複雑・ファジー小説

さみしいかみさま【完結】
日時: 2018/08/31 10:46
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=776.jpg

 
 
 空も湖もね、偽物なんだよ。
 誰も神様になんて、なれやしないんだ。






 


☆星野 瑞樹ホシノ ミズキ
…美少年。金髪碧眼だが、それを隠して生活している。

○相川 みおアイカワ ミオ
…瑞樹と昼食を食べるようになる。美しいものが好き。弟がいた。

。鈴村 廉造スズムラ レンゾウ
…フリーライター。ナルシスト。『青花会』についての事件を調べる。

◎橋木 研介ハシキ ケンスケ
…医者。拾った少年と共に暮らす。

★少年
…性別不詳。鈴村の前に現れた、『青花会』を知る人物。






 同名の歌がありますが、イメージソングはこちら。
【Green a.live/YUI】
 




2018.08.31

 
 
 

Page:1 2 3 4 5



Re: さみしいかみさま ( No.1 )
日時: 2018/10/14 00:27
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 





「神様って呼ばれたこと、ある?」

 瑞樹くんは、そんなことを呟いた。
 普段から真っ黒な彼の瞳は、今も死にそうなほど真っ暗で。その瞳が偽物だということを、私だけが知っているのだ。

「うーん。ひとまず、人間である以上、そんな『神様』なんてものにはなれないと思うな」
「そっかあ、そうだよねえ、それが当たり前だよねえ」

 うんうん、と頷きながら、瑞樹くんはメロンパンを頬張った。中庭の芝生に置いた彼のビニール袋からは、カラフルなパッケージに包まれたクリームパンが飛び出している。私はふいに、彼の食生活を少し不安に思った。

「そんなに甘いものばかり食べてて大丈夫なの? 私、瑞樹くんが野菜とか肉とか食べてるところ、見たことないんだけど」
「僕は神様だから、何を食べても太らないの」

 ごくりとメロンパンを飲み込み、彼は口の端を上げてみせる。こちとら、今日もカロリーメイトだけでなんとか空腹を凌いでいるというのに、この男は……と、睨みつける。

「自分のこと、神様なんて言っちゃって、馬鹿みたい」

 そう吐き捨てると、彼は曖昧に笑い、またメロンパンを頬張った。形のいい唇に、パンくずがついている。
 自分のことを『神様』、と呼んだ少年、星野 瑞樹くんは、まあ、そういう目で見れば神様かもしれないな、と思う。だって、彼はとびっきりの美少年だから。




 瑞樹くんは、中学生のときに、この辺に引っ越してきた。その頃は全然私と関わりは無くて、私はたまに見かける彼のことを「綺麗な男の子だな」と思っていたくらいだった。
 美しいものは人を惹き付ける。無口でどこか近寄り難いオーラを持っていた彼は、いつも1人でいたけれど、みんなちらちらと彼のことを気にかけていた。私もその1人だ。
 3年生のときに初めて同じクラスになり、彼のことを近くで見る機会が多くなった。私は授業中、黒髪と真っ白な肌が対照的な美少年の横顔をじっと見つめていた。
 彼は授業をあまり聞いていないようで、ずっと窓の外を見ていた。真っ黒な瞳が、まるで硝子玉のようだった。
 それが今、彼は私の隣で昼食を食べているのだ。天変地異が起こったとしか思えない。それくらい、中学の頃の彼は、無機質で何の反応も示さない、人形のような人だったのだ。
 変化が訪れたのは、高校に進学した後。うちの学校は中高一貫校ではない。だから、彼が私が進学した高校の入学式に出ていたときは驚いた。同じ中学からこの高校に入学した人は、あまり多くない。だからこそ彼はここを選んだのかもしれなかった。
 その後、私は彼と同じクラスだと知って、またあの綺麗な横顔を眺めることができるな、と1人はしゃいだ。
 高校に入っても彼は相変わらずで、愛想も無く、積極的に話しかけたりもしなかったので、いつも一人だった。あからさまに彼に声をかける女子もいることにはいたけど、あまりにも無反応なので、次第に減っていった。中学の頃も、そうやって1人になっていったのかもしれない。正直、美少年が1人で空を見上げている姿は孤高、という言葉がよく似合っていた。ぼっち、とはとても呼べないな、と1人苦笑した。
 そんなある日のことだった。定期考査も終わり、夏の文化祭の準備に入ってしばらくしたその日、彼はまたしても1人、看板にペンキで色を塗っていた。大方、黙り込んで何もしない彼に閉口したクラスメイトがその仕事を押し付けたのだろう。しかし彼は今までに無いほど真剣に、貼り合わされたダンボールを見つめながら作業をしていた。
 そのため、いつの間にかクラスメイトたちがいなくなってしまったことに気がつかなかったのだろう。彼は日が暮れるまで、作業に没頭していたようだった。
 私は文化祭実行委員で、遅くまで学校に残っていた。会議も終わったのでそろそろ帰ろう、と下駄箱に向かっていたときに、うろうろと中庭をさ迷う彼を見つけたのだ。
 よく言えばいつもマイペースな彼が、所在なく辺りを見渡していた。走ってはしゃがみこみ、何かを探すように草を、花をかき分けている。まるで猫みたいだった。

「どうしたの?」
 
 気づけば話しかけていた。要するに、放っておけなかったのだ。
 彼は元から大きな瞳をさらに大きくして、私の方を見る。少し、弟に似ている、と思った。そこであれ、と感じたが、その疑問が形になる前に、彼がふっ、と目を逸らした。もう暗いので、勘違いかもしれない。彼の瞳に違和感を覚えたのだ。

「……コンタクトレンズを落としてしまったんだ」

 低くもなく、高くもない心地よい声が響く。今まで彼の声は、うんとかすんなんて言う返事だけで、まともに聞いたことがなかったので、どきり、とした。

「そっか。じゃあ私も探すよ」
「……いいの?」
「うん。もう暗いし、2人で探した方がきっと早いよ」
「そうじゃなくって」

 目線を下の方でうろうろとさ迷わせながら、彼は呟く。

「僕と君は、友だちでもないのに」

 ぷはっ、と笑いそうになった。
 確かに。私たちは友達じゃない。話したことすらない。もしかしたら、私は彼に認識されてもいなかったのかもしれない。けど、私は不思議と彼の孤独で美しい姿が好きだったし、今の、こうやって気弱そうに私と話す姿も、とても好ましく感じられた。
 それに、少しあの子に似ている。

