複雑・ファジー小説

面影は儚く かがちの夢路へ
日時: 2018/02/24 15:08
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA



あらすじ

「神の棲まう町」と知られる誘並市。そこには『カオナシさま』という都市伝説がまことしやかに噂されていた。
「夢の中にのっぺらぼうの女の子が出てくる」「その女の子の顔を見ると願いが叶う――」
誘並市に引っ越してきた主人公、月島博人はその『カオナシさま』の夢を見てしまい――




こんにちは。初めまして。藤田浪漫というものです
小説を書くのはマジで数年ぶりとかになるのでだらっとふらっとのんびりとリハビリがてら執筆していこうと思います。
地味で冗長な山も谷もない小説ですが、どうぞよろしくお願いします。
頑張って4章ぐらいで一区切りするよう尽力します。
ではでは、よろしくお願いします




目次
前編「アバンの最初でさようなら」

 
一章 「Like a dream on a spring night」

一話 「隔絶」 >>1
二話 「安穏/Unkown」>>2
三話 「合縁/哀婉」>>3
四話 「白縫筑紫/知らぬ慈し」>>6 >>7
五話 「灯籠/蟷螂」>>8 >>9




Page:1 2



Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.5 )
日時: 2018/02/04 20:24
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA

ばんびくん久しぶりです!藤田です。
小説を書くのは6年ぶりとかになるのでブランクをバンバン感じている今日この頃です。。。
これから週一程度で更新していくので応援お願いします!

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.6 )
日時: 2018/02/04 20:45
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA

 学生寮から1キロほど歩いた所に僕が通うことになる天照学園はあった。オープンスクールの時と入学試験の時に来たことがあったから、大体の場所は僕でも知っている。

 僕が今歩いているのは、さっき降りたバスの停留所を通り抜けた直線の一本道を少し進んだところ。閑静な住宅街から少し変化し、賑わうような街の風景。交差点の信号が赤へと変わって、僕は律儀に歩みを止める。横断歩道の先で立ち止まっているスーツ姿の男性は少し所在なさげだ。先の車道にテールライトが何台も連なる。

新律狩通りと名付けられた大通り。脇にはまばらに駐車場が埋まった小さいスーパー。花屋にはチューリップが嘆いているように咲いている。春物の淡い色の洋服を展示したショーウィンドウに、頭からつま先まで情けなさそうな僕の全身が薄く映っている。ガラスの中の僕が何か言いたそうにこっちを見ている。目をそらす。

 これから毎日徒歩でこの距離を往復するのはさぞかし骨が折れることだろう。自転車が必要不可欠である。レンのように僕もバイトしなければなとか思いつつ、足をせかせかと動かした。

等間隔に並ぶ電柱と信号機の行列を通り越して、たどり着いた校門前。奥にはどかんと四階建ての校舎が僕を威嚇するように佇んでいる。都会の学校特有の、ちょっと小洒落たような近代的な図書館のような外装。桜の木はすっかりと青い葉をその幹にまとっていたけど、僕の目に付いたのは学園前の風景では無かった。

少女。

制服を着た女の子がレンガでできた校門の塀にもたれるようにして本を読んでいた。
腰まで届くくらいの長めのポニーテールが風に吹かれて揺れている。角ばった眼鏡をかけた『これぞ学級委員長』みたいな知的な女の子。背は僕よりわずかに低いぐらいで、どうやら誰かを待っているような様子である。
読みふけっている本の表紙は僕も知っていた。恒川光太郎の『秋の牢獄』。
僕はその姿を見て、何故か先ほどのこうべを垂れたチューリップを連想して。
僕の視線を感じたのか、少女が顔を上げた。慌てて目を逸らそうとしたが、間に合わずに電球が点くようにぱちりと目が合う。

 三白眼。優等生然とした彼女の眼鏡の奥の眼は、しかし恐ろしいほど鋭い。その鋭利な刃物を思わせる両目がまるで照準を合わせる様に僕に向けられる。
彼女は読んでいた本をぱたんと閉じて、ゆったりと僕の方に向かってくる。一歩、一歩と足を踏み出すたびにその結ばれた長い髪が、振り子のように左右に揺れる。辺りには僕とこの女の子の他には誰もいない。

「……。」

 僕と彼女以外の時間が止まったように思えた。葉桜が風にあおられ、はらと音が鳴る。遠くで鳴るクラクション。僕の眼前5メートルほどまで女の子はゆっくりと距離を詰めて、僕と向き合う。すっと女の子が息を吸い込む。

「人探しをしています。」

 まるでぴきりと張りつめたピアノ線の様な凛とした声。この風の中でもはっきりと明瞭に、そのままの言葉で僕の耳まで届く。

「人探し?」
「ええ、少しお尋ねしたい事が在るのですが。」
「えっと、僕はここに越してきたばっかりなんだけど―――」
「構いません。」

 食い気味に言われた。
風が吹いて僕の髪をめくる。彼女は眼鏡を中指で押し上げてから、僕に尋ねる。

「貴方は『ともみ』という名前の女の子を御存知ですが?」

その言葉は。

まるで雨に濡れた衣服のように。

僕の中の何かにまとわりついた。

「ごめん、知らないよ。」

僕は答える。

「……。」

と。
 彼女は沈黙を返事とする。その無表情の鉄面皮が少し崩れたような気がした。残念がってるのか不満なのか失望なのか僕には判別できなかった。

「そうですか。」
 と言って彼女は距離を詰めてくる。すわ何かしらの危害を加えて来るんじゃないだろうかと思わず身構えたが、僕の脇まで来て、ぴたりと足を止める。

「其れではご機嫌よう。貴方に凄惨なる平穏と一摘みの数奇があらんことを。」

 そんな事を言って、彼女はすたすたと歩いて行った。僕の歩いてきた道へ消えていく。
 彼女のそのスレンダーな後ろ姿が見えなくなって、「ふう」と僕は息をつく。緊張していた精神が弛緩するのを僕は実感する。
 誘並に引っ越して来て一日も経っていない僕に聞いても無意味だろう。答えられるわけが無い。
と、そこで。

「おっと?」

 僕の目が地面に落ちている何かを捉えた。近づいて手に取る。薄い紙の様な物。いや、こんな迂遠的な表現をしなくてもいいだろう。これは栞だ。いかにも値が張りそうな、紫の花の文様。
「うっわ面倒臭いな……。」
 恐らくさっきの眼鏡の女の子の物だろう。本を読んでいた時に落としたのかも知れない。ぱっと後ろを振り向いてみたけど、もうその姿はどこにも見えなかった。

