複雑・ファジー小説
Re: 君を、撃ちます。 一字保留中 ( No.23 )
- 日時: 2013/04/07 19:28
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
- 参照: 嗚呼もう。僕の描写を書く時は、辛いなぁ。
目元を骨ばった腕でこすりながら脱衣所を出た。「母親」は買い物に出かけたのか、家は誰の気配もしない。不自然なくらい静まった家は、どうも不気味で苦手だ。七年前のあの日がフラッシュバックしそうになり、思わず口を手で覆い蹲る。壁を背もたれにし、座り込む。
七年前のあの日も同じように、遊びつかれ木に凭れかかっていた。「友人たち」と小さな雑木林に秘密基地を作り、昼時に「みんな」が帰ったころだ。僕が、忽然と姿を消したのは。刑事ドラマでよくあるパターン、口元に思い切り紺色の何かを押し当てられた。
気づいたら既に意識をなくして、起きた時には「誰か」が胸を圧迫していた。首がきつくなり、何の声も出せなくなる恐怖が今の僕を襲っていた。伸ばした手は、首に巻かれ、強い力がこもる、きつくきつく。スパークする視界。息は喘いだ。あの日助かった命を、捨てようとする。
段々と何も考えられなくなり、力が抜けてきた。先ほど巻いた包帯のお陰で、少しの力でもあの日と似た苦しさが蘇っている。全ての毛穴から水分が出てくる感覚に、気持ち悪さが背筋を走っていった。
背中もじっとりと汗が出てくる。きっと今「誰か」がやってきても、僕に声は届かないと思った。実際僕は一度そういう風になったから、そう思える。消えかけた景色の中、「視界の端に写った人物」が「誰か」は、分からないまま僕は目を閉じた。
見覚えがある、真っ白な天井が目が覚めた僕を歓迎する。端っこに見えた袋からは管が繋がっていて、僕の右腕に刺さっていた。視線を下に向けると、医療ドラマでよく出てくる人工呼吸器が付けられている。
そこで初めて、僕が今いる場所が病院だと分かった。そう認識すると、アルコールのにおいが鼻を刺激し始める。遠く聞こえる様々な女の人たちの声。ぼやけ始めた視界に抗い、目を開け続ける。
「伊吹くんっ!」
聞きなれた声が「椿木」だと分かるのは、遅かった。音が所作の後に続いて聞こえる錯覚で、「椿木」が視界に入ってきたとき僕の名前を呼ぶ声がした。目に涙を溜めた「椿木」は、喜怒哀楽のどれを表すかに困惑しているようだった。
疲れたのかどうしたのか分からないが、ぼやける視界に耐え切れなくなり目をつぶる。その間に増えた声は「母親」しか分からなかった。聞いたことの無い声が、僕の周りを取り巻いているような、そんな感じがする。
「息子は……大丈夫ですか?」
心配そうな「母親」の声。医療ドラマと同じ、くさい芝居が始まる気がした。ぼやける視界を我慢し、目を開ける。マスクに白い服を着た「おじさん」と「おばさん」が、僕の右側にいた。左側には「椿木」と「母親」。
涙ぐんだ目で僕を見て、嬉しそうな表情を浮かべる「母親」に対し、微笑みかけることも出来なかった。しようと、しなかった。「椿木」も「母親」と同じで、涙をため嬉しそうに僕を見る。僕の何も知らないくせに幸せそうな表情を作れる「二人」が、僕はとても羨ましい。
「命に別状は無いので、大丈夫でしょう。ですが、重篤な高次機能障害による記憶障害や麻痺が残る可能性も有りますので……まだ、なんとも」
上っ面の同情を前面に出し「医師のおじさん」が言う。僕は後遺症があろうが無かろうが、重要性を知らないから別にどうでもいいと思っている。けれど、「医師」の発言を聞いた「母親」と「椿木」は絶句した様子だった。
人工呼吸器のゴムが頬に食い込むのがとてもいずく、今はそのことだけが頭にあった。それ以外は、どうでも良い。「椿木」が囁いた“大丈夫だよ”も、「母親」の直ぐにでも崩れ落ちそうな表情も。今はどうでもよかった。