複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.1 )

日時: 2013/12/14 22:10
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

第一話 『僕』

 雑居ビルが立ち並ぶ空気の汚れた世界に、僕は産み落とされた。僕は望んでいないのに、「母親」役の女性と「父親」役を買って出た男性が愛情の伴わない性行為を行った所為で産み落とされた。その後直ぐに、「父親」は逃げたらしく女手一つで育ててくれた「母親」には感謝している。
 「父親」が居ないお陰で陰湿な虐めを受けているが、別に平気だった。下らないことに時間を費やす「クラスメイト」が可愛くて、それでいて可哀想に感じるだけ。そう口に出したら決まって言われるのが「きもちわりぃんだよ!!」なんて、幼稚な言葉だけだった。

 それが、今までの記憶。これしか思い出すことが出来無い自分がどうしようもなく嫌になったが、外界と積極的に関わろうとしたことは一度も無いから仕方がなかった。お祭りにも、キャンプにも、公園にも遊びに行ったことは無い。僕を仲間はずれにするという行為しか、彼らには出来ないから。

 そんな事を思い出していると、苦しさの中に引き戻された。僕の上半身に馬乗りになり、圧迫された僕の肋骨を気にしない「誰か」は歪んだ笑顔で首を絞め続ける。首に「誰か」の指と爪が食い込む感覚が強まってくる度に、僕は僅かに開かれている気孔から喘ぐようにして息を吸い込む。頭の隅から白くなっていく感覚に、死の恐怖というものが沸々と現れてきた。
 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。魚のように口をぱくぱくと開き、少しでも空気を多く吸い込もうとするが空気は入ってこなかった。大きく横隔膜を上下させてから、僕の意識は宙へと飛んだ。


 僕は「誰か」がどうしようもなく怖い。七年前に付けられた「誰か」の指と爪の痕は今も消えないまま、首に巻いた包帯で隠している。昔以上に外を出歩かなくなった僕を「母親」は可哀想可哀想と言って、頭を撫でる。僕に同情はいらなかった。可哀想と言われても、体験していない人間に可哀想とは言われたくない。声も数年近く出していなかったため、声帯が衰退しすぎて声は出なくなった。
 今視界に映っている青空が広がり、柔らかな風が吹いた世界がとても羨ましい。開放されている家の庭では、見たことのない小さな「子ども達」が遊んでいた。背の小ささからして、園児か小学校の低学年あたりの「子ども」だった。その「子ども達」と一緒に遊んでいる「少女」は、見たことがある。

 窓を開け、外の空気をめいっぱい吸い込む。正常に、何も詰まることなく肺に向かう空気を感じながら窓の桟に両肘を置き、「少女」と「子ども達」の笑い声を耳に入れる。久しぶりに聞いた「誰か」の笑い声は、普段は雑音でしかなかったが少しだけ心地が良かった。僕にも居た「弟」は気づけば居なくなり、今は何処に住んでいるのかも分からない。そのため、今庭で遊んでいる「子ども達」くらいの大きさなのだろうかと、自然と想像してしまっていた。

「あっ! 久しぶりっ、××くん!」

 僕の名前を呼んだのか、よく分からなかった。名前の部分だけ外部の力で消されてしまったような、ノイズが入り込んだラジオの様に掻き消される。けれど「少女」が僕の名前を呼んだことに変わりは無かった。返事が出来ない代わりに、七年ぶりに作った笑顔を浮かべ小さく手を振る。それを見て「少女」は不思議そうな顔をしたが、直ぐに笑顔に変わり手を振り返した。
 「少女」は学生服を着ていて、その服の裾を「子ども達」に引っ張られながらまた遊びに戻っていく。僕もたまには外に出ようと思い立ち、病院で患者が来ているような服のままベッドから降りた。必要最低限の運動しかしない足は、全体重を支える際にグラリと力が抜けかけたが無事に部屋から出る。

「××、どこに行くの? ……もしかして、外?」

 階段の下から話しかけてきた「母親」に、階段の柵から少し身を乗り出しこくりと頷く。ゆっくりと不規則なリズムで階段を居り、玄関へと向かう。階段を下りてからは、壁を支えにしないと歩けないほど、足が疲れていた。玄関で黒いサンダルを履き、外界へと踏み入った瞬間に世界が変わったような錯覚をする。
 眩しい太陽が頭や肌をじりじりと焼き、熱せられた部分をふわりと吹いている風が優しく撫でる。家の横にある庭まで、壁伝いに歩いていくと笑い声が一際大きくなった。力が抜け、庭の芝生の上にどたっと膝が折れると「少女」と「子ども達」が驚いたように此方を見る。僕は、力の入らない体をごろんと仰向けにした。

「××くーん……。大丈夫?」

 「少女」と「子ども達」が、僕の周りにやってくる。「少女」のふわっとした茶髪が風でゆれた。「子ども達」は不思議そうに僕の顔を覗き込んだあと、僕が笑いかけると一瞬呆けた顔をしたが直ぐに嬉しそうな笑顔を見せた。
 炎天下の中で遊んでいた「子ども達」の手は、どれも暑く湿っていた。僕の顔や腕は、悴んだときと同じくらい冷たく赤くなっている。それが気持ちいいのか、「子ども達」は仰向けになったままの僕にぺたぺたと触れてくる。

「初めてこの子達と会ったのに、××くん直ぐに仲良くなっちゃうんだね」

 凄い、と笑った「少女」が発する僕の名前が分からないまま、僕も優しく笑顔を見せた。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.2 )

日時: 2013/03/18 21:20
名前: ゆぅ

はじめまして@
ゆぅと申します#

急にすみません><

お話、読ませて頂きました#
最初から最後まで引き込まれっぱなしでした。

まだ始まったばかりなのになぜかすごく長編読んだみたいな気分にみまわられます$

書き方も人物に「」がついていて何か言葉には表せない凄さみたいナンが伝わってきちゃいました#


色々曖昧ですみません><


「少女」と「××」そして「誰か」の関係が気になります@


また来させて頂きますね#
でゎでゎ、長文失礼致しました。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.3 )

日時: 2013/03/19 12:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

ゆぅさん

初めまして、柚子と名乗る柑橘系です。
「少女」と僕が、第一章のキーパーソンになります、多分。
「誰か」が誰なのかは、作者でも不明ですw

この作品も、多分長編になるので読んで下さっている方々が疲れてしまいそうで怖いですが(苦笑)
謎を広げて、色々と伏線も張って頑張りたいと思います。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.4 )

日時: 2013/04/02 16:45
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 少しすると「子ども達」は元気良く「じゃーねー!!」と言って、僕の家の庭から出て行った。「少女」は変わらず仰向けになったままの僕の傍に座り、遠くの青空を眺めている。僕は起き上がり、体育座り(三角座りとも呼ばれている)をして「少女」と同じように空を眺めた。真っ白な雲が、高く高く上り青と白の美しいコントラストを作り上げる。仕上げとばかりに数羽の鳥が、雲へ向かって飛び立ちだした。

「××くんは、私のこと覚えてるかな?」

 その言葉を聞いて、僕は「少女」のほうを見る。「少女」は少し戸惑った風だったが、僕に笑顔を向けた。綺麗な茶色の髪に、近所をよく通る同年代くらいの子達が来ている制服。フクロモモンガのような大きな黒い目が、僕の瞳を覗き込む。
 どきっとした僕の心臓は、一気に鼓動のペースを早める。初めての感覚に焦る脳内は必死で落ち着くように信号を出すが、無意味なようで更に鼓動は早まった。意識すればするほど早く大きく鼓動する心臓が主張し、僕の意識を全てそこに集中させる。太陽の熱さとは違う熱が、頭の芯をじわっと溶かすような、そんな錯覚に襲われた。

「……なんて、ね。えへへ、××くんが覚えて無くても無理は無いよね、うん」

 僕と繋がっていた視線を青空へとうつし呟いた「少女」の横顔は、寂しさと悲しさが入り混じり複雑な感情を漂わせる。その表情が僕を申し訳なさに苛ませたが、思い出せないのは仕方が無かった。僕の部屋に、「誰か」を思い出すための道具は一つもないから。
 窓際においてあるクイーンサイズのベッド。丸い形の白いラグに、黒の丸テーブルと白と黒のクッションが一つずつしかない。クローゼットに入っているのは、全て今着てる患者服と同じようなものだけで外出用のものは一つもなかった。それでも、今まで不自由なく暮らしている。

「私、そろそろ帰るねっ。ばいばい、××くんっ」

 立ち上がり駆け出した「少女」の背中は思っていたよりも小さく、僕だけでは支えきる事が出来ない何かがあった。「じゃあね」とも「また今度」とも、何一つ言えない口に、首に、僕はそっと触れる。氷のように冷たいだけの口と首。僕の体の冷たさが、そっと僕の心や全てを縛り付けた。
 僕の心と連動するように集まってきた雲が、雨を降らす。独特のにおいと、僕の冷え切っている体よりも温かい雨粒が直ぐ僕を濡らしていった。道路には水溜が出来て、排水溝へと雨水が落ちていき、木々に雨粒が落ちる。水分を吸いすぎた服は、骨が浮き出るほどに痩せた僕の体にぺったりと張り付いた。今なら流れても可笑しくない涙は、流れない。その代わり、僕の胸が痛くなった。

 ただいまも言わずに、家の中にはいる。ずるずると引き摺った足のせいで、サンダルには芝生が少しくっついていた。びちゃびちゃの濡れ鼠のまま、まっすぐ風呂場へと向かう。母親はキッチンにいるらしく僕には気づかなかった。体に張り付いた服を脱ぎ去り、肋骨が浮いた身体が脱衣所の鏡に映し出される。真っ白な体に浮かんだ青と紫の血管。僕は、僕の身体が嫌いだった。
 服を全て脱ぎ去り、そっと手を首へと持っていく。小刻みに震えだす手で、首に巻かれた包帯の留め具に指をかける。徐々に荒くなる息があの時の事件を思い出させる。「誰か」の手が僕の首を締め上げ、意識を失った記憶。まだ捕まっていないその「誰か」がまたやって来て、今度こそ僕を殺すのではないかと考えながら過ごす日々は予想以上に辛いものだ。

 留め具を慎重にはずし、包帯をとっていく。一日ぶりにみた首にはくっきりと「誰か」の爪痕と指のあとが残っている。目を閉じ包帯を取りきり、タオルを手にとって風呂場へと入った。冷たい体にかけられるシャワーはとても気持ちが良く満たされたが、僕の心は貪欲で何も満たされない。

「××? 廊下濡れてるけど、雨に当たったの? 風邪引かないように、ちゃんと温りなさいよ」

 小さく聞えた「母親」の声は聞き流された。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.5 )

日時: 2013/03/19 15:41
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A

初めまして、風死にと申します。
昔、交流を持っていた気がしますが最早初めましてで好い気がorz
始めの話が、台詞が無く読みづらい印象だったのに、話がポンポンと進んでいて凄い軽快だと思いました。
今後も頑張って下さい^^

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.6 )

日時: 2013/03/19 21:56
名前: 朔良
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=31808

 ……うまいですね。
 一瞬で柚子さんのファンになりました(*^_^*)

 文章がすごく好みです。
 物語もすごく素敵ですね!


 私はまあ、色々と複雑な家庭で育ってきたので……なんだか共感できるところもありますね。
 (あ、いやそんな漫画みたいなとこまで複雑ではないですよ?)


 更新応援してます!

