複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。  ( No.66 )

日時: 2018/05/03 16:54
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ

66

 家に着くと春と美優は驚いて、私と伊吹くんの関係を深く聞いてきた。私は話せない伊吹くんの代わりに、その全てにしっかりと答えていく。時々伊吹くん自身が頷いたり、首を横に振って意思を伝えていた。それも真浩にとっては面白くないのか、仏頂面をして、ソファに座っている。

「真浩ー、何怒ってんのよ」
「怒ってねぇよ。そうだ、俺らいない間何やってた?」

 美優は二度寝してそうだけど。続いた真浩の言葉に、美優が「あんた、いっつも失礼!」と大声をあげるから、私と春は笑うしかなかった。伊吹くんにも、今怒ったのが美優だよと伝える。今まで表情をほとんど変えたことのない伊吹くんが、少し柔らかく微笑んで、頷いた。
 少し楽しんでくれているのかもしれない。無理に誘ってしまったかと気が気じゃなかったけれど、安心する。伊吹くんは優しい。怒る美優を見てみると、耳まで赤く染まっているのが分かった。美優は表情豊かなんだろ、と伊吹くんに耳打ちする。気まずそうに指の爪をいじっていた伊吹くんは、顔を上げて美優を見た。

「んーっと……、その……実はね、春と付き合うことになったの……」

 耳だけじゃない。頬まで赤く染めて、恥ずかしそうに視線を泳がせ、小さく尻すぼまりになる声で、美優は言う。春と付き合うことになった。その報告は、ここにいる他者には知られてはいけないと、暗に伝えているようでもある。嬉しくて、喜ばないといけないはずなのに、私の頭は「おめでとう」とすっきり伝えられない。
 真浩は祝福しているし、伊吹くんだって微笑んで拍手をしているのに。ほら、今だって美優は私を見て、言葉を待っている。

「急すぎて頭の整理追いついてねーんじゃねーの」
「あっ、……うん、びっくりしちゃった。美優おめでとう、春も、おめでとう」

 恥ずかしそうにして、頬を赤くして。普段は気が強くて、友達思いなおてんば少女も、恋をするとこんなに違う。もしこの二人が結婚して子どもができたら、私みたいに不幸な子どもじゃなくて幸せな家庭で、幸せな子どもを育ててほしいと、ぼんやり思う。ああ、お父さんは、お母さんは。
 美優と春を素直に祝福できないのは、きっと二人のせいだった。お母さんはずっと、本当はもっと優しいお父さんなのよ、と泣いて話していた。小さかった私に言い聞かせているようで、お母さん自身に言い聞かせて、辛さを隠そうとしていた。その姿がこびりついていから、私には、二人を祝福できない。

 それでも私は笑う。

「いつから春は美優のこと好きだったの?」

 聞きたくないと思いながら聞く私は、どんな風に映っているのだろう。照れくさそうに笑う二人は、昨日までの友人ではなく、付き合いたての恋人として私の目に映る。手だって触れ合ってしまっていて、本当に二人は幸せなんだろう。
 何となく、心にぽっかりと穴があいてしまっている感覚がした。そこからどんな話をしていたのかも、いつ解散したのかも分からないまま、心ここに在らずの状態で、伊吹くんと公園にいた。真浩はどうしたのかと聞けば、砂に指を使って「さきにかえった」と伊吹くんが書く。そっかと返すしかできなかった。

 茹だるような暑さ。正午を過ぎ、一度解散したらしい。美優はまだ春の家に残っているらしいけれど、私がそれに対して何かを思うのはきっと間違っていると思った。

「伊吹くん、一回帰る?」

 夜にまた集まるまで、暇になってしまうから。一度涼しい家に戻った方が、伊吹くんも疲れてしまわないだろう。私の提案に伊吹くんは頷き、二人揃って立ち上がる。少しの違いだけれど、高いところの方が風を感じられている気がした。
 伊吹くんを見ながら思い出す真尋の態度が、やっぱり嫌で。それでも本人に嫌だと伝える勇気もないことが、また嫌になる。

 私たちはのんびり歩いた。蛇みたいにくねくねした住宅街をぬけて、原っぱに出る。鳴き声につられて原っぱを進むと、原っぱの真ん中に茂る大きなカエデの木があった。その上、わずかに鳥の巣のようなものがあるように見える。
 後ろでまだゆっくり歩く伊吹くんに、手招きをして、また私は鳥の巣を見た。高い音、高い場所。誰の手も届かないところで、雛たちは大切に育てられている。子どもは私たちの大切な宝物と、昔お母さんが言っていたのを思い出した。

「あそこ見て、伊吹くん」

 この子達も伊吹くんも、きっと宝物だと大切にされている。私が指さした先を目を細めながら、伊吹くんは見た。見つけられるだろうか。あの小さな、雛たちの家を。
 伊吹くんは一歩前に出たり、戻ったりを繰り返していたけれど、見つけられなかった様子だった。青々とした原っぱに座り込んだ伊吹くん。その隣に、私も座った。住宅街にいた時よりも涼しい風がふいている。

「なんだか疲れちゃったね」

 ふふ、と笑う。伊吹くんも少し口元を緩めた気がした。新しくおろした洋服だということも気にせずに、原っぱに寝転がる。お母さんが居たら、怒られていたかも。買ったばっかりなんだから、汚しちゃダメよ、って。ぼんやりとお母さんを思い出してみたけど、それは笑顔なんかじゃなかった。
 最後に見たお母さん。お母さんを見るのは怖くなかった。けれど触れられなかった。静かな部屋で寝かされた二人に、きっと私は気味悪さを思ったんだろう。その出来事も夢みたい。宝物だけ置いていかれてしまった。

 伊吹くんも一緒に横になって、ジリジリと肌がやけるような感覚を味わう。太陽の角度が変わって、すっかり腕が日向に出てしまった。帰らないとなと思うけれど、施設に帰るのは嫌だった。お姉ちゃんと言われること、たまに赤ちゃんを連れていく人に可哀想と言われること。
 伊吹くんは目を閉じていた。薄い体が上下していて、ああ、いま、生きてるんだなと思う。鳥の声が軽やかだ。そっと伊吹くんの手に触れて、知らんぷりして目を閉じる。涼しい風が私たちを撫でていた。

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