 まあいいか、この学校の生徒なんだろうし、そのうちまた会った時に返せばいいだろう。
 ラミネートフィルムで加工されたその栞を、僕はポケットの中に入れる。

僕は学校の方向に向かうことにした。校門をまたぐ。私服姿で学校には立ち入っていいものだろうかと脳裏によぎったが、ここまで来て引き返すのは面倒だった。
 広いグラウンドで野球部が練習しているのが見えた。どこかでテニスボールを打つ間の抜けた軽い音が聞こえる。
コンクリートで舗装された校舎前を抜けて。
そして。
学園敷地内の最果て、武道場の前で。
僕は白縫筑紫と邂逅した。





 ところで『天は二物を与えず』ということわざがある。
 まあ僕みたいなのが説明するべくも無いほど有名な言葉だけど、僕は一人だけ、天から二物も三物も与えられた、その言葉の範疇の外に位置する人間を知っている。
 その名を白縫筑紫。才色兼備にして才貌両備に加え文武両道。具体的に言うと、その浮世離れした血の凍る様な美形。剣道の全国大会でベスト8に入るその腕前と、隣の県に住んでいた僕の耳まで「誘並に神童がいる」との噂が入るほどの出来のいい頭脳。まさに齢15にして人類の一つの完成形である。

何なんだよ。
お前が主人公しろや。
出る作品間違えてんだろ。

 完全におまけなんだけど、彼の年子の姉もまた、剣道の有名な選手である傍ら、現役アイドルとして活動していると聞く。

 何を間違えたのか、僕の様な量産型の人間と彼は繋がりを持っている。まあ普通に剣道の地区大会で知り合ったんだけど。彼とは地区大会の決勝で戦い、普通に僕の完敗だった。
ともあれそんな彼が、この天照学園のがらんどうの武道場の前で僕と再会した。
 赤っぽい瓦の屋根。和風の趣が漂う木造の建物。
 その下にこの世のものとは思えないほどの美少年、白縫筑紫は生け花のように佇んでいた。

 僕は筑紫に「あれ?」と言って。
 彼は僕に「やあ。」と言った。

「奇遇だね月島くん。君もこの学校だったっけ。」
「うん、ちょっと野暮用で入学が一か月ぐらい遅れて、やっと明日から登校。」
「へえ、そうだったの。」

 筑紫はそう言って微笑む。ミロのビーナスも白旗を上げるほどの美しいスマイルである。黄金比という言葉は彼の顔面にこそ相応しい。
「筑紫はここで何してたの?」
「いや、大したことじゃないんだ。武道場の掃除だよ。」
「掃除?」
「そうさ。いつでもここで練習できるようにね。……もちろん月島くんは剣道部が廃部になったっていうはなしは知ってるよね?」
「ああ、当たり前だろ?」
今日の今、先ほど知ったけど。

 筑紫は武道場の扉の上の看板をゆるりと見ながら言う。
「悲惨で陰惨な出来事だったよ。剣道部に入部することを熱望していた僕からしても廃部もやむなしと言った感じだね。……だからこそ僕や――ちゃんは再建のために動いてるんだけど……。」
「ん?」

 今何て言った?風が吹いて上手く聞き取れなかったけど。
 訝しむ僕はよそに、筑紫は花のように笑って続ける。

「こんなところで立ち話もなんだし、どこか行かないかい?全中時代の積もる話もあるだろうし。」
「別にここで良くないか?」僕は武道場前の外階段を指さす。
「んん?月島くん、階段なんかに座るのかい?」
 本当に理解できないと言った顔の筑紫。めちゃくちゃ育ちの良い人間だった。人間性までも僕の全敗である。
「あ、えっと。僕今日越したばっかりで旅疲れしてるんだよ。二時間新幹線に揺られたんだ。腰を下ろせればどこでもいいって感じ。」
「それは良くないよ月島くん。」筑紫は眉をひそめる。「『人間は考える足だ』なんてジョークは言わないけど、自分の価値をみすみす下げるような真似はしない方がいいよ。何よりも君の品位を著しく低下させる行為だ。」
「そこまで言うか……。」

 出会い頭に同い年から説教を受けた僕。コンビニでたむろしているヤンキーあたりに聞いてほしい言葉だった。
それに、と筑紫は続ける。「君がどう思うにしろ、僕自身の価値が下がるのは許せない。」

「……。」

こんなキャラだったっけ、筑紫。まあ中学時代はそんなに深い話はしてなかったけど。
完全無欠。
最終完成。
僕みたいなまがい物とは――
僕はふとバイトに行ったレンを思い出した。
「じゃあ今からマック行こうぜ。この近くのショッピングモールで友達がバイトしてるんだ。」
「マック?」

おっと?

「マックって何だい?」
「えーっと……。」
マジかこの人。
「Mac?」
「その発音だと確実にPCとかの方だ。そうだな……、ハンバーガーとか食べられるとこ。」
「へえ、近くにそんなところがあるんだね。僕は知らなかったよ。美味しいのかい?」

お前ここらへんの出身だろ、と僕は内心毒づきながら「美味しいよ。筑紫の口に合うかは分かんないけど。」と答えた。
「ああいいね。じゃあそこに連れてもらえるかい。」
「OK。」

まあマクドナルドがあるショッピングモールは校門の辺りから見えていたし、いくらここに来たばかりの僕と言えど迷うことはないだろう。

「そうと決まれば早速行こうか。僕も君が来る前に用事は済んでたし。」
くるりと筑紫は踵を返してから、首だけ僕の方を向いて。

「あといろいろ月島くんに聞きたい事はあるからね。」
にこりと笑った。
それはうっかりしたら男の、同性の僕ですら見惚れてしまう程の笑みだった。

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.7 )
日時: 2018/02/12 21:52
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA

「うおおうめえうめえすげえ美味いよ月島くん!! 何が入ってるのこれ! いくらでも食べられるよこれ! 何で僕はこんな美味い物寡聞にして知らなかったんだ! 人類としての恥だね! 馬鹿だ! 何て馬鹿なんだこの僕は!あ!月島くん!!君の方にあるこのベーコンの奴も食べていいかな!?」
「落ち着け。」

天照学園の近くのショッピングモール、その名をショッピングシティツクヨミ。地方最大の規模を誇る巨大商業施設で、地元の人間は勿論、この誘並市に来た観光客もここによく来るらしい。4つの建物で構成されていて、それぞれイーストビル、ウェストビル、サウスビル、ノースビルと名付けられている。
 施設の中には部活帰りらしき、天照学園の制服を着た人たちで賑わっていた。僕の隣にいるのは空前絶後にして天下無双の絶世の美少年の筑紫である。こそこそと耳打ちをする周りの目、特に女子の目線が多少気になる。