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.7 )

日時: 2013/03/19 23:10
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

本編2レスしか更新していないのに、参照が怖い。

*
風死さん

どもども、柚子です。
人とあまり関わらないので、初めましてでもいいですね(苦笑)

始まりを読み難くしたのは、わざとです。
最初からぽんぽんいってしまうよりも、緩急のようなものをつけたほうが後の展開の速さがカバーされるのでb

コメント有り難う御座いました^^

*
朔良さん

初めまして、柚子と言います。
柚子のファンに、ですか……? 嬉しいです* が、同時にプレッシャーでもありますね(苦笑)

文章が好みと言っていただけて恐縮です^^;
まだまだ未熟ですが、頑張ろうと思います。

コメント有り難う御座いました^^

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.8 )

日時: 2013/03/21 22:06
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 疲弊しきった僕は、バスタオルで体を包んだまま脱衣所でしゃがみ込む。一日でここまで疲れたことは、今までなかった。昔の記憶では朝から夜まで外を駆けずり回って、それでもまだ元気に「遊ぼう!」と周りを巻き込んでいた記憶しかない。
 のぼせ気味の身体がだるかったが、着替えが無いことを思い出しよたつきながらも脱衣所からでる。少し湿った足の裏が、ぺたぺたと音を立てフローリングに足跡を作っていたが気にすることはなかった。バスタオルを腰に巻いたまま、僕はゆっくりとリビングに入る。
 大きな窓を雨がぱたぱたと濡らしていた。僕はいつものようにテレビボードに置いてある小さなメモ帳とペンを手に取り、文字を書く。「少女」も「母親」も呼ぶのに分からない僕の名前を。メモ帳に書き終え、ペンをしまう。キッチンで料理をしている「母親」のもとに、歩いていく。

 とんとんと「母親」の肩を叩く。包丁を使い、魚のうろこを取っていた「母親」は僕を確認すると、裸同然の姿に口をぽかんと開けたが直ぐに表情を変え「どうしたの?」と笑顔で聞いた。僕は自然に開いた口を閉じ、手に持っていたメモ帳を「母親」に渡す。
 不思議そうな顔をしてメモ帳を受け取った「母親」は、僕が書いた疑問を見て驚いたような、悲しんでいるような表情を見せた。如何してそんな表情をしたのか僕は分からなかったから、じっと「母親」を見つめる。

「ペン、持ってきて」

 暫くしてから言った「母親」の言葉に頷き、僕はゆっくりペンを取りにテレビ台へと行く。数本置いてあるペンの中から、よく「母親」が使うピンク色のボールペンを持ってキッチンへ戻った。「母親」にペンを手渡すと、小さな子が書いたようなぐちゃぐちゃな字の下に「母親」の綺麗な文字が書かれていく。
 はい、と渡されたメモ帳を両手で受け取り書かれた文字を読む。漢字で「社木 伊吹」と書かれた上の部分に「やしろぎ いぶき」と書かれていた。それが僕の本当の名前なのかは、分からなかったが「母親」が書いた名前だったから僕は「社木 伊吹」という名前を使うことに決めた。

 ペンを元にあったところに戻し、湯冷めし始めた体を摩りながらリビングを出る。少し雨が弱まったのか雨音は小さくなっていた。階段を手すりを使って上り、僕の部屋へと入る。僕の名前が書かれたメモ帳を、ベッドに寝転がった状態で眺める。苗字も、名前も、何一つ知らなかった。
 僕の名前は伊吹だと、ずっと心の中で唱える。忘れてしまわないように、間違えてしまわないように。ふと「少女」が去り際に見せた悲しげな表情を思い出した。僕だけじゃ如何にも出来なかった「少女」の内の何かが、とても気になる。同時に、また来て欲しいなんていう淡い感情も現れた。

 せめて声が出せればと思いつつ、ベッドから下りクローゼットを開ける。同じ服しか入っていない中から、煤のような汚れがついた一枚を取り出し着た。他の服よりはワンサイズ大きく、僕の体に丁度合うとは言い難い。けれど、今はこれに一番惹かれた。バスタオルを手に持って、脱衣所へと向かう。
 階段を下りる途中に聞こえた談笑の声が「母親」と「少女」のものだと分かり、足元にバスタオルを置いた。音を立てないように階段を下りきると、玄関には予想通り「少女」が僕の「母親」と話していた。手に持っている赤い傘からはポタポタと水が垂れている。

「あ、××。今日から椿木ちゃん家に泊まるから、仲良くしてあげて」

 ――僕の名前は、伊吹で。社木伊吹って男で、それで、それで!
 上辺では笑顔を見せながら、パンクした脳内をどうにか整理しようとする。僕が今理解できているのは、名前が社木伊吹で性別は男ということだけだった。

「伊吹くん、さっきは急に帰っちゃってごめんね。それと、今日から宜しくお願いします。私、時雨 椿木(シグレ ツバキ)です」

 鮮明に聞こえた僕の名前に、騒がしかった頭の中がぴたっと静まった。「母親」の声では不鮮明だった僕の名前は、「少女」が呼べばすんなりと耳に入り、脳にまで伝わった。けれど「母親」の声がくぐもって聞こえたことは、一度も無い。
 不思議な気分になりながら、僕はバスタオルを拾い部屋へと帰った。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.9 )

日時: 2013/03/24 13:22
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: タグはきっと『君撃ち。』『かぎかっこが多い小説』だろうな

 それからの生活は少し変わり、僕が朝起きると「椿木」と「母親」がキッチンで朝ごはんの準備をして、僕が顔を見せた所でご飯が始まる。ご飯を食べ終わると「椿木」は学校へ行く準備をして、学校へ行く。道の途中まで送っていくのが僕の日課だ。
 すれ違う「椿木」と同じ制服を着た「人たち」にチラチラと物珍しそうに見られるのが初めは辛かったけど、今は少し慣れてきている。言い出したのは僕ではなくて「母親」だったけど、そのことに僕は少しだけど感謝していた。「椿木」は最上級生と呼ばれているらしくて、残り数ヶ月生徒会長の役割が残っているらしい。

「それじゃ、行ってきます」

 まだ少し歩けると思ったが、一度後ろを振り返り僕の家が見えにくいことを確認して「椿木」に、行ってらっしゃいと手を振った。「椿木」はもう一度笑顔を僕に見せると、背負ったリュックを横に揺らしながら駆けていく。もう小さくなってしまった「椿木」の姿を見てから、僕は回れ右をして家へ帰った。


「おかえり、××。今日の夕方、椿木ちゃんお友達連れて帰って来るらしいから、まだ人に慣れてないんだったらリビングか、自分の部屋にいて良いからね」

 玄関で靴を脱いでいるとき「母親」に言われたことを忘れない内に、リビングに置いてあった僕の荷物を持って部屋に運ぶ。知らない人と会うのも、話すのも嫌だったから部屋のカギを掛けた。昇る途中の太陽が部屋を照らす。
 白いベッドがより一層白く輝いて見えた。部屋に入って立ち尽くしたままだった僕は、手に持った荷物を黒いテーブルの上に置く。昨日の夜使ったままだった人生ゲームやトランプを置き、ベッドに横になる。じっとりと汗が出てくるようなそんな夏の日差しを浴びながら目を閉じた。足りていない睡眠時間のツケが回ってきたのか、僕は睡魔に身を任せた。




「ただいまーっ、お友達連れてきたので私の部屋で遊びますねーっ」
「お邪魔しますっ!」
「遅くにすいません、お邪魔します」
「こんちゃっす! お邪魔しまっす!」

 ――最悪な目覚め。

 聞き慣れない声が、僕の聴覚を占領する。「母親」が応答する声と「椿木」が指示を出す声が良く聞こえないくらい、大きな声。むくりと起き上がり、部屋の鍵が掛かっていることを確認した。ちゃんと掛かってる。「母親」には「椿木」が帰ってきたとき僕に構わない様にお願いしてもらった。
 ばたばたと鳴る足音。近い。近い。近い。手が震えた。目は自然と見開く。薄いシーツを一枚手繰り寄せる。ぐるりと体に巻きつけ、耳をふさいだ。ぎゃいぎゃい騒ぐ。聞き慣れない汚い男の声と、「椿木」よりも甲高くて耳が痛くなる声。

「あ、ジュースとかもってくるから私の部屋に行ってて。他の部屋入ったらだめだからね。……本当に怒るから」

 僕の聞いたことのない「椿木」の低い声は、他に「入ってきた人」も聞いたことがなかったのか小さな声で、はーいと返事が聞こえた。「椿木」は「友達」が部屋に入ったのを確認したのか、僕の部屋の扉をこんこんとノックする。
 僕はシーツに包まった状態で、カギをはずし扉をあけた。笑顔だった「椿木」が僕の姿を見て、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。首筋や額に、冷や汗がうかんでいたからだろうか。理由は分からなかったが小さな声で「学校祭の打ち合わせだけだから、直ぐ終わると思う。みんな泊まる予定は無いから、ごめんね」と僕の耳元で言い、「椿木」は階段を下りていった。

 初めての出来事に、僕は耳が熱くなっていくのを感じる。音が鳴らないように扉を閉め、カギをかけた。扉にもたれかかるようにして床に座り込み、恥ずかしがっている自分を隠すようにシーツで体全体を包んだ。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.10 )

日時: 2013/03/24 15:28
名前: 千鶴 ◆t8xM.VhDXM



 描写が丁寧で羨ましい限りです。
 そして引き込み方がお上手で……
 一気にぐぐっと作品につれてかれました笑

 紹介が遅れました、千鶴という者です
 こちらで書き始めたばかりなんですが
 やっぱり未熟だなあという気がします。

 柚子さんの他の作品にも軽く目を通したのですが、
 世界観が独特で、本当羨ましいです笑

 私には無いものばかり持っていて
 少しくらい分けてもらいたいですね……笑

 そしてお話しがポンポンと軽快と進む割には
 私とは違って文章が丁寧で !!

 リスペクトしまくりです笑

 続き楽しみにしています !!
 私的に伊吹君の名前が気になりますね

 執筆頑張って下さい!!また来ます(・∀・)

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.11 )

日時: 2013/03/24 21:30
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

千鶴さん

初めまして、柚子と言います。

まだまだ技術面では未熟な点ばかりです。
言ってしまえば、全て未熟なので万年見習いから卒業しないつもりです(苦笑)

自分は彼是こちらでは四年目に入り、執筆では五六年やっているのでそれの集大成が今だと思っています。
十年近く執筆をされている人には、遠く及びません。

軽快に進めるのは『咎人』からの教訓でして。
同じシーンでgdgdするよりも、ちゃっちゃか進めてしまおうと思っているので。←

リスペクトは……しないであげてください、プレッシャーには弱いのでw

コメント有り難う御座いました^^

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.12 )

日時: 2013/03/26 20:04
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 何分か、何十分か、何時間か。扉の前で蹲ったまま僕は少しも動かなかった。同じように顔の熱さも少しも変わらない。着ている服は、背中から出る汗のせいできっと素肌が見えているなぁ、なんて考えた。相変わらず隣の部屋からは五月蝿いくらいに声が聞こえてくる。
 「男」の大きな声と、「女」の小さな声。誰よりも静かで丁寧で、柔らかい声は「椿木」のものだと直ぐ分かった。僕は立ち上がって、扉の鍵を開ける。シーツを被ったまま一階へ行き、リビングへ入った。「母親」に不思議な顔をされたが、気にせずにキッチンへ向かう。
 冷蔵庫をあけ500mlのペットボトルジュースを取る。中に入っているのがスポーツドリンクだと確認して、キャップをはずし飲む。独特のにごった色をごくりと飲みこみ、口からペットボトルを放した。シーツで口元を拭き、リビングのソファにどっかりと座る。

「二階の子達、元気よね。お母さん凄いと思うわ。××も椿木ちゃんみたいに学校行ったりしたい?」

 「母親」の冗談には何も返さずにソファの上に足を乗せ、縮こまる。シーツに体全部を包んだ僕は、傍目から見たら白い置物だろう。「母親」にシーツ越しに頭をぽんぽんとされ、内心でそんなに子どもじゃないと毒づいたが、静かに目を閉じて眠ってしまった。
 


「いーぶーきーくーん、みんな帰ったよー」

 「椿木」のその言葉に、ばっと頭を上げる。ジンとした後頭部の痛みを感じ、シーツの中で後頭部を手で押さえた。シーツの間から「椿木」を見ると、顎を押さえて蹲っている。僕は痛みをこらえながら、「椿木」の頭を撫でた。ふわふわの茶髪が自分の手に触れているのは、とても不思議で少しだけ優越感に浸れる行為だった。
 優しく撫でたり、わしわし激しく撫でたりすると、段々「椿木」の髪の毛がボサボサになっていくのが見れて少し嬉しい。「椿木」はされるがままに撫でられていて、時折小さなうめき声が聞こえた。だけど僕は止めないで、うなり声が聞こえるたびに優しく撫でるようにした。

「ちょっ、伊吹くん! 髪っ、髪ボサボサじゃない!?」

 出そうで出ない言葉を飲み込んで、ボサボサになった「椿木」の髪の毛を整える。
 言葉が伝えられなくて、ごめんね。
 「椿木」の望んでいる答えをあげられなくて、ごめんね。
 気を使わせたら、ごめんね。
 そう、心の中で僕は謝る。どうやっても「ごめんね」がありがた迷惑に引っ付いてきて、どうしようもなかった。顔を見せないようにシーツで全部包まってから、「椿木」の頭をいじっていた手をしまう。

「……伊吹くん?」

 心配そうに声を出す「椿木」に、「母親」が楽しそうにクスクスと笑った。その笑いの対象が僕だとは分かったけれど、何も言わなかった。言えなかった。悔しかったけど涙は出なくて、そのことも容易に想像ができているだろう「母親」は何も言わない。
 何が原因なのかもきっと分かってる「母親」は、敢えて僕をほうっておく。僕が伝えるか、「椿木」が気付くかを少しだけ試しているようなその態度が好きじゃなかった。

「ね、伊吹くん。どうか……した?」

 「椿木」への言葉は、全部「ごめんね」で埋め尽くされた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.13 )

