複雑・ファジー小説

夢見ズ探偵
日時: 2018/05/18 20:22
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM
参照: https://m.youtube.com/watch?v=oJVJsDY605Y

「私は───死んだ人間の死の記憶が見える」


イメージソング『Lilium』(参照より)


登場人物

夏織(カオリ)
『死んだ人間の死の記憶が見える』少女。ある日突然それに目覚めてから、それまでの日々が地獄に変わった。彼女を気味悪がり両親は追い出し、途方に暮れて公園で倒れていたところを、自称探偵を名乗る男に引き取られ、助手となる。
家事はてんでできない。探偵が入れる紅茶は口には合わないようで、いつもオレンジジュースをチョイスする。

右京 雅人(ウキョウ マサト)
探偵。少女を保護し、『夏織』という名を与えた。実は元公安の人間で、そのまま残っていればもっと上の役職につけたのだが、突如『僕には合わない』と言って辞職し、探偵業を始めた。とはいっても彼が主としているのは、『人知の領域を超えた不可解な事件』や『未解決で終わった事件』であり、普通の事件には顔を出さない。
少女を引き取ってからは、表情がいくらか増えたそうだ。


ジャンル:空想ミステリー
年齢制限:R15
話数:7〜9話予定


目次(予定)
プロローグ『現実はいかなる時でも、その真の姿を人々に見せることはなく、また形を崩すこともない』
>>1
第1話『人間というものは、人間であるように振る舞う生き物である』
>>2 >>3
第2話『空想上の理論は、けして現実として現れることもないし、消え失せることもない』
>>4
第3話『死んだ人間に関わることで、まず最初に消える記憶は、その人自身の声である』
>>5 >>6
第4話『人生は、人が生きていくゆえで最も無駄な課題である』
第5話『生みの親と育ての親。どちらも親であることには変わりはないが、子供からしてみれば親はひとつしかない』
第6話『夢とは何か?例えそれがどんなに空虚なものであろうと、見ることをやめられない』

Page:1 2



Re: 夢見ズ探偵 ( No.2 )
日時: 2018/05/06 11:05
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 夜が明ければ太陽が昇る。
私たちを照らす太陽が。無差別に私たちを照らし、光を与える。

「おはよう。よく眠れたかい?」

 昨日雨の中、私に帰る場所を与えた変わり者の探偵さんは笑顔で、趣味の悪い紅茶を私に差し出す。私はそれを断り、ソファに座って窓の景色を遠目に見る。

「口に合わなかったかな」
「貴方の紅茶は、悪趣味だわ」
「へえ?それは失礼。何をお望みかな」

 私は少し考えた後、頭に浮かんだそれを口に出す。今は、それが非常に飲みたくて仕方がない。

「オレンジジュース」


第1話
『人間というものは、人間であるように振る舞う生き物である』


「さてと。早速だが仕事がある」
「唐突ね」

 氷を入れていないオレンジジュースを、ご丁寧にコースターに載せて私の前に出てきた探偵さんは、目の前に座って話し出す。突然に放たれたその言葉は、私を呆れさせるには簡単なものだった。

「昨日の今日でもう仕事?悪趣味だわ」
「そう言わなさんな。今回の仕事は随分の前に起こった、『小田ビル』での殺人事件の事なんだがね」
「……『小田ビル猟奇的殺人事件』かしら」
「当たり」

 そう嬉しそうに探偵さんは笑う。私はこの人の笑顔があまり好きじゃない。糊付けされたかのように、偽りにしか見えない。切って貼って、それで笑顔に見せている。表情を作るのが得意なのだろうけど、いくら作ったとしても私には全てがまがい物にしか見えない。オレンジジュースを一気に飲み干すと、自然にため息が出る。

「で、それがどうしたのかしら」
「この事件の犯人は既に死んでるんじゃないかっていう、噂を聞いて。興味はなかったが、一応確認してみようとね」
「悪趣味ね」

 ほぼ自然に出されたその言葉は、探偵さんによって軽くかわされる。正確には、『流された』と言った方がいいかもしれない。でもなぜこの人は、『犯人が死んだ』と言うのだろう。いや、『聞いた』と言うだけだから断定はしてないのだろうか。いずれにせよ、この人の中では、その現場に私を連れていく気らしい。正直気が乗らない、と言うよりは、あまり行きたくない。面倒だし、早速私のこの体質を利用するつもりなのだから。私はオレンジジュースのお代わりを、しかめっ面をして探偵さんに頼む。探偵さんはカラになったグラスを受け取り、また笑顔で去っていく。

「……悪趣味」

 そうとしか思えない。探偵さんは何を思って、あんな笑顔を私に向けているのか。何のために、あんな笑顔を貼り付けているのか。今一度思う。悪趣味だと。
 探偵さんの帰りは案外早かった。グラス一杯に満たされたオレンジジュースを持ち、変わらぬ笑顔で私の前に出す。氷はもちろん、入っていなかった。

