複雑・ファジー小説

ムーンタワー
日時: 2018/10/02 21:51
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 

 嗚呼、私のムーンタワー。どうか、私たちの罪を照らさないで。



 

Page:1 2 3 4



Re: ムーンタワー ( No.14 )
日時: 2019/03/09 23:41
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: Twitterやめました。当分はやらないです

 
「は?」

 は???????

「ごめん。どういうこと?」

 俺の聞き間違いか?

「だから、私が魚美さんを、あの公園の桜の木の下に埋めたんですよ」

 にっこりと笑う。

「え?」

 え???????

「近くの公衆トイレにスコップが置いてあったのでそれで埋めました。あの辺街灯が全然ないので、先生が来たとき気づかなかったのも無理ないですね」
「は?」
「ふふ、先生、『え』と『は』だけで会話はできませんよ?」

 雨郷は組んでいた手を解き、フォークを握る。そしてあっ、と目を見開いた。

「私は埋めただけですよ。私があの公園に来たときには彼女、心臓が止まっていたので」

 胸元に耳を近づけて確かめたので間違いないです、とスパゲッティを飲み込んで言う。

「あの公園、塾の帰り道から見えるんです。それで先生と魚美さんがあのベンチで会っているのも知ってました。あんなに暗いのに? 私夜目が効くんです。なので見えました。魚美さんが倒れているのも」

 彼女はスパゲッティをくるくると巻きながら、その瞳に間抜けな顔をした男を映している。

「魚美さん、頭から血が出ていました。多分、石かなにかで殴られたんじゃないかな。衝動的な犯行って感じでした。魚美さんは制服を着ていて、周囲にはキャリーバックが転がっていました。直感的に、先生の家に行こうとしていたんだろうな、と思って。だから、私は先生が犯人だと思ったんです」
「ちょっと待ってくれ」

 俺は彼女の前に手を翳す。彼女は俺を見ていたはずだったが記憶の景色を見ていたらしく、突如現実の物体に遮られ、ぴくっと瞼が跳ねた。

「……君が亡くなっている魚美さんを見つけたのはわかった。そして君が殺していないこともわかった」
「はい、そうですよ?」

 彼女は不思議そうに首を傾げる。

「なぜ、埋めた?」

 埋める必要なんてなかったはずだ。そのまま警察に通報していれば。いれば? 何か変わっていた? 少なくとも、こんな悲しい結末を迎えずに済んだのではないだろうか。例えば、内海が死なない未来だとか。そんなことはありえないのだが。

「なぜ????? なぜって……そんなの決まってるじゃないですか」

 彼女がぐにゃりと顔を歪めた。

「人魚は人間の脚を手に入れるために声を失った。ね? 人魚っていうものはそういう生き物なんです。彼女は父親からの虐待を受けていた。私の両親はものすごく優しくて、私に怒ったことなんてないんです。だから私は醜い。彼女は美しい。彼女の美しさには理由がある。魚美さんは美しかった。その死に顔までも美しかったんです。こんな美しい人魚を燃やしてしまうのはいけないと思った。人魚は美しいまま消えるべきだ。そう思って埋めたんです。人魚が泡となって消えてしまうみたいに」

 何を言っているのかわからなかった。いや、確かに魚美は美しい少女だったし、人間を燃やしたくない、というのはわからないでもない。けれど。

「人魚は美しいまま消えたんですよ。あのまま掘り返されることがなければ、それは永遠だった」

 恍惚に浸った目で言う。やっぱりさっぱりわからなかった。

「でも骨が見つかってしまったから美しくなくなってしまった。だから、また美しくしてあげようと思って。じゃあ、彼女の死の真相を暴けば、どうだろう。その犯人を殺せば。ほぉら、とっても美しいじゃないですか」

 誰よりも醜い雨蛙の私が、彼女の仇を討つ。なんて美しい結末。
 そうやってうっとりと呟く雨郷は美しい化粧を施していたが、俺にはちっとも美しくは見えなかった。

「……誰だ、お前は」

 歯の奥から絞り出した言葉に、キラキラとしたアイシャドウの目が三日月の形に歪む。

「嫌ですね。冗談はやめてください。雨郷 花依ですよ、センセ」

Re: ムーンタワー ( No.15 )
日時: 2019/03/13 18:37
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 あの後どうやって帰ったのか、正直覚えていない。会話は覚えているが、あのままどうやって別れ、帰宅したのかわからない。気がつけばリビングにいて、ニュース番組の雑音が流れ込んできたのだった。

