複雑・ファジー小説

迷い言寮
日時: 2018/09/21 08:42
名前: 流聖

 題名はまよいごとりょうって読みます。

 やっぱり複ファはいいですね。

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Re: 迷い言寮 ( No.1 )
日時: 2018/09/21 13:08
名前: 流聖

 ぱちりと目を開けて横になっていた体を起こすと、目の前には一枚の白紙。額縁におさめられたそれは、何色にも染まらず、描かれていない、空っぽな白紙だった。大きさは四つ切りの画用紙ほどで、壁にかけられていた。
 何故白紙なのかはわからない。むしろ何も描かないからこそ語れるものがある、そういう意味で作者は何も描かなかったのだろうか。人並みの審美眼しかもたない私には、理解しがたい作品だ。

 まあ白紙のことは置いといて、ここはどこだ?

 私はさっきまで寝ていたのか、ふかふかのベッドに乗ってモコモコパジャマを着ていた。私の最後の記憶は───あれ?思い出せない。名前は……河野章子。あと思い出せることは、15歳ということぐらいだ。

 周りを見渡してみるが、普通の部屋だ。恐らく寝室だろう。暖色系のカーペットとベージュの壁、クローゼットとドアがひとつ。私はこの部屋を知らないし見たこともないけれど、特におかしいところはないと思う。匂い、温度、設備、どれも嫌悪感を示してしまうようなことはない。

 寝ていたのに電気がついているのは、私が暗いと眠れないたちだったからだろうか。だめだ、全然覚えてない。常識的なことは覚えているけれど、自分のプライベートについて全く覚えてない。

 とりあえず、部屋を出てみよう。側に置いてあったスリッパを履いて、ベッドを降りる。ドアノブに手をかけて押してみると、ガチャリと音をたててスムーズにドアは開いた。

 ドアの向こうには恐らくリビングと思われる部屋があった。アンティーク調の机と、椅子が2つ。壁とカーペットは先程の寝室と同じだ。電気は既についていた。このリビングも特におかしいところはないが、テレビやラジオ等が置いていなかった。それに窓もない。

 奥の方にドアがふたつ、右側にドアがひとつあった。奥の方のドアを開けてみるとそこには、綺麗なシャワーと浴槽、脱衣場、洗面所があった。蛇口を捻ると水はちゃんと出たし、温度調節も出来た。鏡もある。もうひとつのドアはトイレだった。こちらもしっかり機能する。

 しかし、どの部屋にもシャンプーやタオル、トイレットペーパーなど、最低限必要なものは揃っているのだが、窓がひとつもなかった。洗濯機やキッチンもない。ここで暮らすのは少し不便じゃないだろうか。

 最後の右側のドアは、覗き窓があったり、他のドアより重厚なところからして恐らく玄関のドアだ。このドアの向こうは外だろう。外に出るのは顔を洗って着替えてからにしよう。

 洗面所で顔を洗って、鏡で自分を見てみる。何故か記憶の中で自分の姿だけははっきり覚えていて、鏡に映る自分は記憶の中の自分と変わっていないかった。セミロングの髪に丸い童顔は、何度も見慣れたものだ。

 寝室のクローゼットには着まわしのしやすい服が何着かあって、私は蛍光グリーンの迷彩柄のワンピースと底が高めのスニーカーを選んだ。

 そして早速外に出てみると、長い廊下が続いていた。よくわからないが、取り敢えず勘で左に進んでみると、横にドアがずらりと並んでいて、203号室、204号室と書かれたプレートが貼ってあった。私の部屋にもあるのだろうかと思い、戻って確かめてみると、私の部屋には109号室と書かれていた。ここはマンション、もしくはホテルか何かなのだろうか。とにかく公共施設には違いない。

 私が再度廊下を歩き始めると、前から人が二人歩いていきているのが見えた。前の人も私に気づいたのか、目が合うと手を振ってきた。

 「おはよう、章子ちゃん」
 「おはよう章子」
 「え、あ、おはようございます」

 なんでこの二人私の名前を知っているんだろう。随分と親し気だけど、もしかしたら私に記憶がないだけで会ったことがあるのかな。こんな美男美女、忘れようがないと思うんだけど。

 私に挨拶をしてきた二人は、柔らかい栗色の髪のイケメンで制服をオシャレに着崩している私と同じ年ぐらいの男の人と、黒髪ポニーテールのエプロンを着た美人な女性(たぶん年上)だった。

