複雑・ファジー小説

たおやかな毒、あるいは【完結】
日時: 2017/10/26 21:09
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

親愛なるジェンキンス氏
拝啓

 すっかりご無沙汰いたしまして、申し訳ありません。私は今、母の生家があるロイストンに滞在しております。朴訥とした片田舎ですが、中々趣があるでしょう?
 この度こうして筆を執ることになったのは、貴方が民族伝承の類を収集していると聞き及んだからです。ロイストンの滞在中、興趣ひかれる手記を書見する機会を得まして、その写しを同封致しました。僅かばかりでも、貴方の創作の糧になることを願っております。

***

【1話】>>1-2
【2話】>>3
【3話】>>4
【4話】>>5
【5話】>>6-8
【6話】>>9-10
【7話】>>11-12
【最終話】>>13

完結しました、ありがとうございました。

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Re: たおやかな毒、あるいは ( No.10 )
日時: 2017/10/22 19:43
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

 彼は、ニコラスは、すっかり変わっていました。背丈は高くなり、青年らしい精悍な顔立ちで、私やレイチェルを見下ろすのです。仕立ての良い高価なスーツを着て佇む姿から、あの日の愛らしいニコラスを連想させることは出来ませんでした。けれども、レイチェルやお屋敷から失われた、ある種の神秘性が、彼にはまだ内在しているように思えました。それどころか、在りし日よりも、彼の姿は現実離れしたもののような気さえしたのです。かつて、私は彼を、退廃的だと形容しました。間違いなく、彼は滅びの美しさというものが備わっている、と私は確信したのです。

「イヴ」

 彼は人懐こい笑みを浮かべ、私の名を呼びました。声は低く、もう私の知ってるニコラスのものではありませんでした。

「久しぶりね、ニコラス」
「ああ、本当に嬉しいな。姉様と僕と、イヴ。この3人が揃うなんて、あの頃みたいだ」

 確かに、キングストンの姉弟と会えば、あのまどろみの時を思い出しました。けれど、魔力は潰えてしまったのです。幼き頃に夢想した、薔薇色の城も、麗しいお姫様も、どこにも居ないのです。

「せっかくだから、踊らないか」

 ニコラスは、跪いて慇懃に私の手を取りました。私は真っ直ぐに彼を凝視しました。そうしてこの数年間、幾度も反芻した問いを、改めて考えたのです。ニコラスは、あの晩に亡くなったのでしょうか。そうすると、今目の前に傅くこの綺麗な青年は誰かしら。銀の小枝は、本当にあったの?

「喜ん、で」

 私は無意識に返答していました。ニコラスは嬉しそうに唇を緩め、立ち上がり、私の背中に手を回します。そうして強引に、ダンスホールの中央まで、私をエスコートしました。

「イヴ、ねえ、聞いて! 私は、貴女の言うことが正しいと思ったわ、だから」

 背後から、レイチェルの声が届きました。私は振り返ろうとしましたが、それも叶いませんでした。彼が、ひどく恐ろしかったのです。
 既に何組かの男女が踊っているところに、私達も加わりました。ちょうど曲が移り変わるところで、軽やかなワルツが始まりました。膝を軽く曲げ、形式通りの挨拶を済ませると、私達は手を取り合いました。恐らく、私の表情は強張ったものだったでしょう。そうして、恐怖を抱えたまま、私はステップを踏むことになったのです。

「レイチェルの婚約、本当に嬉しいわ」

 すぐ近くにあるニコラスの顔に、私は目を逸らしました。

「相手は商家の息子だよ。趣味で物書きなんかもやってるらしい」
「どこで知り合ったのかしら」
「僕は大して知らないな」
「レイチェルはどちらへ嫁ぐの」
「都会の方だね」

 どうしても会話を留めておきたくて、私は質問を浴びせました。しかしニコラスは辟易したように、溜息を吐きました。このようなお喋りの最中にあっても、ニコラスの踊りの才能は確かなもので、彼のリードに身を預けたならば自然と身体が動きました。