『そっか。先生は犯人じゃないのか。じゃあ、怪しいのは……その先生が運営してた自殺志願者のサイトとかで、魚美さんと特別に親しかったりした人っていなかったんですか』
『いや……あ、』
『いるんですか?!』
『いることには。でも……』
『連絡は?』
『あのサイトは削除されたからね。でも、魚美の書き込みのほとんどはオフラインでも見られるように保存しておいたから、遡れれば見ることができると思う。確か、あの掲示板に書き込みをしていた1人とメールアドレスを交換していたと思う』
『じゃあ、その人に連絡を取ってみてください』
『……もうそのメルアドを使っていないかもしれない』
『それでも、です。わかったら連絡お願いしますね』

 煙草に火をつけ、右手の人差し指と中指を擦り合わせるようにして挟む。そうしてベランダで煙を吐く。落下防止の手すりに肘を置きながら、俺はぼんやりとムーンタワーを眺めていた。

『あっ、そういえばムーンタワー、もうすぐ取り壊されるらしいです。うちの会社も投資とかで関わっていたのでとても残念だなって父が言ってました。それじゃあ、また』
「それで別れたんだったな」

 自分の行動を思い出す。記憶の中の彼女は華奢な手を振って歩き出していた。
 そろそろだろうか。花火の時間は。始まるまで、メールでも打っておこう。
 「ヒトミ」と特に親密なやり取りをしていた人物はすぐに見つかった。微かに記憶していた通りメールアドレスも残っていて、俺はスマホに指を叩きつける。

『初めまして。私は以前自殺サイトを運営していた者です。──』

 などとつらつらと書き連ねながら、これではただの迷惑メールみたいだと感じたため、一応自分の本名と職業も明かしておいた。

『あなたはヒトミさんと仲良くしていらっしゃいましたね。実は、ヒトミさんが殺害されていたことがわかりました。ヒトミさんのことについて詳しく聞きたいので──』

 会おう? いやいやそれは突発的すぎるだろ、と灰を落としながら「また御連絡ください」と打ち込み、送信した。
 部屋着のジャージのポケットにスマホを仕舞って、再び目線を開けた世界へと向ける。マンションの上の階や下の階では、子どもたちが手すりから身を乗り出して花火を今か今かと待ち構えている。おいおい危ないぞ、とヒヤヒヤしながらも、そういえば俺もあんな子どもだったな、と思った。
 麻痺している。父親が亡くなった日から、誰かがいなくなる、ということに俺は苦痛を感じなくなっていた。魚美が消えたときも、もしかして死んでしまったのだろうか、ダムに飛び下りたのだろうか、などと考えた。それでも何か行動を起こそうとはしなかったし、やがて彼女との思い出は風化して消えた。そういえばそんな生徒もいたな、ぐらいに思っていたのだ。

『俺の家においで』

 あの激情は、果たして自分の言葉だったのだろうか。わからない。母が死んだ今となっては、さらに麻痺している。心が。
 彼女を助けたい、と思ったのは事実だと思う。虐待を受けている姿を見て、俺が守ってやらなきゃ、とも思った。ちょうどその頃虐待に関する事件があって、国は頼れないのだと悟った。なら、俺じゃないと駄目だ、と思ったのだ。あの美しい人魚を守れるのは、俺しかいない、と。
 ひゅるるるるるるるるる、と白い尾を引いて、どーーーーん、花が空に咲く。

「嗚呼、そういうことか」

 俺はぽつりと呟く。

「俺は人魚がほしかったんだ」

 そして雨蛙は今も欲しているのだ。
 俺はもたれ掛かっていた手すりに額を擦り付け、目を閉じた。煙草がまだ口の中に居座っている。

『私、お父さんが怖い。だから今まで逃げようとしても足がすくんで動かなかったの。でも、先生とならできそうな気がする』

 微笑みの中で彼女はその長い睫毛を伏せ、俺の掌に口づけた。

『ありがとう、金魚さん』





 ヴーという微かな音で俺は目を開けた。どうやら少し寝てしまっていたらしい。煙草はずっと握りしめていたままで、床には灰が溜まっている。あんな花火大会の爆音の中よく眠れたな、と口の端だけで笑うと、スマホの通知音で起きるのもおかしいんじゃないか、と今度は顔全体で笑った。少し足踏みをしてからスマホを取り出し、また手すりに腕を置く。