 「初めまして、僕は名取颯太。よろしくね」

 この人初めましてって言ったぞ。初対面なのか。その割りには結構軽い感じで話す人だな。

 「よろしくお願いします。というか、よく初対面の人にそんな親しく出来ますね」
 「まあ、これから一緒に生活するんだし、仲良くなっておいた方がいいじゃん」

 い、一緒?この人もこのマンションだかホテルだかよくわからない施設に住んでるということことだろうか。

 「一緒ってどういう」
 「それはあとで説明するからついてきなさい」

 私の質問をさえぎってそう言ったのは美人な女の人だった。どこに行くかはわからないし、聞きたいこともたくさんあるけど、取り敢えず私は二人についていった。

 着いた場所はキッチンがあって、長いテーブルに椅子がたくさん並んだ、食堂のような広い部屋だった。

 「朝御飯、作るわよ」
 
 ええっ、三人で作るのか……料理をした記憶はないのに、何故か得意ではないという情報が頭に流れ込む。女の人は料理出来そうだけど、私はあんまり得意じゃないしなあ。何より一人も知り合いがいないっていうのは心細い……

 私がそうこう考えている間にも、女の人と名取さんは黙々と作業を始める。うう、私何やればいいの……

 「あんたは皿によそったり運んでなさい」
 「は、はい!」

 女の人が指示を出してくれて、何とか私も動けた。言われないと出来ないなんて情けない。せめて足手まといにはならないように頑張らなくては。

 味噌汁をよそったりお盆に載せて運んだりするのはそこまで難しくない。でも量が多かった。一体何人分用意するんだ。これはなかなかの重労働だ。

 「もういいわよ」
 「へっ?あ……ふぅ、疲れた」
 「適当な場所に座ってなさい」
 「はい……」

 椅子の数だけ盆を運び、キッチンとの往復を繰り返した結果、だいぶ疲れたが達成感があった。言われた通り、端の席を選んで座る。今日の朝御飯は味噌汁、白米、伊達巻き卵、漬物、鮭の塩焼きだった。見た目よし香りよしですごく美味しそうだ。今すぐにでも食べたいが、二人より先に食べるのはよくないだろう。

 しばらくして二人が戻ってきて、私の向かいの席に座った。三人で「頂きます」と手を合わせると、ようやく飯にありつけた。

 うん、予想通り美味しい。味噌汁はしっかり出汁が効いてるし、お米もふっくらしている。甘めの伊達巻き卵と鮭の塩焼きも焼き加減が丁度いい。

 私が朝御飯の美味しさを噛み締めていると、食堂のドアから人がぞろぞろと入ってきて席に座っていった。大人から子供まで、たくさんの人間が朝御飯を食べ始める。

 うわあ、こんなに人がいっぱい居たんだ。確かに部屋の数は多かったけど、こうやって実際に見てみるとやっぱり迫力あるなあ。だからあんなにたくさん朝御飯を用意したんだな。

 次第に食堂はがやがやと騒いできて、おかわりする人や食べ終えると食堂を出ていく人もいた。食べ終えた人は食器をそのまま机の上に置いてるので、恐らく私と名取さんと女の人の三人で片付けるのだろう。

 これだけの数を片付けるのか……大変だな。先のことを想像するとどんよりと心が重くなる。

 「章子、食べながらでいいから聞いてて」

 女の人はいきなりそう言って喋り始めた。

 「私は小嶋加南子。ここは迷い言寮。あんたは梯子を使って高いところを掃除しようとしたんだけど、足が滑って転倒。そのときに頭を打って記憶喪失になったの。」

 小嶋加南子………迷い言寮………頭の中でいくつものキーワードが目まぐるしく回り、いつかの映像や場面がちらつく。

 「ああっ!」
 「思い出した?」

 そうだ、そうだった。ここは迷い言寮で、彼女は小嶋加南子17歳、加南子パイセンだ。

 「お、思い出しました加南子パイセン!」
 「じゃあ、早速なんだけど新しい仕事あるから。」
 「へっ?えぇー……もう掃除とかやりたくない……」
 「掃除も仕事のうちのひとつだけど、新しい仕事ってのはこれ」

