複雑・ファジー小説

イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/01/15 08:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-95


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

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Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.91 )
日時: 2019/01/14 09:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

88話 呼びに行こうと

 時の流れとは早いもので、フィリーナが私の侍女になってから、あっという間に数日が過ぎた。

 彼女のことをよく思っておらず批判ばかりしていたリンディアも、日が経つにつれて、段々、厳しいことは言わなくなっていった。

 批判しても無意味だと諦めたからなのか、フィリーナの残念さに慣れたからなのか、そこは分からない。ただ、責められ続けるフィリーナを見るのは心苦しいので、私は、リンディアが厳しいことを言わなくなって良かったと思っている。

 一時はどうなることかと思ったが、取り敢えずは上手くやっていけそうな感じだ。

 また、私の胸を満たしていた黒いものも、時の経過とともに、徐々に消えてきつつある。それは、フィリーナとベルンハルトが特に何も進展していない様子だからかもしれない。

 私の心は少しおかしい。
 王女でありながら、侍女の少女に嫉妬するなんて、どうかしている。

 当初はそんな風に思ったけれど、その黒い気持ちはすぐに小さくなっていってくれたから、いつしか忘れている時間が多くなった。

 単に少し不安定になっていただけだったようだ。


「ん……?」

 数日後の夜、私がふと目を覚ますと、まだ真夜中だった。

 窓の外は暗い。
 カーテン越しでも、そのくらいは分かるものだ。

「起きてしまっただけ……だったみたいね」

 室内には、私以外誰もいない。不気味なほどに、しん、としている。

 ――なぜこんなに、嫌な予感がするのだろう。

 私はベッドの上で、何とも言えない恐怖感に襲われた。
 既存の言葉では上手く説明できないような恐怖感が、津波のように押し寄せてくる。

 確かに、ここのところは、夜も誰かが傍にいてくれていた日も多かった。けれども、誰もいない夜だってあったはずだ。それでも私は、ちゃんと夜を明かすことができた。子どもの頃のように「夜が怖い」と怯えたことなんて、ほとんどなかったと思う。

 ただ、今夜だけは違う。
 何かが違っている。

 そう思う具体的な理由があるわけではないけれど、本能的にそう感じるのだ。

「そうだ……誰か呼びに行こう……」

 所詮予感。確実に何かが起こるという根拠があるわけではない。
 だが、何かが起こってからでは遅いのだ。

 なので私は、ベッドから下りて、人を呼びに行くことにした。

 不気味なほどに静かであることは変わらないけれど、ひとまず明かりを点けてしまえば、恐怖感は少しは緩和された。

 大丈夫。行ける。


 自室を出て、廊下を歩く。
 見慣れた光景のはずなのに、夜中だからか、いつもより不気味に感じる。

 けれども、広い自室で一人ぽつんと夜を明かすよりはましだ。

 だから私は、引き返すことなく、歩いていく。


 しばらくすると、【王女・従者】と描かれた小さな看板のついた扉の前へたどり着いた。

 よくよく考えてみると、私が従者の部屋へ行ったのはこれが初めてかもしれない。が、小さな看板に描かれた名称的に、ここで間違いないだろう。

 私は扉をノックしてみる。

 しかし、返事はない。

 いや、返事がないのは当然だ。今は真夜中なのだから。
 どうしよう、と思いつつ、私は扉のノブを捻ってみた。

「……開いてる」

 意外にも、扉は開いていた。
 これまた不気味な感じはするが、勇気を出して、扉を開けて中へ入ることにした。

 扉を開けて中へ入ると、そこはまた、廊下のようになっていた。中央に細い道があって、その両サイドに部屋がある、という造りだ。

 なるほど、だから扉は開いていたのか。

 まずは入ってすぐ右手側の扉をノックする。しかし反応はない。寝ているのだろう。

 諦めて移動しようとした刹那、扉のすぐ傍に【リンディア・リンク】と文字が刻まれた小さな札が掛けられていることに気がついた。

 どうやら、その札でどこが誰の部屋か分かるようになっているみたいだ。

 リンディアの部屋の向かいの部屋の札を確認する。

 そこは予想通り【アスター・ヴァレンタイン】だった。
 不規則な生活をしていそうな彼なら、夜中でも起きているかもしれない。そんな風に淡い期待を抱きながら、扉をノックする。

