複雑・ファジー小説

イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/20 22:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-141


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

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Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.137 )
日時: 2019/03/19 02:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

134話 泣きすぎ

 こうして、シュヴァルは拘束され、ひとまず今回の騒動は幕を下ろした。

 最後ここまで良い結果に持ち込めたのは、カッタッタらの協力があったということが大きいと思う。無論、そこまで戦い続けてくれたリンディアやベルンハルトやアスターの功績もかなり大きいわけだが。

 これでもう、私たちが襲われることはないだろう。

 シュヴァルが自由の身でなくなった。それだけのことだが、多分、とても大きなことだと思う。彼が自由に動けなければ、彼の手の者に襲われることはなくなるのだから。


「イーダアァァァッ!!」

 ベルンハルトと共にいつも暮らしている建物へ戻ると、父親が出迎えてくれた。
 彼は私の姿を見ると、瞳を濡らし鼻水を垂らしながら、躊躇いなく抱き締めてきた。

 いつもなら「止めて!」と言っていただろう。そして、絡みつく体を振り払おうとしていたはずである。ただ、今日はそうしなかった。それは、私もまた父親に会えて嬉しかったから。死を覚悟した瞬間もあったけれど、またここへ戻ってこられた。それが、とても嬉しいから。

「良かったぁぁぁっ!!」
「耳元で叫ぶのは止めてちょうだい、父さん」
「これが、叫ばずにいられるかぁぁぁっ!!」

 私の体を強く抱き締め、父親は大声を出す。
 そのたびに鼓膜が痛む。至近距離で叫ばれると、耳の奥がじんじんしてきてしまうものだ。

「止めて! 耳が痛いわ!」
「耳なんてどうでもいいだろぉうぅぅぅ!? 今大事なのは、イーダが無事だったことだろぅぅぅ!?」

 いや、本当にもう勘弁していただきたい。

 叫ぶのは勝手だが、他人の耳元の近くでというのは、できれば避けてほしい。せめて、もう少し離れたところで叫んでもらえると助かるのだが。

 私は助けを求めるように、背後のベルンハルトを一瞥する。

 しかし、彼は助けてはくれなかった。
 視線が合った瞬間に苦笑するだけ。彼は傍観に徹している。

 なんてこと! こういう時こそ力を貸してほしいのに!
 ……などと思いつつ、私は父親に言う。

「心配してくれたのね、父さん。ありがとう。それは感謝しているわ」
「うううっ……良かったぁぁぁ……」
「心配かけてごめんなさい」
「いや、いや、いいんだぁ……。イーダは悪くないぃぃぃ……」

 目元は赤く腫れ、鼻の付近は鼻水でびしょびしょになり、唇は震えて。そんな、とても人前には出られないような顔面になりながら、父親は私を抱き締め続ける。

 好きな人にならともかく、父親に抱き締められるなんて。
 あまり嬉しいことではない。

 ないのだけれど、今は、嫌ということはなくて。

 私は父親を心配させてしまった。だから、その償いと言ってはなんだが、もう少しこうしていようと思う。離せとは言わないようにしよう、と、密かに思っている。

「悪かったのは俺だぁ……シュヴァルの言うことばかり信じてぇぇぇ……ごめんな、イーダぁ……」
「いいのよ。謝らないで」
「けど、俺がもっと早く気づいていればぁぁぁ……」
「父さんは悪くないわ。だって、最後は分かってくれたもの」

 買ってほしいおもちゃがあるのに帰らされそうになっている子どもといい勝負ができそうなくらい、父親は泣いていた。

 大きな娘のいる父親とはとても思えないような、豪快な泣き方。今の彼を見たならば、彼が星王であると、誰が気づくだろう。きっと、百人に一人も気づかないに違いない。


 抱き締められてからだいぶ時間が経ち、私はようやく離してもらえた。
 そのタイミングで、それまでずっと黙っていたベルンハルトが口を開く。

「遅くなってすまなかった」

 いきなりそう言われた父親は少し戸惑ったような顔をしたが、十秒ほど経過してから、首を左右に動かした。

「いいんだよぅぅぅ……」

 父親はそう言って、頭を下げる。

「イーダを助けてくれたこと、感謝するぅぅぅ……!」
「そう言ってもらえることは嬉しい。が、僕は何も、感謝されるようなことはしていない。ただ、従者としてできることをしただけのこと」