 加南子パイセンはそう言って隣に座っている名取さんを指差した。

 「これって、も、もしかして名取さんですか?」
 「もしかしなくても名取よ」
 「じゃ、じゃあ、私初めての……!」
 「そう、『修理』よ」
 

Re: 迷い言寮 ( No.2 )
日時: 2018/09/21 13:09
名前: 流聖

 朝御飯を食べ終え、全ての食器を片付けると、早速私に任せられた新しい仕事である『処理』に取り掛かる。
 まずは名取さんと一緒に名取さんの部屋に行く。
 
 名取さんの部屋のリビングの椅子に、私と名取さんは向かい合わせに座りながら、私は加南子パイセンがやっていた『修理』の様子を思い出して話し始める。

 「名取さん、この迷い言寮に来る前のこと、何か覚えていますか?」
 「ううん、あんまり覚えていないよ」

 大丈夫、迷い言寮に来たほとんどの人が自分のストレスや問題を覚えていない。だから名取さんみたいな人はよくあるケースで、私にだって処理できるはず。

 「名取さん、ここは迷い言寮と言って、いろんな問題を抱えた人がやって来る場所なんです。ここにやって来たほとんどの人が記憶が抜けています。」
 「へえ……ここは何処にあるの?何県?」
 「ここは、日本でも名取さんがここに来る前に生活していた世界でもないんです。次元が違うというか、別世界みたいな感じです。」
 「戻れるの?」

 以外と名取さん落ち着いてるな。ふざけるなとか怒ったり泣き出す人とかたまにいるけど、名取さんはそうじゃないみたいだ。よかった。まあ、怒っても文句は言えない。いきなりそんなファンタジーなこと言われて信じろと言う方がおかしいのだから。

 「名取さんの抱える問題を解決しないと記憶ももといた場所にも戻れません」
 「そっか、そうなのか……」
 「私は解決するためのお手伝いを任されたんです」
 「それが『修理』かい?」
 「はい、寮に来た人の問題を解決する仕事を『修理』と呼んでいます。二人で頑張りましょうね」
 「うん、で、何をするんだい?」

 そう、ここからが本題だ。問題を解決するためには、まずどんな問題なのか知らなくてはいけない。でも本人はその記憶が抜けているので、手がかりは本人の部屋だけ。部屋をくまなく捜査すれば何か出るはず。

 「部屋を探索しましょう」
 「え?部屋を?」
 「はい、何か出てくるはずです。」
 「はあ……まあいいや、君が言うならそうなんだろう」

 名取さんと私は席を立ち上がり、部屋の隅々まで探索し始める。
 クローゼットの奥からベッドの下、服のポケット、とにかく探す。しかし、懸命に探してはいるのだが、一向に何も出て来ない。あるのは机の上に置いてあった一冊の本くらいだ。ファンタジーの長編小説で、一日では読みきれないであろう分厚さである。

 「うーん、何もありませんねえ……名取さん、なんかこの本について覚えてることないですか?」
 「まだ途中までしか読んでなくて、勇者がドラゴンと戦うところまで進んだんだ。すっごく続きが気になる。」
 
 この部屋にあるということは手がかりの内のひとつなんだろうけど、これがどう関係しているのかがわからない。
 
 「うーん……」

 早々に行き詰まったな。初『修理』なんだからひとりで華麗にやってやろうと思ったのに。加南子パイセンの力は借りたくない、私が解決してみせる。

 「あ、もうすぐ昼御飯の時間じゃないですか?」

 壁に描けてあった時計の短針が12を指してるのを見て、私がそう言ったとたん、お腹からぎゅるるるるるると大きな音が鳴った。

 「ははは、そんなにお腹が空いているのか」
 「探すの頑張ったんだから、そりゃあお腹空きます。食べたらまた探索ですね」
 「疲れるねえ……」
 「腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃないですか。たくさん食べてたくさん仕事しましょう」

 そうして私と名取さんは食堂に向かった。既に大勢の人が集まっていて騒がしい。今日の昼食はオムレツ、ほうれん草のバター炒め、トマトスープ、ミルクパンだ。用意してくれたのは恐らく加南子パイセンと寮長だろう。
 私と名取さんはたべながら話す。

 「章子ちゃんはいつ迷い言寮に来たんだい?」
 「さあ?気づいたらここにいましたね。かれこれ二年くらいここで掃除とかご飯の準備とかして働いてます。何か問題があってここに来たはずなんですけど、全然解決できなくて」

