複雑・ファジー小説

夢見ズ探偵【完結】
日時: 2018/05/27 12:29
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM
参照: https://m.youtube.com/watch?v=oJVJsDY605Y

「私は───死んだ人間の死の記憶が見える」


イメージソング『Lilium』(参照より)


登場人物

夏織(カオリ)
『死んだ人間の死の記憶が見える』少女。ある日突然それに目覚めてから、それまでの日々が地獄に変わった。彼女を気味悪がり両親は追い出し、途方に暮れて公園で倒れていたところを、自称探偵を名乗る男に引き取られ、助手となる。
家事はてんでできない。探偵が入れる紅茶は口には合わないようで、いつもオレンジジュースをチョイスする。

右京 雅人(ウキョウ マサト)
探偵。少女を保護し、『夏織』という名を与えた。実は元公安の人間で、そのまま残っていればもっと上の役職につけたのだが、突如『僕には合わない』と言って辞職し、探偵業を始めた。とはいっても彼が主としているのは、『人知の領域を超えた不可解な事件』や『未解決で終わった事件』であり、普通の事件には顔を出さない。
少女を引き取ってからは、表情がいくらか増えたそうだ。


ジャンル:空想ミステリー
年齢制限:R15
話数:6話完結


目次(予定)
プロローグ『現実はいかなる時でも、その真の姿を人々に見せることはなく、また形を崩すこともない』
>>1
第1話『人間というものは、人間であるように振る舞う生き物である』
>>2 >>3
第2話『空想上の理論は、けして現実として現れることもないし、消え失せることもない』
>>4
第3話『死んだ人間に関わることで、まず最初に消える記憶は、その人自身の声である』
>>5 >>6
第4話『そこにいる人物が、見知った人間だと決めつけるのは、とてつもない大きな間違いの第一歩だ』
>>7
第5話『他人の何かに気付いたとき、気をつけるといい。もしかしなくても自分はその他人によって、全て気づかれている』
>>8
第6話『夢とは何か?例えそれがどんなに空虚なものであろうと、見ることをやめられない』
>>9

Page:1 2



Re: 夢見ズ探偵 ( No.6 )
日時: 2018/05/18 20:22
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 やっぱりカウンタックだった。別の車持ってるのだから、そっちを使えばいいのに。この人は何がなんでも、カウンタックて移動したいらしい。私を保護して事務所に連れてきた時は、別の車に乗っていたくせに。あれはなんという車だったか。たしかマツダのロードスター?

「夏織くん正解。ロードスターだよ」
「……言ってないわよ」
「だと思った」

 私はため息をつくけど、隣で楽しそうに運転している彼は、ニッコリと笑ってえげつないハンドルテクニックでカウンタックを走らせる。一応ここはレースコースではないはずなのだけれど。きっと心から楽しんでいるのだろう。もしかしなくてもこの人は、カウンタックに乗ると、若干、いやかなり性格が変わるのだろうか。

「カウンタックを運転してる時ほど、楽しいことってないよね」
「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね」

 嫌味ったらしく返してあげる。けどそれは見事に、探偵さんの耳を素通りした。入ってくれればいいものの、探偵さんの耳はどうやら、硬い門番がいるようだ。到底嫌味など入れるわけがないのだろう。私はまた、ため息をつく。

「それで、目的の廃墟はどこなのかしら」
「もうすぐかな。この前の小田ビルとは反対方向だから」
「……」

 小田ビル。何故かその単語を聞くだけで、私の体は萎縮する。何を見たのかは知らないけど、きっと気絶するくらいだから、相当のものを見たのだろう。私は覚えていないけれど。

「やばいと思ったら、そうだな、針でもなんでも投げてくれ。すぐに離れよう」
「……」

 なんだか信用出来ないな、と思う。きっとこの人のことだから、本当に針を投げてももうちょっと踏ん張れ、とでも言うんだろう。私は何も言わず、外の景色を眺める。のどかな風景などなく、ただ単にそこにあるものが、素早く通り過ぎていく。カウンタックのせいで、何を確認する前に通り過ぎていく。なんだか嫌になってきた。

「さっさと目的地つかないのかしら」
「もうすぐだから」

 安心してくれ。僕もこの仕事は好き好んで引き受けたわけじゃない。そういう探偵さんの顔は、どこか憂いを帯びていた。





 ついた場所は確かに廃墟。けど人は入れないように、ロープが張ってあった。……と、探偵さんが、目を瞑っていた私に教えてくれた。目を開けばきっと見えてしまうだろう、と。親切にも教えてくれた。そこで何かあったの?と聞けば、探偵さんは少し笑いながらも教えてくれた。その笑い声はどこか『教えるのをためらう』かのよう。

「……3年前のことだ。ここで少女の死体が発見された。今の君を少し幼くしたくらいの女の子でね。酷い有様だった。マスコミも遠慮ってものを知らないんだろう、連日報道陣が張ってたさ。はけどもはけども、そいつらはやってくる。特ダネを狙いにね」
「話を戻して頂戴」
「ああ、すまない。それで犯人は見つかって捕まったは捕まったんだ。けどソイツ、精神をおかしくしていたらしい、言動がしっちゃかめっちゃかだった。まるで新興宗教にハマってずぶずぶになったみたいに」
「……」

 新興宗教にハマってズブズブになった、という言い方は、些かおかしいのではないか、と私は思う。同じ言葉を2つ繰り返しているようだ。だけどそれくらいに、精神をおかしくしていたんだろう。一体捕まるまでに何があったのか。何が犯人をそうさせたのか。そもそも犯人の狙いは?動機は?そこまで聞くと、探偵さんは「聞こうにもその状況だからね」と、苦笑混じりに答える。そういえばそうだった。まともに話なんか出来るわけがない。
 それで、探偵さんはその状況を見てほしいのか、見て欲しくないのか。まあきっと見てほしいのだろうけど。私はため息をついて、すっと目を開け、廃墟を見やる。そしてやって来るのは、突然の砂嵐。


────目の前にいるは、目をギンギンにさせた男。制服を着ている。どこの学校かは分からない。飛び散る服のボタン。荒い息遣い。破ける衣服。抵抗すれば理不尽な暴力。晒される素肌。男が口を開く。

『ユキコさんに認めてもらうんだ』

聞こえる別の声。被害者の声?