 ベルンハルトは父親を見つめながら、微かに頬を緩める。

「僕をイーダ王女に出会わせてくれたのは、貴方だ」


 父親としばらく話してから、私とベルンハルトは移動することになった。行き先は、リンディアがいるという部屋。彼女に会いに行くのだ。


 白い壁紙の小さな部屋に入ると、ベッドに横たわっているリンディアの姿が視界に入った。
 彼女は、部屋に入っていった私に気づくと、すぐに上半身を起こす。そして、胸の前で開いた右手をひらひらさせる。

「あらー来てくれたのねー」
「リンディア! 大丈夫?」

 私は彼女のベッドへ駆け寄りつつ尋ねる。

「もっちろん、大丈夫よー。心配かけちゃって、悪かったわねー」

 水晶のような透明感のある水色の瞳は、湖の水面のように澄んで。皮膚も、白すぎず黒すぎもしない、健康的な色になっている。

 表情は生き生きしているし、元気そうだ。

「それは良かった」
「あらー。ベルンハルトったら、どーいうつもりかしらー? あたしの心配するなんて、アンタらしくなーいわよー」

 リンディアの言葉に対し、ベルンハルトは唇を閉じる。そして数秒、考えるような顔をした。彼は、それから口を開く。

「僕はべつに、お前が心配で言っているわけではない」
「そーでしょーねー」
「僕はただ、お前のことを心配しているイーダ王女を心配しているだけだ」

 え、何それ。どういう意味。

「お前が弱っていると、イーダ王女も不安になるだろうからな」
「そーねー」
「なるべく元気に振る舞ってくれよ」
「……それここで言っちゃ駄目でしょー?」

 リンディアは小さく苦笑して、再び私へ視線を戻してくる。

「でも、良かったわねー」
「え?」
「これでもー襲撃は起こらないんだもの」
「あ、えぇ。そうね」

 シュヴァルが捕まった。だから、恐らくもう、襲撃は起こらないだろう。

 頭では分かっている。
 けれど、まだ実感が湧かない。

 ことあるごとに発生する襲撃。度々身の危険に晒される。そんな暮らしを数ヵ月続けてきた。だから、平穏な暮らしなんてもう忘れてしまった。何も起こらない日々なんて、想像できない。

「そうね! きっと平和になるわね!」

 私は一応そう返しておいた。

 でも、しっくりこない。

 平和な日々。穏やかな暮らし。
 あんなに望んでいたはずなのに――今は少し、おかしな感じがするの。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.138 )
日時: 2019/03/19 02:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

135話 話をしながら

 ベッドのある個室で、私とベルンハルトは、リンディアと話す。

「そーいえばさー」
「何?」
「その……アスターはどーなったのかしらー」

 リンディアは、非常に気まずそうな顔をしながら尋ねてきた。

 いつも嫌いと言っていて、酷い言葉を投げかけることも日常茶飯事。けれど、それは外向きであって。

 リンディアは、本当は、アスターのことをちゃんと考えているのだ。
 そして、アスターはそれに気づいている。

 彼女に酷いことを言われてもアスターが怒らないのは、きっと、リンディアが素直になれない性格であることを知っているからなのだろう。

「アスターさん……実は私も知らないの。でも多分、命に別状はないと思うわよ」
「そーなの?」
「きちんと治療すれば、みたいなことを言っていたわよ」
「あー、そーそー! そーいえば、そんなこと言ってたわねー!」

