複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.44 )

日時: 2013/12/14 22:10
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


第二話 『私』

 
 小さな世界が嫌いだった。空っぽの自分自身が、嫌いだった。私を取り巻いている環境は、小さい頃から何も変わっていない。息苦しい煙草のにおいとアルコールの混じった、汚い空気。
 私の周りにはそれしかない。そっと、顔に出来た痣に触れる。ぼうっと痣を撫でながら、自分の部屋に戻る。安いマンションで、リビング以外の部屋は二つしかない。その中の物置部屋が、私の部屋。

「おい、椿。ッ、煙草買って来い」

 扉の奥から、酔った父親の声が聞こえる。静かに立ち上がり、痣を隠すようにマスクをつけて、部屋からでると床にお金が置いてあった。煙草購入用のICカードもある。
 それらを拾って玄関に行く途中で、仕事から帰って来たお母さんにあった。口パクで「ごめんね」と言われ、ふいっと視線を下に向ける。お母さんも、お父さんも、大嫌い。誰からも、何からも守ってくれないこの家族が大嫌いだ。

「……行ってきます」

 重たい扉が閉まってから、廊下に出て言う。家とは違う新鮮な空気を目一杯吸い込んだ。たまには換気をしよう。そう思って、外を歩いていく。少し蒸し暑い日にマスクをつけている私を、近所の人は不思議がらない。私の親が、どんな人なのか知っているから。
 会釈してくるご近所さんは、いない。井戸端会議をしながら遠巻きに私のことを話す人ばかり。本当に、嫌になる。靴の踵が磨り減るのは気にせず、踵をすって歩いていく。

 近くの公園から小さな子達の話し声が聞こえた。何も辛いことを知らないんだ。私と同じような環境で、過ごせばいいのに。そう思うと、目頭が熱くなってくるのが分かった。
 涙を流さないように、ぎゅっと歯を食いしばりながら、少し遠くの煙草屋を目指す。数分ほど歩いて、煙草、の看板が見えた。此処の自動販売機で煙草を買って帰れば、それで終わる。少しだけまた、気持ちが沈んだ。

 帰りたくない。

 ぎゅっと着替えないままだった制服の胸元を、強く握る。親に反発する恐怖が、足元から這い上がる感覚がした。一回目は顔を思い切り殴られた。二回目は、やっぱり殴られて、蹴られて、家の外に放って置かれた。
 当てもなく歩いて、一人だけ私を見てくれた女の人がいた。優しく声をかけてくれて、家に招いてくれた人。その面影と、ぼやけた景色だけえを頼りにとぼとぼと歩いていく。

 夕焼けは、家を出たときよりも西に傾いていた。だけどまだ日は長くて、私の影法師をずうっと長く長くしている。煙草屋を過ぎてからも、ずっとずっと歩く。
 もう、いつ帰ったとしてもお父さんに殴られる。それなら探されても分からないくらい遠くに行きたかった。息苦しくなり、マスクをはずす。すれ違った知らない人に、頬にできた痣を見られても気にしていられなかった。

 どれくらい歩いたか、分からない。街灯はぽつぽつとつき始め、私の歩いている道もだんだんと住宅が少なくなってきた。ぼやけた景色と、今見ている景色は、ほぼ同じ。
 きっと、合ってる。
 そう信じながら、曲がり角を曲がる。暗くうっそうとして見える林の中に、一軒だけぽつりと明かりのともっている家があった。きっと、あれだ。少しだけ心の中で喜びがこみ上げる。ゆっくりとゆっくりと歩いて、その家へと向かう。



 玄関扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。少し震えた指で、チャイムをぐっと押し込む。無機質なチャイム音が扉の奥に響く。少ししてから、がちゃ、と音がした。その音で、体に力が入る。何を言ったらいいのか分からないほど、緊張していた。
 
「社木ですが、どちら様ですか?」

 優しそうな女の人の声。ゆっくりと、言葉を出していく。

「こ、こんばんわ。えっと……時雨、椿です。少し前に、その、夜に道歩いていたときの……」
「しぐれ、つばき? 夜歩いてたって……。もしかして、おうちから出されちゃった子?」

 家から出された。その言葉を聞いて、からからの喉に僅かな唾液を送り込む。

「はい。そのときの、です」

 そう言ってからの少しの沈黙が、とても長く感じられた。また、先ほどのようにがちゃ、と音がする。ぱたぱたと音が聞こえてすぐに、重たそうな玄関の扉が開いた。
 暖かな光の中から、顔が出てくる。

「つばきちゃん、よね。あの時の。もう遅いから、ほら、入って入って」

 優しそうな笑顔に迎えられ、頬を涙が伝った。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.45 )

日時: 2013/12/26 21:28
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

 止まらない涙を拭うことも出来ないまま、ぽろぽろと玄関の床に涙の痕を落としていく。この家の女性は「ちょっと待ってて」といい、慌て気味に家の中へと戻っていった。止まらない涙を、蹲りスカートでぬぐう。
 
「つばきちゃん、家に、入れないの?」

 ゆっくりと赤子をあやす様な優しい口調で問われ、弱く横に首を振った。入ろうと思えば、きっと入れる。だけど、家には帰りたくない。今、家に帰ったところで何をされるかは全く分からないのだ。殴られるだけで済むか、分からない。
 ぽん、と頭におかれた手に、びくりと過剰に反応する。だんだんと呼吸が荒くなり、肩が震えた。叫びだしそうになるのを、いつものように抑える。声を大きくすると怒られていたから、涙はスカートだけで拭い、あいていた両手で口をふさぐ。

「つばきちゃん、大丈夫よ。つばきちゃんのお父さんもお母さんも、このおうちには居ないからね。自分の家には、戻りたくないの?」

 何度も何度も、頷いた。震えも嗚咽も止まらないまま、何度も。優しくしてくれる誰かに、初めて出会った喜びも手伝っているのか、涙は全く止まらない。
 普段なら耐えられていた涙が、いっぱいいっぱいになってしまったみたいだ。辛くて、苦しくて。だけど手を差し伸べてくれた。それだけで、私を壊すには十分だったらしい。

「つばきちゃん、ほら、涙を止めて。お父さんとお母さんに会う決心が付くまで、この家にいていいわよ」

 背中を優しくさすりながら掛けられた、温かい言葉。嬉しくてしょうがなかった。けれど、私は首を横に振る。今日は、ちゃんと家に帰ろうと少しだけ思った。
 もしかしたら、なんて思いが浮かんできたのだ。もしかしたら、お母さんもお父さんも、私がいなくなったことを心配してくれているかもしれない。

 私のことを嫌がらないで、受け入れてくれるかもしれないと思った。ゆっくりと止まってきた涙を、袖で乱暴にぬぐい私は立ち上がる。心配そうな女の人の顔が、目に入った。静かに「ごめんなさい」と言い、頭を下げ、逃げるようにして玄関から外に逃げ出す。
 後ろから呼び止められた声には、何も反応できなかった。これ以上甘えてしまったら、もう、あの場所には戻れなくなってしまうと思ったから。沢山走った。息が苦しくなっても、足がだるくなっても、一心不乱に走り続けた。視界の端に見えた「たばこ」の文字に、初めて立ち止まった。

 肺の辺りを、ぎゅうっと締め付けられているような感覚がする。息が整うまでが長くて、その場にしゃがみこんだ。背中も首周りも汗でびちゃびちゃ。一度大きく息を吸って、吐いた。まだ明かりのともるそこで、お父さんがよく吸っている煙草をカートンで二つ買う。

 脇に抱えて、また家への道を走る。走って走って、いつもの風景に戻った。殺風景な公園を通り過ぎれば、もう、私の住んでいるマンションがある。私の家の場所は薄いカーテンが一枚あるだけで、内側の光は駄々漏れだ。きっとお父さんがお母さんを痛めつけている声も、扉の外に、壁の向こうに、駄々漏れなんだろう。
 次は、私の番――。そう思うと、膝が笑い始めて、呼吸も乱れてきた。ぎゅっと拳を握り、深呼吸をし、マンションへと入る。階段を上る最中、家が近づくにつれて心臓はどくんどくんと、強く脈打っていった。怖くて、どうしようもない。

 もしかしたら、なんて淡い期待はもうなくなっていた。どこを殴られるのか、どこに煙草の痕をつけられるのか、心配だった。お母さんに、どのようにして私の心を壊されるのか。
 震える手で、ゆっくりと家のドアノブに手をかけた。手首をひねる前に、ドアに耳をつける。不自然なくらい、静かだった。いつもならお母さんのすすり泣く声、お父さんの苛立った声がずっと聞こえているのに。