 確かに学校からツクヨミに来るまではまっすぐ来ることができたが、恥ずかしながら入り組みに入り組んだダンジョンの様な施設の中で盛大に迷ってしまった。いい年こいた男子が二人揃って仲良く迷子である。30分ほどうろちょろと彷徨った結果、ようやくノースビルの連絡通路のそばにマクドナルドの看板を見つけた。
 小奇麗な店内に僕と筑紫が丸いテーブルを挟んで座っているが、そのテーブルにはうず高く積まれたハンバーガーの山。今にも崩れそうなそれを、凄い勢いで筑紫はがつがつと捕食している。その光景はさながらブルドーザーが整地していく様を彷彿とさせた。あるいは草食動物の死骸を貪るライオンのようだった。

「今日は僕が初めてハンバーガーを食べた日だからこの日をハンバーガーの人して日本の総人口一億総動員でお祝いしよう!!未来永劫にこの日は記念日だ!!」
「……。」

 僕はコーラをストローで吸い込んだ。弾ける炭酸が僕のノドを刺激して、胃の奥に流れていく。その臓器の中でゴボゴボと空気が生まれる。
 人が変わったような筑紫。変貌というか二重人格か。というか登場しておっとり刀でキャラ崩壊すんな。
 怖えよ。
 さっきの自らの価値がどうだとかいう高説はどこに行った。

「ねえ、筑紫。」
「何だい?僕のハンバーガーは一つたりともあげないよ。」
「いや、そうじゃなくて…、周り見てみてよ。」

「む?」
僕の言葉に店内を見回す筑紫。まあ何というか、それなりに混雑したこのマクドナルドで、大量のハンバーガーを大騒ぎしながら爆食いすると当然の如くかなり目立つ。それが筑紫のような人並み外れた美少年なら尚更である。やはり近くのテーブルに座っている人たちからの痛々しい視線をひしひしと感じる。
ようやく我に返った筑紫が「こほん」と咳払いをする。

「見苦しいところを見せてしまったね。さて、さっきのシュミレーティッドリアリティの話の続きなんだけど。」
「そんな話はしてなかったけどね。」

 今になって知的ぶろうとしても最早手遅れである。危うく謎の記念日が一つ増えるところだった。

「この僕としたことが取り乱してしまったね。恐るべし、マクドナルド。侮れないね。」
「恐ろしいのは筑紫だと思うけど。」

 取り乱すどころか狐憑きみたいになっていたけど。
厨房の方を見ると制服姿のレンが時折こっちの方をちらちらと見ながら働いている。ポテトが上がった時の電子音が聞こえ、いそいそと作業に勤しんでいた。

「どうだい月島くん、この誘並は?」

 すっかり落ち着きを取り戻した筑紫が僕に聞いた。彼の口の端にソースが付着しているのを見なかったことにして、僕は答える。

「やっぱ人が多いね。びっくりしたよ。」
「君は登潟中学の出身だっけ、あそこは割と田舎だよね。」
「随分とはっきり言うね……。」

まあ否定はしない。どころか全身全霊で肯定する。

「僕がびっくりしたのは何よりも天照学園で月島くん、君に出会ったことかな。」
「僕に?」
「そう、まさか全中時代に背中合わせで共闘した君とこんな所で会うとはね。」
「………。」

 この人は僕を買いかぶり過ぎな気がする。第一筑紫はベスト8に入ったけど僕は一回戦で惨敗した。地方大会の決勝でもボコボコにされたし。背中合わせなんて形容するのも馬鹿馬鹿しい、完全なピラミッドの様な関係である。

「君との出会いは僕にとって揺るぎない価値観をぶっ壊されるような、酷く衝撃的なものだったよ。」
「そこまで言うか……?」
「当たり前じゃないか。地区大会の決勝で八百長を持ち掛けたのは僕の10数年の人生の中で君が当然の如く初めてだからね。」
「……。」

ノーコメント。

「ところで月島くん、聞きたいことがあるんだけどいいかい。」

 筑紫はポテトを頬張りながら言った。机の上のハンバーガーの山は先ほどよりもいつの間にか随分と低くなっている。

「うん、何だ?」
「言いたくなかったら言わなくていいよ。答えたくなかったら答えなくていい。これは僕の純粋な興味と知識欲だ。」
「うん。」
「君が1か月入学が遅れた理由を教えて欲しい。」

「えっと――……。」

 隠すようなことでも無いけど、しかしここで吹聴することでも無い。
 いくら中学時代の友達の筑紫が相手と言えど。
 僕には無意味に秘匿したいことの1つ2つある。
「言いたいか言いたくないかで言えば言いたくないかな。」
「じゃあこうしよう。」筑紫が指を5本立てた。「僕が5つだけ質問する。君はそれにイエスかノーかで答えてもらえるかな。それ以外は何も言わなくていい。まあ軽いゲームみたいなものかな。」
「ウミガメのスープだね、OKそうしよう。」

 僕は筑紫の歯形が付いたベーコンレタスバーガーをかじりながら頷く。うん、おいしい。

「1つ目、その出来事は、君の地元で起こった、イエスかノーか。」
「イエス。」
「2つ目、その出来事は持続的なものでは無い、単発的なものだ、イエスかノーか。」
「イエスとも言えるしノーとも言える。どちらかと言うとイエス。」
「なるほどね……、3つ目、それは今日君がわざわざ新幹線を選んでこっちに来た理由に関係している。」
「うわあ……。」もう確信を突きに来ている。「イエスだよ。」
「4つ目、これで王手だよ。その出来事で多くの人間が……、凄い数の人が、命を落とした、イエスかノーか。」
「イエス。」
「もう十分だね。」筑紫はにこりと口角を上げる。「何というか、随分と数奇的な運命を辿ってるじゃないか。――いや、奇数的な運命とも言うかな、君にとっては善か悪か、良か不良か、何にしろ二つになんて『割り切れない』んだろうし。」
「上手いこと言わなくていいから……。」

僕は火の消えたマッチ棒のような気持ちになる。そりゃあこんな的確に的を射るような質問ばかりされると、心の中をのぞき見されてるようで気が滅入る。
「で、あと一回質問をする権利があるけど、それを行使する?」
「うーん、そうだね……。」シニカルに笑って考えるような仕草の筑紫。「じゃああと一つだけ聞こうか。」
「OK、何を聞く?」

筑紫は言う。

「さっきも言った通りこれはただの僕の興味と知識欲だ。何なら答えてくれなくても、沈黙を解答としよう。5つ目――」

知識欲。
感心。
貪欲で聡明な人間ほど、恐ろしい生物はいない。

「――5つ目、君はその出来事において、被害者でもあり、加害者でもある。」
「答えは、」

僕は答える。

「答えは『どちらともいえない』」

なるほどね、と筑紫は頬杖を突く。

「結構ニュースになったっけね。まさか僕の予想通り君が絡んでたとは。」
「僕の予想通りって……。」

 まあ僕の平和な地元で起こった唯一と言っていい程の前代未聞の大事故であり大事件である。筑紫くらいなら僕が入学が遅れたと聞いた時点で気づいてもおかしくは無い。誘並でもニュースで大体的に報道された出来事である。
 これを知ってるのは筑紫を除けば、レンやポチの言うところの『月じい』と、僕の親戚の月じいとその娘、憩ぐらいか。