「人を助けるのに理由なんていらない、でしょ?」

 小学校のときに教えてもらわなかった? と笑い、しゃがみ込んで、コンタクトレンズを探し始める。彼が花時計の辺りで作業をしていたところはお昼に見ていたので、きっとこの辺りで落としたに違いない。美少年と花は麗しいな、としみじみとしていたから。
 彼はしばらく棒立ちになっていたが、「そっか、そうなのか」と小さく呟くと、やがて、私と同じようにまた捜索活動に移り始めた。

「いつ落としたの?」
「……しばらく作業に集中していて、目が乾いていて、周りに誰もいないってことに気づいて目を擦ったら、ぽろっと落ちた。だから、この辺にあると思う」
「おっけー。じゃあ、私がライトで照らすから、瑞樹くんはここを探し回って」
「うん」

 ポケットからスマホを取り出してライトで足下を照らし始めた私は、彼の綺麗なつむじを見ながら、やってしまった! と心の中で叫んだ。瑞樹、星野 瑞樹、ほしの みずき。なんて綺麗な名前だろう。中学の頃から名前はもちろん知っていたけど、美しい人は、名前まで美しいのか、と常々感じていた。いきなり下の名前で呼んでしまったことを後悔したが、そのあまりの響きの良さに、私は感服した。きっと、彼のお母さんも美しく、豊かな感性を持っていたのだろう。

「……あった!」

 小さく歓声の声が響く。慌てて彼に目線を向けると、丸い膜のようなものが、彼の手のひらに乗っていた。

「良かった」

 くす、と笑うと、彼は私の方を見る。どきり、とした。先ほどの違和感はやはり勘違いではなかったのだ、と確信する。
 彼の硝子玉のように真っ黒な右目は、ライトの光の下で、今は青色に輝いていたのだ。
 私が彼の瞳をじっと見つめていることに気づき、彼が口許に人差し指を当てる。

「秘密だよ」

 にっこり、と三日月を象ったその唇は、私の目を捉えて離さなかった。

 

 その日から、彼と私は中庭で昼食を食べるようになった。元々、私もクラスに親友、と呼べるほど仲の良い子がいなかったので、昼食もいつも1人で食べていた。だけど、誤解しないでほしい。私はぼっちじゃない。瑞樹くんと違って、普通に話せる子はいるから。
 黒髪黒眼の美少年は、実は金髪碧眼の美少年であったことも知った。金髪は黒髪に染め、碧眼はカラーコンタクトレンズで黒眼にしているらしい。純日本人だよ、と少し淋しげな顔で言っていたので、アルビノか何かだろうか。何にせよ、遺伝子の突然変異には違いなかった。
 何故、孤独を好む彼が、私と行動しようと決意したのか、実は未だによく分かっていない。授業中や休み時間はこれまでのように話さないし、私は彼の横顔をひっそりと見つめているだけだった。
 私、相川 みおは、今日も彼と、お昼ご飯を食べる。彼はメロンパンを、あ、今はクリームパンを。私はカロリーメイトを。
 そして、時々、自分のことを神様だと笑う彼は、美少年で、孤独で、気高い人だった。
 


 
 
 瑞樹くんと昼食を共にするようになってから2週間ほど経った頃、ついに文化祭が始まった。
 一日目、なんと彼は学校に来なかった。まあ、1年生は展示だけで、学校に来たってやることは2年生の劇を観たり、3年生の模擬店の食べ物を食べたりすることぐらい。おまけに、私たちのいつもの居場所である中庭は、軽音のライブや生徒会主催のイベントに使われていて、とても騒がしかった。
 文化祭は2日間。その後土日を挟んで体育祭があるので、彼は明日も来ないのだろうか、と残念に思った。クラスのまあまあ仲の良い子と、それぞれのクラスの展示を回ったり、吹奏楽部の演奏を見たりしながら、私はどこか物足りない気持ちだった。
 朝、家を出る前に、母が私に「彼氏と回ればいいじゃない」と笑顔で言ったことを、私は覚えている。もちろん私に彼氏はいない。ここ数年で、まともに話した異性は瑞樹くんだけだ。それに、彼は、なんと言うか異性、という感じがしなかった。
 彼は、骨格的には間違いなく男性ではあるのだけど、どこか女性的というか、中性的な雰囲気がある。だからこそ、私は彼に話しかけることができたし、ああやって楽しくお昼を食べることも出来たのかもしれない。
 それに、少し、似ているのだ。懐かしい、あの子に。もう会えない、天使に。
 そんなことを考えながら、文化祭一日目は淡々と過ぎていった。
 
 
 二日目、彼は学校に来た。朝礼の後、中庭の方を覗いて、ぐっ、と眉を顰めたあと、私の方を見た。昨日、一緒に行動していた子は、部活の仕事があるとかで、すぐに出ていってしまった。私を静かに見つめるその瞳はやはり黒くって、うるうると、淋しげな輝きを放っている。

