にミュラは外へと飛び出した。まだ遠くへ入っていないはずだ。人混みに混ざる前に見つけなければ見失ってしまう。背後では彼女を呼び声が聞こえるが知ったことではなかった。

 あまりにお粗末な尾行で笑いが洩れそうになるのをぐっと堪える。敵意や殺意といったものはかんじられない。だがセノールではないことは確かだ。彼らはもっと上手くやる。 
 相手の気配を察するのには長けているらしいソレはジャリルファハドが振り向くと気配が消える。着いてこられるわけにはいかない。ジャリルファハドは空を仰ぎ、足を止めた。

 人通りが多い大路に入る前にジャリルファハドの姿を捉えられたのは幸運以外の何物でもない。小路へと入ったときはアッと冷や汗をかいたのだ。道がパズルのように複雑に入り組んでいて再び彼を見つけることは難しいだろう。
「探し人か?」
 聞き慣れた声にドキリとする。そろりそろりと振り返る先にいたのはジャリルファハドだった。声が一等低く聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
「あぁ、お前を探していた」
「緊急の用事か?」
「まさか! そうなら大路でお前の名前を大声で呼んでるね」 
 ニッと笑うと、上着のポケットに手を入れたまま彼女は一歩二歩ジャリルファハドへと近寄る。
「毎回毎回……。随分と、友達が多いんだな?」
 笑ってはいるが、その下にある感情が滲み出ている。刺刺しい雰囲気を纏う少女にジャリルファハドの眉間に皺が寄った。彼女の意図が掴めないからだ。すぐに普段の仏頂面に戻り用件を訊いた。朴訥とした口ぶりは彼生来の本質である。直しようがないことが理解しているはずなのに、今のミュラには癪に障って仕方がなかった。
「心配になったんだよ。いつもどこに行くとか言わないで出掛けるんだもん。私達に言えないようなことでも企んでるのかって思ったんだよ。こう、五十年前の恨みでアゥルトゥラの連中を襲うとか、殺すとかそんなことすんのかなぁって」
「事を起こすつもりならとうに起こしている。あと、お粗末な尾行はやめておけ。あれでは人はおろか野生動物ですら狩れない」
「ハイハイ分かったよ」
 彼の小言も聞き飽きている。それに彼女はジャリルファハドに尾行のアドバイスをもらいに来たわけじゃない。
「セノールは用意しゅーとーなんだろ。ずっと計画を考えてたのかもしれない。それにさ、あんた達はセノールのためなら何だってやるんだろ」
「……何が言いたい?」
「別に、ただドコ行って何するのか気になってついてきただけだよ」
「悪いが帰ってくれ。部外者を入れるわけにはいかない」
 下手に連れて行けば彼女に危険が及ぶ。たとい顰蹙を買うことになってもそれだけは阻止しなければならないことだった。いつになく真剣な表情をしているジャリルファハドに粘っても無駄だと悟り、仕方なく引き下がることにする。
「……じゃあ何のために集まるかだけでも教えてくれよ」
「今はまだ早い、早いんだ。ミュラ、時期が来たらいずれ話そう。だからもう少し堪えてくれ」
「またそうやって誤魔化すのかよ」
 肩に置かれた大きな手を振り払う。
「私は今知りたいんだ」
 それでも彼の瞳が揺らぐことはなかった。ただひたすらにアゥルトゥラでのミュラの安全を願い、彼女に帰れと告げている。もっともそれを汲み取るほどミュラは大人ではない。彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。
「まぁ、だよな。私はお前ぐらい強くもないしソーニアみたいに頭も良くない。話したところで意味ないだろうし」
 言葉尻が震えているのは寒さからではないだろう。本当は大きな声をあげて、彼を紛糾したいのだろう。だが、それが意味を成さないことは重々承知していた。だから、ここではまだ、感情を発露させることを選ばなかった。
「私、お前のことほとんど知らないんだ。どんな人生だったとか、何でここに来たのかさえ知らないんだ」
 それに、ほんの僅かに期待をしていた。ここまですれば折れてくれるだろうと、教えてくれるだろうと。
「そんなに頼りないのか、私のこと。それとも夜盗してた奴は信頼できないとか」
 だが、ジャリルファハドは放たれた言葉を肯定することも反論することなかった。無論、これから向かうところも目的も話すことはない。感情のない黒い瞳で彼女をジッと見つめてただただ黙って聞いていた。まるで、お前の話など意に介していないと言わんばかりに。それが彼女の血を熱くした。何か言えと吠えても彪は首を振るばかり。感情に任せて彼の足を踏みつけようとした。彼は避ける素振りすら見せなかった。取るに足らない攻撃だと思われているようで悔しかった。目の奥がじんわりと熱くなる。哀しさと同時に思考回路を焼き切らんとするほどの激情が支配する。
「バカアホ仏頂面! ゴミ踏んで転んじまえ!」
 踵を返し、彼女は大通りへと消えた。
ミュラに踏まれた足先に泥がついていたが拭う気分にはなれなかった。時計を見ると約束の時間はとうに過ぎていた。それなのに足に根が生えたように動なかった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.195 )
日時: 2019/02/07 22:59
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 仕方なしと人垣を睨む。今、追った所で意味はない。彼女の事よりも話を進め、詰めなければならない事がある。一人と民族、天秤に掛け、捨て置くならば一人を捨て置く。僅か後ろ髪を引かれる思いであったが、踵を返して小路を歩み進めていった。雪を踏み散らし、氷を蹴る。雪は風に吹かれる事なく、深々と降り積もっていく。それは重力に導かれ、もう二度と空へ戻る事のないのだろう。そう後戻り出来ないのだ。日に晒され、踏み付けられ、変質しては何れ消えていく。何と無情な事か、過ぎ去った物は二度と戻らない。時間もそうだ、とジャリルファハドは足取りを速めた。