 ――が、返答はなかった。

 期待は一瞬にして塵と化してしまった。

「この時間じゃ、普通寝ているわよね……」

 仕方ない、と自分を納得させつつ、奥の部屋へ視線を向ける。
 そして、驚いた。

「えっ……あ、開いてる……?」

 リンディアとアスターの部屋はもう確認した。ということは、ベルンハルトの部屋だろうか。いや、しかし、部屋はその向かいにもあって、そこは閉まっている。ということは、その閉まっている方がベルンハルトで、扉が開いているのは空室だからなのかもしれない。

 色々考えてしまい、混乱する一方だ。

 私は、自分に、取り敢えず落ち着くよう言って聞かせる。こんなところで狼狽えても意味がない、と。

 しかし、この状況で冷静でいることは難しかった。

 不気味なところに一人でいるという状況は極力避けたい。一刻も早く、誰か信頼できる人と合流しなくては。

 私は微かに恐怖心を抱きながらも、じわりじわりと、扉の開いている部屋へ近づいていく。

 ……泥棒になった気分だ。

 扉まであと数歩、という距離まで近づいた時、何やら声が聞こえてきた。
 私は咄嗟に、開いた扉の陰に隠れる。

「……めて」
「い……ない……」

 空室だから扉が開いている、という可能性は消えた。人の声が聞こえてくるのだから、空室なわけがない。

「ほ……や……」
「……して……ば」

 何を話しているのかまでは、はっきりとは聞こえないのだが、男女の声であることは確か。

 まさか、ベルンハルトが女遊びを?

 まさか、ね。

 あんな初々しい彼が、夜中に女遊びなんて。
 やんちゃじゃあるまいし、あり得ないことだ。

 ……いや、気になる。

 ちゃんと確認しよう。そうすれば、この何とも言えない思いは消えるから。


 そう思っていたの。

 ベルンハルトとフィリーナが二人でいるところを、見てしまうまでは。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.92 )
日時: 2019/01/14 09:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

