複雑・ファジー小説

面影は儚く かがちの夢路へ
日時: 2018/09/03 22:16
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA



あらすじ

「神の棲まう町」と知られる誘並市。そこには『カオナシさま』という都市伝説がまことしやかに噂されていた。
「夢の中にのっぺらぼうの女の子が出てくる」「その女の子の顔を見ると願いが叶う――」
誘並市に引っ越してきた主人公、月島博人はその『カオナシさま』の夢を見てしまい――




こんにちは。初めまして。藤田浪漫改め写楽というものです。7月30日付で改名しました。
小説を書くのはマジで数年ぶりとかになるのでだらっとふらっとのんびりとリハビリがてら執筆していこうと思います。
地味で冗長な山も谷もない小説ですが、どうぞよろしくお願いします。
頑張って4章ぐらいで一区切りするよう尽力します。
ではでは、よろしくお願いします




目次
前編「不在のアバンコール」

 
一章 「Like a dream on a spring night」>>1-11 >>17-25

一話 「隔絶」 >>1
二話 「安穏/Unkown」>>2 >>3
三話 「白縫筑紫/知らぬ慈し」>>6 >>7
四話 「灯籠/蟷螂」>>8 >>9
五話 「文目/菖蒲/勝負」>>10 >>11 >>17 >>18-20
夢話 「春の夜の夢のように」>>21
七話 「加筆/過失」>>22 >>23
八話 「Mess-age :11」>>24
終話 「廃絶」>>25

二章 「Does yellow innocence dream of no face?」
一話 「劇場/激情」

番外「あの日のぼくらへ」

犬飼圭 「MAD ROCK DOG/微睡む毒」>>12-14




お客様
バンビ さま
人工現物感 さま
浅葱游 さま←すこ


Page:1 2 3 4 5 6



Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.24 )
日時: 2018/08/02 23:19
名前: 写楽 ◆8nH/qRkwbA

 学生寮飛想館。自分の部屋のドアノブを水滴の滴る手で捻った。全身を長時間雨に晒されたわけではないが、身体の芯まで冷え切っている。
 あと一週間も経てば五月になるというのに何でこんなに僕は凍えているのだろうか。何というか、黄土色に濁った泥水をバケツ一杯飲まされたかのような気分だ。

 ぐじゃぐじゃに濡れた靴を脱いで、絞ればコップ一杯分は満たせるくらいに同じく濡れた靴下を、廊下に置いた洗濯物用カゴの中に入れる。早いとこ身体を暖めないと風邪を引きかねなかった。ブレザーを脱ぎながら部屋に足を踏み入れて、それをハンガーに通してからカーテンのレールにかける。右胸につけた真新しい金色の校章が、水気を帯びた淡い輝きで僕を見ていた。
 この飛想館は全室個室で洋式トイレとシャワーが各部屋に完備されている。それは生徒のパーソナリティを尊重している故、というわけでは決して無いようだ。この建物は元々はホテルでその名残なんだそうだ。

 制服を全て脱いでからバスルームへ入る。裸足にタイルの冷たさが伝わる。乳白色のバスタブ、謝るように頭をもたげたステンレス製のシャワーヘッド。僕がこの部屋に入居する以前に念入りにクリーニングされたのだろう、水垢一つついてない鏡が僕の顔を映している。ワカメみたいに濡れた前髪が目を隠している。 
 浴槽に水を溜めて浸かる気にはなれなかったので、レバーを上に向けてから赤の印が入ったハンドルを捻る。しばしの間シャワーから吹き出す水に頭を差し出す。雨に降られて冷えた体には心地良い。昔からシャワーを浴びるには好きだった。物思いに耽る事が出来るし、汗も雑念も屈託も洗い流せる。小さい頃から、詳しく言えば小学生の頃から親から有無を言わさず剣道をやらされていたのだが、防具にこびり付き道着にまとわりつくあの独特の匂いが噎せるほどに嫌いだった。物心ついた頃から受動的で自主性もなく両親に黙従していた僕ができた唯一の些細な反抗が、あの嫌いな匂いを身から清める事だったように思える。
 まあ、今は親なんてとっくに死んでしまったし、剣道をやる義務なんてどこにもないんだけど。

