複雑・ファジー小説

最強の救急隊 
日時: 2019/01/13 20:17
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=327.jpg

初めましてな方もお久しぶりな方もどうぞよろしくお願いします。
気紛れ更新なため、いつ終わりいつ始まるのかわかりませんがよかったら見て行って下さい。



URLに銀竹さんが描いてくれた主人公います。
とてもありがたいです。クオリティは言うまでもないです。





お知らせ>>17


設定・人物>>1
壱話 第7班>>2
弐話 魅惑の菓子類>>5
参話 後輩やって来た>>6
肆話 生意気抜かすな小僧>>7
伍話 神原燠>>8>>11-12>>15-16>>18-20
陸話 花緒イリュージョン>>21-23




Twitter始めました。名前は違いますがお気にせずに。
@Taruto39Purin

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Re: 最強の救急隊  ( No.20 )
日時: 2018/12/25 19:39
名前: ルビー

「これで私達ずっと一緒ね」
「……ああ?」

 所々、錆びついている鉄塔の上に女と繋は立っていた――いや、繋は無理矢理だが。
 女の満足そうな笑顔に繋は肯定ともとれるような、否定ともとれるような返事を返す。
 しかし、女は気にする様子もなく繋に置いている手の力を強くする。次にとる行動なんてわかり切っている。
 この高さで飛び降りでもしたら、確実に繋は死ぬ。

(……この人ももう真面な意識が残ってないな……。早く来てくれ、若、お嬢!)

饒舌な言葉を吐くということはこの女の自我はほとんど残っていないということ。
悪霊とは、そういうものだ。繋は冷や汗を流しながら、下を見た。
その瞬間、目の前から長く、丈夫そうな黒い棒と……。

「繋――――っ!!」

 ゴン! と、鉄塔が大きく鳴り響いた。
 その音は棒とともに飛んできた成葉の頭突きが女の顔に命中したからだ。
 繋はその様子に安心したのか、抵抗することもなく真っ逆さまに落ちていく。

「随分と言い御身分になったもんだぜ。……繋」
「はは。それは勘弁してくれ、好きでやったわけじゃないからな」

 フワ、と燠の風で空中に上がってきた雪丸に優しくキャッチされる。
 彼は酷く面白いものでも見るかのように、少し口角を上げて繋を見る。
 繋は、雪丸の隣にいる燠を見ると、

「……来てくれるとは思っていなかったよ」
「アンタには借りがあるからな」

燠はぶっきらぼうに言うと勢いよくさらに上昇し、成葉の元へ向かう。
繋は真剣な顔で、

「若。あの悪霊の事なんだが……」
「わかってる。何、いつもと変わりゃあしねえよ」




03
「どうして私の邪魔をするの!? 私は、私は、私は!!」
「いや死のうとしてたじゃん! 駄目じゃんそれ!!」

 女は邪魔された怒りのあまり、念動力で鉄骨を操作し、成葉にぶつけようとする。
 その前に、黒い棒で打ち返す。
 物理的ダメージはあるようで、鉄骨が当たると女は呻き声をあげた。

「もう止まれ。お前が此処でどんなに暴れても意味も利益もない」

 追いついた燠がそう言うと、女は怒りの形相から一転、悲しそうな普通の女性になった。

「利益、かぁ……。彼も去っていくとき、そう言ったわ。お前がどれだけ別れたくないと喚いても、利益はないって……」
「……!」

 思わず、燠は手を止めた。
 なぜなら、目の前にいるのは確かに悪霊だ。しかし、しかし。
 今の彼女は、そこら辺にいそうな一般人だったから。

「でも、私の気持ちは? 利益とか、損得で測られてしまえるものなの? 私の想いなんかどうだっていいっていうの?」
「それ、は……」
「どうせ私に残り時間なんてない。だったら、後悔したことをやり直すしかないじゃない!!」
「しまっ――!」

 再び、彼女は念動力で今度はその場の部品――鉄骨やワイヤー、螺子などを燠に穿つ。
 気を取られた燠は、避けられない。しかし、成葉はその全てを棒で弾き飛ばした。

「どうでもいいわけない。確かにあなたは被害者。だけど、こんな方法は間違っていた。あなたの方法はどうでもいいものになってしまった。やるならあの世で男を呪い殺すべきだった!」
「!?」

 次の瞬間。
 女の首は雪丸によって握られていた。
 しかし、彼の瞳には殺意がなかった。むしろ、悲しんでいるような――……。

「――もういい。もういいからお前はもう眠れ(死ね)。もう、充分だろ」
「……そうネ。私、このまま抵抗してもあなたに殺されるものね……。どこまで行っても、私って愚図で鈍間な女ね……。男の浮気にすら気づけなくて……。あの男は今頃スかした顔で笑ってるに違いないわ……」