89話 いや、それはやりすぎ

 扉が開きっぱなしだったから、私は見てしまった。

 一つのベッドに腰掛けて語らっている、ベルンハルトとフィリーナの姿を。

 とても楽しそうな顔をしているわけではなかったけれど、それでも、二人が並んでいる光景には衝撃を受けた。

 もっとも、見たのが私でなかったなら、ここまで衝撃的には感じなかったのかもしれないが。

「あ……」

 思わず声が漏れる。
 そのせいで、ベルンハルトの視線がこちらへ向く。

「イーダ王女?」

 ベルンハルトの凛々しい瞳は、私を捉えた瞬間、大きく広がる。
 そこに滲むのは、驚きの色。

「べ、ベルンハルト……その……何をしているの」
「貴女こそ、なぜここに」

 彼の言葉に、わけの分からない怒りが込み上げる。

「そういうことじゃないでしょう!?」

 私は感情的になった。いつになく鋭い声を発しただろうと思う。

 いつもの私なら、怒りが込み上げたとしても、少しくらい我慢したはず。自分を落ち着かせるように努力もしただろう。

 けれども、今は違った。

「こんな真夜中に女の子と何をしていたのか聞いているのよ!!」

 大きな衝撃を受けたばかりの頭は、完全に理性を失っていたのだ。

「何をそんなに怒っているんだ」

 ベッドから下りたベルンハルトは、こちらへ歩み寄ってきて、私の手を取ろうとした――が、私はその手を強く払った。

「触らないで!」
「イーダ王女、一体どうしたんだ」
「フィリーナと何をしていたの⁉ まずはそれを答えて!」

 分かってはいるのだ。こんな風にベルンハルトを責めても、何も生まれないということくらい。分かっている。私のこの苛立ちは、ただの焦りに過ぎないのだということも。

 フィリーナは可愛い娘だ。素直で、純粋で、穢れもない、天使のような娘。そして、男性なら誰もが、彼女のような人を愛おしく思うだろう。

 きっと、彼女のような人こそが、理想形の女性。

 けれども、私が頑張ったとしても――あんな風になることはできない。

「説明はする。だから落ち着け」
「おかしなことだったら許さないわよ!」
「僕は王女の名を汚すような真似はしない」
「いいから早く話しなさいよ!」

 私はただ、恐れていたのだろう。

 フィリーナのような娘が近くにいたら、今私の傍にいる人を奪われてしまうのではないか、と。

「あ……」

 恐れが苛立ちとなり、衝撃によって激しい怒りへと変貌したのだと思う。

 しかし、その怒りもいつかは落ち着き、その先に待っているのは――虚しさ。

「ご……ごめんなさい。取り乱したりして」

 勝手に不安になって、勝手にいらついて、勝手に怒って当り散らして。
 結局私は、人を傷つけただけではないか。

「お楽しみ中、邪魔して悪かったわね」

 今夜は傍にいてもらおうと考えていたが、私がこんな状態では、「傍にいてくれ」なんてとても頼めそうにない。それに、もし頼んで彼が頷いてくれたとしても、きっとまた当たってしまう。

 それは駄目。そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。

「帰るわ」

 私は向きを変え、歩み出す。

 あの不気味な自室へ帰るのは喜ばしいことではないが、非常に気まずい空気の場所にいるよりかはましだと思ったから。

 ――しかし、そんな私の腕を、ベルンハルトは掴んだ。

「少し待ってくれ」
「……離して」
「いや、それはできない」
「……どうしてよ」
「誤解は解消しておくべきだと思うからだ」

 こんな時でも、ベルンハルトは淡々としていた。

「また余計なことを言ってしまうかもしれない。だから、これ以上話さない方がいいわ」

 今話をしたら、またカッとなってしまう可能性がある。カッとなって、心以上の酷いことを言ってしまうかもしれない。だから、私としては、今は話したくない。

「べつに、言いたいことがあるなら言ってくれて構わない」
「……お願いよ、離して」
「それはできない」
「どうしてよ……!」
「このまま別れて、貴女に悪い夢をみせたくないからだ」

 ベルンハルトの口から飛び出した言葉に、私は、暫し何も言えなかった。彼の発した言葉が、予想を遥かに越えてきたからである。

 彼の言葉を聞いた瞬間は、「ふざけているの?」と思ったほどだ。
 が、ベルンハルトの表情は真剣そのものだった。笑わせようとしているとは、とても思えない。

「……悪い夢、ですって? 貴方、こんな時に限って、ふざけているの?」
「ふざけているわけがないだろう。僕は真剣だ」

 でしょうね。真剣な顔をしているわ。

 ただ、言葉はふざけているとしか思えない。真面目に言ったとは、とても理解し難い。

「何をしていたのかは、包み隠さず説明する。だから聞いてくれ」
「……聞きたくないわよ」
「なぜだ。説明しろと言っていただろう」
「あれは……衝動的に言っただけ。本心じゃないわ」