「……ふぅ」

 シャンプーを手のひらの上に落として髪につける。白い泡が次々と湧き出てきて、こめかみから顎筋までをなぞる。
 いくら浴室では物思いに耽ることが出来るからといっても、今の僕には考える事が多過ぎる。願いを叶えるのカオナシさま。あやめという女の子。筑紫の精巧なブリキ人形のような顔。今日受け取った怪文書──いや、これは誰が渡したなんて分かりきってる。思考するだけ無駄だ。
怪文書だけの話ではない、カオナシさまだって、顔も知らない女子の事だって同様に考えても詮無きことだ。
 コンディショナーはミルクみたいに白い。いつもやってる通りに髪に馴染ませてからシャワーの水で流す。
 厭悪をぶつけるようにぐちゃぐちゃに塗りつぶされた姫菜以外の顔。瀟洒な仮面の下に隠された筑紫のもう一つの顔。
 あと十日後──ゴールデンウィークになれば姫菜がこの誘並に訪れるらしい。彼女と会うのは九ヶ月振りとなる。彼女と会えば何かが変わるような気がする。ビー玉が床に落ちるように、何かが確かに変わる気がする。
 ハンドルを捻って水を止める。前髪からぽとぽとと雫が垂れ、バスタブの排水孔に渦がつむじ状に巻く。浴室の外にあらかじめ置いていたバスタオルで全身を拭いて、生乾きの髪のままジャージに着替えた。少し湿ったタオルをカゴの中に入れて火照った体のまま、今からのんびり本でも読もうかと部屋のドアノブを握った。

「おーっす、来てたッスよ!」
「……」

 声の主はポチだった。ドアを開けた僕の方を向いて軽やかな口調で言ってみせた。ベッドの上で僕の本を読んでいる。僕の本棚から抜き取ったのだろうか。

「……いつから来てたの?」
「ぬー……、シャワーの音が起き始めた時ッスねー。十分前ぐらいッスかね」
「部活もう終わったの?」
「あれ?言ってなかったスっけ?」

 そこでポチはベッドからむくりと起き上がって読んでいた本を閉じた。表紙が見えた。道尾秀介の文庫本。僕が人生で読んだ本の中で一位二位を争うほどの好きな本だ。

「今日雨降ってたじゃないッスか。グラウンド使えなかったから軽くストレッチして終わりだったんスよ」
「ふーん、そうだったんだ」

 つまりもう少しポチを待っておけば筑紫と一緒に帰らないで良かったのだろう。というか間違いなくその話は聞いてなかった。

「暇だったから適当な本読んでたんスけど……あんまり面白くないッスねえ」
「本当に?それ僕のお気に入りの小説だよ」

 『向日葵の咲かない夏』。ミステリー作家道尾秀介の作品の中でもずば抜けて異質で、ずば抜けて難解。爽やかそうなタイトルと表紙と裏腹に、その内容は極めてどす黒く醜悪でグロテスク。

「文字ばっかでよくわかんないッスよ。あの本棚めっちゃぎゅうぎゅう詰めの癖に漫画とかないじゃないッスか」
「僕小説しか読まないからね……」

 ポチはベッドの上を這い這いで進み、本棚の隙間の中にその文庫本を差し込んだ。見ればベッドの端に彼のものであろう制服が雑に丸められていた。彼は白いワイシャツ姿だ。僕はベッドの傍らにあるソファーに腰を下ろした。