「……そういえば。」僕は話を変える。「そういえばこれを見てほしいんだけど。」
「んん?」

ふと思い出して僕はポケットからお守りを取り出した。誘並駅で色白の三つ編みの女の子から受け取ったあの朱色のお守りである。
それを僕から受け取った筑紫は「むー……」と眉をひそめながら唸って、ためつすがめつ。穴が開くんじゃないかと言うほど見つめてから言った。
「月島くん。これってどこで手に入れたんだい?」
「誘並駅。知らない女の子から僕が落としたとか言って渡されたんだけど、絶対に僕の物じゃないんだよね。」
「むー……。」

めちゃくちゃ悩むような筑紫。めちゃくちゃ悩みながら口にハンバーガーを運ぶ。

「この裏に書かれた勾玉のマーク、見えるよね?」

筑紫はお守りを指で示す。言った通り勾玉が三つ向かい合わせに寄り添った紋章。

「うん、これがどうしたのかい?」
「このマークは『面影神宮』っていう神社の紋章なんだけどね。」
「ああ、あの……。」

面影神宮なら僕も少しの知識がある。この誘並市の中心部にある、かなりの規模を誇る神社。『神の棲まう町』と呼ばれるこの誘並市においても、トップクラスの知名度がある、と観光ガイドに書かれてあった。

「この紋章、巴勾玉と言われてるんだけど――がこのお守りに書いてあるってことがちょっと、いや猛烈におかしいんだ。」
「は?どういうこと?」
「まずは面影神宮について説明しようかな、うおっ!チキンフィレオも美味え!!」
「集中しろ。」
「面影神宮。正式の名を八心面影八幡宮。日本中の八百万の神という神が集う誘並市の中でも指折りの規模を誇るどでかい神宮だよ。主宰神は常世の神、八意思兼命とも、誘並の地に古来から済む『よくわからない』土着神、『面影さま』とも言われてるね。」
「へえ。」

流石専門分野。勉強になる。

「ご利益は八意思兼命を由来とする知恵や学問や至誠、あと天候安定。それと土着神の『面影さま』を由来とする記憶や追憶などと言われている。」
「後者だけ何だか曖昧だね。」
「そう、『面影さま』は未だに不明なところの方が多いんだよ。八意思兼命と一身同体の姿と書かれてる書物もあれば、その従属と記されてるものもある。で、このお守りの話に戻るけど。」
「うん。」
「面影神宮にはお守りは売ってないんだ。」
「はあ?」

まさかの発言。僕の口からストローが離れた。

「面影神宮の神は面影神宮の外には出ない――なんて話を聞いたことがある。なんてたって土着神が祭神だからね。言うなら八意思兼命もとい面影さまがこの神宮に縛りつけられてるような感じかな。だから神の加護を身に着けて持ちあるく祭具――お守りはこの神宮では作られていない。」
「だったらこれは何なんだい?」
「恐らく偽物だね。今すぐに処分した方がいい。」ジュースを飲みながら筑紫はそう言い切る。「土着神は基本的に祟り神だ。まあ必ずしもじゃないけどね。でも神様の意向にそぐわない物を持っていることは極めて危険だ。何なら僕の知り合いにお願いして処分してもいいよ?」
「じゃあお願いしようか。」
「OK。」

筑紫は言ってお守りを懐の中に入れた。

「一応このお守りについて調べてみるよ。面影神宮の名を騙ってお守りを販売する輩がいるかも知れないし。ある意味これは一種のテロみたいなものだ。」
「テロとまで言うか……。」
「地着神をあまり舐めない方がいいよ。元を正せば大自然そのものに畏敬を表し生まれた信仰だ。有名なクナドの神、ミシャグジさまとか聞いたことないかい?」
「あー諏訪大社の神様だっけ。」

ミシャグジさま。
諏訪信仰に関わる、境界と豊穣を司る神様。神官に憑依して宣託を下す蛇神。祟り神として有名で、敬称を略したゲーム会社が盛大に祟られたという話があったり。

「ところで月島くん。」

ハンバーガーを掴んで筑紫。さっきまであった大量のハンバーガーは全ていつの間にか無くなっていた。代わりに丸められた包み紙がテーブルの上を埋め尽くしている。

「君は剣道の推薦でこの学校に入学したんだろ。でももうその剣道部は無くなっている。だったら君はこれからどうするのかい?」
「うーん、まだ分からないかな…。こうなったらいろんな部活を見学して、気に入った所に入ろうとは思ってるけど…。」
「もし良かったら僕たちの所に来ないかい?同好会という形で剣道部の再建を目指して何人かで活動してるんだ。」
「あー……。」

確かレンが言ってたっけ、そんなこと。
何も置いてなかった、誰もいなかったがらんどうの武道場。インターハイ元優勝校の凋落。
まるでこの僕のように地に堕ちていて。

「まあ考えてみるよ。」

僕は曖昧に返事をした。今返事をしても仕方ない。

「そうだね、まだ誘並に来たばっかりなんだからゆっくり考えるといい。この学校は誰も把握してない程多くの部活があるからね。」クスリとほほ笑む筑紫。「じゃあもう出ようか。お腹一杯になったしさ。」
そりゃああれだけの量のハンバーガーを一つ残らず食い尽くしたらお腹いっぱいにもなるだろ、と言いたかったけど口には出さなかった。トレイからはみ出さんばかりの包み紙を乱雑にまとめてから筑紫は席を立った。
「ウチの同好会には面白い人がいるからいずれ君にも紹介するよ。僕の姉の姫菜も一応在籍してるし、今のところこの僕と灯ちゃんとかあやめちゃんの4人が居るから是非月島くんにも入部してほしい。」
「姫菜は知ってるけど、灯ちゃん、ていう人とあやめちゃん、っていう人は僕は知らないな。どういう人?」
「まあそこは追い追い紹介するよ。」
にこりと芸術品のような笑みを浮かべて、「行こう」と筑紫は言った。
 

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.8 )
日時: 2018/02/12 22:51
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA


マクドナルドから出た僕と筑紫はその足で映画を見に行った。このショッピングシティツクヨミの一番上のフロアに映画館があるとか。どうしても筑紫が見たいものがあったので一緒にいったのだけど。
ピエロが人々を惨殺していくホラー系の洋画で、昔に発表された作品のリメイクらしい。あまり映画を見ない僕でさえ知って居るような有名なタイトルだった。

