複雑・ファジー小説

【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

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Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.156 )
日時: 2019/03/25 21:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

153話 あの春はいつだって蘇る

 嫌なわけがない。
 ベルンハルトはそう言って、ほんの少し笑みを浮かべた。

 私にとっては、何より嬉しい言葉だ。

「だが、間違えるなよ」

 ぽつりと呟くベルンハルト。

「……え?」
「僕はネージア人だ」

 彼が言わんとしていることを、私は理解できなかった。否、理解できないどころか、察することさえできなかった。何とか掴もうにも、説明が不足している。

「貴女に相応しい人間ではない」

 彼はきっぱりと告げた。

「そんなことない。ベルンハルト、それは勘違いよ」
「いや、事実だ」
「あり得ないわ、そんなこと。もし仮に、私が貴方に相応しくないということはあったとしても、その逆は絶対にない!」

 つい必死になってしまう。

 ベルンハルトが私に相応しくないなんてことは、絶対にない!

 それを訴えたくて。

「アスターさんだって言っていたわ! 相応しいって!」
「……アスター、だと?」
「彼は私に、ベルンハルトのこと、『君の相手に相応しいと思うよ』って言ってくれた!」

 私が思い込んでいるだけじゃない。アスターだって、私と同じように感じている。だからこそ、自信を持って言えるのだ。

 そんな風に自信に満ちていた私に対し、ベルンハルトは尋ねてくる。

「待て、イーダ王女。アスターがそんなことを言ったのか?」

 ……あ。

「先ほどの別れていた時か? だが、貴女は僕の話をしたなどと言ってはいなかった。一体どうなっている?」

 アスターのことは言うべきでなかったかもしれない。が、時既に遅し。今さら「なーんてね! 想像でーす!」なんて言って適当にごまかすことはできないだろう。一度発してしまったのだ、もはやどうしようもない。

「そ……そう」

 こうなれば仕方ない。

 もう逃げない! この際はっきり真実を話す!

 ……何を当たり前のことを、と笑われてしまいそうだが。

「さっき、実はね、少し話したの」
「アスターと、か」
「そう。ベルンハルトのことについて」

 怪訝な顔をするベルンハルト。

「なるほど。だが、それならなぜ、先ほど聞いた時には言わなかったんだ」

 こういう質問が来るだろうとは予想していた。
 予想してはいたのだけれど――やはり、喉元が強張る。

「か、隠そうとか……そんなつもりはなかったの……」

 責められているわけではないのだから、恐れを抱く必要なんてないのだ。忘れでもしていたかのように振る舞えばいいだけのこと。

 しかし、力んでしまう。
 顔に、喉に、変な力が入ってしまって、日頃のようには振る舞えない。

「悪意があってのことだろうと疑っているわけではない。が、あの時に敢えて言わなかった理由が気になる」

 ベルンハルトの真っ直ぐな視線が、今は少し痛い。

「ただ……恥ずかしくて」
「恥ずかしい、だと? 何がどうなっているんだ」
「……私にとっては恥ずかしかったの。アスターさんがベルンハルトを良く言ってくれたこと自体は嬉しかったけれど」

