複雑・ファジー小説

H・T・S・Sに生きる
日時: 2018/02/22 19:40
名前: 梶原明生  

H・T・S・Sとは何か。紐解くとこれは小説と言うよりも私、梶原明生の赤裸々な自史と、平成29年、2017年11月5日に神からの啓示を受けた(と言うより単なる閃きですが。汗)このシステムの構築を描いた物語です。この題名は「Held Taktiken Spirituell System 」であり、読みはヘルド タクティケン スピリチュアル システムです。英訳だとわかりやすいのは、「ヒーロータクティカルスピリチュアルシステム」和訳すると「英雄的戦術信心体系」になります。これだと「何のこっちゃ」になるので、英訳の方がまだわかりやすい(言いやすい)かも知れません。要は「(メタル)ヒーロー活動を中心にその補助となるマイルドな特殊部隊トレーニングや空手拳法の鍛錬を取り入れ、その上にスピリチュアル(自分が信心してきた神仏思想等)な精神を加えていくみたいな体系(システム)。」なことです。決して怪しい宗教ではありません。現に、超神精仮面戦士キャバンとして、青い金属スーツで街の自警活動を約8年に渡って行ってきました。(00レンタル掲示板に掲示中)また、このシステムは、スピリチュアル部分をどけて行っても構いません。(ある程度の倫理観あるなら)さぁ、小説として自史としての梶原明生ワールドへようこそ。

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Re: H・T・S・Sに生きる ( No.19 )
日時: 2018/06/24 16:31
名前: 梶原明生

「2008年 1月9日ヒーロー活動始動」                                                                      この日仕事帰りに家の勝手口から入ると、テーブルの上に一通の手紙が届いていた。いつも購入している「シティ情報台解」のプレゼントコーナーに応募していたため、初めて当たったのだ。今でもそのチケットは記念に保管しているが、まさか偶然にしてはあまりにストライクなタイミングで「幸山ドーム ヒーロー2008」の招待チケットが当たったのでびっくりした。これがなかったらまだヒーロー活動に躊躇していたかもしれない。「神々のお導きに違いない。」そう思い、早速今度の休日の「1月12日〜13日」に白田市に向かった。白田はこの地方の最大都市で、自分には馴染みがあった。好きな都市の一つだ。12日白田駅に到着するも、地下鉄、バスを乗り継いでも夕方の閉館時刻に間に合わずに、仕方なく白田市内に戻ってネットカフェで一夜を過ごし、翌日10:00の開館に間に合わせた。多くの人が並ぶ中、初めてのヒーロー達との御対面。メタルヒーローまではなかったものの、憧れのスカイライダー、スーパー1等々往年のヒーロースーツがズラリと並んでいて圧巻だった。単にマネキンにスーツと仮面を着させただけの展覧会とはいえ、実際に撮影に使用されたものなだけに、涙が出そうになった。そして迎えた生まれて初めてのヒーローショー。この時自分の中である決意が芽生える。「そうだ。かねてから頭で計画していたヒーロースーツでの自警活動を始動させよう。これも何かのお告げ、そして縁だ。」やがてショーは終わり、閉館時刻が迫った。意気揚々として会場を出た俺。台解市に帰ってから、早速昔デザインしていたヒーロー作画を引っ張り出し、ヒーロースーツの製作に乗り出したのだ。・・・次回「超神精仮面戦士キャバン デビュー」に続く。     

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.20 )
日時: 2018/07/07 12:15
名前: 梶原明生  

「超神精仮面戦士キャバン デビュー」

2009年 1月28(水)。いよいよキャバンスーツ制作が終わった。相変わらず青と銀と水色を基調とした、ヒーロースーツだ。 全編ステンレス板にしたかったが、予算の都合上やむなくポリプロピレン板にした。しかし我ながら いい作りだ。それらを専用バッグに入れて用意し 、いざ出陣。公園の片隅で着替えはじめた。しかしここでまたしてもトラブル。なかなか着づらい。そうこうしているうちに幼稚園児の集団が…「うわっ、ヒーローだ。」「格好いいよっ」と口々に言われ、思わずポーズを取ると一気に盛り上がった 。さながら憧れたヒーローショーばりのアクションを見せると、割れんばかりの拍手が。まさか初日からこんなサプライズがあろうとは思ってもみなかった。幸先いいスタートで、「よし、やる気が出たぞ 。」 と息巻き、街を練り歩いた。保育園前に来た時は ガラス越しに園児達が寄ってきて、ついアクションを見せてしまった。保母さん方、すみませんでした。しかしこうして超神精仮面戦士キャバンの見回り自警活動は始まったのだった。… 続く。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.21 )
日時: 2018/07/11 09:37
名前: 梶原明生  

