複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.40 )

日時: 2013/11/17 08:44
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「君が」

 口を開いた「伊吹」は、そこでとめ、にこりと笑った。僕には作ることが出来なくなった、無垢で無邪気な笑顔。劣等感が生まれた音がする。

「君が、社木伊吹。僕も、同じように社木伊吹なんだ。僕は君に、とっても興味があるんだよ。伊吹。君はどうして、僕と同じ顔、同じ髪色、同じ容姿であるのに、君は声を出せなくて何かを隠すように首に包帯を巻いている。もし僕と君が同じ人間だと言うなら、それは不思議じゃないか?」

 僕のほうに歩きながら、「彼」は持論を披露していく。「彼」の茶色い瞳が、僕の姿を大きく大きく映していく。「彼」が言っていることは、僕自身も正しいと思った。けれどもし、僕達が同じ人間だとするなら、同じ世界に二人いるはずがない。

「社木さんと、××君が一緒の人間って……」

 驚いた顔をしながら「椿木」が言う。自然と「彼」も僕も「椿木」の顔を瞳に映す。同じ、茶色の瞳には角度の違う「椿木」の顔だけがうつっている。「彼」はくすくす笑いながら、楽しそうに言ってみせた。

「この世の中に、誰かは一人しかいない。それが世界中で暗黙の了解となっている、事実、ってやつさ。けどね、そんな簡単な事実だけで証明できるほどこの世界は簡単じゃない。世界は、複雑に怪奇しているんだよ、椿木ちゃん」

 無邪気に見えていた笑顔は、一瞬にして冷徹なものへと変化した。でも傍目からみればその笑顔はまだ、無垢で無邪気なもので。「椿木」は何も気付かないまま、「彼」の言を理解しようとしていた。僕も理解しようとしたけれど、「彼」の言葉がノイズに塗れたような気がして聞き取ることは不可能だった。


「ね、伊吹。君は戻るべきだよ、今までの場所に。僕なんかがいるところに、やってきたら駄目なんだよ、伊吹」

 冷徹が悲哀へと、変わる。小さな痛みを全て出したように、僕に懇願するような声色。痛みを、出すことに慣れていないんだな、と僕は無意識の内に思った。そして、どうしてか小さく頷いていた。言葉を出せないからなのか、もしそうだったとしても、分からないままに。

「ばいばい」

 そう、「彼」が言った。



























「あ、××起きたの? 退院の準備は終わってるわよ」

 現実のような長い夢が、覚めた。起き上がり、枕元においてあった服を着る。ここで着ているものとたいして変わらない、病院服のようなもの。「母親」は、僕のために服を買おうとしているらしいが、脚の筋力も満足に戻っていない僕は、外に出る気など全くない。
 上着を脱ぐと、真白い貧相な胴体が現れる。肋骨が、浮いた、骨と皮のだけの胴体。隠すように、服を着る。首の包帯をとり、近くのテーブルに置いていた替えの包帯で醜い痕を隠した。隠す、隠す。僕は僕を形成しているものを隠して生きている。その事実に、自分が脆弱なことを痛感した。

「もう先生とはお話終わってるから、準備が出来たら行くわよ。そうだ、何か食べたいものある? 帰りにスーパー寄って帰ろうね」

 僕が退院することが嬉しいのか、「母親」の声色も機嫌も上々だ。僕は、あの長い長い夢に出てきた「彼」が気になっていた。僕と同じ「伊吹」なのに、僕とは違いすぎた「彼」の姿が、目から離れない。


 ばいばい。


 もう一人の「伊吹」への言葉を、呟いた。

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