「……一緒に回る?」
「うん」

 こくり、と頷く姿はやっぱり猫みたいで、私はふふっ、と笑ってしまった。
 回る、と言っても、昨日のうちに展示は大体全部見てしまった私はもう1度校舎を彷徨くのが億劫で、彼も興味なさげに空を見ていたので、どこか静かなところに行こう、と思った。
 といっても、この文化祭中に静かなところなんて存在しなくて、結局教室に戻ってきてしまった。
 洋風に飾り付けられた私たちの教室の展示は、もう誰も見に来ない。私のように、一日目に全部回ってしまった人がほとんどなのだろう。案外、ここが一番静かなのではないか、と一通り彼を連れ回した後に気づいたのだった。
 彼は教室に戻るなり、展示の後ろの黒いカーテンを押しよけ、無造作に置いてある椅子に座り、また空を見上げた。今どきの学生のように、暇つぶしにスマホを操作することもなく、彼はただ静かに時を過ごしている。そもそもスマホを持っていないのでは、と感じた。彼が電子機器を使っているイメージが、どうしても思い浮かばないから。
 彼と廊下を歩いているとき、周りからの視線を感じた。正確には、彼の隣を歩く私を訝しげに、また嫉妬混じりに見つめる視線だ。美しいものにはそういった汚い感情を向けられないのだろう。自分が惨めに思えてくるから。悪意は私にだけ込められていた。
 私が彼と昼食を食べていることを知っている人は恐らくいない。中庭で食べている人はたまにしか見かけないし、私たちはその片隅で食べているので、よっぽどのことがない限り、見つからないと思う。だから、私が彼の隣を歩いているのが心底不思議だったのだろう。私もそう思う。
 一度、それとなく聞いてみたことがあったけど、彼はまた、唇を綺麗な三日月にして、「秘密」としか言わなかった。私がその表情に弱いことを知っていてやっているのだ瑞樹くんは。うーん、あざとい。
 何にせよ、彼と過ごす静かな時間は嫌いではなかったし、むしろ綺麗な顔をじっくりと見ることができて楽しい。美人は三日で見飽きるなどと言う言葉は誰が言ったのだろう。美人も美少年も、いつまで経っても見飽きません。
 ずっと見ているのも何だか恥ずかしいので、私は鞄の中から本を取り出し、文字を追いながら、時々彼へと目線を向けていた。

「何の本、読んでるの」

 突然ぽつり、と彼が呟いた。前触れもなく質問を投げかけてくるのはもう慣れてしまったので、私は動揺を見せることなく、それに答える。

「太宰治さんの『人間失格』。ほら、この前の現代文のテスト、太宰治さんだったじゃない? それで興味が出てきて、買ってきたの」
「へぇ、見せて」

 窓の外から目を離し、彼は私に目線を寄越す。私が彼に本を見せると、彼はしばらくその文字の羅列をじっ、と見つめたあと、ふぅ、とため息をついて私の方に戻した。

「駄目だ。読める気がしない」
「本を読むの、苦手なの?」
「うーん、そうだね。僕は神様だから」
「まーたそんなことを言う」

 くすくす、と笑うと、彼も笑みを浮かべて、また窓に視線を戻した。

「楽しい文化祭だね」
「そうね」

 窓の外から見える中庭は、沢山の人で賑わっている。また来週になれば、あの場所は私たちの場所になるのだ、と言い聞かせて。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.2 )
日時: 2018/08/18 22:01
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 




 
「事件事件。この世の中は平和すぎて鈍ってやがる。なまくら刀ばっかだ。何か事件持ってこいよ!」

 スマホにも同じ言葉を打ちながら、俺は吠えた。そのまま送信ボタンを押すと、ツイートが表示される。アカウント名は「鈴村 廉造」。もちろん本名だ。プロフィール欄には「ライター」とある。俺はネット記事を書いて稼いでいるので、間違っちゃいない。フォロワーは200人ほどで、フォロー数は500。なに、今に世界が俺を求めてくるさ。
 とはいっても、最近は芸能ニュースがほとんど無く、テレビを見てもネットを漁っても、めぼしいものはない。困った困った、と俺は芸能人についての記事を諦め、何か事件は無いのか、と適当に検索をかけ、面白そうな事件を探していた。
 最近の事件だとあまり捏造できないので(世間は面白おかしいものを好むのだ)、古い事件を遡り、ネタを探す。スマホは画面が小さすぎるので、俺はいつもパソコンで作業をしている。
 スクロールで検索結果を流し読みしながら、俺は「お?」と動きを止めた。「宗教団体『青花会』少女を虐待」という新聞記事だった。自分自身、宗教には入っておらず、これからも入るつもりはないが、「少女を虐待」の方に目がいった。よくわからないが、少女を虐待した、ということは、どういったことをされたのか想像がつく。その想像を、ちょいと大袈裟にしてやれば、読者は食いついてくるはずだ。この世の中は、ロリコンが多い。

「『青花会、という宗教団体についての事件を発見。よし、これから情報収集をするぜ』っと」

 ぶつぶつと呟きながら、俺はスマホの画面をタップする。唯一の友人に指摘されて気づいたのだが、俺は文字を打つとき、口でも同じことを呟く癖がある。やめようとすると逆に何も打てなくなってしまうので、もう諦めた。そもそも、俺は今一人暮らしなので、周りを気にする必要は無い。天才はいつも孤独だ。この孤独の中、生きてゆかねばならない運命なのだから。
 調べていくと、これは三年前に起きた事件で、青花会、という小さな宗教団体の中で、1人の少女が「神様」と呼ばれ、虐待を受けていた、というものだった。内部で通報があり、その後警察の調べが入ったことで事が露見し、幹部など数名が逮捕されたらしい。少女の名前は未成年であるためか公開されていない。ただ、週刊誌と見られる記事の画像には、「金髪碧眼で、アメリカと日本のハーフの美少女」であると書かれていた。ますます面白い記事が書けそうな予感がしてくる。
 記事を書き始める前に、俺は青花会についても調べた。美少女を神と崇め、虐待したのだから、どういう規則があり、何をモットーにして活動していたのか気になったのだ。青花会は既に解散し、公式ホームページは封鎖されていたが、幸運なことに、パンフレットを写真に収めてブログに投稿していた人がいたため、俺はそれを読み込んだ。