日時: 2013/03/27 22:25
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 小さな頃はお喋りで。口を開けば今日の出来事や、楽しかった思い出を何度も繰り返して話していた――気がする。七年前のとある日の出来事は、今はもう、社木伊吹とその「母親」の記憶ぐらいにしか留まっていない。僕を殺そうとした「誰か」は、何かで聞いたが同日に銀行強盗をして、銀行の「職員」を殺害した。
 そのまま「誰か」は逃げて、僕を見つけ誰も来ないような廃ビルに連れ込まれ首を締め上げた。きっと僕の苦しそうな表情は、「誰か」にとっては悦だったんだろう。「椿木」の声を感じながら、僕は外界の音をシャットダウンするかのように、過去の出来事を思い出していた。

 僕に居たはずの弟は、それっきり姿をけした。家に仏壇は一つも無い。「母親」一人の財力では厳しかったはずの一軒家に、神棚も仏壇も無かった。「母親」が僕の弟について何か言ったりしたことは、一度も無い。僕から話を振ることは、ゼロに等しかった。

「伊吹くん、何か気に触ること言っちゃってたら、ごめんね。それじゃ、私お風呂行ってくるね」

 そう言った「椿木」の気配が遠くにいったのを感じる。シーツから頭を出して、キッチンのほうを向くと「母親」が晩御飯を作っていた。香ばしいごま油の匂いが鼻腔をくすぐる。メモ帳とペンを取るためにソファをおりた。
 メモ帳と普段使っている黒ボールペンを手にとって、キッチンへ向かう。金網の上に揚げた鳥のから揚げがおかれていた。香ばしいごま油の香りは気のせいだったようで、IHヒータの上には油が沢山入ったダッチオーブンが一つだけだった。

「伊吹くんのお母さん、お風呂借りますね」

 顔を覗かせた「椿木」に「母親」は、遠慮なく使ってね、と笑顔を向けた。

「さて、××は何か言いたいことあるの? ご飯の準備中にキッチンくるなんて、珍しいじゃない」

 たれに浸かった鶏肉をダッチオーブンの油の中に入れ、「母親」が聞いてくる。僕はボールペンのキャップをはずし紙に“椿木はどうして、僕達の家に来たの?”と書いた。相変わらず、子どもみたいな汚い字で。
 それを見せて、僕は「母親」の表情を窺う。本当に困ったときは、いつも感情の伴っていない笑顔を見せるから。じっと「母親」を見つめて、回答を待つ。「母親」は先ほど油の中にいれた、程よく揚がったからあげを金網の上に出し口を開いた。

「椿木ちゃんね、お母さんとお父さんに虐待されてるんだって。学校が午前中だけのときは、家に帰りたくないらしくて、よく家の庭にくるのよ」

「それで、ついに耐え切れなくなったらしくてね。この前××が椿木ちゃんと会った時に、招き入れちゃった」

 ごめんねぇと、ゆるく言った「母親」に、メモ帳で書いた、ありがとうを見せリビングへ戻る。メモ帳とボールペンをもとの場所に戻して、部屋へ戻った。どうしようもなく、罪悪感に襲われたまま僕は部屋に入りラグの上に横たわる。

 ――ごめんね、勝手に聞いちゃって。

 そんな申し訳なさが慣れなくて、僕はクッションを抱いたまま横になって動かなかった。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.14 )

日時: 2013/03/29 15:55
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 謝ってばっかりだ。声に出せないまま、出そうともしないまま心の中で謝り続ける。声が出せないのが苦になったのは、初めてだ。「母親」となら筆談でやっていける、耳は聞こえるから話の内容も理解できる。けれど僕の声が出ないことを良く分かっていないのかな、「椿木」は。
 書いて教える手もあるけれど、あからさま過ぎて。“僕は声が出ないんです。だから代わりに書いたので見てください。”なんて、馬鹿げてる。七年前の事件すら無ければ、きっと元気に遊んでいられたんだろうな。今でも、十分元気に遊べるのか。自分が動こうとしなかっただけで。

 クッションを離し、無音の部屋を見渡す。窓から差し込んでいる満月の光がベッドを照らしていた。都会独特の喧騒も無い場所だから、夜になれば月や星が綺麗に見える。田舎程ではないけれど、それなりに空気も澄んで星も綺麗だ。

「いーぶきくん、入ってもいーい?」

 ドア越しに聞こえた声に反応して、僕は扉の正面まで歩いていく。一度首に触れ、包帯があることを確認した。「母親」にも、「椿木」にも見せたくない傷は、隠さないといけない。包帯から手を離し、ノブに手を掛け扉をあけた。正面にはまだ少し髪が濡れている「椿木」が笑っている。
 僕も少し笑顔を作り、「椿木」を部屋に招き入れる。部屋の電気をつけると、電球の眩しさに思わず目を細めた。「椿木」がラグに立ったままだったから、手で“座ってどうぞ”と示す。申し訳なさそうに微笑んで、その場に「椿木」は座った。

「男の子の部屋って初めてはいるけど、物全然ないんだねー」

 きょろきょろと僕の部屋を見る「椿木」に、なんと言葉を返せばいいのか分からなかった。取り敢えずベッドに付属している引き出しの中から新品のメモ帳と同じく新品の黒ボールペンを取り出す。“そうでもないよ”と書き、「椿木」に見せた。
 
「えー、そうかなー。ってこんな事話に来たんじゃなくって。……うるさかった、かな? 夕方にみんな連れてきたのに、帰るときは真っ暗になっちゃってさ」

 僕は座ったまま黒いクッションを手繰り寄せて、胡坐をしてる足の間に置いた。利き手である左手にはペンをもったまま、「椿木」の話を聞く。

「それで、学校祭の進行役とか確認してプチリハーサルもやってみたんだ。本番、明後日だから。それでね、明後日の学校祭に伊吹くんに来てほしくって」

 どうかな、と僕を見る「椿木」。返答に困ったけれど、“いいよ。何で?”とメモに書いて見せた。少し考えた表情を見せたあと、「椿木」が口を開く。

「んー、楽しんで欲しいからかな。隣町の中学校の子とかも、沢山来て楽しいんだよ。私がちゃんと責任持って案内するし」

 得意気に胸を張ってみせた「椿木」に、思わず口角が上がった。少し不服そうな「椿木」の顔が、無性に可愛く感じる。可愛いな、と言いたかったけど言えなかったからただ声を出さないまま笑顔を向けた。頬をふくらまし、体育座りをした「椿木」の頭を「母親」にしてもらったようにぽんぽんとする。
 僕をじっと見てくる「椿木」の視線を気にしないで、右手でぽんぽんとし続けた。まだ少し湿っている髪の毛は新鮮だと感じる。可愛いな、「椿木」って。

「結局どうする、伊吹くん。学校祭くる?」

 僕に撫でられたまま聞く「椿木」に、さっとメモ帳に書いた文字を見せる。嬉しそうな顔をして、「椿木」が僕を見てきた。満面の笑みで「ありがとっ!」と言う。僕はその笑顔にときめいたのか、赤くなった顔を見せないように、顔を背けた。

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Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.15 )

日時: 2013/04/01 12:30
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 苦しんでる表現が、難しい。

 甘酸っぱそうな青春ごっこも、楽しいんだなと心の中で毒づいた。「椿木」が居なくなった後も余韻に浸り動かない自分への嫌味だったけれど、嫌味ではなく現実を認めたくないだけの言い訳だなと思う。思っている以上に、きっと僕は「椿木」に惚れている。今も目を閉じれば、隣にいる「椿木」を思い出せる。
 シャンプーかトリートメントの柔らかな匂いを纏って、遊びに来た姿が。悶々としてきた脳内の俗物を頭を左右に揺らし振り払い、ペンとメモ帳を手に持って立つ。ベッドの下の引き出しを開け、手に持った二つをしまう。引き出しを閉める前に、中から時計を取り出し時間を確認した。
 
 もう既に十時を回っており、外は深い闇に染まっている。ベッドに上がり大きな窓を隠すようにして、カーテンを閉めた。白熱灯の眩しい明かりを消すためにベッドから降りる。相変わらず無音の部屋に、僕の足音だけが響いていた。電気を消し、真っ暗な室内に目を鳴らす。
 やっと目が慣れ、テーブルの位置を確認しゆっくりとしたペースでベッドへ行く。夏の蒸し暑い空気に耐えながら、薄手のシーツを胸元まで持ってきた。もともと体温が低いこともあり、夏場でもシーツを掛けないと霜焼けになり掛けることがある。昼間は暑くても、明け方は少しだけ肌寒い日が続くからだ。

 目を閉じるとほぼ一日中寝ていたのに関わらず、直ぐに眠りにおちた。




 
「――ひゃははっ! お前みたいな餓鬼を殺しちまうのは気が引けるんだけどな、お前が誰かにチクっちまう可能性は否定できねーだろ?」

 やめてやめてやめてやめて!

「女みてぇに細いやろーだな、お前は。ひゃはっ! 女だったらヤっちまっても……別に問題は無かったんだけどな」
「おい、ふざけてんなよ。さっさとやっちまえよ」

 苦しい痛い怖いやだ、やだ、やだやだやだ。

「ふざけるんなっつって、あんたも楽しそうじゃねーかよ、ひゃははっ! おい餓鬼、死ぬところ俺たちが見届けてやるからな、ひひゃははははは!!」

 苦しいよ、お母さんお母さん、助けて助けて――ッ。





 息が詰まりそうな状態で、僕は思い切り飛び起きた。息は乱れ、背中からは冷や汗がべったりと流れ落ちている。からからに乾いた口の中から、たった少しの唾液を飲み込む。口を開けば、陸上で短距離を走ったあとのように、息が乱れた。カーテンの隙間からは漏れた日光に気づくのに、何分も掛かった。
 息が整い始めると、外で囀っていた鳥の声が聞こえる。恐る恐る首に手を添えてみると、思ったとおり包帯が取れていた。周りをきょろきょろと見ると、床に落ちていた。ベッドから下り、引き出しを開け新しい包帯と留め具を取り出す。

 何時もより少しきつめに包帯を首に巻き、シーツや枕カバーを手に取った。長いシーツは引き摺り、枕カバーは手に持ち部屋から出る。階下からは朝御飯の良いにおいがしてきたが、今はご飯よりも風呂に入ることしか考えられなかった。
 一刻も早く、気持ち悪い汗をどうにかしたい。ただそれだけが、脳内を支配していた。階段を下りるところで「誰か」に声を掛けられた気がしたが、声は一つも入ってこない。真っ直ぐ脱衣所に行き、服を全て脱いだ。


 相変わらず真白い肌が、今だけは酷く可哀想に見えた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.16 )

日時: 2013/04/01 13:05
名前: 憂紗

初めまして、憂紗(華世)と申します。

以前から拝読させて頂いていたのですが、描写が凄いですね。
独特な世界観といいますか、もう見習いたいくらいですw
題名から凄いですものwww

では、更新頑張って下さい。
暇があればまた来ます* 

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Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.17 )

日時: 2013/04/01 22:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: この小説の>>1を理解できる人は少数だろうな。

憂紗さん

初めまして、柚子と言います。

描写等は、何も凄くは無いですよ。
世界観が独特だと様々な方に言われますが、自分は普通に書いているだけなんですよね……。取り分け自分が執筆に関して癖があるということじゃないかな、と思います。
題名は何も凄くないと思うんですけど(汗)

コメント有り難う御座いました。

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Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.18 )

日時: 2013/04/02 15:33
名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw

ちょいと足跡を残そうかと。(あ、汚れる? すみません…。

最初の解釈っていうか描写を読み解くのが、やはり日向では難しかったようで。
そういえば「柚子氏の一人称小説って最初の方は名前が無いですよね、視点主人公の。
でもそこが人を引きつける要素なのでしょうかな。先を読みたいと思いました。

そういえば>>4の母親の声ですが「〜風邪ひか無いように、ちゃんと温まりなさいよ」のところって、引く(orひく)、ではないのですか?
演出的なモノだったら口出しスマソ土下座ですけど。

エイプリルフールの奇跡では無いかとw
それでは、また他小説の更新もまいぺーすで頑張って下さいな^0^

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Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.19 )

日時: 2013/04/02 21:08
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: そんなに独特の世界観、かなぁ…。

日向さん

いや、もう汚していってくださいなb

最初の解釈は、そうですね。雑談スレのほうにでも解釈レス書いておきましょうかねぇ。
一人称小説は、基本的に名前を出さないですね。
裏話ですが、この小説の登場人物は「僕(伊吹)」「私(椿木)」「母さん(母)」で進めようとしてたくらいですb 実名を伏せたまま――。
名前を出しても出さずとも、読みたいと思ってもらえる書き手になりたいものです。

ああ、忘れていた誤字場でしたw
ありがとうございます*

エイプリルフールに嘘を一つもつかなかったことが甲を制した感じですかね(何か違う
はい、他小説たちもぼちぼちやっていこうとおもいます。

コメント有り難う御座いました^^

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Re: 君を、撃ちます。 /保留解消 ( No.20 )