『……え、……ん……』


待って、何を言ったの。何を?何を?
手を縛られ好き勝手される体。暴力とほかの暴力。交わされる会話。噛み合ってるようで噛み合ってない。
次第に視界が暗くなっていく。最後に聞こえるのは男の声。


『ユキコさんはお前が憎い』


 ────そこで『記憶』が途切れた。きっとこの後に命が終わったのだろう。それにしても、嫌な記憶だ。死ぬ時の記憶に、いいものなんてそれこそ一握りだろうけど、今回のはひときわ嫌な記憶だ。まさか強姦をされた挙句、殴られて死ぬなんて。言葉は悪いけど言わせてほしい。『胸糞』だと。犯行動機も『ユキコさんに認められたい』だなんて。そんな簡単な理由で、『あんなこと』をしたのか。悪趣味なんて言葉で、片付けられるものじゃない。

「……何が見えた?」

 探偵さんは私の顔を、そっとのぞき込む。強姦なんて言葉はあまり使いたくなかったので、あえて濁して伝える。

「……『そういうこと』をしてる時に抵抗したら、殴られてたわ。それと犯行動機もわかった」
「何だい?」

 そこで私は、『ユキコ』という人物から認められたくてやった、身勝手な犯行だと言おうとした。けど、口がうまく動かない。それどころか、伝えるのをためらう。ユキコ、という人物に心当たりはないのだけれど、どうしてかためらう。至極簡単なことなのに、何故か口はうまく動いてくれない。心当たりなど、ないはずなのに。

「言いたくなかったら、言わなくても大丈夫だから」

 悩んでいると、探偵さんが私の背中をさすってそう言う。体の具合は?吐き気とかはないか?意識はしっかりしてる?矢継ぎ早に訪ねてくる。心做しか私の背をさするその手は震えていた。小田ビルに行った時(私はもう覚えていないけれど)、意識を失ったというので、それを心配しているのだろう。
 私は探偵さんに形だけでもありがとうと言って、形を濁してだけれど、伝える。

「ある人に認められたいから、ある人はお前が嫌い……って言っていたわ。ある人の名前は分からなかった」

 多少の『嘘』を包んで。

「そうか……そこまで分かっただけでもかなりの収穫だ。今日はここまでにして引き上げ」

 ようか、と言い切る前に、私の視界は突然砂嵐に見舞われた。また?


────開けた視界は先程の廃墟。うっすらとだけど。足音が聞こえる。近づいてくる。一定の場所で止まる。笑い声が聞こえてくる。あれ、この声聞いたことある。

『他人に殺されてんじゃないわよ。私が殺すはずだったのに』

あれ?この声。

『私が殺さないと意味が無いじゃない。あんたなんかいなければ私は』

聞いたことある。どこで?わからない。


『やっぱり憎い。憎い憎い憎い。もう1回殺されなさい』


次の瞬間、喉元に何かが突き刺さった気がして、記憶が途切れた。

「───!?」
「どうした、夏織くん」

 これはまた別の記憶?それともそのあとの記憶?なんで2回も見えたのか。もしかして1回目はただ気絶していただけで、2回目で殺された?それで途切れ途切れになっていた?しかも2回目に殺したであろうあの人物の声、どこかで聞いたことがある。あれは一体誰?

「……長居しない方がいいな。離れよう。あと約束通り、本屋にもよろうか」

 探偵さんは荒い息をあげる私に、どこからともなく水の入ったペットボトルを渡して、素早くハンドルを元来た道へと切った。

あれは誰?





 途中本屋により、京極夏彦の本を5冊買い込んで事務所に帰ってきた。私は疲れがどっと来てしまったようで、ソファに座るなりしばらく寝てしまっていたらしい。帰ってきたのが昼間だったのに、気がつけば夕方になっていた。窓の外の空はすっかり赤茶けていて、見事な夕日も見えていた。
 私の体にはブランケットがかかっていた。恐らく探偵さんが被せてくれていたのだろう。だったら寝室にまで運んでくれたらいいものを。

「寝室に入られるのは嫌かと思ってね」
「あら、探偵さん」

 目覚めにいかがかな、と、いつものオレンジジュースを私に差し出す探偵さん。その顔は少し困っています、というような感じだった。何かあったの、と聞いてみるけど、それとなくはぐらかされてしまう。

「体調は大丈夫?」
「ええ。お陰様で」
「そうか。よかった」

 心底安心したというように言うと、探偵さんは紅茶を一口飲む。

「今日の昼間見た『記憶』は残っているかい」

 今回のは前回と違って、はっきりと記憶に残っていた。何を見たのかも、記憶の主は何をされて死んだのかも。すべて鮮明に覚えていた。そして犯行動機も。

「それならいい。それを聞きたかっただけだから」
「そう」
「あとは僕がやるから。今日の夕飯何が食べたい?」
「疲れて何も食べる気になれないわ」
「そうか。じゃあグラスがなくなった頃に、オレンジジュースを入れてあげるよ」

