複雑・ファジー小説

あまい劇場
日時: 2019/03/05 21:54
名前: 佐渡林檎

 

 


【contents】

1 死者の少女へ >>1>>2

Page:1



1 ( No.1 )
日時: 2019/02/11 16:44
名前: 佐渡林檎

 出会いのきっかけはむしろ彼女からだった。
 彼女は出ていく人なら多い寂れた田舎へと、何故か転校してきた。私はずっと彼女のことを、君とかあんたとか、そうやって呼んでいた。
 私は水原すいか、という名前をつけられてしまった。小さなときから可愛げがない奴だと言われた。煙草の息を吹きかけられながら見た、煙の中にある顔は憎しみで歪んでいた。大人が早口で喋ることは難しくて、死ぬほど焦っているのに、また間違えて、罵声が飛ぶことを繰り返していた。小学校では興味のない同級生から、煙草の匂いがすると嫌そうな顔で言われた。
 俗世に興味はなかった。テレビは煙草の焼き跡で画面が上手く映らなかったし、洋服もそれとなく着ていた。憧れる時間はなくて、ただ宇宙から来た朝顔の種とか綺麗な花の絵には色のついた刺激があった。そういうものは、おばあちゃんが渡してくれた。
「すーちゃん、ねぇ、可愛い子」
 家には両親と弟とおばあちゃんが暮らしていた。中学生になると親も可愛い弟に夢中で、私に過度な干渉をしなくなったけど、気が滅入ることはよくあった。
 おばあちゃんだけは私の味方だった。愛を降り注いで、見返りを求めない、ただ純粋な感情を私にくれた。
「もう中学二年生になるわね、早いわねー……この前産まれてきたのに」
「……この前ってだいぶ前だよ」
 桜並木の中、母親が嫌になって家から逃げた私を、おばあちゃんは迎えに来ながら、そう言って笑った。
「あら、あんた綺麗な目してるわねぇ」
 身長が伸びて、同じくらいの目線になったおばあちゃんを見つめた。灰色の硝子に私がいた。
「こんな澄んでいて……世の中の汚いことを知らないのよね」
 そうかな。
 私、おばあちゃんが思ってるほど、キレーな人間じゃないよ。思ったよりも、子どもって、汚いよ。
 差し出された手につられる。なにも言えないまま握る手はひんやりしていて、気持ちよかった。
 あんなに元気だったのに、交通事故で死んだことが信じられなかった。昨日私を迎えに来てくれた。先週お花屋さんとお喋りをした。抱き締めてくれた。そうやって考えると頭が回って、気分が悪くなった。葬式には出られずに、何週間か寝込んだ。ずっとずっと、苦しかった。
 ふらふらと部屋から出てきた時に目に飛び込んできたのは線香の匂いと、大仰な金色の塊だった。偽物でしかなかった。こんなもので代わりになんてならなかった。確かに好きだったものが消えてしまった。私は定まらない視界の中で仏壇を睨みながら、また部屋へ引き返した。




 中学生ではあまり喋らない子で、それはクールな奴だと捉えられていた。その位置づけに違和感を覚えたが、基本的な会話をしていれば他人は満足な顔をしていた。テキトーに話題を振られる。無難な解答、望まれたものを口にする。小学生の残虐な悪意より、口当たりがよかった。
 朝、教室に入ると空気がいつもと違った。
「水原きいたー?」
「なにを?」
「転校生が来るんだって!」
「へぇ、珍しいね」
「転校生だよ? 私、初めて身近で転校生って聞いたよー」
 確かに思い返すと、転校する人たちはちらほらといたが、田舎にやって来る人はいなかった。クラスメイトは口々にデマだか、妄想だか見境がないことを話した。めっちゃやばいイケメン、いや都会の小柄な人、金持ちっぽい……。
「どこのクラス? 同級生?」
「わかんなーい」
「でもさ、うちのクラスに来たらさ……」
 小学校から大体同じメンツの分、刺激のある転校生という存在は期待されていた。期待される側もとんだ迷惑かもしれないけど、みんな理想を言いたい放題だった。

