複雑・ファジー小説

Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.26 )

日時: 2019/02/05 22:35
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

『メシア様にお祈りすれば、救われる』
『メシア様を信じなさい』

 幼い頃から植え付けられた、その言葉。それは重荷になって、彼にずぅんとのしかかる。それは一種の呪い。信じる者は救われる、信じなければ天罰。毎日毎日、反吐が出るくらいに聞かされてきた。
 だから彼は逃避した。そして居場所を求めた。そうしていく中で見つけた、自分だけの居場所。それが、『ネット』と『ゲーム』だった。

「……」

 彼、電堂芳賀(でんどうはか)は今、自らが作り出した黒い球体───『アニマ』の中で、何もすることなくただぼんやりとモニターを見つめていた。片手にはスナック菓子のようにサプリメントをつまみ、それをひょいひょいと口の中に放る。ボリボリと咀嚼したのちに飲み込むと、大きなため息をつく。目の前のモニターに流れる、意味のない世間のニュースをただぼんやり見つめる。考えることもなく、思うこともなく。
 この黒い球体『アニマ』は、彼自身の手で生み出された、『家』に近しいものである。アニマの中には1つの座り心地の良いゲーミングチェアと、目の前に設置されたゲーミングキーボード。あたり一面に配置された生活雑貨や、極めつけはすぐ手の届く場所に大量のエナジードリンクが入った冷蔵庫。食事は携帯食料とサプリメントで事足りる。それで彼は満足していた。明かりはモニターの僅かな光でいい。
 ボリボリとサプリメントを咀嚼し、冷蔵庫から引っ張り出したエナジードリンクのプルタブを開けて、一気に飲み干す。目の前のモニターに流れるニュースは変わらない。そろそろゲームにログインしようかと、キーボードを操作してコントローラーを握りしめたちょうどその時だった。

『───では、次は巷で話題を呼んでいるメシアの揺り籠についてです』

 彼の動作をすべて止めさせるニュースが流れてきた。思わずコントローラーを投げ捨て、そのモニターにかじりつくように前のめりになる。

『近頃活発に活動をしているメシアの揺り籠。救済と安らぎを求め、この組織に入信する方も増えています。そのメシアの揺り籠に、番組は独占インタビューを試みましたが、残念ながら叶いませんでした』
「……」
『それでは次の───』
「チッ」

 薄い内容ですぐに次のものへと変わっていったそれに舌打ちをすると、芳賀はすぐにコントローラーを握りしめて、ゲームのログイン画面へと切り替える。期待はしてなかったが、あすこまで薄いとかえって腹が立つ。見なければよかった。
 とここでふと彼に一つの疑問。なぜ自分は期待もしていなかったのに、先程のニュースにかじりついたのだろうと。別に何も期待していないのならば、見ることもないだろうに。さっさとゲームにログインしていればいいのに。
 芳賀は苛立たしげにゲームへダイブした。





 かごめかごめ
 かごの中の鳥は
 いついつ出やる
 夜明けの晩に
 鶴と亀が滑った
 後ろの正面だあれ

 鈴のような声が部屋に響く。中心にいるは顔を隠した泥。その周りを囲んでぐるぐる回る、娯楽室に集まったメンバーたち。そしてそれを見守るのは、時雨と歌子。かごめかごめをやろうと言い出したときは、正気なのかとは思ったが、本人たちが楽しげなので特に何も言わず、かと言ってそれに混ざらずにこうして見つめていた。ちなみに歌子はそんな時雨を見ていたかったので、あえてかごめかごめに参加せずに隣にいる。

「よくよく歌詞を深読みすると、怖いですね」
「そう?」
「あくまで個人的な感想ですけどね」
「あー、もしかして『鳥籠の中に閉じ込められた子供』みたいな」
「そういうヤツです」

 歌子のその例えに、時雨はある1人の友の姿を思い起こす。ひきこもりで、陰気で、よほどのことがない限りまともな食事を取らない、ヘビーゲーマーでネット廃人の彼。言うまでもなく芳賀のことだが、彼の過去、というより家庭環境がまさしく、『籠の中の鳥』と言うにふさわしいものだったのだ。そのことに関しては、深いところまで彼の口から聞いている。どんな扱いを受けたのか、どんな生活だったのか、どんな親だったのか、どうやってここに逃げることができたのか。そして彼の親がそうなってしまった理由も。

 ───なあお前、神様って信じるか?
 
 芳賀から言われたその言葉は、今でも時雨の胸中を燻る。結局のところ神様とは何なのだろうか。人々にとっての精神安定剤のようなものなのか、ヤツの言う『神様』とやらは。そりゃあまあ、神話の中に登場する神様は信じてはいるが、『人々が作り上げた幻想の神様』とやらは、信じるかと言われたら否定するだろう。それこそ新興宗教で崇められている神様など、いるはずがないのに。もしそういう伝承があるのかと言われたらないのだろうが。

「おーいしーぐーれー、お前もやろうぜー」
「ヰ吊戯(いつるぎ)、僕はここでいい」

 不意に、それまでかごめかごめをやっていた遊喜───ヰ吊戯のことだが───に誘われた時雨は、思考の海から救われる。が、特にやろうという気はなかったので、誘いを断った。それ以前にそのかごめかごめに、少し恐怖心を抱いてしまった、というのもあるが。
 1人を多数で囲み、後ろにいる人間を当てる。当てたら交代、当てられなかったらやり直し。不正解が続けばずっとそのまま。『たったそれだけのこと』なのに、なんとも思っていなかったはずなのに、時雨はどうしても怖くなってしまった。今このとき、怖くなってしまったのだ。ぞくりと背筋に嫌なものが伝う。
 それを知ってか知らずか、歌子は時雨の様子を見て、いつの間にか震えていた彼の手を取り、声をかけた。

「……時雨くん。別のとこいこっか?」

 その言葉のあと、歌子はすっくと立ち上がり、時雨もそれに続くようにして娯楽室をあとにする。
 2人が去ったあとも、娯楽室ではあの歌が響いていた。


 かごめかごめ
 かごの中の鳥は
 いついつ出やる
 夜明けの晩に
 鶴と亀が滑った
 後ろの正面だあれ





 無機質な道を当てもなく歩いていく時雨と歌子。その手は握られたままで、時雨がフラ付けば歌子もフラつき、逆に歌子がフラ付けば時雨がそれを支える。端から見れば───

「あ、夫婦がいる」

 まさしくその言葉の通りであった。

「何を言ってるんだ泥」
「言ってみたかったんだ」
「言ってみたいほどの言葉か?」

 時雨たちは声が聞こえた背後に顔を向ける。彼らの顔がそちらへ向くと同時に、ふっと柔らかい笑みを浮かべて張本人───月紫泥は近づいていく。

「どこいくの?」
「歌子さん?」
「考えてなかった」
「……図書室にでも行きます?」
「あ、私ちょうどあの本読みたかったんだ」
「なになに?」
「『美味しい鶏肉の作り方』」
「素材からですか……?」

 2人と1人は結局、無難な場所選んでそこへと向かうことにした。途中で時雨だけ、ふりだしに戻ってるな、と心の中で思ったが、わいわいと楽しく話し込んでいる友人たちを見て、あえて何も言わないことにした。





「……俺は」

 モニターの光に当てられた少年はつぶやく。その声は震えていて、何かにおびえているようで。


「────神様の生贄じゃない」


続く

メンテ