「氷、入れないでおいたけど」
「悪趣味なのに気遣いはよく回るのね」
「それほどでも」
「褒めてないわよ」

 わかってる、と探偵さんは付け足す。けれど私もわかってる。はなからそんなつもりで放った言葉じゃないと。悪趣味だ。改めてそう思う。

「それで。小田ビル猟奇的殺人事件の事なんだけど。事件が起きた日時は」
「3年前の。5月7日ね」
「詳しいね」
「……」

 それ以上、何故か聞かれたくなくて私は口を閉じ、オレンジジュースを飲む。探偵さんも察したのか、それ以上は聞かずに悪趣味な紅茶を一口。

「ざっと被害者を振り返ってみるとするか。まず1人目。『足立 ひさし』。この小田ビルでは花屋を営んでいた。次に『鈴木 真知子』。この人は花屋にたまたま来ていた客。3人目は『粕田 阿左美』。彼女は小田ビルにあったケーキショップの店員。4人目は『上田 亨』。この男は3人目の粕田さんの交際相手だったそうだ。そして5人目。『幅霧 沙奈』。この少女は……君の通っていたらしい学校の生徒だったらしいが、知っているかい?」

 その言葉は、どうにも私の中で引っかかった。『見たことがないのに見たことがある』気がした。何故だろう。私はこの人のことを知らない。けれど何故か『知っている』。とても矛盾している。でもそう思わざるをえなかった。どうしてだか、脳がこの女性を『認識したくない』と拒絶しているようで。訳が分からなかった。

「……」
「知らない、かな?それとも思い出せないとか」
「……知らないわ」
「そうか」

 結局出された結論はそれだった。例えわかっているような気はしても、分からないと答えてしまえば、そこから抜け出せるように思えた。私はふうと息をついて、オレンジジュースを一口。嫌な汗が背中を伝う。

「殺害されたこの5人は、後に小田ビルの外へ、まるでキリストのように磔にされていたそうだ。ご丁寧に関節部位には、釘がグッサリ」
「本当に悪趣味ね」
「そうだね。犯人の気が知れないが……」

 探偵さんはそこまで言うと、私をちらりと見やる。私のわけがない。そもそもそんなことが出来るはずがない。私は眉をひそめて、少し睨むように探偵さんを見返す。すると探偵さんはごったように笑って、君を疑ってるわけじゃないさ、と。なぜ私が疑われなきゃならないのだろう。

「それで犯人がなかなか捕まらないし、ついには死亡説が出てきたから、私の体質を使って見てほしい……と?」
「ああ。話が早くて助かる」
「でもなんで今更、3年前の殺人事件なんて」
「僕が興味を持ったから」

 楽しげに言い放つ。ああ、やっぱりこの人は悪趣味だ。自分の興味だけで、未解決の事件に首を突っ込んでいく。到底理解できない趣味だ。私は深く深く、わざとらしくため息をつく。こうでもしないとやってられない気がした。

「とりあえず昼から行くとしよう。それでいいかな」
「行かないと言っても、貴方は行かせるのでしょう」
「ご名答」

 じゃあ、昼過ぎまでには準備してくれ。と、探偵さんは悪戯好きの子供のように微笑んで、既にカラになっていたグラスを持って、私の前から去っていった。

「悪趣味……」

 なにか仕返しのように呟いてみたその言葉は、虚空に消えて。


深い深いため息だけが、その場に留まった。


続く

Re: 夢見ズ探偵 ( No.3 )
日時: 2018/05/16 19:03
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

『小田ビル猟奇的殺人事件』

 3年前に起こった、極めて凶悪で猟奇的な殺人事件。計5人が犠牲となった。犯行時刻は───。犯行に使われたと思われる凶器は発見されていない。 
 死因は多量失血。ナイフのようなもので体を引き裂き、体の中身を文字通りカラにした後に、表へ引きずり出して、まるでキリストのように磔にされたものと思われる。関節部位には釘が何本も打ち付けられてあった。あまりにも惨い現場に、発見を聞き、駆けつけた警察官もえずいてしまうほど。今まで何度も事件を取材し、記事にしてきた私も、見せられた写真と話を耳に入れたら、背筋がそっとするものではなかった。あまりにも残酷、あまりにも凄惨なものだった。
 事件は未だ解決には至ってないどころか、捜査は難航を極めていた。凶器は見つからない、犯人と思しき姿も浮かび上がらない。3年経った今でも、事件は前に進んではいない。


「……」

 そこまで読むと、私は表示されていたウィンドウをタップして閉じる。小田ビル猟奇的殺人事件について、何かあれば良かったのだけれど、出てくるものはそういった感想文のような記事ばかり。もっと具体的に、もっと詳細に書かれた記事が欲しいのだけれど、そう上手くは行かないようだ。

「夏織くん」

 ふいに、探偵さんの声が耳に入る。探偵さんは、黒い革手袋を手に持ち、ソファでくつろいでいた私の元へと歩み寄る。その間も貼り付けた『空虚な』微笑みは外さないで。ああ、気持ち悪い。

「服のサイズはどうだい」

 今朝探偵さんから渡された服───白いワイシャツに黒に近い緑のベスト、ジャケットに色を合わせたロングスカートと、黒タイツとブリティッシュなブーツ───は、ゾッとするほどに私にぴったりだった。サイズも、何もかも。好みではあるのだけれど、昨日の今日で何故これらが集められたのか。というより買ってくる時間はいつあったのか。考えたら寒気が止まらない。

「恐ろしい程にあっているわ」
「それはよかった」

 ははは、と笑うけど、気味の悪いことがもうひとつある。

「なぜ下着までピッタリなのかしら」
「なんでだと思う?」
「聞かないでおくわ」

 ダメだ。この人は詮索すればするほど、そこらの心霊現象や殺人鬼なんかより、よっぽど怖いと思える。貼り付けた笑顔も相まって、気味が悪い。探偵さんは笑顔のまま、私にその手にしていた黒の革手袋を差し出す。使えというのだろうか。一応聞いておく。