 とはいえ、もろに撃たれている。
 軽傷とはいかないだろう。

 後遺症なんかが残らなければいいのだが。

「アスターさんに会いに行ってみる?」
「……いーわよ、べつに。アスターに会いたくて仕方ないわけじゃなーいものー」

 リンディアは唇を尖らせる。

 見た感じ明らかに嘘をついていそうな雰囲気だが……突っ込むことはしないで、そっとしておこう。

 私は視線を、一旦、リンディアからベルンハルトへ移す。

「アスターさんはどこに?」
「僕も知らない」
「そう……」
「確認してこようか」

 ベルンハルトの口から発された親切な言葉に、私は数秒声を失ってしまった。彼の口からそんな親切な言葉が出てくるとは、欠片も想像していなかったからである。

「え……いいのかしら」
「貴女が望むなら」

 なぜだろう。理由はよく分からないけれど、今のベルンハルトは、かなり穏やかな顔をしていた。これまでのような冷淡な顔つきとは、少々違っている。

「アスターの居場所と、話せるかどうか。それらの確認で問題ないな?」
「えぇ」
「分かった」

 素直にこくりと頷くベルンハルト。

 その様子は、どことなく愛らしいものだった。
 言葉で表現することは難しいが、何とか表現するとすれば、「可愛げがある」という感じだろうか。

「では、少し失礼する」

 淡々とした声でそれだけ言うと、ベルンハルトは部屋から出ていった。

「……王女様はここにいていーの?」
「え。なぜ?」

 問いの意図が分からず、質問に質問を返してしまう。
 するとリンディアは、口角を僅かに持ち上げ、ニヤリと笑った。

「ベルンハルトと行かなくていーの? ……ってことよー」

 なるほど、そういうことね。
 説明してもらって初めて、リンディアが言おうとしていることの意味を理解することができた。

「それなら、べつにいいのよ」
「そーなの?」
「リンディアと一緒に過ごす時間だって、大切だわ」

 彼女は従者。
 でも、それと同時に、友のような存在でもある。

 王女ゆえ、私は友人が少ない。なかなか友人と言えるような関係は築けないのだ。

 だからこそ、友のような存在の彼女は大切にしたい。これからも、いろんなことを話したりして、関わっていきたいと思う。

「もっといろんなことを話してみたいの」
「……そーなのー?」
「えぇ。外の世界のことなんか、リンディアならよく知っていそうだもの」

 するとリンディアは、垂れてきていた赤い髪を片手でさらりと後ろへ流し、微かに胸を張る。少し自慢げな表情で。

「ま! そーね! 王女様よりは色々知ってるわよー。望むなら、教えてあげてもいーわ」
「本当!?」
「もっちろん! 教えないなんて、ケチ臭いことはしないわよー」

 平和になったら、平穏が訪れたら、もっと色々なことを聞きたいの。

 明るいこと。楽しいこと。
 そして、夢が広がるようなことを。


 その日の晩は、すぐに眠ることができた。
 自室のベッドで眠るのは、物凄く久しぶり。なので、とても不思議な感じで。でも、その柔らかな感触に癒やされて、あっという間に眠りに落ちてしまったのである。


 そして、気づけば朝になっていた。


 窓から差し込む朝日。
 温かく、穏やかで、まるで私たち人間を祝福してくれているかのよう。

 朝がいつもより明るく見える。でも、本当にいつもより明るいということはないのだろう。もちろん、晴れで光が差し込んできているというのはあるが、この明るさは、それだけによるものではない。

 世界を明るく見せているのは、私の心。
 この胸の内がすっきりしているからこそ、こんなにも晴れやかな朝なのだろうと思う。


 ベッドから起き上がり部屋の中央へ向かうと、そこにはベルンハルトの姿があった。

「おはよう」
「あぁ、イーダ王女。起きたのか」

 私から声をかけると、ベルンハルトはこちらを向いた。

「えぇ。おはよう、ベルンハルト」
「おはよう」

 ベルンハルトはあまり愛想よくはない。
 が、それは彼の「普通」なので、私が気にするようなことではないだろう。

「昨夜は眠れたか」
「えぇ。もうぐっすりと」
「それなら良かった」

 ベルンハルトは微かに頬を緩める。

 固さのある、ぎこちない表情。しかし、見る者に嫌な印象を与えるような表情ではない。

「ところで、アスターの件なのだが」
「……あ!」

 そうだった。
 昨夜は眠すぎて、聞き忘れてしまったのだった。

「そうだったわね。どんな感じ?」
「無事は無事のようだ、生きている」

 彼の言葉に、胸を撫で下ろす。

 生きてさえいればいいのだ。どんな状態であったとしても、生きていればどうにかなる。

「ただ、面会はまだ無理そうだな」
「そうなの?」
「数日すれば可能かもしれない、とは言われたが」

 面会は無理――その言葉に、少し動揺。

 だが、数日すれば可能かもしれないと聞き、再び安堵。

「リンディアは知っているの?」
「いや、知らない」
「まだ教えてあげていないのね」
「それは頼まれていなかったからな。伝えておいた方が良かったか」

 確かに、私は、「リンディアに伝えるように」とお願いしてはいなかった。だから、彼がリンディアに伝えていないのは、当たり前のことである。

「できれば、ね」
「分かった。では伝えてこよう」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.139 )
日時: 2019/03/19 02:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