「……た、ただいま」

 小さな声で言い、扉を開く。なんだか鼻を刺激するようなにおいがして、私は顔を歪ませた。煙草は靴箱の上に置き、静かにリビングへと向かう。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.46 )

日時: 2013/12/27 23:15
名前: エリック ◆6X.MNMRYLI

やっと追いついたのでコメントさせていただきます。

もう一人の「伊吹」が出てくるところ、最後にいい意味で裏切られた感じがしました(夢と言うオチ)。
読んでいく過程でハッとさせられて、このような技法(?)はとても好きです。

やっぱり柚子さんは言葉の紡ぎ方が綺麗だと思います!
目が先を先を行きたがるような文の運びでとても読みやすいです^^

応援しています。
そして更新を待っています。

では、失礼しますね^^

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.47 )

日時: 2013/12/28 10:26
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


エリックさん

コメントありがとうございます!
読んでくださっているとは、思わなかったです。笑
伊吹達は、僕でも驚くくらい入り乱れているので、ああいった切り方しかなかったです。
ですが、そういっていただけると、あのように書いて良かったなあと思います笑

言葉の紡ぎ方がきれい、ですか。
何て言いましょうか、少し照れ臭いですね笑

冬休みの内にある程度更新しようと思います。
寒くなりますので、お体には気を付けてください(^^

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.48 )

日時: 2013/12/31 21:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


 私の小さな声は、いつものリビングの明かりに消されてしまった。半開きのドアから、リビングの中を覗き込んだ瞬間に息が止まる。目の前にうつる状況が信じられなくて、静かに息を潜めた。
 空中から浮いた足が、二本。少し黒ずんだ、液体。その中にお母さんがうつ伏せで倒れこんでいた。それを見つめる私の息はだんだんと早くなり、ここにいたらいけないと無意識に感じる。

 意識的に、警察に電話をしなくちゃいけないとも感じ、相反する二つの感覚から私は動けなくなった。今、この状況で私のするべきことは何なのか。最優先事項が分からなくなってしまうほどに、混乱していた。
 かたかたと震える体に鞭をうち、リビングに足を踏み入れる。一歩踏み出すと、もう、リビングには私の知っている雰囲気は存在していなかった。じっとりとした、気持ちの悪い空気。

 吐き気を催しそうな感覚に囚われる。気持ち悪いことこの上ないけれど、かたかたと震える手で受話器を取る。気持ちを落ち着けるために、ゆっくりと『1』『1』『0』の番号を押した。無機質に鳴り響くコール音。
 もしかしたら、もしかしたら。そんな考えが私の頭の中を支配していく。一人ぼっちになってしまった私は、本当の意味で一人ぼっちになってしまったんじゃないか。そう思うと、涙が零れてきた。目元の涙を手首で拭っていると、コール音ではなく人の声が聞こえてきた。

 ダムが壊れた音がする。それと同時に、私の口からは断片的な言葉が沢山溢れ出てきた。何を伝えたかは分からないけれど、受け答えをしてくれる人の『今から向かいます』の声はしっかりと記憶に残った。
 私を一人にしないでくれる人がいる、と安心して受話器を置く。同じ空間にいる、お父さんとお母さんには視線を向けないようにしてその場に座った。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.49 )

日時: 2014/01/14 22:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



 かちん、かちん。時計の秒針だけが、私の意識の中に入り込んでくる。どうしてなんだろうとか、やっぱりなあとか。膝の間に顔を挟めて、私は考えた。なんでこうなっちゃったんだろう。そう考えると、ぽろぽろと涙が落ちた。私は泣きたくなんて無いのに、勝手に涙があふれてくる。
 お父さんが死んじゃっても、お母さんが死んじゃっても、どうでもいいはずなのに、涙が止まらない。急に、自分がちっぽけな存在に思えてしまって、止まらない。

「なんで」

 呟いた言葉が、か細く震えた。心細くて、仕方が無い。早く警察に来て欲しい。遠くでサイレンの音が聞こえるから、きっともうすぐなんだろうけど、来るまでの時間がとても長く感じる。もしかしたら、私以外にも何か通報した人がいるのかもしれない。
 そうして数十分――実際には数分くらいしか経ってないと思う――静かに待っていた。すると急にインターフォンがなる。私は急いで立ち上がり、玄関へ向かった。上手く足に力が入らなかったけれど、できる限り早く。

 ドアスコープから外を見れば、少し強面の男の人が何人か立っていた。重たい鉄の扉を開き、小さく会釈した。









 そこからは、何を話したのかよく覚えていない。色々なことが終わって疲弊していた私を待っていた、マスコミが持ってきたカメラのフラッシュ。騒がしく、忙しなく、質問が投げかけられる。
 目の下にクマが出来ている私を気にしない、自己中心的で、利己主義の人々。両親が殺された次の日から、学校には通えなくなった。外に出ることも、できなくなった。何が怖い、という訳ではなくて、ただ人と関わることが恐怖になっている。

 助けて、とも叫べない私を、誰も助けようとはしない。何ヶ月も、私は学校を休んだ。只管に人とかかわることだけを避ける。簡単なようで、とても辛い行為。家に帰っては涙を流し、外に出るときには顔が分からないようにマスクをつけた。
 大きな事件で生まれた、小さな綻びが修復するまで。静かに、静かに暮らした。私が学校に登校出来たのは、事件から三ヵ月後。授業もびっくりするくらい進んでいて、毎日夜遅くまでノートを写して、独学で勉強した。

 まだ制服は夏仕様の、半そで。初めて学校に行った日は、皆可哀想な人を見る目で私を見ていた。それでも別にいいと思っていたけれど、やっぱり辛いものは辛い。

「つーばきっ。おはよう!」

 聞きなれた声に、私は一瞬驚いた。毎日私を心配してくれていた、大親友の声。振り向けば、いつもの顔ぶれがそろっていた。学級書記の春、元気いっぱいの真浩、誰にでも優しい美優。

「椿、元気ないのはしょうがねぇけど、俺らといる時くらいは楽しんでくれよ。お前を助けてやるって、俺ら三人で決めたんだからさ」

 少し申し訳なさそうに微笑む真浩の言葉に、思わず目の端から涙が溢れ出した。誰も助けようとしてくれなかった私を、無条件で助けてくれる。私に足りていなかった優しさを、三人はいつでもくれた。
 
「ちょっと椿、泣かないでよー」

 クスクス笑う美優に抱きしめられながら、涙を流す。春と真浩も、少し遠慮がちに頭を撫でてくれた。その優しさがまたじんわりと広がってきて、辛くなる。戻ってきていいよって言ってくれているみたいで、嬉しいけど辛い。
 これから始まるSHRなんかに出られないくらい、涙が零れて止まらなかった。美優に連れられて行った保健室は、ほどよい消毒液のにおいがした。先生はいなかったけど、美優には教室に戻ってもらった。情けない顔を、これ以上見せたくなかったから。

 鼻水を少しすすりながら、部屋の真ん中にある丸椅子に座る。自分がちっぽけで惨めだと、感じる。みんなの言葉は上辺だけなのかもしれない、とか。だんだんと醜い感情で、埋めつくされていっているみたいだ。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.50 )

日時: 2014/01/20 22:01
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



 流れた涙が乾いた。涙が伝った頬は、少しだけ乾燥している。先生は、まだ来ない。保健室を出て直ぐにある職員用玄関からは、女の人と男の人が話す声がする。一つは聞き覚えがあるから、きっと保健室の先生の声だ。
 私はすこしだけ温かい保健室を、ぐるりと見回す。保健室に来たのは、二年生になるまでに二度しかなかった。一度目は、体育の授業中に転んだ友達をつれてきたこと。二度目は、今だ。泣きすぎて保健室に行った、だなんて担任に知られたら一体何を思われるんだろう。

「ちょっとだけ……こわい、かな」

 誰がいるでもない部屋に、私の声だけが反響した。水溜りに石を落としたときみたく、じんわりと波紋が広がっていく。私の声は、差し詰め石だったのだろう。
 静寂に殺されたままいると、部屋の外の話は終わったらしい。ドアノブを捻る音に顔を向けると、先生がはいってきた。綺麗で優しい人だった記憶だったけれど、その記憶は間違っていなかった。

「あれ? 確か二年生の、椿ちゃんだよね。今日はどうしたの?」

 あまり来たことが無いのに知られているのは、きっと三ヶ月前の事件の所為。答えようと思って口を開き、ふと先生の後ろに隠れるようにしている男の子が目に入った。
 目には光が灯っているようには見えなくて、暗く沈んだ表情。首に包帯を巻いた、とても細くて華奢な男の子だ。