「それより、君は姉様と何を話していたんだ」

 私は戸惑い、一瞬動きが止まりそうになりました。けれどもニコラスのさりげないリードで、事無きを得たのです。

「久しぶり、だとか、たわいもない事よ」
「ふうん、イヴと姉様は本当に仲が良かったからね。僕も2人についていこうと、かつては必死だった」
「そうね、そうだったわ」

 ニコラスの手に力が加わりました。僅かな痛みに、私は顔を歪めます。

「でも、今は違う。可哀想なニコラスではない。もう17にもなった、来年は寄宿学校だって卒業する。僕は、君の知ってるニコラスでは、もう無いんだ」

 忌避していたことが、訪れた瞬間でした。ニコラスは険しい面持ちで、私を睨んでいます。きっと、彼は今でも、あの晩のことを覚えているのです。私とレイチェルの、ちょっとした悪戯が、彼を殺してしまった! ひょっとしたら彼はきっと、妖精に身を売り、私達に復讐する算段なのかもしれない!
 その日のことは、これ以上は覚えておりません。ただ、冷たいグレーの瞳が、私の胸を貫いたこと、そればかりが頭に焼き付いているのです。

Re: たおやかな毒、あるいは ( No.11 )
日時: 2017/10/23 12:27
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

 ニコラスが私の家に訪れたのは、それから一週間が経ってのことでした。ちょうど仕立屋に向かう途中に立ち寄った、などと尤もらしいことを言い、彼は家に上がりました。両親の歓待ぶりは凄まじく、彼の容姿や礼儀を余すところなくほめそやします。ニコラスはそのような賛辞に慣れているからでしょうか、嫌味のない笑顔で聞いていました。そうしてしばらくすると、彼は腕時計を睨みながら立ち上がり、暇乞いを始めました。

「それではそろそろ失礼します」
「何、もう行ってしまうのか」
「ええ、メイブリック先生。しかし、参ったな。久しぶりにロイストンに帰ってきたから、仕立屋の場所を失念してしまった。先生、よければ道順を教えて頂けませんか?」

 ニコラスは私の方を一瞥すると、すぐに父の方へと向き直りました。側に腰掛けていた母は、その言葉を聞きつけて、両手を叩きます。

「それならばイヴが案内しなさいな!」

 名案だとばかりに、母は声を高くしました。私は密かに母を怨みました。私が両親のように何も知らなければ、私は疑いを持たず、喜んで承諾したでしょう。しかし、私の胸にあるのは恐怖でした。2人きりになったら、責め立てられるのではないか、という疑念がありました。この青年は、紳士の皮を被った異形のものなのです。あの、舞踏会の夜、確かに彼はそう告白したではありませんか。私の知っているニコラスは、亡くなったのだと。

「イヴ」

 愛称を呼ばれ、私ははっと顔を上げました。

「わかったわ、行きましょうか」

 僅かばかりの勇気を奮い立たせ、私はそう言いました。両親はすっかり、彼を立派な青年だと心酔しています。彼は人を惹きつける、魔力がありました。ここで私が首を横に振ったならば、両親は私を詰り、立場が悪くなるでしょう。それに、まだ太陽が真中に出ている時分です。何を恐れる必要がありましょう。仕立屋までの道のりは、人通りもあります。私はそれらのことを、じっくりと丁寧に、自らに言い聞かせました。
 ロイストンの通りを2人で並んで歩くのは、初めてのことでした。道中、ニコラスは寄宿学校の話を私に聞かせました。上手く相槌を打てたかは、自信がありません。しかし取り立てて不穏な雰囲気にならなかったことに、私は安堵しました。

「イヴの方は、何か変わったことはあった?」

 急な質問向けられて、私はすぐに言葉を発することができませんでした。頬に手を置き、私は思考を巡らせました。不用意な事を口走ってはいけませんから。

「相変わらずだわ。最近の大きな関心ごとは、パン屋の娘のリジーが行方不明になったことくらい。噂では、駆け落ちって言われてるけれど」
「へえ、彼女はいくつだったんだ?」
「16歳だったかしら」

 私は可愛いリジーのことを思い浮かべました。素直で朗らかな娘でしたが、彼女は愚かな事をしました。かつては少女趣味の夢物語を読んでは、駆け落ちに胸を膨らませました。けれども、本当に友人や両親、地位、故郷を捨てて幸せになどなれないのではないでしょうか。

「それって、本当に駆け落ちだろうか」
「どういうこと」
「だって、ここはロイストンだ」

 出来の悪い教え子を諭すが如く、優しい声色でした。

「彼女は、妖精にかどわかされてしまったんじゃないかな」

Re: たおやかな毒、あるいは ( No.12 )
日時: 2017/10/25 13:48
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

 一瞬、世界から音が去ってしまったような気がしました。私は顔を引きつらせ、けれども負けてはならないと、自身を鼓舞しました。

「そう、そうね。妖精の仕業かもしれないわ」

 私はこの挑戦に乗ろうと決めました。それは大胆な賭けだったように思います。この時の私には、悪魔めいた閃きが浮かんだのです。確かに私達の戯れ言によって、ニコラスは亡くなりました。けれど、そんなに罪が重いことなのでしょうか。銀の小枝を探しに、外に出たのは、紛れもなくニコラス当人の意思なのです。雲行きが怪しくなれば、お屋敷に戻ることだってできたでしょう。あれくらいの年頃なら、弟や妹に少々冷たく当たっても仕方のないことです。