『こんばんは。僕の名前は内海世海といいます』

 思わずスマホを落としてしまうところだった。9階から。

Re: ムーンタワー ( No.16 )
日時: 2019/03/14 17:25
名前: とりけらとぷす


こんにちは、お久しぶりです。とりけらとぷすです( ´ ▽ ` )

本業がひと段落し、久々に戻ってきました。

鳴子さんの独特な、謎に包まれた感じ、好きです。
毎回思うのですが、少し読めばすぐに小夜鳴子ワールドに引き込まれていく感じなのです。
私は読書が好きでいろんな作家さんの本を読んできましたが、あ!この人の文だ!とすぐ分かるような、独自の文をお持ちだな、と思います。(語彙力なくてすみません)

雨郷さんの急に溢れ出した狂気にぞっとしました。彼女はそれを当たり前だと思っているんでしょうね。
美しいから、美しいままにしたかった。
わからないでもないです。
芸術家は苦を経験したものこそ美しいものを生み出せる。
苦こそ、人間のえげつなさを、本能を、生々しさを、美に変えることができる。本当の人間らしさを表せるのだと、中学生の時誰かが言っていました。
私はどちらかといえばのうのうと育ってきた者なので、そういう苦からの脱却を経験したことがないに等しい。
もし、本当にそういう類の苦が新たな美を生み出せるならーーーと考えたことはありますね。
何の話でしたっけ。随分話が逸れてしまいました(笑)
感想を書こうと思うのにいつもこうなってしまうんです。自分読書日記をつけているのですが、お話の内容はほとんど書いていない。遠い記憶と結びつけた自分のことばかり書いてしまいます(ーー;)

人魚を殺したのは誰なのか。

続き、楽しみにしてます。
それでは、ごゆるりと更新頑張ってください。



Re: ムーンタワー ( No.17 )
日時: 2019/03/14 19:19
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
>>とりけらとぷす様

 毎度毎度ありがとうございます。小説のコメントをいただくことは少ないので、とても嬉しいです。
 お疲れ様でした(???)笑

 ほんまですか。自分ではわからないので……でも、確かにしっかりとした世界観は持っているつもりです。笑
 私自身が平々凡々な人間なので、創作の中の色々な美しい人に憧れます。それぞれのキャラに、自分が美しい、と思う要素と愚かしい、と思う要素をひとつずつ詰め込んでいます。
 読書日記ですか。すごいですね! 読書は思考を整理するような、新しい発見だとかそういうものだと私は思っているので、そこに在るものを在るようにそのまま記述するよりそっちの方がいいんじゃないかと思ってます。笑

 もう読んでくださった方の過半数が誰が殺したのかわかってしまっていると思います。笑 そこまで到達できるよう頑張ります!

 ありがとうございました!

Re: ムーンタワー ( No.18 )
日時: 2019/03/15 23:44
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 夏休みというものは教室内は静かだが、1歩外に出てみれば普段以上の熱気だ。部活に全力を注ぐ生徒たちはとても眩しい。俺も、学生時代は中高とバレーボールばかりしていた。
 夏休み明けの課題テストの問題を作成するために出勤した俺は、一旦その作業を先延ばしにして中庭に出ていた。中庭はテニス部がミーティングに使っている程度で、基本は誰もいない。教室は補習以外では安全面の問題で施錠されているし、鍵で開けるのも面倒くさかったので、結局は集合場所はここにした。
 申し訳程度に陽を避けることのできる小さな屋根の下のベンチに小柄な人物が座っている。肩までの短い髪は黒く、夏用の清潔な半袖のセーラー服から覗く腕は白い。男か女か判断しにくい中性的な顔立ち。その服装からは少女だと窺えるが、やはり魚美には全然似ていないと思った。

「こんにちは」

 そう呼びかけると、ぼぉっとしていた視線がこちらに向いて、その色合いを変える。

「こんにちは……えっと、あのときはすみませんでした」

 申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、構わないよ。気にしてないから」

 バリバリ気にしている。このクソガキ、と今でも思っている。でも、俺は大人なのでそういうことは決して口にしないのだ。

「それで。『ヒトミ』について聞きたいことってなんですか」

 世海くんは俺が自殺志願者サイトの運営をしていたことを何も咎めなかった。いや、心の中では言いたいことはあったのかもしれない。それに免じて、俺も彼女が幼いながらも自殺サイトに出入りしていたことを責めないことにした。