「そういえばポチ」
「ん?何スか?」
「カオナシさまにさ、何かお願いするなら何て願う?」
「……うーん、そうッスねぇ……」

 ベッドの上で顎に手を突くポチ。
「僕だったら……、ボールを投げれるようになりたいッスかねぇ」
「ん?」

 一瞬ふざけてるのかと思ったのだが、彼はいたって真面目な顔だった。ふざけてるどころか、思いつめたような、車に轢かれた動物の死骸を見たような苦い表情。

「いつか言うッスよ」

 一転していつも通りのにこやかなポチ。だがどこか無理しているような、無理に作り上げた粘土細工みたいな笑顔だった。

「まだ雨止まないッスねぇ」

窓の外を見つめる。正午から降り出した雨は依然降り続いている。この室内からでも雨が屋根を打つ音が聞こえていた。

「今日の夜はどうする?食堂にする?」
「ぬー、レンが帰って来たらどっか行くッスかねぇ。ラーメンとか」

 そこでドンドン!とすごい勢いで入口のドアが外側から叩かれた。びくりとして僕とポチは振り返る。

「ん?レンッスかね?もう帰って来たッスか」
「……誰だろうね?」

 レンだったらあんな強い力でノックしたりしないだろう。このドアには鍵なんか備えられていない故、レンならばとっくに入ってきているだろう。あとは考えられるといえばここで働いている寮監さんとかだろうか。それも同様にこう激しくドアを叩いたりしない。
 再度ドンドンドンと三回、執拗にドアが鳴った。部屋の外から僕らを威嚇しているような音。

「ちょっと見てくるね」
「あ、僕が見てくるッスよ。たまーに寮母さんがお菓子作ったとか言って持って来るんスよね。寮母さんだったら僕の方が慣れてるッスから」

 言うが早いか、ポチはぴょこんとカエルみたいに飛び起きては廊下の方に向かってとことこと消えていった。
 さっきのノックの主は誰なんだろうか。少し頭の中で考えてみる。少なくともレンという線は考えづらい。僕に部屋に用がありそうな人物はかなり限られる。レンではないのなら筑紫だろうか。いや、筑紫だったとしてもあんな勢いでノックなんかしないだろう。だとすれば残されるのは──
 数呼吸置いてから「はーい、どなたッスかー?」というポチの声と、その後にドアを開けるガチャッという音。

「──まします──」

 廊下の方から聞こえてきたのは女性の声だった。それも灯のものではない。もっとピキリと張った針金のように鋭くて凛とした声。ここからでも冷たさを感じる声色。それと重なるように「えっ……、ちょっ……」とポチの狼狽する声。
「ポチー?どうしたー?」

 問いかけて見ても彼の応えはない。代わりに返ってきたのはドアの閉まる音。

「ちょ、ちょっと待っ……!」

 焦ったポチの様子が耳で聞き取れる。流石に僕も座っている場合ではない。廊下の方からどちゃどちゃと争うような音。よく考えなくても異常事態だ。彼の方に向かおうと椅子から立ち上がった時、ガバリとあちらからドアが開かれた。
 目に映ったのは、天照高校の制服を着た背の高い華奢な女の子。

「御機嫌よう。月島博人さん」

 その女の子は僕を睥睨しながら温度を感じさせない冷たい声でそう言った。ノンフレームの眼鏡。長い髪を後ろで一つにくくった、理知的な佇まい。一見すると地味な文学少女のようにも見えるが、眼鏡の奥の眼光はネコ科の猛獣を彷彿とさせるほどに鋭い。
 一度見ればとても忘れられないほどの印象的な姿。そして僕は、彼女の風貌に見覚えがある。

「ちょ、ちょっと待つッス!いきなり入って来て何の用なんスか!?えっと……そうだ、とっとと出てかないと寮監さん呼んでくるッスよ!」

 女の子の背後で不審者に出くわした犬のように騒ぐポチ。現役運動部員の彼ならば力ずくでこの眼鏡の女の子を部屋の外に叩き出すことなんて容易いことだろう。しかしそれをしなかったのは彼の中の甲斐性なのか、それとも彼女の目力の所為だろうか。

