複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.54 )

日時: 2014/03/03 11:06
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ



「僕には真浩みたいに、兄妹はいない。美優と椿のように、明確な恐怖があるわけでもないんだ」

 其処まで言って、テーブルの上においていた麦茶を、一口飲む。

「今、父さんは仕事で東京に単身赴任してる。母さんは、仕事で外国。何時からだったか忘れたけど、月の半分以上は一人で過ごしてるんだ」
「まじ? んなら、俺に言ってくれりゃー、俺の家に泊まってってくれても、いーんだぞ?」

 胡坐をしながら、真浩が春に言った。春は小さく首を振る。その表情は、どこか寂しげで触れたら壊れてしまいそうなものだった。



 それから大体二十分くらい、私達は春の話を聞いていた。時々怒気を含ませたり、悲しそうな表情で話したり。私と美優とは違う、深く重たい悲しみが、春の口から出てきて部屋中に充満する。重たいけれど、逃げることを拒まない優しさが残っていた。

「――っていう話」

 その言葉で、一気に室内を充満していた空気が消えた気がする。何処となく部屋の照明も、明るく変わったような、そんな感じがした。春は少しすっきりした顔をしていて、正反対に私達はもやもやした感情が生まれていた。
 
「僕の話は終わりだから、そんな怖い顔しないでよ。三人とも」

 いつものような柔らかい笑顔で、春は私達に言う。温かい笑顔は、何時もと変わらない。優しくて、ほんのり温かい、春の笑顔。私もつられて少し優しく笑顔になった。けれど、美優と真浩は少しだけ難しい顔をして、俯く。
 
「真浩、美優。そんな暗い顔しないでよ。……なんだか、申し訳なくなっちゃうじゃないか」

 眉尻を下げて、控えめに言った春に二人は顔を上げた。何かを決意したような真浩の表情に、春も私も驚くいた。

「抱え込む必要なんかねーんだからな! お前のことも、椿のことも美優のことも、全部ひっくるめて守ってやっから! 三人兄弟の長男のこと、なめんなよ」

 言葉を紡ぎながら、真浩は私達三人の顔をしっかり見ていく。私は真浩と目を合わせて、美優とも、春とも目を合わせた。美優と目を合わせたとき、なんだか可笑しくなってきて、声をあげて笑う。
 それを見てた春も、堪えきれないという風に笑い出した。

「なっ! ちょ、お前等な! 人が折角かっこつけてるときに笑ってんじゃねーよ!」

 恥ずかしそうに顔を朱に染めながら、真浩が抗議の声を上げる。それも面白くて、笑えば、なんだか、今までの話も軽い悩みのように思えてきた。やっぱり真浩は凄いなあ、なんて心のどこかでポツリと思う。
 
「真浩が僕らの兄さんだったら、絶対面白くなりそう」

 そういって春はクスクスと笑い続ける。ツボにはいったのか、真浩が何かを言うたびに春は身体を震わせた。

「いやー、真浩面白いねー! もう面白すぎだよ」
「あーもう、っせえな!! 寝るぞ! ほら春さっさと立てって! 美優、椿、おやすみな!」

 そういって春の腕を引っ張り、足早に真浩は部屋から出て行った。扉が閉まる寸前に「おやすみー」と、くすぐったそうな声で春が言う。それに私達も返し、春のベッドにもぐった。
 電気を消して、春が一人で使うにはあまりにも大きな、クイーンサイズのベッドに。ベッドの中で手を繋いで、お互いの顔を見合った。どちらからともなく、会話が始まった。

「椿ってさー、好きな人いる?」
「いると思う?」
「えーっとねー。真浩かなーって」
「ええっ、違うよ」

 くすくすと、私は笑う。

「美優は、春のこと好きなの?」

 もぞもぞと美優が動いた。

「好きなのかは分かんないけど、気になったり? みたいな」

 そう言って、けらけら笑う。私も薄く微笑んで、ゆっくりと睡魔に身を委ねた。









「お前ってさ、好きな人いる?」

 春と同じベッドにもぐりながら、真浩は言う。春は少し意外そうな顔をして、「うん」と言った。

「えっ、誰誰!? 春から好きな女子の話聞くとかねーから、すっげー気になる!」

 上半身を起こし、驚きを隠さない口調で春に言う。横になったまま、春は落ち着いた口調で言った。

「美優。詳しいことは、また今度二人で遊んだときにね。それじゃあ、おやすみ」
「えっ、あっ、おう……。おやすみ」

 直ぐに寝息を立てた春の頬を、真浩の人差し指がふにふにと触る。規則正しい寝息だけが返ってきたのに諦め、真浩も同じようにベッドにもぐった。
 それから直ぐに、室内には二つの寝息が聞こえるだけになる。小さく聞こえた足音に、誰一人として気づくことはなかった。

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