「昔はよく妖精などと口走って、父様を怒らせたよ」
「その言い方だと、今は信じていないみたいね」
「そんなことないよ、彼らは僕の良き友人だ」

 冗談のように、彼は肩を竦めて苦笑しました。彼の身のこなしは都会的で、ある種の余裕を感じさせます。

「ああ、友人といえば、僕は姉様が羨ましかったんだな」

 不意に移り変わった話題に、私は小首を傾げました。

「姉様は僕に足りないものを全て持っていた。父様の信頼や知性、そしてイヴも」

 彼は、遥か昔を愛おしむふうにして、目を細めました。その間も、けして歩調は緩むことがありません。彼の横顔を盗み見ながら、私は彼の気持ちを測りかねていました。

「姉様には親友と呼べる人がいたこと、僕にはそれが喉から手が出るくらい欲しかった。だから、とっても嬉しかったんだ」
「貴方だって、寄宿学校で見つけたのでしょう?」
「イヴ、話を逸らさないで」

 彼は大きくかぶりを振りました。そうしてわざとらしい咳払いをするのです。

「つまり、君が最初に会った時、理解者だと言ってくれたことが、僕の支えだった。妖精を信じてる、と言ってくれたこともね」
「確かに、覚えているわ」

 けして忘れもしません。初めてキングストンの姉弟に会った時のことを、そしてニコラスに手を差し伸べたことも。
 この時、喉元に自責の念が突きつけられた気分でした。同時に、少量の苛立ちも感じました。彼の言わんとしていることが、全く見当がつきませんでしたから。

「僕にとっては、君は特別な存在だったんだ。だから、どうか」

 彼は立ち止まり、そして私の手を取って、手のひらに口づけをしようとしました。私は心臓が波打ち、そして気味の悪い何かが背を這う感覚に囚われました。気がつけば、私は彼の手を払い、駆け出していたのです。ああ、あの時と逆だ、と思いました。私から、レイチェルが去っていった日。レイチェルも、同じ気持ちだったのでしょうか。

「待って、イヴ!」

 後ろから、彼が追いかけてきました。女性の足、ましてやヒールに丈の長いワンピースを着ているのです。彼にとって、追いつくことなど、造作のないものでした。すぐに肩を掴まれ、私は思わず転倒しそうになりました。彼の長い腕が伸び、抱き竦める形で、背後から私の不安定な体躯を支えます。

 私は、錯乱していました。

「ごめんなさい、ニコラス、本当にごめんなさい!」
「君や、姉様だってそうだ。あの嵐の夜以来、僕を避ける!」

 彼の表情はわかりませんでした。私は自由の身になろうと、無我夢中でもがきました。その度に、彼の腕の力が強くなるのです。

「あの嵐の夜、僕は可哀想なニコラスを、殺した。レイチェルのような、皆から愛される存在になろうとした、それだけなのに。何故、君は今の僕を否定するんだ」
「やめて、私に、ニコラスを返して!」

 私はなりふり構わず、叫び続けました。嗚咽混じりの悲鳴が、ロイストンの通りに響き渡ります。街行く人々は、私を奇異の目で見ていたのでしょう。兎にも角にも、あの可愛らしいニコラスが亡くなった。このことが、証明されてしまったのです。私は、気が遠くなるのを、彼の腕の中で感じました。

Re: たおやかな毒、あるいは ( No.13 )
日時: 2017/10/26 16:47
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

 これが、事の顛末です。私が彼に泣き喚く姿は大衆の目に晒され、ロイストンの噂になりました。メイブリックの娘は、気が触れてしまった。そう、人々の目に映ったのでしょう。皆、私のことを、妖精の逆鱗に触れた女だと呼びました。両親は私を哀れみました。私の幸福は、閉ざされてしまったのです。
 翌年の春、レイチェルはロイストンを永劫に去りました。彼は大学へ進学しました。そして学位をとり、卒業するとロイストンに帰ってきました。父、ロナルドの家業を継ぎ、とうとうあのお屋敷を我が物にしたのです。彼が私に求婚したのも、同時期でした。私に拒否権はありませんでした。気の触れた娘として知られてしまった私を娶ろうなんて酔狂な方、他に居ませんでしたから。両親は私の言い分をも聞かず、両手を挙げてこの婚姻に賛成しました。
 彼は、夫として模範的に振る舞っていたように思います。私を労わり、ある程度の自由を尊重しました。全ては、私を置いて円滑に進んだのです。

