複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.38 )

日時: 2013/11/01 16:27
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「二人とも、僕の友人ってことで特別に伊吹くんに会ってみない? 多分、何か良い影響があるかもよ」

 はははっと大きな声で笑う、「谷俣さん」。僕と「椿木」は顔を見合わせる。結論は、「谷俣さん」について行くことにした。僕と同名の「社木伊吹」という人間に。明るい院内を「谷俣さん」について歩く。意外に人気者のようで、様々な「患者たち」から挨拶をされたり手をふられたりしていた。それをみて、「この人」が、プライバシーも何もない質問をしていても憎めない何かがあるのだろうな、なんて思う。

「どうして、私達をその、社木伊吹くんに会わせようと思ったんですか?」

 少し聞き辛そうに、「椿木」は言った。それは僕も気になった点だったけれど、敢えて口には出さなかった。出せなかった。右手をずっと首の包帯に触れさせながら、二人の会話に聞き耳を立てる。あくまでも、僕が興味を持っているとは悟られないように気をつけながらだ。
 嫌いな人に、僕が何かを感じてるだなんて悟られたくは無い。

「んー、一番の理由としては、椿木ちゃんと××くんと同年代なんだよ伊吹くんって。歳の離れた僕と話すよりも、きっと話しやすいと思うんだ。彼にとって」

 遠くを見ながら話す「谷俣さん」に、思わず僕と「椿木」は息を漏らした。「椿木」が息をもらした理由は分からないけれど、でも、僕と同じような理由からだと思う。僕ははっきり言って誰かと話すことが好きじゃない。そもそも話すことなんて不可能だ。
 「谷俣さん」のいう“話す”という言葉が、僕の心にチクリと爪を立てる。二回目の、傷。下を見ながら歩けば、気付いたらもうエレベータの前だった。上へ行くボタンを押す。目的の階について下りた。心はどこかおざなりな、そんな感じがする。

 僕がいずれ移動する、小児科の階のようだった。殺風景な僕のいる場所と違って、カラフルで明るい印象がある。「子ども達」の笑い声や、泣き声に話し声が僕の耳をくすぐった。それぞれに欠陥を伴った中の明るさが、僕には眩しすぎた。
 無意識に、それでいて意識的に僕は歯で頬の内側を噛む。じわりと、口に鉄の味が広がった。「谷俣さん」の後ろに続いて歩いていた「椿木」が、立ち止まっていた僕のほうを振り返った。

「伊吹くん?」

 「子ども達」の声が作り出した雑音の空間の中に差し込んだ一つの声に、僕はぱっと顔をあげる。小さく開いた僕の口からは、血が一本の線を描いて輪郭をなぞっていった。そうして、顎から床へと垂れる。僕の悲鳴を代弁したようだったと、思う。

「伊吹くん! 口から血出ちゃってるよ!」

 そういって、まるで僕の保護者のように「椿木」は駆け寄ってきた。スカートのポケットから取り出したティッシュで僕の血で汚れた部分を吹く。新しいティッシュで、血が表に出てこないようにティッシュを当てて僕に持たせた。
 可哀想な子を見るような目で。可哀想だと言いたそうな眉で。僕を刺しているだなんて、きっと「椿木」は思っていないんだろう。僕だってそのことを敢えて伝えたりはしない。僕は、自分が誰に理解されることがないことを、知っているから。

「大丈夫かい? 椿木ちゃん、××くん? そろそろ彼の部屋に着くよ」

 ある程度は状況を理解しているんだろうけど、僕を待つ気はないんだなあと少しだけ思う。僕は「椿木」に目配せをしてから、歩き出す。「椿木」も僕の少し後ろについて歩いていた。不思議な距離感が気になったけれど、僕は口内の傷を舌で舐め続けて気をそらした。
 傷口を開くのは、快感でしかない。そう口から出てしまわないように嚥下しながら、僕は鉄の味を口いっぱいに味わう。気持ち悪がられたとしても、それが今の僕の精神安定剤の役割を果たしているのだ。






「ここだよ、二人とも」

 少し歩いて、歩を止めた「谷俣さん」が見る部屋の扉は、そこだけ異世界にあるかのような、そんな雰囲気が漂っている。

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