 一筋、女は涙を流す。
 もう抵抗する意思はないようだった。
 雪丸は女に、

「……安心しろよ。そのお前のクズ男は死んだら地獄に堕ちる。お前は安全地帯でその笑える光景を菓子でもつまんで楽しめよ。何、あと数十年我慢するだけだ。楽なもんだろ」
「……ふふ。そうね。それが、一番いいことよね」

 轟、と女の全身から炎が噴出する。
 思わず燠は雪丸に近寄ると、

「おい! いくら何でも燃やすなんて……」
「あれは、燃やすためじゃないよ」

 成葉はそう言った。
 燠は何も言わず、再び女の顔を見る。
 彼女は、微笑みを浮かべていた。

「……皆さん、ご迷惑を掛けました。御免なさい。でも、ありがとう。こんな私の言葉を、聞いてくれて嬉しかった……」
「そうかよ」

 炎が消えたのと同時に、女も同時に消えていった。
 その光景に燠は大きく目を見開いた。

「まさか、浄化か……?」

 燠が酷く驚くのも無理はない。浄化とは、かつて人だった者が異形に成り果てた時、説得や交渉で双方納得の上で異形を黄泉の国へ送るという方法である。
 この方法は遡ると江戸時代ぐらいから使われているが近年は、異形が凶暴になりつつある点と、時間もリスクもかかるという点から殆ど使われていない方法だ。
 燠は、恐る恐る雪丸と成葉に、

「まさか、あの悪霊を浄化させるために?」
「ああ。こんなに綺麗に終わるとは思ってなかったけどな」
「失敗するときもあるよ。そういう時は仕方ないけど脳天を潰す」
「物騒なこと言うなよ、お嬢!」

 3人が地上へ着地すると、待っていた繋は苦笑して成葉を見ていた。
「てへ」と舌を出す成葉に横目で雪丸は「可愛くねぇよ」と一喝した。

(……こんな方法もあったんだな……。オレがいたところは異形なんて、お構いなしに消していたのに)

 燠には、目の前の3人が別世界の人間のように思えた。
 今まで自分には実績も実力もあると思った。けど、実際それだけだった。
 異形にだって心や意思がある。それを忘れて、蔑ろにして、異形を消していた。
 この3人は異形も人間も対等だと思っている。だから、攫われても襲われても、事情を聴かずに誰かを助けている。

「……負けた」

 フッと燠は困ったように微笑んだ。
 きっと、自分はこの浅草で一番の未熟者だ。
 成葉はそんな燠に気が付いたのか、

「燠君が……! 笑った……!!」

 感動のあまり、口元を手で押さえている。奇しくもその光景を見ていなかった繋と雪丸は彼女を変質者を見るような眼差しで見ていた。

「何で見てないの!? これ挿絵とかフルカラーにされたら絶対女子ファンが喜ぶよ」
「喜ばねぇよ。何でフルカラーにする必要もあるかもわからねぇ」
「さ、帰るか」

 ギャーギャー騒ぎ立てながら踵を返す成葉と雪丸。燠の顔を見て、繋は呼びかけた。
 
「ああ」

Re: 最強の救急隊  ( No.21 )
日時: 2018/12/30 16:39
名前: ルビー

「おら新入りの神原! もたもたしてんなさっさと行くぞ!!」
「……っ。わかってる!!」

 事件から1週間が経った。
 第7隊の屯所へ帰ると、燠は深々と頭を下げて「此処に残りたい」と言ったのだ。
 まさかそんな申し出を受けるとは思っていなくて、いやむしろ、どこかへ行ってしまうのではないかと思っていたのだ。
 あの雪丸ですら開いた口が塞がらなかった。
 繋は、燠に、

『……仕事の前にやるべきことは分かってるな?』

 とだけ言った。
 頭のいい燠は言葉なく頷くとその場から去っていった。
 それからは燠と一般隊員にしかわからないことだが、事件の翌日には喧嘩はするものの、以前の様ないがみ合うような関係ではなくなった。
 燠はガハハと笑う隊員の背中を「体力底なしかくそっ」と愚痴っていた。
 そんな様子を見て、屯所の事務室で書類の整理をしていた成葉は、隣に座っている繋に声をかけた。