日時: 2013/04/04 13:42
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 嗚呼もう。僕の描写を書く時は、辛いなぁ。

 何時もとは違う所。
 一、普段よりきつく巻いた首の包帯。
 二、普段より醜い身体。
 三、普段より白く気味が悪い身体。


 ユニットバスに張られた白濁としたお湯に浸かりながら、僕は僕の嫌いな部分をあげていく。何を考える気にもなれないあの夢のあとに、風呂に入るのは気分が悪かった。あの日の記憶をなくす寸前までの記録。頼んでいないのも知らん振りをして精神的外傷として残された、あの日の記憶は僕を呪っているみたいだ。
 残された傷はいつ何時も僕を監視して、いつかまた殺してやるぞって脅しをかけるような。そうしてまた、僕を見つけて七年前のあの日を再現するループを繰り返す。連れ込まれ、倒され、脅され、殺人未遂に至るループを延々と。

「××ー、着替えと換えの包帯持ってきたから置いておくわね」

 「母親」のいつもの声の後、足音が遠ざかっていくのを聞き水圧におされつつも立ち上がる。およそ十分くらい座っていたため、血が下がっていき目の前がくるりと反転した錯覚に囚われた。“やばい”と思ったときには遅く、頭を軽くユニットバスにぶつけ盛大な音を鳴らし、背中からお湯に浸かった。
 頭の痛みが一番酷かったが、それ以上に視界の治らなさに悶々とする。チカチカと、アナログテレビの砂嵐の中に現れる小さな光が瞼を閉じた状態でも現れ続けた。思わず不幸体質だと、僕を嗤ってしまいたくなった。けれど、嗤いたくても笑顔が出来ない。

 ――感情も、死んだのかな。

 ようやく視覚が正常になったことを確認し、頭の痛みに堪えながら再度立ち上がりさっさと浴槽から出る。風呂場の扉を開けると、程よい涼しさの風が僕の身体を撫でた。桃色になりかけた肌が、その風のお陰で正常な白へと戻る。冷たく、凍てついた印象しか与えない肌へと。
 ぺたぺたと滴る水はそのままにして、タオルを取り髪にばさっとのせる。そのままの状態で――産まれたままの姿で――僕は蹲った。流したくても流れない涙に、叫びたくても叫べない喉に、言いようのない悲しみをぶつけるために。心は涙を流したまま、何事も無かったかのように僕は髪の毛の水滴をある程度とり、身体の表面にういた水滴をすいとった。

 肋骨の凹凸をタオル越しに感じ、また少し悲しくなる。つうっとつたった液体にはっとして顔をあげた。真っ白な肌の上を黒い瞳の中から出てきた透明な汁が、一筋の道を作り上げながら顎の下までやってきていた。それから、声を上げられないままに只管汁がこぼれる。
 意味の分からないまま流れ出るソレは、僕の制御が聞かなくて。望んでいないのに僕の弱さを外へと吐き出した。迷惑で、どうしようもない位お節介。望まないままに、僕の知らない位精神的な外傷が僕には残っていたらしい。たった一夜の短い夢に壊されるほどの精神しか、僕には無かった。
 
 まだ流れてこようとする液体がたまった目を、タオルで雑にごしごしと擦る。目の周りが赤くなるまで擦った。目の周りだけ薄桃色のアイマスクをしているような風になったが、気にも留めず服を着る。下着も全て、「母親」が持ってきてくれていた。
 服を着終え、見たくない自分の首を鏡に映す。映す必要は、本当は無かった。けれど、今だけは傷を見て包帯を巻こうと思っていた。湿ったままついていた、朝おきて直ぐつけた包帯をはずし洗面台の中にべちゃりと入れる。

 巻き数が少ない包帯を、首にくるくると巻いていく。一周、もう一周と巻いていくたびに傷は見えなくなり、首は圧迫されていった。全て包帯を使い切り、留め具で留める。首に包帯が巻かれた何時もの光景に、また少し悲しくなった。


 何時もとは違う所。
 一、何時もより多く巻いた包帯。
 二、何時もより正常じゃない僕の感情。
 三、何時もより辛く感じた存在意義。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.21 )

日時: 2013/04/03 23:44
名前: 悠幻 ◆3Bjz./.EWI
参照: 某友人じゃない方ですb

他の作品はROMってましたが、此方ではコメントさせて下さい。
出て行けとおっしゃれば消える所在ですw

僕が、なんか僕と重なるし、凄く読み易いんですよね。
あ、勝手に重ねてすいません((
個人的には、伏線探しが楽しくてw
>>1の深さに吃驚。おや、深くなかったかな…

頑張らない程度に頑張って下さい。
では

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.22 )

日時: 2013/04/04 13:41
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 嗚呼もう。僕の描写を書く時は、辛いなぁ。

悠幻さん

あら、こんにちわー。
参照了解致しましたw

いえいえどうぞ重ねちゃって下さい。
柚子に重なる部分も、無きにしも非ず、ですがね←
>>1は、多分誰もが思っているよりも深くて沈んだ部分ですよ。
表面上の解釈だけでは、後々書いていったら意味が分からない部分も出てくると思います(

いい加減程度に真面目に頑張ろうと思います。
コメント有り難う御座いました。

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Re: 君を、撃ちます。  一字保留中 ( No.23 )

日時: 2013/04/07 19:28
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 嗚呼もう。僕の描写を書く時は、辛いなぁ。

 目元を骨ばった腕でこすりながら脱衣所を出た。「母親」は買い物に出かけたのか、家は誰の気配もしない。不自然なくらい静まった家は、どうも不気味で苦手だ。七年前のあの日がフラッシュバックしそうになり、思わず口を手で覆い蹲る。壁を背もたれにし、座り込む。

 七年前のあの日も同じように、遊びつかれ木に凭れかかっていた。「友人たち」と小さな雑木林に秘密基地を作り、昼時に「みんな」が帰ったころだ。僕が、忽然と姿を消したのは。刑事ドラマでよくあるパターン、口元に思い切り紺色の何かを押し当てられた。
 気づいたら既に意識をなくして、起きた時には「誰か」が胸を圧迫していた。首がきつくなり、何の声も出せなくなる恐怖が今の僕を襲っていた。伸ばした手は、首に巻かれ、強い力がこもる、きつくきつく。スパークする視界。息は喘いだ。あの日助かった命を、捨てようとする。

 段々と何も考えられなくなり、力が抜けてきた。先ほど巻いた包帯のお陰で、少しの力でもあの日と似た苦しさが蘇っている。全ての毛穴から水分が出てくる感覚に、気持ち悪さが背筋を走っていった。
 背中もじっとりと汗が出てくる。きっと今「誰か」がやってきても、僕に声は届かないと思った。実際僕は一度そういう風になったから、そう思える。消えかけた景色の中、「視界の端に写った人物」が「誰か」は、分からないまま僕は目を閉じた。














 見覚えがある、真っ白な天井が目が覚めた僕を歓迎する。端っこに見えた袋からは管が繋がっていて、僕の右腕に刺さっていた。視線を下に向けると、医療ドラマでよく出てくる人工呼吸器が付けられている。
 そこで初めて、僕が今いる場所が病院だと分かった。そう認識すると、アルコールのにおいが鼻を刺激し始める。遠く聞こえる様々な女の人たちの声。ぼやけ始めた視界に抗い、目を開け続ける。

「伊吹くんっ!」

 聞きなれた声が「椿木」だと分かるのは、遅かった。音が所作の後に続いて聞こえる錯覚で、「椿木」が視界に入ってきたとき僕の名前を呼ぶ声がした。目に涙を溜めた「椿木」は、喜怒哀楽のどれを表すかに困惑しているようだった。
 疲れたのかどうしたのか分からないが、ぼやける視界に耐え切れなくなり目をつぶる。その間に増えた声は「母親」しか分からなかった。聞いたことの無い声が、僕の周りを取り巻いているような、そんな感じがする。

 
「息子は……大丈夫ですか?」

 心配そうな「母親」の声。医療ドラマと同じ、くさい芝居が始まる気がした。ぼやける視界を我慢し、目を開ける。マスクに白い服を着た「おじさん」と「おばさん」が、僕の右側にいた。左側には「椿木」と「母親」。
 涙ぐんだ目で僕を見て、嬉しそうな表情を浮かべる「母親」に対し、微笑みかけることも出来なかった。しようと、しなかった。「椿木」も「母親」と同じで、涙をため嬉しそうに僕を見る。僕の何も知らないくせに幸せそうな表情を作れる「二人」が、僕はとても羨ましい。

「命に別状は無いので、大丈夫でしょう。ですが、重篤な高次機能障害による記憶障害や麻痺が残る可能性も有りますので……まだ、なんとも」

 上っ面の同情を前面に出し「医師のおじさん」が言う。僕は後遺症があろうが無かろうが、重要性を知らないから別にどうでもいいと思っている。けれど、「医師」の発言を聞いた「母親」と「椿木」は絶句した様子だった。
 人工呼吸器のゴムが頬に食い込むのがとてもいずく、今はそのことだけが頭にあった。それ以外は、どうでも良い。「椿木」が囁いた“大丈夫だよ”も、「母親」の直ぐにでも崩れ落ちそうな表情も。今はどうでもよかった。

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Re: 君を、撃ちます。  /保留解禁 ( No.24 )

日時: 2013/04/06 22:59
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: スクロールが短くても、書いているのは1500字オーバーです。


 「母親」と「医者」「看護師」が部屋を出て行ってから、僕は一滴ずつポタポタと落ちる点滴を見つめていた。「椿木」はベッドのそばの椅子に腰掛け、僕の左手をぎゅっと握っている。何時も以上に冷え切った体は、「椿木」の温かさの侵食を拒んでいるみたいだ。
 普段なら「椿木」に少し触れられただけで、触れられた部分が熱くなる。けれど今は何もならないのが、不思議だった。それ以前に、どうしてこの時間に「椿木」が病院に来ているのかが分からない(時刻は午前十一時五分前後)。

「伊吹くん、死んじゃいたかったの……?」

 か細く震えた「椿木」の声。初めて聞いた弱弱しい声に連動するかのように、僕の左手を握る「椿木」の両手も細かく震えていた。俯いていて、表情までは分からないけれど、きっと泣きそうなんだろう。
 僕は握られたままの左手を、「椿木」の両手から遠ざけた。不自然なくらい大人しいまま、「椿木」は両手を自分の膝の上へと置く。小刻みに震えたままたまにぴくりと動く肩が、「椿木」が泣いていることを示していた。

「……伊吹くんが死んじゃったら、伊吹くんのお母さんも私も悲しむんだよ? 伊吹くんが居なくなったら、伊吹くんのお母さんは一人ぼっちなんだよ? 愛されてるんだから、伊吹くんは。だから、死んだらだめなんだよ?」

 今僕が言葉をしゃべることが出来たなら、きっと感情を抑えることが出来なかったと思う。“君に、一体何がわかるのか、僕に教えてくれないか”と、言いかねなかった。僕の闇の何をしって、気休めを言ってるのかが理解できない。
 僕は無表情のまま、左手を右上の針のところへと持ち上げた。腕が少しだるいのは、首を絞めたときに満足についてもない筋肉を無理やり使ったから。右腕に張られたテープをはずし、ゆっくりと針を抜く。気づかれないように、痛みに耐えながら。

 針を抜き終わると、刺さっていた場所から血の滴が顔を覗かせた。針からは体内に入るべき液体が、一定感覚で垂れている。僕は血にも、針からでる液体にも興味を示さず、人工呼吸器のゴム紐に手を掛け、はずした。

 決して新鮮とは言いがたい空気ではあったが、久しぶりに呼吸をしている感覚がする。無理やりに吸わされる空気ではなくて、生きるために必要だと感じて吸っている感覚。嬉しいような、悲しいような複雑な感情が僕の脳内を占領した。

 僕はゆっくりと上体を起こし、腰をひねり「椿木」を見る。僕より少しだけ小さな体が、何時も以上に小さくか弱く見えた。そっと僕は首を触る。きつくしめていた包帯は取り払われていて、肌が露出したままだった。
 残ったままの「誰か」の傷を気持ち悪がられても、別に構わないと思った。頭で色々思うことは置いておき、ふわりと「椿木」を僕は抱きしめる。言葉が出せない僕に出来る精一杯だった。

 驚いて顔をあげた「椿木」に、首のソレを見せないようにぎゅっと抱きしめる。“ありがとう”とも、“ごめんね”とも伝えられない代わりに、今までの感謝を込めてぎゅっとした。
 数秒しか経っていないはずだけれど、僕と「椿木」の周りだけは時間が延びている錯覚があった。数十秒、もしかしたら数分近く僕が「椿木」に抱きついていたかもしれない。けれど、今はもう、どうでもよかった。


