SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

再び、芽吹く時  後半 ( No.59 )

日時: 2016/11/26 21:56
名前: 水海月

「さァさァ……号外だよ……八丁堀に鬼火が出たぞ……皆の衆、買った買った……」
「おい京助! そんなんで売れると思われちゃあ困るンだよ! 声を張れぃ、声を!!」
「へ、へいっ!!」

 京助は、今日何度目かのため息をついた。

「京助!!!」
「す、すんませんっ!!」

 ここのところ、京助の様子がおかしい。

 何もない時にずっとぼんやりしている、呼び掛けても返事が遅い、夜に彼の住んでいる長屋の一室から唸り声が聞こえる……など。枚挙にいとまもない。今日のように怒鳴られるのも最近じゃあ日常茶飯事だ。そして、同じかわら版屋の仲間は、ある一つの結論に至った。

 恋煩いではないのか……と。

 かわら版屋の皆は揃って記者魂を発揮し、京助を問い詰めた。こういう騒ぎの時やけに躍起になるのは、江戸っ子の「たち」であるからしょうがない。しかし京助は、何度問われても赤くなって首を横に振るだけだった。

「京助ぇ……抜け駆けは許さん!」
「ぐぇッ……離せよ……小三太……」






 京助は、粗雑な紙の前でうーん、と唸る。月明かりが差し込み、古くなった床板の木目を照らした。ゆらゆら揺れる蝋燭の火が、京助のしかめた顔を橙に染めている。
 何から書き出そうか。それだけを考えていた。
 不思議な事に、かわら版の記事はいくらでも書けるのに、あの人へ送る文は上手く書けない。もどかしくて、京助はまた唸った。嗚呼、じれったい。彼は筆の頭をぐりぐりと顎に押し付ける。悩んだ時の癖だ。

「はぁ……」
「よぉ、恋文かえ? 京助」
「……何だ、小三太か……って、うおあッ!?」

 京助は慌てて驚き、何も書いていない紙を急いで隠す。その様子を見て、小三太と呼ばれた猫目の男はけらけらと笑った。京助の横にどすんと腰を下ろし、肩をぽんぽんと叩く。

「何だ、やっぱり恋煩いじゃねェの。抜け駆けしてたんだな?」
「うるせぇよ! な、何で居るんだテメエは!」
「いやぁ、ここの長屋のお袋さんたちは優しいもんで。居場所を訊いたらすんなり答えてくれたぜぇ? すんなりと、な」

 悩みの種がもう一つ増えた。小三太はそこそこ色男なのは良いが、女遊びが酷い。仕事も大体適当で、いつも上の者に怒られている。それでもかわら版屋で京助と歳が近いのは、彼ぐらい。だから一応、仲はよい。
 しかしこいつは、本当にしつっこい。それを取材の時に発揮してくれれば良いのだが。

「まぁ、それは良いとして、だ。恋文の相手の目星は、大体ついてるぜ京助」
「え? ちょ、ちょっと待っ」
「里狩家の末娘様だろ? ずいぶんとお目が高いじゃあねぇか」

 それまで元気に怒鳴っていた京助は、一気にへたり込んだ。絞ったら汁が出そうなくらい赤い顔を手で隠し、うめいている。小三太は、してやったりという顔をして、にやにや笑っている。そして、動かない京助の頭を押さえつけた。

「何で本気で好きになったんだよ、あァ? 女なんかそこらにいるだろうが」
「……二年前」

ゆっくりと、京助は顔を上げた。

「あの大きな祭り……火鳥祭があったとき、あの人も来てて……見ちまったんだよ……顔を……」
「はーん成る程なぁ、これは号外もんだ」
「茶化すンじゃねぇよ!!」
「悪ィ悪ィ」

 そして、京助は目の前にあった和紙を手に取った。また、沈んだ吐息を吐く。

「すげぇ迷った……だけどさ、諦められなくてな……ひと月とちょっと前から、文を書き始めたんだ。で、夜中にこっそり、縁側に届けた」
「お、おい京助、流石にバレたらお仕舞いだぞ!?」
「わかってらァ。でも、俺にはこれしか出来ねぇ」

 京助の引き締まった顔を見て、小三太は唾を飲んだ。後でバラしてやろうとも、そう思っていたが、相手が相手だし、この覚悟。下手したらもう平穏に暮らせはしないだろう。だけど思いを貫く京助に、小三太は内心感嘆していた。珍しく真面目な顔で頷く。

「……分かった。話さねぇでいてやる」

 そして、いきなり笑顔になった。

「もし駄目だったら、俺が慰めてやるからな!」
「うわっ! やめろ洒落にならねぇよこの野郎!」

 抱きついてきた小三太に一瞬驚いた京助も、笑いながら思った。

(あの人が振り向いてくれなくても、俺は……)

 月明かりの部屋に、笑い声が響いた。

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