「……これは」
「使うといい。色々と便利だ」
「指紋を残さない……ということかしら」
「それもあるね」

 そういいつつ、また新たなものを私に差し出す。これはポシェット?持ってみると、異様に重い。何が入っているのか、気になって中を見てみる。するとそこには、ぎっしりと針のようなものが詰まっていた。なぜこれを渡す必要があるのか。

「もしもの時に使うといい」
「……ダーツをしろと?」

 それ以上は何も言わぬまま、探偵さんはひらひらと手を振って去っていく。一体何がしたかったのだろう。
 それにしても、やけにぎっしりと詰められた針たちだ。試しにひとつ取り出して確認してみる。先端は鋭く尖っており、まるで注射器を思い起こさせる姿だ。確かに武器にはなり得るだろう。だけれど、どうやって投げればいいのやら。指と指の間に挟めば良いのだろうか。でもなんだかそれはなにかのモノマネのようで、あまり気に入らない。けれど現状、それしか思いつかない。というよりいつ使うんだろうか。
 その時。ピンと来たように、私は針を数本指と指の間に挟んで、こちらにやってくる人の気配に向けて投擲する。すぐにトトトンッという小気味いい音が鳴った。

「……僕を的にしないでくれるか」
「この時に使うべきだったようね」

 納得した。これはこういう時に使う代物なのだと。その前に渡された黒い革手袋と合わせれば、尚いい代物になるだろう。いそいそと手袋をはめ、針を構えてみる。うん。しっくりとくる。

「身の危険を感じた時のためにって、渡したんだけどな」
「今この状況に他ないわ」
「心外だな。それはともかく。準備は出来たかい?そろそろ出発しよう」

 探偵さんは車の鍵を取り出し、さっさと事務所を後にする。あのキー、見間違いでなければ、牛の名を冠したやたらと速くて高い車のものだった気がするのだけれど。きっと気のせいでしょう。私はポシェットを腰につけて、後を追うように外へと向かった。





「見間違いじゃなかったわ」
「なんだい?」

 車に乗り、事件が起きた小田ビルへと向かう途中。私はようやく口からその言葉を吐き出した。探偵さんはニッコリと笑いながら、えげつないハンドルテクニックで車を操る。
 ───カウンタック。ランボルギーニ社の看板とも言えるイタリアの車。ただ速いだけをもとめ、ただカッコ良さをもとめ作られた車。真っ赤に染まった特徴的なボディは、見る者を魅了し、離さない。当然の事ながら左ハンドル、マニュアルだ。今買うと8桁以上は行くのではないだろうか。なぜそんな車を、探偵さんはさも当然のごとく、普通のように運転しているのか。表をを見れば面白いように皆道を譲る。それはモーゼの十戒の、海を割るあの絵のように。心底悪趣味だ。

「もっとなかったの?RX7とか、ビートルとか、フェラーリだとか」
「ランボルギーニが好きでね。あとRX7はもう作られてないよ。今はRX8だ」
「そう」

 探偵さんはにこやかに話す。まるで子供の頃に戻ったかのような、無邪気な笑顔だ。本当に好きなんだなあ、とは思うけど、普段浮かべてる笑顔を思い出すと、悪趣味だとしか思えなくなってきた。

「車高低いわね。思ったより」
「そういう車さ」

 とうとう鼻歌まで歌い出した。なんだか気味が悪い。何を歌っているのかは知らないけど、とにかく探偵さんが鼻歌を歌っているという時点で、気味悪さしかない。

「そういえば、現場を見るって言ってもどうするの。警察が捜査しているのなら、入れないと思うのだけど」
「近くまで寄るだけさ。君が見れればいい」
「……悪趣味」

 聞こえないようにそう呟いた言葉は、カウンタックの切る風に飲まれて消えていった。本気で私の体質を利用したいらしい。猟奇的殺人の記憶なんて、死んでも見たくないのだけれど。それでも見るしかないのだろう。願わくば、『何も見えない』ことを祈って。

「そろそろだよ、夏織くん」

 私はため息をついて、目を瞑った。





 車の止まる音がする。近くまで来たのだろう。探偵さんは私の肩をトントンと叩き、声を出す。

「うん、やっぱり入れないね。入れないようにテープが引いてある」
「……」

 それでも私は目を開かない。絶対に開いてなるものか。というか開きたくない。猟奇的殺人の記憶なんて、見たくもない。だけど探偵さんは無慈悲に、目を開いて、と言う。勘弁して頂戴。ああ、嫌だ。この体質、この人にそっくりそのままあげられたらいいのに。

「見てくれたら何か本でも、買ってあげるからさ」
「……京極夏彦、4冊」
「はは、了解」

 どうせこのままやっていても、帰ることなどないのだろう。私はそう言いつつ、諦めて目を開く。目の前にはいくつものコンビニやビルが立ち並ぶ中、ひときわ異様に目立つビルがある。テープが引かれまくった、こぢんまりとしたビル。あれが小田ビルだろう。
 そう認識した瞬間。突如目の前が砂嵐になる。


 ───視界の端々に映る、血にまみれたナイフ。飛び散る臓物。あたりを覆う赤い液体。逃げ惑う記憶の主。目の前は行き止まり。後ろを振り向いたその時。目の前に映る───あれ?