 僕はしばらく、書斎にこもってるから。とだけ言い残すと、探偵さんはひらひらと手を振って書斎へ向かっていった。
 あの記憶。あの被害者。あの加害者。最後のあの声。


「共通しているのは、何?」


────どれも、聞き覚えがある気がするの。

第3話 終

Re: 夢見ズ探偵 ( No.7 )
日時: 2018/05/25 22:03
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 最近、気になることがある。ほかならない夏織くんのことだ。彼女は本当に『夏織』であるのかどうなのか。たまに違和感がある。『夏織』ではない『別の何か』が『彼女』としている。確証はないがひどくそう思える。例えば、僕のことを『探偵さん』ではなく、『右京さん』、と呼ぶ時。僕は夏織ではない別の誰かに呼ばれた気がするのだ。本当に、『そうとしか思えない』のだ。僕は一体誰に呼ばれた?そこにいるのは確かに『夏織』のはずなのに、中にいるのは『夏織ではない何か』。なぜそう思うのかは、僕でもわからない。
 ───『なんの確証もないカン』が、僕にそう『警告』をしている。


第4話
【そこにいる人物が、見知った人間だと決めつけるのは、とてつもない大きな間違いの第一歩だ】


 今日も至極当たり前のように、事務所の書斎の椅子に座る。ここは僕以外誰として入らない場所。夏織ですら、僕が『入ってくれ』と言うまで絶対に入らない。僕だけの場所。その場所でひとり、僕はある本を手に取って適当なページを開く。特にそれが読みたかったわけじゃない。ただ何となく、何となく手に触れたものを読んでみようと思っただけ。たったそれだけの事だ。他意はない。
 パラリパラリとページをただめくるだけの作業。目に入ってくる活字を時々読み流しながら、次のページへと移りゆく。その作業を単に繰り返す。意味もなく、目的もなく。
 そんな時不意に、ひとつの台詞が目に止まる。丁度真ん中らへんに踊っていた活字だった。

『ああ、多重人格と言ってね。心因性の精神疾患なんだが、多数の人格があるんだ。他の人格が表に出ている時、別の人格は裏で眠っている。記憶の共有はされない。普段の人格とは全くの別の人間だと思っていい。何せ、名前も性格も、何もかもが違うのさ』

 多重人格。なんとなく、今僕の中で、それまで空いていたピースのひとつがカチリとはまった気がした。そうか、多重人格?もしかして抱いていた違和感はこれだったとか?否、そう決めつけるのは早計だ。単なる思い込みだったとしたら?決めつけるのはまだ早い。もう少し彼女を調べてみないことには、結論は出せない。だが、どうやって?彼女を調べると言っても、彼女に関しては彼女本人の口からも聞き出せていない。今更聞き出そうとしても、眉をしかめて嫌がられるだけだろう。そして最後には『悪趣味よ』の一言で終わりになる。

「……彼女、そういえば今までにも色々とおかしかった時があったな」

 僕はふとそう思う。なぜだかは僕にすらわからない。けど何故かそう思えた。思えば、行方不明になっている『三島夕希子』の事を口に出してみたら、彼女は僕に迷わず針を向けてきたし、かと思えばこの前の場所で見た記憶を話してもらったとき、何故か躊躇うような素振りをみせていた事もあった。その後は茶を濁したように、それとなく私に情報をくれた。ただ、彼女はきっと『言おうとしたら言えなかった』ものがあったのだろう。少なくとも僕は推測している。後は小田ビル猟奇的殺人事件の被害者を振り返っていたとき、『幅霧沙奈』の時だけ反応が違っていた。あれも少々気になる。ああ、そういえば彼女の以前の家族構成を聞いたことがなかった。あとで聞くとしよう。
 僕は適当に開いていたその本を閉じて、軽く背伸びをして椅子から立ち上がる。本を元あった場所へと戻し、書斎から出て応接室へと戻ることにした。


「あら、探偵さん。もういいの?」
「ああ。少しひとりになりたかったんだ。リラックスできたよ」
「そう」

 戻った先には夏織くんがいた。夏織くんは普段僕が座っている椅子に座って、優雅にオレンジジュースを飲みながら、この前の買ってきた京極夏彦著作の本を読んでいた。なかなか様になっているじゃないか。でもそこ僕の席。

「夏織くん、そこ僕の席」
「知ってるわ」
「変わってくれないか?」
「お断りするわ」

 彼女はそう言って、僕には目もくれずにオレンジジュースを飲み干した。やれやれ、僕の席が気に入られてしまったようでは、僕はソファに移るしかないようだ。

「そういえば夏織くん」
「連帯保証人は受け付けないわよ」
「そんな重いものじゃないさ。ただ、君に聞きたいことがあるんだ」

 努めて、自然を装って、僕は彼女に問いかける。

「君に、兄弟や姉妹といった類の人たちはいたかい?」

 その瞬間、僕の目のすぐ横を、鋭い針が3本ほどものすごい勢いで通り過ぎた。はらり、と、ほんの少しの髪の毛が地へと舞い落ちる。多少掠ってもいたようで、若干だが赤い液位が僕の頬を伝う。生暖かく、気持ち悪い。

「……え、あ、ごめんなさい。つい無意識にやってしまったみたい」
「大丈夫さ。大事には至ってないから」

 彼女をみやれば、本当に無意識のうちにやってしまっていたのか、珍しく慌てて僕に謝罪をする。針を飛ばしてきた上でのその態度は、いつものようにわざとではなかったようで、ひどく血相を変えていた。こんなことって、あるんだなあ。
 と、しみじみ思っている暇はないんだった。彼女に関しては、知らなくてはならないことが多すぎる。家族関係然り、過去話然り。ただそれを彼女の口からというわけにはいかない。これでも僕は私立探偵の端くれだ。血眼になってでも探し尽くしてやろう。
 僕はそう決意して、ソファに座り込んで適当に選んできた本を、ただひたすら見続ける作業へと移り変えた。
 その時僕は見逃さなかった。聞き逃さなかった。



『私は貴方じゃないのよ』



 ────さて、その意味を君は果たしてどのようにして、教えてくれるのかな?