「先生、その子、誰ですか?」

 自分の事を聞かれていても、後ろの男の子は視線を上げようとすらしない。先生は一度その子に視線を移して、また私に視線を向ける。私も、自然に先生と視線を交えた。

「この子は、社木 伊吹くんっていうの。丁度椿ちゃんと同じ年齢の子で、この学校に通ってるんだよ」
「そうなんですか」

 よく見ると男の子は髪が茶色かった。肌は白くて、外に出たらすぐに真っ赤になっちゃいそうなくらい。じっと伊吹くんを見つめていた私に、先生は優しく微笑みかける。
 敢えて何があったのかを深く聞いてこないのは、きっと私の頬にある涙の痕を見ちゃったから。そうじゃないとしても、私はそう考えた。私の隣に伊吹くんは座って、先生は私たちの前に腰掛ける。

「……先生、あの」

 三人いるとは思えないくらいの静かさに、思わず私は言葉を発した。

「どうしたの、椿ちゃん」

 にっこりと微笑みかける先生が、私が小さかった頃のお母さんと重なる。また心がずきんと痛んで、先生を見つめたまま涙が溢れた。嗚咽を伴わずに、静かに涙だけが流れる。
 先生は驚いた顔をして、沢山の本が整理された机の上から箱ティッシュを持ってきた。私の涙を丁寧に拭いて、先生は背中を摩る。ゆっくりと一定の間隔で上下に。

 優しさに包まれなれない私のことを、優しさは容赦なく私を包み込む。大好きだったお母さんに貰うことが出来なかった。大嫌いだったお父さんには貰えるはずがなかった。
 手の届かない幻のような優しさに、また私の涙腺は小さな綻びから決壊を始める。隣に伊吹くんがいる事も気にせずに、私は静かに涙を流し続けた。静かな室内に、私の嗚咽が響く。

「椿ちゃん、少しベッドで休む? これじゃ、二時間目も出れないでしょ」

 心配するような先生の声に、私はゆっくり頷いた。そうして、先生に抱えられながらベッドに入る。視界の端で涙に滲んだ伊吹くんは、ずっと窓の外を眺めていた。
 暖かな布団に包まれ、朝から泣き疲れた私は直ぐに眠りに付いた。忍び足でやってくる可愛らしい睡魔に、全てを委ねた。







「つーばきーっ。だいじょーぶ?」

 鼓膜を震わせる声に、私の意識はだんだんと戻ってくる。聞いたことがある、女子の声。

「こら。まだ椿寝てんだから、大声出すなよ」
「そうだよ美優、真浩の言うとおり。美優だって寝てるときに大声出されたら、機嫌悪くなるしょ?」

 優しく美優を諭すのは、きっと春。ゆっくりと目を開けて、体を起こす。まだ少し頭はぼうっとするが、目を擦りベッドの横にいた三人にピントを合わせた。

「今って、お昼休み……?」

 二校時目と三校時目の間に長い休み時間がないから、私はそう聞く。近くにある高等学校と、休み時間は同じような仕様になっているから。返事を求めて、美優たちを見る。真浩が、少し言い難そうに苦笑いをした。

「もう、放課後なっちった。昼休みきたんだけどさ、すげー寝てたから起こすに起こせなかったんだよ」

 ごめんな、と言った真浩だけど、申し訳なさそうには見えない。

「椿。無理はしたら駄目だからね。君が思っている以上に、体は疲れてるんだろうし」

 そういう春は、もう少し頼って、と言っている様に聞こえて胸が痛んだ。やっぱり大親友の三人は、安心感が違う。そう思って、私は素直に頷いた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.51 )

日時: 2014/01/26 03:24
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



 春達が持ってきてくれた上着を羽織り、カバンを背負う。ずっしりと重たいカバンだけれど、本当はもっと軽いはず。私のノートの重さが変わっていないから、軽いはず。ちょっとした寂しさを胸に忍ばせて、保健室を後にした。先生の机においてあった小さなメモ帳に、帰ることを伝えて。
 下校時間を少し過ぎた校内は、昼間とはびっくりするくらい温度差があった。足の神経を這って、ひっそりと背筋をなぞる冷気に思わず身震いをした。それは春達も同じみたいで、同じタイミングで震えた私達は、目を合わせて笑いあう。小学校から変わらない四人だから、色々なタイミングも自然と合ってしまう。


「寒いねー」
「だなー、すっげーさみー」
「今日、僕の家誰もいないんだけど、週末だし泊まりに来る?」
「おー、行く行く!」
「行くー!! 椿、椿もいこーよっ!」
「えっ、あっ、迷惑じゃない? 大丈夫?」
「椿がそんなこと、心配しなくたって大丈夫だよ」
「春ん家、誰もいねーらしいから平気だって!」
「そーだよっ、ね、椿いこー?」
「それじゃ、行こう……かな?」
「何だよその疑問系ー! たまには四人ではっちゃけよーぜ?」
「真浩の案にさーんせーい! 春の家に、えーっと六時に集合しよ!」
「六時だね。晩御飯準備しておくから」
「それじゃ、一回解散だなっ」
「だねー。またあとでねー!」
「ばいばい」


 四人が三人になって、三人が二人になった。学校近くの十字路が、私達四人をいつも三つに分ける。真浩と私は、同じマンションだったから途中からは二人きりだ。何時もは他愛も無い話をして、笑いあっている。

「なー椿」

 ちょっとした気まずい沈黙の中で、真浩が口を開く。堅苦しい制服を、今時の都会の子みたく着崩しながら。学校の規律は厳しくて、毎朝生徒会の先輩が服装点検を行っている。

「どーしたの?」

 真浩は少しだけ、口をつぐんだ。何かを躊躇しているみたいで、大きく深呼吸をして私の顔をじっと見る。私も真浩のことを見ていたから、自然と目が合う。私と真浩の絡む視線が、なんとも言えない独特の雰囲気を作り出していた。

「俺さ、椿のこと大事におもってるから!」

 葡萄色の空に、ぼんやりと真浩の赤い頬が映える。私の思考がちゃんと回るのに、きっと数分は掛かった。

「美優も、春も、椿に元気がないと絶対嫌だから! だから……俺達には、何の遠慮もすんなよな。三人で、何があってもお前のこと助けてやっからよ!」

 ほら行くぞ! と声を大きくした真浩に、また昔見たく「うん」と返事をする。真浩から差し出された手は、小さい頃と変わらない、暖かい手だった。気付いたときには、私より大きくなってた真浩の身長。
 また他愛も無い話をして、マンションに戻る。私の家に、真浩を入れた。この家に一人でいるのには少し慣れたけれど、一人だとリビングには近寄れない。

 物置になったままの部屋から、少し大きめのカバンを準備する。服や勉強道具を詰め込んで、制服から着替えた。太ももが半分も隠れないショートパンツに、オーバーニー。上は長袖の上に、パーカーを羽織った。
 カバンを背負い、リビングで待っている真浩のもとへと行く。

「お待たせっ。真浩の家も、行かなくちゃだよね?」

 携帯を見ながら、少ししかめっ面をしていた真浩だけど、私の声を聞くと顔を上げた。「おうっ」と笑顔を見せて、真浩は立ち上がる。学年一モテる男子の笑顔は、幼い頃から変わらず爽やか。
 その笑顔の下に何が隠れているのかは、何度聞いても教えてくれない。私達は私の家を出て、四階の真浩の家に行った。玄関を開けると、昔と一つも変わらない甘いバニラの香りが、鼻腔を擽る。

 明るい薄いオレンジ色の電灯が、薄茶色の床を照らしていた。

「ちょっと待ってて。直ぐ用意するからさ」

 そういって奥に入っていく真浩を見送って、私は物思いにふける。これからの学校のことや、美優や春とのこと。それから、真浩のことも。大好きな、大切な親友だけれど、いつか離れなくちゃいけない日がくる。
 それは偶然じゃなくて、必然のことで。美優はきっと美容系の学校。春は機械工学系で、真浩はスポーツ学科。それぞれの将来のために、そろそろ高校も決めつつあるんだろう。私自身が何をしたいのかは、さっぱり分からない。進級できるかどうかも、分からないまま。


「椿、準備完了したぞっ! 今五時半だったから、多分春ん家行ったら丁度良いくらいだな」

 そう言って笑顔を見せる真浩に、私は少しぎこちない笑顔を見せた。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.52 )

日時: 2014/01/29 21:20
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



 また同じように手を繋いで、通学路を進む。ひんやりとした風だけど、まだ厚着をするほどじゃない。真浩から伝わる手の温もりが、私の体温全体を暖かく保っていてくれている。
 道を通り過ぎる、同じマンションの人達には嫌そうな目で見られた。同じマンションで殺人事件となれば、仕方が無いことかもしれないけれど、まだ少し心に刺さる。最初は同情とか、非難する声と視線が多かった。

