複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.39 )

日時: 2013/11/04 20:53
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 他と変わらない扉なのに、僕には普通と感じられない。きっと、きっとだけど僕が会ってはいけない何かがあるんだと思う。先ほどの傷をティッシュでおさえながら、また思い切り歯で噛み付いた。口の中で鉄の味が広がっていく。

「それじゃ、あけるね。伊吹くん、はいるよー」

 中から、若い「青年」の声が返ってきた。「谷俣さん」は僕と「椿木」に目配せをしてから、引き戸を開ける。中にいたのは「青年」。部屋にある窓から、外を眺めていた。その近くには、

「伊吹くんの……お母さん……?」

 僕の「母親」がいた。僕は「青年」、もとい「伊吹」と「母親」を交互に見た。「母親」がいることが、信じられないのだ。僕の病室に今日来る筈だったのに、来なかったのは僕が大事じゃないからだったのかもしれない。また、心がチクリと痛んだ。
 「母親」も、僕達のことを見て少し驚いた顔をしている。どうして来たんだろうだなんて、思っているのかなと想像してみると、開きかけていた心の扉が音を立てて閉まった。「伊吹」がいれば、僕は不必要なんだなと思った。

「あら、椿木ちゃん。伊吹のお見舞い、来てくれたの?」

 嬉しそうに笑顔を見せる。僕のことは眼中にないようだった。

「あ、私は此方の谷俣さんに伊吹君を紹介されたんです。私がお見舞いに来たのは××君なんですよ。私が、伊吹君のお家で泊まらせてもらっていたときにお家にいた、××君。……忘れてましたか?」

 最後のほうは、少し言いにくそうだった。僕のことを言おうとしてくれたんだろうけど、僕の名前はラジオのノイズのように掻き消されてしまって、聞こえない。もしかしたら僕は、「誰か」の空想に生かされている非実在の存在なのかもしれない。
 「母親」は考える素振りを見せたが、多分見当がつかないんだろうと思った。僕自身の力で存在を主張したいけれど、声は出ない。自分の喉に手を添えて、「誰か」の指痕と爪痕をひどくのろった。涙は出ない。何時もの通りだ。

「母さん、なんだか話がややこしくなりそうだから、今日はもう帰って。谷俣さんも、出来たら……。この人と、話したいんだ」

 そういって「伊吹」が見ていたのは「椿木」のことではなくて、僕だった。ニコリと微笑まれたが、僕はただ視線をそらす。口の中に注がれたままだった液体を、一度で嚥下した。どこか好戦的な目で僕を見る「伊吹」は、得意気だった。
 「伊吹」の言ったとおりに、「母親」と「谷俣さん」は部屋をあとにする。僕はそれを横目で見てから、歩いて「伊吹」の近くへと歩いていった。じっと「伊吹」の目を見つめる。茶色がかった、僕と同じ色素の薄い目が僕をしっかりと捕らえていた。

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