 「椿木」から離れ、僕は申し訳なさそうに笑う。謝れない僕の精一杯だ。真っ直ぐに僕を見つめる「椿木」は、僕が支えられるほど小さな存在ではなくて。それでもまだ、僕は「椿木」を支えなくてはならないと心のどこかで思っていたみたいだった。
 突然のことで、何がなんだか分かっていない「椿木」の頭を優しく撫で、僕はまたベッドに横になる。布団は掛けないまま、ただじっと天井を見つめた。「母親」の声も遠すぎて聞こえないのか、もう病院に居ないのか分からないが、「母親」が迎えに来てくれることを只管願う。


 もう、あの日のデジャヴはいらないんだ。


 心の中で吐き出した声は、僕も気付かないうちに空中分解してしまった。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.25 )

日時: 2013/04/09 06:17
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: スクロールが短くても、書いているのは1500字オーバーです。

「××くん、少しお話聞きたいんだけどいいかな?」

 引き戸をあけ入ってきた「男」に、僕は訝しげな視線を向ける。顔中に貼り付けた愛想笑いと、理解しにくい不思議なオーラ。仲良くなることは不可能だと、直感的に僕は判断した。気味悪い笑顔のまま、「男」は僕の近くへと歩み寄る。
 僕とは違い不思議そうに「椿木」は「男」を見ていた。信用してはいないだろうが、僕よりは「男」に興味があるように見える。初対面の、それも見ず知らずの「男」のせいで僕の緊張感は跳ね上がっていた。

「嗚呼、そんなに構えなくていいよ。僕は精神科医の、谷俣 実(ヤマタ ミノル)です。少しだけお話聞きたいんだけど、いいかい?」

 これ、と差し出された名刺には携帯の番号と、氏名と勤務先が書かれていた。僕は片手でその名刺を受け取りチラッと目を通す。それを「椿木」に見せ、僕は「谷俣さん」をじっと見る。「谷俣さん」も僕のことを、同じようにじっと見る。
 僕が信用していないことを察しているのかも分からないが、「谷俣さん」は目的の僕ではなく「椿木」の隣へ行き、「椿木」と談笑を始めた。別に「椿木」が誰と話していてもどうでもよかったが、「谷俣さん」と話している時だけは無性に嫌な感じがする。

「珍しい苗字だね。時雨さんっていうんだ。今は中学生? 青春満喫中でしょ? おじさん、中学生の頃は結構モテたんだよー。あ、おじさんって言ってもまだ二十代半ばなんだけど」

 一人マシンガントークで話す「谷俣さん」は、「椿木」の苦笑いに気づいていない様子だった。僕は二人を無視し、無言でナースコールを押す。数分経てば、誰かしら来るのは何となく分かった。医療ドラマで培った、知識ではあったけれど。

「そうだそうだ。××くんって、声が出せないんでしょ? メモ帳とペン持ってきたから、これで返事してもらっていいかな」

 自己中心的な「谷俣さん」に僕は一つも文句を言わずに、メモ帳とペンを受け取る。無遠慮に僕が触れて欲しくない部分に触れてくる「谷俣さん」は、はっきり言って苦手なタイプだ。心の中で、よく精神科医になれたなと呆れ、口からは嘆息がもれる。
 丁度「谷俣さん」が僕への質問をしようとしたところで、「母親」が室内に入ってきた。ナースコールと「母親」を交互に見ると、“故障してるみたいで、明日にならないと換えられないだって”と苦笑交じりに言われ、納得する。

「あら、どちら様ですか?」

 「谷俣さん」に気づいたのか、「母親」が不思議そうな表情をした。それまで僕に話しかける振りをして、僕の首の痕をじっくりと見ていた「谷俣さん」は慌てながら「母親」を見る。けれど、得意技であるはずの愛想笑いが顔には張り付いていなかった。

「私、精神科医を遣らせていただいている谷俣実といいます。自殺未遂というお話を聞きまして、興味があったので少しお邪魔していました。それでは、失礼したします」

 足早に出て行った「谷俣さん」については、「椿木」が事細かに説明した。遠慮なく僕の声について触れたことを特に沢山話しているのを、僕は静かに聴いていた。「椿木」の話は、何も盛らずにそのままを話していたから、少し聞いてて心地が良い。
 「母親」の相槌がわざとくさく感じ、笑いそうになったけれど只管こらえた。僕は「椿木」の話が一段落した所で、「母親」に「谷俣さん」からもらった名刺を渡す。勤務先は、今僕達がいる病院の名義になっている。

「ちょっと、お母さん聞いてくるわね。椿木ちゃんごめんね、学校祭の準備だったんでしょう?」
「あっ、いえ、大丈夫ですよっ! みんなが動いてくれているので、心配しないで下さい」

 ニッコリと笑う「椿木」に、「母親」も微笑み返し病室から出て行った。二人きりになった瞬間、室内に漂っていた空気が先ほどより重みを増し僕を押し潰そうとする。その感覚はきっと僕だけではなくて、「椿木」も感じているはずだった。


 原因は、僕にあるから当たり前といえば当たり前でもある。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.26 )

日時: 2013/05/09 23:53
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


「あ、あの、伊吹くん」

 少し沈んだ、重たい空気に負けそうな小さな声が、僕の耳にすっと入る。握ったままのペンのこともメモ帳のことも気にせずに、僕は「椿木」を見た。何時もの笑顔からは想像できない、怒った表情。
 何に怒っているのかは、気にならない。ただ、「椿木」が怒った理由が気になった。

「さっきの人のこととか、全然気にしちゃだめだからねっ! あんな失礼な人のことなんて……気にしたらだめだよっ。伊吹くんのこと、何も知らないのに勝手なこと言う人なんて、ほっておいていいんだからねっ?」

 思わず「は?」と言いそうになったが、冷静になり言葉が出ないことを自覚する。僕の顔を真っ直ぐと見る「椿木」の表情は真剣そのもので、きっと僕が笑えば怒るのだろう。
 必死でさっきの「自称精神科医」に憤っている「椿木」には悪いが、どうでもよかった。声が出ないのは事実だから、特に気にしてない。

“椿木も、あの人と同じで僕のこと何も知らないんじゃないの”

 素っ気無く紙に書き見せると、「椿木」は一瞬ハッとした。そんな「椿木」に僕は直ぐにでも壊れてしまいそうな笑顔を、そっと見せる。気にしてないよ、こんな僕でごめんね、と心の中で謝り続ける。
 また「母親」が来る前のような重たい空気に戻った室内で、僕は天井を見上げた。抜いた点滴の針からはきっと液が一定間隔で漏れ出てる。僕の心をそのまんま映し出しているに違いないと、確信は無いけどそう思った。

 相変わらず白い天井は、汚れた僕を嗤っているようで少し気味が悪い。針が刺さっていた右腕の穴は、固まった血が付着している。僕の壊れかけの心には、「椿木」の姿が映っていた。
 徐々に痛くなってきたお腹をぎゅっと左腕で押さえる。ナースコールを押しても結局看護師はこなかったなぁと痛みの増したお腹をさすった。

 顔を下にさげたままの「椿木」の頭を、ぽんぽんする。痛むお腹も、壊れかけた心も、嘲笑う天井も、どうでも良くなっていた。されるがままの「椿木」を、手を休めることなくぽんぽんとする。何を思ってやっているわけではないけれど。


“ごめん”


 そう書いた紙を、俯いた「椿木」に見せる。顔をあげさせないように、少しだけ「椿木」の頭にのせた手に力を込めた。今の僕を見られれば、きっと壊れてしまいそうで。
 静かに決壊した涙腺から、とめどなく涙があふれた。嗚咽の漏れない、空虚な涙。思った以上に「彼」の言葉は、僕を刺していたみたいだ。無限にリピートされる「彼」の言葉は、何度も何度も深く傷を作る。

 僕のことをなんとも思わない第三者からの発言は、感じたことの無い棘があった。滲む視界はどんどんと広がり、助けてと叫べない僕の存在を消したがっているみたいで、怖い。そっとこの世界から、僕が生きていた足跡を消そうとしているみたいで――。
 それも仕方ないな、なんて思うけれどやっぱり辛い。本能的に口元を手で押さえ、漏れない声が漏れそうで怖くて声をあげそうになるタイミングでぐっと腹筋に力を入れた。「椿木」は僕の不規則で宙に吐きつけるような呼吸音には、反応しないで居てくれていた。

 ずっと静かに、僕が泣き止むのを待っている。「椿木」の頭に僕の手は、もうない。ぎゅっと目を閉じ両手で口を必死に覆っている。怖かった、人の前で泣くことが。泣いていいのかなんて、分からなくて、泣かないで辛がらないでずっとやってきたはずだったのに。


















「……我慢なんか、しなくていいんだよ」

 


 その言葉が必死に保ってきた最後のラインを、壊した。





 それはまるで、あのときのような涙。静かに僕の頬を濡らしていた。痛みと悲しみが混ざり合い、溶け出していたあのときの。けれど、少し違うのは手を伸ばせば、直ぐに触れることが出来る温もりがあることだ。優しく柔らかな肌が持つ、心地よいぬくもりが。
 赤くはれた僕の目元を「椿木」はじっと見る。「母親」とは異なった、僕に向けられる愛情のまなざし。感じたことの無い、新しい感覚だった。だけど、僕を映す「椿木」の瞳は深くに大きな傷を隠しているようで。僕が感じたことの無い、大きな傷を。

「もう、大丈夫?」

 頷いた僕を見て、「椿木」は笑顔を見せる。
 精巧に作られたその笑顔に、僕は気付かなかった。本当に、その笑顔は無垢な少女のそれで。

「それじゃ、私学校に戻らなくちゃだから。またね、ばいばい」

 少し寂しげに笑う「椿木」に、ふわりと手をふる。静かに病室を出て行った「椿木」を思うと、少し、胸の下が苦しくなった。何も出来ない不甲斐なさが、僕を殺そうとしているかのようで。

 暗く静かになり生まれた沈黙は、次の日の朝までゆるやかに続いていった。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。     久しぶりに加筆更新 ( No.27 )

日時: 2013/05/18 22:02
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


 世界は反転していた。
 僕が気付かない間に、静かに静かに。空気と同化してしまった時間は帰って来ることはない。
 そう、僕は分かっている。分かっていた。
 だから今、目の前で起きている惨劇なんかは知らない。分かりたくもなくて、理解なんかできるはずもない。



「ねーお母さん」
「人は、どうして死んじゃうの?」

「僕、死にたくなんか無いよ」
「僕が死んじゃったら、お父さんもいないお母さんのこと、誰も守れなくなっちゃう」
「ね、お母さん」
「僕ね、お母さんのことだいすきなんだよ」


 どうしたんだろうなぁ。
 ふと頭に浮かんだその言葉達に、僕は感情がうつりすぎて辛さが爆発した涙で頬を濡らした。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.29 )

日時: 2013/07/21 00:25
名前:


 はじめまして。
 題名に惹かれました。
1レスの文字数が多いので、少ししか見れていないのですが、凄いです。
 なんというか……、純文学って感じです。
 私はこのような文章が書けないのでとても尊敬します(´・ω・`)

 更新頑張ってくださいね。応援してます。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.30 )

日時: 2013/07/26 18:17
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 描けないなら創るまで

涼さん

コメント有り難う御座います^^
大会の関係で、最後にレスした方が分からないため返信遅れました(汗)

タイトルからの、文章の落差はひどいものでせう(笑)
ゆっくり、読んでくださればと思います。
そうして少しでも多く、伊吹と椿木を理解して頂ければ、それだけで僕も二人も喜びますから^ω^

能力物や奇怪物が多い中では、少なくとも浮いていますがまったりやっていこうと思います。

コメント、有り難う御座いました(´∀` )

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.31 )

日時: 2013/07/26 21:40
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 描けないなら創るまで

 目が覚めた。濡れた枕の感触を頬で感じながら、僕は白い壁を見つめている。目が覚めた、というよりも実際は無理やり覚めさせられたが正しいのかもしれない。ばたばたと騒がしい足音が、まだ完璧に目覚めていない僕の頭を揺さぶった。
 その跡は、僕の脳内レコーダーに保存されている。
 むくりと起き上がり、一日使わなかった脚で全体重を支えた。少しふらつきそうになったけれど、あまり問題は無いみたいだ。無意識に、指が首に巻かれた包帯の上を滑る。少しゆるく巻かれた、真っ白な包帯。僕は薄く笑って、扉へとゆっくり歩いていった。

 生きている実感を感じながら、扉をがらっと音を立てて開ける。ひんやりとした冷たく凍えた空気が、僕の周囲を飲み込んだ。騒がしかった足音は、ずうっと遠くで小さく聞こえている。耳を凝らさないと聞こえないほど遠い。
 けれど僕のひとみの先には、誰かが通ったあとは一つも残っていなかった。ひたすらに嗅ぎ慣れてしまったアルコールのにおいが、鼻腔をくすぐる。