「椿、あんなん気にすんなよ。絶対守ってやっから」

 そう言った真浩が、私の手をぎゅっと握る。それがとても嬉しくて、私も強く真浩の手を握った。何だかお兄ちゃんと一緒に歩いているようで、兄を持つ子の気持ちが分かった気がする。
 そうして二十分ほど、ゆっくり歩いた。美優と春と分かれた十字路を、向かって右に曲がる。少し進んだところにある、角に建つ大きな家が春の家だった。春の両親は、優しくて、どちらも端正な顔立ちをしている。

 真浩が手を離し、インターフォンを押す。マンションの音声とは違う、深みのある音が外と内に響いたようだった。

『はい、神野谷』

 機械越しの春の声に、真浩が「椿と、真浩」と応える。すると、少し神経質そうだった春の声が柔らかくなった。

「いらっしゃい、もう美優来てるよ」

 重たそうに扉を開けて出てきた春に、真浩は笑顔で歩んで行った。私も真浩に続いて、春の家に吸い込まれていく。白とダークブラウンのコントラストが美しい、欧風な家のつくり。優しいオレンジの香りがした。
 玄関からリビングまでの長い廊下を、春について歩く。長い廊下も暖かくて、普通の家庭とは違った。春がリビングへの扉を開けると、併設されたキッチンからはいい香りがする。

「大皿って考えたら面倒だったから、パスタにしたんだ。真浩はナポリタンで、椿はカルボナーラだったよね?」

 確認するように春は私達を振り返る。春の記憶力は完璧で、私と真浩は頷いた。小さい頃から、料理人のお父さんと作っていた料理は、驚くくらい美味しい。そのことは、美優と私に、真浩しか知らないこと。
 リビングにある白い革張りのソファに、荷物を置いてキッチンのほうへ向かう。皿に盛られたパスタを、リビングのテーブルまで持っていく。美優はサラダを作ることに集中していて、私達が来たことを気付いていないみたいだ。

「美優、二人とも来たよ」

 美優の肩に、ぽんと春が手を置く。美優は驚いて「ひあぁあ!?」と声を上げた。少しだけ訪れた静寂を壊すように、美優以外の笑い声が響く。春は口元に手を当てて、笑いをこらえるようにしながら「大丈夫?」と言っていた。
 真浩は笑いを隠すことなんかなく、大きく口を開けて、目元には涙も見せている。私も、そんな二人を見てると面白くなってきて、思わず声を出して笑った。
 
「もおおお!! 春のばかっ! 真浩も、椿も笑うなあっ!」

 恥ずかしさで目に涙を滲ませたまま、美優が怒る。それがとても可愛らしくて、私は小さく微笑んだ。

「いやっ、ごめん。面白くてさ、そこまで驚くと思わなくて」

 ふふっと笑う春と怒った美優の掛け合いをBGMに、私と真浩で飲み物などをテーブルに運ぶ。一通り運び終わって、座って待てば、少しして美優がサラダを持ってきた。まだ少し怒っているみたいで、頬が膨らんだまま。

「美優、そんな顔してっと幸せにげんぞー?」
「誰がさせたの! 真浩もでしょーがっ!」
「ほら、折角作ったのに冷めるから食べようよ」
「そうだね。真浩なんかほっといて良いから、横で一緒に食べよ?」
「椿がそういうなら……食べる」
「一応解決っつーことで、いたあっきやーす!」
「いただきまーす」
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれー」

 用意されたフォークとスプーンを使い、パスタを食べる。どこかの料理店に出ても可笑しくないくらい、美味しい。

「やっぱうめーな、春の手料理。俺んとこ、嫁に来ねぇ?」

 大好物のナポリタンを食べながら、真浩が春を口説く。春は苦笑交じりにそれを受け流し、お茶を飲む。

「春がお嫁さんに来るなら、いいね」
「毎日ご飯作ってもらえるってさいこーだよねー」

 くすくす笑いながらご飯を食べる。

「二人とも……。僕は作ってもらったほうが嬉しいんだけどな」
「春に勝てる料理つくれる女、椿以外いなくね?」

 そんな風にくだらない事を笑い合いながらご飯を食べた。これから、長い長い夜が始まる。


メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.53 )

日時: 2014/02/16 11:49
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ




 ご飯を食べて、お皿を洗って、春の部屋に移動した。小柄な春には大きすぎる、殺風景な部屋。春は月の大半を一人で過ごして、それも家自体が大きな場所で、一人ぼっちで。そう考えると、私と春は少しだけ似ている気がした。
 親が殺された子どもと、親とあまり会わない子ども。一緒にするな、なんて怒られるかもしれないけれど、私は同じだと思った。抱えた辛さは種類が違っても、きっと同じ。春の見せる笑顔には、きっと私も、美優も真浩も知らない深い深い闇がある。

「椿、僕の顔に何か付いてる?」

 不思議そうに言う春に、私は慌てて首を横に振った。お父さんとお母さんが殺されてから、誰かの心の闇を探している自分を、改めて確認した。
 私と同じ重さを、私と同じ辛さを、誰か誰か。

「どーかしたのか、椿」

 頬を、真浩の指で押される。ふに、とした感覚が生まれたほうを見れば、真浩が私をじっと見ていた。

「暗い話でも、別にいーぞ? 思ってること、話してみろよ」

 にっと笑う真浩に、春と美優も頷いた。広い部屋の一部分が、驚くほど暖かい空気で包まれる。頬に刺されたままの真浩の指をどかし、一度三人の顔を順に見た。
 頼もしい表情ばかりで、躊躇うことを、少しだけやめて、口を開く。言葉にするのは難しくて、俯いた瞳が泳ぐ。開いた口は、なんどかパクパクしたあとに、一度閉じた。


「……皆は、どんな、心の闇を、持ってるのかなって」

 そうか細く、ゆっくりと呟く。周りの世界が、凍った気がした。数分の沈黙。最初に沈黙を壊したのは、美優で、私は意外だった。美優はいつも、誰かの話しに便乗する子だったから、自ら話を始めるとは思わなかった。

「私はさ、みんな知ってると思うけど、おばあちゃんとおじいちゃんと暮らしてるじゃん? それでね、初めて会った子とかに毎回、“どうしてお母さんとお父さんがいないの?”って言われるの」

 其処まで少し言葉を詰まらせながら、美優は言う。

「私ね、お父さんとお母さん、仲悪かったんだよね。お父さんは、家に全然帰ってこないし、お母さんは覚せい剤にはまちゃって。だから、私のこと引き取ってくれたの。おじいちゃん達が」

 あははと笑いながら言った美優に、春も真浩も、申し訳なさそうな顔をして、だんまりとしていた。この話を聞いたことがあるのは、三人の中で誰も居ない。私も、真浩と春も、いつも笑顔で天真爛漫な美優しか知らなかった。
 気付いてあげられなかった。そんな悔しさと、聞いてしまった罪悪感に襲われている。

「はい! 私の話はおわりーっ! 次は、真浩と春のどっち?」

 普段と変わらないで言う美優だったけど、声色は少し、曇っていた。選手交代と、春が口を開いた。


「僕は、一人っ子で美優や椿と一緒。だけど、美優の家みたいに父さんと母さんの仲は悪くない。椿の家みたいに、誰にも殺されてなんかない」

 そこまで春が言った所で、私達三人は今から始まる話が、三人の誰よりも深く暗いことを悟った。

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Re: 君を、撃ちます。 ( No.54 )

日時: 2014/03/03 11:06
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「僕には真浩みたいに、兄妹はいない。美優と椿のように、明確な恐怖があるわけでもないんだ」

 其処まで言って、テーブルの上においていた麦茶を、一口飲む。

「今、父さんは仕事で東京に単身赴任してる。母さんは、仕事で外国。何時からだったか忘れたけど、月の半分以上は一人で過ごしてるんだ」
「まじ? んなら、俺に言ってくれりゃー、俺の家に泊まってってくれても、いーんだぞ?」

 胡坐をしながら、真浩が春に言った。春は小さく首を振る。その表情は、どこか寂しげで触れたら壊れてしまいそうなものだった。



 それから大体二十分くらい、私達は春の話を聞いていた。時々怒気を含ませたり、悲しそうな表情で話したり。私と美優とは違う、深く重たい悲しみが、春の口から出てきて部屋中に充満する。重たいけれど、逃げることを拒まない優しさが残っていた。

