複雑・ファジー小説

フレコ〜集団就職残酷史
日時: 2018/12/31 12:10
名前: 梶原明生  

フレコは玖数郡神楽に生を受けた。貧しい苦しみの中育ち、やがて15歳になった時にやむなく「集団就職」というご時世に乗る以外生きる道はなかった。彼女にとっての武器は母子家庭に育った厳しい教育だけでなく、贔屓にしてくれた小学校教師岩佐先生から学んだ「空手」があった。…これは我が母「フレコ」の若かりし日の、数奇の物語である。

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Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.15 )
日時: 2019/06/09 22:02
名前: 梶原明生  

…「何っ…」その時代の愚かな男の脳みそでは理解しがたい出来事だったろう。まさかこんな固い脛で受けられるはずはなかったから。しかし解明する間もなく、男は滑って転んだ。いやそうとしか思えなかったろう。端から見たらまるで電気が落ちたようにガクンと膝が折れ曲がって倒れたのだから。しかしその瞬間をサッコは見逃していなかった。「やるーっ姉御、さすが見せますねスパーンッと。」その後駆け寄った責任者が介抱するように肩を貸して立ち去った。「何があった。梶原これは…」土友部長が血相変えて駆けつけた。「さぁ、滑って転んで頭打ったみたいですよ。危ないですね気をつけないと。それでは作業に戻ります。私、暇では ありませんので…」またもやしてやられたという表情になりながら、部長はその場を後にした。「凄い、フレちゃん大の男蹴りだおしだんだっで。」「サッコ。」「てへ… 」佐知子に食堂で晩飯時間に言われて睨むフレコ。頭に手を置いて舌をだすサッコ。「がぐすこどねぇでフレちゃん空手の達人なら、だのもしいだで。」ため息つきながら箸を置く。「あんまりそういうの期待されたくなかったのに…」「まぁまぁ姉御、いいじゃないっすか。能ある鷹は爪隠さないってね。」「それ色々おかしくない。」「あれ、そうかな。」「フレちゃん…ハハハハッ」佐知子の不意の笑いに拍子抜けするフレコ。そんな談笑に割って入る人物がいた。「ちょっと、梶原さん。最近駅でかなりおしゃれな服買ったそうじゃない。私と張り合う気。」播磨八重子である。「ぷぷ、張り合うって自分の姿鏡に映してから言いなよ。」サッコがいらないちょっかいを出す。「まぁ、なんてこと。男みたいな顔してよく言うわよ。」「な、人の気にしてることずけずけと。」「サッコ、やめて。何か誤解してるようだけど、あなたと違って私、服は寝間着以外学生服しかなかったの。それで最近兄がこっちにいたものだから買ってくれただけなのよ。」「まぁ、が、が、学生服だけ。そんなこと…」「あるのよ。だから服なんて適当に買ってきただけ。別に対抗なんて考えもしなかった。」何も言えなくなった八重子は外に出た。「よう八重子久しぶりだな」「お兄ちゃん。」「あのオカッパの子は…」「ああ、…梶原フレコって九州から来た変わり者よ。それがどうしたの。」「いや。」食堂の窓からフレコの姿を見つめる眼鏡の男。指で顎を撫でながら、やらしい目つきで見つめるのは八重子の兄、播磨慧だった。…続く。

Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.16 )
日時: 2019/06/20 17:04
名前: 梶原明生  