第4話 終

Re: 夢見ズ探偵 ( No.8 )
日時: 2018/05/26 20:45
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 最近探偵さんは、ひとりで出かけることが多くなった。そのせいで、事務所にただひとり、私は暇を持て余していた。探偵さんが連れ出すことがなければ、特に外へ出る用事もない。今日もそのたぐいで、私は切ろうとしてももったいなくて切れない、自らの黒くて長い髪をいじりながら、探偵さんの椅子に座って、窓の景色を眺める。
 そこに意味など、ないというのに。


第5話
【他人の何かに気付いたとき、気をつけるといい。もしかしなくても自分はその他人によって、全てを気づかれている】


 本を読もうにも、自分が興味を持ったものは全て読み終えてしまった。残っているのは探偵さんが好き好んで読んでいる、ファンタジーのたぐいのものばかり。夢があっていいな、と厭味ったらしく思う。別にファンタジーが嫌いなわけじゃない。ただ、好きになれないだけ。夢のようなお話は、現実にふと戻ったとき、嫌というほど虚無をもたらす。私はそれが何より嫌だった。これが現実だ、と叩きつけられるのが、何よりも嫌だった。素直にファンタジーが読める人が、羨ましいとさえ……いや、よくよくかんがえたら思えなかった。この思考は無駄なことだった。私はひとり、真似事のようにそれを頭の中のゴミ箱へ、くしゃくしゃに丸めて投げ入れる。
 とにかく暇だ。外を出歩こう、なんて気にはなれないし、出歩いたとしてと目的地がない。やることもない。ただ1日ぼあっと探偵さんがいない、私だけの事務所で潰すだけ。勉強でも、なんて気にもなれない。第一私は学校をやめたことに『なっている』。いつからかは忘れてしまったのだけど。そんなことはどうでもいい。
 私はためいきをついて、目の前にある探偵さんのデスクに体を預ける。昼寝でもするかな、とは思うけど、こんな時間に寝る昼寝は、昼寝とは呼ばない。それに今寝たら夜眠れなくなるし、何よりも頭が痛くなる。本当にやることがないのだ。掃除でもすればいいのかしら、とも思ったけど、そもそも私はどういうわけか、家事がてんでできない。料理を作ろうとして材料を集めるも、まず材料からして大幅に間違うし、掃除をしようとしたら、片っ端からものを壊していって、掃除をするどころか更に部屋を荒らしている。何をするにしても、私はだめだった。

「……」

 この場所は窓から入ってくる日が当たって、それとなく気持ちがいい。ウトウトしてしまいそうだ。けどここで寝るわけにはいかない。ここでもし寝てしまったら、確実に痛みを見る。それだけは絶対に避けたい。

「珈琲でも、入れようかしら」

 私は椅子から立ち上がって、キッチンへと向かった。大丈夫、珈琲を入れることくらいなら、私にでもできる。





 僕は今、彼女と初めてであった公園にいる。雨が降っていたあの日、彼女はこの公園のベンチで、ずぶ濡れになりながらぐったりとしていた。
 今空はきれいに晴れていて、この場所では子どもたちが遊具で遊び、何も知らないように無邪気にはしゃいでいた。そういう光景を見ると、こんな僕でも心安らぐ、というものだ。

「(……彼女はここにいた。事務所では家を追い出された、と言っていたな)」

 事務所で彼女から話を聞いたとき、あの子は自嘲気味に、家を追い出された、と確かに語った。それと、もとから気に入らなかったのだろう、とも。おそらく彼女は両親から、『ぞんざいな扱い』をされていたのだろう。実際、彼女には悪いが寝ているとき、彼女の身体を服の上から確認させてもらったことがある。あまりにもやせ細っていたのだ。それこそ、アバラが浮いているのでは、と思ったほどに。それほどまでに、いや、確実に『いないもの』として扱われていたのだろう。自分で好きに産んでおいて、その子供をいなかったと扱うのは、流石にいただけない。とまあ、個人的な主観は置いといて。
 家から追い出されたあと、この公園に彼女はいた。おそらくだが彼女の家はここからそう遠くないだろう。もしそうだとしたら、わざわざこの場所を死に場所に選ぶだろうか。それならば別の場所を選んでいるはずだ。例えばその場所近辺の公園だとか。また例えばその近辺に住む友人の家だとか。
 そうそう。僕があのとき、ほんの思いつきで『いくあてもなくフラフラしていた』といったら、彼女は肯定していたっけ。彼女のあのやせ細った体で、長距離ふらふらできるとは思えない。ここにたどり着く前に倒れていただろう。僕にも拾われずに。
 ならばこの公園近辺の家を、片っ端から潰していこうか。そう思っていたときだった。

「そういえば、『  』さんの家のところの上の娘さん。ここ最近見ないわねえ」
「そうねえ。下の娘さんが亡くなったと思ったら、上の娘さんも」
「でもあの家の奥さんと旦那さん、夜中にその上の娘さんに向かって怒鳴ってたときあったわよね?」
「そうそう。いっくら注意しても治らなかったわねえ。特に旦那さんは」
「奥さんの方は昼間からネチネチ、小言言ってたらしいわよ。下の娘さんが亡くなった後から、更にひどくなったんですって」
「何がしたいのかしらね、『  』さんは」