 普通とても成り立たないような、滅茶苦茶なことを言ってしまった。が、それが真実だから仕方ない。

「言わなかったことは謝るわ。ごめんなさい。でも勘違いしないで! 悪意があってしたわけじゃないの。ただ、軽い気持ちで――え?」

 言いかけて、途中で止める。
 隣に座っていたベルンハルトが、私の手を握ってきたからだ。

「分かった」
「え、あの……」

 今や私には戸惑いしかない。

「特に深い意味はないということだな」

 ベルンハルトの凛々しい双眸が、私をじっと捉える。その眼差しは真っ直ぐで、しかしながら、どこか柔らかさもあるものだった。

「え、えぇ。そうよ。別段これといった理由があったわけじゃないの。少し恥ずかしかっただけ」

 平静を保つよう努めつつ、答えた。

 すると彼は、一度瞼を下ろす。そして、三秒ほど経ってから、再び目を開いた。彼の双眸は、やはり私を捉えている。

「そうか。色々質問してしまって、すまなかった」

 いきなりの謝罪。
 私は慌てて、開いた両手を胸の前で振ろうとする――が、手を握られているためそれはできなかった。


 その時。
 誰かが扉をノックした。

 ノック音に反応し、ベルンハルトはすぐに動く。私の手から手を離し、ベッドから立ち上がる。

 直後、扉が開いた。

「イーダぁ!」

 現れたのは、父親。
 これはまた賑やかになりそうである。

「父さん。どうかした?」
「次の誕生日のことなんだがなぁ!」

 ――誕生日。

 その言葉が、胸にぐさりと突き刺さる。
 忘れもしない。あの春の、忌々しい記憶。多くのものが奪われた、あの日。思い出したくもないけれど、消えはしない。

「……誕生日? もう?」
「まだ少し先にはなるがなぁ、盛大に祝おうと思うんだぁ!」

 父親の目に曇りはない。

 彼は忘れてしまったのだろうか。前の春、何があったかを。

「どうだぁ? イーダぁ?」
「そうね……でも、盛大に、なんて困るわ」
「えぇぇ。何でなんだよぅ」
「思い出すから嫌なの」

 熱心に考えてくれている者に対して冷たい態度をとるというのは、あまり気が進まない。申し訳ない気がして。しかし、胸の奥に刻まれた暗い記憶は、そう簡単に消えるものではない。日頃は消えたように感じていたとしても、何かきっかけがあればすぐに蘇るものだ。

「……イーダ」
「ごめんなさい。でも、本当に、盛り上がる気にはなれないの」

 楽しくすればいい。
 盛り上がればいい。

 そうすれば、きっと楽しいだろうし。

 私だって、そう思わないことはない。過去に囚われることに意味などないのだと、分かってはいる。

 けれど、無理なのだ。
 私はそんなに強い人間ではない。

「ごめんなさい、父さん。せっかく考えてくれたの……っ!?」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになっている私を、父親は急に抱き締めてきた。

「そうか、そうだったんだなぁ……すまん! 父さんが悪かったぁっ!!」

 ベルンハルトの目の前で父親に抱き締められる、というのは何とも言えない心境だ。ベルンハルトにどう思われているだろう、なんて、ついつい考えてしまう。

「なら、親しい仲間だけで誕生日会を開こう!!」
「……し、親しい仲間?」
「ベルンハルトとか、リンディアとかアスターとかなら、イーダも平気だろぅ!?」

 父親は配慮してくれたようだ。

「えぇ、その方がありがたいわ。って、あれ? 父さんは?」
「もちろん参加するぅ! まさか、嫌なのかぁ!?」
「まさか。嫌なわけがないじゃない。……ただ、ベタベタされるのは嫌だけど」

 妙に絡まれるのが嫌なだけで、父親自体が嫌というわけではない。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.157 )
日時: 2019/03/25 21:26
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

154話 平穏でない平穏?

 そんなことを話していると、カッタッタがノックもせずに駆け込んできた。

「失礼しまーっす!」

 声は大きく、しかもはきはきとした挨拶。考えようによっては、良いことなのかもしれない。捉え方によっては、礼儀正しい、と言えないこともない。

 が、ノックもせずいきなり入ってくるというのは、挨拶以前の問題ではないだろうか。

 いや、百歩譲ってノックはしなくてもいいとしても、せめてゆっくりと扉を開けるようには意識してもらいたかった。

 今は話をしているだけだったから良かったが、もしこれが着替えているタイミングであったりしたら。そんなことになったら、困ってしまう。それに、もし扉の付近にいる時だったら、ぶつかっていたかもしれない。
 何の前触れもなく勢いよく入ってくるというのは、非常に危険な行為である。