…数日後、奈子屋駅で兄幸久と待ち合わせていたフレコは、相変わらず待ちくたびれる始末に。先日買ったばかりの服を着ていたが、しかし当時はミニスカート全盛期。母フレコとしてはミモレ丈のようなロングスカートがいいのだが、どこにも売ってない。やむなくミニを着ていたのだが、ナンパが絶えない。「ねぇ君、お茶しない。」「ねぇよっちゃん、あれよっちゃんじゃない。でもいいから君さデートしようよ。」などと声をかけてくるのは日常茶飯事だった。しつこい男には自前のあのお仕置きが待っている。「痛痛っ、女のくせに何だよ。」腕を押さえて立ち去るナンパ男達。ようやく幸久が現れた。しかし声挙げるまではそれが幸久とは思えなかったのだ。「よ〜フレコ〜」「はぁ、あ、兄貴なの」髭は伸び放題。髪もボサボサで風呂にも入ってない様子。数週間前とは比べものにならない身なり。「どうしたのその格好。」「面目ない。あれからいい博打の口があるって飲み友達から聞いてさ。つい全財産つぎこんだんだよな。そしたら…負けちまってさ。ハハハッ」「ハハハじゃないわよ。」「なぁフレコ、金貸してくれよ。」「はぁ…」ここからいつもの怒りと説教のオンパレード。その後やむなく身なり整うくらいのお金は渡した。「ただし、この前の分だけよ。これ以上は渡せない。兄貴はすぐ博打に当てるから。」「わかったよ。」トボトボと帰る幸久。「梶原フレコさん…」フレコと変わらない背丈の眼鏡男が声をかけてきた。「どうして私の名前を…」「存じてますとも。私、播磨慧と申します。播磨八重子の兄でして。うちの妹が飛んだ失礼な発言をしたそうで。お詫びと言ってはなんですが、一緒にお食事いかがですか。妹について聞きたいこともありますし。」「はぁ、まぁそういうことなら…」播磨はニヤリとしながら行き着けのレストランに案内した。まさかそれが今で言う、「ストーカー」の始まりだったとは、この時フレコは知る由もなかった。…続く。

Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.17 )
日時: 2019/07/04 19:52
名前: 梶原明生  

奈子屋駅近くのレストランにフレコを誘う播磨。「ここのランチ美味しいんですよ。さぁ食べてください。」「あ、ありがとうございます。」「本当にすみませんね妹の八重子が。」「いえ、気にしてませんから。」「そう言われると有り難い。どうか末永く妹のお友達になってください。」「はぁ、まぁ本人が良ければ。…ところで播磨さんはお仕事は何を。」「豊臣自動車工場に勤務してます。」淡々とした会話で食事は終わり、唐突にこう切り出した。「車持ってまして。何ならお送りしますよ。」当時はテレビ洗濯機冷蔵庫は「三種の神器」と呼ばれたが、車も普及しだしていた。まさに四種の…だったのだろう。後に母フレコはこう語った。「あの時バスで帰ると言い張ったら妙に顔色が変わってた。レイプが目的だったのかな。」かくして土友に戻ったわけだが、その後何ヶ月も会社側と労働条件の過酷さを訴えたが梨のつぶて。年の瀬迫った師走の時期。とうとうサッコがいい話を聞きつけてきた。「姉御、こんな話を聞きつけてきやしたぜ。」「何ですって。」「神楽の同級生に一人、うちとかわらない環境の会社があって、なんと待遇改善に成功したらしいです。」「どうやって…」「それがですよ。その子の話じゃ、灯台下暗し。職安の系列組織の労働基準監督署ってとこがあるらしく、そこに直訴したらしいっすよ。そしたらあれよあれよと言う間に職員がやってきて、改善命令出したらしいっす。…これ、いけますぜ姉御。」「でも私文章どころか字が苦手だしな。」「あたしも苦手っすよ。となると…」自然と視線は佐知子に向けられた。「え、あだしっ…やだ、ぞんなぁ〜作文得意だっただげだで。」「それだっ。」二人して佐知子の手を握る。「お願いさっちゃん。あなただけが頼り。直訴状書いて。」渋々承諾する佐知子。やがてまた夜の雑用が始まり、夜中1時までこき使われた。「う〜寒っ。今日のおでん買い出し係誰だっけ。」「はい。」サッコの呟きにフレコと佐知子が手を挙げる。「行こっかさっちゃん。」この頃は給料も少しは良くなり、夜食の買い出しもできるようになっていた。ただし当番制だが。「今日はぢぐわとごんにゃぐぅ食べるだ。」佐知子は胸踊らせて居酒屋兼おでん屋の暖簾をくぐった。「おばちゃん。いつもの五つ。」「あいよ。遅くまで大変だね。頑張んのよ。」快くおばちゃんがおでんを用意していたが、フレコはふと、いつもと違う雰囲気に眉を顰めた。所謂山谷の日雇い街みたいな…続く。

Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.18 )
日時: 2019/07/11 20:15
名前: 梶原明生  