 公園の隅で話をしていた噂好きたちの会話の内容に、僕は聞き耳を立てつつひどく興味を持たされた。まるで『彼女』に当てはまってくるようで、気になって仕方がない。根拠はないけれど、とても気になる。

「あの、少々よろしいですか?」
「あらあこの辺じゃ見ない人ね。どうしたの?」
「いえ先程話されていたお話が聞こえてしまいまして、気になってしまったので。最近越してきたばかりなんです、どんなお話か、詳しく聞かせてもらえますか?」

 ほんの少しの嘘を混ぜて、僕はふたりの話に混ぜさせてもらうことにした。いくらか表情を柔らかくさせて、警戒を解かせる。

「そうだったの〜。実はねえ、あの『  』さんのお家ってね。もともと2人の娘さんがいたのよ。確か『──』さんと『※※』さん。『※※』さんの方は数年前に事件に巻き込まれて亡くなったらしくて。それ以来はずっと『──』さんだけだったの。でもねえ。あのお家、『──』さんだけに、妙にあたりが強くてねえ」
「すごいどなり声だったのよー、『※※ができるのになんでお前はこんなことすらできない』とか『お前は失敗作だ』とか。警察に通報しようにも、そのご両親、ここらじゃかなり権力の強い人でねえ。手出しすらできなかったわ。何回も注意はしたんだけど……」
「治らなかったわねえ。でも最近その上の娘さんですら見なくなっちゃったわ。旦那さんと奥さんはそれでも至って普通に生活してるのが、ちょっと気味悪いわねえ」
「そんな娘元からいない、なんて雰囲気出されたらねえ」
「噂じゃ、下の娘さんの出来があまりにも良くて、上の娘さんは毎日ご両親から比べられてたって話よ」
「にしてもどこ行っちゃったのかしら、『──』さん」

 僕のなかで、話を聞いているうちにカチリ、カチリとピースがハマっていく。もしかすると、いや、もしかしなくても。
 『※※』という名前は確かに聞いたことがある、否、覚えている。数年前に、廃墟にて強姦された後に首元へナイフを突き刺されて殺された少女と同じ名だ。奇しくも名字も一致している。こんな偶然があるとは。

「あ、そういえば。たまに上の娘さん、性格が豹変するって話聞いたことがあるわ」
「豹変する、ですか?」
「なんでも、自分を『ミシマ ユキコ』って名乗って、すっごく暴れだすんですって。どんな暴れるにかは知らないけど、とにかく怖いって」
「ストレスから来てるのかしらねえ」
「(ミシマ ユキコ…?それってまさか)」
「まあ噂だからなんとも言えないけど」
「…なるほど。ありがとうございます。貴重なお話が聞けて、とても嬉しいです」
「やあだこんな話ならいくらでも、嫌でも耳に入ってくるわよお」
「そうそう!」
「では、僕はこのへんで」

 なかなかいい収穫だった。ふたりに別れを告げて僕は公園をあとにする。
 にしても、『ミシマ ユキコ』…行方不明になった少女と同じ名前だったな。同一人物か、或いは。もっと深く調べる必要がありそうだな。


───────


『私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ』

 修羅のように白紙のページに書き連ねるペン。私はミシマ ユキコ。真っ黒になるまで書き続ける。ガリガリと、真っ黒になるまで。今ここにいる人間は、ミシマ ユキコ。それ以外誰でもない。

「私はミシマ ユキコ」



『──』じゃない。



第5話 終

Re: 夢見ズ探偵 ( No.9 )
日時: 2018/05/27 12:28
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 ふと夢を見る。もう一人の私が目の前に現れて、『ミシマ ユキコ』と名乗る夢。ミシマユキコは私に刃物の切っ先を向け、まるで面白いように笑ってくる。そして口を開くの。

『私はミシマ ユキコ』

 それになんの意味があるのかはわからない。けれど、とても怖いとすら思える。私と同じ姿の、同じ声の人間が、突然私に向かって『別の名前』を名乗って、刃物を向けてくるなんて、普通じゃないのだけれど。とても怖いとすら思う。ひとしきりわらったミシマユキコは私に顔を上げる。その顔はひどく───