「うわ、何だこれ。気持ちわりぃ……」

 思わずそんな言葉が飛び出る。
 まず、青花会は、青い瞳を持つ者を聖なるもの、神としていたらしい。「混じり気のない、純粋な蒼き瞳の唯一神の下に、我々は日々を過ごす」とある。それが少女だったのだろう。素直に気の毒だな、と思った。
 他にも色々と誓約はあったが、性に纏わるものが非常に多かった。思わず気持ち悪い、と感じてしまったものがいくつもあり、例えば「初潮を迎えた女子は、司教に必ず報告をし、神の祝福を受けること」というのは非常に意味不明だと思う。世の中には、女性の生理に興奮を感じる者がいるそうだが、俺はそうではない。「精通を迎えた男子は、己の欲望を理解し、抑制しなければならないため、満20歳まで教会の立ち入り、また神との面会を禁ずる」というのは、気持ち悪いを通り越して狂気を感じた。
 逆に、男女の交わりについてはむしろ奨励されており、「子を成し、神に捧げよ」という恐ろしいものから、「満30歳までに結婚できなかったものは、その後結婚をしてはならない」という理不尽なものまであった。

「よくこんなんで人を集められてきたな……青花会の何が良かったんだ?」

 ふぅ、とため息をつくと、俺はぼんやりとパンフレットの画像を見つめる。一つ、疑問が浮かび上がってきたのだ。俺はスマホを手に取り、文字を打ち込み始める。

「青花会には、『混じり気のないもの』を良しする節が見受けられた。とすれば、神、と呼ばれるものが『ハーフ』であることは、矛盾しているのではないだろうか」

 そこまで書いて、一旦送信する。
 そうなのだ。青花会は、『純』や『穢れのない』、『同じ』といった言葉をしきりに使っていた。ブログには青花会の教会を訪れた、とあったが、そこには「青い瞳の外国の少女が崇められていました」とある。そして、見にくいが、「入会資格」の欄に、「日本人であること」と書かれていた。

「ハーフとは、純なものではない。むしろ、青花会では、穢れたものとして扱われるのではないだろうか。つまり、神がハーフの少女であることは、少しおかしい」

 その理由は思いつかなかったので、とりあえずそれを最後のツイートにして、記事を書こうかとパソコンに向き直ったとき、ぴろん、とスマホが通知を知らせた。
 「hsnさんがあなたをフォローしました」という通知だった。鍵垢のようで、フォローリクエストを送っておく。フォロー欄が0なのが気になったが、俺と繋がるためだけに作ったアカウントなのかもしれないので、気にしない。読者が増えることは良いことだ。
 しかしまたぴろん、とスマホが震え、画面を見ると、「hsnさんからメッセージが届いています」とあったので、もしや応援メッセージかと思い、わくわくしながら返信を見る。

『青花会のことについて、あなたに詳しくお話しましょう。場所はあなたのアパートの前の公園で、明日の16時に。ブランコが片方無い公園ですよ。忘れずにね』

 思わず締め切っていたカーテンを開き、外を見た。住宅地の中に、確かに公園があった。ブランコは……? 片方が、確かにすっぽりと抜けている。
 ぞっ、とした。俺は住所を特定できるようなものは何も上げていないし、強いていえば本名くらいだろうか。だが、こんな名前の人間は日本に大勢いる。だとしたら、何故。

『あ、住所をばら撒かれたくなかったら、絶対に来てくださいね。来て下さるだけでいいんですよ。あなたの知りたい真実をしっかりとお教えしますから。ね』

 続いて送られてきたメッセージを見ながら、俺は、果たして信じていいものだろうか、と考えた。え、Tシャツの背中がびしゃびしゃだって? そんなことはない。気のせいだ。

『待ってるよ』

 くそう。面倒なことになっちまった。大人しく、芸能ニュースを書いていればよかったと、俺は今更ながら後悔した。
 

 



 結局、俺は公園に向かうことにした。住所をばら撒かれたらそりゃ困るし、引っ越す余裕もないので、阻止しなければならない。行くだけでいいのだ。行って、会って、情報を聞き出してすぐに帰り、青花会についての事件の記事をさっさと書き上げよう。そしてまた、芸能ニュースを書き上げるのだ。
 公園はアパートのすぐ前なので、指定された時刻よりも10分も前に着いてしまった。まだ16時前だというのに子供はおらず、辺りは閑散としている。ブランコが壊れてしまっているのが原因なのかもしれない。他にも、遊具は全て錆びてしまっている。そういえば、向こうに新しく公園ができた、とうちの隣に住む幸せそうな家族が話していたな。みんな、そちらで遊んでしまっているのだろう。それを見越して、彼女、もしくは彼がこの公園を指定したのだとしたら。冷や汗が出る。まさか、な。
 ベンチに座り、コーラを飲んだ。俺の血はコーラでできていると言っても過言ではないほど、コーラは俺の生活に欠かせないものだ。唯一の友人にはコーラ依存症じゃね? と言われたが、彼にはこの魅力がわからないのだ。全人類はコーラを飲むべきだ、と心から思う。

「わぁ、豚みたい」

 ごくごくごく、と本日3本目のコーラを飲んでいると、突然前から声を掛けられ、コーラを噴き出しそうになった。先程まで誰も公園にいなかったはずなのに。動揺を隠すようにしっかりとペットボトルのキャップを閉めてベンチに置くと、俺はそいつを見た。状況から判断する限り、こいつが俺に脅迫のメッセージを送ってきた奴だろう。帽子を目深に被り、 黒のパーカーにジーンズ、という怪しい格好をしている。目元は隠れて見えないが、黒髪に肌は真っ白で、日本人らしくなく、鼻は高かった。

「ねぇ、鈴村 廉造さん。あなたは青花会について調べているの?」
「そ、そうだ。いや、そんなことより、お前、何故俺が住んでいる場所を……」
「そんなの簡単ですよ。あなたが今までに投稿していた写真や呟き、まあ、端的に言うと位置情報を辿って。あなたが間抜けだ、としか言えないけど!」

 くすくすくす、と男とも女ともつかないような声で笑う。位置情報……? そういえば、写真を投稿するときは気をつけろよ、と唯一の友人が言っていた記憶がある。なるほど、今度からしっかりと気をつけよう。時すでに遅し、なんてことは言わないでくれ。
 ふぅ、とため息をつき、俺はそいつに問いかける。

「で、俺に青花会について何を教えてくれるっていうんだ?」
「そうだなあ。そうだねえ。全部、かな」
「全部? お前はあの事件の、青花会の関係者なのか」
「うーん、そんなところかな」