 だが父親は、そういったところには触れなかった。

「おぉ! カッタッタ!」
「ここにいらっしゃったんですね!」
「そうだぞぅ。イーダとお喋りしていたんだぁ!」

 父親は何やら楽しげ。
 元気そうな調子で、勢いよく言葉を発している。

 私は何とも言えない気分になりつつ、近くのベルンハルトを一瞥する。

 予想通り、彼は眉を寄せていた。口元も、渋柿を食べてしまったかのような状態になっていて、不快感を抱いていることがよく分かる。

 私とて、何でもかんでも指摘する気はない。
 が、こんな登場の仕方はさすがに問題と言わざるを得ない。

「待て、カッタッタ。イーダ王女の部屋へいきなり入ってくるのは失礼だろう」

 数秒後、ベルンハルトが発した。

 彼と私はまったく同じ考えのようだ。

 今回は完全に彼の発言の味方をしたい。というのも、ベルンハルトの発言は、私の心を見事に表現してくれていたのである。

「なーに言ってんだぁ? ベルンハルト。硬すぎだぞぅ!」
「父親として、問題とは思わないのか」
「どういうことだぁ?」

 カッタッタの行いを欠片も問題視しない父親に対し、鋭い言葉を投げるベルンハルト。

「イーダ王女の自室に男が勝手に入る。貴方は父親として、そんなことを許せるのか」

 ベルンハルトの厳しい発言。
 それまで楽観的だった父親が、急に黙る。

 ここにきてまさかの沈黙。

 カッタッタの行動が問題になっているだけで、厳密には私はあまり関係がない。だが、沈黙の気まずさは私も感じる。いや、むしろ、私が一番気まずさを感じているような気さえする。

「そ、そ、それは許せんっ!!」
「ならば注意しろ」
「カッタッタに……か?」
「そうだ」

 ベルンハルトの顔は真面目そのもの。
 少々厳しいような気もするが、星王に対してでも臆することなく意見を言えるところは尊敬だ。

 ……前にもこんなことを考えたような気がするが。

「きちんと見張っておくべきだ」
「いや、だがなぁ、カッタッタがそんなことをするとは思えないんだが――」
「その油断が、シュヴァルにあそこまでさせたんだ」

 きっぱり言い放つベルンハルト。
 その目つきは、ナイフの刃のように鋭い。まるで、敵を見るかのような目つきだ。

「な! そんな言い方ないだろぅ!」

 珍しく、調子を強める父親。

「事実だ」
「シュヴァルの裏切りを、俺のせいにするのかぁ!?」
「そうではない。最も悪いのはあいつだ。だが、貴方が気づかないふりを続けたがために襲撃回数が増えたことは確か」

 ベルンハルトは、冷静に言い続ける。
 今の彼に躊躇いという文字はない。

「もっと早く対応していたなら、ここまではならなかったはずだ」
「な! 責任を他人に押し付けるなよぅ!」

 父親は、握った両の拳を、胸の前で上下に振る。
 珍妙な動きだ。

「貴方はイーダを愛しているような言動をしてはいる。しかし、僕にはそれが心からであるようには感じられない。行動が伴っていない」

 カッタッタの件から、いつの間にか話が変わっている。ずれている、と言うべきだろうか。

 とにかく、話が変化してしまっている。

「ベルンハルト、ちょっと、落ち着いて」

 これ以上気まずくなるのは嫌なので、取り敢えず制止することにした。

「僕は元より、疑問に思っていたんだ。なぜ、イーダ王女の言葉を真剣に聞かないのかが」
「今はそういう話じゃないでしょう?」
「それはそうだが……」
「私の言葉なんていいの。ね、ベルンハルト。解決したことはもういいじゃない」