 そこまで言っても、ベルンハルトは離してくれなかった。彼は私の腕を掴んだままだ。

 できることなら逃れたい。

 けれど、恐らく、少し抵抗したくらいでは彼から逃れることはできないだろう。
 力の差が大きすぎる。

「僕とあの女は、ただ、話をしていただけだ」
「……楽しい話?」
「いや、まぁまぁな話だ」
「まぁまぁな話って何よ!?」

 そういう空気でもないのに、思わず突っ込みを入れてしまった。

「失敗の多さに関する話だ」
「し、失敗の……?」
「あまり迷惑をかけるなよ、と」

 そんなことを、こんな夜中に話すものだろうか。

「嘘ね」
「いや、事実だ」
「嘘だわ」
「僕は主に嘘をつくほど卑怯な人間ではない」

 信じられるわけがない。

 ないのだけれど――彼の発言が完全に嘘だとも思えなかった。

 なぜなら、ベルンハルトの瞳が私を真っ直ぐ見つめていたから。嘘をついている時にこんな目はできないだろう、と考えたのだ。

「……そう」
「納得してくれたのか」
「していないわよ!」
「な。そうなのか」

 ベルンハルトは目をぱちぱちさせる。

「そうだな……何なら、僕と彼女の間に情などないと、この場で証明してもいい」
「そんなことができるの?」
「もちろんだ。今ここであの女を殺す」

 ベルンハルトの目が本気だったので、少し怖かった。

「そんなの駄目よ! ……というか、何よそれ!?」
「いや、だから、証明しようと」
「べつに、そこまでしろとは言わないわよ!」

 するとベルンハルトは、首を傾げた。

「そうなのか?」

 いや、そんな可愛い感じに首を傾げられても。
 美少女がするならともかく、青年に首を傾げられても、コメントに困る。

「そうよ。……もういいわ」

 ただ、ベルンハルトとフィリーナがいやらしい関係でないことは、ある程度分かった。今はそれだけで十分だ。

「いいのか」
「今後は、誤解を招くような行動は慎んでちょうだい」
「分かった。なるべく気をつけよう」

 はぁ……何だか一人で疲れてしまったわ……。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.93 )
日時: 2019/01/14 16:52
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

90話 傍にいて

「ところで。イーダ王女は、夜中に、こんなところへ何をしに来たんだ」

 話が一段落したところで、ベルンハルトが尋ねてきた。

「……目が覚めたの」
「夜中に一人で自室の外を出歩くなんて、危険すぎる」
「不気味だったのよ……部屋が」

 この場所へ来なければ、ベルンハルトとフィリーナが一緒にいるところなど見ずに済んだ。が、もしあのまま自室にいたら、間違いなく胃を痛めていただろう。少なくとも精神的に疲労したことは確かだし、ろくに眠れなかった可能性も高い。

 そう考えると、まだこちらの方がましだったような気がする。

「不気味、だと? 物音でもしたのか」
「いえ……」
「なら、なぜ不気味なんだ」
「何かがあったわけじゃないの。ただ何となく……嫌な感じがしたのよ」

 本当にそれだけだ。
 あの時は、至って普通の静けさすら、恐怖の対象になっていた。

 単に私がおかしいだけなのかもしれないけれど。

「そうだったのか」
「えぇ……ちょっとどうかしているわよね、私」

 夜は相変わらず静かだ。

 けれど、今は怖いとは思わない。

 それはきっと、ベルンハルトがいてくれるから。信頼できる人が近くにいて、声をかけてくれるからだと思う。

「部屋まで送ろう」

 ベルンハルトがそう言ってくれた。
 その言葉に、私は、天に昇りそうなほどの嬉しさを感じた。喜びと安堵が、胸の奥で混ざり合う。

「……いいの?」
「構わない。従者の勤めだ」
「……あんなに一方的に当たり散らしたのに?」

 すると、ベルンハルトは黙った。

 私の胸に緊張が走る。
 また不快にしてしまっただろうか、なんて思って。

 しかし、数秒の沈黙の後、彼はそっと口を開いた。

「叫ばれることには慣れている」

 発されたのは、意外な言葉。
 しかし、発した彼の顔つきが穏やかなものだったから、嫌みではないのだと判断することができた。

「そうなの?」
「収容所にいた頃は、よく怒鳴られていたからな」
「そっか。そういえば、フィリーナも怒鳴られていたわね」
「……あれは別物だが」

 まぁ、そうよね。ベルンハルトはフィリーナほどどじっ子ではなかっただろうし。

「とにかく、部屋まで送ろう」
「……ありがとう。お願い」
「よし」

 ベルンハルトは淡々とした声を発しつつ、くるりと振り返る。彼の瞳がフィリーナを捉えた。

「もういい。解散だ」
「は、はいぃー……すみませんー……」

 短く述べた後、ベルンハルトは再び私の方へと体を向ける。

「行こう」


 私とベルンハルトは歩く。
 目的地は、私の自室。

「フィリーナに悪いことしてしまったかもしれないわね……」

 彼女のことだ、悪意などなくベルンハルトと話していたのだろう。なのにいきなり私に怒鳴られ、驚いたに違いない。

 申し訳ないことをしてしまった。

「いや、気にする必要はない」
「案外冷たいのね」
「あの女は、夜にいきなり訪ねてきたうえ、半ば無理矢理部屋に入り込んできた。話をしたい、と」
「……冷たくない?」
「そしてずっと帰らない。仕方がないから話していたが、あのままでは睡眠時間がゼロになってしまうところだ」