 こんな状況でありながらも、記者魂が奮い立ち、俺は心の中でばんざーいと手を上げる。もしかしたら、今回の記事は最高傑作になってしまうかもしれない。入ってくるであろう収入の額を計算しながら、俺は胸を高鳴らせた。

「まず1つ。青花会は無くなっていない」
「何だと? 幹部の人間は全て捕まり、おまけに神、と言われていた少女も保護されたんだぞ?」
「保護、ねえ。まあ、そうとも言えるか」

 含みのある笑みで頷く。そいつはふと、俺のコーラを手に取り、口に含んだ。あ、間接キス、と感じたが、そもそも女なのか、男なのか判別できない。胸はあるようにも見えるし、無いようにも見える。顔は整っているように見えるが、まだ少年と呼べるような顔立ちなので、男だろうか。中性的な人間っているもんなんだな。

「そしてもう1つ。あなたの想像は正解にかなり近い」
「……どういうことだ?」

 そいつは顎に手を当てて、唸り始める。

「んー、僕はずっと、ネットで青花会について話している人なんかを探していたんだけど、みんな大体少女の虐待についてを面白おかしく書いてるだけで、つまんなかったんだよね。でも、あなたは違った。あなたは気づいた。あの事件に隠された、本当の真実に」

 そいつは突然右目に指を突っ込み、次の瞬間、もう片方の手で帽子を取った。さらり、と黒髪が揺れて、そいつの顔が露になる。

「初めまして、鈴村さん。僕の名前はほしの。かみさまでした」

 真っ赤な唇を三日月の形に歪め、微笑んだそいつの右目は、透き通った空の色をしていた。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.3 )
日時: 2018/08/19 17:31
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 





 
 彼女と会うまで、全てがモノクロに見えていた。それは、黒のカラーコンタクトレンズをしていたせいなのかもしれない。そんなことは絶対ありえないのだけど、祖母につけなさい、と言われて始めたそれは、存在しない副作用で、僕を蝕んでゆくような感じがした。
 人になって、人に紛れて、もう3年が過ぎた。黒髪にして、黒目になって、人に溶け込めると思っていたのに、僕は未だに人になりきれず、1人しか友だちがいないのだった。
 人に話しかける方法がよくわからない、というのが問題だったのかもしれない。僕は人ではなかったので、何も言わなくても、目線を向けて念のようなものを送れば、相手が何でも与えてくれた。ご飯も、服も、花も、「ともだち」でさえも。
 あのときの「ともだち」と、今僕の隣でカロリーメイトを食べる相川さんとは、全然違うのはわかる。友だちは、僕にその口で敬語は使わないし、その手で食べ物を食べさせたりしない。人になってまだ経験の浅い僕だけど、それは理解していた。
 友だち、と呼べる人は、相川さんだけ。祖母が、「友だち、と言うのは、一緒にお昼ご飯を食べる人のことなんよ」と言っていたので、彼女はしっかりとした友だちだ。そして、僕の顔が好きらしい。別に人の視線には慣れているので、いくらでも見てくれて構わないのに、といつも思う。外見は、いずれ失われる。時の流れと共に消えてゆくものに、意味は無いから。
 相川さんと友だちになったのは、彼女が僕に話しかけてくれた、ということもあるし、何より、僕に「人としてのルール」を教えてくれたから、というのが大きい。今までにも僕に話しかけてくれた人はいたけど、みんな、何かしら見返りを求めてきた。僕と話したことを自慢する者、僕の外見を褒め称える者。誰も、僕の中身を見てくれやしないのだ。もう、たくさんだった。僕はもう、神様じゃない。
 けど、彼女は違った。確かに、僕の外見に興味を持っていたけど、彼女は僕を助けてくれた。そして、教えてくれたのだ。

『人を助けるのに理由はいらない』

 と。普通の人ならば、それは小学校で習うことらしい。だからなのか、祖母は教えてくれなかった。祖母と暮らすようになったのは今から3年ほど前で、その頃僕はもう中学生だったので、祖母は僕がそのことを知っていると思っていたのだろう。
 相川さんは、僕の落としたコンタクトレンズを探す手伝いをしてくれた。彼女が来るまでにも何人か僕のことを見つけた人はいたけど、助けてはくれなかった。不思議だ。小学生でも知っていることなのにね。
 だからこそ、僕に手を差し伸べ、大切なことを教えてくれた彼女には、僕のこの瞳を見せてもいいと思った。日本人らしくない、この青い瞳を。

「昼食、それだけで足りるの」

 ふと思考から離れて、いつも疑問に思っていたことを聞いてみた。いつ見ても、彼女はカロリーメイトばかりだ。ただでさえ細いのに、死んでしまうのではないか、と思う。

「……足りたらいいんだけどねぇ」

 むぐ、とカロリーメイトを口に含んで彼女は呟いた。お腹を抑えてため息をつく彼女に、口許が緩む。こういう仕草ができてしまうし、似合っているものだから、女の子は可愛らしいのだ。何度、女の子に生まれたいと思ったことだろう。そうしたら、僕はずっと、あの場所にいられたのかな。
 別に、あの場所にずっといたかった訳では無いのだ。今、こうして、人として生きるのは好きだから。
 けれど、どうしても、人にはなりきれない。今だって、メロンパンとクリームパンを食べている。普通の人は、昼食にこんなものは食べないらしい。でも仕方ないじゃない?
 だって、僕はかつて、神様だったんだから。
 僕は、静かに問いかける。

「神様って、呼ばれたことある?」

 ええ。ありますとも。









 文化祭が始まったその日、僕は学校を休んだ。祖母の体調が悪く、朝から寝坊したからだ。僕は昔、神様であったので、誰かに起こされなければ起きることができない。それは3年経っても治ることなく、まだ僕は完全な人になりきれないのだ。

「ごめんねぇ。起こしてやれなくて」
「別に大丈夫。どうせ、今日は文化祭だし」

 けほけほ、と咳をしながら謝る祖母に、僕は味噌汁を飲み干して首を横に振る。祖母ももう若くない。体調が悪いのに、こうやっていつものように朝食を作ってくれるだけでありがたかった。