 結婚して暫くは、とりたてて書くべきことはないでしょう。年月が経てば娘を授かり、私は束の間の安寧を感じました。私譲りの金の髪に、彼譲りの目鼻立ち。成長するにつれて、彼女は幼い頃のレイチェルを彷彿とさせるものになりました。こうして私の娘は、心の拠り所になったのです。
 彼女が、7歳になった時のことです。お転婆な彼女は、いつもお屋敷の中を駆け回っていました。その日、お茶の時間にいつまでたって現れない彼女を心配し、私は談話室を飛び出しました。

「ベティ、私の可愛いベティ、どこへ行ってしまったの!」
「お母様、ベティはここよ」

 娘は、彼の書斎の前にいました。常ならば、書斎は鍵が固くかけられている部屋でした。その日は、偶然掛け忘れたのでしょう。扉はわずかに開け放たれ、中から埃っぽい匂いがしました。私は娘を抱きしめ、柔らかい髪を撫でました。

「お母様、苦しいわ!」
「ああ、ごめんなさい」

 私は娘を解放してやりました。彼女は非常に愛らしい笑顔を浮かべています。その顔を見るたび、私は胸がいっぱいになりました。

「ねえ、お母様。お父様の部屋に、すごいものがあったの!」
「あら、何かしら」

 彼女は誇らしげに、胸を反らしました。自然と頬が綻ぶのを感じます。

「ぴかぴか光る小枝があったのよ!」

 鼓動の音が、脳内にこだましました。まず我が耳を疑い、次に娘の言葉を咀嚼しました。ぴかぴか光る小枝。それは、間違いなく銀の小枝のことでしょう。全身の血が冷えていくのを感じながら、私は書斎に入りました。昼間だというのに、中は仄暗く、散らかっていました。ふと机の方に目を向けると、その上にあったのは、紛れもなく銀の小枝でした。その時の、私の衝撃ときたら!

「とっても綺麗だわ!」

 横から、無邪気な声が飛んできます。私は恐る恐る銀の小枝を摘み上げ、よくよく観察しようとしました。ニコラスの心臓が止まった夜に見た小枝と、全く同じもののように思えました。



 その日から、私は妖精のことについて調べました。そうして、興味深いものを見つけたのです。それは、ロイストンの伝承を収めた書物の中にありました。古くから魔除けの効果がある、ローズマリー。その葉は、魔の物にとって毒であると。長い年月をかけて、その身を蝕むと。そう、書かれていたのです。
 それから毎日、ローズマリーを粉塵にしたものをほんの少量ずつ、夕食に忍ばせました。そして10年、待つことにしました。もしも、10年経っても何事もなかったならば。私は余生を、償いの意味を込めて、彼に心から捧げましょう。けれども、何かしらの変化が見られたならば。




 明日で、ちょうど毒を盛ってから、10年が経ちます。私は、本当に生きた心地がしません。これまでのことは、気の触れた女の妄言と思って下さい。自分でもよくわからないのです。彼は、ニコラスなのでしょうか。あるいは、全て私の……。




 ああ、ニコラスが私を呼んでいます。




たおやかな毒、あるいは


Re: たおやかな毒、あるいは【完結】 ( No.14 )
日時: 2017/10/26 21:05
名前: 凛太 ◆wSaCDPDEl2

わー、終わりました!
自分が思う着地点に辿り着けたので、良かったです。
本当にあっという間でした。

少し反省があって、ロイストンをうまく活かせなかったなあ、って思います。
嵐が丘とか、秘密の花園が好きで、そこから着想を得たのですが、まだまだ難しいですね(._.)

あとは、思ったよりイヴリンが情緒不安定になってしまいました。
彼女はとても盲目的で、かつ崇拝される側でもある、不安定な人間です。
ニコラスも非常に盲目的ですから、結婚後はイヴリンはすごく大切にされていたと思います。
でも、だからこそイヴリンはレイチェルに、焦がれていたんでしょうね。

ニコラスは亡くなったのか、それとも彼女の妄想だったのかは、伏せておきます。
どちらにせよ、ニコラスは報われないですね。

そんな感じで、あとがきを締めたいと思います(´` )
これから、短編集や、星野名義で書いてるものに少しずつ着手します。
いつか、また凛太の名前で、新しいものを書けたらいいなあ。

それでは、ありがとうございました。

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