複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。  ( No.62 )

日時: 2014/04/03 21:48
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ


「やァいらっしゃい」

 からんからんと、扉につけた鈴が音を立てた。埃の舞う店内に、鮮やかとも言える陽の光が差し込む。

「誰かと思ったらあんたかァ。いつものだろ? 用意は出来てるよ」

 けらけらと笑い、床から天井まで大小さまざま棚から、一つ、小さな袋を取り出す。紅色の巾着は、すっぽりと手の中に収まる大きさだ。

「ほゥらよ。等価交換があたりめェだが、今日はしょうがねェからあんたの体で許してやるよ」

 けらけら笑いながら、煙管をふかす。

―――――



 ちゅんちゅん、と雀が小さく囀った。その声を聞き、私は静かに瞬きを数回繰り返す。あの後、すぐにぐっすりと眠ったらしく、すっきりとした寝起きだった。
 隣で眠っている美優を起こさないように気をつけながら、静かに体を起こす。どこからともなく、ほんのりと香ばしいにおいがした。久々に感じた、朝御飯、というものなのかな、と思考がゆったりと巡る。

「……春、かなあ」

 でも、と反対の意見が脳内で浮かんだ。春って起きるの早かったかな。それに今日、土曜日だし。体を起こしたときと同じような速度で、ベッドからするりと抜け出した。そして部屋のドアノブに手を掛け、キッチンへと向かう。
 階段を下りてキッチンに向かっていけば、香ばしいにおいは益々強くなっていった。もしかしたら、本当に春が早起きしてご飯を作ってるのかもしれない。

 そっとドアノブに手を掛けて、音を立てないように扉を開ける。

「おはよう」

 聞きやすい、ソプラノの声。

「お、はよう……?」

 部屋の中に吸い込まれながら、私は言った。その声を聞いたことは一度も無くて、もしかしたら家政婦さんなのかな、なんて考える。昨夜使ったオープンキッチンに立ってたのは、とても綺麗な女の人。
 高い位置でポニーテールを結った、背の高い女の人だった。優しそうな笑顔は、たまに春が見せる緩い笑顔とそっくりで。私は一人、そっか、と納得する。

「椿ちゃん、かしら? よくね、春から教えてもらうのよ。真浩君と遊んだこと、美優ちゃんと椿ちゃんと一緒に買い物に行ったこととか」

 何時も仲良くしてくれて、有り難う。そう言って、春のお母さんは緩く微笑んだ。笑顔の下にはきっと、私達に対する感謝と春に対しての申し訳無さが入り乱れている。

「お仕事って、忙しいんじゃないんですか?」
「月の半分近くは海外とかに行ってるの。椿ちゃん、朝御飯の準備手伝ってもらっても良いかしら」

 そういわれ私はキッチンへと向かう。作り終えられていた料理の数々に、思わず目を輝かした。普通の家では出てこないような、豪華な食事。食器のどれもがとても可愛らしくて、その食器の白さに料理が映えていた。
 言われたとおりにコップを五つ食器棚から取り出して、昨夜ご飯と食べたリビングへと運んでいく。次いで飲み物と、料理をゆっくりと。料理を運び終え、少しだけ春のお母さんと仲良くなったところで、階段を下りる足音が小さく聞こえた。
 美優が心配して私を探してたかもしれないなあと、ふと思う。

「あー! 椿いたーっ!! すーっごい探して大変だったんだからねーっ!」

 部屋に入ってくるなり響いた美優の声に、苦い笑みを返した。ごめんごめんと軽く謝りながら。美優の後には欠伸をする眠たそうな真浩が入ってきて、私を見るなり驚いた表情に変わった。――正確には、私の奥のキッチンでコーヒーを飲んでいた椿のお母さんを見ていた。
 慌てたようで、真浩はドアから顔を出して「おい春! 早く来いよ!」と廊下に向かって叫ぶ。美優はそれを、私に抱きつきながら見た後で、真浩が見ていたキッチンのほうを見て、目を丸くした。嬉しそうに、口元に笑みを浮かべながら、私から離れる。

「春ママだあっ!」
「おはよう、久しぶりね、美優ちゃん」

 飼い主に呼ばれた犬のように、美優は春のお母さんの下へと駆け寄った。嬉しそうな笑顔で、美優は話している。それを見て、可愛いなあなんて感じた。
 楽しそうに笑う美優を見ながら、私は先に座ってみんなを待つ。少しして、扉が開いた。後ろから真浩のはやし立てる声も一緒に聞こえ、扉を開けたのが春だと分かった。

「え……。お母さん? 仕事は? ていうか、何で美優と話してるの? え、何で家にいるの?」

 部屋に入ってすぐに、春はお母さんの下へと小走りで向かう。見えた横顔は、嬉しさと驚きが混ざり合った、何となく嬉しそうなものだった。

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