 僕はどうしてか、あの足音の原因を知りたくなっていた。どれくらいの人数が、何のために朝早くからバタバタと駆けていたのか。不思議でたまらなかった。
 もしかしたら、僕の知らないところで誰かの目論見によって、この病院が乗っ取られてしまったのかもしれない。子供だましのそんな妄想が、僕の心を支配する。好奇心が、奥底からマグマのように吹き上げてくるような、恍惚感。
 骨が軋むような痛みに耐えながら、一歩ずつ部屋から遠ざかる。ひんやりとした空気が、僕の視界の全てを包み込んでいた。もう誰の足音も聞こえない。


 ――何だろう。


 本当に遠く。そう、遠くでよく覚えのあるぬくもりを感じた気がして、僕は足を止めた。後ろを見る。まだ、誰もいない。けれど小さく、本当に小さく、誰かの話し声が聞こえた。もう少し待ってみよう。
 手すりに寄りかかり、音の主がくるのを少しだけ待つ。たった少ししか歩いていなくても、もう足は棒のようだった。それでも運動してなかった頃に比べたら、まだマシなのかもしれない。首に巻いた包帯に指を絡めて、暇を潰す。家にいた頃は、いつも包帯を触っていた。何も思わないで、一日中触って時間を潰していたことを思い出す。


 懐かしい。

 
 思わず、ふふっと息がこぼれた。そうしてると、だんだん足音が近く、大きくなってくる。スニーカーじゃなくて、女の人がよく履くようなヒールのような音だと思う。
 近づいた、近づいた。僕はじっと音の方向を見つめ続ける。誰がくるのか、分からないけれど僕は見ていなくちゃいけなかったんだと思う。

 僕が見つめる先を、息を切らしながら走る女性の姿。何回か見たことがある、淡い桃色のスカート。手すりにつけていた背中は、自然と浮いた。無意識に、女性のほうへ体が向く。息を荒げながら、僕の進行方向だった廊下の先を見つめているみたいだ。
 僕は驚いたけれど「母親」に、いつものように手を振る。普段なら手を振り返してくれるはずの「母親」だが、今日はどうしてか手を振り返してくれない。思わず、眉をひそめてしまった。何よりも大事にしてくれた僕を気にすることが出来ないほど、何に焦っているのかと。

 僕を気にせず通り過ぎようとする「母親」が、無性に怖くて。ハンドバッグを持った「母親」の腕を、僕はぎゅっと握る。それでも「母親」は構うことなく走っていった。僕が掴んだと思っていたのは、「母親」の腕ではなくて、ただの虚空だったらしい。
 駆けていく「母親」の背中を見送っていると、後ろから看護師達の会話が聞こえた。

「今朝早くに運ばれてきた男の子、237号室の子にすごく似てなかった?」
「思ったわ、それ! 瓜二つ……双子なんじゃないかって思っちゃったわよ」
「でも、お母さん一緒よね? 本当に双子だったりしちゃって」

 クスクスと笑い声交じりの言葉を聴いて、僕は内心愕然とした。僕よりも、僕とは違う「僕」を「母親」が選んだかと、大切な人に見捨てられた悲しみが、大きな衝撃となって僕のことを襲う。
 痛いなんてものじゃなかった。体は、動こうとしない。動かない。たった一つで満たされていた心は、簡単に音を立てて崩れ去ったみたいだ。見捨てられても、涙は出なかった。

 母親が曲がっていった、廊下の突き当たり。本当なら今頃、僕があそこのあたりを歩いていたはずだった。好奇心に負けて、あの曲がり角を越えているはず。僕はそのまま、ぺたっと音を立てて床に座りこんだ。
 ひんやりと冷たい床が、僕の熱をじんわりと奪っていく。奪われる熱の中には、僕の感情や心の破片が混じっていたのかもしれない。音も無く、すっと流れていく僕の破片たち。何を思うことも、思わないことも、もう、できない。



 「椿木」……。


 たった一人の肉親に見捨てられた心が最後に呼んだのは、何故か「椿木」のことだった。好きでも嫌いでもない、とある「少女」の名前。なんのきっかけで知り合ったのかも、忘れてしまった。

 だけれど良い人だったのだろう。僕の脳内は、そんなことも分からないくらい、どろりと溶け墜ちてしまっていた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.32 )

日時: 2013/08/17 23:07
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 描けないなら創るまで



 ゆっくりと立ち上がる。
 僕の視界に広がる全ては虚言を写しているかのようだ。何が真か偽かも、良く分かっていない。「母親」が僕に気づかなかった理由も、僕と同じ顔の「誰か」が運ばれてきたという「看護師たち」の話も。等しく、僕の脳内をじんわりと侵食していった。
 
 
 壊されていく、何もかも。


 ただそれだけが、僕の脳裏に浮上しては消えた。われても現れる、シャボン玉みたいに。下らないと心では毒づいてみても、下らないだなんて言葉で片付けられるほど簡単なことではなかった。初めて感じる、驚きと小さな恐怖。今まで作ってきた世界が、ぐらりと傾く感覚がする。
 考えていても仕方ないと、足裏を床につけぐっと力をいれ立ち上がった。先に捉えるのは、僕が出てきた扉。名札には、「社木伊吹」の文字。その事実だけで、何故か救われたような気がした。欲を言えば、「母親」か「椿木」に今すぐ会いたい。痛みに、気づいて欲しいと願っていた。

 ゆっくりと、扉を開けベッドに向かう。ベッドに腰掛けると自重でスプリングが軋んだ。そんな小さなリアルさえ、今ここに僕がいることを証明してくれているようで支えになる。


 末期。


 自嘲するかのように、僕は笑った。今更、僕が存在しているかどうかを気にするのなんて馬鹿げていると感じたのだ。四角い部屋で独り静かに窓の外を眺めていたあの頃は、僕自身の存在についてなんか何も考えていなかったのに。
 今更。馬鹿みたいで、しょうがない。考えることをやめ、僕はぐったりとベッドに寝転がった。――全てを飲み込むような天井の白。僕の心を、すっぽりと吸い込んでしまうほどの白だ。首の包帯より、シーツよりも透き通った天井に、僕は囚われているような錯覚を覚えた。

 心だけを囚われた、いわばうつろな人形として僕は白の中にいる。
 誰かが助けにきてくれることを祈りながら、僕は瞳を閉じた。































「……伊吹くーん。寝ちゃってるかな?」

 聞き覚えのある、優しく心地良い声が僕の脳を包み込んだ。それと同時に、ゆっくりと僕の瞼はひらく。目じりを数回こすって、おぼろげだった声の主にピントを合わせた。
 どこか寂しげな笑顔を見せる「椿木」の顔。僕はむくりと起き上がった。僕が起き上がってから、「椿木」は僕の視線と自身の視線を交差させ、口を開く。

「ね、伊吹くん。もしこれが全部嘘だとしたら、伊吹くんは、どうする?」

 意味が分からなかった。僕は一つも表情を変えずに「椿木」を見つめる。「椿木」はその目に深い悲しみと、どこにも置いてくることができなかった悲しみがうつっていた。そうしてもう一度、「椿木」は口を開く。

「私と伊吹くんが、こうして話してること。私が伊吹くんに片想いしてること。伊吹くんに弟がいること、伊吹くんのお母さんが伊吹くんを放って行ったこと。……伊吹くんの声が、でないこと。全部、全部嘘だとしたら、どうする?」

 眉尻を下げて、懇願するように「椿木」は僕に言った。何を伝えたいのか、僕は全く持って分からない。けれど、僕は一つだけ明白な答えを持っていた。枕元に置いているメモ帳とボールペンを手に取り、文字を殴り書きしていく。
 字の汚さは、もうどうしようもないものだから気にもしなくなった。書いたものを、不安そうな顔の「椿木」に見せる。僕はメモ帳を渡して、窓の外を眺めた。太陽は昇っていて、眩しい日差しが目を刺激する。

「……だよね」

 安心した。少しだけ嬉しそうに笑った「椿木」の顔を、横目でちらりと見る。たった一日二日振りだけれど、数ヶ月ぶりくらいの感覚がした。少し懐かしい、そんな感じだ。
 僕は「椿木」の目をしっかりと見て、優しく微笑む。壊れかけの僕のどこから、優しげな笑みが出たのかなんかは分からないけれど、見せた笑顔はきっと優しいものだった。

「伊吹くん、もう少し時間が経ったら一緒に売店行こうよっ」

 まだ少し、考えているような純粋ではない笑顔。けれど楽しそうな雰囲気を感じて、僕はコクリと頷いた。

メンテ

柚子様 ( No.34 )

日時: 2013/08/22 13:48
名前: 外園 伊織
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=7259

依頼されたイラストが描けました。
上記のURLをクリックし、スレッドの<<28に記載されているURLをクリックしてください。
遅れてしまって申し訳ありませんでした!!

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.35 )

日時: 2013/08/22 21:48
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 君の話と、僕の夢

外園伊織さん

イラスト、有り難う御座いました^^
スレッドの方でもご挨拶させて頂きましたが、こちらでも。

伊吹をかっこよく仕上げていただいて、嬉しい限りです*
本当に、有り難う御座いました!

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.36 )

日時: 2013/08/23 23:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 
 それから数十分近く「椿木」の話を聞いていた。学校祭が始まったこと、クラスの出店の話、とても盛り上がった企画があったこと。それらを話す「椿木」の表情は、先ほどまでの暗さが分からないほど楽しそうだった。

 僕もつられて、口元に笑みがこぼれる。何も考えなくても出る、本当の笑顔かもしれない。相槌のかわりに微笑むことくらいしか出来ないが、それでも「椿木」は楽しそうに話してくれる。それだけで、僕の心は満たされた。

「そろそろ、売店行く?」

 「椿木」の言葉に、僕は頷きベッドから足を放り出し、地面を踏む。立ち上がった瞬間、少し気が抜けふらついたところを「椿木」に支えてもらった。恥ずかしく、照れ笑いをして誤魔化す。

 支えてくれていた手を離してもらい、自力で歩き病室を出る。目を閉じる前のひんやりとした空気は、廊下のどこにもなかった。あるのは明るい「看護師」の飛び交う声。僕の脳内で、目を閉じる前のあの出来事は、無かったことにされていた。

 僕も「椿木」も黙ったまま、真っ直ぐ売店へ向かう。沈黙の時間を、別に苦だとは思わなかった。むしろ、どこか心地がいいと感じる。昔テレビで誰かが言っていた、“沈黙を心地良いと感じる恋人同士であれ”という言葉を不意に思い出した。
 僕と「椿木」がそうだと言う事ではないけれど、少しだけ嬉しく感じる。待合室の時計は、正午になりかけていた。昼頃だからか、ロビーのソファは診察を待つ人でほぼ満席状態。中には涙を流し、泣き叫ぶ子ども達もいる。

「注射のこと覚えてたら、病院ってだけで泣いちゃうよね」

 懐かしいと微笑を見せながら、「椿木」は言う。

「私もね、小学二年生くらいまで病院きたとき、ずーっと泣いてたんだよ。注射が怖くてさ。今もちょっと、体強張っちゃうんだけど」

 他の人には内緒だよ? 「椿木」はそういってヤンチャな笑顔を見せた。僕にはしたことがない体験をしていて、楽しそうだなあと本心から思う。風邪を引いても、それがたとえインフルエンザだとしても病院にはいかなかった。

 僕が思っていることが伝わらないなら、行く意味なんかないと幼いながらに分かっていたから。ロビーを過ぎたところにつけられたエレベータで、二階に向かう。エレベータの中も、独特の消毒液のにおいが染み付いていた。僕にとっては心地のいい薬のにおい。「椿木」は少し苦手なようで、鼻を押さえていた。

 チン、と歯切れのいい音を合図に扉は開く。僕は先に「椿木」に降りてもらい、その後に続いた。それが僕に出来る最大限のレディファーストだ。実際は売店の場所が分からないから、というのが「椿木」に先に行ってもらった最大の理由である。
 手を背中のあたりで握って、楽しそうに「椿木」は通路を歩く。開いた病室の扉の中を覗くと、点滴をさした子ども達が何人かいた。小児病棟なのかと思いながら、「椿木」が入っていった売店へ入る。「椿木」は見たことあるものばかりなのか、どれが良いかを選んでいた。

 僕にとっては見たことが無いお菓子ばかりで、胸がおどる世界。棚の上から下まで、物珍しそうに食べたことの無いお菓子を物色する。どれが美味しいか、どんな味なのか。パッケージを見るだけで、満たされる世界が広がっているのだ。