 あれ?あれ?あれ?あれれ?あれ?

 あれ?あれは?誰?ダレ?だれ?



────わたし、笑ってる?



「夏織くん!」

 ハッと意識が戻ってきた。つう、と頬を伝うものがあり、それをハンカチで拭き取る。汗?やけに冷たい汗だ。それに手もかなり震えている。いや、体がとにかく寒い。ガタガタと歯が震えている。

「……」
「夏織くん、しっかりしろ」
「……右京、さん」
「大丈夫か、何が見えた」

 わたしは口を開こうとする。この人に見たものを伝えるために。なのに何故だろう。口は喋ることを躊躇っている。それどころか、まともに体がいうことを聞いてくれない。どうして?

「……一旦、戻るか。休もう」

 その言葉を聞いた時。安堵なのか、疲れなのか。わたしの意識はすっかり飛んでしまった。





 目が覚めた先は、探偵事務所だった。その中の、私の寝室だった。いつの間にか手袋やジャケットは外されており、息はかなり楽になっていた。布団はしっかり肩まで入っていて、それとなく暖かい。
 試しに起き上がってみる。何故だろう、どういう訳か体が重い。それに睡魔も完全には引いてくれていないようだ。このまま、また寝てしまおうと考えた時、寝室の扉が開かれる。

「起きたか、夏織くん」
「……探偵さん」
「体は大丈夫かい?」
「少し重くて、とても眠いわ」

 そうか、と探偵さんは返す。その顔に笑顔はなく、なにか考え込んでいるようだった。何かあったのか、聞いてみた。

「……夏織くん、小田ビルを見た時、何が『見えた』?」
「え?」

 今度はそう聞かれ、私は記憶を探ってみる。───でも。

「……覚えて、ない」
「……そうか」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それより今は休んだ方がいい。起きたら連絡をくれないか、スープを用意する」
「ええ。ありがとう」

 じゃあ。という言葉を最後にして、探偵さんは寝室をあとにする。それを見届けた私は、くあ、と欠伸をして布団に潜り込む。今はとにかく眠い。何があったのかは思い出せない。けどとにかく眠いのだ。寝させてもらおう。

「……」

でも引っかかる。何か引っかかる。



 ────あの時、私はどこにいたの?



第1話 終

Re: 夢見ズ探偵 ( No.4 )
日時: 2018/05/16 19:01
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 やあ、ご機嫌いかがかな。僕は私立探偵、右京 雅人という者だ。先日、『夏織』と名付けた少女を保護したばかりなのだが、彼女には色々と振り回されっぱなしだ。僕が入れた紅茶は口に合わないようで、一気飲みでカラにしてしまったし、かと思えばことある事に僕のことを『悪趣味』だと言う。いやはや、面白い女性だ。それに彼女の『体質』とやらも、とても興味深い。何故そうなったのか、いつ頃見えるようになったのか、どの範囲で見えるのか、僕の好奇心はとどまることを知らない。まあ、あまり深く詮索すれば、彼女からこれ以上にない冷たさの眼光を貰うだけなので、やめておく。
 さて、そんな彼女との生活も、速いものでもう1週間が経とうとしている。本当に時の流れというものは速いものだ。今までいた職場より、かなりのんびりした生活を送れているから、それとなく健康になりつつある……気がする。それに『夏織』もいるおかげで、毎日が退屈しない。仕事は気になったものを引き受けて出向けばいいし、紙の山に囲われてそれらを死んだ目をして必死に潰さなくてもいい。なんと素晴らしいことか。やはり僕には、こういった生活スタイルがあっているようだ。
 そう言えば気になる話を聞いたのだった。後でかき集めた資料に目を通しておくとしよう。

「────『三島 夕希子』、か」


第2話
『空想上の理論は、けして現実として現れることもないし、消え失せることもない』


 元々は公安警察にいた。気がついたらいつの間にか、というところだ。確かに給料はよかったし、生活には困らなかった。けどあまりにも多忙(これは警察だから仕方がない)で、日々紙の柱に囲まれて事務仕事したり、そのせいでろくに眠れない、ろくに食事が取れない、健康的な生活などありはしなかった。けど給料はよかった。カウンタック買えたし。それでも。長年務めてきたけど、かなり上の立場には行けたけど。それでも僕の気には合わなくて、突然ともいえるタイミングで、退職届を突きつけてきた。あのまま仕事をしていたら、確実に僕は首を吊っていただろう。
 とまあそんなふうに仕事を辞めて、さてどうしたものかと考えた矢先に思いついた仕事が、『探偵』だった。元から『探偵』という仕事は興味があったし、なにより『やってみたい』という気持ちが強くあった。だから僕は自分だけの探偵事務所を設立し、僕の興味をひいた仕事だけ引き受ける。給料は波があるけど、今までの地獄のような生活に比べればなんてことは無い。今まで積み上げてきた金だって、充分すぎるほどある。
 そんな中で彼女───夏織くんと出会ったのは、本当に『偶然だった』。依頼が終わってさて帰ろうかなと思ったところで、雨の中公園でひとり、ベンチにもたれかかって、今にも『死にたいです』、なんて言わんばかりの女子高生を見つけたら、誰だって興味が湧いて駆け寄るだろう。助けて欲しいのか、それともただの家出か。家出だったら保護しようかな、探偵には付き物の『助手』という存在がちょうど欲しかったところだし。と思っていた。けど彼女は本当に『死にたがっていた』。この世なぞもうどうでもいい。さっさと私を楽に死なせてくれ。彼女のその時の瞳はそう語っていた。
 僕はそんな彼女に、何よりも『興味を持った』。こんな子が助手になったら、面白そうだなと。彼女が欲しがった毒薬なんて持ってないから、多少強引にでも保護して助手にしてしまおう。だから僕は、彼女を保護した。それ以外に理由なんてない。むしろ、それ以外の理由なんてあったら、彼女はきっと差し出した手を振り払ってたんだろう。