「少し耳障りですよ。黙って下さい」

 後ろのポチにピシャリと女の子は言い放って、僕の方に向かって一歩、足を踏み出した。

「……えっと……」

 まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だ。もしくは肉食獣に遭遇したひ弱なシマウマか。

「お久しぶりですね。一昨日に会った以来でしょうか。どうです?『ともみ』について何か思い出せましたか?」

 ともみ。
 カオナシさまとはまた別の、夢の中の女の子。
 朧げに脳裏に焼き付いた、黄色の花畑の中で消えた少女。

「……君が『あやめ』っていう人?」
「……ええ、そうですよ。詩苑あやめと申します。以後お見知り置きを」

 彼女は新月に近付いた三日月みたいに口角を上げた。だがその微笑みに親愛の情や友好の念などは欠片ほども見当たらなかった。目は一切笑ってなんかいない。

「少し月島博人くん、あなたとお話ししたいことがあるんですが──一名ほどこの場に不必要な人がいらっしゃいますね」

 女の子──あやめは後ろにいたポチの方に振り向く。そのポチは「えっ、僕ッスか!?」と自分の顔を指差した。

「そうに決まっているでしょう、犬飼圭くん。脳みそまでニックネーム通りになってしまったのですか?」
「ちょっ、ちょっと待つッス!何で僕の名前を知ってるんスか!?」
「そんな事答える必要はありませんよ。邪魔だと言っているのです。今すぐ自分の部屋に戻って下さい」
「……」

 あやめの肩越しにポチは僕を見る。助けを求めているような目だ。僕はふうと一息吐いてから彼に言う。

「ごめん、ポチ。すぐに終わらせるからちょっとこの場は退いて欲しい」
「ヒロくんがそう言うなら……」

 渋々といった面持ちのポチ。しゅんと肩を落としてトコトコと廊下に向かっていった。ゴトンと控えめにドアを閉める音が後から聞こえた。

「で、ポチは帰ったけどさ。一体僕に何の用なの?皆目見当もつかないんだけど」

 僕はあやめに問いかける。対する彼女は変わらぬ無表情のままで答える

「白縫筑紫くんに渡して頂くように言伝たはずですよ。剣道同好会の入部届。まだ私に渡ってないようですが」
「あー……」

 完全に忘れていた。確かに筑紫から貰っていたのだけど、その後に色々とあったので頭の中から優先順位の低い事項として消えていたのだ。恐らく今も学生カバンの中にあるだろう。

「でも待ってよ。僕はまだ入部──いや、同好会だから入会か、どっちでもいいけど入るとは決めてないよ」
「あなたに入って頂かないと私が困るのですよ──私が」

 あやめはそこで一旦言葉を切って、そのまま早口で続ける。

「もうこれは決定事項なのですよ、月島博人くん。あなたがこの誘並に来た以上、私とコネクトを繋げなければいけません」
「……」

 コネクト。まるで製品みたいな表現を使うものだ。

「あなたが強情な愚か者であることは私も重々承知してます。だから──交換条件です」

 あやめはそう言ってか、ブレザーの胸ポケットの中に手を突っ込む。一秒の間も置かないでそこから何かの紙を取り出した。

「今日の昼休みにあなたのカバンの中を調べさせて頂きました。入部届を書いて来ているか見たかったのですが──面白いものを見つけました。あなたは入部届なんか書いてなかったわけなのですが」

 言いながら、手に持った折りたたまれた紙を広げる。刑事ドラマで警部が警察手帳を示す時のような所作。そしてそれは見覚えのある紙。

「『ホオカゴ オモカゲジングウヘコイ』……ですか。どうやら面白いことに巻き込まれているようですね」
「……君が盗ってたの?」
「ええ、見たまま、その通りです」
「……何のために?」
「言ったでしょう?交換条件ですよ」

 あやめはのそりと僕にゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩と。眼鏡の奥から睨め付けたまま。今から捕食せんとする肉食の恐竜みたいな、鋭い瞳のまま。

「私ならば三日間とあれば容易くこの手紙の送り主を特定することができます。あなたが望むなら──の話ですが」
「……」
「それだけではありません。あなたが不可思議に思ってること、例えるなら『カオナシさま』、例えるなら白縫姉弟のこと──その全てをあなたに明らかにする事が出来るのです」
「……」
「あなたにはデメリットはないでしょう?差し置いてメリットもさほどないようですが。──しかし、どうしたってあなたには私たちの所に入って頂きたいのです」

 有無を言わせぬ口調。見るからにその言葉の奥に何らかの意図があるのが分かるが、それが何なのかは見当もつかない。

「あなたに決定権を与えましょう。今から私があなたにこの手紙を差し出します。あなたが私との糸を拒むのならばどうぞ、これを受け取って下さい。あなたが望むのなら私もこれまでにしましょう。そして私たちの5本目の轍になってもよろしいなら、この手紙を受け取らないで下さい」