 結局朝礼はいつも通りで、転校生は来なかった。変化もない声の担任にゆっくりと冷めていく人たち。朝礼が終わって、ドタバタと廊下を走る音がして、
「転校生、あっちのクラスに入ったみたい!」
「やっぱりいたんだ!」
「でもぉ、なんかぁ、さっき保健室行ったんだって!」
 サボりかな、とちらっと思った。
「めっちゃ顔が綺麗だったらしいよ!」
「芸能人みたいで……」
 また熱が戻って、転校生の話題は放課後まで続いた。
 放課後に委員会の後輩が教室を訪ねてきて、言われるままについていった。梅雨の湿っぽさで廊下の掲示板の貼り紙はシワになっていた。
「委員会って今日で最後だよね?」
「はい」
 誰もいない教室の中に入って、女の子は、
「雨降りそうですね」
 と外を窺った。電気もついていなかったから、廊下の電光が少し入るだけだった。
「先輩」
 その近くには行かずに、何も書いていない黒板を見ていた。
「あの……水原先輩」
「ん」
「……女の子って、分かってるんですけど、その、先輩がかっこよくて……」
「そんなことないよ」
「……かっこよくて……私、だから、」
 嫌な汗が出た。ゆっくりと出口の前まで足を戻して、背中の扉を指で確かめた。
「ごめん」
 もう顔は見られなかった。
「先輩だとよく見えるだけだよ」
「でもっ……」
 ゆっくりとスカートが揺れて、それが悲しかった。
「水原先輩」
「……っ」
 手が触れそうになる前に、勢いよく飛び出した。キュキュキュと上靴を鳴らして、どこか遠くへ行きたかった。少しでも無かったことにしたかった。
 女の子ならかっこいい男の子に恋しろよ。私は男の子の代わりになるつもりもないし、なれない。何も私は出来ない。何も出来ないから関わらないのに、それを魅力と履き違えないで。
 どうか私のこと、ほっといて。
 筋違いな人間と、可哀想な自分へ、感情が渦巻いていた。こんな感覚が離れた他人と、私の気持ちと言葉が通じる気がしなかった。
 気がついたら特別棟まで来てしまった。息切れして、ぼんやりとクリーム色の壁を見ながら歩いていた。やけに静かで、人気がなかった。
 薄くドアが開いている部屋に目をやると、黒目がこちらを見ていた。思わず息をのんで、足を止めた。
「こんにちわぁ」
「……ちは」
 部屋の中に戻ったらしく、奥から、
「入っておいでー」
 と声がした。しばらく私がそのまま立っていると、向こうからドアを開けてきた。
 清潔な部屋の匂い、それと香水のような甘い香りがした。
「聞いてる? 入っておいで」
 艶のある黒髪がさらさらと動く。まるで映画に出ている人のように、顔が端整な女の子だった。今まで見てきた人間の誰よりも肌が綺麗な人だった。胸元の自分と同じ紺のリボンで、同学年だと分かる。
「応接室に朝からいたんだけど、ソファー最高にふかふか。寝るのにいいね」
「……そうですか」
「そー。ほら、来なよ」
 ソファーの手前の机には、何故かたくさんのお菓子が積み上がっていた。
「鞄の中何も入れるのなかったし、寂しいからお菓子入れようと思って」
「君、転校生?」
「そうだよ」
 対峙する女の子は飴の包み紙を剥がしながら、にっこりと笑った。
「コイカワレン。恋をする川に、恋愛の恋……分かるかな」
「へぇ」
 部活動も始まる時間になり、外で人の声がし始めた。不快な冷気のようだった、さっきのことを思い出す。委員会にはもう行けないと思った。
「君は?」
「違うクラスだよ」
「知ってる」
「そう」
 応接室には初めて入った。けれど、ここに来る用事はない方がいい気がした。
「……あたしのこと、気にならないの?」
「は?」
 向かい合う彼女はいかにも不思議そうな顔をしていた。気にならないことはなかった。でもそれを気にするほどでもないと思った。周りの人間と同じような、好奇心を避けていた。
「別に……」
 うん、とかあぁ、とかごにょごにょ呟いて、彼女は、
「こんなにそそられる要素しかないのに」
「自分で言うんですね」
「だって、そうじゃん」
「かもね」
「とびっきり可愛いじゃん、あたし」
「ですね」
「……へぇ〜んっ」
 ゆっくりと投げられたものを受けとると、手の中にはチョコレートが光っていた。
「甘いのすき?」
「普通です」
「……水原先輩、の名前は?」
 カッと血がのぼった。立ち上がって、そのまま彼女を見つめた。
「知らなくていい」
「あっ、ねぇ待ってよ」
 私はチョコレートを机に置いて、出ていった。窓には曇り空と透けて映る自分がいた。早足で、教室を目指していく。転校生に見られていたと思うと堪らなく嫌で、きつくきつく唇を噛んだ。