「……顔が悪趣味」
「そう?」

 夏織くんとの出会いを思い出しながら、手元の興味深い資料をパラ読みしていたところで、無くなっていたオレンジジュースを買い足しに行っていた夏織くんが戻ってきた。戻ってくるなり言い放ったその一言は、僕の耳を素通りする。

「オレンジジュース、買えた?」
「はじめてのおつかいじゃないんだから、ちゃんと買ってきたわよ」
「あっはは。そう拗ねないでくれよ」
「拗ねてないわ。悪趣味」

 はあ、とため息をひとつついて、彼女は調理場にある冷蔵庫に向かっていった。きっと手元にはグラスいっぱいに入ったオレンジジュースが、次の僕の視界に入る時にはあるのだろう。なんて遠回しに考えてみる。なかなか遠回しすぎると何を話しているんだか分からなくなるから、適度に。
 そういえば彼女の名前、『夏織』と付けたのはいいものの、彼女の本来の名を聞いていなかった気がする。と言うより彼女も話してない気がする。今度聞いてみるかな。でも親に捨てられたと言うのだから、今更名を聞いても何も無いか?『夏織』で支障はないわけだし。どうでもいいか。

「ふむ……三島夕希子か」

 今僕の視界に映るのは、資料に連ねられてあるある少女のこと。その名を、『三島 夕希子(みしま ゆきこ)』。なんでも突然、いなくなったそうなのだ。彼女の捜索をしてみるも、どこへ行ったかなんていう形跡はほとんどない。朝学校に行くために家を出たっきり、連絡はなし。学校にすら来ていないという。彼女が行きそうな場所はくまなく探したものの、彼女の気配は一切ない。これ以上探しても状況が変わることはないだろうと踏んだらしい、捜索は打ち切られたそうだ。
 彼女には姉妹がいたらしい。だが話すことはほとんどなかったという。その姉妹が今何をしているのかは、良くも悪くも分からなかった。どこにいるだとかという情報も。まあ仕方ないか。
 三島夕希子は今何をしているのだろうか、果たして生きているのか。これはきっと、三島夕希子本人にしかわからないのだろう。案外街中にいたりして。なんて、ないか。もしそうだとしたら大騒ぎになる。
 そういえば三島夕希子の顔写真は手に入れられなかった。なんでも彼女は大の写真嫌いだったらしく、カメラを向ければ全力で逃げてしまうそうだ。無理やりとったとしても彼女からきついお怒りを受ける羽目になるのだとか。その内容はあえて聞かないことにしておく。きっとろくなもんじゃないだろうから。

「何を見ているのかしら」
「夏織くん」

 気がつけば僕のすぐ側に、彼女はいた。僕の推察通りに、手元には氷の入っていない、グラスいっぱいに入ったオレンジジュース。

「君は『三島夕希子』という女性を知っているかな?」
「三島夕希子……?」
「そう、突然いなくなった───」
「やめなさい」

 少女さ、と言いかけたところで、彼女から冷水のような声が降りかかる。その声は聞いたこともない声だった。いや、冷水よりももっと冷たい───氷水と表現するのでさえまだ暖かいくらいに冷たい声だった。彼女の顔を見やれば、初めて見る険しい顔。目つきは鋭く、まるでこちらを殺そうとするばかりの目だ。手元のグラスは力いっぱいに握りしめられ、ヒビが入る。

「……いなくなった女の子に首を突っ込んで探そうなんて、悪趣味よ」
「……話を聞いただけさ。探すなんて一言も言ってない」
「どうかしら。右京さん、貴方は『自分が興味を持ったものにはとことん首を突っ込まずにはいられない』探偵よ。信用性がないわ」
「はは、困ったなあ」

 その瞬間、僕の目の前には針の先が突き立てられていた。無論、彼女が向けているものだ。僕は資料を机に置いて手を上げる。降参だ、の意を込めて。

「何のつもりかしら」
「これ以上調べると、なんでか分からないけど君の針で蜂の巣にされそうだからやめとくよ。今後一切、これには首を突っ込まない。いいかい」

 そこまで言うと、彼女は軽く舌打ちをして針を戻す。僕の視界に平穏が訪れた。

「……生憎目玉のキャンディは趣味じゃないわ」
「君の言い回しは本当に奇妙だね」
「何かしら」
「なんにも」

 そう言うと彼女はヒビの入ったグラスを手に、自らの寝室へと去っていった。ああ、怖かった。

「……にしても」



────君は『彼女』と、何かあったのかい?