 言葉の通り、彼女は僕の胸辺り目掛けてあの怪文書を差し出した。少し湿っているようだ。よく見れば彼女の細い腕にもいくつか雫が控えめに浮かんでいた。

「……」

 僕は。
 僕はその手を、その手紙を。

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.25 )
日時: 2018/08/06 04:20
名前: 写楽 ◆8nH/qRkwbA

「人間が生を全うする上で、痛みというものは常に背中合わせにあるものです」

 少女は言った。
 僕は顔を上げなかった。

 いつか見た、薄暗い教室。どろりと肌を舐めるような不快な空気。僕は椅子に座ってじっと身動きもせずに頭を下に垂れていた。
 教卓に座っているのは少女。顔は見ることはできない。
 カオナシさまの夢だ。

「赤子は命を授かってしまった痛みで泣き叫び、成長痛と共に目線が高くなり、そして激しい痛みに耐えながら傲慢にも新たな命を産み出します。どうしたって人間として息を賭していく以上、痛みは決して逃げられない不可避なものなのです」

 不可避。
 アトロポスの槍。
 どこまで行っても付いてくる月のような──

「ではどうして人間は痛みを感じるのでしょうか?人の子よ、あなたの考えを聞かせて頂きましょうか」

 僕は何も言えない。何も言わない。

「答えは簡単です。死んでしまわないようにするためです。己の体に傷がついたことに気付くようにするためです。この仕組まれたプログラムが無ければ──人が痛みを感じる事がなければ、人間は今ほどの繁栄を手にしていなかったでしょう。七日間で世界を作り上げた愚神が唯一生命に与えた命綱のようなものです」

 少女の声に温度はない。人間らしい温もりや抑揚がまるで皆無だ。僕にでも理解できる言語で喋っているはずなのに、うまく飲み込めない。まるでモールス信号を聴いてるみたいだ。

「心の痛みにしたって同様です。しかしその施しが、波に攫われる人間に神が手渡した一束の藁が、仇となって人は死を自ら死を選ぶこともあります。皮肉なことですね。人間が壊れないように設定したはずが、その痛みを忌むあまりにあっけなく壊れてしまうなんて」

 少女は言った。
 僕は顔を上げなかった。

「回る日常の中で、痛みを悼む暇もなく甚振られるだけ。

「さて、あなたは新しい世界で色々な人に出会いました。繋がりを持ちました。どうですか?ここに来る前のあなたと今のあなた、何か一つでも変わる事が出来ましたか?」

「そうでしょう。変われるはずなんてないんですよ。所詮人間は一人でしか生きられなく、何者にも影響を与えることなんて出来ず、与えられることもありません。一匹狼の群れは一匹狼の群れでしかなく、花束なんて花の集合体にしか過ぎない。いくらあなたが多くの人と出会おうともどこまで行っても何をしようとも結局あなたは一人なのです」

 少女は言った。
 僕は顔を上げなかった。

「あなたの友達──あの金髪の軽薄な少年も、あの茶髪の痴れた少年も、あの気障な少年も、頭の弱い少女も、皆私の顔を見て願ってますよ。どうですか?そう頑固に首を垂れていないでこの私の顔をご覧になるつもりはございませんか」
僕は、顔を上げない。
「ふふ、強情な愚か者ですね」
そう言って少女は笑ってから。
「また近いうちに再びあなたの元に相見えます。それでは──」
僕は、顔を上げなかった。
「また夢の中で逢いましょう」


一章「Like a dream on a spring night」 了

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.26 )
日時: 2018/08/13 20:15
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik


 こちらでは初めまして、浅葱といいます。
 更新の度に面影を楽しく読ませていただいております。

 浅葱個人としてはレンくんが最高にかっこよくて好きですが、一人称独白主人公が視点の作品を書いている共通点から博人くんも好きです。ポチくんも元気でめんこいという印象だけではなく、番外編を見ると彼なりの悩みがあるにも関わらず、表にそれを見せない姿がある事実が男の子っぽいなと思いました。こうした男の子らしさを自然に描けるというのは、やはり性別の壁があるんだなと自身の未熟さや、壁に手が届かない歯痒さが強いですね。うらやましくもあり、素敵な書き方だと思いました。