「――っていう話」

 その言葉で、一気に室内を充満していた空気が消えた気がする。何処となく部屋の照明も、明るく変わったような、そんな感じがした。春は少しすっきりした顔をしていて、正反対に私達はもやもやした感情が生まれていた。
 
「僕の話は終わりだから、そんな怖い顔しないでよ。三人とも」

 いつものような柔らかい笑顔で、春は私達に言う。温かい笑顔は、何時もと変わらない。優しくて、ほんのり温かい、春の笑顔。私もつられて少し優しく笑顔になった。けれど、美優と真浩は少しだけ難しい顔をして、俯く。
 
「真浩、美優。そんな暗い顔しないでよ。……なんだか、申し訳なくなっちゃうじゃないか」

 眉尻を下げて、控えめに言った春に二人は顔を上げた。何かを決意したような真浩の表情に、春も私も驚くいた。

「抱え込む必要なんかねーんだからな! お前のことも、椿のことも美優のことも、全部ひっくるめて守ってやっから! 三人兄弟の長男のこと、なめんなよ」

 言葉を紡ぎながら、真浩は私達三人の顔をしっかり見ていく。私は真浩と目を合わせて、美優とも、春とも目を合わせた。美優と目を合わせたとき、なんだか可笑しくなってきて、声をあげて笑う。
 それを見てた春も、堪えきれないという風に笑い出した。

「なっ! ちょ、お前等な! 人が折角かっこつけてるときに笑ってんじゃねーよ!」

 恥ずかしそうに顔を朱に染めながら、真浩が抗議の声を上げる。それも面白くて、笑えば、なんだか、今までの話も軽い悩みのように思えてきた。やっぱり真浩は凄いなあ、なんて心のどこかでポツリと思う。
 
「真浩が僕らの兄さんだったら、絶対面白くなりそう」

 そういって春はクスクスと笑い続ける。ツボにはいったのか、真浩が何かを言うたびに春は身体を震わせた。

「いやー、真浩面白いねー! もう面白すぎだよ」
「あーもう、っせえな!! 寝るぞ! ほら春さっさと立てって! 美優、椿、おやすみな!」

 そういって春の腕を引っ張り、足早に真浩は部屋から出て行った。扉が閉まる寸前に「おやすみー」と、くすぐったそうな声で春が言う。それに私達も返し、春のベッドにもぐった。
 電気を消して、春が一人で使うにはあまりにも大きな、クイーンサイズのベッドに。ベッドの中で手を繋いで、お互いの顔を見合った。どちらからともなく、会話が始まった。

「椿ってさー、好きな人いる?」
「いると思う?」
「えーっとねー。真浩かなーって」
「ええっ、違うよ」

 くすくすと、私は笑う。

「美優は、春のこと好きなの?」

 もぞもぞと美優が動いた。

「好きなのかは分かんないけど、気になったり? みたいな」

 そう言って、けらけら笑う。私も薄く微笑んで、ゆっくりと睡魔に身を委ねた。









「お前ってさ、好きな人いる?」

 春と同じベッドにもぐりながら、真浩は言う。春は少し意外そうな顔をして、「うん」と言った。

「えっ、誰誰!? 春から好きな女子の話聞くとかねーから、すっげー気になる!」

 上半身を起こし、驚きを隠さない口調で春に言う。横になったまま、春は落ち着いた口調で言った。

「美優。詳しいことは、また今度二人で遊んだときにね。それじゃあ、おやすみ」
「えっ、あっ、おう……。おやすみ」

 直ぐに寝息を立てた春の頬を、真浩の人差し指がふにふにと触る。規則正しい寝息だけが返ってきたのに諦め、真浩も同じようにベッドにもぐった。
 それから直ぐに、室内には二つの寝息が聞こえるだけになる。小さく聞こえた足音に、誰一人として気づくことはなかった。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.55 )

日時: 2014/03/03 16:20
名前: 環奈 ◆8DJG7S.Zq.

すごいです!!

人の気持ちとか表情とか、そういうのや情景がたくさん書いてあって・・・!
題名も印象的ですよね。

君を、撃ちます→(え、なんで?)→見る。って繋がりますし、
えーと。駄作者の私が言うのもなんなんですが、最初の部分の「××」これは、「――」のが良いのでは?

「――くん」
のように!!あ、あくまでわたしの意見なんですけどね汗 ××のほうがわかりやすさはあると思います。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.56 )

日時: 2014/03/03 22:00
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


環奈さん

シリダクの作者様でしたよね、お名前は一度見たことあります。
コメント有り難う御座います。作者の柚子です。

描写、もとい地の文が少ない小説は読みごたえ少ないですからね。
そういった点は気をつけています。

案、有り難う御座います。
『××くん!』と表記して『――くん!』と表記しないのには理由がありまして。
僕の持論なのですが。
『――』というのは、『……』とは違い、『何かをもったいぶっていう時に使うもの』という認識をしています。
ですので、『――』というのは、基本的に使用しません。
『××』と表記しているのには、様々理由が存在します。

コメント有り難う御座いました。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.57 )

日時: 2014/03/04 23:58
名前: Orfevre ◆f.TvNTMyO6

柚子様》

私は君へせっかくコメントしたのに
削除させられた上にお客様リストに
乗ってないという屈辱を受けたが……
そんなことで目くじらたててカキコ人生を
削られるのはもうこりごりだ
まあ、君の文章はなかなかいいよ
私のしのぎを削ってくれそうだ

それては、またな

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.58 )

日時: 2014/03/05 12:27
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


Orfevreさん

コメントありがとうございます。
小説にとくに関係のない話は迷惑ですので、ご遠慮願います。
親記事の注意事項に目を通されましたでしょうか?
そういった話は他方でお願いします。迷惑ですので。

自分は誰かとしのぎを削る気は毛頭ありません。
強いて言えば、自分が上手だと思う作者様に限ります。

コメントは有り難いですが、関係のない話を多くするのでしたら、コメントはしないでいただけると嬉しいです。
作者として非常に迷惑ですので。

心に止めていただければと思います。
コメントありがとうございました。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.59 )

日時: 2014/03/19 19:48
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


更新が停滞している中、【君を、撃ちます。】が一周年を迎えました。
一周年、と言うべきか、一年が経った、というべきかは分かりませんが。

二度目の三月十八日を、迎えました。
参照も丁度良く、4000を回りました。

このレスの『>>26』を読み、何かを感じてくださった僕の大切な方。
この小説を開き、読んでくださった方。
お読みくださった、方々に深く、深くお礼申し上げます。
本当に、有り難う御座います。

完結までに、一体どのくらいの月日が掛かるかは分かりません。
それまで、どうかお付き合い下さい。

【君を、撃ちます。】が持つ意味を考えつつ、中身を見てくださると嬉しいです。
これからも、宜しくお願いいたします。


2014・03.19 
一日遅れの一年祝い。
柚子。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 【一年有り難う御座います】 ( No.60 )

日時: 2014/03/19 20:37
名前: キコリ

壁|≡( ・ω・)/

どもどもー、キコリです。
見たことがある名前があった気がして、ノコノコとやってきました。
したら、一気に読破してしまいましたw
これがプロというやつか!と、改めて実感しました。

題名の意味が気になるところです。更新楽しみにしています!
小説鑑定の件では、改めてお世話になりました。

それと、今貴方の小説を読んだわけですが祝福を。一周年おめでとうございます!

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 【一年有り難う御座います】 ( No.61 )

日時: 2014/03/20 20:19
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


>>60⇒キコリさん

コメント有り難う御座います。
読破なされましたか。お疲れ様です。
このレベルの小説を書いている人間は、プロなんかではありません。実際、書籍を出版されている方に申し訳なさを覚えます。

題名の意味は、実は簡単に分かったりしますので、考察して頂ければと思います。
有り難う御座います。今後も精進していこうと思います。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。  ( No.62 )

日時: 2014/04/03 21:48
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


「やァいらっしゃい」

 からんからんと、扉につけた鈴が音を立てた。埃の舞う店内に、鮮やかとも言える陽の光が差し込む。

「誰かと思ったらあんたかァ。いつものだろ? 用意は出来てるよ」

 けらけらと笑い、床から天井まで大小さまざま棚から、一つ、小さな袋を取り出す。紅色の巾着は、すっぽりと手の中に収まる大きさだ。

「ほゥらよ。等価交換があたりめェだが、今日はしょうがねェからあんたの体で許してやるよ」

 けらけら笑いながら、煙管をふかす。

―――――



 ちゅんちゅん、と雀が小さく囀った。その声を聞き、私は静かに瞬きを数回繰り返す。あの後、すぐにぐっすりと眠ったらしく、すっきりとした寝起きだった。
 隣で眠っている美優を起こさないように気をつけながら、静かに体を起こす。どこからともなく、ほんのりと香ばしいにおいがした。久々に感じた、朝御飯、というものなのかな、と思考がゆったりと巡る。