第2話 終

Re: 夢見ズ探偵 ( No.5 )
日時: 2018/05/17 20:37
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 目を覚ました時にはもう朝だった。空は小鳥がさえずり、太陽はあまねく光を部屋に注ぐ。風もあまり吹いてはいないようで、窓を開ければ、そよ、と心地よく私の肌を撫でる。雲ひとつない良い天気だ。眩しいともさえ思える。
 私はまだ半分寝ぼけている眼をこすり、ベッドから降り立つ。寝巻きであるパジャマのボタンをひとつずつ丁寧に外し、壁にかけてあったいつもの服を身につける。ドレッサーの前に座り、幾らかヘアスプレーをかけてやって櫛で髪をけずる。その後でハーフアップに仕立ててやり、洗面所で顔を洗ってそれなりの化粧をして、いつもの黒い手袋を付ければ、今ではすっかり板についた『夏織』が出来上がる。今日もなかなか良い出来だと思う。自分で思うのもなんだけれど。
 私はいくらか満足して、探偵さんがいるであろう応接室へと顔を出す。

「おはよう、夏織くん」
「おはよう───探偵さん」


第3話
『死んだ人間に関わることで、まず最初に消える記憶は、その人自身の声である』


 探偵さんはいつものように、そこにいた。悪趣味な紅茶を一口飲み、私に挨拶したあとは手元の本へと目線を戻した。それなりに分厚い本だ。ちらりとタイトルを見れば、『十角館の殺人』と書かれてあるのがわかり、私は思わず口に出す。

「……綾辻行人」
「ああ。少し気になってね。買ってきたんだ」
「『館シリーズ』、読んでなかったの」
「生憎『最後の記憶』と『眼球奇譚』くらいしか読んでなかったんだ」
「……」

 最後の記憶と眼球奇譚。私もどちらも読んだのだけれど、しばらくホラーものは勘弁だと思うほど、どっしりと来た。正直途中で挫折しそうになった。あれほどまでにどっしりと居座るホラーも、なかなかないと思う。特に最後の記憶は。にしても、今の探偵さんの顔は非常に悪趣味だ。犯人がそうそうに分かったのか、ニヤニヤしている。気味が悪い。

「分かったのね」
「ここまでわかりやすいとね」
「私に対する嫌味かしら」

 そう、私は十角館の殺人の犯人は、最後明らかになるまで分からなかった。どんなトリックを使ったのか、そもそも招待したのは誰だったのか。それと好みの登場人物が結局……という事もあったので、読み終わったあとしばらく別の本に手がつけられなかった。なのにそれを知らずとも、探偵さんはこれみよがしににやけている。若干私の方へ目線をちらりとやって。

「悪趣味よ」
「はは。ごめんごめん」

 そう言うと探偵さんは、栞を挟んで本を閉じる。椅子から立ち上がれば、オレンジジュースを持ってきてあげよう、と、調理場へと向かっていった。

「……」

 そう言えば探偵さんがいつも座っている椅子は、かなり良いものだ。座ったことはないけれど、見た目からしてとても高いものなのだろうな、と思う。いつもは探偵さんが座っていて、私は座ろうなどとは到底思わなかったけど、今こうしてみると、非常に座りたいと思える。今ならいいか。どうせ探偵さんはオレンジジュースを取りに行っているし。

「えい」

 ポスン、と座る。かなり良いものだ。座り心地は最高で、背もたれも丁度いい具合。なによりフカフカしていて、軽く1時間はこうしていられる。いや、そうしたい。例え探偵さんが帰ってきたとしても、返さないでおこう。きっとこの椅子に座れるのは、ほとんどないだろうし。

「……」

 ふと思う。ぬるい人肌が残っていて、探偵さん意外と体温高いんだな、と。何を馬鹿げたことを考えているのだろう。けど何故かこの椅子のフカフカのせいで、おかしなことを考えざるにはいられなくなっている。ついに私の思考回路は狂ってしまったのだろうか。

「夏織くん、持ってきたよ」
「……」

 だがそんな時間は、帰ってきた探偵さんによって終わりを告げる。無慈悲にも。私は渋々椅子から立ち上がり、応接室のソファに座って、探偵さんからオレンジジュースを受け取り、一気に半分を飲み干す。ちゃんと氷のない、グラスいっぱいのオレンジジュースだ。私は探偵さんをひと睨みする。だけど彼はニッコリと笑って、先程まで私が座っていた上質な椅子に座って、こちらを見る。

「ここ、座る?」
「お断りするわ」


───────


 暫くオレンジジュースを飲みながら、ぼうっと何をするでもなく過ごしていると、本を閉じる音がする。探偵さんが本を読み終えたのだろう。軽く伸びをして私に話しかける。

「そういえば夏織くん」
「何かしら」
「廃墟探索に興味はあるかい?」
「廃墟?」

 私がオウム返しのように復唱すれば、探偵さんはそう、と頷く。

「廃墟探検だ。実はここの近辺にひとつあってね。もうボロボロなんだけど。そこの捜索をして、何かあったら連絡してくれないかって」
「誰から?」
「知り合いから」

 そこまで言うと、彼は珍しくため息をつく。額に手の甲を載せて、虚空を仰ぐ。何かあったのだろうか、そのお知り合いの人と。でもそれは私が踏み込んでいい場所ではないのだろう。その話には触れずに、次の話を探偵さんに促す。探偵さんはすまないね、と謝って話を再開する。