 ベルンハルトの口から溢れるフィリーナに対する言葉は、意外にも、かなり冷たいものだった。

「だから、イーダ王女が来てくれて、ある意味では助かった」
「……何だか冷たいのね、ベルンハルト」
「問題か?」
「いいえ、べつに」

 私たちは歩き続ける。
 目的地は、私の自室だ。


 しばらくして、自室に着く。
 二人でいるからか、今度は、不気味だとは感じなかった。

「ゆっくり眠ってくれ」
「えぇ、ありがとう」

 ベッドに上り、横たわって、掛け布団を被る。

「その……ベルンハルト」
「何だ」
「今夜は傍にいてくれない?」

 こんなこと、異性の従者に頼んでいいことだとは思えない。が、今さら他の人を呼びに行くというのも面倒だ。

「僕が、か」
「駄目?」
「いや。貴女が望むのなら、それでもいい」

 ベルンハルトはそんな風に言いながら、ベッドの方へと近づいてくる。

「隣にいれば良いのか」
「構わない?」
「分かった。近くにいておく」

 歩いてきたベルンハルトは、ベッドのすぐ近くまで来ると、その場にしゃがみ込んだ。

「ここでいいか」
「えぇ。ありがとう」

 送ってもらったうえ、傍にいてほしいという我儘まで聞いてもらって、感謝しかない。返せるものがないのが少し辛いけれど。

 これでようやく心穏やかに眠れる。

 ――そう思ったのだけれど。

「こんな真夜中まで男とイチャイチャなんて、なかなかやんちゃな王女様やね」

 瞼を閉じかけた瞬間、聞いたことのある声が耳に飛び込んできた。

「……え?」

 その声がどこから聞こえてきたのか、私は、すぐには判断できなかった。

 ここは私の自室だ。今、この部屋の中に、私とベルンハルト以外の人間がいるということは、あり得ないことである。

 もしあり得たとしたら、それは、勝手に入ってきていたということになってしまう。

「ねぇ、ベルンハルト。今何か……声がしなかった?」
「はっ!」
「え?」
「す、すまない。ついうとうとしてしまっていた」

 寝ていないんだもの、仕方ないわ。

 けど、そんな呑気なことを言っていていいのだろうか。

「あはっ。見つからへんみたいやね。うちがどこにいるか当ててごらーん」

 また声が聞こえた。
 それを耳にしたベルンハルトの顔面が引きつる。

「……ラナか!」
「え? ちょ、あの、ラナって? 誰よそれ」

 ベルンハルトの発言についていけない。

「あの危険な少女だ」
「フィリーナの他の少女にまで手を出していたの!?」
「違う! 断じて!」

 なら一体……あ。

 もしかして、前にも襲撃してきたあの少女の名だろうか。

「前に襲撃してきた女の子?」
「そうだ」
「やっぱり……」
「もう一度言っておくが、手を出した女の名ではないからな」

 ベルンハルトは根に持っているみたいだ。
 手を出していたの、は、さすがに少し可哀想だったかもしれない。

 その時、ベッドの下から一人の少女が現れた。

「ちょっと! うちのこと無視せんといてくれる!?」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.94 )
日時: 2019/01/15 08:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

91話 再戦は不気味な夜に

 ベッドの下から幼子のように這って出てきたのは、一人の少女だった。

 身長は低めで、あまり凹凸のない体つきをした少女だ。本当のところは分からないが、十四歳か十五歳くらいに見える。
 また、紺色の髪は肩に擦れるほどの長さ。長い、というほどの長さはない。それを、左耳のすぐ上辺りで、乱雑に一つにまとめている。

