複雑・ファジー小説

H・T・S・Sに生きる
日時: 2018/02/22 19:40
名前: 梶原明生  

H・T・S・Sとは何か。紐解くとこれは小説と言うよりも私、梶原明生の赤裸々な自史と、平成29年、2017年11月5日に神からの啓示を受けた(と言うより単なる閃きですが。汗)このシステムの構築を描いた物語です。この題名は「Held Taktiken Spirituell System 」であり、読みはヘルド タクティケン スピリチュアル システムです。英訳だとわかりやすいのは、「ヒーロータクティカルスピリチュアルシステム」和訳すると「英雄的戦術信心体系」になります。これだと「何のこっちゃ」になるので、英訳の方がまだわかりやすい(言いやすい)かも知れません。要は「(メタル)ヒーロー活動を中心にその補助となるマイルドな特殊部隊トレーニングや空手拳法の鍛錬を取り入れ、その上にスピリチュアル(自分が信心してきた神仏思想等)な精神を加えていくみたいな体系(システム)。」なことです。決して怪しい宗教ではありません。現に、超神精仮面戦士キャバンとして、青い金属スーツで街の自警活動を約8年に渡って行ってきました。(00レンタル掲示板に掲示中)また、このシステムは、スピリチュアル部分をどけて行っても構いません。(ある程度の倫理観あるなら)さぁ、小説として自史としての梶原明生ワールドへようこそ。

Page:1 2 3 4 5 6



Re: H・T・S・Sに生きる ( No.26 )
日時: 2018/10/20 20:12
名前: 梶原明生

2012年 1月9日                                    年始初の自警活動として超神精仮面戦士キャバンに装転して街に繰り出した。この日も平和で安全な街であったが、握手を求められたのが史上最多記録を更新する勢いで握手した。特に水色コートを着た男の子に熱心に握手を求められて少々困惑した。しかし嬉しくないわけではないものの、時間制限はある。お母さんが男の子を引き戻してくれてたすかった。自転車の女子高生にも「すげーっ。」とか叫ばれてあちこち触られてまたもや時間を食ってしまった。まあ、それ自体悪い気はしないものの、色々無茶振りな要求には困ったものだった。吹きすさぶ寒風の中、暖かい気持ちになってこの日の自警活動は終わった。その後はスーツと仮面を脱いでの私服パトロール。大きく波打つ人ごみの中で、何でもない一人の男が皆に紛れて流れる。そんなキャバンとのギャップをこの時はただ噛み締めるだけだった。                                           2012年 1月15日                                自警活動を幅を広げて初めて台解市副都心とも言えるショッピングモール街にてキャバンスーツを着て自警活動した。台解市内よりも握手を求める子供が多く、対応に四苦八苦した。途中緑の服着た20代の青年に付回されて、批判や中傷をする心無いことをしてきたが、全部無視してやりすごした。このショッピングモールにはこんな人間もいるのだなと実感させられた。ともあれ、多くの子供達に好かれて役立つことができたことは何よりも励みになった。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.27 )
日時: 2018/10/23 00:04
名前: 梶原明生  

2012年 4月28日〜29日 06:00に起床。08:00の特急列車に乗り、 一路家崎市へ向かった。この日が来ることをどれだけ待ちわびたか。休暇と資金が都合ついてようやくの旅。家崎につくと乗り換えで特急霧島に乗り換え、鹿児島種子島へ向かった。藤崎睦美氏のお墓参りのために。ここまで読み進んだ方なら察しはつくと思う。そう、無念のうちに夭折なされた種子島初のアイドル。「上原美優さん」だ。やがて列車は鹿児島駅につくと、美優さんが降り立ったであろう、この駅、そして初めての 鹿児島にしばし感慨深い面持ちでいた。早速「谷山港行き」のバスに乗り、一路フェリーを目指した。が、しかし。…バスは海に向かうどころか山道を登りはじめ、一向に港に向かわない。すると同乗していた老紳士が声を掛けてくれた。「あんた、地図広げてキョロキョロ外見回して、ひょっとしてバス間違えた。」「ええ、谷山港に行くはずだったんですが。」「やっぱり。これは谷山団地行きだよ。」「えっ…」驚いて次のバス停で降りると、老紳士も団地前で降りた。「渡って反対側にバス停があるから。折り返しバスに乗りなさい。それからこれは帰り賃だ、取っときなさい。」「いえ、 そんなとんでもない。受け取れません。」「いいからいいから。その代わりあなたが次困った人を助ければいい。そうやって世の中回っていくもんさ。」世の中捨てたもんじゃないなとこの時ほど実感したことはない。歩きさる老紳士の背中に深々と頭を下げた。…その後バスに乗り、鹿児島駅に戻ると急いでタクシーに乗り、フェリー乗り場まで飛ばしたものの…切符売り場は閉店。フェリーは出航した後だった。茫然唖然とはこのことだろうか。予算と予定を考えたらとても明日行くわけにはいかず、やむなくその晩は鹿児島の街を当てなく散策。その後インターネットカフェに泊まった。その時にその無念さを、したらば掲示板「上原美優さんを偲ぶ」に投稿した。(実際に記事がある。)翌日朝早く、ネットカフェを出て空手拳法の鍛錬をした後、特急に乗って台解市へと戻っていった。しかしこれで終わりではなかった。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.28 )
日時: 2018/11/01 13:03
名前: 梶原明生

