複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.36 )

日時: 2013/08/23 23:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 
 それから数十分近く「椿木」の話を聞いていた。学校祭が始まったこと、クラスの出店の話、とても盛り上がった企画があったこと。それらを話す「椿木」の表情は、先ほどまでの暗さが分からないほど楽しそうだった。

 僕もつられて、口元に笑みがこぼれる。何も考えなくても出る、本当の笑顔かもしれない。相槌のかわりに微笑むことくらいしか出来ないが、それでも「椿木」は楽しそうに話してくれる。それだけで、僕の心は満たされた。

「そろそろ、売店行く?」

 「椿木」の言葉に、僕は頷きベッドから足を放り出し、地面を踏む。立ち上がった瞬間、少し気が抜けふらついたところを「椿木」に支えてもらった。恥ずかしく、照れ笑いをして誤魔化す。

 支えてくれていた手を離してもらい、自力で歩き病室を出る。目を閉じる前のひんやりとした空気は、廊下のどこにもなかった。あるのは明るい「看護師」の飛び交う声。僕の脳内で、目を閉じる前のあの出来事は、無かったことにされていた。

 僕も「椿木」も黙ったまま、真っ直ぐ売店へ向かう。沈黙の時間を、別に苦だとは思わなかった。むしろ、どこか心地がいいと感じる。昔テレビで誰かが言っていた、“沈黙を心地良いと感じる恋人同士であれ”という言葉を不意に思い出した。
 僕と「椿木」がそうだと言う事ではないけれど、少しだけ嬉しく感じる。待合室の時計は、正午になりかけていた。昼頃だからか、ロビーのソファは診察を待つ人でほぼ満席状態。中には涙を流し、泣き叫ぶ子ども達もいる。

「注射のこと覚えてたら、病院ってだけで泣いちゃうよね」

 懐かしいと微笑を見せながら、「椿木」は言う。

「私もね、小学二年生くらいまで病院きたとき、ずーっと泣いてたんだよ。注射が怖くてさ。今もちょっと、体強張っちゃうんだけど」

 他の人には内緒だよ? 「椿木」はそういってヤンチャな笑顔を見せた。僕にはしたことがない体験をしていて、楽しそうだなあと本心から思う。風邪を引いても、それがたとえインフルエンザだとしても病院にはいかなかった。

 僕が思っていることが伝わらないなら、行く意味なんかないと幼いながらに分かっていたから。ロビーを過ぎたところにつけられたエレベータで、二階に向かう。エレベータの中も、独特の消毒液のにおいが染み付いていた。僕にとっては心地のいい薬のにおい。「椿木」は少し苦手なようで、鼻を押さえていた。

 チン、と歯切れのいい音を合図に扉は開く。僕は先に「椿木」に降りてもらい、その後に続いた。それが僕に出来る最大限のレディファーストだ。実際は売店の場所が分からないから、というのが「椿木」に先に行ってもらった最大の理由である。
 手を背中のあたりで握って、楽しそうに「椿木」は通路を歩く。開いた病室の扉の中を覗くと、点滴をさした子ども達が何人かいた。小児病棟なのかと思いながら、「椿木」が入っていった売店へ入る。「椿木」は見たことあるものばかりなのか、どれが良いかを選んでいた。

 僕にとっては見たことが無いお菓子ばかりで、胸がおどる世界。棚の上から下まで、物珍しそうに食べたことの無いお菓子を物色する。どれが美味しいか、どんな味なのか。パッケージを見るだけで、満たされる世界が広がっているのだ。

「伊吹くん、これでいいと思う?」

 そういって「椿木」が見せてくれたのは、おいしそうなスナック菓子と見たことのないグミだった。ポテトチップスではなく、コーンチップスと呼ばれるあまり見ないチップス系のお菓子に、くねくねした形が特徴的なグミ。
 僕の気持ち的に、もうそれだけで十分だ。早く、そのお菓子を食べたいと心が叫ぶ。

「買ってくるね」

 クスクス笑いながら「椿木」は“会計”と書かれた場所へ、お菓子を持っていく。僕は棚においてあるお菓子などをみて、「椿木」が戻ってくるのを待つ。短い時間だったのだろう。けれど僕にはその時間でさえ長く感じた。
 それくらい、お菓子を食べることを心待ちにしている。
 とても魅力的なお菓子がたくさん並ぶ。今の僕は、デパートメントの玩具売り場で玩具に目がくらんだ子どものようだろう。

「伊吹くん、買ったよ。もどろっ」

 そういって僕にレジ袋を見せ、「椿木」はにっこりと笑う。本当に笑顔が似合うと、心底から僕は感じた。



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