「死ぬ!ホントに死ぬ!勘弁して!僕が悪かった!!うおおお!?腕がぁ!!」

冒頭から隣で美少年が引くぐらい怖がっていた。座席に縮こまるような体勢。めちゃくちゃ顔色が悪い。そんなに怖いなら見なきゃ良かったのに、と指の隙間から画面をチラチラと見ている筑紫を見て思った。大画面にピエロの顔が出てくるたびに、隣から「ひっ!」と小さい悲鳴が聞こえてくる。座席が振動しているのに気が付いて怪訝に思い、横を見ると筑紫がガタガタ震えていた。
一時間程経ち、エンドロールが流れ僕たちは席を立った。床には筑紫がひっくり返したポップコーンが散乱していた。照明に照らされたそのポップコーンはとてもとても哀愁が漂っていた。
紫色の唇をわなわなと震わせて、散らばったポップコーンを避けながら筑紫は口を開いた。
「……た、大したことなかったね……。つ、月島くんはどう思ったかい?」
「……。」

何を言ってんのかこの男は。

 それから歩きながら筑紫はいろいろな話を僕に聞かせてくれた。箱の中のカブトムシの話。重病に罹患したバイオリニストの話。そんな思考実験の他にも何気ない日常の話もしてくれて。

場面転換。

筑紫と別れて場所は学生寮、飛想館――……じゃなくて。

「ねえポチ。」
「どうしたッスか?」
「このバスどこに向かってるんだっけ?」
「平阪ッスよー!」
「……。」

そう言われても分かるか。
 言わずもがな、歩道橋の下から出発したバスに僕たちは揺られていた。僕たちというのは僕とポチとバイトから上がったレンの三人。バスの一番奥、後部座席に座っているのでバスの揺れが激しい。
 外はもうすっかり日は暮れていた。腕時計は8時30分を指している。窓の外ではぽつぽつと等間隔に並んだ街灯が流れている。夜道をとぼとぼ歩く年老いた老婆の姿。まるで鮮度を失ったエビみたいだと僕は思った。寮の前でスタンバイしていたレンとポチに行き先も知らされぬままこのバスに飛び乗ったけれど、僕の歓迎会でレンのおすすめの店に行くってことは聞いた。今は穏やかな住宅街の中を進んでいる。
 そして田舎育ちの僕が驚いたのは夜になっても空が少し明るいことだ。目を凝らして見ても星は見えなった。
 ガタンとバスが大きく揺れて膝の上に置いていた僕の携帯が飛び跳ねた。慌ててそれをキャッチする。

「何ていう店に行くんだっけ。」
「鉄板不動心っつーとこ。」僕の横、窓際に座って景色を見ているレンが答えた。なぜかちょっと疲れたような顔だ。「俺ちゃんってさ誘並生まれ誘並育ちの根っからの誘並っ子だったりするだけどよ、小っちゃい時から通ってる店だ。」
「へえー。」
「誘並ってラーメンが有名だけどさ、お好み焼きも結構美味えんだ。お前がここに来た記念に連れてってやるよ。」
「じゃあレンくんのおごりッスね!」
「うるせえぞポチ。あー疲れたー、マジ疲れたー、尋常じゃなく疲れたー。」
「どうかしたの?」

 あんまりにもテンションが低いのでちょっと心配になってきたので僕は尋ねた。すると、がばっとレンが隣の僕の頭に腕を回し、脇に抱えてきりきりと締め付けてきた。ヘッドロックの体勢である。こめかみが圧迫されてかなり痛い。

「お・ま・え・らがバカみたいな量のハンバーガーを注文するからだろうが!!ギャル曽根か何かか!帰れま10でもしてんのか!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!だいたいあれはほとんど筑紫が頼んだものだ!!僕は関係無え!」
「うるせえ!!連帯責任だ!」

 なるほど、マックでこっちをちらちら見ていたのは抗議の視線だったのか。まあそりゃあれだけ大量のハンバーガーを頼むと忙しくなるだろう。レシートの長さが尋常じゃなかった。

「あ、筑紫?筑紫っていうと白縫の筑紫か?」

 レンは驚いたような声を上げてふっと腕の力を弱めた。これ好機と僕はヘッドロックからかいくぐる。

「そう、去年の剣道の全国大会でベスト8に入った白縫筑紫。知ってるの?」
「知ってるけど喋ったことはないが。昨日告った女が『ごめんなさい、私白縫筑紫くんが好きなの』っつってたから。あー!思い出すだけでイライラする!」
「そりゃ可哀そうに。」
「今度見かけたらナイフで一突きしてやる。」
「可哀そうに!」

筑紫が。

「そういやポチ、お前今日何してたんだ?お前が誘並駅方面に用事があるって珍しいじゃんかよ。」
これはレン。
「ただ知り合いに会ってきただけッス。」僕の左に座ったポチは頭を掻く。「誘並に中学生時代の知り合いが来てたから会いに行ったんスよ。」
「女!女か!?」
「そうだったら良かったんスけど……。」
「ポチって出身どこだっけ。」僕は聞いた。
「僕は馬片ッスよ。わかるッスか?」
「あー、登潟と誘並の間だっけ。」

 と、そこで車内の耳障りな停車ベルが鳴った。どうやら窓際のレンがボタンを押したようだ。もうすぐ着くらしい。
 やがてバスがスピードを落として道路の端に停車した。慣性の法則に従って緩い重力が体にかかる。運転手のやけに聴き取りづらいアナウンスが流れた。僕は立ち上がり、財布から500円玉を取り出して運賃箱に入れた。

「うわあこりゃまたすげえな……。」

 バスから降りた僕は早速嘆息した。
 目の前に広がっているのはネオンが眩く光る繁華街の景色だった。鮮明に目に映る橙色や青色の光。誘並中心部が高層ビルが建ち並ぶ昼の町だとしたら、この平阪地区は飲み屋や飲食店などが軒を連ねる夜の街と言える。僕の地元にはこんなところなかったので新鮮に思った。仕事終わりらしきスーツを来た人たちがふらふらと頼りない足取りで僕の横を通り過ぎる。町中にアルコールの匂いが立ち込めているようなそんな雰囲気だった。

「何ボケっとしてんだーつっきー。置いてくぞー!」

 僕がこの風景に圧倒されている間にすたすた歩いていくレンとポチ。二人は人の多さに慣れているので楽なんだろうけど、今日田舎から越してきたばっかりの僕にとってはそう簡単にはいかない。幾度となく人とぶつかりそうになりながら二人に追いつく。
 しばらくたわいもない話をしながら歩いて、細い路地に入って突き当り。

「あ、ここだここ。」

 ネオンの光に溢れるこの町の中で異彩を放つ、趣のある木造の少しさびれた建物。街路に置かれた木の看板には達筆な筆文字で『鉄板不動心』と書いてある。店の中から壁を通して騒がしい声が聞こえてくる。焦げたソースの匂いが鼻孔にふんわりと入ってくる。