「燠君、申し出断るなんてね」
「ああ。一からこの場所のことを知る必要があるから最初から管理職じみたことをするなんて御免だね、なんてな」

 2人は顔を見合わせて生暖かく笑い合った。
 雪丸は意地悪そうに、成葉に笑いかけると、

「クソガキ。寧ろよかったんじゃねぇのか。燠(あいつ)、もし申し出を受けてたらお前の0.5部下みてぇなもんだぞ。テメェの雑な書類を1ミリ単位まで注意されるぜ」
「それに官僚長の推薦だからな。地位的にはお嬢の少し下か同格だぜ」

 便乗するかのように繋も悪戯っ子のように笑う。
 追い詰めるかのような2人の表情にみるみる成葉の顔が曇っていく。

「そそそそそそそそんなこといってビビらせようとしても無駄だし! そんなこと言ってる暇があったら仕事したら? 職務怠慢すぎるんだけど」
「おい手が震えてるぞ」

 強気な言葉と裏腹に、ペンを持つ手が上下に小刻みに揺れる。
 そんな成葉などお構いなしに、雪丸は、頬杖をつく。

「そろそろだっけか。アイツ、帰ってくるの」
「ああ、もうそんな時期か。1〜7部隊合同のスカウトの旅が終わるのは。夏に行ったから3か月ぐらいか」

 繋も茶を啜りながらしみじみと言う。

「え。花緒(はなお)さん帰ってくるの!?」

 先程まで成葉はしょんぼりしていたのに関わらず、今は満面の笑みで繋に話しかける。

「早くて明日には帰ってくるんじゃないか?」
「確か花緒さんが向かったの関西の方だよね。お土産はお好み焼きかたこ焼きか……くいだおれ人形!」
「あれは土産物じゃねぇ」

 雪丸の一喝で3人は仕事に戻った。
 しかし、次の日に事件が起こるだなんて思いにもよらなかったのである。

Re: 最強の救急隊  ( No.22 )
日時: 2019/01/05 19:42
名前: ルビー

「はぁ……」

 小豆洗の少年、和人は浅草橋の下にいた。しかし、その顔はどんよりとした浮かない表情だった。
 手元にあった平たい石を乱暴に掴むと川に向かって放り投げた。
 しかし、石は飛び上がることなく川底へ沈んでいった。
 再び、和人はため息をつく。すると、隣に座り込む少年がいた。

「瑛太……?」
「……やっぱり、此処にいたんだね」

 寂しそうな表情で笑う「瑛太」と呼ばれる少年。
 真っ白な肌に、簡易な着物を着た一つ目の少年である。瑛太は「豆腐小僧」の末裔でもあった。
 和人も、瑛太につられて苦笑する。

「和人、どうしたの? いつもこの時間ってお店のお手伝いだよね」
「……サボっちゃったでやんすよ。母ちゃん、今秋だからって栗餡だの、焼き芋味だのかぼちゃだのって慌ただしくて……他の菓子チェーンに負けてたまるかって毎日うるさくて、おいらをパシリにするでやんすよ! 毎日酷いのにこれ以上だなんて! ……そんで、今この状態でやんす」
「……僕も。父ちゃんが豆腐を作った必殺料理とスイーツを作るって五月蠅くて……。今日の朝も和人のお母さんと大喧嘩してたんだ。僕、少し疲れちゃって……」

 お互いの話を聞いて、2人は再びため息をついた。
 和人は頬を膨らませながら、吐き捨てるように言う。

「おいら秋なんて嫌いでやんす。商売敵だの、売り上げだの、売れ行きだなんてどうでもいいし。おいらたちを巻き込まないで欲しいでやんす!」
「全くその通り! ご先祖様の名誉だか誇りだか知らないけどこっちはたまったもんじゃないよ!!」

 そう大きな声を上げると、2人は立ち上がる。
 
「菓子なんてこの世から消えてしまえー―っ!!」
「なーにがご先祖様の誇りじゃあああああ!! おいらしってんぞ!! 仏壇の写真にすげー埃溜まってるってことを!!」
「くたばれぇぇぇぇぇ!!」
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」

 そう叫んで2人は勢いよく走りだす。
 走り方も滅茶苦茶で、今あるのはこの怒りやむしゃくしゃを発散したいということだけだろう。

「気に食わないでやんす!!」
「あ! 和人、ストップ……」

 ハッと我に返った瑛太は未だ興奮が止まらず猪の様に走り続けている和人を呼び止める。
 瑛太の生死の声も聞こえず、和人は目の前の人物とぶつかってしまった。

「うぷっ」
「うわっ!」

 和人は、相手との体格の差もあり、思わず尻餅をつく。それは開いても同じようだったようで、和人と同じ体制を取っていた。

「いったた……。何なんですかもう……」
「あ、あ。すみません!! すみませんでやんす!!」
「気を付けてくださいな! ……ん? 和人さん?」
「え」

 和人の体温が一気に下がる。
 自分はとんでもないことをしてしまった。反射的に何回も何回も土下座する。
 相手は文句を言いかけたが、和人の顔を見るなり、驚いた表情を浮かべた。
 後ろから追いついた瑛太は目の前の人物に驚き、大きく目を見開いた。