 殆ど知らないという言葉が、彼の頭の中を這いずり回る。それを喉元で捕らえては、吐き戻し、噛み潰し、教える必要などないと一蹴し続ける。知った所で何の意味もない。ジャリルファハドという一つの個を知った所で、彼女が歩んで来た道は変わらない。何の影響もない。それどころか、知った事でこれから歩む道を歪めてしまう可能性すらある。無駄な正義感を振り翳したら。踏み込む必要のない領分へ踏み込んでしまったら。恐らく彼女を二度と引き上げる事は出来ないのだ。何より自分で、元居た道へと戻るだけの力もない。だからこそ、好きに生きろと、何者にも成れると伝え続けてきた。道を誤らない様にと遠ざけて来た。理解していなかったか、と思えば僅か落胆を覚えた。
 ふと、彼は懐の煙草に火を付けた。煙が漂うも、それはセノールの者達が好んで吸う物ではない。ただただ苦々しい味と、胸につっかえる様な重さが不愉快だった。それでも火を消す事はない。
 思えば潮時だったのかも知れない。自身はこれから闘争に身を投じる。化物の次は同胞か、はたまた異民族か。砂漠の化身たるセノールが、人の皮を被った獣と言われる所以を傍で見せずに済むと考えたなら、それもまた良しと思えるのだ。首を、手を、脚を、目を削ぎ、潰し、落とし、視界に入る敵という敵を殺めに殺め、屍の山を築き上げる事しか出来ないという本質、本性を知られずに済むかも知れないと思えるのだ。
 先まで死体の転がっていた大路を歩む。石畳を覆っていた氷は砕かれた後に取り除かれ、石畳が不自然に顔を覗かせていた。そこに漂うのは不快な空気だ。殺しの匂いというべきか。「かれ」は理不尽な死に憤り、その場に残った怨念の苦々しさに刹那、目を瞑る。何時からこんな物が分かる様になったかは覚えてなどいなかった。そんな事よりもその場に残された、人の思いとは強い物なのだろうと改め実感へと至る。何故という怒りと無念は渦巻き、どろどろと纏わり付いて重い。何とみ気持ちの悪い物だ。せめて鎮まってくれと、火の付いていない煙草を一本だけ投げ捨て、ジャリルファハドは遠くの聖堂を睨んだ。
 駆ける様に歩み、聖堂の扉を押し開く。片手で押せば、凍り付いた雪に邪魔をされ重い。両手で体重を掛けながら開けば、一人の男が素っ頓狂な声を上げながら、石畳へと尻餅を付いていた。
「……何をしている」
「いやぁ、余りにも遅いもんで外を覗いてた訳だ。そしたら、遠くにアンタの姿が見えたって訳さ」
 おどけながらラシェッドは大きな柱時計を指差した。ジャリルファハドは彼の手を引き、立たせながら奥に居る二人を見遣る。
「遅い、遅すぎる。馬鹿者が」
「すまないな」
 朱色の炎に照らされ、薄笑った顔が恐ろしげにも見えた。シャーヒンはそのまま手を招く。傍らにはアースラの姿もあるのだが、炎の前で項垂れ、外套にすっかり身を包んだまま、動く様子もない。疲労から眠っているのか、静かながら寝息を立てているようだ。
「……俺達を止めるか、お前等ガリプとラシードは」
 ぽつりとシャーヒンは言葉を吐き、炎を睨む。遂に方針が定められたか、とジャリルファハドは静かに頷き、彼の背後ラシェッドは「やっぱり」と笑っていた。アゥルトゥラとの戦争は緒戦こそ圧勝を収めるだろうが、長引けば長引く程に伸びきった補給線を守る為の戦いとなって行く事だろう。そしてその線を一度断ち切られたならば、勝機はない。アゥルトゥラ西部の支配圏を失っては、そのまま砂漠まで押し込められ、半世紀前と同じ様に消耗戦をする事となる。
「アミスや、マティーンがそう決めたらそうなのだろう」
 あくまで自分は一兵でしかない。直系の血であったとしても、一門の人間であったとしても家督を持ち、運営する権限などない。父や、ラシードの当主の名を口にし、あくまで無感情にジャリルファハドは答えて見せた。ややもすれば、友へ切っ先を向け、鉛弾を放つ事にもなるやも知れんというのにだ。
「それで良いのか、ファハド」
「……仕方あるまいよ」
 軌条は既に歪められてしまった。決して戻らず、それをなぞり走り続けたなら必ず災厄に行き着く。ならば断ち切ってしまうより他はない。言葉を吐いたジャリルファハドが溜息を吐いたのは気のせいではないだろう。今こうして顔を向け合うシャーヒンやラシェッド、バシラアサドに付いて行った他の者達とも敵対してしまう。最早、仕方ない事。内心、ジャイアルファハドは自分もミュラと同じ様に歪んでしまった道を戻す力はない、と静かに自嘲していた。自分はただの兵である。暴力の化身である。であるからこそ、家門がそう方針を定めたなら、最早抗う事すら許されない。
「本当にお前に出来るかね、ハヤの首だって取れただろうに。浅く傷を付けるだけで終わった臆病者のお前に出来るのかね」
 にぃっとシャーヒンは笑っていた。嘲り、誹る様にだ。昔から意地の悪い男であったが、此処までではなかったなぁ、とラシェッドは苦笑いを浮かべていた。炎を睨み、ジャリルファハドは口を噤んでいた。出来ると言えばそれは虚構。無理と言えば情に負けた臆病者。分からんと言えば未来を見据えぬ愚か者。何を答えたとしても、角が立つ。そんな現実に苛まれていた。
「──仕方ない奴だ。俺がジャッバールを裏切ろう。……誰だ、誰を殺せばいい。ナミ坊か? それともあのトカゲ男か? アサドの周りを皆殺しにして、一人にしてやる事も出来るぞ」
 どうする? とシャーヒンは続けていた。彼は冷酷な人間であるが、裏切りを働く様な人間ではない。それを恥と教わり、躾られてきた人間だ。随分と意地の悪い言葉を並べると彼を睨めど、張り付いた様な軽薄な笑みは浮かんでいない。意を決した様な悲壮にも見える面持ちをしていた。
「言え。俺とてセノールが滅ぶのは避けたい。その為なら裏切り者と誹られても構わんよ。汚名を残したって良い。ファハド、誰を殺せば良い? 言え、弟分を悩ませては恥だ」
 珍しく饒舌だった。黒い瞳は一点をただただ見つめて、揺らぐ事もない。家門存続の為、家を別った彼等がこうして、勢力を鞍替えしようとしている。それは過ちかも知れない。その過ちの末、滅ぶ事すらあるだろう。であるからこそ、彼の言葉は本物だと思える。殺しでしか、民族を守れない故に殺しをするという単純さであるが。
「……すまないな」
「謝罪を聞きたいんじゃないんだがな、まぁ良いさ。……所でレゥノーラはどうする? 近々、恩を返さねばならんのだろう?」