136話 先ゆく者の足跡を、辿りゆくわけではなく

 ベルンハルトは、アスターの容態をリンディアに伝えるべく、私の自室から出ていった。

 部屋に一人になる。
 ふと目を向けた窓の外は、よく晴れている。

 ――もう襲撃されることもないのね。

 そう思うと、不思議な感じがした。言葉では言い表せないような不思議な感覚に襲われた。

 私だってべつに、長年襲撃され続けてきたわけではない。十八の春、従者の多くを失ったあの一件が起きるまでは、それなりに穏やかに過ごしていたのだ。

 けれど、襲撃されるようになってからの日々は実際の時間よりも長く感じられて。

 だからもう、数年襲撃され続けているかのような気分だ。

 だが、そんな日々ももう終わる。
 嵐が過ぎて太陽の光が差し込むように、穏やかな日々へ戻ってゆくのだ。

「……これから、どうなるのかしら」

 きっと、変わってゆくものもあるのだろう。もちろん変わらないものはあるだろうが、変わりゆくものも少なくはないはずだ。

 未来はまだ見えない。
 私は何も知らない。

 いや――もしかしたら何も知らないのは、私だけではないのかもしれない。誰もが未来を知らず、ただ今を歩んでいく。それが真実なのかもしれない、と、そんな風に思ったりした。


 コンコン。

 一人窓の外を眺めていた時、誰かがノックした。

「はーい」
「父さんだぞぅ」

 ベルンハルトじゃなかったのね、と少しがっかりしたことは秘密にしておこう。

「鍵はかかっていないわ。勝手に入ってちょうだい」
「えぇー! 開けてくれないのかぁー!?」
「自分で開けて!」

 父親のためにわざわざ扉の方まで歩くというのは、正直面倒臭い。鍵がかかっているのなら仕方がないから動くが、開いているのだから自力で入ってきていただきたいものだ。

 しばらくすると、扉がゆっくりと開く。
 そして、父親が現れた。

 彼はなぜか、凄く疲れたような顔つきをしている。

「開けてくれないなんてぇ……酷いぞぅ……イーダぁ……」

 初め私は、扉を開けてもらえなかったことに対しがっかりしていて、弱ったふりをしているのかと思った。どうせわざと大袈裟に振る舞っているだけでしょ、なんて考えていた。

 しかし、どうもそうではないようで。

 というのも、少し時が経っても、父親の顔つきに変化はなかったのである。

 扉を開けてもらえなかった。それにがっかりして落ち込んでいる演技なのならば、そのうち普段の表情に戻っていくことだろう。
 だが父親は、疲れた顔のままだった。

 そこから私は、恐らく本当に疲れているのだろうな、と察した。

「どうしたの? 父さん。そんな疲れた顔をして」

 シュヴァルは拘束され、私も戻ってきた。父親は喜ぶはずなのだ。

 にもかかわらず、この顔。
 嫌なことばかりが続いて精神が摩耗している人みたいな表情。

 どうなっているのやら。

「今日はなぁ……シュヴァルと話をしてきたんだよぅ……」

 あ、なるほど。

 そういうことなら、浮かない顔をするのも無理はないかもしれない。ずっと信じてきた相手が裏切り者で、そうと分かって話すとなれば、心は疲労するだろう。

「シュヴァルと?」
「あぁ……」
「で、何か分かったの?」
「やっぱりあいつは……裏切り者だったんだなぁ……」

 父親の顔は暗い。まるで、雨が降り出す直前の空のよう。

「アスターの言っていることは間違いではなかったんだぁ……うぅ……」

 いつもやけにテンションの高い父親が落ち込んでいる。それを見ると、なんだか調子が狂ってしまう。こっちまで、暗い気分になってしまいそうだ。テンションが高すぎるというのも若干鬱陶しいのだが、暗い顔をされるよりかは良いのだと、今さら気がついてしまった。