 特に好きなシーンとしては、ポチくんは>>20の博人くんとの会話の部分です。
 >>「……そうッスね、僕だったら──」
 >>少し含みを入れて、彼は自分の右手を物憂げに一瞥してから言った。
 >>「──中学の時に戻りたいッスねぇ」
 の部分ですね。勝手な想像と妄想で、この時にポチくんが感じていたであろう気持ちや、思い出された過去のことなどを想像すると、心が辛くなりました。番外編を先に読んでいたこともあり、なお、重たいけれど心底の願いなんだなと感じました。好きです。

 博人くんの独白のような視点の全てが好きですが、特に夢話>>021が好きです。要らない考察が進んでしまいますが、夢が持つ意味とか、夢で出会う少女との関係がどのようなものであるのか等々、謎が残っていることが、読んでいてとても楽しみです。その謎をどのように写楽くんが綴っていくのか、非常に楽しみです。

 レンくんは今後出番が増えたらいいなと密かに願っています。今だけでは、十分にレンくんの好きなところを抽出するのが難しいので、またの機会にお伝えさせていただきます。

 本をよく読んでいることもあり、語彙や作品の雰囲気が素敵だと感じながら更新の度に読ませていただいています。言葉の止め方によるリズムの生まれ方、テンポ良く進んでいく会話も、読んでいて飽きることがないのはすごいなと思います。文量が多くても読めるのは、写楽くんのそうした書き方によるところが大きいのだろうなと思いました。
 ずっと明るい調子で進んでいるわけではないのだろうけど、灯ちゃんがいるとぐっと無理にでも前向きになっているんだなと思いました。その分、ともみちゃんと博人くんの会話の切なさが際立っている感じがします。話をする相手によって、間に流れる雰囲気や空気が変わることが分かるのも、読んでいて感心してしまいますし、自分もそうなりたいなと思います。

 ここまで長々と書いてしまいましたが、面影ファンということで大目に見てください(笑)
 あと、心の中では博人くんはちゃんヒロ、レンくんはレン、ポチくんはポチくんって呼んでます。好きという気持ちを言葉で表すのが難しく、まとまりのない文ですが、面影の読者でよかったと思いました。
 面影を生んでくださってありがとうございます。これからも、完結まで追い続けると決めていますので、無理のないよう更新してください。


 浅葱

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.27 )
日時: 2018/08/15 14:00
名前: 写楽 ◆8nH/qRkwbA

>>ねぎさんへ
この場では初めまして、藤田です。コメントありがとうございます。
こうかしこまって話すことは苦手で、ましてや普段馴れ馴れしく接しているねぎたからこそあれですね、なんだか照れ臭くなります。
ずっと前に憧れていた雲の上のお方が僕の小説を読んで頂いているというのは、物凄く有難いですね。それと同時に「下手なもん見せらんねえ……」と少し肩の力を入れながら面影を書いてます。
セリフ回しに力を入れてます。それとちょこちょこ入る小ネタとか、例えば場面に出てくる創作物とか。
コメントありがとうございます。これからも頑張ルンバ

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.28 )
日時: 2018/09/03 22:25
名前: 写楽 ◆8nH/qRkwbA

 カタカタカタカタ……とフィルムが回る音だけが聞こえる。

 ここはどこだろうか。眼前に広がるのは行儀よく並んだ赤い椅子の群れ。その先にあるのは大きくて白いスクリーン。両脇を見れば黒い手置きがあって、僕の体重を柔らかなクッションが包み込んでいる。
 僕は今、どこかの古い劇場の席に座っているようだ。輪郭を歪ませるどろりとした薄暗さの中で、スクリーンだけが青白く光を放っている。僕以外の観客はいない。誰もいない。スクリーンの端で四角の列がすごいスピードで下に流れていく。