 すると、ベルンハルトは口を閉じた。

「考えてくれたことは嬉しいわ。ありがとう」
「……礼を言われるようなことはしていない」
「ふふ。貴方はそういうことが自然とできる人なのね」

 そこへ。

「うおっ! いい感じだな!」

 カッタッタが口を挟んできた。
 雰囲気を切り替える、という意味では、ナイスタイミングだ。

「ベルンハルト! 王女さんと、いつの間にこんなに進展したんだ!?」

 しかし、若干面倒臭そうな感じでもある。

「何を言うの? 元から仲良しだったわよ」
「いやいや! 王女さん、それはないでしょ! 明らかに変わってるじゃないですか!」

 やはり面倒臭そうだ。

 カッタッタは悪人ではない。が、少々面倒臭いところがある。

 もっとも、助けてもらった私には文句を言う権利などないが。

「そう?」
「どう見てもそうですよ!」

 私とベルンハルトは、色々なことに巻き込まれ、様々な経験をしてきた。だから、その中で絆が育まれていたとしても、おかしな話ではない。

「何を言っている、カッタッタ」
「ベルンハルト? 何だ?」
「イーダ王女を困らせるな」
「……は? 事実を言っただけだろ!」

 睨み合う、ベルンハルトとカッタッタ。

 ここにきて、気まずい空気。
 なぜいちいちこういうことになるのだろう。

「余計なことを言うな」
「あ! もしかして、照れてるのか!?」

 カッタッタは茶化す。
 それに対し、ベルンハルトは強く言い返す。

「待て! おかしいだろう! なぜそんな話になる!」

 どうしてこうなった。
 そう言いたいくらいの、どうしようもない状況だ。

 こうして言い合っていられるのも、平和になったから。そういう意味では悪いことではないのかもしれないが。

「……それはさておき。聞いてくれ、ベルンハルト!」

 突然話を変えるカッタッタ。

「さておき、ではないだろう」
「いや、話を止めるなよ! 友だろ!?」
「友ではない。それゆえ、話を止める」
「ちょ! 酷いだろ、それ!」

 カッタッタは何か話したいことがあるようだ。しかし、ベルンハルトに制止され、なかなか話し出せないようである。

 だが、このままでは話が進まない。

 なので私は口を挟んだ。

「カッタッタ、何か話があるの?」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.158 )
日時: 2019/03/25 21:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

155話 たとえ未練があったとしても

 私が問うと、カッタッタは瞳を輝かせながら話し出す。

「俺、星王様に仕える中で一番偉い地位になったんだ!」

 詳しいことまでは不明だが、恐らく、シュヴァル絡みで再編でもあったのだろう。そして、カッタッタが父親に一番近い位置についた、といったところだろうか。

「そうだったの?」
「シュヴァルと繋がりがあったことが分かった先輩が何人かいたので!」

 カッタッタはウインク。
 なんてお茶目。

「な。そうだったのか」

 驚きを露わにしつつ口を開いたのは、ベルンハルト。
 彼の瞳は、微かに揺れていた。

「では、あの時お前が僕を相手に選んだのも、意図してだったのか? イーダ王女の関係者である僕を叩き潰すために?」

 ベルンハルトはカッタッタのことさえも警戒しているようだ。
 警戒心が強いというのも、良いような悪いような、である。

「まさか! それはない!」
「……本当か?」
「そう、あれは偶々! それは絶対だ! 誓える!」

 カッタッタは懸命に訴える。
 嘘をついているとは、とても思えない。

「ベルンハルト。疑ってばかりも良くないわ」
「……イーダ王女」
「彼はきっと、嘘なんて言っていないわ」

 本当は口を挟むべきではないのかもしれない、と思いながらも、私は口を挟んだ。また言い合いが始まったら困るからである。

「ね?」

 するとベルンハルトは、唇を結び、視線を私からずらす。そのまま五秒ほど黙った。そしてその後、小さく発する。

「……貴方がそう言うなら」

 そこへ大きな声を挟んでくるのはカッタッタ。

「王女さんナイスゥ!!」

 急にハイテンション。
 その勢いといったら、理性を失った酔っ払いのよう。

「助かったァ!!」
「え、えぇ……」

 反応に困ったため、取り敢えず苦笑いしておいた。
 それから私は視線を動かし、父親へ目を向ける。

「新しい側近ができて良かったわね」

 だが、返答はない。
 父親はぼんやりしているようだ。

「……父さん? 父さん!」

 少し調子を強めると、それまではぼんやりしていた父親が、急にくるりとこちらを向いた。

「何だぁ? イーダ」

 妙に笑顔で気持ち悪い。

「ぼんやりしていたわね」
「すまん!」
「ま、べつにいいわ。それより、新しい側近ができて良かったわね」

 先ほど言ったことだが、聞いていなかったものと思われるため、もう一度言っておく。

「新しい側近?」
「カッタッタよ」
「あぁ、そういうことかぁ……」

 父親は何やら浮かない顔。

「父さん、どうしたの? 嬉しくないの?」

 シュヴァルはいなくなってしまった。が、その代わりとなるかもしれない存在が現れたのだ。それは多分、嫌なことではないはず。特に星王という立場にある父親にとっては、相談できる相手がいることは何よりありがたいことのはずなのだ。