「は、花緒さん!?」
「ええ。私(わたくし)ですとも。元気なのはいいことですが些かやんちゃが過ぎますね」

 呆れたようにそう言う美人。
 綺麗に揃えられた白銀の髪に水晶が輝く壮麗な髪飾り。
 素足を出した鮮やかな着物を身に纏った美人――花緒。




 花緒は第7隊「唯一の事務員」である。

Re: 最強の救急隊  ( No.23 )
日時: 2019/01/13 20:17
名前: ルビー

「花緒?」
「そ。唯一の事務員。今日遠征から帰ってくるの。会ったら挨拶しときなよ」
「ああ」
「どう? 仕事内容は?」
「……今までのとは比べ物にならないぐらい運動量が多い……!」

 時刻は真昼。
 ガヤガヤと隊員たちが賑わう食堂は屯所の一部である。
 偶然遭遇した成葉と燠はともにカレーライスを頼み、話しつつも食べる手を止めない。
 成葉の問いに、燠は心底悔しそうに顔を歪めた。

「……お偉いさん方がどれほど楽をしてきたか理解した気がするよ」
「でしょでしょ」

 なぜか成葉が胸を自慢げに張った。
 燠はどうでもよさそうに口にカレーを運び続ける。すると、次の瞬間、成葉の隣のテーブルにドサドサと大量のお土産が置かれていた。
 成葉は上を見上げると、そこには花緒の姿が。

「あ、おかえり!」
「お久しぶりですわん。花緒、約3か月の遠征を終えて帰還しました!」
「花緒ちゃーん!!」
「何だよ、報告しとけよー!!」

 花緒はビシッと敬礼をする。
 お土産を早速物色しながら、成葉は満面の笑みを浮かべた。
 只でさえ、騒がしい食堂が1人の美人の登場によってさらに騒がしくなった。

(此奴が、花緒か……)
「あら。そこのお方は初めましてですね、神原燠さん。話は繋様から伺っておりますわ。優秀な問題児と聞いてます。私は花緒。綺麗で若く見えても結構長生きの猫又ですのよ? 以後お見知りおきを!」
「ああ……。よろしく」
「では、皆様! 私慶司さんや繋様に報告しなくてはいけないので。また改めて!」

 嵐の様に来て、嵐のように去る。
 まさしく、花緒はその通りに食堂を後にした。
 ようやく燠は食べる手を止めると成葉に、

「……ようやくオレが異形混じりだって知っても大して反応しなかった理由が分かったよ。ハーフどころか異形そのものがいるんだもんな」
「まあね。わたしは物心ついたころからそれが当たり前だったし! 今は少なくなってしまったけど、前は水妖精(ウンディーネ)とか蛇神とかもいたんだ。小豆洗とか豆腐小僧とかろくろ首は結構いるけどね」
「上の奴らは人間以外嫌うからな。いたとしても大抵は厄介者の扱いしかされてないしな。ほんっと、糞だった」

 吐き捨てるように、燠は立ち上がり、おぼんを返却しようとした。
 少しだけ、成葉の顔を見ると、

「……ま、第七隊(ここ)は少しマシかもな」

 其れだけ言うと、口角を少し上げながらそのまま去っていった。
 成葉もへらっと笑う。

「そりゃ、第一補佐官冥利に尽きますわ!」





02
「……結論から言いますと。勧誘した人材はほとんど他の隊に行ってしまいましたわ」
「何でだ」
「ちょっと。自覚してないんですか? あなたが。特にあなたが恐怖の権現であり、第七隊のイメージダウンに繋がってるんですよ? 女子が成葉ちゃんと私しかいないのがいい証拠です!」
「まぁまぁ、花緒落ち着いてくれ。隊員はとりあえず今のところ規定以内にはあるから問題ないが……。それだけじゃないんだろう?」

 首を傾げる雪丸に、花緒は激高した。2本のしっぽの毛が逆立つほどに。
 繋の言葉に花緒は落ち着きを取り戻すと、書類をバッグから取り出した。先程の怒り顔が嘘のように花の様な満面の笑みに変わる。

「うふふ。流石繋様、わかっていらっしゃる! 実はさっそく、やりたいことがありまして……」
「おい、花緒何仕出かそうとしてやがる……」
「面白いこと考えるな、相変わらず」
「でしょう?」

