複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。 ( No.65 )

日時: 2016/09/20 06:54
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ




「そんなことしてたら、周りに変な目で見られるぞ」

 何時からか近くにいた真浩に言われ、私はハッとした。伊吹くんの奥を見れば、行きかう主婦の人たちが口元に笑みを浮かべている。何も気にしていなさそうな伊吹くんの手を、私の頭の上からはなした。困ったように私を見る伊吹くんに、ぎこちない苦笑いを見せる。

「さっ、伊吹くん、お菓子選んじゃおう? 真浩が他に買う物持ってきてくれたから」

 赤らんだ頬が伊吹くんにばれないように、笑顔で照れ笑いを上書きした。真浩はカートに寄り掛かったまま、私と伊吹くんをじっと見下ろす。その視線の冷たさと、伊吹くんと私の関係を探るようになめる視線がもどかしく、気持ちが悪い。
 手早くスナック菓子とチョコレートのお菓子をかごに入れ、お菓子コーナーを後にする。お昼時のスーパーはやっぱり混んでいて、どのレジも列が長く、最低でも十分近くは掛かりそうだ。

「俺並んでるから、そっちの……」
「伊吹くん?」
「あ、うん。あっちのベンチ空いてるから、座って待っててもらえばいんじゃねーの?」

 伊吹くんを支えながら立っていた私を気遣ってか、真浩はレジの奥にあるベンチを指差した。横に四人座れる程度の大きさのベンチが三つあり、まばらにお年寄りが座っている。私は別に平気だったけれど、身体の弱いだろう伊吹くんのために、ベンチへと移動する。
 私達の話を聞いていたのか、伊吹くんはじっと私の目を見る。なんだか、別に大丈夫だよ、と言っているように見えた。目が合ったまま少し立ちどまって、伊吹くんにはベンチに座ってもらう。

「真浩の荷物が多いから、私もレジに並んでくるね」

 そう言うと、伊吹くんは頷いて背もたれに身体を預けた。暑い日なのに汗一つかいていないのは、伊吹くんの体質なのかもしれない。真浩のところに戻っても、まだ全然進んでいなかった。
 お互いの首筋には、冷房が効いているとはいえ、汗の粒がくっついている。やっぱり暑いもんなあ、とよく働かない頭で漠然と思った。

「なあ、椿」

 ちょっとした沈黙の後。カートのハンドルを両手で握ったまま、ぽつりと私の名前を呼んだ。その声色はどこか不機嫌で、ほんの少しだけ違う人の声にも聞こえる。

「あいつ、伊吹だったっけ。なんで呼んだの? 俺ら四人だけの方が絶対楽しいに決まってんじゃん」
「そうかもしれないけど……でも、いっぱい人いた方が楽しいじゃん」

 少し語気を荒げる真浩を、怖いと思ってしまう。いつもだったら優しく窘めるような、それでいて受け入れてくれるのに、今日は違った。私の目を一度も見ようとしない。ハンドルを持ったまま、レジに並んでいる人の数だったり、商品のバーコードを読み取ったりしているのを、見ているみたいだ。
 私への返事は素っ気無く「あっそ」と言ってから、真浩は話しかけようとはしてこない。普段の雰囲気だったら、流石にどんな嫌な人でも初対面は良くするものだと思うのに、と考えるが、これ以上気まずくなってしまうと、春と美優にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 一度でもその考えが浮かんできてしまうと、もう何も真浩に言葉をかけることができなくなってしまった。二人とも黙り込んだまま、レジの順番が回ってくる。いつもなら気まずさもあまり感じないけれど、やっぱり駄目。気まずすぎて、この後も普通に話すことが出来る気がしない。

「ポイントカードはお持ちでしょうか?」

 店員さんの言葉に、暗くなってしまう考えを振り切り、「あ、持ってないです。あとレジ袋いいです」と返す。商品と値段をテンポ良く言っていく店員さんには、私と真浩がどう見えているんだろう。照れて話さないカップル……だったら、どうしようかな。

「以上で、二七三六円です」

 真浩が会計を済ませる間に、持参したエコバッグに品物をつめる。伊吹くんも隣に来て、私の手元を興味深げに見ていた。最後にお菓子をつめたところで、やってきた真浩がエコバッグを持つ。取り返そうと頑張ってみたが、どうしても真浩が持ちたいらしく、私には持たせてくれない。

「伊吹くん、これから友達の家行くんだけど、大丈夫? 覚えてるか分からないけど、前に伊吹くんのお家に来たことある人たちなんだけど……」

 考えるような素振りを見せた後、伊吹くんは小首をかしげながらも頷いた。私はそれを肯定だと受け取って、ぱあっと顔が明るくなる。真浩と同じように、春達に怒られてしまうかもしれなかったが、今は構わないという気持ちの方が強くなっていた。だって、と心の中の私が大きく息を吸い続ける。
 だって、私は社木伊吹という人が大好きなのだから。
 愛に障害が伴うことくらい、いつか読んだ本やドラマ、そして自分自身の歪な経験からそれを知っていた。困ったらどうすればいいのかも、それぞれに対処法が書いてある。逃避行でも、説得でも、何でもいいのだ。

 伊吹くんの歩く速度にあわせながら、ゆっくりと春の家を目指す。あともう少しで、春の家が見えるところまでやってきた。伊吹くんの首にも、真浩の首にも、飽きることなく汗が滴り続ける。きっと二人とも喉がからからに渇いてるんだろうと、同じように汗をかきながらふと感じた。
 なんだか、私自身のことよりも伊吹くんや真浩のことを大事に思ってしまっているのかもしれない。遠くゆらめく陽炎を見つめながら、熱に溶かされてしまった脳内で、所在無くそう感じていた。

「椿。もう少しで着くから、春達に説明すんのは椿がちゃんとやれよな」
「あ……、うん、ありがと真浩」

 やっぱり真浩の声色は何処か刺々しく、私のことも伊吹くんのことも、自分自身の中には入れないと言っている様子で居心地が悪い。話せない伊吹君からしたら、私が感じてる真浩への気まずさくらい、何てこと無い様子で見抜いてしまいそうだ。いっそ伊吹くんが話せたとしたら、その気まずさをあっけらかんと笑い飛ばしてもらいたい、なんて考えてしまう。

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