 カタカタカタカタ……とフィルムはひたすらに、滞りなく回り続ける。

「また逢えたね、博人くん」

 控えめに囁く声が隣から聞こえた。感じるのは懐かしさ、それと愛しい気配。

「うん、久しぶりだね、ともみ」

 僕は答えた。彼女はふわりと微笑んだ。
 フィルムは耳障りな音を立てながら、目まぐるしく回る。忙しそうに回り続ける。
 これは夢なのだろうか。いや、疑うらくもないだろう。彼女に会えるのは夢の中だけだ。

「ともみ、ここはどこなの?」
「どこって聞かれても答えにくいなぁ。あえて言うなら夢の世界……かな?」
「それは分かってるよ。今から何が始まるの?」
「待ってて、すぐに始まるよ」

 ともみはパン、と何かを合図するように手を叩いた。それと同時にフィルムが回る音がパタリと止んだ。今まで不気味な青白い光を放っていたスクリーンがべっこう飴みたいな色に変わる。やがて、ぽそぽそと聞き取りづらい音声とじゃりじゃりとざらついた映像が流れ出す。

──初めまして。月島博人くん、だね──

 スクリーンの奥の女の子はそう言った。雀の音みたいに高くて甘い声。ざらつく映像の中でも彼女の長い髪はとても綺麗で、つややかだった。そして、その女の子には見覚えがある。

「これは……?」
「うん、そうだよ。博人くんの友達の──誰だったっけ?」

 見紛うはずがない。スクリーンに映る女の子は白縫姫菜だ。そして、姫菜と相対しているのは僕。

──君は誰?──

 スクリーンの中の僕は姫菜に尋ねた。不思議な感覚だ。他の誰でも無い自分と誰かが喋ってるのをこうして第三者の視点で見るのは。

──あ、ごめん。次の決勝戦で君と戦う人の姉だよ──

 僕はこの姫菜のセリフに聞き覚えがあった。今映写されているのは、姫菜と僕が実際に初めて会った時の光景だ。確か、剣道の試合で筑紫と戦った後の出来事だった。

──初めましてでこんな事頼むのも変だけどさ──

 姫菜は僕をしっかりと見据えて言う。

──次の試合わざと負けてくれないかな?──

 ともみは手を叩く。静かな劇場の中でパン、と乾いた音が虚しく響いた。その音と示し合わせたようにスクリーンの映像は途切れて、辺りは光を失った。視界は完全な黒に包まれる。

「ともみが消したの?」

 僕は何も見えない中、隣にいるだろうともみに聞いた。うん、と横から返事が返って来た。

「ほら、博人くんと他の女の子が仲良くしてる所なんてあんまり見たくないでしょ?」
「仲良くって……」

 あれが仲睦まじく見えたのなら心外だ。姫菜のせいで初対面の筑紫に八百長を申しかける羽目になったのだから。

「この映像ってともみが流してるの?」
「うーん……、そうなんだけどね」
「……」

 僕は首を捻る。

「私が出来るのは言わば電源のオンとオフだけなんだ。次にどんな映像が流れるかは分からないの。一回消したら自動的にチャンネルが切り替わるテレビみたいなものなんだ」
「ふぅん……」
「ほら、博人くん。また次が始まるよ」

 言うが早いか、またスクリーンから違う映像が流れだす。またセピア色の光で辺りが照らされる。
 スクリーンを眺めて僕は驚いた。映っていたのは僕の後ろ姿だったからだ。それだけならば何も驚くべきことはない。重要なのはその状況だ。
 スクリーンの中の僕がいたのは空港のラウンジだった。
 ぐちゃぐちゃに、めちゃくちゃに、原型も留めてないほどにひしゃげた鉄の塊。唯一残った機体の鼻先がその巨大なスクラップが元は飛行機であったことを知らせている。キノコのような形をした爆炎が捲き上るのを、ガラス越しに見ていた。隣には力なく床に膝をついた妹もいた。もくもくと黒煙が止めどなく空に向かっていく。

「これって……何?」

 心なしか少し震えた声でともみは僕に問いかけた。僕はその映像を見ていられなくなって目を伏せたが、ともみの大きな目が僕をじっと見つめているのは何となくわかった。
 ラウンジの中は嵐のようなざわめきで支配されていた。何が起こったか理解できずに窓に向かっていく人。僕と同じように飛行機の中に家族が乗っていたのだろう、呆然と立ち竦む人。青ざめた人。
 僕がどんな顔をしていたか、その映像からは窺い知れなかった。だけど、恐らく無表情でその地獄絵図を眺めていたことだろう。ちょうど今の僕と同じように。