 げんなりとする雪丸とは裏腹に楽しそうに笑う繋。
 キャピキャピと、楽しそうに彼女は笑うのであった。

Re: 最強の救急隊  ( No.24 )
日時: 2019/01/16 21:34
名前: ルビー

「いい加減にしてくれないかね! アンタ、こっから先はあたしの領域だ! ビラなんか貼るんじゃないよ!」
「やーかましい! 領域だのなんだのってほざいてるから売れ行きが俺の2分の1ぐらいしかないんだ!」
「あんだって!?」

 次の日の朝。時刻は10時ぐらいだろうか。
 商店街のど真ん中で2人の争い声が聞こえる。
 1人は薄い紫色の肌をした女性ながら威勢のいい小豆洗――つまり、和人の母、明菓(めいか)。そしてもう1人は豆腐の様な真っ白な肌を持つ強面で、一つ目の豆腐小僧――つまり瑛太の父、富岳(ふがく)。
 どこからどう見ても剣呑な雰囲気で睨み合っている。

「もー!! 母ちゃん、恥ずかしいからこんな喧嘩止めるでやんす!」
「お父さん……。規則で決まってるじゃないか。広告目的のビラは領域ごとに決まってるから自分の領域以外は張るなって……」

 母、父の隣で恥ずかしそうに眉を顰める和人、瑛太。
 どうやら彼らも彼らで店の為に強制お手伝いされているようだ。
「アンタは!」
「黙ってろ!!」

 明菓と富岳の息の合った一喝で息子らはしゅんと黙り込んでしまった。
 周りにいた人間も不安そうに見ている。しかし、止めようとは思わなかった。
 何故ならこの浅草で数ある菓子店はだいたいこんな感じだからだ。一見おとなしそうに見えても手を翳せば、いつ燃やされるかはわからない。
 ただ、この2人が分かりやすいだけだ。

「母ちゃん……」
「…………」

 悲しそうに和人は明菓を見る。しかし、当の本人はビラの事で頭がいっぱいだ。
 瑛太は拳を強く握って全身を震わせていた。
 それは、いつも気弱で大人しい彼からはあまり想像できないことでもあった。

「騒ぎ声がするから雪ちゃんに止めて来いって言われたんだけど――……」

 そこに、タイミングがいいのか悪いのかわからないところに成葉が困り顔でやってくる。
 場の空気に相応しくない表情だ。住民がこぞって彼女に何とかしてほしいという目線を送る。
 その瞬間。

「――瑛太!?」

 素早い動作で瑛太が成葉の元へ飛び出した。
 そしてそのまま腕を掴むと、どこかへ走り去っていった。消極的な瑛太がこんなに動くなんて。
 ただ事ではないと悟った富岳、そして和人がその後を追いかける。

「止まるでやんす! 瑛太! お嬢を連れても身代金は出ないでやんす!! 出るのは若の拳骨と繋副長の手料理でやんすよ!」
「わたし自体に価値無い的な言い方止めてくんない!?」

 そのまま100Mほど走って、瑛太は息を切らせながら、足を止めた。
 場所は、瑛太の家――つまり、専門豆腐店でもあった。
 瑛太は素早い動作で、成葉とともに自宅に入り、至る所に鍵をかけ、シャッターを閉めた。
 そして少しの隙間と、メガホンを取り出すと、大声を上げた。

『お父さんなんか大っ嫌い!! ……ううん、浅草の菓子店なんか大っ嫌い!! 朝から晩まで豆腐豆腐菓子菓子! 人の迷惑考えないで売り上げばっかり! もううんざりだ! これ以上こうなるんなら、主役の豆腐を全部味噌汁と鍋の具材にしてやる!!』
「ふ、ふざけんな!! 瑛太!! 出て来い!! 豆腐小僧(おれら)がそんな意味の無いことに豆腐を使うだなんて――一族の面汚しにもほどがあるってもんだ!!」
『ご先祖なんか知らない!! そんなもの絹ごし豆腐のように潰れちゃえ!!』

 瑛太は富岳の叫びを拒絶する。
 そしてピシャンと扉を閉めた。

「もう知らない。お父さん何て」
(……和人の影響かどうかわかんないけど瑛太口悪くなったな……)

 玄関で体育座りをする成葉と瑛太。
 目尻に涙を浮かべる瑛太を横目で見ながら成葉はそんなことを思っていた。
 瑛太は力強く立ち上がり、

「やりましょう、お嬢。この家にあるすべての豆腐を味噌汁の食材に変えてしまいましょう。360キロを」
「嘘でしょ。豆腐だけバブル時代なの?」

 豆腐360キロ。成葉は思わず慄いた。

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