美しかった。


最終話
『夢とは何か?それが例え空虚なものであろうと、見ることをやめられない』


 昔、必死になってノートに書き連ねていた言葉がある。
『私はミシマ ユキコ』。ただひたすらに、それだけを書き連ねていた。呪いのように、暗示のように。意味などなかったかもしれない、けれどそうすることで、私は一時、『現実』から逃れることができた。そんな気がした。私が私である以上、『あの家』からの呪いは逃れられない。ならフリだけでも、私は『私ではない』という暗示をかけるだけでも。私は現実から逃れたかった。安らぎたかった。忘れたかった。
 その結果があの夢なのだろうか。私の形をした『別の私』が、夢に出てきて私にまで『ミシマ ユキコ』だという暗示のようなものをかけるのだろうか。それとも『ミシマ ユキコ』となるために、『私という存在』を消そうとしているのだろうか。そもそも私は、『ミシマ ユキコ』か『私』なのか。考えれば考えるほど、私の頭にのしかかる。とても重い。
 元々、私はそんなに出来がいい方ではなかった。むしろ、『妹』のほうが完璧だった。私には妹がいた。何もかもが、完璧だった。成績は学年首位、運動神経も抜群。人に気遣いが配れ、生徒会などといった役員にも進んで手を挙げ、学校行事や地域行事も、ほとんど彼女が取り仕切っていた。笑顔も絶やさず、万人から絶大な支持を受けていた。そんな妹と出来損ないの私を、かつて両親とよんでいた人たちは、比べに比べた。むしろ、『いないもの』として扱っていた。食事はろくに与えられず、たとえ病に倒れたとしても看てはくれない。ただ妹だけが、学校を休んでまで、私を看病しようとしていた。けれど彼女は、私の部屋に行こうとしたときに、両親の手によって車に乗せられ、学校へと連れて行かれた。よほど手を汚させたくなかったのだろう。出来損ないの私に妹が触れれば、何よりも汚れると両親は思っていたのだろう。
 そのせいで一時期は自殺まで考えた。どうやって死んでやろうかだとか、遺書を回覧板でばらまいてやろうかだの。でも全てそれは無駄なことだとすぐに悟った。なぜ私は悪くないのに、死ななければならないのか。腸が煮えくり返った。だからやめた。
 でもそうなると、生きている限り苦しみはやってくる。ならどうしようか?そこで私は変なことを考えついた。『自分は自分ではない』と、暗示を掛ければいいのではと。うまく行くかはわからなかった。けどそれさえすれば私は救われると、その時の私は絶対的に信じてやまなかった。だから白紙のノートにガリガリと、『私はミシマ ユキコ』と書き連ねていた。
 でも状況があるとき一変した。妹が突然いなくなったと思ったら、死体として発見された。ひどい様だったらしい。縛り付けられて丸裸にされたあと、強姦されて更に首元にナイフが突き刺さっていたらしい。ナイフから指紋を取ろうにも、指紋が検出されなかったとか。両親はそのしらせを聞いて、ひどく嘆き悲しんだらしい。けど、私はどうしてか『とても清々しかった』。つきものの半分が取れたように、清々しかった。思えばあの子が『完璧』であるから起こった私の不幸。あの子がいなくなったら、どれだけ今の生活が楽になれるか。そう思ったら嬉しくてしょうがなかった。
 けど。生活は前よりひどくなる一方だった。あたりを歩いていたら突然、『死んだ人間の死の記憶』が見えるようになった。本当に突然だった。遮ろうにも止めさせようにも、映像はどんどん流れてくる。それも、全て『私が目の前にいる』ものだけ。ある時は狂ったような笑みを浮かべて、ある時はまた、広角をつり上がらせて。全て『私は笑っていた』。でも肝心の私に、それをしたのであろう記憶は一切ない。どうして?
 しかも両親も前よりさらに、私の扱いがひどくなった。酷いときには私の存在に怒鳴り散らし、小言をネチネチと言い、終いには私を追い出した。余程存在を認めなくなかったらしい。『なんで※※が死んで出来損ないのお前が生きているんだ』と、大声で言われたほどだ。
 もうどうでも良かった。『ミシマ ユキコ』も、私という存在も。これ異常生命を延ばしていても仕方がない。ちょうど雨が降っているから、適当な場所でできるものなら溺死してやろう、それか餓死してやろう。そう思っていた。だけど。

『助手にならないか』

 あの人───探偵さんが私を拾った。何が目的とか、もうどうでもいい。楽になりたい。その一心で私は手を伸ばした。

「遅いわね……」

 そうして今に至る。私は今、赤茶けた空が広がるころ、変わらず探偵さんの椅子に座って探偵さんの帰りを待っていた。珈琲はもうすでに3杯飲んでしまったし、オレンジジュースも底がついた。何をしようにも暇だ。

「……?」

 ふと机を見ると、真っ白なファイルを見つける。こんなものがあったなんて。私はそれを手に取り、自然な流れでそれを開く。

『多重人格障害、及び行方不明者三島夕希子について』





 僕は再び、あの小田ビルにいた。かつてここで、猟奇的殺人事件が起きたことを思い出し、ふと寄ってみた。現場はすでに捜査の手は隅々まで行き渡っていたらしく、その関係者と思しき影はない。それか放置されているのか。いや、日本の警察のことだ。そんなことはないだろう。
 そういえばここに彼女を連れて初めて来たとき、彼女はひどく取り乱していた。『死の記憶』を見たあと、冷や汗が止まらず息は荒く、体はカタカタと震えていた。事務所に戻って彼女の意識が帰ってきた頃、改めて何を見たか聞いたとき、何も覚えていないと彼女は言った。それほどまでにショッキングだったのだろうか。