 あまり飾り気のない容姿だ。

 そんな中で一際目立つ個性的なところは、服装。

 学生が水泳の授業で着る水着をアレンジしたような服で、腰元には、刃部分が波打った不思議な形状の剣がかかっている。

「せっかくかっこよく登場したろうと思ってたのに、何やねん! もう! こんな登場やったら、全然かっこよないわ!」

 その少女は、ベッドの下から完全に抜け出すと、素早く立ち上がる。

「困るわ! ちゃんとした対応してもらわな!」

 素早く立ち上がってから、少女はそんなことを言った。

 敵なのだろうから、こんなことを言っていては駄目なのかもしれないが……頬を膨らませているところがとても愛らしい。

「やはりラナか」

 ベッドのすぐ傍に待機していたベルンハルトは、警戒心を剥き出しにしながら立ち上がる。

「あ、名前覚えててくれたんや? 嬉しいわー」
「何をしに来た」
「兄ちゃん、意外とせっかちやね」

 少女――ラナは、くふっ、と笑みをこぼす。

「真剣な話をしているんだ。笑うところじゃない」
「ま、それもそうやね」

 適当な返しをしながら、ラナは、腰にぶら下げている剣を手に取る。

「か弱い王女様だけならともかく、兄ちゃんもいるんやもんな、笑ってられへんわ」
「狙いはイーダ王女か」
「そうそう。しっかしまぁ……ドジ女はまたしっかりドジったんやな」

 やれやれというような動作をとるラナ。

「……ドジ女?」
「名前は確かー……フィリーナやったっけ」

 ラナの発言に、ベルンハルトの目つきは一段と鋭くなる。

「フィリーナ、だと」

 そんな……。

「確かそんな名前やった気がするわ」
「彼女もお前らの仲間か」
「厳密にはちゃうんやけど、ま、半分仲間みたいな感じやな。同じ依頼主から同じ任務を貰ったって意味では、仲間と言えると思うわ」

 ラナは何やら楽しげな声色でそんなことを話す。他人が驚き戸惑うところを見るのが楽しいのかもしれない。

「そうか。あの女、やはり敵だったか」
「びっくりしないんや?」
「あれほど能力のないやつが王女つきの侍女になるのはおかしいと思っていた」

 淡々とした調子で述べながら、懐からナイフを取り出すベルンハルト。

「一人になったイーダ王女を狙いでもする作戦だったのか」
「そんなとこやな」
「卑怯の極みだな。けれど、卑怯者であってくれる方がいい。その方が、僕もやりやすい」

 ラナとベルンハルトは普通に話している。どちらも武器を持ってはいるが、手を出そうとしている感じはまだない。

 しかし、このまま時が経てば、いずれは戦いに発展してしまうことだろう。

 殺意を向けられることは怖い。けれど、それよりずっと恐ろしいのは、ベルンハルトが傷つくこと。
 あるいは、従者が負傷すること、とも言える。

「こっちから行くで!」
「ここで暴れるな」

 先に仕掛けよう動いたのはラナ。
 しかし、先に放たれたのはベルンハルトの蹴りだった。

 彼の蹴りをラナは咄嗟に防ぐ。が、勢いを殺しきれなかったのか、数メートル後ろへ飛ばされていた。

 ベルンハルトとラナの位置が、ベッドから一気に離れる。
 これで少しは動けそうだ。

「いきなり蹴るんはなしやろ!」
「何とでも言えばいい」
「そんな生意気言ってられんのも今だけや」

 ラナは剣を左手で持つと、柄の部分に設置されている一枚の歯車を、くるりと一周回転させる。

 何だろう?
 そう思っていると、ラナの右腕が変化し始めた。

 小さな体にまったく似合わない、太い腕と巨大な手。しかも、手のひら部分以外すべてに、深緑の鱗が張り付いている。また、指先には長く鋭い爪が生えている。

 とても人間のものとは思えない腕だ。

「……またそれか」

 ベルンハルトは目を細める。
 私はラナの腕の変化に動揺を隠せなかったが、彼は驚いてはいないようだった。

「そうや。これはうちの武器の一個やからね」

 ラナの右腕は、今や、化け物の腕。
 直視できるものではない。

「知ってる? うち、小さい頃は第一収容所にいたんよ」
「……だったら何だ」
「うちはそこで、強化人間を作る実験のために、手術を受けさせられてん。やからこんなことができるってわけ」