 なのに、父親は嬉しくなさそうな顔をしている。

 私には彼の心が分からない。父娘の関係であっても、どうも理解できない。

「……嬉しいぞぅ」
「ならどうしてそんな顔をしているのよ」
「もちろん嬉しい。が……シュヴァルの代わりにはならないんだぁ……」

 本当はまだ未練があるのかもしれない。父親の顔つきを見ていると、ふとそんな風に思った。

 だが、無理もない。
 あれだけ頼りきっていた人間がいなくなったのだから。

「って、あ! ち、違!」

 父親は、目を見開き、慌てたように首を左右に動かす。

「すまんイーダ! あんなやつのことを言ったりしてぇ!」

 今にも泣き出しそうな父親に対し、私は小さく述べる。

「……いいのよ、父さん」

 この言葉に偽りはない。

 頼っていた人がいなくなったら、誰だって、しばらくは喪失感を覚えるだろう。たとえ、いなくなった原因が、その人が罪を犯したからであったとしても。

「誰だって、本音を漏らしたい時はあるわ」

 そう言って笑う。
 すると父親は、瞳に涙の粒を浮かべる。

 ――直後。

「イーダあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 父親は抱きついてきた。

 薄々予感してはいたものの、まさかそれが現実になるとは思っていなかったため、正直驚きだった。

「ありがとうぅぅぅぅ!!」
「と、父さん……」

 苦しいから離してほしい。
 本当のところを言うなら、そんな気分だ。

 でも、今は本心を言おうとは思わなかった。

 彼はこんな性格だが、悪人ではない。それに、私を育ててきてくれた。私が弱っていた時も、常に気にしてくれていて。ベルンハルトと出会うことができたのだって、彼の計らいのおかげだ。

 だから。

 たまには好きにさせてあげても問題はないだろう。

「可愛いぃぃぃぃぃぃ!!」

 父親が叫ぶ。

 ……鼓膜が破れるかと思った。

「それは止めて、父さん。さすがに耳が痛いわ」
「好きだぁぁぁぁ!」

 耳元で、しかも驚くべき大きさで叫ばれ、耳どころか頭まで痛い。震動が凄まじい。

「や、止めて! さすがにうるさいわ」
「な! 何でだあぁぁぁ!?」

 ベルンハルトを一瞥する。

 彼は呆れに満ちた表情をしていた。

 できるなら、助けてほしい。だが、ベルンハルトは助けてくれそうにない。恐らくは、いつものことだから、とでも考えているのだろう。

「耳が痛いの!」
「嘘だろぅぅぅっ!? 可愛いイーダがそんなことを言うわけがないッ!!」

 何なんだ、この人は。
 今、無性にそう言いたい。

 そもそも、いくら実の娘相手だとはいえ、いきなり抱き締めるなんておかしいだろう。しかも、抱き締めたうえに騒ぐ。もはや謎でしかない。さらに、平気で「可愛いイーダ」なんて言ってのける。

 父親の言動は、私には到底理解できそうにない。

「止めて、本当に」
「何でだぁ……!」
「うるさいからよ。耳が痛いの」
「酷いぞぅぅぅぅ!」
「……まったく」

 基本的には善良。素直で真っ直ぐ。

 だから嫌いというわけではないのだけれど。

 ただ、騒ぎ出すと収拾がつかなくなる。そこだけは、父親の悪いところだ。私は今まで、それに何度も振り回されてきた。

「ふっ。仲良しだな、イーダ王女」
「ベルンハルト! 見ていないで助けて!」

 でも、こうして呑気に騒いでいられるようになったこと自体は、悪いことではない

「助けてだってぇ!? 何を言っているんだぁぁぁ!」
「父さんは黙ってちょうだい!」

 騒がしいのは苦手で。
 だけど、平和に過ごせる時間は好き。

 そういう意味では、今みたいなこんな時間も、悪くはないのかもしれない。そう思わないこともなかった。

 もっとも、父親が叫ぶと耳が痛いけれど。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.159 )
日時: 2019/03/25 21:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

エピローグ

 また春が来た。

 私は今日、十九を迎える。

 一年前のちょうど今日、私は、人生最大の恐怖と悲しみを経験した。それでも時は流れ。無事、生きたまま誕生日を迎えることができた。


「おはよ」

 朝一番に私の自室へやって来たのはリンディア。彼女は、今日私が着るドレスを持ってきてくれていた。

「ドレス、持ってきてくれたのね」
「えぇ、そーよ。挨拶はするんでしょー?」
「そうなの」
「ならきれーな服装じゃないとねー」

 そう、私は今日、国民に向けて挨拶をする。

 昨年の悪夢がまだ消えないため、盛大な誕生祭を執り行うことは止めた。しかし、何事もなかったかのように済ますことはできない。そのため私は、国民に向けて簡単な挨拶だけ行うことに決めたのだ。