「ちょっと……これはあんまり見たいものじゃないね」

 ともみはパン、と手を叩いた。それと同時に映像は切り替わる。次に映ったのはまたもや見覚えのある風景。目立つ木製の箪笥。大きめなテーブルに椅子が四つ。茶色のファミリーサイズのソファー。登潟で僕が家族と住んでいた家だ。ブラウン管の古いテレビがニュースキャスターの顔を濁らせている。
 スクリーンの中で小学生くらいの年代の僕と、今はもう死んだお母さんの姿があった。ずっと昔の光景だ。お母さんが口を開く。

──あんた、またお母さんの顔に泥を塗ったね──

 吊り上がった目が幼い僕を見下ろす。幼い僕は何も言わず、その目をじっと見ていた。

──何なのその目は……。そんな化け物みたいな目で……。気持ち悪い──

 何も言わない。じっと。じっと見ている。

──見ないでって言ってるでしょ!?──

 お母さんが勢いよく手を振りかぶった。僕に向かって飛んでくる敵意を、幼い僕は瞬きもしないで見ている。
ともみが無言でパンと手を叩く。パチンと映像が切り替わる。

──お母さん達旅行に行くんだって。私はお兄ちゃんと一緒に残るけど──

 ともみがパンと手を叩く。映像が切り替わる。

──すまないけどウチはあの子を引き取れないね──

 ともみがパンと手を叩く。映像が切り替わる。

──博人。お前さえ我慢すれば丸く収まるんだ。他のクラスの子達に迷惑かかるだろ──

 ともみがパンと手を叩く。
 黒い煙がもくもくと上がる。腹に響く爆音。アクリル製の窓がキシキシと軋む。

「──もういいよ」

 隣からボソッとそんな声が聞こえた。慌ててともみの方を見るとすっくと椅子から立ち上がっていた。

「もういいよ、博人くん」
 ともみは両手でパン、と音を立てた。それと同時にスクリーンのキャラメル色の灯が途端に消えた。
 その光だけではない。回りの赤茶色の劇場椅子が、黒い手置きが、視界の端で頼りない光を放っていた誘導灯が、全て最初から無かったかのようにふっと消えた。
 明かりを全て失ったのに、友美の姿だけははっきりと見える。それだけだ。あとはどろりと僕を吸い込まんとするような黒と黒と黒。くるりと、ともみは僕の方に振り向いて言う。

「向こうの世界なんかさ──頑張ったって裏切られる事の方が多くて、求めたって落としていく物の方が多くて、初めましてよりもさようならの方がずっと──ずっと多いんだよ。もうさ、向こうに帰らずにこのままわたしと一緒にこの世界で過ごしちゃおうよ」
「……」

 僕は目を閉じて首を横に振る。僕なりの拒否のシグナルだ。

「……そう……」

 ともみは残念そうな顔をした。その表情に僕はズキリと心が痛んだ。アイスピックを胸に穿てられたような鋭い痛みだ。

「そうだよね……。博人くんはあっちの世界の人だもんね。うん。あっちにいる方がずっといいよ」
「……」

 僕は。
 僕は何を言えるだろうか。

「もうすぐ朝だよ。夜が明けるよ。またさよならだね」

 ともみの体が、その小柄でか弱そうな体が、少しずつ薄らんでいく。川の水のように半透明に、透き通っていく。
 彼女は僕に言う。

「博人くんは向こう側に大切にすべき人がいる。大切にしてくれる人がいる。それだけ、それだけ忘れないで」

 僕は何も言えない。ともみの姿は段々と、すうっと、見えなくなっていく。

「でも私のことも忘れないで。約束だよ」

 何も。

「さよならは言わないよ。またいつか、だね」

 ともみの姿はその声を最後にふわりと消えた。
 何もない空間を黒だけが揺蕩う暗闇の中、僕一人だけが残された。


二章 「Does yellow innocence dream of no face?」開始

Page:1 2 3 4 5 6



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。