「……」

 公園の話を聞いたあと、僕はまず『幅霧 沙奈』について調べてみた。事前に知っていた通り、彼女は夏織が通っていた高校の生徒だった。ただ、『4年前』の。事件に巻き込まれたとき、すでに彼女は卒業しており、卒業後1年で無残に殺されてしまった訳だ。そして彼女は『※※』の親友であったらしい。非常に仲が良かったそうだ。『※※』が亡くなった後は、毎日のように墓参りをしていたらしく、悲しみは相当深いものだったと聞く。そりゃそうだろう。
 次に調べたのは『※※』。話を聞けば彼女は何もかもが完璧だったらしい。生徒会長は限界まで務め、成績はいつも学年首位、運動神経も抜群によく、人柄も良かった。これほどまでに恵まれた人間がいただろうかと思うくらいだ。だが彼女はひとつ、手に入れられなかったものがあるらしい。それをとても悔いていると、友人たちに毎日のように吐露していたという。『姉の──からの愛情』だと。妹は何よりも姉が好きだった。だが親は姉と関わることを全力で阻止していた。おそらくだが、触れさせたくなかったのだろう。自慢の娘を、何もできない別の娘に。親は妹を愛したが、妹は姉を何よりも愛した。けど姉は妹を愛さなかった、愛せなかった。妹は親からはこれ以上にないくらい愛されたが、それとは別にたったひとつの愛が欲しかった。それが『──』の愛。すでに死んでしまった今、それが叶うことは未来永劫無くなってしまったが。そして姉の『──』も、それを知ることはないのだろう。知ったとしても拒絶するだろう。姉も妹も悪くない。むしろ悪いとされるのは、そんな環境を作りや上げた生みの親の方だろう。
 そして3つめに調べたのは、ミシマ ユキコについて。姉の『──』が、突如豹変したときに名乗る名前だそうだ。まるで壊れたカセットテープのように、『私はミシマ ユキコ』と繰り返すのだそうだ。いつ豹変するかは、そのときによってまちまちだが、ミシマユキコと名乗るようにった彼女は、高笑いしながら暴れだすのだそうだ。ヤケになったように。あるときは包丁を手にして、両親に向ける事もあったらしい。そして口癖のように、『憎い』と言い続ける。
 調べ上げられたのはそれくらいだ。行方不明者の三島夕希子についてはもう調べがついている。白いファイルにまとめて入れておいた。あとは姉の『──』と、『夏織』が同一人物である、という確証が得られればいいのだが。

「ん?」

 ふと、ひらりと何かが降りてくる。これは紙?珍しい、現場検証が終わった場所に、とりわすれなんて。それを注意深く拾い、それに書かれていた文字を読み上げる。

「───『──に殺される』」
「それは誰のことかしらね」

 突如知っている声が後ろから響いてくる。振り向いたそこには

「『初めまして』。右京さん。私は『ミシマ ユキコ』」

 できるなら今、会いたくはなかった。理由は見つけられないが、会いたくはなかった。


「───『夏織』くん」


 広角を嫌につり上がらせ、手に包丁を携えた夏織──いや、『ミシマ ユキコ』がいた。


「夏織?誰かしらそれ。私はミシマユキコ」
「……君か。『※※』を殺害し、この小田ビル猟奇的殺人事件を起こした張本人ってのは」
「正解。どこで気づいたのかしら」
「何。簡単な話さ。最初君は…いや、夏織くんはここで記憶を見た時、ひどく取り乱していた。戻ったあとは何も覚えていなかったけど。彼女はその時の映像が、あまりにショッキングすぎて覚えていなかっただけ。だってそうだろう。『同じ顔した人間が、人を殺している映像』なんて見たらね」
「見たこともないのに断言するの?」
「これさ」

 僕はそう言って、先程拾った紙を彼女に見せつける。

「──に殺される……きっとこれは幅霧沙奈のものだろう。彼女は※※と親友だったからね、君の顔も知っているはずだ。そして知らなかったのだろう…その時の君か──ではなく、ミシマユキコであるということを」
「なんでそこまでわかるの?」
「さあ?でもこれだけは言わせてもらう。探偵の『カン』ってやつさ。さっきっから君は否定しないからね」
「……気に入らないわね」
「はは、似たようなこと言われたことある」

 僕はそう言って笑う。包丁を突きつけられてるのに。慣れってやつかな。

「『※※』殺人については、君は君自身を崇拝している男を使った。彼女を捉え、犯したら私自身をくれてやるっていってね。いや、そこまでは言ってないだろうが。男はすぐに言うことを信じ、実行に移した。見事それを成功させたあと、君に報告しに行ったけど、君はよくやったわ、といった後に男を殺害した。私が殺すはずだったのにってね。でも念の為君は様子を見に行った。本当に死んでいるかどうかを確認するために。そしたらまだ死んでなかったんで、君は彼女にとどめを刺した。生憎、そのときの死の記憶は、夏織くんから聞いていたんでね。これは簡単だった」
「……で?それを知ったあと何をするつもりなのかしら」
「いいやまだ言うことがある。『本来の三島 夕希子』についてだ。彼女は数年前にふらりと姿を消した。理由はわかっちゃいないが。以前僕は、彼女に妹がいるって言ったが、あれは嘘だ。ちょっと夏織くんの反応が見たくてね。でもまあ彼女も遺体で見つかったらしいが」
「いつの話?」
「ついこの間。君…というか夏織くんには話していなかったけどね。その話をまとめる前、僕は君がその三島夕希子じゃないかって踏んでたんだけど、違かったみたいだ。自分に暗示をかけようとしてミシマユキコと書き連ねていたんだろうが、奇しくも同姓同名だったらしいね。あと気づいたことといえば、『死の記憶』か。僕はね、以前夏織から聞かされてたことがある。『自分がいる』ってね。もしやと思ったんだ。彼女が見ていた死の記憶は、ミシマユキコとして殺害を行ったときの記憶が、断片的に夏織の方へ流れてしまっていたんだろう。人間は不思議だ。彼女が小田ビルの事件の記憶を覚えていないのは、今までほんやりとしか映らなかった自分が、はっきりと見えてしまったからか、それとも内なる『ミシマユキコ』が防衛反応を起こしたからか。で、それを踏まえてミシマユキコ。君に聞こう。君は僕をどうしたい?」

 すべてを言い終えると、彼女、ミシマユキコはわなわなと震えだす。顔もいつしか笑顔はなくなり、そこにあるのは怒りか、悔しさか。向けている刃物も震えている。

「……知られたからには殺すしかないわ。私はミシマユキコ。夏織でも『──』でもない。私はミシマユキコ。ミシマユキコ。ミシマユキコなの」

 そういった彼女の行動は早かった。僕に向け走り出し、包丁で腹を割かんとやってくる。でもごめん、その程度では、僕は殺せはしない。
 真っ直ぐに向けられた包丁を持つ腕の方を引っ掴み、後ろへ向けて捻る。ビキビキと嫌な音がする。そのすきに包丁を奪い取り、逆に彼女に向けてやる。