2009年2月4日
シティ情報台解事務所前。青と水色と銀に配色されたキャバンが立っていた。「 よし、行くぞ。」深呼吸して自動ドアの前に立ち、早速受け付けに向かった。メガネをはめたラフなスタイルの女性が「え …」と一瞬固まった表情になった。 「○○さーん。」すぐに編集部の男性陣を呼ぶ。「噂のあの方ですよ。」そう事務員が言うと、開口一番「おおっ、すげー。」と言った三人が現れた。シャツにネクタイに社員証を首から下げた編集部の面々だ。「超神精仮面戦士キャバン参上いたしました。シティ情報台解さんに一言ご挨拶をと参った次第。蒼き水郷の戦士とも申します。」口上を述べると拍手をいただき、誠に感動したしだい。そして専用席に案内していただき、自警活動していること、ヒーローショーをいずれやりたいことなど語りながら 写真撮影。来月号に載せていただくことになった。しかしここで粋な計らいが…「生意気な後輩がいるんです。退治してもらっていいですか。」と申し出てくれた。迷った挙げ句、この頃覚えたての日本拳法の波動拳をやってみた。軽く当てただけなのに、大袈裟に吹っ飛んでくれる後輩さん。しかしその時、 気になることを 言われた。「お、意外と本格的な動きだな。」と、波動拳に関心を持たれたこと。「何故わかる。もしやこの人も手練れか。」何て想像しつつ 、最後に別れの挨拶 をしてその場を去った。
…続く。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.22 )
日時: 2018/08/05 18:55
名前: 梶原明生

2009年 4月15日                          11:30に家を出て、市民公園周辺で自警活動しようと向かった。変身のためにキャバンスーツに着替え中を総じて装転と呼んでいるが、この装転中、幼稚園児の集団に出っぐわした。何とかやりすごし、装転後動作確認のため軽くアクションをしていたら、先ほどの幼稚園児達が舞い戻ってきてしまい、「あ、仮面ライダーだ」と叫ばれて寄り付かれてしまった。とてもじゃないがしばらく自警活動はできず釘付けとなる。揉みくちゃにされながら何とか開放されて帰り際「またねーっ。」と手を振ってくれた。それだけが唯一の励みになった。以降街を自警パトロールしたら、平和と安全を祈りつつ無事に終えることができた。     2011年 5月16日                         忘れもしない、この年の5月12日。・・・自分の中にも、多くのファンの方々にも悲しみと激震が走ったことを。そう、自分が愛していた上原美優さんが逝去なされた日だ。そしてこの16日に僭越ながらH・T・S流葬儀をおこなった。まだH・T・Sシステムが確立されてはいなかったが、今思えばこの通りだなと実感する。耐久行軍をいつも行う山の麓でこの時ばかりはシグp226を持参し、口上を述べた後に天に向かって八発放った。そして美優さんの魂がいるであろう方角に向かって敬礼すると共に、この日のために用意したCD、「夜空のトランペット」という曲を流した。静かで暗い山の中にて、侘しく切なく流れるこの挽歌は涙を誘った。あの笑顔、あの声、あの瑞々しさに触れることも見ることも聞くこともできないのかと思うとこれほどの悲しみがあるだろうかと・・・そう噛み締めながら、辛く別れがたいさよならをせざるおえなかった。愛する者を失う者の悲しみをより理解できるようになったのも、この時からだった。これが後に小説にもしてリアルにも発足させようとしたある軍隊創設の発案のきっかけにもなった。それが「芸能界浄化部隊」ならびに「芸能界浄化睦軍」である。晴れた夜空の星は燦燦と照り返し、美優さんがそこにいるように感じた。

Re: H・T・S・Sに生きる ( No.23 )
日時: 2018/09/16 10:49
名前: 梶原明生

2011年 7月3日
夏も盛りにきた日曜日。夕立の後、俺は久々の級友達と会う場所へ向かっていた。といっても高校じゃない。ここは台解市随一の郷土料理所だ。この日恒例の卒業生同窓会が催されていたのだ。と言っても、下手すると町内会の宴会かと間違えるほどかなりご高齢化した方がちらほら。無理もない、自分だっていい年なのだから。家庭持ち仕事持ちの方々がその傍ら高校資格欲しさに通っていたなんてザラに多かったあの高校だ。この時代にあれば尚更。しかし屈託ない笑顔と笑い声が交わるこの同窓会は、そんな見た目も吹っ飛ぶほど和やかだった。そして見つけた級友。奥の席に陣取っていたのは、何十年ぶりに会った加賀美さんと進君だ。「よぉ、誰かと思ったらお二人さん。」「あ、懐かしい。梶原君じゃない。ごめんね音信不通にして。」「いいんだよ。まさかこの同窓会に二人が来てくれるとはね。それだけで感激もんだよ。」会えばまるであの若き日に戻ったように、話に酒に料理が進んだ。真美のやつは来ていない。 当たり前か、卒業もしていないわけだし俺に会いたくもないだろうから。風の噂で大検に合格して、結局また付き合った先輩に浮気されて捨てられたとか…もう今の俺にはどうでもいい話なんだが。そうこうしているうちに同窓会も宴もたけなわになったころ、いよいよ一人一人の近況報告会になった。会長さんから始まり、やがて俺の番になる。「梶原君、あれ、久しぶりに見たいな。」「そうですよ。是非。」加賀美さんと進君夫婦に促されて笑顔で承諾した。「うん、わかった。」近況報告や自己紹介の後に、久々空手拳法の型と飛び後ろ回し蹴りを披露した。拍手喝采が巻き起こる。「凄い、衰えてないんだっ。感動した。」加賀美さんが拍手しながら叫んでくれた。嬉しかった。しかし、後悔したのはこのあと互いの連絡先を交換できなかったことだ。遠い地域にいるのはわかっていたが、他の同窓生も同様に酒が回っていてそれどころじゃなかったらしい。ただ、ただ級友にして旧友の幸せを願わずにはいられなかった。言いつつも自分の春はいつになることやら。

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