「あ、予約なしの三名でー!」と早速店のドアをがらがら開けて指を三本立てているレン。一日目にして気付いたけど彼はかなりのせっかちな性格らしい。「ほら入るぞ。」と手招きしている。
 その声に応じて僕とポチも店内に入った。まるで時代の流れに逆らっているようなレトロな雰囲気。耳の欠けた招き猫とブラウン管テレビが小さな卓に置かれている。

「あ、いらっしゃいませーっ!」
カウンターの中で皿を洗っていた店員らしき若い女の子が小走りでこっちに向かってくる。
「二名様だね?じゃあこっちなんだよ!」

 店員が前掛けで手を拭いてから奥の座敷を示す。年齢は僕と同じぐらいだろう。アルバイトの学生さんだろうか、まだ幼さの残る顔つき。少し既視感を覚えたけど気のせいだろう。

「よーっす!アッカリーン、久しぶり!」

 途端にテンションを取り戻したレンが片手を上げた。店員らしき女の子も右手で手刀を作って敬礼する。

「練示っちおひさおひさー…っていうか先週あたりも来てたじゃん!そこのポチくんとー!」

 女の子はびしっとポチを指さす。指さされたポチは少し照れくさそうな様子。そしてその横で所在なさげにしている僕に女の子はやっと気が付いたらしく「ん?」と目を細めて首を傾げる。

「あ、こいつは今日誘並に越して来た月島――」
「わあああああああああああああああああ!!!!」

 レンが僕を紹介しようとしたが、叫び声を上げながら僕に女の子は飛びかかってきた。猫のように俊敏な動きだった。もしかしたら肉食動物だったかも知れない。ともかく物凄い勢いで彼女は僕の肩をがしりと強く掴んでがくんがくんと前後に揺さぶる。
「知ってる知ってる登潟の月島くんじゃん!!うわあああ!なんか見たことあるなって思ったら!!」
「ちょ待っ……、」
「灯ちゃんだよー!!覚えてるー!!?灯ちゃんだよーう!!!」

問答無用だった。暴れ馬に乗っているかの如く視界が揺れる。首が痛い。

「れ、レン!どうにかして!」
「お、おう!」

 とりあえずレンとポチの二人がかりで無理くり引っぺがしてもらった。ようやく落ち着いた女の子に導かれて店の一番奥の座敷に着いた。畳が敷いてあってその真ん中に鉄板の付いたテーブルがある。奥の上手側に僕が座り僕の向かいにポチ、その横にレンが腰を下ろす。

「よっこらショコラティエー!」

 何故か僕らに続いて、そんなことを言いながら僕の横に女の子が席に着いた。
 肩に届くほどの長さの明るい茶髪。くるんとした瞳の童顔。こんな元気はつらつなテンションの高い娘、どこかで会ったら忘れない自信はあるけど、僕はこの子のことを知らない。

「やーホントは昼ぐらいにね!駅の広場で月島くんみたいな人とすれ違ったんだよね!」そう言って笑いながら手の平を合わせる。「でも誘並に月島くんがいるわけないって思って無視したんだよねっ!あ、ちゃんヒロって呼んでもいいかな!?」
「待て待て待て。」
「んんー?」

不思議な顔をする女の子。いや不思議そうな顔をすべきなのはどちらかいうと僕だと思うんだけど。あと座るな仕事しろ。

「僕、君の事知らないんだけど、どっかで会ったことあるっけ?」
「うええ!?マジマジ!?ちゃんヒロってばあたしのことボーキャクの彼方!?」

女の子は大仰に驚いたような顔をする。両手で鉄板の付いた木製のテーブルをバンバンと叩く。

「酷いよ!あんまりだよ!!ディオニュシオス一世だよ!!」
「僕は走れメロスに出てくる邪知暴虐の王様か。…いやマジで覚えてないんだけど。登潟の人だったりする?」
「違うよ!!あんな縄文時代みたいな所に行ったこと無いよ!」
「縄文時代っていうな。」いくら女の子でもぶっ飛ばすぞ。「名前教えてくれたら思い出すかも知んないけど。」
「ミオニだよう!!」一層テーブルを叩く力が増した。今にも壊れそうな音を出して軋んでいる。「魅鬼灯だよ!アッカリーンだよ!!剣道やってたじゃん!!」
「剣道?」

 少し脳内の海馬の中を遡ってみる。えっと、魅鬼と言ったら……。
 中学時代。
 ひらひら揺れる白い袴。
 決勝戦。

「あー……。」
「思い出してくれた!!?」
「うん。」
 僕は頷いた。

 中学時代の地方大会。僕と筑紫が決勝で戦って僕が負けたあの試合だけど、その一方で女子部門の決勝も行われていた。一方が筑紫の年子の姉、蓬莱中学の白縫姫菜。そしてもう片方がこの当時絵殿中学の魅鬼灯。延長に延長が重なる接戦と激闘の末、辛くも白縫姫菜が勝利したんだけど。

「そりゃ分かんないよ。だってあの頃って君太ってたじゃん。」
「それを言うなああ!!!」

 思いっきり灯から顔面を殴られた。それも普通の女の子の力では無い、剣道で全国級の腕前を持つ彼女のパワーである。ものすごい激痛が左目の辺りを貫く。向かいのレンとポチが驚いたような声を上げるのが聞こえた。

「酷いよ!あんまりだよ!!ナイアーラトテップだよ!!」
「僕はクトゥルフ神話に出てくる邪神かよ……。ごめん、今のは失言だった。」
「それはさすがにデリカシーゼロなんだよ!!頑張って…頑張ってダイエットしたのに!!もうちゃんヒロなんて知らないよ!!タンスに足の小指ぶつけて死んじゃえ!!」

 すげえ壮絶な死に方だ。

 あまりに激昂して立ち上がった灯だったが、流石に周りの客からの視線に気づいたのか、壁に掛けられていたメニューをぞんざいに取って、乱暴にテーブルに広げた。

「じゃあこれメニューね!決まったら呼んでね!ちゃんヒロは天かすでいい?」
「いいわけないだろ。」
「じゃあごゆっくりー!!」

小走りで厨房の方に戻っていく灯。鉄板不動心と書いたエプロンがふらふらと揺れていた。
「つっきーお前さぁ……。」レンが頬杖を突いて言った。「モテねえだろ。」
「うるさいな……。レンってここの常連なんだろ。おススメは何?」
「やっぱ海鮮玉かなー。豚玉とかもうめえ。あとアッカリーンエターナルアルティメットスペシャル。」
「何て!?」
「ほらここ書いてあるだろ。」

レンがメニューの端を指さした。見ると確かに筆文字で『アッカリーンエターナルアルティメットスペシャル』とある。他が麺玉とか焼きそばとか牛タンとかだから嫌でも目に入る。

