複雑・ファジー小説

かぞくのいちいん
日時: 2017/01/05 12:52
名前: はねやすめ (ID: iQZhz91g)

明治17年、僕等のご先祖様である寿和敏三(すわとしぞう)は、国家に偉功ある藩主としてお国から子爵の爵位を得た。
それ以来僕等は、子爵寿和(すわ)家として、華族の一員となったのだ。


 大正某年 三月 


 片手に卒業証書、もう片手に花束。
外套を揺らして歩く、卒業式の帰り道。
一馬(かずま)は先程の電報の内容に、まだ信じられずに眉根を寄せていた。
何かの冗談かと思った。
『寿和一馬/明日カラ書生トシテ/男爵家ヘ/参レ/爵位授与ハ保留トス』
「寿和一馬、明日から書生として男爵家へ参れ…?爵位は保留…?」
 何の冗談だ。
僕は、子爵寿和家の次期爵位継承者なんだぞ?
それが何で、爵位も一つ下の男爵家なんかに小間使いとして向かわなければならないんだ?!
それになぜ、何年も前から決まっていた僕への家督相続が保留に帰らなければならない?!
せっかく首席で卒業したというのに誰も立ち会いに来ない卒業式に内心怒り狂っていたのに、この電報ときたら!
 理解できず訳が分からず、無性に苛立って握りしめていた花束に、茎をえぐる勢いで爪を突き立てた。
電報を持ってきた執事に蹴りを入れてやりたいくらいむかついたが、人の目もある。
静かな怒りをはらんだ目で、執事の開けた車に乗り込むと、「出して」と呟いた。


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Re: かぞくのいちいん ( No.1 )
日時: 2017/01/05 12:51
名前: はねやすめ (ID: iQZhz91g)

 我らが大日本帝国がまだ魏どころか、天沼矛(あめのぬまぼこ)からこぼれおちた四滴のしずくだったころから、代々神様の血筋として続いてきた天皇一族。
11の宮に別れて婚姻を交えながらも代わる代わる日本を収めてきた天皇の側に控えているのが、僕達華族だ。
 神様とされる天皇と血を分けた公家(くげ)の血筋たちは、大地主で日本中の土地を所有して藩をまとめ上げていた。
 農民が必死の思いで育て上げた米を搾取し、腕の立つ武家をひかえて指先で指示し、天皇のおひざ元でやんやと騒ぐ将軍のうちだれが出世しそうかを見極めて後援から支持する…。
そうして明治17年まで勝ち上がったものが、今日日華族という永久安泰の称号を勝ち得ることになった。

 そして、うれしいことにそれは天皇の血をひかぬ武家のなりあがりである僕等のご先祖様も対象となった。
天皇と血縁関係の公家筋でない武家と、祭事を担当する司祭家は位が低く、自動的に貴族院議員とはなれないが、それでも子爵や男爵の爵位を頂くことが出来ている。
そして、僕等、華族の中でもくらいの低い僕たちの悲願は、爵位を上げて出世し、そして皇族との血縁を持つこと。
そう、そのために強く生きてゆかなくてはならない…。

Re: かぞくのいちいん ( No.2 )
日時: 2017/01/05 14:55
名前: はねやすめ (ID: iQZhz91g)

僕が最低の電報を受け取ったその日、朝から寿和家は大変な騒ぎだったようだ。
けれど、僕は卒業式の後の謝恩会に出席したため、そのてんやわんやの被害を受けることはなかった。
「ほんとうにすごい騒ぎだったよ」
帰宅した僕に柔らかな笑みを向けた病床のその人は、僕が卒業式に貰った花束の茎がズタズタになっているのを気にして、悲しそうに眉を寄せた。
「痛んでしまっているね、可哀想に。花瓶に―」
天蓋のついたベッドのそばに置いてある花瓶に目を止めた彼は、僕が静止する前に羽根布団を剥いで青白く細い腕を伸ばした。
けれど前かがみになったせいで気管支が圧迫されて、激しく咳き込みはじめ、花瓶に触れることするままならない。
 今日は一日さんざんな目にあったから、多少苛ついていた僕は呆れた様に咳き込む姿を眺め、花束を床に捨てた。
そしてぜいぜい息をする背中を叩いてやりながら、仏頂面でつぶやいた。
「喜房(よしふさ)兄さん…こんな日に発作でも起こしたって、メイドの一人も来やしませんよ」
病弱な兄の背中を乱暴に叩くと、喜房は顔をしかめながら小首を振った。
「誰も来ないのはいつものことだよ。裏切り者の長男のさだめさ」


寿和家には、六人の子ども達がいる。
僕の上に長女と長男、そして僕の下に可愛い妹が三人。
四年前までは、生まれに従がって長男である喜房兄さんが子爵の爵位を継ぐはずだった。
小・中等部を首席で卒業、高等部も首席で入学し、子爵でありながらその頭の切れ用に貴族院議員に無選考ですでに席を用意しようかという話もちらほらあるほどだった。
けれど、頑丈そうに見えた兄の身体にはガタがきて、砂糖菓子が崩れるように体調を崩して通学もできずベッドから這い出すこともできないようになってしまった。
爵位がずいぶん上の侯爵やらから来ていた沢山の婚姻の話も、兄がもうダメそうだとわかるとたちまち煙のごとく消えてしまった。
そして、四年前、兄の爵位継承権は僕へと移った。
まるで今日の僕みたいだ。

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