「王妃殺害も、イーダが狙われたのも、全部あいつの仕業だった……うぅう……」

 父親は世に絶望したような顔。私はさすがに見ていられなくなって、彼の片手を握った。そして、もう一方の手で背中を撫でる。

「落ち込まないで、父さん。大丈夫よ」
「大丈夫じゃないぃ……。もう星王なんて無理だぁ……」

 なんて面倒臭いの、この父親。

「シュヴァルしかいないわけではないでしょう? だから大丈夫。みんな助けてくれるわ」

 私がそう言うと、父親は首を左右に激しく振った。

「誰も助けてなんてくれないんだよぅ……!」
「そう? どうしてよ」

 そこで急に声を大きくする父親。

「俺が星王に就任した時だってなぁ! みんな『馬鹿だ馬鹿だ』ってネタにするだけで、協力なんてちっともしてくれなかったんだぞぅ! そのくせぇ、星内で何か事件があったらぁ、『星王が無能だから』なんて言いやがるんだぁ!」

 私は静かに聞いた。
 心に溜まっている汚れは、吐き出した方がいい――そう思うから。

「寄ってたかって批判ばかりしやがってぇ!」

 父親の声は怒りの色を帯びている。
 けれど、胸に伝わってくるのは悲しみと孤独。

 星王は一人だ。一人で、この星で起こるすべてを受け入れなくてはならない。丁重に扱われはするだろうが、そこにまとわりつくのは孤独感のみ。

 これが未来の私の姿なのか。
 こんな虚しいものに、いずれならねばならないというのか。

 ……いいえ。

 私は父親のようにはならない。

 父親が来た道をなぞるだけの人生なんて、絶対にごめんだ。

 たとえいつか星王となる日が来たとしても、父親みたいに、裏切り者しか傍にいてくれない星王なんかにはなりたくない。私は、そうならないために、できる限りの努力をしよう。

「しかもぅ……唯一手を貸してくれたシュヴァルが裏切りとかぁ……何なんだよぅ!!」

 そう父親が叫んだ時、扉が開いた。

「一体何の騒ぎだ」

 ベルンハルトだった。
 用事を済ませて帰ってきたのだろう。

「外まで声が聞こえていたが、喧嘩か」
「違うわ、ベルンハルト。喧嘩なわけがないじゃない」
「そうなのか。ならいいが」

 ベルンハルトは納得していないような顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

「それで? リンディアには伝えられたの?」

 父親の背を撫でながら、ベルンハルトに尋ねる。

「あぁ。伝えておいた」
「どんな感じだった?」

 すると、ベルンハルトは一瞬黙る。そして、数秒後に口を開く。

「やーっぱねー。あのジジイ、ほんとーに馬鹿なことばっかりするんだからー」
「え」
「……と、言っていた」

 ベルンハルトは、わざわざ口調まで真似て、リンディアの反応を再現してくれた。気合いの入った伝え方だ。

「物真似はあまり得意でないのだが、きちんと伝わっただろうか」

 少し驚いたけれどね。

「……えぇ!」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.140 )
日時: 2019/03/20 22:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

137話 苦労について

 自室には、私と父親とベルンハルト。
 さほど珍しい組み合わせではないはずなのだが、妙に新鮮な感じがするから不思議だ。

「ところでイーダ王女。先ほどまでは何の話をしていた?」
「父さんと?」
「そう。僕が来るまで、だ」

 ベルンハルトが他人の会話に興味を持つなんて、少し意外だ。彼は「他人の話の内容など、どうでもいい」と考えるような質だと思っていた。

「星王ゆえの苦労について、聞いていたのよ」

 私は正直に答えた。

 本当は、こんなことを答えるべきではなかったのかもしれない。夢のない真実など、関係ない者に明かすべきではなかったのかもしれない。

 だが、隠すというのも問題な気がしたのだ。

 辛いことや暗いことを、隠してしまうのは簡単だ。苦痛は明かさず、良い面だけを表に出すという生き方も、一つなのだろう。

 しかし、それでは苦痛は消えない。

 一人で抱え込み続けることが正義、ということではないはずだ。

「星王ゆえの苦労……なるほど。確かに、星一つを統治するとなれば、苦労も多いだろうな」
「ベルンハルトは、父さんを理解しようとしてくれるのね」
「主の父親のことだ、少しは知っておかなくてはならないだろう」