「あぁ、ラシェッドから聞いていたか?」
「聞いていたとも。何でも運用不安がある娘が居るそうだが。そいつから消すか?」
 やはり物騒な事を言う彼だったが、ジャリルファハドはそんな事まで漏らしてしまったラシェッドを戒める様に睨む。何でも口にすれば良いという物ではない。どうしてこうナッサルの兄弟達は軽薄なのだろうか、と溜息を吐く。
「レアの件は問題ないってぇ。俺がしっかり見張っておくからさぁ」
「信用成らんな。お前みたいな頭が空の輩は」
 やはり誹られ、ラシェッドは再び苦笑いを浮かべていた。抗議する必要もないと。力は簡単に見せる物ではない。最後の最後までしっかりと隠しておく物であり、無闇矢鱈と振るう物ではないのだ。無論、振るう事で抑止力となる物もあるが、ラシェッドのそれはそういった類ではない。
「まぁ、任せといてよ。シャーヒン、暇なら地下に来るかい?」
「忙しい」
 既知だからこそというのもあるが、シャーヒン相手に軽口を叩ける相手は珍しい。彼は武門のずっと暗い所に居る人間。同じ武門でも恐れられる存在なのだ。そんな者に軽口を叩く、ラシェッドも相当珍しいタイプの人間である。
「横の並びを取る必要がある、出来る事なら廓の掃討にも付いて来て欲しいのだが」
 連絡は密にする必要がある。共に行動する時間を増やし、連携を図る必要があるとジャリルファハドは言う。彼の言う通り、シャーヒンがジャッバールを裏切るというのなら、時機というのは重要になるだろう。メイ・リエリスに下り、兵を募る時機を見定めているガウェスの様にだ。時機を重視しなければ、孤立を招く。
「……何時からだ?」
「三日後、だな」
 随分と急な事だと、シャーヒンは笑っていたが小さく頷いて見せた。ラシェッドとは違う、ジャッバールの内部情報を仕入れる事が出来るだろう。時機を見定めやすくなったのは大きな優位性だろう。
「来てたなら起してよ」
 漸くアースラも目を覚ましたのか、さっきまで着込んでいた外套をラシェッドへと突きつけた。取り損ね、雪で濡れた床へと外套を落としてしまい、彼は落胆の声を上げていた。
「これ着て帰るの? いやだなぁ」
 すっかり濡れてしまった外套は項垂れてしまっている。着たら凍るが、着なければ風を凌げない。哀れだ、と横目で見ながらジャリルファハドは笑っていた。珍しく仏頂面ではなく、アースラは目を丸くして黙って見遣るばかり。珍しい事もあると、シャーヒンに耳打ちをしようとするが、彼は口を開く。
「しかし、ファハド。俺は思っても居なかったよ、お前と汚名を着る事になるだなんてな」
 ジャッバールと戦えばジャリルファハドは同胞殺し、シャーヒンは裏切り者の汚名をそれぞれ背負う事になるだろう。シャーヒンの言葉に、アースラは察した様に笑っていた。ジャッバールに対する妨害工作が上手く行かなかった時の事は話ていないんだと。それと同時に言うべきではないだろう、と彼女は思うのだった。その時はアゥルトゥラとの全面戦争だ、なんて口が裂けても言えた物ではないのだ。最早そうなっては止まらない。ガリプの当主であり、ジャリルファハドの実父であるアミス・ガリプ・サチは言っていたのだ。戦争に突入したら「海を見るまでひたすら争い、アゥルトゥラを絶やす」と。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.196 )
日時: 2019/10/14 01:07
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 彼の導師も子等と同じくして、クルツェスカの地を踏んでいた。日の出ている内に、出歩くのは久しぶりだと、外套の頭巾を目深に被る。雲の切れ間から顔を覗かせる太陽、その光が眩しくて仕方がないのだ。
 西門から至り、二町分ばかり歩いた頃、ジャッバールの屋敷へと辿り着いた。門番達へ手を挙げたなら、彼等は得物すら携えずに歩み寄ってくる。部外者には小銃から、刀から思い浮かぶ限りの得物を携え、取り囲む様にして向かい入れるというのに、随分と無用心だと呆れた笑みが零れる。
「ハカン公、日取りを教えてくれたなら迎えを行かせたというのに……」
「そう気を使わんでくれ、少し私用で空けていただけさ」
 ボリーシェゴルノスクやコールヴェンに対し、内偵、工作を行っていたとは言えまい。例え仲間であったとして、伝えるべき情報と伝えざる情報がある。態々、気を使わせてしまった、と彼等を労いながらアル=ハカンは門を潜る。
 地下倉庫の入り口に見慣れた背中があった。首巻をしたり、手袋をしていたりと、背の高さも相まってややアゥルトゥラらしく見える。どうしたものか、と雪を踏み締めながら彼女へと近寄っていく。全く気付く様子もなく、しゃがんでみたり、立ってみたりとその背中は忙しない。
「ハヤ、何をしている?」
「あぁ、ハカン小父。今戻ったの?」
「まぁな。お前の忙しない背中が見えて、少し……気になってな」
「あぁ、そう? ……ま、酒保の整理が終わってさ。先日煙草とか入って来たからね。我ながらよくやったよ、労わって呉れても良いよ?」
「冗談止せ、勤労は美徳だ。労わるものじゃない」
 軽口を叩きながら彼女の横に並び、階下を見下ろせば大量の木箱が並べられていた。不気味な程に整然としており、薄暗がりの中のそれがハヤの言うような物かは分からない。酒保と言っておきながら、その実は危うい物なのではないのか、と思え彼女を横目で見遣る。何時もの化粧をしていない、彼女はやや童顔気味で、にやにやと笑みを浮かべるその様子は悪童の如く。
「……小父貴は鼻が利くよ、爆薬さ。爆薬。彼方此方に仕掛けなくちゃあねぇ」
「俺の寝床の下に仕掛けてくれるなよ。お前等、悪ガキ共の悪戯に何度煮え湯を飲まされたか……」
 脳裏に思い浮かぶのは幼い頃のハヤである。余り面持ちは変わっておらず、今の様に悪知恵ばかり働いて、どうやって楽をしようだとか、些事ではあるが人を謀ったりと所謂、手の付けられない子供だった。彼女の後ろをついて歩いていた、バシラアサドがよく戸惑っていたな、と記憶が蘇ってくる。
「懐かしい話だね。ま、私もアサドも皆吹っ飛ぶ。そりゃあないね」