「それで、君も来ないかと」
「貴方1人じゃダメなのかしら」
「君に留守を任せてもいいけど、君、人と話すの嫌いだろ」
「……否定はしないわ」

 そう、否定はしない。あくまでも。ただ好きとか嫌いとか、そんな生易しいもので片付けられるものではないけど。私は最後に残った少しだけのオレンジジュースを飲む。

「なら僕と来た方が退屈しないだろ。京極夏彦の新刊も買ってあげるから」
「……なら、5冊ね」
「なんで1冊?」

 探偵さんは首を傾げる。もう忘れたのか、この人は。

「この前の『4冊』、まだ買ってないでしょう」
「……ああ。そういうこと」

 私はグラスを目の前のテーブルに起き、探偵さんの方へ顔を向ける。

「だから5冊よ。いい?」
「はいはい。夏織さんの仰せの通りに」

 探偵さんはわざとらしくそう言うと、じゃあ出かける準備でもするかな、と言って応接室をあとにする。また今回もカウンタックなのだろうか。まあ別にいいけれど。

「……でも、悪趣味」


まるで私を『姫様』と言いたげなあの目は、『潰してしまいたい』。


続く

Re: 夢見ズ探偵 ( No.6 )
日時: 2018/05/18 20:22
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 やっぱりカウンタックだった。別の車持ってるのだから、そっちを使えばいいのに。この人は何がなんでも、カウンタックて移動したいらしい。私を保護して事務所に連れてきた時は、別の車に乗っていたくせに。あれはなんという車だったか。たしかマツダのロードスター?

「夏織くん正解。ロードスターだよ」
「……言ってないわよ」
「だと思った」

 私はため息をつくけど、隣で楽しそうに運転している彼は、ニッコリと笑ってえげつないハンドルテクニックでカウンタックを走らせる。一応ここはレースコースではないはずなのだけれど。きっと心から楽しんでいるのだろう。もしかしなくてもこの人は、カウンタックに乗ると、若干、いやかなり性格が変わるのだろうか。

「カウンタックを運転してる時ほど、楽しいことってないよね」
「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね」

 嫌味ったらしく返してあげる。けどそれは見事に、探偵さんの耳を素通りした。入ってくれればいいものの、探偵さんの耳はどうやら、硬い門番がいるようだ。到底嫌味など入れるわけがないのだろう。私はまた、ため息をつく。

「それで、目的の廃墟はどこなのかしら」
「もうすぐかな。この前の小田ビルとは反対方向だから」
「……」

 小田ビル。何故かその単語を聞くだけで、私の体は萎縮する。何を見たのかは知らないけど、きっと気絶するくらいだから、相当のものを見たのだろう。私は覚えていないけれど。

「やばいと思ったら、そうだな、針でもなんでも投げてくれ。すぐに離れよう」
「……」

 なんだか信用出来ないな、と思う。きっとこの人のことだから、本当に針を投げてももうちょっと踏ん張れ、とでも言うんだろう。私は何も言わず、外の景色を眺める。のどかな風景などなく、ただ単にそこにあるものが、素早く通り過ぎていく。カウンタックのせいで、何を確認する前に通り過ぎていく。なんだか嫌になってきた。

「さっさと目的地つかないのかしら」
「もうすぐだから」

 安心してくれ。僕もこの仕事は好き好んで引き受けたわけじゃない。そういう探偵さんの顔は、どこか憂いを帯びていた。





 ついた場所は確かに廃墟。けど人は入れないように、ロープが張ってあった。……と、探偵さんが、目を瞑っていた私に教えてくれた。目を開けばきっと見えてしまうだろう、と。親切にも教えてくれた。そこで何かあったの?と聞けば、探偵さんは少し笑いながらも教えてくれた。その笑い声はどこか『教えるのをためらう』かのよう。

「……3年前のことだ。ここで少女の死体が発見された。今の君を少し幼くしたくらいの女の子でね。酷い有様だった。マスコミも遠慮ってものを知らないんだろう、連日報道陣が張ってたさ。はけどもはけども、そいつらはやってくる。特ダネを狙いにね」
「話を戻して頂戴」
「ああ、すまない。それで犯人は見つかって捕まったは捕まったんだ。けどソイツ、精神をおかしくしていたらしい、言動がしっちゃかめっちゃかだった。まるで新興宗教にハマってずぶずぶになったみたいに」
「……」

 新興宗教にハマってズブズブになった、という言い方は、些かおかしいのではないか、と私は思う。同じ言葉を2つ繰り返しているようだ。だけどそれくらいに、精神をおかしくしていたんだろう。一体捕まるまでに何があったのか。何が犯人をそうさせたのか。そもそも犯人の狙いは?動機は?そこまで聞くと、探偵さんは「聞こうにもその状況だからね」と、苦笑混じりに答える。そういえばそうだった。まともに話なんか出来るわけがない。
 それで、探偵さんはその状況を見てほしいのか、見て欲しくないのか。まあきっと見てほしいのだろうけど。私はため息をついて、すっと目を開け、廃墟を見やる。そしてやって来るのは、突然の砂嵐。


────目の前にいるは、目をギンギンにさせた男。制服を着ている。どこの学校かは分からない。飛び散る服のボタン。荒い息遣い。破ける衣服。抵抗すれば理不尽な暴力。晒される素肌。男が口を開く。

『ユキコさんに認めてもらうんだ』

聞こえる別の声。被害者の声?