 相変わらず真面目ね、ベルンハルト。

「嬉しいわ」
「……貴女が喜ぶようなことではないと思うのだが」
「そうかしら。家族以外にも、父親のことを理解しようとしてくれる人がいる。それはとても喜ばしいことだと思うけど」

 するとベルンハルトは、視線を、私から父親へと移した。

「な、何だぁ……? ベルンハルト、少し怖いぞぉ。そんなジロジロ見るなよぅ……」

 いきなり凝視された父親は少し戸惑っているようで、眉を寄せ、反応に困っているような顔つきをしている。

「見つめることに問題があるのか?」
「ジロジロ見られるのはなぁ……怖いぞぅ……」

 理解できない、というような表情を浮かべるベルンハルト。

「不快だったなら謝ろう。すまない」
「いや、まぁ……そう真面目に謝らなくてもいいがなぁ……」
「不快感を抱かせてしまった時は謝る。それは当然のことだ」

 きっぱりと述べるベルンハルト。

 彼はとにかく真面目だった。
 真面目過ぎる、と、思わず叫びたくなるほどに。

「それで、星王ゆえの苦労とは何だ」
「うぅ。傷を抉るような問いは止めてくれよぉ」
「気になるんだ」
「遊び半分かぁ……? そういうのは勘弁してくれよぅ……」

 父親がそう言った瞬間、ベルンハルトは鋭く首を左右に振る。

「遊び半分ではない」

 ベルンハルトは、またしても、きっぱりと述べた。

「イーダ王女が星王になった時の参考になるかもしれないから、聞きたいんだ」
「そういうことだったの!?」

 思わず大きめの声を発してしまう私。

 王女という身分にありながら、声の大きさの調節もまともにできないなんて……少々恥ずかしい。

「何を驚いているんだ、イーダ王女」
「驚くわよ! 予想外だったんだもの!」
「貴女が驚くような話は何もしていないだろう」

 普通はそうなのかもしれない。驚くほどのことではないのかもしれない。けれど、私としては驚きだったのだ。ベルンハルトが私のことを考えてくれていたなんて、と。

「そうかぁ……! ベルンハルトはイーダを思って聞いてくれているんだなぁ……!」
「そうだ」

 すると、父親は急に片方の拳を突き上げる。

「よぅし! なら話そぅ!」
「いいのか」
「モティロン!」
「感謝する」

 ベルンハルトは頭を下げた。
 どうやら話はまとまったみたいだ。

「ならベルンハルトぉ! お茶しながらというのはどうだぁ!?」
「いや、それはいい。気を遣うな」
「気を遣ってるのはそっちだろぅ!?」
「いいんだ。僕は茶などしない」