「……春、かなあ」

 でも、と反対の意見が脳内で浮かんだ。春って起きるの早かったかな。それに今日、土曜日だし。体を起こしたときと同じような速度で、ベッドからするりと抜け出した。そして部屋のドアノブに手を掛け、キッチンへと向かう。
 階段を下りてキッチンに向かっていけば、香ばしいにおいは益々強くなっていった。もしかしたら、本当に春が早起きしてご飯を作ってるのかもしれない。

 そっとドアノブに手を掛けて、音を立てないように扉を開ける。

「おはよう」

 聞きやすい、ソプラノの声。

「お、はよう……?」

 部屋の中に吸い込まれながら、私は言った。その声を聞いたことは一度も無くて、もしかしたら家政婦さんなのかな、なんて考える。昨夜使ったオープンキッチンに立ってたのは、とても綺麗な女の人。
 高い位置でポニーテールを結った、背の高い女の人だった。優しそうな笑顔は、たまに春が見せる緩い笑顔とそっくりで。私は一人、そっか、と納得する。

「椿ちゃん、かしら? よくね、春から教えてもらうのよ。真浩君と遊んだこと、美優ちゃんと椿ちゃんと一緒に買い物に行ったこととか」

 何時も仲良くしてくれて、有り難う。そう言って、春のお母さんは緩く微笑んだ。笑顔の下にはきっと、私達に対する感謝と春に対しての申し訳無さが入り乱れている。

「お仕事って、忙しいんじゃないんですか?」
「月の半分近くは海外とかに行ってるの。椿ちゃん、朝御飯の準備手伝ってもらっても良いかしら」

 そういわれ私はキッチンへと向かう。作り終えられていた料理の数々に、思わず目を輝かした。普通の家では出てこないような、豪華な食事。食器のどれもがとても可愛らしくて、その食器の白さに料理が映えていた。
 言われたとおりにコップを五つ食器棚から取り出して、昨夜ご飯と食べたリビングへと運んでいく。次いで飲み物と、料理をゆっくりと。料理を運び終え、少しだけ春のお母さんと仲良くなったところで、階段を下りる足音が小さく聞こえた。
 美優が心配して私を探してたかもしれないなあと、ふと思う。

「あー! 椿いたーっ!! すーっごい探して大変だったんだからねーっ!」

 部屋に入ってくるなり響いた美優の声に、苦い笑みを返した。ごめんごめんと軽く謝りながら。美優の後には欠伸をする眠たそうな真浩が入ってきて、私を見るなり驚いた表情に変わった。――正確には、私の奥のキッチンでコーヒーを飲んでいた椿のお母さんを見ていた。
 慌てたようで、真浩はドアから顔を出して「おい春! 早く来いよ!」と廊下に向かって叫ぶ。美優はそれを、私に抱きつきながら見た後で、真浩が見ていたキッチンのほうを見て、目を丸くした。嬉しそうに、口元に笑みを浮かべながら、私から離れる。

「春ママだあっ!」
「おはよう、久しぶりね、美優ちゃん」

 飼い主に呼ばれた犬のように、美優は春のお母さんの下へと駆け寄った。嬉しそうな笑顔で、美優は話している。それを見て、可愛いなあなんて感じた。
 楽しそうに笑う美優を見ながら、私は先に座ってみんなを待つ。少しして、扉が開いた。後ろから真浩のはやし立てる声も一緒に聞こえ、扉を開けたのが春だと分かった。

「え……。お母さん? 仕事は? ていうか、何で美優と話してるの? え、何で家にいるの?」

 部屋に入ってすぐに、春はお母さんの下へと小走りで向かう。見えた横顔は、嬉しさと驚きが混ざり合った、何となく嬉しそうなものだった。

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Re: 君を、撃ちます。 【6/11 up】 ( No.63 )

日時: 2014/06/11 21:44
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



 それから春のお母さん達と一緒に朝御飯を食べて、お昼頃まで春の家で皆で過ごした。お昼になったら春のお母さんは仕事に戻って、また半月は帰れないと申し訳無さそうに春に伝えていた。少し寂しそうな表情を見せた春だったけど、最後は笑顔で「いってらっしゃい」と伝えていた。

「んー、どーする? なんもすることねーよな」

 少しだけ静かになった室内で真浩が言う。皆欠伸混じりに、賛同した。

「そしたら、椿と真浩でお菓子買ってきてもらってもいいかな? 出来れば、晩御飯の食材とかも含めて。お金はお母さんが置いていってくれてるからさ」

 眠たそうな美優をチラと横目で見ながら、春は少し申し訳無さそうに言う。断る理由は一つも無く、私と真浩はしばし目を合わせた後に「分かった」とだけ告げた。春は安心したように笑顔を見せて、一言、「ありがとう」とだけ言って、真浩にお金を渡す。
 今日の晩御飯は、皆でわいわい作りたいとも言った。

「それじゃあ、買ってくるね。春、美優のことお願い」

 柔らかい笑顔を私は浮かべて、いってきます、と二人に手を振る。美優はもう半分ほど眠っているようで、呂律の回らないまま「いってらっしゃい」と言った。真浩も私も、それに微笑んで部屋を後にする。
 長い廊下をのんびり歩いて、靴を履く。大きさの違う真浩の靴の横にあった私の靴は、子供用といっても差し支えないくらいの大きさだ。

「靴ちっせーな」

 けらけら笑う真浩。

「真浩が大きいだけだよ」

 そんな風に笑って話す。心のどこかで、久しぶりだなあと感じた。誰かとふざけてみたりとか、誰かと買い物に行ったりとか。お父さんとお母さんが生きていたときは、ずっと一人で買い物をしていた。煙草、お酒、コンビニのお弁当。
 解放されたら解放されたで、少し寂しい気持ちもする。大嫌いな人たちだったのに、いなくなって初めて、やっぱり私の親だったんだと感じていた。

「椿ぼーっとしてんなよ、道端で転ぶぞ」

 ははっと笑いながら、真浩が重たいドアをあける。ドアの隙間から見える空は、ひたすらに青く、雲は一つもない。清々しいほどの青空を感じたのは、久しぶりな気もする。

「転ばないよ、そこまでぼーっとしてないからね」
「いや、お前結構ぼーっとしてんぞ? 自覚ねぇとかすげぇな」

 心底驚いたような表情を見せる真浩に、反論する気もおきず、思わず笑ってしまった。真浩の人気が高い理由が、よく分かる。多分、顔がいいからというのが一番の理由だろうけれど。リアクションが大きい分、話が弾んでいる気がする。
 他愛も無い話をして、お互いに笑いあいながらスーパーへの道をのんびりと歩いていく。春の家からスーパーまでは意外に距離があり、数分では付かない所にある。スーパーに近づくにつれて、エコバックを持つ人の数が増えてきた。

 遠くには黄色い看板が見え始め、スーパーの入り口からたくさんの人が出入りしていた。正午過ぎのスーパーは、お年寄りや主婦の人が多くいる。色とりどりの服を着た、様々な年代の人たち。幼児の姿も、時折見られた。

「あ」

 ぱっと目に止まった、一人の少年。少し前に見たことがある、その病的に青白い肌に、私の瞳は釘付けになった。力なく歩く、弱弱しい姿。気付いたら私は、駆け出していた。後ろに聞こえた真浩の声も聞き取れないくらい、夢中になって。

「伊吹、くんっ……!」

 息切れ混じりにやってきた私を見て、伊吹くんは少し驚いた表情を見せた。やっぱり合ってた。あの時保健室で会った、あの伊吹くん。その細い肩を支える女の人にも、見覚えがある。

「もしかして、椿ちゃんかしら……?」
「あっ、えっと、時雨、椿です」

 この人に会った時はいつもしていた癖が、思わず出た。涙の出ていない目元を、手首で擦り、頬の叩かれた部分を優しく撫でる癖。その様子を生気の宿っていないように見える目で、伊吹くんは私を見ていた。蔑みも哀れみも、何も含まれて居ない視線。
 伊吹くんは、女性の服の裾を二三回軽く摘んで、私のことを指差した。まるで、こいつは誰だ、と聞いているように。何を言っているのか分かったのか、女性は小さく頷いて私の紹介をする。私に起こった大きな出来事に関しては、一切触れずに。