「はい。しっかりなさいよー」
「ありがとう、リンディア」

 コバルトブルー。それはまるで、この星のような色。

「……綺麗なドレス」

 こんな大人びた色のドレスを着こなせるのか、心配で仕方がない。だが、この日のためにと用意されたものだから、着ないわけにもいかないのである。

「きーっと似合うわよー」
「……そう?」
「そりゃそーよ! 王女様なら、何だって似合うわー!」

 リンディアはそう言って、私の背を押してくれた。

 ややきつい下着を着用し、コバルトブルーのドレスを身にまとい、腰のリボンを固く縛る。長く伸びた金の髪は今日もうねっているけれど、丁寧にまとめてセット。化粧は極力ナチュラル、透明感があるように。

 準備が終わり、目の前の鏡に映る自分を見て、ふと思う。

 ――私って、こんな感じだったかしら。

 鏡に映る私を、私であると認識できない。
 だって、そこに映っているのは大人の女性なんだもの。

「……ねぇ、リンディア。私……少し変じゃない?」

 隣に待機していた彼女に問う。
 すると彼女は、あっさりと答えてくる。

「変じゃないわよー」

 違和感を感じているのは、私だけ?

「どーしたのよ、いきなり」
「私……もっと子どもみたいだった気がするの」
「え?」
「こんなに大人みたいな顔ではなかった気がして」

 化粧をしているから。髪をセットしているから。その可能性だって、絶対にないことはないだろう。多少印象が変わる、ということは、よくあることだろうと思う。

 けれど、こんなに変わりはしないはず。

「きれーになったんじゃなーい?」
「……だと良いのだけれど」
「なってる! なってるわよー!」

 リンディアがそう言うなら、それが事実なのかもしれない。

「ベルンハルトも、きっとびっくりするわー」
「え、どうして!?」
「なーに言ってんのよー。分かってないわねー」

 そう言って、リンディアは笑う。

「さいこーに綺麗よ」


 身支度を済ませた私は、リンディアと共に自室から出る。するとそこには、アスターが立っていた。

「やぁ、イーダくん。約束の原稿、持ってきたよ」

 アスターはそう言って、いきなり、二三枚ほどの紙の束を差し出してくる。

「今日の挨拶の原稿ね!」
「そうそう」

 つい忘れてしまっていたが、そういえば、挨拶の原稿を頼んでいたのだった。そのことを思い出した私は、彼が差し出した紙の束を、速やかに受け取る。

「ありがとう!」

 頭を下げると、アスターは首を左右に動かす。

「いや、いいんだ。気にしないでくれたまえ。戦えなくなった今、私が君にしてあげられることは限られているからね」

 あれ以来、アスターは銃を置いたと聞いている。
 だが、負傷した体は徐々に回復しつつあるようだから、多分、体のことが理由ではないのだろう。

「しかし――実に驚いたよ。君が私に原稿を頼んでくるなんて、まったく予想していなかったからね」

 それはそうかもしれない。

 狙撃手であったアスターは、戦いに関することを頼まれることはあっても、文章を書くことを頼まれることはあまりなかっただろう。

「前から、アスターさんは文才があると思っていたの」
「んん? そうなのかね?」
「えぇ。出会って間もない頃から、そんな気がしていたの」

 彼に文才があることは知っていた。
 彼に拐われたあの日、密かに彼の日記帳を読んだ瞬間から。

「では、挨拶頑張ってくれたまえ」


 放送のための部屋に入る。
 そこには、カメラとマイクが設置されていた。

「よろしくお願いします」
「あ、王女様! こちらこそお願いしますー!」

 私は指定された位置へ移動し、先ほどアスターから受け取った挨拶の原稿に軽く目を通す。

 鼓動は徐々に速まる。
 まだ、始まってもいないのに。

 こういった経験はあまりないからだろうか。

「一分ほどで、始まりますー!」
「はい」

 頬に浮かんだ汗の粒を、手の甲で拭う。強張った体を解そうと、ふぅ、と派手に息を吐き出す。
 それでも鼓動は速まるばかり。

 だが、それに負けるほど弱い私ではない。

 今は前を向いて――。


「終わったぁ!」

 挨拶を終え部屋から出ると、緊張が急に解けた。気が緩んで、つい大きな声を出してしまう。

「お疲れ様」

 外で待っていてくれていたのはリンディア。