 ラナは本当によく喋る。
 刺客とは思えないくらいのお喋りだ。

「ま、実験は破綻したみたいやけどね」
「……時間稼ぎか」

 ベルンハルトは怪訝な顔で発する。

「何やそれ! そんなせこいこと、するわけないやんか!」
「……違うのか」
「時間稼ぎなんかせーへんわ。そんなんせんでも、うちは強いもん!」

 直後、ラナはベルンハルトに飛びかかった。
 ベルンハルトは咄嗟に飛び退く。

「遅いわ!」

 着地したベルンハルトに向けて、ラナの巨大な手が振り下ろされる。

「一発で終わらせたる!」
「……あまりなめるなよ」

 ラナの巨大な手を、ベルンハルトは、すれすれでかわす。

「ふっ!」

 そして、ナイフを振る。
 銀色に煌めく刃が、ラナの左腕を切り裂いた。

「……ちっ。わりとやるやん」

 しかしラナは、腕をナイフで切りつけられたくらいでは止まらない。彼女の瞳には、まだ、戦う意思が宿っている。

「ここからは本気やで!」

 ラナはベルンハルトに再び接近する。

 目にも留まらぬ速さで。

 そして、彼の前まで来ると、姿勢を低くする。
 それでもベルンハルトの目は、ラナの姿を確かに捉えていた。

「とぅおりゃ!」

 ラナは背の低さを活かし、低い位置でベルンハルトに突進する。

 それに気づかないベルンハルトではない。が、高さに結構な差があるため、彼は適切に対応しきれなかった。

「……っ!?」

 ラナに突き飛ばされたベルンハルトは、バランスを崩し、転倒とまではいかないがよろける。

 恐らく、それがラナの狙いだったのだろう。

 体勢を保ちきれないベルンハルトに向かって、ラナは、巨大な手を振った。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.95 )
日時: 2019/01/15 08:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

92話 もう一つの作戦

 ――同時刻、王女つき従者の間。

 ベルンハルトはイーダと共に去っていき、リンディアとアスターは自分の部屋の中にいるため、王女つき従者の間にて活動しているのはフィリーナ一人だけ。

「ふ、ふわぁ……! 失敗してしまいましたぁ……! ど、ど、どうしましょう……」

 フィリーナは両手で口元を押さえながら、そんなことを漏らす。誰に、ということはなく、独り言のように発しているのだ。

「上手くいってると思っていたのに、まさかあんなことが起きるなんてぇ……うぅ」

 そんな風にして、フィリーナが落ち込んでいた時。
 キィ、と音をたてながら、扉が開いた。

「見事な失敗でした」

 そこに立っていたのは、一人の女性。
 灰色がかった水色の髪を、頭の右側で一つに束ねている、静かそうな人だ。

 ――そう、彼女は、かつてアスターがランプで殴って倒した刺客。

「ど、どなたですか……?」
「ご心配なく。味方です」

 いきなり見知らぬ者が入ってきたことに、フィリーナは怯えていた。

「向こうはラナが仕留めます。わたしと貴女で、こちらに残っているあのじいさんを片付けましょう」
「え? あの……えっ?」

 フィリーナは、まったくと言っても過言ではないほど、女性の話についていけていなかった。唐突に言われたことを確実に理解する能力は、フィリーナにはなかったようだ。

「貴女の名は、フィリーナで良いのでしたね」
「ふぇ? どうして名前を……」
「シュヴァルさんから聞きました」
「ふえぇ……そうだったんですか……!」

 灰色がかった水色の髪をした女性は、何も発することなく、口角だけをくいと持ち上げる。

「わたしのことはミストと呼んで下さい、フィリーナ」
「は、はいっ!」

 物静かな女性――ミストに対し、フィリーナはハキハキと返事をする。フィリーナのことだから、ちゃんと状況を飲み込めてはいないのだろうが、少しはやる気があるようだ。

「それで、何をすれば……?」
「フィリーナは、アスターを起こして下さい」
「夜中ですよ? 無理ですぅ……」
「そういう問題ではありません。非効率的な発言は慎んで下さい」
「はうぅ……」