「本当は、いつも昼食も作ってやりたいんだけどねぇ」
「そこまではいいよ。それに、今でも味噌汁とご飯で限界だから」

 ごちそうさま、と祖母から昔、教えてもらった通りに手を合わせ、僕は立ち上がる。
 ずっと僕の食事はパンばかりで、その他のものをほとんど食べたことが無かった。そのせいで、他のものを食べると、はじめの頃はよく吐いてしまっていた。今は、訓練のおかげで味噌汁や白ご飯なんかは食べれるようになってきたけど、それが限界だった。だから、僕の昼食はいつもパンだ。いくら相川さんに咎められようが。

「今日はどう過ごすんだい?」
「んー……文字を読む練習でもしようかな」
「それはいいことだね。屋根裏部屋にたくさん本があるから、どんどん読みなさい」
「ありがとう。ばあやはしっかりと休んでいてね」

 祖母がお盆を下げ始める。ごほごほっ、という嫌な咳が、どことなく、僕の心をざわつかせた。

 
  
 
 
 
 屋根裏部屋に行くと、僕は椅子に座り、本棚から本を手に取った。正直、内容はどうでもいいのだ。それが本でさえあれば。
 ページを開くと、白い紙の上に黒いインクでびっしりと文字が印刷されている。僕はしばらくの間、それを根気強く見つめ続けた。
 神様だった頃、一通りは文字の読み書きや計算の仕方を教わった。けれど、本は読んだことがなく、人になって初めて本を手に取ったとき、これは何だ、と聞いて、祖母を困らせてしまったことを、今でも覚えている。
 物語、という言葉の意味がわからなかったのだ。
 僕にとって、現実、という世界だけがただ一つの物語であり、他の物語など、知る由もなくて。そして、虚構、というものも理解できなかった。無いものをあるように書く、人特有の思考が。
 「本を読めてこそ一人前の大人」と教えてくれた祖母の言葉に従い、これまで何度も本とにらめっこしてきたけれど、1度も読み切れた試しがない。精々、文庫本の半分ほどまでだ。
 本の文字を辿っていくと、頭に入れた端からどんどんと拡散していって、物語が構築されない。学校の国語のテストも散々だ。
 もちろん今日も、ふう、と溜息をついて本を机に投げ出してしまう。

「僕は神様だったから、こんなの読めなくていいんだよ!」

 屋根裏部屋は狭いので、僕の声が盛大に跳ね返り、思わず耳を塞ぐはめになった。
 本をすらすらと読める人は羨ましい。だって、自分の人生以外の物語を、体験することができるのだから。


 

 
 
 2日目、祖母は大分調子がよくなったようで、僕を笑顔で見送ってくれた。高校は徒歩で行ける距離だ。
 教室に着いてSHRがあった後、中庭で静かに過ごそうと窓を見ると、大量の機材と学ランを着た人たちがうろうろとしていたので、肩を落とした。うるさいところは嫌いだ。あの日のことを思い出すから。
 喧騒から目を逸らして、相川さんの方を見る。一緒にいて、と視線をやったのだ。こういう風に見つめれば、みんな僕に従ってくれることを、僕は知っていた。

「……一緒に回る?」

 うん、と頷けば、彼女は仕方ないなぁ、とばかりに笑った。ほら。やっぱり僕はまだ、人になりきれていなかった。ふっ、と自嘲気味に口の端を上げたけど、彼女はそれに気づかなかったらしい。僕の手を引いて、歩き出した。
 色々と校舎内をさ迷い尽くした後、結局、僕らは教室に戻り、ゆっくりとすることにした。どこもかしこも人だらけで、途中、人酔いしそうだった。
 教室には誰もいなくって、最初からここにいればよかったじゃん、と思ったけど、一緒に行動してくれた彼女に失礼なので、言わないでおいた。
 僕と彼女は元々会話が多い方ではないので、このときもこうやって、互いに黙り込んでいた。
 こんな文化祭中はすることもないので、僕は空を見上げる。死ぬほど青い空は、今日も綺麗だった。こんな空を見ていると、僕の目をくり抜こうとした「ともだち」がいたことを思い出す。

『神様の瞳はとっても綺麗ですね』

 彼女は僕とは違って、闇を呑み込んだみたいな真っ黒な瞳だった。どうやら、僕の瞳が羨ましかったらしい。僕をいつも見つめていた沢山の茶色っぽい瞳の方が、まるで飴玉みたいで綺麗だと思っていたんだけどな。
 その「ともだち」は周りの大人たちに連れ去られ、その後、姿を見ることは無かった。彼女も僕と共にもう解放され、この世界で普通に生活をしているはずだ。いつか会って、何故あのとき、僕の目をくり抜こうとしたのか、話を聞きたいな、と思った。
 がさがさ、と音がして、彼女が本を読み始めたことに気づいた。窓に映っているのは黒っぽいカバーの文庫本で、彼女の小さな手によく似合っている。文字を追う真剣なその瞳は、窓ガラスと太陽光に透かされて、キャラメルのようだった。

「何の本、読んでるの」

 なんの前触れも無く、問いかける。

「太宰治さんの『人間失格』。ほら、この前の現代文のテスト、太宰治さんだったじゃない? それで興味が出てきて、買ってきたの」
「へぇ、見せて」

 窓の外から目を離し、僕は彼女の方に身を乗り出した。彼女が僕に本を向けてくれたので、僕はしばらくその文字の羅列をじっ、と見つめたあと、ふぅ、とため息をついて、やはり彼女の方に戻した。

「駄目だ。読める気がしない」
「本を読むの、苦手なの?」
「うーん、そうだね。僕は神様だから」
「まーたそんなことを言う」

 くすくす、と彼女が笑うので、僕も笑みを浮かべて、また窓に視線を戻した。

「楽しい文化祭だね」
「そうね」

 窓の外から見える中庭は、沢山の人で賑わっている。また来週になれば、あの場所は僕たちの場所になるのだ、と言い聞かせて。
 そしてまた、僕の神様でない日々が始まる。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.4 )
日時: 2018/08/21 11:15
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 