「君は、『ヒトミ』の正体はわかってる?」
「ああ、はいなんとなく」
 
 一橋魚美ですよね、と小さな声で聞いてきたので頷く。その瞬間、彼女は少し顔を顰めた。

「……正直、『ヒトミ』と一橋魚美が同一人物だって考え始めたのは最近なので戸惑ってます。僕はヒトミと仲が良かったし、ヒトミのことが好きだった。でも、人魚のことは嫌いでした」

 俺は世海くんが『人魚』を知っていたことに驚く。そういえば、俺のことも公園で『金魚』と呼んでいたな。

「君はどうしてその呼び名を知っているんだい」
「1度姉が一橋魚美のことをそう呼んでいるのを聞きました。それに、あの3人がお互いを秘密の呼び名で呼びあっているのはなんとなく知ってました」

 どうせ一橋魚美が考案したんでしょう?と言うので俺は苦笑する。全くその通りだったからだ。

『先生は生き物が好きなのね』
『そうだね』
『だから理科室でメダカを飼ってるの?』
『そんな感じかな。でも家では金魚を飼ってる』
『金魚』
『そう金魚。昔夏祭りで捕ったものなんだけど、長生きでね。金魚すくいの金魚は大抵病気を持っていてすぐに死んでしまうことが多いんだけど、なぜか生きてるよ』
『ふふ、先生って、金魚みたい』
『へ?』
『だって、教室っていう水槽の中でゆらゆら揺れてる。生徒と先生の間で、いつも』
『そうかな』
『うんそう。先生っていっつもどっちつかず。それに、金村 賢木って名前の中に金魚が隠れてるよ。素敵』

「どうせ僕も『空蝉』とか呼ばれていたんでしょうね」

 吐き捨てるような世海くんの言葉に、はっと意識を戻す。

「いや……呼ばれてなかったと思うよ」
「え、そうなんですか」

 少し不満げな様子だった。好きの反対は無関心だという。彼女が魚美に向ける嫌悪にも似た感情は……と口にしかけるが、彼女の眼光の鋭さに踏みとどまった。

「……君と一橋さんは仲が良かったと聞いているよ」
「……はぁ?!」

 なんでですか何を根拠に?と彼女は食い気味に返す。あれ、と思った。雨郷は世海くんと魚美は仲が良かったと言っていたはずだ。

「いや、雨郷……花依さんが、君と一橋さんは似ている、と」

 彼女は猫のような目を見開き、すぐにぎゅっと細めた。

「……なぁるほど。確かに僕と彼女は似ている。実の親に愛されてなかったところとか、人とちょっと違うところとか」

 花依さん、ああ見えて鋭いんですね、と彼女は自嘲気味に笑った。
 彼女の家庭環境について、俺は実のところあまり知らない。何度か行った家庭訪問や面談などでも特に問題は感じられなかったし、不登校が続いているのは単純に彼女の個性が可哀想なことにクラスから拒絶されているからだと思っていた。
 彼女は俺の戸惑いを察知したのか、鼻で笑う。

「どーせ、先生にはわかんないですよ。魚美さんのときだって気づかなかったんじゃないですか?」

 図星だった。俺が今のように中学ではなく高校教師だった頃、面談で魚美の父親と対面したが、何ひとつとして見抜くことはできなかった。

『助けて』

 彼女は必死に求めていたのだ。ネットの世界に、自分の居場所を。そんなことになるまでに追い詰められていた彼女を、俺は救うことができなかったのだ。
 俺が黙り込んでいると、彼女は表情を改め、真剣な顔で俺の顔を覗き込む。

「それで。『ヒトミ』と親しくしていた僕に聞きたいことって?」
「ああ、それは……」

 言いかけて、そこで口籠もる。どう聞いたものか、と今更ながら不安に思ったのだ。『彼女を殺したのはお前か』などと。こんな、中学2年生の女の子に聞けるはずもない。いつまで経っても本物の金魚のように口だけをぱくぱくとさせている30代男性の姿に呆れたのか、彼女ははぁ、とため息をついて口を開いた。

「言いづらいのなら、僕が先に答えを言いましょうか。『僕じゃないですよ』」

Page:1 2 3 4



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。