「椿っ、急に走り出したからなんかあったのかと思ったじゃねぇか! ――誰、この人」

 私を追ってきた真浩は、息切れ一つしていなかった。そして、伊吹くんに対してあからさま過ぎるほどの嫌悪感を表に出して、私に問う。

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Re: 君を、撃ちます。 【6/11 up】 ( No.64 )

日時: 2014/06/30 21:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


「あ、えっと」
 
 私が感じる気まずさを伊吹くんは感じていない様子で、光を全て吸い込んでしまうような瞳は真浩を一瞥し、コンクリートへと視線を移す。それが少し気に食わなかったらしく、真浩は私をじっと見つめてきた。「早く買い物済まそうぜ」とでも言いたげに。

「椿ちゃん、最近は、もう大丈夫?」

 伊吹くんのお母さんが、重たそうな買い物袋を持って聞く。私は何時の間にか得意になった作り笑いをしながら「はい」と答える。両親が殺されてから、誰にも心配をかけないように作っていた偽りの笑顔。それでも、伊吹くんのお母さんは嬉しそうに微笑んだ。
 何も勘繰られていないと安堵するのと同時に、やっぱり誰も気付かないんだな、と少し切なさを感じる。そんな私を刺すような視線を感じ、その方を見ると、伊吹くんがじっと私のことを見つめていた。

「そうだ、椿ちゃん! おばさん、これから外さない用事があって、××も連れて行こうと思ってたんだけど……、もし良かったらでいいんだけどね、一緒に遊んであげてくれないかしら」

 少し困惑した私に気付き、伊吹くんのお母さんは言葉を付け足す。真浩の表情が強張ったのを、私は感じた。

「××、体が丈夫なわけじゃないから、学校も中々行けなくてお友達もいないのよ。だから、少し友達と遊ぶことの楽しさを感じてほしいなって、駄目な母親ながら思うの。でも、無理なら全然気にしないでちょうだい」
「むしろ、えっと、一緒に遊んだりとか、したいです」

 自分でも思ってもなかったことが口から飛び出し、いって直ぐに驚いて自分の口を手でふさいだ。背中に感じる真浩の視線が、感じたことも無いくらい鋭く痛い。反して伊吹くんは、生気のなさは変わらないけれど、どこか嬉しそうに見えた。
 それだけで、真浩の視線が気にならなくなるくらいに、嬉しさを感じる。伊吹くんが楽しければ、それで十分。そう思って、思わず言ってしまったことを心底から肯定した。

「夜になったら、伊吹くんのおうちまで一緒に行きますっ」

 そう意気込んだ私に、伊吹くんのお母さんは少し驚いた顔をしてから微笑む。やっぱり人は微笑んでいるときが一番綺麗な気がする。美優も、たまに微笑んだときの綺麗さはギャップがあってとても心にきた。

「それじゃ、お言葉に甘えちゃうわね。有り難う、椿ちゃん」

 嬉しそうにそう言ってから、伊吹くんの頭を撫でて、伊吹くんのお母さんは車に乗って行ってしまった。スーパーの前で立つ私達に、沈黙が訪れる。変わらずに刺さる真浩の視線を訝しげに見ているような伊吹くんの姿が、私の視界いっぱいいっぱいに映った。
 細い足でゆっくりと歩く伊吹くんを、私は慌てて支える。手と肩に手を添えて、伊吹くんの歩幅にあわせゆっくりと歩いた。スーパーに向かって歩く伊吹くんは、もしかしたら私と真浩がスーパーに用があると分かったのかもしれない。

 真浩は私達の後ろをついて歩く。店内に入ってからは買い物カゴとカートを持ち、必要そうな食材を先に選びに行ってくれた。私は伊吹くんと歩きながら、お菓子コーナーに向かう。どのお菓子にするか、三人にどうやって伊吹くんを紹介するかを、ずっと考えていた。

「伊吹くん。真浩、怖い?」

 大袋のお菓子が陳列する棚の前で、私は伊吹くんを見ながら問う。伊吹くんが、不思議そうに私の目を覗き込んだ。そして、軽く視線を外し伊吹くんは首を横に振る。私の顔を、じっと見つめる。どうしてそんなことを聞くのかと、視線だけで問われた気がした。
 その視線から逃れるように、今度は私が目を背ける。聞かなければ良かったような気も、少しした。

「真浩、伊吹くんのことなんかよく思ってなかったような気がしたから、ちょっとだけ気になったんだ。あっ、なんか馴れ馴れしくてごめんね!」

 まともに話をするのは今日が初めてだというのに、今迄ずっと友達でしたといわんばかりに話していた自分に恥ずかしさを感じる。

「ごめんね、今更気付いたのって感じなんだけど……」

 申し訳なくなりながら、伊吹くんのことを見る。伊吹くんはじっと私の目を見ながら、表情を変えずに私の頭に手を置いた。そして優しく、ぽんぽんと頭の上を触る。その感覚が、いつか真浩にしてもらったのと同じような暖かさがあって、許してもらえたような気がした。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。 ( No.65 )

日時: 2016/09/20 06:54
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ




「そんなことしてたら、周りに変な目で見られるぞ」

 何時からか近くにいた真浩に言われ、私はハッとした。伊吹くんの奥を見れば、行きかう主婦の人たちが口元に笑みを浮かべている。何も気にしていなさそうな伊吹くんの手を、私の頭の上からはなした。困ったように私を見る伊吹くんに、ぎこちない苦笑いを見せる。

「さっ、伊吹くん、お菓子選んじゃおう? 真浩が他に買う物持ってきてくれたから」

 赤らんだ頬が伊吹くんにばれないように、笑顔で照れ笑いを上書きした。真浩はカートに寄り掛かったまま、私と伊吹くんをじっと見下ろす。その視線の冷たさと、伊吹くんと私の関係を探るようになめる視線がもどかしく、気持ちが悪い。
 手早くスナック菓子とチョコレートのお菓子をかごに入れ、お菓子コーナーを後にする。お昼時のスーパーはやっぱり混んでいて、どのレジも列が長く、最低でも十分近くは掛かりそうだ。

「俺並んでるから、そっちの……」
「伊吹くん?」
「あ、うん。あっちのベンチ空いてるから、座って待っててもらえばいんじゃねーの?」

 伊吹くんを支えながら立っていた私を気遣ってか、真浩はレジの奥にあるベンチを指差した。横に四人座れる程度の大きさのベンチが三つあり、まばらにお年寄りが座っている。私は別に平気だったけれど、身体の弱いだろう伊吹くんのために、ベンチへと移動する。
 私達の話を聞いていたのか、伊吹くんはじっと私の目を見る。なんだか、別に大丈夫だよ、と言っているように見えた。目が合ったまま少し立ちどまって、伊吹くんにはベンチに座ってもらう。

「真浩の荷物が多いから、私もレジに並んでくるね」

 そう言うと、伊吹くんは頷いて背もたれに身体を預けた。暑い日なのに汗一つかいていないのは、伊吹くんの体質なのかもしれない。真浩のところに戻っても、まだ全然進んでいなかった。
 お互いの首筋には、冷房が効いているとはいえ、汗の粒がくっついている。やっぱり暑いもんなあ、とよく働かない頭で漠然と思った。

「なあ、椿」

 ちょっとした沈黙の後。カートのハンドルを両手で握ったまま、ぽつりと私の名前を呼んだ。その声色はどこか不機嫌で、ほんの少しだけ違う人の声にも聞こえる。

「あいつ、伊吹だったっけ。なんで呼んだの? 俺ら四人だけの方が絶対楽しいに決まってんじゃん」
「そうかもしれないけど……でも、いっぱい人いた方が楽しいじゃん」

 少し語気を荒げる真浩を、怖いと思ってしまう。いつもだったら優しく窘めるような、それでいて受け入れてくれるのに、今日は違った。私の目を一度も見ようとしない。ハンドルを持ったまま、レジに並んでいる人の数だったり、商品のバーコードを読み取ったりしているのを、見ているみたいだ。
 私への返事は素っ気無く「あっそ」と言ってから、真浩は話しかけようとはしてこない。普段の雰囲気だったら、流石にどんな嫌な人でも初対面は良くするものだと思うのに、と考えるが、これ以上気まずくなってしまうと、春と美優にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 一度でもその考えが浮かんできてしまうと、もう何も真浩に言葉をかけることができなくなってしまった。二人とも黙り込んだまま、レジの順番が回ってくる。いつもなら気まずさもあまり感じないけれど、やっぱり駄目。気まずすぎて、この後も普通に話すことが出来る気がしない。

「ポイントカードはお持ちでしょうか?」

 店員さんの言葉に、暗くなってしまう考えを振り切り、「あ、持ってないです。あとレジ袋いいです」と返す。商品と値段をテンポ良く言っていく店員さんには、私と真浩がどう見えているんだろう。照れて話さないカップル……だったら、どうしようかな。