「これ何が入ってんの?」
「アッカリーンがその時の気分でいろいろ持ってくんだよ。特に決まってねえな。」
「今僕が頼んだら絶対天かすが来るぞ……。」
「ちなみにこの前来た時はガリガリ君が入ってたよねー」

いかにもおかしそうにポチが言ったけど絶対美味しくないだろう。僕が海鮮玉に決めたので二人も同じものにした。

「そういえばレン。ポチでもいいけどさ、面影神宮ってどこにあるの?」

 僕が尋ねると、レンが不思議そうな顔をしながら答える。

「面影神宮?誘並駅からちょっと歩いたとこにあるけど。観光にでも行くのか?」
「うん、ちょっと行って見たくてさ。」
「あー、じゃ今度三人で行くか!いいよなポチ?」
「いいッスね!賛成ッス!」

とポチが親指を立てたところで灯が近くをふらりと通る。レンがおーい!と呼びかけて灯は振り向いた。

「アッカリーン!!海鮮玉三つと生ビール三つ!」
「はーい!海鮮玉二つ、生二つ、紅ショウガと泥水ねー!」
「……。」
店員にあるまじきことを言う灯に、少し僕は肩を落としつつ、メニューの端のドリンクの欄を意味もなく見つめた。

Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.9 )
日時: 2018/02/24 15:07
名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA


結果としては、紅ショウガと泥水は出てこず、海鮮玉はとうに僕たちの胃の中に入った。誘並市は海に面した街で、海産物は豊富。エビや貝をはじめとして、名前も知らないような魚の切り身が入っていた。
ソースが焦げた香ばしい匂い。お好み焼きの他に焼きそばや焼き鳥も頼み、その全てを平らげ、テーブルは空いたお皿で埋まっている。

「食らえワンコロぉ!スーパー犬殺しパニッシュメント!!」
「うわああ尻尾が生えるッスーっ!!」
「……。」

普通に未成年飲酒。二人は湯水のようにアルコールを摂取し、熟れたリンゴのように真っ赤に染まった顔。レンがタバコを吸っているため辺りは少し煙たい。僕は度数の少ないお酒を数杯飲んだだけで今はオレンジジュースをちびちび飲んでいる。
いや大丈夫なんだろうかこの店。近い将来警察にしょっ引かれたりしないだろうか。
木目の目立つ年季の入ったテーブル。今までどれだけの人がここで時間を過ごして来たのだろう。くぐもったラジオの音声と僕の向かいで騒いでいるポチとレンの声が重なる。

「やっほー、ちゃんヒロー!」

そうこうしているうちに再び僕の横に灯が座った。手には赤っぽい物が入ったコップを持っている。

「さっきは殴っちゃってごめんねー!謝りに来たよー!」
「いや、別にいいんだけど。…っていうかそれ何?」
「カシスオレンジ!」
「僕にくれるの?」
「んなわけ無いじゃん!あたしが飲むんだよ!」
「……。」

めちゃくちゃ不真面目な灯だった。見ると彼女も少し顔が赤い。

「ふい―、さてさて、元気いっぱいなあたしはちゃんヒロに質問なのです。」
カシスオレンジを一息に飲み干した灯。
「何で今になってこの誘並に来たの?転校?」
「いや、ちょっといろいろあってね。入学が一か月遅れたんだ。」
「あれ?高校どこなの?天照?」
「そう、天照学園だよ。」
「あ、じゃああたしとおんなじだね!」いかにも光栄とばかりに両手を合わせる。「っていうかいろいろあったって何があったの?」
「何でレンにもポチにも教えてない事を君に言わないといけないかを教えて欲しい。」
「酷いよ!あんまりだよ!!サカキさまだよ!!」
「僕は初代ポケモンにおけるロケット団のボスかよ。」

持ちネタかそれは。さっきから文学上の悪王だったり空想上の邪神だったりゲーム上の悪役だったりで節操が無い。

「いーじゃんいーじゃん!隠すようなことでもないでしょー!」
「かと言って言いふらすようなことでも無いんだよ。」
「絶対。ずえーっっったい誰にも言わないから教えてよー!」
「………。」

まあ言ってもいいか。ポチとレンは酩酊状態だし。僕もアルコールが回って気分がいい。

「飛行機事故。」
「うえ?」
僕は言う。
「飛行機事故で家族が僕ともう一人残して皆死んじゃったんだ。」もう一人も既に死んでいるようなものだけど。「離陸に失敗して大爆発したんだっけ。乗客も乗員も根こそぎ全員死亡したぐらいのデカい事故だからニュースにもなったんだけど見たこと無いかな?」
「え、待ってそれって――」
「僕には望と祈っていう二人の妹がいたんだけど、望が当日に熱出しちゃって急遽僕と望はキャンセルして、二人だけ生き残ったんだ。あいつに感謝しないとだね。」
「じゃあその望ちゃんは今は――」
「地元に残ってるよ。連絡してないけど。」
「そうなんだ……。」

一気にテンションが低落したような灯。ふとレン達の方を見ると二人ともテーブルに突っ伏していた。ポチに関してはいびきをかいている。もう酔い潰れたようだ。鉄板の電源を落としているにしても余熱で暑くはないのだろうか。

「ごめんねー!無理やり聞いちゃってー!言いたくなかったよねー」
「うん。言いたくなかった。」

別に言いふらすことでは無かったけど。
言ったら言ったで雰囲気が台無しになるし。
こんな話、笑顔で聞ける奴なんていない。
ほら。そんな顔をするな。
同情でさえ不愉快だ。

「じゃ、じゃああたしに何か聞きたいこととかある!?あ、セクハラはあきまへんで!」
「灯はここでバイトしてんの?」
「あーそこ聞くんだね…。――や、ここあたしのおとーさんがやってるお店で。その手伝いやってるの。」
「ふーん……。」
「興味が無さげ!!」
灯はばんとテーブルを叩いた。どうやら感情が高ぶると手近にあるものを叩く癖があるそうだ。アルコールが入っているので尚更である。
「っていうかさ!ていうかさ!今うちの高校剣道部無くなってるじゃん?あれだったらあたし達の同好会に入らない?」
「あー……。」

そういえば筑紫も灯の名前を出していたっけ。あの時は完全に魅鬼灯という存在を失念していたけど。もしかしたら筑紫の言う『あやめちゃん』という人ももしかしたら著名な剣道選手なのかも知れない。
「ねえ灯。『あやめ』っていう人ってどんな人なんだい?」
「あたしの質問に答えないんだね!」
テーブルがまた派手な音を立てる。軋む。この年季かなり古そうだしもうすぐ壊れるんじゃないんだろうか。