「これで用事はおしまいねー。あ、と、は、誕生日会だけ!」
「嬉しいわ」

 誕生日会は大規模な会ではない。内輪だけでの会だ。だから、そんなに心的疲労のあるものではない。

「さ、行きましょー」

 リンディアの言葉に「そうね」と返し、誕生日会の会場へ向かおうとした、ちょうどその時。

「ま、ま、待って下さいぃーっ!」

 背後から声。
 振り返ると、頭より大きい箱を持ったフィリーナが走ってきているのが視界に入った。

「フィリーナ!?」
「待って下さいぃー! ……ぶっ!」

 全力疾走してきた彼女は、私たちの目の前で足を滑らせ、見事に転倒。

「なーにやってんのよ」

 リンディアが呆れたように放つ。

 しばらくして、フィリーナはゆっくりと立ち上がってくる。
 そして、持っていた箱を差し出してきた。

「はいっ! プレゼントですぅ!」
「え。私に?」
「はいっ! 受け取って下さいっ!」
「あ、ありがとう……」

 いきなり大きい箱を渡されたことに戸惑いつつも、一応お礼を述べておく。すると彼女は、頬を赤らめながら「いえいえ!」と言って、走り去ってしまった。

「……行っちゃった」
「あの娘、なーにやってんのかしらねー」

 誕生日プレゼントを渡すだけのために、わざわざ来てくれたのだろうか。だとしたら、ありがたいことだ。

「さ、気を取り直して。行きましょー」


 歩くこと、二三分。
 誕生日会が開催される広間へ到着した。

 前を行っていたリンディアが、扉の前で足を止める。そのため、彼女に続いていた私も止まった。

「とーちゃくよー」

 リンディアは私に、扉を開けるよう促してくる。なので私は、扉のノブに手をかけた。

 指先に緊張が走る。
 だが、気にしない。迷うことなんて何もないのだから。


「……っ!」

 そこにあったのは、白い塔。
 純白に輝く塔のような形をしたものが、部屋の中央に置いてある。

「イーダ王女」

 塔に見惚れていた私に、ベルンハルトが真っ直ぐ歩み寄ってきた。

「……ベルンハルト」
「誕生日おめでとう、イーダ王女」

 ベルンハルトは一切迷いのない瞳で、私をじっと見つめてくる。

「……ありがとう」
「これからもよろしく頼む」
「えぇ、もちろん」

 その時、ベルンハルトの後ろにいた父親が口を挟んできた。

「おめでとぅぅぅっ!」

 相変わらずのテンションだ。

「おめでとう、イーダくん」

 父親に続いて声をかけてきたのはアスター。

「今日の誕生日ケーキはだね、前に約束した通り、私が綿菓子で作ったものなのだよ」

 そうそう、そんな約束を……って、え!?

「誕生日ケーキって……その塔みたいなやつ!?」
「そうだよ」
「そんなものが作れるの!?」
「綿菓子を使うところに少々苦労したが、ね」

 信じられない。こんな美しいものを、綿菓子で作るなんて。
 そんなことを考えていると、今度はベルンハルトが口を挟んでくる。

「手伝ったんだ、僕も」
「ベルンハルトも?」
「そうだ。そのせいで、今日は貴女に会いに行けなかった」

 ベルンハルトは何やら不満げな顔。だが、その目つきはどこか優しい。

「いいのよ、そんなの」
「……そうなのか」
「そうよ! だって、明日も明後日も会えるじゃない」

 そう、きっと来る。
 明日も明後日も、その先も。

 穏やかな日が。

Re: 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.160 )
日時: 2019/03/25 21:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

《あとがき》

こんばんは。四季です。

カキコ版『イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜』本日完結致しました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

10月中旬頃から連載が始まり、3月末まで、長くなってしまいましたが、少しでもお楽しみいただけたなら嬉しく思います。

それでは。
ありがとうございました。

また、よろしくお願いします。(^-^)/

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