 へらへらと笑いながら、ハヤは地下へと降りて行く。細く、長い腕をひらひらと振りながら、消えて行く彼女を見送りながらアル=ハカンは大きく溜息を吐いた。既に争いの火蓋は切られた様だ、と。戦争は避けられそうにない、と懐に納めた短刀へと手を伸ばす。今、バシラアサドを斬り殺したなら、自身は後世に裏切り者と誹られるだろうが、民族の平和は約束される。存続の為、家門を二分しジャッバールへと下ったと言えど、表立った大規模な戦争へ至るのは許される物ではない。短刀の柄が拉げてしまうのではないか、と思える程に強く握り締めた。
 階上の扉を三度ばかりノックすると、バシラアサドのくぐもった声が聞こえてきた。少し待ってくれ、という声の後、急ぎ身支度をしているのか随分とバタついている様だ。
「すまない、待たせた。入ってくれ」
 扉から僅かに顔を覗かせた彼女は、どこか草臥れた様子だった。やはり急いで身支度でもしていたのだろうか。アル=ハカンは問う様な事はせず、扉を押す。部屋の中はやはり、整然としていたのだが一人だけ見覚えのある人物が居た。彼もまた、幼い頃から見知った顔だ。よく、娘であるアースラと罵り合いにも近い、口喧嘩をしていた。そんなバッヒアナミルであったが、その長かった髪は切られ、西向きの窓の前へ置かれていた。セノールの若い兵が初陣を前に、よく行う儀礼であった。聖地へと己の身の一部を捧げ、決して退かぬと神前に誓う。死を覚悟し"聖戦"へ臨む死兵となろうと言うのだろう。
「……ボリーシェゴルノスクはどうだった?」
「効いているな、クルツェスカ、コールヴェンの商人共の商圏でなくなってから、領民の生活は困窮している。……次々と領民が外部へ流出していてな」
 以前、ユスチンへと語った商人達の実情。バシラアサドはこれの改善に一切、乗り出していなかった。表向きのベケトフはジャッバールへと下った、しかしそれは家門全員、領民全てではない。あの男は確かに"私"はと言葉を吐いた。ともすれば、領民達の生活など知った事ではない。ユスチン個人にしてやる事はあるが、ボリーシェゴルノスク全体、引いては彼の娘、配下に何かをしてやる理由はない。害したとて構わないのだ。民も、家門全てが下るというなら話は別であるが。
「民なんてそんなものだ。幾ら善政を敷けど、貧せば逃げる。飢えたなら去る。満たされる土地を目指してな」
 ある者はクルツェスカへ、ある者はコールヴェンへ。また、ある者はベケトフの縁故を頼りヴォストモルスクへ。何れもこの厳冬、死した者も少なくはない。風雪に晒され、その屍は春まで空を見る事すらないだろう。
「幾らかは道すがら死におったわ」
 ある者は馬に跨ったまま、凍て付き死していた。またある者は狼に襲われて。幾つかの死の形を思い出した後、最後に思い浮かんだのは子を抱き、氷雪に苛まれながら死した親子の姿であった。眠る様に死んでいた彼等の死に顔は安らかな物であった。死に対する恐怖など微塵も持っていない様に思える。そんな彼等を弔う事はしなかったが、その様はこの世の地獄のようにも思えた。穏やかな地獄だ。穏やかであるから、その地獄は思うよりも小さく、些細なものであった。
「そんな事はどうでも良い。私達が殺した訳じゃない、勝手に逃げて勝手に死んだだけ。それよりも"胎"の具合はどうだ」
 胎、という言葉を聞いた途端、アル=ハカンは静かに目を閉じた。瞼の裏に浮かぶは、おぞましい肉の塊。ただただ脈打つ肉の塊。
「子と子で共食いをしているさ。……今に押さえ付けられん様になる」
 そうか、とバシラアサドは短く返事をしてみせた。ボリーシェゴルノスクに仕掛けた、それはただただ互いに食い合っている。飢え、狂った様にあの化物達は輩を食らい続けているのだ。
「まさか、思うまいよ。レゥノーラを仕掛けられてるなど」
 彼女は口角を微かに吊り上げ、肩を震わせている。化物を解き放ったなら、何が起きるか想像に容易い。対処法を知らぬ者達の青褪めた顔が見える。
 八十階層よりも下に最初に入ったのは、ジャッバールであった。彼等が見つけたのは、レゥノーラの母胎。最初は焼き払い、その脅威を払拭しようと考えたのだが、逆に分割する事により活用する選択をしたのだった。大部分は廓に残し、一部はボリーシェゴルノスクへと運び込んだのだ。肉の塊は増えに増え、ただただ脈を打ち、化物を産み続ける。人の誕生とは神秘的な物であるが、化物の誕生とは何と禍々しい事か。
「廓の利権を我々に奪われ、我々が実質的な管理を請け負う様になった時点で終いさ」
 そうやってバシラアサドは笑って見せた。アゥルトゥラの貴族達は何もしなかった、学者の肩を持つ訳でもなく、好き好んで血を流して地下へ、地下へと歩む訳でもない。そこに居たのは騎士ごっこに励む愚者と、理想に狂う道化のみだ。血を流さねば、物事は掴めない。そのツケは多大な流血と死でしかない、ただの僅かな傷すらアゥルトゥラは恐れたのだ。
「……次は地上を奪う番です」
 地上を駆け、白雪を血で汚す。その汚れた雪すら、炎に呑まれては姿を消す事だろう。バッヒアナミルが語る様に、もしクルツェスカを陥落させたともなれば、アゥルトゥラ西部は大きな痛手を負う事となる。最大規模の城塞都市を敵に奪われ、西部の南北は分断され、セノールが侵略する橋頭堡を与えてしまう事だろう。だが、しかし、アル=ハカンには一つの不安があった。それは兵站の維持である。クルツェスカを拠点に北方のセルペツェスカ、コールヴェン、カジェンスを陥落させるのは容易い事だろうが、戦線が広がり、東へ東へと進めば取り残したアゥルトゥラと後方部隊が当たる可能性がある。そこで補給線を切られてしまえば、前線は崩れ、勢い付いたアゥルトゥラに反攻の兆しが出てきてしまう。ともなれば、民族の滅びに直結する可能性もあるのだ。
「ただただ攻めたら良い物ではないぞ。ナミル、少し考えるんだな」
 戒めたところで、獅子に心酔する虎は耳など貸さないだろう。導く者とは名ばかりだ、とアル=ハカンは自嘲するように笑みを浮かべる。あの虎が出来るのは、目の前のアゥルトゥラを老いも若きも、女であろうと子であろうと斬って、斬って殺める事のみ。
「アゥルトゥラは皆殺しです、ただの一人として生きる価値などありません。小父さん、何も怖い事なんてないじゃあないですか。……俺達セノールは兵の群れですよ?」