 ああ、トマトスープ少し冷めちゃってるな、でも美味しい。

 「解決出来ない人はここで働くことになるの?」
 「はい、だから加南子パイセンとか寮長とかも解決できなかった未処理案件です」

 オムレツふわとろだ。中にチーズが入ってるのか。美味しい。やっぱり加南子パイセン料理上手だなあ。

 「寮長?寮長がいるのか」
 「一番最初にここに来た人ですよ」
 
 ほうれん草苦手なんだけどなあ……でも残すと加南子パイセンに怒られるし……頑張って食べよう。うう、苦い、不味い。

 「へえ……」
 「ご馳走さまでした」

 私は昼食を食べ終えると足早に名取さんの部屋に戻る。探してみて何か出てくるといいのだが。
 
 

Re: 迷い言寮 ( No.3 )
日時: 2018/09/21 15:17
名前: 流聖

 「あった!」
 「何があったんだい?」

 机の中の引き出しから一冊のノートを見つけた。淡い水色のB4サイズのノート。

 「ノートです。何か心当たりありますか?」
 「うーん……特になにも」
 「そうですか……」

 何か思い出せると思ったのだが、残念だ。とにかく中を見てみよう。ペラペラとページをめくって適当なところで開く。

 『○月△日
 今日は学校で因数分解を習った。あの本は勇者がドラゴンと戦うところまで読んだ。
 xxに告白されたけれどふった。xxが面白い本を勧めてくれた。いい曲も教えてくれた。明日聞いてみよう。
 2356』
 
 それは日記だった。毎日こまめにその日あったことが綴られている。ほんの少しの絵も描かれている。必ず最後に書かれている四桁の数字の示す意味は何だろうか。
 
 「これ、この四桁の数字、なんですかね?」
 「はて、全く思い出せないよ」
 
 むぅ……日記は結構いい手がかりになったと思ったのに。ダメだ、これ以上探しても何か見つかる気がしない。名取さんが思い出すのを待とう。

 「今日はこれぐらいにしましょう」
 「そうだね」

 今日はあんまり収穫なかったなあ。頑張って探したのに。あー、なんか『修理』できる気がしない。せっかくの初『修理』なのに、出来ないなんて思われたらもう任されないだろうな。くそう、悔しい。

 「ところでさ」
 「はい」
 「ここテレビとか音楽プレイヤーはないの?」
 「ないですよ、電波が繋がらないですから。」
 「そうか……暇潰しになるもの、なにかないかな」
 「トランプなら一緒にやってあげてもいいですよ」
 「じゃあ、ババ抜きをしよう」
 「ふっふっふっ、私のポーカーフェイスは手強いですよ?」
 「望むところだ」

 トランプは名取さんの部屋に元からあったのでそれを使用する。トランプをサッサッと慣れた手つきで名取さんは配っていく。私の手持ちのカードは……あ、ジョーカーがある。名取さんはどうしたら引いてくれるだろうか。一応端にジョーカーを置いてみよう。

 「どっちから引きます?」
 「章子ちゃんからでいいよ」
 「じゃあ私から」

 ジョーカーは私が持っているから何のガードが出るかは安心して引いていい。でもどこをどの順番で引く癖があるかを悟られてはいけない。右端から二番目を私は選んで引く。スペードの4だった。私の手持ちにも4があるので捨てられる。
 よし、今度は名取さんの番だ。名取さんはカード一枚一枚に手を添えて私の顔色を伺ってくる。平常心、平常心、落ち着け河野章子。絶対にそれらしき反応をみせてはいけない。
 名取さんは一番端のジョーカーを引いた。やったぜ!あとは私が名取さんからジョーカーを引かなければいいだけ。
 そしてかれこれ10分、結果は名取さんが勝った。

 「なぜなんだっ……私のポーカーフェイスが……」
 「ははは、全然ポーカーフェイスできてないよ」
 「そ、そんなことないですよ!名取さんにちょっと運があっただけですまぐれです次は絶対勝ちます!」
 「じゃあもう一回やるかい?」
 「望むところです!」

 かれこれ一時間、結局私は5戦中、0勝5敗という結果だった。
 むむむ、おかしいなあ、さすがに全敗はあり得なくない?さてや何か仕掛けがあったんじゃ…

 「君本当に弱いね」
 「………名取さんが強すぎるだけですう!」
 「ははは、お褒めにお預り光栄至極に存じます」
 「褒めてない!」
 「ははは、ははは」

 部屋には高らかな笑い声が響き渡り、私はそれが無性にムカついた。
 

Re: 迷い言寮 ( No.4 )
日時: 2018/09/21 17:19
名前: 流聖

 朝起きて体を起こすと、必ず目の前に一枚の絵がある。それは、なぜなのかはわからないが日によって変わり、今日は桜の絵が描いてあった。満開の、薄桃色の桜。水彩絵の具で描かれたであろうそれは、上手くもないし下手でもない、普通の絵だった。それが私の問題を解決するための手がかりだということはわかっている。でも全く解決の一途を辿らない。その絵が一体、何を示すのかはわからない。

