複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.43 )

日時: 2013/12/11 21:46
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 靴を脱ぎ、「母親」の肩を借りてゆっくりとリビングまで歩いていく。一歩、リビングに入るとごま油の良い香りが僕の鼻腔に充満した。
 ぱちぱちと、キッチンから弾ける音が聞こえる。ソファに座らせてもらい、キッチンを見るとエプロン姿の「椿木」がいた。

「あ、××君おかえり! 退院おめでとうっ。今日は、××君の退院祝いでからあげにしたんだよー」

 無邪気な笑顔で「椿木」は僕に言う。僕は心の中でそっと「椿木」に微笑み、小さく「椿木」に向かって頷いた。傍から見れば感じの悪い子どもなのだろうが、僕に出来る精一杯なのだから仕方がない。
 僕は全ての体重をソファに預け、ゆっくりと目を閉じる。非情で気味の悪い世界を、思い出すために。
 淡いLED電灯を視界からゆっくり消していく。白の視界は、まつげが合うと同時に黒く染まった。

 小さな僕と、名前も知らない「誰か」。今まで思い出したときは、二人だけだったのに、今回は違った。僕も「誰か」も意識していなかった「誰か」の背中側にある扉から、あの頃の僕とあまり身長の変わらない「子ども」がいた。
 息を喘がして苦しむ僕を見て恐怖している。そう、僕には見てとれた。次は自分の番なのかも知れないと、「誰か」をひどく恐れている雰囲気がする。
 それから間もなく、僕の司会は黒く塗りつぶされた。



 ゆっくり、目を開く。白い白い光が、僕の視界を明るく照らす。覚醒し始めた僕の脳内は、普段では有り得ないほどよく回っていた。僕の記憶と、憶測でつくられた論理をくみ上げるためだ。
 今まで思い込んでいたかもしれないことを、僕は少しずつ脳内で消していく。
 僕と「誰か」が居たはずの廃ビルは、もしかしたら違うのかもしれない。あの「子ども」は「誰か」の子どもだった可能性も否定は出来ない。子どもがいれば、きっと同じような年代の子は相手にしないだろうからだ。

 でも、と。普段から「誰か」は、あの「子ども」に暴力を振るっていたかもしれない。もしかしたら日常的に行っているのかも。そうして霞んだ「子ども」の深い深い瞳を思い出す。
 ふと、頭にとある人が思い浮かんだ。幼い頃に少し遊んだことがあるだけで、その顔はしっかりと思い出すことは出来ない。
 遠い昔の記憶だけれどその「子」は、苦しむ僕を見ていた「子ども」と同じように、深い悲しみと憎しみがつまった瞳をしていた。

 懐かしい。

 きっと今思い出した「子」と、あの場所に居た「子ども」は、一緒の人物なのだろう。


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