 静かで穏やかな彼の語り口は、幼い頃と微塵も変わらない。しかし、美しい虎などという名を冠した通りの様相でありながら、彼の言葉には妄執の類が見て取れる。バシラアサドとて、歪む様な子ではなかった。今は亡き彼女の父、ジャリルヘイダルが悪かったのだろうか、それとも実の親の様にして接してきた自分達が悪いのだろうか、と思わず目を逸らす。腹の中に宿るは悔恨の念、刺し違えてでも彼女を殺せば良かったのだろうか、と邪まな思いすら脳裏を過ぎる。
「……ナミル、良いか。争ってばかりでは生きていけんぞ」
「よく言いますよ、そう育てたのは貴方達じゃあないですか」
 くつくつと虎は笑っている。さぞ愉快そうにだ。生まれた時から歪められているのだ。獣の名を与えられ、セノールの兵らしく、武門の男らしく。そうあれかしと育てられてきた。ただただ、それしか知らない。そればかりを叩き込まれてきた。獅子は政を、彪は知勇を、虎はただただ武芸を。
「アゥルトゥラを恨み、殺め、何れ民族の為に死ね。として来たじゃあないですか。小父さん、俺達はしっかりと導かれてますよ、貴方達に」
 アル=ハカンには何も言い返す余地が無かった。確かに彼等をそう育ててきた。それを美徳と思い、それを押し付けてきた。であるから、彼等は総じて聡明な者が多い、だが何処か狂ってしまっている。余裕のない生き方、それしか出来ない生き方、狭い世界で生き、他者を害する狂人の群れが在るのだ。
 ふと、居た堪れなくなりバッヒアナミルを見遣れば、彼はただただ静かに笑っている。その様は穏やかでありながら、ただただ仄暗い。しかし、彼の背後の鏡に写るバシラアサドの横顔は笑みすらなく、中空を睨んで居る。その様子は全てを見通しているかの如く。彼の妄執も、彼の後悔も。そして、ありとあらゆる営み、全てを腹の中で悪魔と共に笑っているのだ。
「まぁ、ナミル。そう言うな。我々、子の世代が親、またその親の無念を晴らすのは義務だろう。私達が好きな様に振舞うのは、その後だ──」
 尤も自分にその席はないのだが、と空に続ける。バシラアサドが言葉を呑んだ、のはアル=ハカンも気付いている様で僅かに目を見開きながら、じっと彼女を見据えていた。
「年が明けてからだな。事を始めよう。すぐに終わるだろうがな」
 腹の中の悪魔が、少しだけ顔を覗かせ獅子の姿を借りて笑っている。遂に腹の中に納まらない程に成長してしまったのだろう。子を身篭る事の無い胎は、血の通った人間ではない化物を宿しているに違いない。人ならざる化物の誕生、それの何と禍々しい事か。
 再びアル=ハカンは目を逸らし、遂に目を閉じる。見て居られない。自分達が犯してきた罪の結晶は、どす黒い輝きを放って、眩い。目を瞑っていても分かる。虎はその眩さに嬉々と笑っていると。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.197 )
日時: 2019/01/14 23:49
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ
参照: http://twitter.com/imo00001

 頬は凍てつくほどなのに目頭は灼けつくように熱かった。蔑ろにされた怒りが行動源だったはずなのに、別れる前にジャリルファハドが向けてきた憐みとも失望ともとれる表情が脳裏をちらついて離れない。そのような顔をさせたいわけではなかった。涙は流すまいと唇を噛みしめれば噛みしめるほど、視界がぼやけていく。手の甲で目元をどんなに拭っても頬は涙に濡れて、横を通り過ぎる人達の多くはミュラを一瞥するものの声をかけずに人波に混ざっていく。そして、声を奥歯で噛み殺しながら、少女も波の一部となる。町ゆく人も出ている店も店屋の主人も同一な物など存在しない色とりどりな世界。楽しいと思っていた風景が今はひどく猥雑に見える。足は踏み踏まれ、肩と肩とがぶつかる刺激がうっとおしい。前から歩いてきた男に肩を一等強くぶつけられたとき、眠っていた殺意の種が芽吹きそうだった。それでも、舌打ちもしないで黙って男の前から消えることができたのは、なけなしの理性が厄介ごとを起こすなというジャリルファハドの言葉を名残か。それでも、ついに乱痴気騒ぎに耐えきれず、人々を掻き分け、細い路地へと入った。わき目もふらずに細道をズンズンと進む。冷たさに耐えながら、物乞いの声も諸共せずに進んだ先にあったのはソーニアと共に武器を買った古びた店で、前と変わらず、看板は右に傾いている。
 緊張した面持ちでドアの前まで行くと、二度三度辺りを見回したあとに取っ手に手をかけた。しかし、震える手はそれを押すことも引くこともしなかった。
「何やってんだよ、私」
 扉の前から離れ、少女は再び顔を歪めた。煉瓦造りの壁に背中を預けずるずるとしゃがみ込み、鼻をすする音と共に僅かに嗚咽が混じる。何が悲しく、ただ感情がだけが心を支配しているような感覚だった。己の軽率な行動がよもやこのような事態を起こすとは思わず、解決策すら浮かばない。いっそこのまま消えてしまえたらとすら思えた。だが、ここではないどこかに行くためのツテも死ぬ勇気もない。受け入れてくれそうなだったのはガウェスだが、ハイドナー邸は燃え、彼自身どこにいるのかさえ分からない。結局、ソーニアの元に帰るのが得策なのだ。だが、勝手に出て行ってしまったこと、ジャリルファハドに鉢合わせしてしまうことを考えると帰るに帰れない。怒られるのは慣れている。だが、何も言われず、ただただ諦観されるのだけは耐えられそうになかった。溜息すら出ず、ミュラは膝を抱えて
 どれほどの時間が経っただろうか。
「おいお前、女」
 それは自分に向けて発せられてる言葉だと気が付くのに少々の時間があった。
動くのが億劫で、ゆっくりと顔を上げた先にいたのはドブネズミのように二人の小汚い恰好をした男で、そう言えば、ここにくるまでの道に何人か屯していたことを思い出した。
「なんだよ」
「俺達から財布を盗っただろ」
「……盗ってねぇよ」