「伊吹くん、これでいいと思う?」

 そういって「椿木」が見せてくれたのは、おいしそうなスナック菓子と見たことのないグミだった。ポテトチップスではなく、コーンチップスと呼ばれるあまり見ないチップス系のお菓子に、くねくねした形が特徴的なグミ。
 僕の気持ち的に、もうそれだけで十分だ。早く、そのお菓子を食べたいと心が叫ぶ。

「買ってくるね」

 クスクス笑いながら「椿木」は“会計”と書かれた場所へ、お菓子を持っていく。僕は棚においてあるお菓子などをみて、「椿木」が戻ってくるのを待つ。短い時間だったのだろう。けれど僕にはその時間でさえ長く感じた。
 それくらい、お菓子を食べることを心待ちにしている。
 とても魅力的なお菓子がたくさん並ぶ。今の僕は、デパートメントの玩具売り場で玩具に目がくらんだ子どものようだろう。

「伊吹くん、買ったよ。もどろっ」

 そういって僕にレジ袋を見せ、「椿木」はにっこりと笑う。本当に笑顔が似合うと、心底から僕は感じた。



メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.37 )

日時: 2013/08/30 21:45
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


「あれ? 椿木ちゃんに、××くんじゃないか。久しぶりだね!」

 聞いたことのある声が、僕と「椿木」の背後から聞こえた。僕にとっては一番聞きたくない、無意味な音声。「椿木」は振り返り、小さく会釈をした。僕は、まっすぐ前を見つめたまま立ち呆ける。「その人」を見る気にはならなかった。僕が始めて不快な感情を抱いた「谷俣さん」。
 「彼」はそんなことをお構いなさそうだ。それを見てまた、僕の心はひどく深いな味を生み出す。どろりと液体として流れ落ちていくような、ふわりと気体として鼻腔を刺激するような。そんな感じで、「谷俣さん」に感づかれるのではないかと少しだけ気にするけれど、「彼」は気にしていないみたいだ。

「二人で売店? いいねー! 青春してるじゃないか、××くん!」

 苦笑いで返す僕と「椿木」には目もくれないで、話を続ける。

「そういえば、今日新しい子の担当になったんだよ! 名前が社木伊吹くんっていうんだ。××くんの親戚か誰かかなって思ったんだけど、どうやら違うみたいでさあ。椿木ちゃん、何か知らない? 勿論、××くんも何か知ってたら教えてよ。今後のカウンセリングのために。よろしく!」

 驚いた表情を隠せなかったのは、僕だけでは、無かったと思う。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.38 )

日時: 2013/11/01 16:27
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「二人とも、僕の友人ってことで特別に伊吹くんに会ってみない? 多分、何か良い影響があるかもよ」

 はははっと大きな声で笑う、「谷俣さん」。僕と「椿木」は顔を見合わせる。結論は、「谷俣さん」について行くことにした。僕と同名の「社木伊吹」という人間に。明るい院内を「谷俣さん」について歩く。意外に人気者のようで、様々な「患者たち」から挨拶をされたり手をふられたりしていた。それをみて、「この人」が、プライバシーも何もない質問をしていても憎めない何かがあるのだろうな、なんて思う。

「どうして、私達をその、社木伊吹くんに会わせようと思ったんですか?」

 少し聞き辛そうに、「椿木」は言った。それは僕も気になった点だったけれど、敢えて口には出さなかった。出せなかった。右手をずっと首の包帯に触れさせながら、二人の会話に聞き耳を立てる。あくまでも、僕が興味を持っているとは悟られないように気をつけながらだ。
 嫌いな人に、僕が何かを感じてるだなんて悟られたくは無い。

「んー、一番の理由としては、椿木ちゃんと××くんと同年代なんだよ伊吹くんって。歳の離れた僕と話すよりも、きっと話しやすいと思うんだ。彼にとって」

 遠くを見ながら話す「谷俣さん」に、思わず僕と「椿木」は息を漏らした。「椿木」が息をもらした理由は分からないけれど、でも、僕と同じような理由からだと思う。僕ははっきり言って誰かと話すことが好きじゃない。そもそも話すことなんて不可能だ。
 「谷俣さん」のいう“話す”という言葉が、僕の心にチクリと爪を立てる。二回目の、傷。下を見ながら歩けば、気付いたらもうエレベータの前だった。上へ行くボタンを押す。目的の階について下りた。心はどこかおざなりな、そんな感じがする。

 僕がいずれ移動する、小児科の階のようだった。殺風景な僕のいる場所と違って、カラフルで明るい印象がある。「子ども達」の笑い声や、泣き声に話し声が僕の耳をくすぐった。それぞれに欠陥を伴った中の明るさが、僕には眩しすぎた。
 無意識に、それでいて意識的に僕は歯で頬の内側を噛む。じわりと、口に鉄の味が広がった。「谷俣さん」の後ろに続いて歩いていた「椿木」が、立ち止まっていた僕のほうを振り返った。

「伊吹くん?」

 「子ども達」の声が作り出した雑音の空間の中に差し込んだ一つの声に、僕はぱっと顔をあげる。小さく開いた僕の口からは、血が一本の線を描いて輪郭をなぞっていった。そうして、顎から床へと垂れる。僕の悲鳴を代弁したようだったと、思う。

「伊吹くん! 口から血出ちゃってるよ!」

 そういって、まるで僕の保護者のように「椿木」は駆け寄ってきた。スカートのポケットから取り出したティッシュで僕の血で汚れた部分を吹く。新しいティッシュで、血が表に出てこないようにティッシュを当てて僕に持たせた。
 可哀想な子を見るような目で。可哀想だと言いたそうな眉で。僕を刺しているだなんて、きっと「椿木」は思っていないんだろう。僕だってそのことを敢えて伝えたりはしない。僕は、自分が誰に理解されることがないことを、知っているから。

「大丈夫かい? 椿木ちゃん、××くん? そろそろ彼の部屋に着くよ」

 ある程度は状況を理解しているんだろうけど、僕を待つ気はないんだなあと少しだけ思う。僕は「椿木」に目配せをしてから、歩き出す。「椿木」も僕の少し後ろについて歩いていた。不思議な距離感が気になったけれど、僕は口内の傷を舌で舐め続けて気をそらした。
 傷口を開くのは、快感でしかない。そう口から出てしまわないように嚥下しながら、僕は鉄の味を口いっぱいに味わう。気持ち悪がられたとしても、それが今の僕の精神安定剤の役割を果たしているのだ。






「ここだよ、二人とも」

 少し歩いて、歩を止めた「谷俣さん」が見る部屋の扉は、そこだけ異世界にあるかのような、そんな雰囲気が漂っている。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.39 )

日時: 2013/11/04 20:53
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 他と変わらない扉なのに、僕には普通と感じられない。きっと、きっとだけど僕が会ってはいけない何かがあるんだと思う。先ほどの傷をティッシュでおさえながら、また思い切り歯で噛み付いた。口の中で鉄の味が広がっていく。

「それじゃ、あけるね。伊吹くん、はいるよー」

 中から、若い「青年」の声が返ってきた。「谷俣さん」は僕と「椿木」に目配せをしてから、引き戸を開ける。中にいたのは「青年」。部屋にある窓から、外を眺めていた。その近くには、

「伊吹くんの……お母さん……?」

 僕の「母親」がいた。僕は「青年」、もとい「伊吹」と「母親」を交互に見た。「母親」がいることが、信じられないのだ。僕の病室に今日来る筈だったのに、来なかったのは僕が大事じゃないからだったのかもしれない。また、心がチクリと痛んだ。
 「母親」も、僕達のことを見て少し驚いた顔をしている。どうして来たんだろうだなんて、思っているのかなと想像してみると、開きかけていた心の扉が音を立てて閉まった。「伊吹」がいれば、僕は不必要なんだなと思った。

「あら、椿木ちゃん。伊吹のお見舞い、来てくれたの?」

 嬉しそうに笑顔を見せる。僕のことは眼中にないようだった。

「あ、私は此方の谷俣さんに伊吹君を紹介されたんです。私がお見舞いに来たのは××君なんですよ。私が、伊吹君のお家で泊まらせてもらっていたときにお家にいた、××君。……忘れてましたか?」

 最後のほうは、少し言いにくそうだった。僕のことを言おうとしてくれたんだろうけど、僕の名前はラジオのノイズのように掻き消されてしまって、聞こえない。もしかしたら僕は、「誰か」の空想に生かされている非実在の存在なのかもしれない。
 「母親」は考える素振りを見せたが、多分見当がつかないんだろうと思った。僕自身の力で存在を主張したいけれど、声は出ない。自分の喉に手を添えて、「誰か」の指痕と爪痕をひどくのろった。涙は出ない。何時もの通りだ。

「母さん、なんだか話がややこしくなりそうだから、今日はもう帰って。谷俣さんも、出来たら……。この人と、話したいんだ」

 そういって「伊吹」が見ていたのは「椿木」のことではなくて、僕だった。ニコリと微笑まれたが、僕はただ視線をそらす。口の中に注がれたままだった液体を、一度で嚥下した。どこか好戦的な目で僕を見る「伊吹」は、得意気だった。
 「伊吹」の言ったとおりに、「母親」と「谷俣さん」は部屋をあとにする。僕はそれを横目で見てから、歩いて「伊吹」の近くへと歩いていった。じっと「伊吹」の目を見つめる。茶色がかった、僕と同じ色素の薄い目が僕をしっかりと捕らえていた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.40 )

日時: 2013/11/17 08:44
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「君が」

 口を開いた「伊吹」は、そこでとめ、にこりと笑った。僕には作ることが出来なくなった、無垢で無邪気な笑顔。劣等感が生まれた音がする。

「君が、社木伊吹。僕も、同じように社木伊吹なんだ。僕は君に、とっても興味があるんだよ。伊吹。君はどうして、僕と同じ顔、同じ髪色、同じ容姿であるのに、君は声を出せなくて何かを隠すように首に包帯を巻いている。もし僕と君が同じ人間だと言うなら、それは不思議じゃないか?」

 僕のほうに歩きながら、「彼」は持論を披露していく。「彼」の茶色い瞳が、僕の姿を大きく大きく映していく。「彼」が言っていることは、僕自身も正しいと思った。けれどもし、僕達が同じ人間だとするなら、同じ世界に二人いるはずがない。

「社木さんと、××君が一緒の人間って……」

 驚いた顔をしながら「椿木」が言う。自然と「彼」も僕も「椿木」の顔を瞳に映す。同じ、茶色の瞳には角度の違う「椿木」の顔だけがうつっている。「彼」はくすくす笑いながら、楽しそうに言ってみせた。

「この世の中に、誰かは一人しかいない。それが世界中で暗黙の了解となっている、事実、ってやつさ。けどね、そんな簡単な事実だけで証明できるほどこの世界は簡単じゃない。世界は、複雑に怪奇しているんだよ、椿木ちゃん」

 無邪気に見えていた笑顔は、一瞬にして冷徹なものへと変化した。でも傍目からみればその笑顔はまだ、無垢で無邪気なもので。「椿木」は何も気付かないまま、「彼」の言を理解しようとしていた。僕も理解しようとしたけれど、「彼」の言葉がノイズに塗れたような気がして聞き取ることは不可能だった。


「ね、伊吹。君は戻るべきだよ、今までの場所に。僕なんかがいるところに、やってきたら駄目なんだよ、伊吹」

 冷徹が悲哀へと、変わる。小さな痛みを全て出したように、僕に懇願するような声色。痛みを、出すことに慣れていないんだな、と僕は無意識の内に思った。そして、どうしてか小さく頷いていた。言葉を出せないからなのか、もしそうだったとしても、分からないままに。

「ばいばい」

 そう、「彼」が言った。



























「あ、××起きたの? 退院の準備は終わってるわよ」

 現実のような長い夢が、覚めた。起き上がり、枕元においてあった服を着る。ここで着ているものとたいして変わらない、病院服のようなもの。「母親」は、僕のために服を買おうとしているらしいが、脚の筋力も満足に戻っていない僕は、外に出る気など全くない。
 上着を脱ぐと、真白い貧相な胴体が現れる。肋骨が、浮いた、骨と皮のだけの胴体。隠すように、服を着る。首の包帯をとり、近くのテーブルに置いていた替えの包帯で醜い痕を隠した。隠す、隠す。僕は僕を形成しているものを隠して生きている。その事実に、自分が脆弱なことを痛感した。

「もう先生とはお話終わってるから、準備が出来たら行くわよ。そうだ、何か食べたいものある? 帰りにスーパー寄って帰ろうね」

 僕が退院することが嬉しいのか、「母親」の声色も機嫌も上々だ。僕は、あの長い長い夢に出てきた「彼」が気になっていた。僕と同じ「伊吹」なのに、僕とは違いすぎた「彼」の姿が、目から離れない。


 ばいばい。


 もう一人の「伊吹」への言葉を、呟いた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.41 )