「以上で、二七三六円です」

 真浩が会計を済ませる間に、持参したエコバッグに品物をつめる。伊吹くんも隣に来て、私の手元を興味深げに見ていた。最後にお菓子をつめたところで、やってきた真浩がエコバッグを持つ。取り返そうと頑張ってみたが、どうしても真浩が持ちたいらしく、私には持たせてくれない。

「伊吹くん、これから友達の家行くんだけど、大丈夫? 覚えてるか分からないけど、前に伊吹くんのお家に来たことある人たちなんだけど……」

 考えるような素振りを見せた後、伊吹くんは小首をかしげながらも頷いた。私はそれを肯定だと受け取って、ぱあっと顔が明るくなる。真浩と同じように、春達に怒られてしまうかもしれなかったが、今は構わないという気持ちの方が強くなっていた。だって、と心の中の私が大きく息を吸い続ける。
 だって、私は社木伊吹という人が大好きなのだから。
 愛に障害が伴うことくらい、いつか読んだ本やドラマ、そして自分自身の歪な経験からそれを知っていた。困ったらどうすればいいのかも、それぞれに対処法が書いてある。逃避行でも、説得でも、何でもいいのだ。

 伊吹くんの歩く速度にあわせながら、ゆっくりと春の家を目指す。あともう少しで、春の家が見えるところまでやってきた。伊吹くんの首にも、真浩の首にも、飽きることなく汗が滴り続ける。きっと二人とも喉がからからに渇いてるんだろうと、同じように汗をかきながらふと感じた。
 なんだか、私自身のことよりも伊吹くんや真浩のことを大事に思ってしまっているのかもしれない。遠くゆらめく陽炎を見つめながら、熱に溶かされてしまった脳内で、所在無くそう感じていた。

「椿。もう少しで着くから、春達に説明すんのは椿がちゃんとやれよな」
「あ……、うん、ありがと真浩」

 やっぱり真浩の声色は何処か刺々しく、私のことも伊吹くんのことも、自分自身の中には入れないと言っている様子で居心地が悪い。話せない伊吹君からしたら、私が感じてる真浩への気まずさくらい、何てこと無い様子で見抜いてしまいそうだ。いっそ伊吹くんが話せたとしたら、その気まずさをあっけらかんと笑い飛ばしてもらいたい、なんて考えてしまう。

メンテ

Re: 君を、撃ちます。  ( No.66 )

日時: 2018/05/03 16:54
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

66

 家に着くと春と美優は驚いて、私と伊吹くんの関係を深く聞いてきた。私は話せない伊吹くんの代わりに、その全てにしっかりと答えていく。時々伊吹くん自身が頷いたり、首を横に振って意思を伝えていた。それも真浩にとっては面白くないのか、仏頂面をして、ソファに座っている。

「真浩ー、何怒ってんのよ」
「怒ってねぇよ。そうだ、俺らいない間何やってた?」

 美優は二度寝してそうだけど。続いた真浩の言葉に、美優が「あんた、いっつも失礼!」と大声をあげるから、私と春は笑うしかなかった。伊吹くんにも、今怒ったのが美優だよと伝える。今まで表情をほとんど変えたことのない伊吹くんが、少し柔らかく微笑んで、頷いた。
 少し楽しんでくれているのかもしれない。無理に誘ってしまったかと気が気じゃなかったけれど、安心する。伊吹くんは優しい。怒る美優を見てみると、耳まで赤く染まっているのが分かった。美優は表情豊かなんだろ、と伊吹くんに耳打ちする。気まずそうに指の爪をいじっていた伊吹くんは、顔を上げて美優を見た。

「んーっと……、その……実はね、春と付き合うことになったの……」

 耳だけじゃない。頬まで赤く染めて、恥ずかしそうに視線を泳がせ、小さく尻すぼまりになる声で、美優は言う。春と付き合うことになった。その報告は、ここにいる他者には知られてはいけないと、暗に伝えているようでもある。嬉しくて、喜ばないといけないはずなのに、私の頭は「おめでとう」とすっきり伝えられない。
 真浩は祝福しているし、伊吹くんだって微笑んで拍手をしているのに。ほら、今だって美優は私を見て、言葉を待っている。

「急すぎて頭の整理追いついてねーんじゃねーの」
「あっ、……うん、びっくりしちゃった。美優おめでとう、春も、おめでとう」

 恥ずかしそうにして、頬を赤くして。普段は気が強くて、友達思いなおてんば少女も、恋をするとこんなに違う。もしこの二人が結婚して子どもができたら、私みたいに不幸な子どもじゃなくて幸せな家庭で、幸せな子どもを育ててほしいと、ぼんやり思う。ああ、お父さんは、お母さんは。
 美優と春を素直に祝福できないのは、きっと二人のせいだった。お母さんはずっと、本当はもっと優しいお父さんなのよ、と泣いて話していた。小さかった私に言い聞かせているようで、お母さん自身に言い聞かせて、辛さを隠そうとしていた。その姿がこびりついていから、私には、二人を祝福できない。

 それでも私は笑う。

「いつから春は美優のこと好きだったの?」

 聞きたくないと思いながら聞く私は、どんな風に映っているのだろう。照れくさそうに笑う二人は、昨日までの友人ではなく、付き合いたての恋人として私の目に映る。手だって触れ合ってしまっていて、本当に二人は幸せなんだろう。
 何となく、心にぽっかりと穴があいてしまっている感覚がした。そこからどんな話をしていたのかも、いつ解散したのかも分からないまま、心ここに在らずの状態で、伊吹くんと公園にいた。真浩はどうしたのかと聞けば、砂に指を使って「さきにかえった」と伊吹くんが書く。そっかと返すしかできなかった。

 茹だるような暑さ。正午を過ぎ、一度解散したらしい。美優はまだ春の家に残っているらしいけれど、私がそれに対して何かを思うのはきっと間違っていると思った。

「伊吹くん、一回帰る?」

 夜にまた集まるまで、暇になってしまうから。一度涼しい家に戻った方が、伊吹くんも疲れてしまわないだろう。私の提案に伊吹くんは頷き、二人揃って立ち上がる。少しの違いだけれど、高いところの方が風を感じられている気がした。
 伊吹くんを見ながら思い出す真尋の態度が、やっぱり嫌で。それでも本人に嫌だと伝える勇気もないことが、また嫌になる。

 私たちはのんびり歩いた。蛇みたいにくねくねした住宅街をぬけて、原っぱに出る。鳴き声につられて原っぱを進むと、原っぱの真ん中に茂る大きなカエデの木があった。その上、わずかに鳥の巣のようなものがあるように見える。
 後ろでまだゆっくり歩く伊吹くんに、手招きをして、また私は鳥の巣を見た。高い音、高い場所。誰の手も届かないところで、雛たちは大切に育てられている。子どもは私たちの大切な宝物と、昔お母さんが言っていたのを思い出した。

「あそこ見て、伊吹くん」

 この子達も伊吹くんも、きっと宝物だと大切にされている。私が指さした先を目を細めながら、伊吹くんは見た。見つけられるだろうか。あの小さな、雛たちの家を。
 伊吹くんは一歩前に出たり、戻ったりを繰り返していたけれど、見つけられなかった様子だった。青々とした原っぱに座り込んだ伊吹くん。その隣に、私も座った。住宅街にいた時よりも涼しい風がふいている。

「なんだか疲れちゃったね」

 ふふ、と笑う。伊吹くんも少し口元を緩めた気がした。新しくおろした洋服だということも気にせずに、原っぱに寝転がる。お母さんが居たら、怒られていたかも。買ったばっかりなんだから、汚しちゃダメよ、って。ぼんやりとお母さんを思い出してみたけど、それは笑顔なんかじゃなかった。
 最後に見たお母さん。お母さんを見るのは怖くなかった。けれど触れられなかった。静かな部屋で寝かされた二人に、きっと私は気味悪さを思ったんだろう。その出来事も夢みたい。宝物だけ置いていかれてしまった。

 伊吹くんも一緒に横になって、ジリジリと肌がやけるような感覚を味わう。太陽の角度が変わって、すっかり腕が日向に出てしまった。帰らないとなと思うけれど、施設に帰るのは嫌だった。お姉ちゃんと言われること、たまに赤ちゃんを連れていく人に可哀想と言われること。
 伊吹くんは目を閉じていた。薄い体が上下していて、ああ、いま、生きてるんだなと思う。鳥の声が軽やかだ。そっと伊吹くんの手に触れて、知らんぷりして目を閉じる。涼しい風が私たちを撫でていた。

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