 一瞬ドキリとしたが、こちらに来てからは盗みはしていなかった。来たばかりの頃は何か金目の物が無いかと舐る様に視線を送ることはあったが、その度にジャリルファハドが嗜めていたからトラブルになることもなかった。それ以上は何も言わず、眉を顰め、不快感を露わにしているミュラに男達は更に言葉をぶつける。
「さもしいセノールめ、商売だけじゃ飽き足らず今度は人様の物に手を出すのか」
 指がピクリと動き、その発言に抑えつけていた心の箍が僅かに緩んだ。吐き出す息は震え、白い霧となって空に溶けていく。落ち着け、まだだ、まだだ……。赤くなった指先を撫でながら、少女は自らを律しようと努めた。
「私がセノールだと思ってるから、そういうことを訊いてるのか?」
「それ以外に何があるっていうんだ。お前達がここに来たせいで俺達の商売はボロボロだ。元々俺はなぁ!」
「興味ねえよ。そういう話」
 他人の身の上話にを聞いてあげられるほどの余裕が今のミュラにはなかった。
「私がセノールじゃないってことは考えてないわけ?」
「しらばっくれるなよ。お前が何度もセノールの男と歩いているのを見ているんだ。黒い髪もその瞳も肌も! 全部一緒じゃあないか。何か悪さをしているんじゃないのか」
「あいつはそんなことしないよ、絶対」
  黒い髪が、黒い瞳が、黒い肌が、そんなに憎いのか。五十年も前の事を引っ張りいがみ合うのは愚かしいを通り越して滑稽にも思える。鼻につくアルコールの匂いがその考えを更に助長させ、恐らく素面ならばこちらにガンを飛ばすことすら出来ないのだと、内心でひどく嗤っていた。同時に身を焼く様な情炎が点いたのも事実。先程の事もあり、普段は気にならない罵詈雑言が今日はひどく癪に障るのもそうだが、ジャリルファハドを貶められたことが我慢ならない。彼らの事を知らずして何故、如何様なことが言えるのか。
「黙れ! 俺の爺さんが言ってた。セノールは怪物だって。そんな奴らと一緒にいるお前も同類だ」
「…………あぁ、そうかよ」
 何を言っても無駄だと察する。
「人から奪えるのが物だけだと思ってるのかよ、お前らさ」
 久しく忘れていたはずの感情が胸中に湧き上がってくる感覚だった。どどめ色をした濁流が身体も意識も全てを飲み込む。やめろと鳴っている警鐘が他人事のように思えた。獣と罵るのならばいいだろう。セノールにはなれないが、似た様に振る舞うことは出来る。
 口には嘲笑を浮かべ、幽鬼が揺らめくようにゆらりと立ち上がった。黒曜石の瞳から温度が消えて男達を補足する。懐に手を入れてナイフの柄を撫でる。不意打ちは一度のみ。それで仕留める必要がある。仮に片方が逃げても足を撃って潰してしまえばいい。男達もミュラの雰囲気が変わったことを感じ取ったのだろう。「来るんじゃねえ」と命令するが、声色が震えている。
「寒いのか、暖めてやるよ」
 呼吸を乱し、足を震わせる男達を揶揄う。怒りと殺気を一切隠さず、顔に張り付け、口元を歪ませる少女は狂人にすら思える。だが、ミュラの目論見は予想外の乱入者によって外れることになる。建物と建物の間の薄暗がりがにゅうと伸びてきた腕が歩くミュラの腰に巻き付いた。そのままその者の方に引き寄せられたかと思うと肩口にずんとした重み。頬を何か
ここまで理解して、身体が硬直した。何者かが顔を乗っけてきたと理解したからだ。認識したとき、ミュラはアゥルトゥラの寒さ以上に背筋を凍らせるモノがあるのを知った。
「何をするつもりだ」
 耳を撫でる様な低く掠れた声に全身が栗毛立つ。 
「なんっ、だってんだ。お前」
 ゴム鞠のような筋肉鍛え上げられた体にギョッとしつつも止まるわけにもいかない。ミュラの足が男の脛を狙って放たれるが容易に交わされる。その時に腕の力を緩んだのをミュラは見逃さない。拘束をふりほどけば、男がバランスを崩しよろめく。男の視線が自分から逸れたことを確信したミュラは、半歩下がっていた右足を軸に身体を反転させる。脇を締めて向かい合った男の顎下めがけて拳を振り上げる。最小の動きで最大の効果を。ジャリルファハドが教えてくれたことだ。だが、男の顎を貫く前に手首を持たれて止められる。次の手を打つ前に襟首を掴まれたと思ったら足が地面から離れ、気持ち悪い浮遊感を味わうことになった。「あっ」と思うも言葉は出ず。受け身をとることすら叶わなかった。地面には雪が敷いてあったが、多くの人間に踏まれ固まった雪はレンガのように硬く、叩きつけられた背骨が悲鳴をあげた。呼吸が一瞬止まり開いた口から唾と呻き声が洩れる。頭も強く打ち反転した世界には投げ飛ばした男が履いていた靴と驚き戸惑っている薄汚い男たちがグラグラと揺れていた。目の前に星を飛ばすミュラの前にしゃがみ、男はそっと耳打ちをした。
「頭を冷やせ、馬鹿野郎」
 呆然としているミュラから離れ、今度は狼狽えている男達の方へ向かう。
「すまないな、お兄さん方。彼女は僕の恋人なんだ。さっき喧嘩をしたらひどく怒ってしまってね、気が立っていたんだ。ほら、これを。お酒の足しになればいいのだけれど、これで手打ちにしてくれないかい?」
 口調は優しいが有無を言わせぬ迫力があった。男は二人に何かを握らせると、ぺこぺこと頭を下げる二人を追い払いミュラの元へと帰って来た。先程とは違いいやに楽し気に笑みを浮かべ、「さて」というと水の入った革袋を渡した。
「直情的なのはお兄さん譲りかな」
 兄とは誰の事を言っているのか分からなかったが、いないと訂正する気にもなれなかった。それよりも先に訊きたいことがあったのだ。
「なんで……助けたんだ」
「助けられたって分かってたのか」
「そこまで……馬鹿じゃねえよ」
「いいや。大馬鹿者だ。これをしたらどうなるかって分かっていたのに行動に移そうとしたな。それは賢い行動とは言えない」
 口調だけではなく、真っ直ぐな、迷いのない視線にも咎められているような気分にさせられる。居心地が悪く、思わず顔を逸らす。
「どうでもいいだろ、知らない奴なんて」
「君は俺のことを知らんだろうが、俺は君こと知っているよ。ミュラ・ベルバトーレ。ジャリルファハド・ガリプ・サチと一緒に行動しているだろう。どこで知り合ったんだ?」
 先程とは別の意味で冷えていた身体に熱が宿る。ドッドッドッと血液を流す音が聞えやしないだろうかと不安になった。
「私は……セノール、だから」