  

 水を飲んで、また吐いた。指を喉に突っ込み、さらに胃液を掻き出す。私の中で何かが暴れ、這いずり回っているのがわかる。背中に当てられた細い指が、私を後ろから抱きしめていた。

「もっと吐いて。あなたの中にある汚いものを、全部出して。そう、全部。綺麗にしましょーうね、さあ」

 穏やかで、透き通るような声が、耳元で囁く。低くもなく、高くもないその声は、私の頭の中に不思議と染み込んだ。
 さらに奥へ、奥へと、指を突っ込む。もう声も出ないほどに、私の体の中に手が埋まってしまっていた。

「うーん。こんなもんかな。まだ残っているような気もするけど、今度出せばいいしね。うん。今日のところはここまで。よく頑張りました」

 急にぐいっ、と私の手が口から引き出される。げほげほっ、と途端に思い出したかのように私は咳き込んだ。揺らぐ視界の中、後ろを振り返ると、金色の人間が私に微笑みかけているのがわかった。

「はぃああああくいぇえぇうでぁあっほぇぉえ」
「はははっ、何言ってるかわかんないや」

 吐き気と胃液にやられた喉のせいで、声が上手く出なくなっている私を、その人間はそっと抱き寄せる。何か柔らかなものが、私の鼻先に触れた。

「まあいいや。じゃあ、御褒美」

 唇に鋭い痛みが走り、青い瞳と目が合う。吸い込まれそうなほどに、綺麗な瞳だ。ぷっつりと糸の切れたマリオネットのように、私はそれに手を伸ばす。湖の中で溺れているような、そんな感覚が私を襲い、私はその中へと呑み込まれていった。


 
 
『君、合格』

 と言われたのは、いつのことだったか。道端で座り込んでいたその子──ここでは少年、と呼ぼうか──を家に上げ、ご飯を食べさせたところ、いきなり押し倒されたところまではしっかりと覚えているのだが、その後、視界が、記憶がブラックアウトしてしまっていて、本当に何も思い出せないのだ。

『もっともっと綺麗になって、僕を助けて』

 わかっているのは、私はもう少年に囚われてしまった、ということだけだ。
 それから私は1日に1度、吐かされるようになった。
 吐く、という行為に何の意味があるのかは知らないが、それにしたって、辛い。本来ならば吸収されるべきものを、無理矢理に吐き出すなどどいうことは、神に背く行為だ。

「もう大分、綺麗になってきたんじゃないかな。明日からは、もう吐かなくていいよ。君も辛いだろうから」

 少年がベッドの横で、ジーパンを履きながら呟く。私はベッドから身を起こし、煙草を吸っていた。

「それにしても、何で吐かなきゃならなかったんだろうね、君も僕も。あいつらがやれって言って、僕もやらされてたから君にもやってみたけど、正直、綺麗になったのかそれともそうじゃないのか、よくわかんないよね」
「俺に、よくわからないことをずっとさせてきたのか」
「仕返しだよ仕返し。目には目を歯には歯を。僕がやられたことを、誰かにやり返すの。人には人をってね。それよりも君、また『俺』になってるよ」

 嗚呼そうだった、と俺は一人称を「私」に戻した。これも少年からの命令で、元々私は自分のことを「俺」と呼んでいたのだが、今は「私」になっている。それでも、長年の癖はなかなか治らないもので、時々私は「俺」に戻ってしまっていた。

「しっかりしてよね。僕だって、一人称を変えるの、地獄みたいだったんだから」

 まったくもう、と少年は近くにあったジャージのパーカーを拾い上げ、無造作に羽織った。細い体だ。これじゃあ、騙されるのも仕方のないことだろう。
 これからまた少年は、人間を誘惑しにいく。俺のときと、同じように。

「じゃあ、行ってくるね」
「ああ。気をつけて」

 最後にもう1度だけ口づけを交わすと、少年は帽子を被り、部屋から出ていく。少年のいなくなった部屋で、私は渇いた喉を潤すために、ペットボトルのお茶を手に取った。
 渇き、傷ついた喉が軽々と水分を通す筈もなく、ごくりごくり、と飲み込むたびに鋭く痛みが走った。少年もまた昔、こんな痛みを味わっていたのだとしたら、それはとても可哀想なことだと思う。今でさえ未成年で、その当時はほんの幼い子どもだっただろうに。
 ベッドから立ち上がり、年代ものの引き出しを開け、通帳を取り出す。ぱらり、と捲りながら数字を辿っていくと、最後は「0」に行き着いた。

「折角の貯金が台無しだよ」

 そう呟いてみるも、後悔はない。少年に不用意に通帳を見せてしまったのは間違ってはいなかったと心から思っているのだ。どうせ、私には大した趣味もなく、大きな家を買っても広いだけで掃除が面倒だ。それならば少年に全てを捧げてしまってもいいと思った。かつて共に暮らしていた妻や子どもたちにさえも、そんな風に感じなかったのに。必要なものは、必要な人のために。お金など、私が持っていても無駄なのだから。

「さあ、仕事に行きますか」

 煙草を灰皿に押し付け、その上にお茶をかけた。
 そうして、私とかみさまの日々がまた始まる。



 しわだらけの手、抜け落ちた歯、窪んだ目。それらを眺めるのが、私の仕事。

「風邪ですね。お薬をお出ししておきます」
「いつもありがとうございます、橋木先生」

 細い目をさらに細めて、患者さんが微笑む。白髪に所々黒髪が混じった、典型的なお婆ちゃんだ。体調を崩すと、いつも私の病院にやって来る。

「どうも最近、調子が悪くてねぇ」
「お婆さんくらいのお歳になると、あちこちガタが来ますからね。そういえば、お孫さん、お元気ですか?」
「ええ。最近はお友だちもできたようで。毎日楽しそうに学校に通っております」
「それはいい」

 ふふふ、と嬉しそうに笑うお婆さんを見て、私はふむ、と顎に手を当てた。お孫さんが元気なことは、それはそれは、とてもいいことだ。

「食も細くって、初めはどうなることやら、と思いましたが、最近は少しずつ、ご飯も食べられるようになって。自分のことのように嬉しいです」
「食べ盛りのお年頃ですしね」
「ええ。もっと頑張らないと」

