複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.32 )

日時: 2013/08/17 23:07
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ
参照: 描けないなら創るまで



 ゆっくりと立ち上がる。
 僕の視界に広がる全ては虚言を写しているかのようだ。何が真か偽かも、良く分かっていない。「母親」が僕に気づかなかった理由も、僕と同じ顔の「誰か」が運ばれてきたという「看護師たち」の話も。等しく、僕の脳内をじんわりと侵食していった。
 
 
 壊されていく、何もかも。


 ただそれだけが、僕の脳裏に浮上しては消えた。われても現れる、シャボン玉みたいに。下らないと心では毒づいてみても、下らないだなんて言葉で片付けられるほど簡単なことではなかった。初めて感じる、驚きと小さな恐怖。今まで作ってきた世界が、ぐらりと傾く感覚がする。
 考えていても仕方ないと、足裏を床につけぐっと力をいれ立ち上がった。先に捉えるのは、僕が出てきた扉。名札には、「社木伊吹」の文字。その事実だけで、何故か救われたような気がした。欲を言えば、「母親」か「椿木」に今すぐ会いたい。痛みに、気づいて欲しいと願っていた。

 ゆっくりと、扉を開けベッドに向かう。ベッドに腰掛けると自重でスプリングが軋んだ。そんな小さなリアルさえ、今ここに僕がいることを証明してくれているようで支えになる。


 末期。


 自嘲するかのように、僕は笑った。今更、僕が存在しているかどうかを気にするのなんて馬鹿げていると感じたのだ。四角い部屋で独り静かに窓の外を眺めていたあの頃は、僕自身の存在についてなんか何も考えていなかったのに。
 今更。馬鹿みたいで、しょうがない。考えることをやめ、僕はぐったりとベッドに寝転がった。――全てを飲み込むような天井の白。僕の心を、すっぽりと吸い込んでしまうほどの白だ。首の包帯より、シーツよりも透き通った天井に、僕は囚われているような錯覚を覚えた。

 心だけを囚われた、いわばうつろな人形として僕は白の中にいる。
 誰かが助けにきてくれることを祈りながら、僕は瞳を閉じた。































「……伊吹くーん。寝ちゃってるかな?」

 聞き覚えのある、優しく心地良い声が僕の脳を包み込んだ。それと同時に、ゆっくりと僕の瞼はひらく。目じりを数回こすって、おぼろげだった声の主にピントを合わせた。
 どこか寂しげな笑顔を見せる「椿木」の顔。僕はむくりと起き上がった。僕が起き上がってから、「椿木」は僕の視線と自身の視線を交差させ、口を開く。

「ね、伊吹くん。もしこれが全部嘘だとしたら、伊吹くんは、どうする?」

 意味が分からなかった。僕は一つも表情を変えずに「椿木」を見つめる。「椿木」はその目に深い悲しみと、どこにも置いてくることができなかった悲しみがうつっていた。そうしてもう一度、「椿木」は口を開く。

「私と伊吹くんが、こうして話してること。私が伊吹くんに片想いしてること。伊吹くんに弟がいること、伊吹くんのお母さんが伊吹くんを放って行ったこと。……伊吹くんの声が、でないこと。全部、全部嘘だとしたら、どうする?」

 眉尻を下げて、懇願するように「椿木」は僕に言った。何を伝えたいのか、僕は全く持って分からない。けれど、僕は一つだけ明白な答えを持っていた。枕元に置いているメモ帳とボールペンを手に取り、文字を殴り書きしていく。
 字の汚さは、もうどうしようもないものだから気にもしなくなった。書いたものを、不安そうな顔の「椿木」に見せる。僕はメモ帳を渡して、窓の外を眺めた。太陽は昇っていて、眩しい日差しが目を刺激する。

「……だよね」

 安心した。少しだけ嬉しそうに笑った「椿木」の顔を、横目でちらりと見る。たった一日二日振りだけれど、数ヶ月ぶりくらいの感覚がした。少し懐かしい、そんな感じだ。
 僕は「椿木」の目をしっかりと見て、優しく微笑む。壊れかけの僕のどこから、優しげな笑みが出たのかなんかは分からないけれど、見せた笑顔はきっと優しいものだった。

「伊吹くん、もう少し時間が経ったら一緒に売店行こうよっ」

 まだ少し、考えているような純粋ではない笑顔。けれど楽しそうな雰囲気を感じて、僕はコクリと頷いた。

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