『……え、……ん……』


待って、何を言ったの。何を?何を?
手を縛られ好き勝手される体。暴力とほかの暴力。交わされる会話。噛み合ってるようで噛み合ってない。
次第に視界が暗くなっていく。最後に聞こえるのは男の声。


『ユキコさんはお前が憎い』


 ────そこで『記憶』が途切れた。きっとこの後に命が終わったのだろう。それにしても、嫌な記憶だ。死ぬ時の記憶に、いいものなんてそれこそ一握りだろうけど、今回のはひときわ嫌な記憶だ。まさか強姦をされた挙句、殴られて死ぬなんて。言葉は悪いけど言わせてほしい。『胸糞』だと。犯行動機も『ユキコさんに認められたい』だなんて。そんな簡単な理由で、『あんなこと』をしたのか。悪趣味なんて言葉で、片付けられるものじゃない。

「……何が見えた?」

 探偵さんは私の顔を、そっとのぞき込む。強姦なんて言葉はあまり使いたくなかったので、あえて濁して伝える。

「……『そういうこと』をしてる時に抵抗したら、殴られてたわ。それと犯行動機もわかった」
「何だい?」

 そこで私は、『ユキコ』という人物から認められたくてやった、身勝手な犯行だと言おうとした。けど、口がうまく動かない。それどころか、伝えるのをためらう。ユキコ、という人物に心当たりはないのだけれど、どうしてかためらう。至極簡単なことなのに、何故か口はうまく動いてくれない。心当たりなど、ないはずなのに。

「言いたくなかったら、言わなくても大丈夫だから」

 悩んでいると、探偵さんが私の背中をさすってそう言う。体の具合は?吐き気とかはないか?意識はしっかりしてる?矢継ぎ早に訪ねてくる。心做しか私の背をさするその手は震えていた。小田ビルに行った時(私はもう覚えていないけれど)、意識を失ったというので、それを心配しているのだろう。
 私は探偵さんに形だけでもありがとうと言って、形を濁してだけれど、伝える。

「ある人に認められたいから、ある人はお前が嫌い……って言っていたわ。ある人の名前は分からなかった」

 多少の『嘘』を包んで。

「そうか……そこまで分かっただけでもかなりの収穫だ。今日はここまでにして引き上げ」

 ようか、と言い切る前に、私の視界は突然砂嵐に見舞われた。また?


────開けた視界は先程の廃墟。うっすらとだけど。足音が聞こえる。近づいてくる。一定の場所で止まる。笑い声が聞こえてくる。あれ、この声聞いたことある。

『他人に殺されてんじゃないわよ。私が殺すはずだったのに』

あれ?この声。

『私が殺さないと意味が無いじゃない。あんたなんかいなければ私は』

聞いたことある。どこで?わからない。


『やっぱり憎い。憎い憎い憎い。もう1回殺されなさい』


次の瞬間、喉元に何かが突き刺さった気がして、記憶が途切れた。

「───!?」
「どうした、夏織くん」

 これはまた別の記憶?それともそのあとの記憶?なんで2回も見えたのか。もしかして1回目はただ気絶していただけで、2回目で殺された?それで途切れ途切れになっていた?しかも2回目に殺したであろうあの人物の声、どこかで聞いたことがある。あれは一体誰?

「……長居しない方がいいな。離れよう。あと約束通り、本屋にもよろうか」

 探偵さんは荒い息をあげる私に、どこからともなく水の入ったペットボトルを渡して、素早くハンドルを元来た道へと切った。

あれは誰?





 途中本屋により、京極夏彦の本を5冊買い込んで事務所に帰ってきた。私は疲れがどっと来てしまったようで、ソファに座るなりしばらく寝てしまっていたらしい。帰ってきたのが昼間だったのに、気がつけば夕方になっていた。窓の外の空はすっかり赤茶けていて、見事な夕日も見えていた。
 私の体にはブランケットがかかっていた。恐らく探偵さんが被せてくれていたのだろう。だったら寝室にまで運んでくれたらいいものを。

「寝室に入られるのは嫌かと思ってね」
「あら、探偵さん」

 目覚めにいかがかな、と、いつものオレンジジュースを私に差し出す探偵さん。その顔は少し困っています、というような感じだった。何かあったの、と聞いてみるけど、それとなくはぐらかされてしまう。

「体調は大丈夫?」
「ええ。お陰様で」
「そうか。よかった」

 心底安心したというように言うと、探偵さんは紅茶を一口飲む。

「今日の昼間見た『記憶』は残っているかい」

 今回のは前回と違って、はっきりと記憶に残っていた。何を見たのかも、記憶の主は何をされて死んだのかも。すべて鮮明に覚えていた。そして犯行動機も。

「それならいい。それを聞きたかっただけだから」
「そう」
「あとは僕がやるから。今日の夕飯何が食べたい?」
「疲れて何も食べる気になれないわ」
「そうか。じゃあグラスがなくなった頃に、オレンジジュースを入れてあげるよ」

 僕はしばらく、書斎にこもってるから。とだけ言い残すと、探偵さんはひらひらと手を振って書斎へ向かっていった。
 あの記憶。あの被害者。あの加害者。最後のあの声。


「共通しているのは、何?」


────どれも、聞き覚えがある気がするの。

第3話 終

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