2012年 5月4日〜5日                                      連休中は鍛えるのに最適な期間だ。休養と鍛錬が同時に取れる期間でもある。この日朝早くから起床して最低限の荷物をバックパックに入れていつもの山に出かけた。20キロ耐久行軍。勿論昼間なので民間擬装しての登山である。すでに先客が100人ほどで賑わってたが、それに紛れて上り始めた。普段の半分の荷物なので楽勝かと思いきや、10キロ超えた時点で息切れが。・・・前半飛ばしすぎたせいかもだが、陸自レンジャーを思うと自分の情けなさに辟易してしまった。しかし普通の登山客のなかには気さくに声かけしてくれる中年男性もいて「体力ありますね。私なんか先頭にいたのにもう最後尾でしたよ。頂上であなたを見つけた時は年があまり変わらないのに凄いなと。」「いえ、とんでもない。自分もへばってた方ですよ。」「へー。」終始男性は驚いていた様子。やがて遅い昼食にありつき、皆がお弁当なのに、自分だけコンロで本格調理。少し浮いてたかなと。やがてまた来た道をひた走り、夕方には麓に到着。その足で某射撃場で射撃訓練。と言ってもサバゲー会場ですが。翌日5日は朝から恒例の定例会。つまりサバゲーである。5日らしく、お父さんに連れられた子供の参加も多く、プレゼント獲得イベントも盛りだくさんだった。昼食もそこで取った後、抜けていつもの河川敷3キロ走のコースへ。Tシャツに短パン、タオル姿で走った。太陽の光に照らされた河川の水面と緑の匂い。海から吹く心地よい風が、息を切らす自分に清涼感を与える。高速道路の橋が折り返し地点で、小休止すると再び3キロをひた走る。合計6キロ走ることになる。それが終わったらシャトルラン2セット。公園で懸垂10回。それが体力の限界だ。小休止にバームを飲んでから最後の仕上げに空手拳法の鍛錬。夕日をバックに道着姿で蹴りの鍛錬しながら充実した連休を過ごせた。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.29 )
日時: 2018/11/03 18:44
名前: 梶原明生

2012年 8月17日〜19日                                       07:00時起床。第二弾の「上原美優氏追悼お墓参りの旅」が始まった。かつてのルートを通って特急で鹿児島駅に着いた。今度は市電の路面電車に乗り、郡山駅にて乗り換えて谷山駅に着いた。そこには銀色輝く四角い支柱があり、その表には大きく「日本最南端の路面電車駅 谷山駅」といった文言がかかれていた。「へー、ここが日本最南端とはね。」感慨深く感心しつつも谷山港目指して歩いた。しかし、谷山駅=谷山港と誤解していたため、産業道路でへばってしまった。コンクリートの路面と真夏の暑さが熱中症に近い状態を招いた。仕方なく産業道路沿いのナフコ前で現地のタクシーを調べた。「Nー1タクシー」というタクシー会社に電話して一台用意してもらい、早速乗り込むと谷山港のフェリー「ハイビスカス」乗り場まで案内してもらった。ちなみにこの「Nー1タクシー」さんはなかなかいいタクシー会社だった。さて、乗り場だが、フェリー乗り場と思って来た人は面食らうだろう。詳しくは行ってみてのお楽しみということで。事務所でチケットを買うと、乗船まで後1時間も待合室にいなければならないので、途中見つけた産業道路沿いの「七つ島」という観光マーケットに晩飯用の弁当を買いに寄ってみた。マーケットの他、コンビニや飲食店も立ち並んでいて意外と盛況だった。買い物して戻ってみれば、すでに20人くらいの乗客相手に作業員風の格好した船員さんがチケットを切っていた。慌てて荷物を持ち、甲板へと上がる。この「ハイビスカス」は元々貨物船だったらしく、乗客だけでなく、あらゆる物資もフォークリフトで運ばれて、自分たちのすぐ横を走っていく。雑魚寝の部屋に着くとアナウンスが流れ、いよいよ航海へ。4時間半の船旅は始まった。乗客は様々だ。小学生の家族連れ、サーファーらしきグループ、OLらしき3人組、ビジネスらしき中年男性、部活らしき格好の高校生グループ、地元らしきおばさん、等々。一瞬仮面ライダーアギトに出てきたフェリー「あかつき号」と重ね合わせたりしていた。白い服の青年羽緒レイさんが現れて自分が翔一でアギトになって・・・なんて妄想はさておき、夜中9時過ぎにようやく人生初の「種子島」にたどり着いた。ロスコ社の半長靴で種子島の大地を一歩踏みしめた時、気のせいだろうか。「安納芋」のような甘い香りの風に包まれた。「何という心地よい風。美優さん、遂に来ましたよ。あなたの御魂の場所へ。」・・・続く。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.30 )
日時: 2018/11/08 17:59
名前: 梶原明生  

2012年 10月20日 驚く驚かないは人それぞれだが、この日以前は一度も映画館で映画を見たことはなかった。つまり人生初の映画館だった。何故そうしたかはHTSSを嗜む者としてどうしても外せないニ作品が偶然にも重なったからだ。(もしかしたら意図的かもしれないが)「エクスペンダブルズ2」と「宇宙刑事ギャバンザ・ムービー」。ジャンクロードバンダム、ジェットリーが参戦、おまけに宇宙刑事ギャバンでは新旧ギャバン(石垣ゆうま、大葉健二氏)が共演。まさに二重に涙ものの感動だ。二つのパンフレットを片手に意気揚々と鑑賞した。

Page:1 2 3 4 5 6



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。