2 ( No.2 )
日時: 2019/03/05 21:47
名前: 佐渡林檎

 家の鍵は空いていた。仏壇を通り越して、私は静かに自分の部屋に入る。もう1ヶ月もせずに夏休みはやってくる、でも何もやる気がなかった。適当に高校受験することが決まっていて、今からでは受かりもしなさそうなところをふらふらと目標として見定めている。自分でも分かるような千鳥足で、みっともなかった。どこにも行きたいとは思わなかったし、なんなら就職しても良かったけれど、学歴が大切な親たちにはそんな選択肢は最初から無いようだった。人生こんなもんだと思った。中途半端な全国順位は、何にもならないと言われている気がした。
 ばったりと、トランポリンに落ちるようにベッドに寝た。でもぎしぎしと鳴るだけで、寝心地は変わらない。ゆっくり息を吐いて、枕元にあるアルバムを手に取る。それはおばあちゃんが若かった頃の写真たちだった。凛と立つ昔の姿のおばあちゃんと、目が合う。映っている一枚は海辺だった。きっとここから近い場所で撮ったのだろう。セーラー服からのぞく足と波の合間で、その境界線がぼやけている。髪と中途半端に絡ませた手は、どこか扇情的にも見えた。高校生くらいだろう。
 歌手にならないかとスカウトされたけど、モデルになりたかったから断ったと、蟹を食べながら言っていた。
「おねーちゃん」
 トントン、とドアの叩く音で、慌ててアルバムを毛布の下に隠す。弟の奈南だった。
「なに?」
 少しサイズの大きい部屋着を着ていた弟は、扉を閉めて、
「あのさ……お母さんが……」
「買い物ね、いいよいいよ」
「僕が行くよ」
 ぱっちりとした大きな目が、下がり眉と一緒に私に向けられた。親といえば、階下で何かをしているようで、忙しなく物音がした。
「奈南はいいよ。いなくなったら、お母さんがまた不機嫌になるし」
 勢いをつけて、ベッドから立ち上がった。奈南は中学一年生のくせに、変に気を使って、むかつくことがよくあった。親に気に入られてるくせに、可哀想ぶって同情なんかしないで欲しかった。私と奈南は、違うのだ。人からの待遇も人生の難易度も。
「ありがとう……」
 携帯をポケットに入れて弟と並ぶと、いつのまにか背が同じくらいになっていた。こうやって見ると、こいつは私に似ている。むしろ、私より女の子らしい形をしている。上向きに上がった長いまつ毛に、部屋着から覗く細い体。柔らかい髪も、私にはなかった。
「アイスいる?」
「姉ちゃんと半分こ出来るやつがいいな」
「おっけ」
 人が良さそうな顔で笑って、奈南は親がいる一階に行った。
 私はスリッパをつっかけて、そそくさと家を出た。外は熱帯夜特有の暑さで、頼りない光の街灯には虫がたかっていた。心象のような、抽象的なものに対して嫌な気分だった。取り巻く現状はどこか悪化しているようで、でもどこから行動すればいいのか分からなかったし、どうにもならない気がした。無気力だった。
 うちの国では、私を含めて四人いる。まず絶対的存在のお母さん。水原家はすべて、母親の一言で決まっていく。お父さんは滅多に口を出さなかった。お父さんは隣県に毎日仕事をしに行っていて、夜遅くに帰ってきて、朝早くに家出る。そして弟が一人、奈南っていう人間はそれはもう、顔が整ったいわゆる美少年だった。愛玩動物のような愛嬌のある顔立ちで、数々のマダムたちのアイドル的な存在だ。いままで私は考えてみたら、奈南よりも顔が整った男の子を見たことがなかった。きっとこれから、沢山の女の子たちに思いを寄せられる気がする。一方で当の本人は内気でそういうことが苦手みたいだけど。
 とりあえずそんな、まあどこにでもいるような一般的な家庭だけど、居心地はあまり良くなかった。私にとっては、家は概念的には家じゃなかった。帰りたいと思ったことがない場所だった。
 母親とは上手くいったためしがなかった。中学生になると私が虐げられてきた過去のことを引きずってしまうことが、母親を一層苛立たせているようだった。根が暗い、何回言っても陰気な顔をして、視界に入れたくもない。その辟易とした表情の前ではなにも抵抗しなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。暴力は私の目覚ましになったり思考を諦めさせるものだった。
 男の子のように生きていこうと思った。なんとなく昔から雛人形は怖くて飾らないでくれとお願いしていたし、可愛らしいということで嬉しくなった気持ちはなかった。自分は女の子に向いていない気がした。女の子を誉めるような言葉は母親にかけられたことはなかったけど。そういう気持ちで、胸まであった髪を肩にも当たらない程まで切り落とした。奈南よりも少し短いくらいにまでになった私を見て、母親は怒ってしまい、そのことで長い間揉めた。
 強く、この空間から生き抜くことだけを考えていた。出ていこう。早く自立して。男の子のように強く。まったく私は、私の中では、戦場にいる孤独なソルジャーだったのだ。
 バイブ音がして、携帯を見ると母親からの連絡だった。早く買ってきてよぉ。その文字の下には、ゆるいスタンプ。
「……あぁ」
 あかあかと光るコンビニの前で、ひとり舌打ちを鳴らした。

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