 顔を洗って着替えて、朝御飯の準備をしに行く。昨日の夜もじっくり名取さんの『修理』について考えたが、あれだけの手がかりでは考えようもなかった。廊下を歩いていると前から名取さんが来た。私は名取さんの手を振りながら挨拶をする。

 「おはようございます、名取さん」
 「おはようございます。それと、もしどこかで面識があったのなら、覚えていなくてすみません」
 「うっへへ、名取さんてばふざけないでくださいよ」

 朝からおもしろい冗談だな。

 「すみません、本当に覚えてないんです」
 「冗談はほどほどに、食堂に行きましょう」
 「はあ……」

 食堂に行くと、むわんと香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。これは肉の匂いだ。今日はハンバーグかな?既に加南子パイセンが朝御飯の準備に取り掛かっていた。

 「おはようございます、加南子パイセン!」
 「遅いわよ二人とも」
 「遅れてすみません、加南子さん」

 挨拶を済ませ、私は加南子さんが作った卵スープをお皿によそう。あー美味しそう、涎が垂れそうだ。早く食べたい。

 「なにぼーっとつっ立ってんのよ名取」

 加南子パイセンのそう言う声が聞こえたので名取さんをみると、確かに立っているだけで料理をしていなかった。

 「…あ、あの、何をすれば?」
 「はあ?昨日教えたでしょう、名取は主菜と副菜担当だって」

 急に名取さんはどうしたのだろうか。昨日教えたばかりなのに。それより、加南子パイセンがすごい剣幕だ。加南子パイセン、使えない奴とかもたもたしてる奴嫌いだからな。

 「まあまあ、加南子パイセン、来たばっかりですぐには覚えられないですよ。」
 「……今度こそよく聞いて覚えなさい、名取。あんたは主菜と副菜担当なの。今日はハンバーグともやし炒め、材料は冷蔵庫にあるから料理して。急いで。」
 「は、はあ……すみません……」

 名取さんは情けない声で謝ると準備に取り掛かった。調子変じゃないか、名取さん。
 そしてなんやかんやで朝御飯の準備を終えて、席につく。手を合わせて「頂きます」を言うと、やっとご飯にありつける。
 卵スープ美味しい。卵がふわふわで味もしっかりしてる。ハンバーグも肉汁じゅわぁってして濃厚だ。

 「ふへへ、おいひいっふ(ふへへ、美味しいっす)」
 「飲み込んでから喋りなさい」

 なんか加南子パイセンお母さんみたいだな。これは将来きっといいお嫁さんになれるぞ。むしろ私が嫁に貰いたいくらいだ。

 「あ、あの……」
 「なに?名取」
 「ここは何処ですか?」

 あれ?昨日ちゃんとここは迷い言寮ですって伝えたのに。忘れちゃったのかな。名取さん以外と忘れっぽいな。

 「ちょっと章子、昨日ちゃんと説明しなかったの?」
 「なんですとっ!?説明しましたよ私。初『修理』でめちゃくちゃはりきりましたよ!」
 「じゃあなんで名取が知らないのよ?」
 「そんなのこっちが聞きたいですよ!」
 「あの、昨日って……?」
 
 名取さんが珍しいものを見るかのような眼差しでで私と加南子パイセンを見つめる。
 
 「だから、昨日、名取さんに私が何から何まで説明したじゃないですか!」
 「昨日、僕はここにいたんですか?」
 「……はあ?」

 名取さんは、どうやら、朝御飯の準備や迷い言寮だけでなく、昨日の自分のことすら忘れてしまったらしい。なんで?昨日私がいない間に頭ぶつけたのかな。
 いや、これも『修理』の手がかりになるかもしれない。読みかけの本、因数分解、xxから告白、2356………
 
 「あっ」
 「今度はなに?章子」

 わかったかもしれない。ほんの少し解けたかもしれない。
 23時間56分が、名取さんの記憶が保持できる時間なのではないだろうか。

 

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