「嘘だな、君はセノールじゃない。体つきをそうだが、何よりも感情的で単純だし、あんな振りがでかい蹴りをセノールはしない。アゥルトゥラ人からしたら、そんなん知ったこっちゃないんだろうが。ただ、殴るときだけはセノールにそっくりだ。あと」
「セノールは背後をとられない」
「その通り」
「あんた、私が弱いって言いたいのかよ」
 悪態をつきながらもミュラはどこか安堵していた。先ほどの者達とは違い、彼はミュラをミュラ・ベルバトーレとして見てくれる。
「そんなことは言ってないだろう。あれを食らってたら、僕の高い鼻はへし折れてただろうさ。いやはや、砂漠育ちとは恐ろしいね。まぁ、強い女性も好きだけど」
「知り合いでもないのに助けるのか、お節介野郎かよ」
 皮肉でも飛んでくるのではないかと身構えていたが、「あいつから聞いてないのか」と言って、頭をぼりぼりと掻くだけで拍子抜けしてしまう。
「とりあえず飯でも食べないか。おごってやるよ。美味しい汁物を出す店を知っているんだ」
「なんでお前とご飯を食べなきゃいけないんだよ」
「帰る当て、あるのか」
 この調子だと恐らくはミュラとジャリルファハドで一悶着あったことを知っているのだろう。それを知らない風に装うのだから、彼の質が悪いところだろう。差し出された手を無視して自分で立ち上がった。男は「つれないなぁ」と笑い歩き始めた。ミュラも後をついていこうとしたが、二、三歩歩いたところで足を止めてしまう。
「一つだけ教えてくれよ。お前、名前はなんて言うんだ」
 「呼びにくいじゃん」抗議する少女に対し、男はひどく薄っぺらい笑みを浮かべて「ランバート」とだけ答えたのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.198 )
日時: 2019/01/20 21:29
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 やはりクルツェスカは凍て付いていて、珍しく外に出ていたエストールは胸を刺す僅かな痛みに顔を顰めた。アドルフェスの小坊主だの、青細瓢箪だのと、すれ違う商人や、憲兵達は都度都度、からかってくる。彼等に悪気はない。幼い頃から付き合いがある者も居れば、カルヴィンとの付き合いの延長線上に居る人物も居る。皆、往々として穏やかではないし、気が早い所もあるが悪い人間じゃあない。彼等と共にあるのはそれなりに居心地が良く、有益であった。表沙汰に出来ない話を知らせてくれたり、周辺各国の情報を持ち帰って来てくれたりしている。中には商品の値に都合をつけてくる商人も居た。余談ではあるが、アゥルトゥラ東部はそういった"交流"が西部よりも、顕著で良くも悪くも癒着している状況である。
 問題はこのクルツェスカの寒さである。刺す様な寒さは、外套を突き抜け、痛みへと変わる。そして、何れ手足の指をもぎ取ろうとしてくる。エストールは幼い頃、凍傷を負い、黒く壊死した指を見た事があった。あの不気味さといえば筆舌し難い。細長い葡萄の様に変質しては、その内に指が腐り落ちてしまう。宛ら呪いの如く。末端から犯され、犯し尽くされては壊される。今のクルツェスカも、酷い凍傷を負っているのかも知れない。砂漠から来た侵略者と、利権にしがみ付き、保身しか出来ない、愚かな業突く張りの貴族達に縁って。
 このアゥルトゥラという国は一度滅ぼす必要があると、エストールは考えていた。尤も滅ぼす事は出来ないのだろうが、現状は一度壊す必要があると思えるのだ。既存の政治体勢、王家の命により封ぜられた貴族が都市を守り、その為に血を流す。闘争は義務であり、流血は誉れである。だというのに、クルツェスカは未だ纏まる様子もない。他の都市もそうだ。あろう事か、敵に尾を振る輩まで居る始末。ならば、いっそ知恵を持った民に主権を明け渡し、貴族という貴族を皆殺しにしても良いのかも知れない、と思えるのだ。無論、自分にも矛は向かう事だろう。しかし、民の味方をすれば良いだけの事。革命の為の流血、その先駆けとなるだけの事なのだ。だからこそ、カルヴィンやガウェスの様な健康な身が羨ましくあった。自分は武働きなど出来た身ではない、知恵こそ有れど身は動かない。であるからこそ、ジャッバールに頭を垂れるベケトフが憎くて堪らない。両手、両腕はあり、身を病む訳でもない。銃を手に取ったなら、剣を手に取ったなら戦を行う事も出来るだろうに。何が貴族だ、とその不甲斐なさに辟易していた。
 辿り着いた先はメイ・リエリスの屋敷であった。廊下でベケトフの娘と、その従者と擦れ違うも小さく会釈だけして、通り過ぎる。彼女は相変わらず、穏やかに笑みを浮かべていた。カルヴィンの様に暴力を振るった訳でも、血腥さを醸す訳でもない。彼女の目にはメイ・リエリスの同胞程度の認識なのだろう。だからこそ、思うまい、ベケトフに対して激しい敵意を持っているなどと。彼等もまた滅ぼすべき、一つである。
 居間を覗くと見慣れた背中があった。近寄ると少し酒臭い。少し具合の悪そうなガウェスだが、恐らくカルヴィン辺りに「やっつけられた」のだろう。彼は大酒飲みだ。晩から飲み始めて、日が昇るまで飲んでも僅かに酔う程度、少しの睡眠で全快になるような人間である。彼に付き合うのは得策ではない。
「フェベスはどちらに?」
 痛む頭を何とか起こし、彼は天井を指差す。二階居るのは珍しいな、と思いながら礼を述べるとガウェスは再び、下を向いてしまった。これはカルヴィンに遊ばれているのが見える。彼からしてみたら、良い玩具だろう。
 メイ・リエリスの屋敷も、アゥルトゥラ貴族の習慣に倣い、豪奢ではない。簡素そのものだ。寧ろ商人や、小金持ちの民衆達の方が立派な家を建てているだろう。住いよりも、武器や兵に金を使え、都市に使え。これを是としてきた証であり、一見貧しく見えるそれを恥じる必要などない。
 古い階段が軋み、歴史の音を鳴らす。湿気のせいか一段ごとに音の感触が違っているように思えた。一段上がるごとに音が軽く、短くなっていく。乾燥しているのだろう。階段を上がり終えたなら、人の気配が右手から感じられた。
「フェベス、居ますか?」
「あぁ」