 お婆さんはごほごほっ、と咳をした。私は顎に手を当てて、その姿を見る。嫌な咳だ。私にはわかる。彼女はもう長くはないだろう。

「それじゃあ、お大事に」
「ありがとうございます」

 ぺこり、とお辞儀をすると、彼女の黒髪交じりの白髪が揺れた。

「……さて、次の患者さんはどちら様かな?」

 看護師から手渡されたカルテを見ながら、相変わらず私は少年のことばかり考えているようだ。だってもう、痛みも何も無い。患者さんと対峙するときにいつも感じていたあの痛みはどこにもない。
 思わず写真立てを見ると、かつての妻と娘、そして息子。それを手に取った瞬間、胸の奥がつうう、と痛んで、嗚呼、俺はまだ、彼女たちのことを忘れてなどはいないのだ、とやっぱり思い出させるのだ。


「ただいま」
「おかえり」

 返事が返ってくると思わなかったので、私は急いでドアを閉め、少年の元へと駆け寄る。少年はソファに座り、机に向かっていた。こと、と色鉛筆を置く。

「今日は上手くいったよ。あとはあいつをおびき寄せるだけかな」
「できるのか」
「やってみせるよ」

 にいぃ、と笑うと、少年は先程まで何か書いていたらしい絵を掴み、俺に見せる。全体的に青で色づけされたその絵は、酷く美しい。

「と、いうわけで、これ印刷お願い」
「ビラか」
「そう」

 こくり、と頷くと、また色鉛筆を手に取り、さらさらとまた何かを付け加えてゆく。どうやらまだ満足のいく仕上がりではなかったらしい。印刷しろ、と言ったくせに一向に絵を手放さない少年にため息をつき、私は夕食の準備を始めることにした。今夜は赤飯でも炊こうか。
 洗面所へと向かう私の耳に、少年の独り言が響く。

「青い花は枯れない。神様がいる限り、何度だって蘇るんだよ」
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.5 )
日時: 2018/08/22 19:41
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 私がかみさまになったわけ@

 
 

 




 水の中に、顔を突っ込むみたいな。そんで、時々地上に戻ってきて、息を吸わせてもらって。兎にも角にも、そんな人生だった。
 生まれたときから、傷つけられてきた。穢れた子だと言われ、同世代の子どもには石を投げつけられ、まともにご飯も食べさせてもらえなかった。
 初めは、どうして自分がそんな風に迫害されるのかわからなくって、他人に優しくしたり、遊びに混ざろうとしたりしていた。けれど、返ってくるのは石やら生ゴミで。それでも、私がとんでもない阿呆だったから、この青い瞳とこの金の髪が原因なのだと理解するまでに、随分と時間がかかった。

『あなたの瞳はまるで青い空みたいで素敵ね』

 母はそう言ってくれた。あいつらに殺されたけど。私が生まれたせいで。

『なんと穢らわしい』
『汚れたその瞳で見るな!』
『ここで育ててやってるだけでも感謝しろ!』

 私を見るたびにあいつらはそう言ってきたので、年頃になった私は黒いコンタクトレンズをつけ、髪を染めるようにした。黒い瞳に黒い髪。あいつらと何も変わらないはずなのに、それでも私は彼らの中に交じることが出来なかった。
 そんなある日、私と同じ、青い瞳の人間がいることを知った。それは、私もいつも参加しているミサの時間、聖堂の真ん中に立ち、みんなに馬鹿みたいに崇められている「神様」らしかった。黒いマントを羽織ったそのかみさまの顔は、いくら目を凝らしても見えなかったので、私も噂を聞くまではそんなこと、考えもしなかった。
 でも、もし本当に「神様」が青い瞳であるのなら、何故私のように穢れたものとして扱われていないのだろう。交じりものは、罪の証であるはずなのに。
 そして私はその日、ミサの時間が終わってみんなが聖堂を去っていく中、一直線に「神様」に駆け寄り、勢いよくマントを剥いでやった。周囲から耳を劈くような悲鳴が上がったけれど、私は全く気にせずにその顔を覗き込み、そして息を呑んだ。
 青い、青い瞳だった。まるで湖みたいな、深い青。私の青い空みたいな瞳とは明らかに違う、青い瞳。
 何で、と思った。私と同じように青い瞳を持って生まれてきたくせに、どうして「神様」なんて呼ばれているの。ていうか、私よりも背が低いし、生白くってもやしみたいだ。こんな奴が、神様?? 私の方が、神様だよ、ねぇ。
 頂戴よ、その瞳。

『神様の瞳はとっても綺麗ですね』

 気づけば私はかみさまの目を抉り取ろうとしていた。そのときのかみさまは何が起こっているのかわからず、目を大きく見開いたまんまで、とても抉りやすそうだった。青い瞳は宝石みたいで、くり抜いてホルマリン漬けにすればさぞ美しいだろうな、私の目と入れ替えてやれば私が神様になれるのかな、なんてことを考えていたのに、その願望はあいつらに止められた。私はあっという間に羽交い締めにされ、かみさまから引き離される。私はあいつらの腕の中で必死に暴れ回ったけど、すぐさま押さえつけられ、そのまま調教室へと連れて行かれた。

『何でだよ!!!!! 私が何したって言うんだよ!!!!! ほら、かみさまって奴、青い瞳してたじゃん!!!!! 私だって青いじゃんか!!!!! 何で!!!!!!! 何で!!!!!!』

 喚き散らす私をあいつらは呆れた様子で見つめ、1日中鞭で嬲った。身体中を触られた。ほとんど膨らみのない胸も、綺麗だった私の大切な部分までも。
 調教室、そして懺悔室。やっとそんな地獄から解放されたとき、私はもう私ではなくなってしまっていた。
 そう。これは、「神様」になれなかった可哀想な「かみさま」のお話。みなさんどうか、最期までお付き合い願います。
 
 

Page:1 2 3 4 5



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。