 お茶を飲みつつ語り合いたそうな父親。それとは対照的に、お茶などには微塵も興味がなさそうなベルンハルト。

 二人は見事にすれ違ってしまっている。

「お茶は嫌かぁ!? なら、他の飲み物はどうなんだぁ!!」
「そういう問題ではない」
「ウソーン! ヒドーイ!!」

 いちいち大袈裟な父親に、ベルンハルトは呆れ顔。もちろん私も、呆れずにはいられない。

「話だけ聞かせてくれ」
「嫌だぁ! ティータイムするぅ!」
「それはイーダ王女とすれば……そうか」

 何か閃いたように目を開くベルンハルト。彼は、私の方へと視線を向けてくる。

「イーダ王女、彼とお茶をしろ」
「え。わ、私?」
「そうだ。貴女はお茶、僕は話。役目を分けよう」

 なるほど、そう来たか。

「どうだろうか」
「いいわよ。ただし……」
「ただし?」
「ベルンハルトもお茶を飲むこと!」

 私が言うと、ベルンハルトは瞳を大きく揺らした。

「それでは分ける意味がない……!」

 ベルンハルトは強く言い放つ。
 なぜお茶をすることをそんなに嫌がるのか分からない。が、恐らくは、苦手意識があるといったところだろうか。

「少しでいいから」
「いや、僕は……」
「いずれ星王に仕える身になるのよ? お茶することくらいに苦手意識を持っているようじゃ、やっていけないわ」

 するとベルンハルトは、言葉を詰まらせた。

 十秒ほどの沈黙の後、彼は小さく言う。

「……そうか」
「そうよ」
「……分かった」

 相手は頑固なベルンハルトだ。それゆえ、もう少し粘られるものと予想していた。しかし、案外そんなことはなく。意外にも、あっさりと受け入れてもらうことができた。話が早くて、非常にありがたい。

「そういうことだから父さん。三人でお茶にしましょ?」
「おぉ! それはいいなぁ!」

 お茶なんて、呑気すぎやしないだろうか。そんな風に思ってしまう部分も、少しはある。

 だが、時には良いだろう。
 のんびりと過ごしたって、罰は当たらないはずだ。

「今から早速、でいいのかぁ!?」

 父親はやる気に満ちている。
 お茶を飲めることになって、嬉しいみたいだ。

「そうね。それでいいと思うわよ」
「同意だ」

 珍しく、ベルンハルトもすんなりと頷いた。

「でも父さん。準備は大丈夫?」
「それは、もう、もうっ……大丈夫だともォッ!!」

 父親の両目からは、涙が溢れ出ていた。

 恐らく、嬉しいのだろう。

 喜んでくれるのは嬉しいことだ。
 落ち込んでいるよりかは、こうやって嬉し泣きしている方が、ずっと良い。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.141 )
日時: 2019/03/20 22:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

138話 お茶とお菓子と愚痴と

 何の準備もしていないのにどこでお茶をするのか。そんな風に考えていたのだが、その疑問はすぐに消えた。私の部屋に侍女がお茶を運び込んできたからだ。

 お茶やお菓子を乗せたワゴンが室内に運び込まれたのは、父親がやる気になって指示しに行ってから十分ほどしか経っていない時だった。

「驚くべき早さだな」

 お茶をするための準備がみるみるうちに進んでいくのを眺めていると、一緒に待機していたベルンハルトが言ってきた。

「同感。ここまで早いとは思わなかったわ」
「恐るべし、だ」
「そうよね。だって……まだ、十分くらいしか経っていないんだもの」

 ベルンハルトと私は、侍女たちの準備がかなり早いことに驚きを隠せないでいた。

 彼はともかく、私は長年ここで暮らしてきた。それゆえ、侍女たちの働きぶりはよく知っている。侍女たちがきびきびと働いているということは、当たり前のように分かっているのだ。

 だがそれでも驚いてしまう。

 それは多分、こうしてじっと見つめたことはなかったからだろうと思う。

「私だったら絶対できないわ」

 黙々となすべきことをなしてゆく侍女たちを眺めつつ、私は言った。

「僕も無理だ」

 ベルンハルトはそんなことを述べる。
 少し意外だ。

「そう? ベルンハルトならできそうじゃない」
「いや、得意な分野でない」

 ベルンハルトは、軽く目を伏せつつ唇を動かす。

「戦闘以外はまったく駄目だ」

 私からしてみれば、まったく駄目ということはないと思うのだが。
 ただ、彼はそう思い込んでいるのだろう。戦闘以外は駄目だ、と。他者から見ればそんなことはないのだが、彼の中には苦手意識があるものと思われる。

「そんなことはないと思うわよ」

 思いきって言ってみた。
 が、ベルンハルトに対して彼の意見と逆のことを言うというのは、いまだに少し緊張してしまう。

「ベルンハルトは優しいでしょう? だからきっと、給仕にも向いているわ」
「いや、それはないと思うが」
「いいえ! 絶対できるわよ!」

 つい口調を強めてしまう。
 私は、言ってしまってから、内心後悔した。

 しかしベルンハルトは冷静だ。嫌そうな顔をするでもなく、怒り出すでもなく、静かに呟く。

「……そうだろうか」

 本当に、静かな声だった。
 どうやら彼は、私の意見に、あまり納得していないようだ。


 準備が済むと、私たち三人は席につく。私とベルンハルトは隣同士、父親は向かい、という席順だ。
 私たち三人が席についたのを見ると、侍女の一人が、それぞれの前にティーカップを置いてくれる。白地にサーモンピンクの小花が描かれた、少女のように愛らしいティーカップを。