 フィリーナは、がっくり肩を落とす。

「貴女は、アスターを個室の外へ連れ出して少し時間を稼ぐだけで構いません。仕留めるのはわたしがやります」

 淡々と述べるミストの瞳の奥には、憎しみの光が宿っている。

「あの、戦いはミストさんにお任せして、本当にいいんですか……?」

 恐る恐る質問するフィリーナ。

「構いません。むしろ、わたしがそれを望むのです」
「どうして……ですか?」
「あのじいさんには恨みがあるからです」
「……恨み、ですか? ふえぇ……怖い……」

 フィリーナは身を縮める。
 彼女は、恨み、という言葉に怯えているのだ。

「ランプで殴って気絶させられたのです、恨みがないわけがないでしょう。それに、シュヴァルさんがいなければかなり危ないところでした。危うく投獄されるところです」

 意外にも、今日のミストはよく話す。

「では、わたしは隠れて待機しておきます。フィリーナ、今度はしっかり頼みますよ」
「はっ……はいっ!」

 ミストの言葉に、フィリーナは一度大きく頷く。

 フィリーナは既に一回失敗している。だからこそ、彼女は真剣なのだろう。もっとも、真剣になったことで何かが変わる保証があるわけではないのだけれど。


「あ、あのぅ……夜中に失礼します!」

 フィリーナは、アスターの部屋の扉を、コンコンとノックする。しかし返事はない。それでも彼女は諦めず、ノックを続ける。

「すみませんー! 今少し構いませんかー?」

 待つことしばらく。
 扉の向こう側、部屋の中から、足音が聞こえてきた。

 フィリーナの喉が上下する。

 それから十秒ほど経過して、カチャと鍵の開ける音が鳴った。そして、ゆっくりと扉が開く。

「……こんな夜中に、どなたかね?」

 出てきたアスターは、寝巻きに身を包んでいるうえ、眩しそうに眉を寄せている。目も半分くらいしか開けていない。

「あ、あのっ……フィリーナ、です……」
「フィリーナ? えぇと……あぁ。侍女かね」
「はいっ」
「困るよ、こんな時間に起こされては」

 寝起きだからか、アスターはいつもより不機嫌だった。

「それで、用は何かね?」
「えと……少し見ていただきたいものがあって……」

 フィリーナは嘘をつく。
 申し訳なさそうな顔をしながら。

「なぜ私なのかね。夜勤の警備員でも呼べばどうかな」
「アスターさんにでないと……頼めないんですぅ……」

 断りづらいことを言われたアスターは、はぁ、と溜め息を漏らす。

「仕方ない、行こう。ただし、早めに終わらせてくれたまえ」
「ありがとうございます……!」

 フィリーナは明るい笑みを浮かべた。
 屈託のない、真っ直ぐさのある笑みを。

 それから彼女は、アスターを連れて、ベルンハルトの部屋の方へと歩き出す。アスターは、まだ眠そうな顔をしているが、フィリーナについていく。

 もちろん、行き先はない。

 アスターに見てもらいたいものがあるというのも、完全に嘘。

 が、屈託のない笑みを浮かべたフィリーナを見て彼女が嘘をついていると分かるはずもない。そんなことが分かる者がいたとしたら、その者の感覚は、とうに人間の域を超越している。

「……どこへ行くのかね?」
「ここなんですぅ」

 フィリーナはしゃがみ込む。

「ここの、床の隙間のところに」

 アスターも床にしゃがみ、懸命に目を凝らす。しかし何も見えなかったらしく、怪訝な顔で首を傾げる。

「床の隙間? うぅむ……老眼のせいか、あまり見えない」
「ここ、ここ。この隙間なんですよぅ」
「隙間? いや、だから、隙間が見当たらないのだが……」

 しゃがんだまま床を凝視するアスター。

 その背後に、大きめのクナイを持ったミストが迫る。
 ミストは、対象物であるアスターに気づかれぬように、ゆっくり彼へ接近していく。音も出ないしっとりした足取りで。

 そして――アスターの背に、クナイを振り下ろした。

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