日時: 2013/11/30 22:25
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


 空を覆う、真っ黒な雲。今にも降り出しそうな雨。雨、雨雨。どんよりとした雲は、退院した晴れやかな気持ちをゆっくりと飲み込んでいく。雨、雨、雨、雨。
 後部座席の左側に座り、外を眺める。「母親」の楽しそうな言葉は、一つも聞こえない。ただ只管、あの夢の「伊吹」を思い出す。断片になって、所々消えてしまった「彼」の形を必死に取り戻す。
 
 僕と、同じ顔。
 僕と何一つ変わらない肌の色、目の色、髪の色。
 僕と、同じ「母親」。

 「彼」の全てが、僕自身を否定しているような気がした。僕には無い声を、表情を、感情を持っている「彼」に。僕は、ひどく嫉妬をしていたんだろう。
 僕に出来ない、「椿木」と話すことを、「彼」はそつなくやって見せた。たった一つ違うのは、僕が「彼」とは比べ物にならないほどの劣等感を持っているということだけだ。



 痛い。



 首の包帯に右手を沿え、左手で胸の辺りの服をぎゅっと掴み、頭を窓につける。大嫌いな僕自身を、心から、身体から、追い出してやりたいと切に思った。
 知らない「誰か」のせいで臆病になった僕を、何も話すことが出来なくなった僕を、どうにかして殺したいと思う。「母親」には決していえない事だったけれど、僕の脳にその思いは記憶された。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.42 )

日時: 2013/12/08 19:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 車に揺られ、景色が流れていく。ビル、ヒト、キ。曇った空から少しずつ少しずつ雨が落ちてき始めた。空が泣いてしまっている。一度だけ読んだ、蟻という作者の『オオカミは笑わない』という文庫本の一部分を思い出した。

『ねぇ、オオカミさん。お空が曇っているよ。
 ねぇ、オオカミさん。オオカミさん、泣きそうなの?』

 ヒツジとオオカミの物語だった。ほのぼのとした日常の話だったけれど、だんだんと移り変わり、オオカミはヒツジを庇って死んでしまう。ヒツジは大好きだったオオカミを亡くし、いつも空を眺めてオオカミのことを思い出していた。相容れないモノが詰まっている。その本は、物語として最高のものであった。
 今は、まさにその部分のようであった。僕がヒツジで「彼」はオオカミ。「彼」の実態も何も分からないまま、「彼」は空へと昇り、乗り移った感じだ。

 ――僕が、見えるかい。

 頭の中で、空に語り掛ける。もしかしたら「彼」が反応してくれるかもしれないと、どこかで期待していた。もう一度だけ、「彼」と話をしたいと、心から思っていた。
 僕が知らない世界を、「彼」は体験している。喜怒哀楽を思ったままに出して、声を上げて笑い、たくさんのことを話している「彼」をもっともっと知りたい。僕の知らない「僕」を見せてくれた「彼」が、脳裏にしっかりと焼きついて離れないのだ。

「ねえ、××。今日の晩御飯、椿木ちゃんが作ってくれるみたいなの。スーパー寄らなくてもいいんだけど、何か食べたいものある? あるなら、寄るわ」

 ルームミラー越しに僕と視線を交えようとした「母親」と視線を交えずに、僕は小さく横に首を振る。「椿木」が晩御飯を作ってくれると聞いただけで、空腹に近かった胃の中は一気に満腹感に襲われた。

「そう、それじゃあ真っ直ぐ家に帰るわね」

 此処から遠いのよーと「母親」苦笑交じりに言う。この病院にきたときのことは覚えていないから、どれくらいの時間がかかるのかは分からない。僕は珍しく、その言葉に小さく頷いて窓に頭の重みを預けた。




「ついたわよ、××」

 「母親」の声に、僕はパッと目を覚ます。いつ寝たのか、全く覚えていなかった。寝起きで少しだるい体に鞭を打ち、ゆっくりと車から降りる。相変わらず足の筋力は少なく、力が入らずに、立つことができないまま芝生に倒れこんだ。
 
「××!? 大丈夫? ゆっくりでいいから。ほら、肩貸してあげる!」

 驚いた「母親」の声が聞こえてから、車のドアが閉まる音がした。僕の視界に広がっているのは、まだ青い芝生の色。感じたのはぽつりと降っている雨。
 車の冷房で少し冷えていた体は、雨の冷たさに負け体温が下がっていっていく。風が吹いていないのだけが、幸いだ。「母親」に、肩を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がる。穿いていたズボンと呼ぶには貧相なものは、雨粒にぬれて色が濃くなっていた。

 僕の歩く速度にあわせて歩いていくれる「母親」に、普段なら考えられない感謝の気持ちが僕の心に溢れている。なんだか温かい気持ちで、不思議だった。奥からぽかぽかと暖かくなってくるような、感じがする。
 気付いたら目尻から感じなれた涙が、流れていた。ありがとうを伝えられない代わりに、そっと流れていく。今までの冷たい涙とは、まったく違う温かいそれ。少しずつ強くなる雨のおかげで、「母親」には気付かれなかった。

 解錠し、扉を開けて、家に入る。かぎ慣れた淡いラベンダーの香りが、ひどく懐かしく、綺麗だと感じた。何も感じていなかった匂いは、知らないうちに僕の記憶の中に刻み込まれている。この事実に、とても安心した。
 僕の知っている世界に、ようやく帰って来る事が出来た。心からそう感じている。

 ――ただいま、僕の、小さな世界に。

 いつもより時間をかけて、ゆっくりと瞬きをする。
 いつもと違う、僕の世界は美しかった。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.43 )

日時: 2013/12/11 21:46
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 靴を脱ぎ、「母親」の肩を借りてゆっくりとリビングまで歩いていく。一歩、リビングに入るとごま油の良い香りが僕の鼻腔に充満した。
 ぱちぱちと、キッチンから弾ける音が聞こえる。ソファに座らせてもらい、キッチンを見るとエプロン姿の「椿木」がいた。

「あ、××君おかえり! 退院おめでとうっ。今日は、××君の退院祝いでからあげにしたんだよー」

 無邪気な笑顔で「椿木」は僕に言う。僕は心の中でそっと「椿木」に微笑み、小さく「椿木」に向かって頷いた。傍から見れば感じの悪い子どもなのだろうが、僕に出来る精一杯なのだから仕方がない。
 僕は全ての体重をソファに預け、ゆっくりと目を閉じる。非情で気味の悪い世界を、思い出すために。
 淡いLED電灯を視界からゆっくり消していく。白の視界は、まつげが合うと同時に黒く染まった。

 小さな僕と、名前も知らない「誰か」。今まで思い出したときは、二人だけだったのに、今回は違った。僕も「誰か」も意識していなかった「誰か」の背中側にある扉から、あの頃の僕とあまり身長の変わらない「子ども」がいた。
 息を喘がして苦しむ僕を見て恐怖している。そう、僕には見てとれた。次は自分の番なのかも知れないと、「誰か」をひどく恐れている雰囲気がする。
 それから間もなく、僕の司会は黒く塗りつぶされた。



 ゆっくり、目を開く。白い白い光が、僕の視界を明るく照らす。覚醒し始めた僕の脳内は、普段では有り得ないほどよく回っていた。僕の記憶と、憶測でつくられた論理をくみ上げるためだ。
 今まで思い込んでいたかもしれないことを、僕は少しずつ脳内で消していく。
 僕と「誰か」が居たはずの廃ビルは、もしかしたら違うのかもしれない。あの「子ども」は「誰か」の子どもだった可能性も否定は出来ない。子どもがいれば、きっと同じような年代の子は相手にしないだろうからだ。

 でも、と。普段から「誰か」は、あの「子ども」に暴力を振るっていたかもしれない。もしかしたら日常的に行っているのかも。そうして霞んだ「子ども」の深い深い瞳を思い出す。
 ふと、頭にとある人が思い浮かんだ。幼い頃に少し遊んだことがあるだけで、その顔はしっかりと思い出すことは出来ない。
 遠い昔の記憶だけれどその「子」は、苦しむ僕を見ていた「子ども」と同じように、深い悲しみと憎しみがつまった瞳をしていた。

 懐かしい。

 きっと今思い出した「子」と、あの場所に居た「子ども」は、一緒の人物なのだろう。


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Re: 君を、撃ちます。 ( No.44 )

日時: 2013/12/14 22:10
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


第二話 『私』

 
 小さな世界が嫌いだった。空っぽの自分自身が、嫌いだった。私を取り巻いている環境は、小さい頃から何も変わっていない。息苦しい煙草のにおいとアルコールの混じった、汚い空気。
 私の周りにはそれしかない。そっと、顔に出来た痣に触れる。ぼうっと痣を撫でながら、自分の部屋に戻る。安いマンションで、リビング以外の部屋は二つしかない。その中の物置部屋が、私の部屋。

「おい、椿。ッ、煙草買って来い」

 扉の奥から、酔った父親の声が聞こえる。静かに立ち上がり、痣を隠すようにマスクをつけて、部屋からでると床にお金が置いてあった。煙草購入用のICカードもある。
 それらを拾って玄関に行く途中で、仕事から帰って来たお母さんにあった。口パクで「ごめんね」と言われ、ふいっと視線を下に向ける。お母さんも、お父さんも、大嫌い。誰からも、何からも守ってくれないこの家族が大嫌いだ。

「……行ってきます」

 重たい扉が閉まってから、廊下に出て言う。家とは違う新鮮な空気を目一杯吸い込んだ。たまには換気をしよう。そう思って、外を歩いていく。少し蒸し暑い日にマスクをつけている私を、近所の人は不思議がらない。私の親が、どんな人なのか知っているから。
 会釈してくるご近所さんは、いない。井戸端会議をしながら遠巻きに私のことを話す人ばかり。本当に、嫌になる。靴の踵が磨り減るのは気にせず、踵をすって歩いていく。

 近くの公園から小さな子達の話し声が聞こえた。何も辛いことを知らないんだ。私と同じような環境で、過ごせばいいのに。そう思うと、目頭が熱くなってくるのが分かった。
 涙を流さないように、ぎゅっと歯を食いしばりながら、少し遠くの煙草屋を目指す。数分ほど歩いて、煙草、の看板が見えた。此処の自動販売機で煙草を買って帰れば、それで終わる。少しだけまた、気持ちが沈んだ。

 帰りたくない。

 ぎゅっと着替えないままだった制服の胸元を、強く握る。親に反発する恐怖が、足元から這い上がる感覚がした。一回目は顔を思い切り殴られた。二回目は、やっぱり殴られて、蹴られて、家の外に放って置かれた。
 当てもなく歩いて、一人だけ私を見てくれた女の人がいた。優しく声をかけてくれて、家に招いてくれた人。その面影と、ぼやけた景色だけえを頼りにとぼとぼと歩いていく。

 夕焼けは、家を出たときよりも西に傾いていた。だけどまだ日は長くて、私の影法師をずうっと長く長くしている。煙草屋を過ぎてからも、ずっとずっと歩く。
 もう、いつ帰ったとしてもお父さんに殴られる。それなら探されても分からないくらい遠くに行きたかった。息苦しくなり、マスクをはずす。すれ違った知らない人に、頬にできた痣を見られても気にしていられなかった。

 どれくらい歩いたか、分からない。街灯はぽつぽつとつき始め、私の歩いている道もだんだんと住宅が少なくなってきた。ぼやけた景色と、今見ている景色は、ほぼ同じ。
 きっと、合ってる。
 そう信じながら、曲がり角を曲がる。暗くうっそうとして見える林の中に、一軒だけぽつりと明かりのともっている家があった。きっと、あれだ。少しだけ心の中で喜びがこみ上げる。ゆっくりとゆっくりと歩いて、その家へと向かう。



 玄関扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。少し震えた指で、チャイムをぐっと押し込む。無機質なチャイム音が扉の奥に響く。少ししてから、がちゃ、と音がした。その音で、体に力が入る。何を言ったらいいのか分からないほど、緊張していた。
 
「社木ですが、どちら様ですか?」

 優しそうな女の人の声。ゆっくりと、言葉を出していく。

「こ、こんばんわ。えっと……時雨、椿です。少し前に、その、夜に道歩いていたときの……」
「しぐれ、つばき? 夜歩いてたって……。もしかして、おうちから出されちゃった子?」

 家から出された。その言葉を聞いて、からからの喉に僅かな唾液を送り込む。

「はい。そのときの、です」

 そう言ってからの少しの沈黙が、とても長く感じられた。また、先ほどのようにがちゃ、と音がする。ぱたぱたと音が聞こえてすぐに、重たそうな玄関の扉が開いた。
 暖かな光の中から、顔が出てくる。

「つばきちゃん、よね。あの時の。もう遅いから、ほら、入って入って」

 優しそうな笑顔に迎えられ、頬を涙が伝った。

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