 突き当たりの部屋から彼が答える。くぐもった声であったが、確かに彼の声だった。何をしているのやら、がたがたと物音を立てている。怪訝そうな顔をしながら、エストールは扉を開く。部屋の中はやや埃っぽく、がらんとしていて人が生活している雰囲気はない。寝台と机だけがあり、半開きになった窓掛けから外が見え、窓を貫きそうな氷柱がその先端を向けている。それよりもエストールが気になったのは、天井からぶら下っている梯子であった。
「フェベス?」
 名を呼べば、やはり天井から物音が聞こえ、その内に天井にぽっかりと空いた穴から、フェベスが顔を出す。少し草臥れた様子であったが、彼は平静を装おうと取り繕っているようだ。故に表情は硬く、議会から出て来たばかりの様な顔をしている。緊張し、言葉を武器とし殺し合いをして来た後の顔だ。
「……眇漏りをしてしまってな」
「そうでしたか。……先晩はセノールの者に襲撃された、と。今朝方、カランツェンの者から聞いてましたが無事な様ですね」
「あぁ、俺はな」
 そうやって溜息を吐きながら、彼は梯子を降りてきた。カルヴィンも、ガウェスも何十合と斬り合った為、多少の怪我は負っている。カルヴィンに至っては受け太刀した際、自身の刀の峰で額を裂いてしまっている。彼等の首が繋がっている事自体を喜ぶべきなのだろうが、それよりもジャッバールにそんな兵が居る事に危機感を覚える。刀を潰されただの、一撃受けるだけで手が痺れるだの、とんでもない馬鹿力だのと散々に脅されたのも原因だが、それよりもそんな兵がまだ居るかも知れない、と思えて仕方がないのだ。
「エストール、余り戦くな。まだ戦ってもいないんだ」
「えぇ……すみませんね」
 何時の間にか下を向いていた、視線を上げるとフェベスは、小脇に箱を抱えており、それはやけに古めかしい。大きな木目が見られる事から、恐らくは木材なのだが、蒼鉛のような光沢を放っている。埃を拭い、灰で磨くでもしたなら更に輝く事だろう。
「随分、古いですね。それ」
「まぁな。ベルゲンの奴等が作ったもんだ。魔力を吸い、食ってしまう。所謂、魔法って奴を使えないようにって作ったのさ」
 箱を開き、フェベスはその中身をエストールに見せ付ける。中には青い宝石が嵌め込まれており、それの縁は脈を打ち、蠢いている。奇妙にも程があり、そんな物をエストールは見た事がなかった。ただただおぞましい。
「へぇ……まぁ、今更魔法だなんて流行りませんよ。銃や新たな戦術の前では塵芥も同然です」
「人を害する可能性があるなら、侮る事なかれってな。……尤も魔力なんて存在しないのだが」
 フェベスはそう言い放つ。人間の体内に宿る魔力だけでは、魔法は扱えない。空気中に漂っている魔力がなければ意味はない。そして、それ等は五百年も昔に消失してしまっている。術を得るだけも、禁忌とされ殺められる。術を得たとしても触媒となるであろう、魔力はもう存在しない。魔法など、何も恐れる必要などない。無用の長物なのだ。
「ま、人間その内に魔法みたいな兵器を作ってしまいますよ、絶対」
「あと何百年掛かる事やらなぁ」
 豪快に笑い飛ばし、フェベスは箱を閉じた。その際、指輪を一つ放り込んでいた。箱の中のそれよりも、更に青い宝石があしらわれており、それがキラの遺品だという事が分かった。
「……キラの遺品ですか」
「あぁ、そうだ。此処に隠しておけば、誰も触らんだろう?」
 確かにそんな気色の悪い物が入った箱を、誰も触るような事はないだろう。だからこそ、キラの遺品をしまっておく。理にかなった事ではあるのだが、今のフェベスの行いには、もっと何か含みがあるように感じられ、エストールは訝しげに彼を見据えた。
「後でカルヴィンに渡そうと思ってな、無くしてしまっては話にならないだろう?」
 何処か寂しげにも見えるフェベスだったが、彼が何をするか、彼が何れどうなるかを知っているからこその言葉だったのだろう。幼い頃から見知った者を死地へ赴かせる事になるやも知れない、という事実に苛まれているように思えた。しかし、それは必要な流血、必要な死なのだ。鉄面たる男が情に揺らぐな、とエストールの視線に力が篭る。
「……本題なのですが、そろそろキールに兵を集めさせるべきかと」
 そろそろ反攻の狼煙を上げるべきだろう、と暗に語る。ともすればガウェスを動かす必要があり、同時に寄せ集めの傭兵ではなく、一つの軍としての形を成す必要があった。
 傭兵を集め、私兵として使った所で、統制の取れたジャッバール引いてはセノールの兵には敵わない。彼等の不得手とする市街戦に持ち込んだとて、戦闘教義を知られてしまうまで、三日と掛からないだろう。ともすれば、今度は軍の地力で戦う事となり、尚更に血みどろの戦を強いられるだろう。
「厳しい戦になりそうだ」
「えぇ、厳しい。本当に厳しい限りです」
 万の兵が居たとしても、冬の市街地というアゥルトゥラに有利に働く戦地であったとしてもだ。百で千を退け、千で万を退ける。例えアースラ達の様に、今の所はジャッバールに組せず、アゥルトゥラに内通する者達が居たとしても、彼等がアゥルトゥラの不甲斐なさに業を煮やし、ジャッバールに組したともなればサチ総軍との戦闘になる。とてもではないが、勝ち目はない。
「クルツェスカを取られる訳には行かん。……すぐにガウェスを向かわせよう」
 箱を小脇に抱えたまま、フェベスは部屋を飛び出す様に立ち去っていった。がたがたと足音を立てては、階段が悲鳴を上げる様に軋んでいる。急いだところで仕方がないだろう、とエストールは苦笑いをしながら、吊り下げられたままの梯子を見遣る。
 好奇心が見て来い、と背を押すも、理性がそれを押し留める。しかし、彼の理性はただの一兵、弱い一兵である。好奇心という軍勢に飲み込まれては、首を斬り落とされ、エストールは梯子に手を掛けた。埃で手が汚れるも、それを気にする様子もなく、登って行く。黴臭さに顔を顰め、薄闇に目を凝らす。そこにあったのは整然と並べられた書棚、古い文字で描かれており、それを読むのは難しかったが、此処にはただではない物がある。そう思えて仕方がなく、呼吸すら忘れ掛けていたのだった。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。