「私はミシマユキコ、ミシマユキコ!あの子が憎い!あの子が愛したすべてが憎い!憎い!すべてが憎い!あの子さえいなければ!あの子が愛した全てを殺さなきゃ意味がない!」
「なら君も死ぬんだな、ミシマユキコ、いや『──』!」
「………は?」

 あえてその名で呼ぶ。彼女は拍子抜けしたようで、抵抗の動きを止めた。僕は彼女を開放してやり、包丁も降ろす。

「彼女は親よりも何よりも、姉の君を愛していた。でも愛されなかった。自分という存在がいる限り、君からの愛は受けられなかった。愛したい人間に愛されず、愛されるのならば死ぬしかない。彼女はそれをとても悔いていた。死ぬ直前まで」
「なにそれ…証拠はあるの?」
「調べさせてもらったんだ。君たちのことを」

 僕は隠していた調査資料を彼女の眼前に突きつける。そこには調べた全てが載っていた。もちろん、彼女の実家である『  』についても、そしてそこで調べた結果も。
 結論から言うと、あの家はすでに誰もいなくなっていた。生活音はしない、溜まっていた新聞紙、手入れされていない草木。話を聞いてみようと思ったものの、誰ひとりとして出てこない。家の扉に挟まっていた紙を見たら、『離婚届』。鍵は当の昔に掛かっていた。離婚届の意味するところは、まあつまるところそうなのだろう。走り書きも残されていた、『間違っていた、すまなかった』と。どれなのかはもう知ることもない。

「……」
「ミシマユキコ。いいや、『夏織』。……すべてを知った君は、これからどうする」
「わたしは……みしまゆきこ」
「夏織。君はもうミシマユキコじゃない。夏織。君は夏織以外何者でもない。夏織」
「……」

 その瞬間、彼女は倒れ込んでしまった。キャパオーバー、といったところだろうか。

「……帰ろう、夏織。何もかも、忘れなさい」

 僕は夏織を抱え、事務所に帰ることにした。





 気がついたら事務所の寝室のベッドの上だった。一体私はいつからこうしていただろうか。そういえば白いファイルを見たあとからの記憶がない。何を見て何していたのだっけ。思い出そうとすれば、頭に靄がかかったように、遮られてしまう。

「……起きたかい、夏織」
「探偵、さん?」
「頭痛いとかあるかい?」
「いいえ。少し眠いだけ」
「そうか……」

 そういうと探偵さんは、ほっとしたように胸を撫で下ろす。何かあったのだろうか。聞いてみるけど、はぐらかされてしまう。

「それより夏織」
「……何かしら、雅人さん」
「君は探偵になる気はないか?」

 突然何を言い出すんだろうかこの人は。起きて間もないうちに、そんなことを言い出すのか。

「悪趣味ね」
「ははは。今すぐじゃなくてもいい。ゆっくり答えを出してくれ。時間はまだたっぷりあるからね」
「……」

 なんだかむかっ腹がたった。だから私はこの人の顔の横のあたりに手を添えた。雅人さんはどうしたんだい、と声をかけるだけ。すきあり。

「  」

 ほんの少しだけ、時間が止まった気がした。柔らかさと暖かさで、頭がどうにかなりそうだ。これ以上は私の頭がおかしくなる。ふっと離れた。

「……夏織?」

 肝心のこの人は、私を見て呆然としている。いい気味だわ。

「そうやってま抜けた顔をしてるといいわ、『雅人さん』」

 実は気づいていた。雅人さんの指先のあとに、怪我の跡があったのが。そんな傷は今朝まではなかったから、多分、何かしらでつけてしまったのだろう。もっとも、今の私に記憶なんてないから、知ることもないだろうけど。

「夏織……君ってやつは」
「ふふ、しーらない」

 顔をほんのり赤くするかわいいその人に、私は笑いが止まらなかった。



「───君は本当に、『悪趣味』だ」
「そっくりそのままお返しするわ」



夢見ズ探偵 終

Re: 夢見ズ探偵【完結】 ( No.10 )
日時: 2018/05/27 19:16
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

【あとがき】

 終わった…終わった…やっと書き終わった…
というのが正直なところ。どうも、サニ。です。初の完結作品です。ここまでお読みいただきありがとうございます。フォルテとカクヨムのRED:RUMと首なし執事もよろしくな。
 さてこの夢見ズ探偵。実の所某大人の頭脳を持った子供探偵を見てから、不思議と舞い降りたものでして。死の記憶がなんちゃらとやらは、Anotherですね。あちらは死の色が見える、ですが。
 推理もの、ミステリーものを書くのは初めてでして、書き終えた今言えることはただひとつ。『もう二度とかけないだろう』と。なにせ私は推理せずに力技で解決するものばかりを好き好んで読んできたわけでして、推理ものなどろくにかけるわけがない。ええ、正直この夢見ズ探偵も、推理しない推理モノでございました。
 でもいい経験にはなりました。もっと本を読みあさらねばなりませぬ。

 特にこれ以上話すことはないので、このへんで終わりにしておきます。あと右京と夏織はあの後多分、まあ挙式するんじゃないですかね。作者の私でもそこは知りまてん。あの二人の進展なぞ、二人だけが知ればよいのです。作者である私も介入するものではないのです。

では、またどこかで。


追記

魍魎の匣どこに売っとんじゃどこにもないぞ

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