…雰囲気を持つおっさん達が、ギラギラした目でフレコ達を見る。佐知子がおでんを手渡されると、彼女の手をとりそそくさと店を出ようとする。「どうじだのフレコちゃん。」「いいから帰ろ。」そこへ慌てて店から二人の土木建築作業員らしい腹巻きの男が立ちはだかった。「可愛いね姉ちゃん達。そう慌てて帰ることもねぇだろ。シャクの一つもしてくれよ。ババアばかりじゃ酒もつまんねーしよ。」「私達お使いです。会社の人が待ってますんで失礼します。」そこへリーダーらしい年配の腹巻き男が恰幅のいい体をゆさゆさしながら歩み寄る。「まぁ待て。お前らそんな怖い顔で可愛い子猫ちゃんをビヒらせたらダメだろ。…なぁ、お姉ちゃん達。お小遣いあげるからさ、シャクの一つでもどうだい。手間はとらさねーよ。」何と腹巻きから30万円の札束を出す。現在に換算したら300万円は下らないだろう。それをポンと佐知子の両手に手渡した。「ワァーさ、さ、30万円…」初めて見た札束に、目を輝かせる彼女。当時からそうだが、山谷の日雇い街の法則はどこの都市でもあった。「身銭(貯金など)は一切持たねー。飲み、女、博打でキレイサッパリ使い切る。」が土木建築作業員の言わばステータスという、今では考えられない価値観がそこにあった。当時は経済成長真っ只中で建設ラッシュ。大枚叩く建設会社も少なくなかったのだ。その代わり命の保証も安全第一もない。しかし、だからと言ってしていいことと悪いことはある。「入りません。」フレコはおっさんに突き返した。「フレコちゃん。何でごどずるだ。折角親切にじでぐれるだに。…」「あなた方にお金を貰う謂われはありません。こんなに大金もらうならあなたに何かして働かないといけません。私はあなたにそんな謂われもありません。帰らせてもらいます。」佐知子の手をとろうとしたら二人のおっさんがフレコと佐知子の胸を鷲掴みにする。「体で払えばいいだろ。」母フレコに言ってはいけないワードと行動が重なった。「いい加減にしろっ。」鋭い肘打ちが腹を直撃。そして両肘を真下に落として顎に頭突き。腕固め、足刀後ろ蹴り。呆気に取られた佐知子側の男を親指を握り取って逆関節に。引き倒して腹に踏みつけ蹴りをお見舞いした。無惨にも汚物を吐くおっさん達。「わ、悪かったお嬢さん。お詫びに30万円やるから。」「フレコちゃん、ああ言ってるんだし…」「さっちゃん、あんたを助けるためにもやったんだよ。そんなに汚い金欲しいなら…」

Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.19 )
日時: 2019/07/17 19:02
名前: 梶原明生  

…背中を見せつつ言った。「あんた一人で貰えば。私は帰るから。」置いたおでんの袋を持って立ち去るフレコ。「ま、待っでフレコちゃん。」おっさんとフレコを何度も見比べながら、結局一万円も貰わず佐知子はフレコの背中を追いかけた。「働かざる者金貰うべからず。」この精神を彼女は貫いていたのだ。「ごめんねフレコちゃん。私やっばり、フレコちゃんが正しいど思う。」「いいのよ。わかってくれれば。サッちゃん美川さんと同じで美人なんだから。男には気をつけなさいよ。」「うん…」星空寒い中、二人は意気揚々と寮に戻るのだった。それから大晦日まであっと言う間。10ヵ月かけて貯めた「里帰り資金」はフレコが管理していたおかげで無駄遣いせず貯めることができた。「身支度できた。」「バッチリでさ姉御。」「うん…それからサッちゃん。また年明けにね。」「フレコちゃんどこ、行っていいだか…」「え…」二人は驚いて顔を見合わせた。「東北の実家帰っでも、兄弟多いだで腹空かすがら、お父もお母も迷惑だで。九州は南の国だで、行っで見たかっだ。フレコちゃんどこ行ぎてー。」「い、行きたいって…家の話したでしょ。何にもない寒いボロ屋だよ。それでもいいの。」「東北の寒さ比べだら、何どがなるだで。切符もほら、あるだ。」既に万事休すだった。「わかった。仕方ない。じゃあようこそ九州へ。」「やっだー」フレコに抱きつく佐知子。かくして奈子屋駅の九州行き寝台車に飛び乗る三人であった。…続く。

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