「妙に可愛らしいカップだな」

 独り言のように呟くベルンハルト。

「癒やされるわよね」
「しっくりこない」

 微妙な心境に陥っていそうなベルンハルトだった。

「さてぇ、何から話せばいいんだぁ?」

 侍女がポットからティーカップにお茶を注いでくれている間に、父親が話を切り出す。

「星王の苦労について、聞かせてくれ」
「そうだった! そうだったなぁ! で、どういう苦労について聞きたいんだぁ?」
「特にこれといった指定はない。ただ……敢えて言うなれば、精神的な部分について聞かせてほしい」

 ベルンハルトの声色は普段通り。淡々としていて、波がそれほどない。しかし、表情は普段通りではなかった。ぱっと見た感じ変化はないようなのだが、目を凝らして見てみると、少しワクワクしている顔に感じられる。恐らく、興味のある話を聞こうとしているからだろう。

「精神的な部分、だとぅ?」
「そうだ。特にサポートが必要なのは、そこだろう」
「まぁそぅだけどなぁ……ベルンハルト、お前にそんなことが分かるのかぁ?」

 眉を内側へ寄せ、困ったような顔つきで尋ねる父親。

「分かる分からないではない。聞かせてほしいんだ」
「そういうものなのかぁ……?」
「可能ならば、頼みたい」

 そんな風に述べるベルンハルトの表情は、真剣そのものだ。彼は父親を真っ直ぐ見つめている。
 彼の真っ直ぐさに心を動かされたのか、しばらくしてから父親は、「分かったぞぅ! 話そう!」と言った。

 その頃になって、お茶菓子としてパウンドケーキが出された。りんごの蜜煮を小さく刻んだものが入った、黄土色のパウンドケーキである。

「では、失礼致します」

 一通り用事を終えると、侍女は退室していった。

 室内に残ったのは、私と父親とベルンハルト。三人だけだ。

 とはいえ、私の自室という一人が生活することに適した部屋に三人がいるのだ。だから、寂しさは感じない。むしろ、賑やかさの方が色濃いような気がする。

「そうだなぁ……星王としてまず一番大変なのは、褒められることは少なく批判されることは多い、というところだろぅなぁ」

 侍女が出ていくと、早速語り始める父親。

「何かを考えついて実行しても、褒められることはあまりない。だが、小さくともミスをすれば叩かれるぅ」

 まぁ、世の中そんなものよね。
 父親の話を聞いて、密かにそんなことを思った。

「それになぁ、ミスをしていなくともぅ、少しでも不満が出れば批判されるんだよぅ」
「なかなか面倒だな」
「そう! その通りぃ!」

 父親は急に勢いよく発した。

「星王なんてなぁ! 結局なぁ! 不満の捌け口なんだよぅ!」

 妙に強い調子で言い放つ父親。

 なかなか褒められはしないのに、批判はすぐにされる。父親は、その状況に、よほど不満を抱いていたのだろう。

「統治する者というのは、場所が変われどそういうものなのだろうな。批判したいだけの者はどこにでもいる」
「文句は言うくせ、協力してはくれない! ただ傍観しているだけ! 本当に嫌なんだよぅ!!」

 ここぞとばかりに、父親は日頃の不満をぶちまける。私とベルンハルト以外に誰もいないから、遠慮なく愚痴を漏らせるようだ。

「なるほど。それが星王の苦労か」
「……もちろんそれだけではないけどなぁ」
「そうなのか?」
「当たり前だろぅ! 他にももっとあるんだぁ! 聞いてくれよぅ!」

 父親の愚痴はまだまだ続きそう。現時点では、その話の終わりは見えない。

 だが、それでいいのだろう。

 ベルンハルトは父親の愚痴を興味深そうに聞いている。
 そういう意味では、父親が愚痴をぶちまけるのも、多少は役立っているのかもしれない。

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