「同好会に入るかはまだ決めてないよ。ほら、次は灯のターンだ。」
「何か雑じゃない?えっと、あやめん……、あやめちゃんね、何ていうか『怖い人』だよ!」
「怖い人?」
「そう、えっとねー、何か定規で書いた直線みたいな人だね!」
そりゃまた変な比喩だ。
「その人って剣道の経験者だったりするかい?ほら、灯みたいに中学の地方大会とか全国大会で会ってたりする?」
「うーん、会ってないと思うよ!」灯はかぶりを振る。「あの人未経験者だし。中学は誘並の蓬莱中学で、文学部だったと思うよ。」
「ふーん……。」

蓬莱中学だったら筑紫や姫菜と同じ中学か
いや、筑紫が『あやめちゃん』と僕が知り合いみたいな言い方するから…。
この調子だとその『定規で書いた直線みたいな人』とニアミスするかも知れない。

「っていうかよくあやめんの事知ってたね!誰に教えてもらったの?」

灯はポチの方にあったビールジョッキを自分の方に寄せながら首を傾げる。そちらのポチとその横のレンと言えば引き続きいびきをかいている。

「筑紫に聞いたんだ。君とか姫菜とかが剣道部の再建を目指して頑張ってるって。」
「いや特に何もしてないんだけどねー!」言って灯はぐびぐびビールを飲む。いい飲みっぷりだ。「姫っちょも同好会はともかく学校にも滅多に来てないみたい。」
「そうなのか?」
「うん。ほら、あの子アイドルやってるじゃん。」
「あー……。」

この誘並発祥の8人ダンスアンドボーカルグループ、有体に言うとご当地アイドル。その名を『Azathoth』。そのグループに筑紫の年子の姉である姫菜は中学の時から所属している。僕はあまり詳しくないのだけど、今をときめく超大人気のグループらしい。その名声は誘並に留まらず全国の津々浦々まで轟いているようだ。

「姫っちょみたいな可愛い女の子がねー!本気出してあたしたちに手伝ってくれたらいいんだけどねー!例えばさ、学校のお偉いさんにすっぽんぽんで土下座とかしてくれたら一発じゃん!?」
「馬鹿なことを言うな。」
「あたしだとほら、そうはいかないじゃん!?」
「まあそりゃそうだね。」
「否定してよ!!!」

灯は空のビールジョッキを思いっきり振り上げて僕の頭を勢いよく殴った。側頭部に鋭い衝撃が走る。完全にデジャビュである。今回は道具を使った上、酔いが入り力のストッパーが外れている故にめちゃくちゃ痛い。
理不尽。
ジョッキは割れてないし僕の側頭部から血が出てないことから、猫の額ほどは手加減したみたいだけど。

「酷いよ!あんまりだよ!!メフィストフェレスだよ!!」
「僕はゲーテのファウストに出てくる高名な悪魔じゃねえ……。」
「女心を察してよ!このデリカシーマイナス273℃男!ちゃんヒロなんて深淵の見学中にあちら側に飲まれちゃえばいいんだよ!」
「それはニーチェじゃなかったっけ……。」

ごっちゃにするな。僕もうろ覚えだけども。
意外と灯、博学である。
「いや、ていうか灯は厨房とか手伝わなくていいの?」
「うるさいっ!ちゃんヒロが働けっ!」
「理不尽だなぁ……。」

ふと周りを見ると、この店内にいるのは僕たちだけだった。やけに周囲が静かだと思ったら他のテーブルにいた客はもう帰ったみたいだ。そりゃ灯もサボるわけだ。腕時計を見ると時針が10の数字を示している。

「うわっ、もうこんな時間かよ……。」
僕は立ち上がって、皿の山の中に埋もれるようにして寝ているレンの肩をテーブル越しに揺する。金髪の先にマヨネーズが付着している。

「ほら、レン、ポチも。もう10時だ。起きろ帰るぞ。」
「むにゃぁ………、もう飲めねえよ……。」
「ベタすぎる寝言を言うな。」

明日学校だろうが。寮の門限は12時だから少し余裕があるけど、早めに着いた方がいいだろう。
「灯、勘定お願い。あとタクシーで帰るから大通りまでポチを運んでくれる?僕がレンを運ぶから。」
「あ、おっけー!」
財布と携帯をポケットの中にあることを確認してから僕は立ち上がった。
まずは僕が通路側にいるレンに肩を貸して、灯も僕に倣ってポチを軽々と持ち上げる。しっかりとした足取りで出入口の傍らまで行って、和風な店の内装にそぐわないハイテクそうなレジを灯は片手で操作する。
「お会計が12300円になりまーす!」
「…いやに高くないか?」

僕は財布を取り出しながら辟易。確かに二人は暴飲暴食の限りを尽くしていたけど、そんなに食べた覚えが無い。
「うーん?都会だからこんなものだよー?」
「もしかして君が飲んだカシオレもこの中に含まれたりしない?」
「ぎくっ」
「ぎくって言ったな今!」

まあ灯が飲んだ分は12000円の中だったら微々たる数字だろう。また殴られるのはご免なので僕は大人しく財布を開いた。
レンを脇に抱えながらがらりとスライド式のドアを開けて、外に出た。外気は春の温度。アルコールで火照った体には心地良かった。僕の後ろにポチを背負った灯が付いてくる。

「ごめんね、重くないか?」
「ううん、めっちゃ軽いよ!」
灯はかぶりを振る。流石は元全国大会出場者。女の子にしてはかなり鍛えている方だろう。
大通りまで出て、タクシーが来るのを少し待つ。やがて僕らの前にタクシーがゆるりと止まり、後部座席に二人を荷物のように投げ込む。
「じゃあねー、ちゃんヒロ!また来てねー!」と灯は言いながらタクシーに乗り込もうとする僕に手を振る。
「うーん、二度と来ないかな。」僕は助手席に座る。
「ひ、酷い!あんまりだよ!」
「僕は天邪鬼でね、来いって言われたら行きたくなくなるし、来るなと言われたら行きたくなるんだ。」

言って。僕は片手を上げた。白髪交じりの妙齢のタクシー運転手に永鳴の飛想館まで行くように告げる。「かしこまりました」と運転手は低く返事をした。やがて緩く体に重力を感じながら僕は少し感傷にふける。
遠いところまで来た。
登潟から一つ県を越えて誘並。
新しい環境。
変な夢。
存在しないはずの面影神宮のお守り。
後ろで寝ている両隣部屋の住人。
中学時代の剣道の知り合いの筑紫、灯、そして姫菜。
僕が入学が遅れた理由を知っているのは親戚の『月じい』とその孫、僕からしたら従妹に当たるところの憩、それと筑紫とさっき口を滑らせた灯、あとはせいぜい学校の教師ぐらいだろう。
車内はぼそぼそとラジオの音声が流れるだけで、運転手は何も喋らなかった。
窓の外を眺める。
空は夜なのに微かに明るくて。
星も月も見えなかった。

Page:1 2



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。